プロフィール

詠羅P

Author:詠羅P
Lupi鯖:ダウンタウン
アイコン:セロさん

*更新情報
eco_JK ログ
カウンター
最新記事
お話一覧(時系列順
カテゴリ
拍手
web拍手 by FC2
ブログ内検索
リンク
JKツイッター
最新コメント
アンケート
QRコード
QR
権利表記

(C) BROCCOLI/ GungHo Online Entertainment,Inc./ HEADLOCK Inc.

七つ星シリーズ*クロスエピソード:-ES- 【著:詠羅】
ES(口絵)_02
(連載)JKな奴ら2nd!!! 七つ星シリーズ 結城隆臣×詠羅 クロスエピソード 
 口絵:糸屑 様

-ES- *治安維持部隊編

参考
Семь звезд(セミ ズヴョースト/七つ星) 編

あらすじ
ある日、ジンとカナトが普段通りの日常を送っていたある日。
突然ジンが、冥界からカロンが返ってきたという話を聞く。
二人で会ってくるという話にカナトも同席したいと話すものの、ジンはそれを頑なに拒否してしまうのだった。
結局置いていかれてしまったカナトは、しばらくの間キリヤナギの自宅で過ごすことになる。


 



春の心地よい空気に包まれるアクロニア。
この巨大な大陸の中央に位置するアクロポリスシティは、周りを囲む4国の中立都市として栄えている都市だ。
この上層部、アップタウンの北側にある宮殿。
ギルド元宮の最上階で、今一枚の報告書に顔をしかめるエミル族がいる。
白を基調としたジャケットに赤のラインが入る翔帝・アレスプレートを纏う彼、キリヤナギは、コーヒーを飲みながら顔をしかめた。

「どうかされましたか?」

キリヤナギが処理した書類を丁寧にファイルにまとめるエミル・アストラリストのセオは、キリヤナギのそんな微妙な表情の変化に気づく。
向かいに座るエミル・ホークアイのグランジもまた、セオが持参したカステラを食べつつ視線を移した。

「イレイザー部隊の子が気を利かせてくれてね。モーグの傭兵団に所属する冒険者達のことを隠密で見に行ってくれてたんだよ。そしたら、ちょっと難しい事案が発生してる事が分かってさ……どうしようかなって思って」
「難しい事案? モーグの問題はモーグの問題でしょう?」
「そうなんだけどね……」

キリヤナギの低いトーンに、セオとグランジも眉をひそめる。
普段のキリヤナギは、何かあるとすぐに行動を起こすのに、いまは迷っているのだ。
弱いものの庇護を目的とする彼が迷うのは、動く事に多大な問題が発生する可能性を含む。

「外に任すしかないか……」
「大人になられましたね」
「セオに言われたくないよ」

その後キリヤナギは必要な書類を用意すると、たまたま鉢合わせしたジンに配達を頼んだ。
軽いお使いのつもりでもあり、組織の存在を知らないジンならば問題ないと判断したのだが、これが後で重大な影響を及ぼすことになってしまうとは、この時点で意識が及ばなかった
その数日後、ある雨の薄暗い日に、キリヤナギの屋敷へ訪れる二人の影があった。
金髪にロングスカートの彼女を、キリヤナギは私服で迎え、満面の笑みをみせる。

「お帰り! メリエ」
「仕事だかな」
「君はいつもそればっかりだよね……」

使用人と共に食事の席を用意したキリヤナギは、久しぶりの夫婦の晩餐に幸せそうに笑う。
ディセンバルの注いでくれたワインで乾杯した二人は、彼が部屋を出た後、言葉を紡いだ。

「モーグの一件で、頼みたいことができた」
「あぁ、忙しいのにごめんね。大丈夫そうかな?」
「すでに斥候は派遣済みだ。その上でそちらの人材だが……」
「そうだね。一応何人か候補に上げてきたけど……」
「現ギルドランク6th騎士、エミル・ホークアイのジンを指名したい」
「は?」

キリヤナギの表情が一気に戯けた。
後ろで書類を取り出していたグランジも思わず顔を上げる。意味がわからないと言う表情だ。

「ジン……?え……」
「ジンだ」
「確か、部隊に似たような名前の人いるから人違いじゃない?」
「騎士と言っただろう? 何回も言わせるな」
「な、なんで?」
「……プルートから、全てを話したと聞いてな」

キリヤナギが思わず絶句した。
メリエの所属する組織は、アクロニアの陰に暗躍する組織であり、その主な仕事は諜報、暗殺など人の生死を含む物を主とする。
よって守秘義務が厳しく、人員をそれぞれのコードネームで呼びあっているが、この場合のプルートは、キリヤナギにも面識があり、かつ治安維持部隊でもかなり顔の広い人物のことだった。
そのプルートが、ジンに全てを話したと言うことは、他ならぬジン迄もが、組織にとって暗殺される可能性を秘めている。

「私達に関わる上で生命の保証はしよう、安心するといい」
「その言葉がなかったら、夫婦喧嘩飛び越えて離婚案件だよ……」
「天界に行ったら時から、彼の話は聞いていたからな。私もそこまで鬼ではない」
「あのさぁ……」

そう言う問題でもない。
夫婦なのに妻が夫の部下の生命を握るなど、仲間殺しにも近い案件だからだ。

「私と貴方が結婚している事実は、プルートにも知られていないからな、当分は大丈夫さ」
「それは期限付きって意味だよね。まだそのタイミングじゃないから、勘弁して」

不安を拭うように付け足された言葉にキリヤナギは顔をしかめる事しかできない。
何も知らかったとは言え、余りにも迂闊な"おつかい"をさせてしまったものだ。
まだジンに知られていいタイミングではないが、今回の話の都合上、かの組織を知る人間を派遣するのは決定事項であり、彼があらかじめ存在を知っていて、キリヤナギすらその事実を把握していなかったなら、一応は守秘は出来ると判断できる。
つまり問題はキリヤナギの都合なのだ。

「……まぁいいよ。派遣するのは構わないけど、ジンはそっちの仕事は向いてないよ? どう見ても」
「こちらで数日のトレーニングは考えている、流石にそのまま投入するのは無理があるからな」

彼女の中では既にジンに決まっているのか。
役不足だとわかっているのに、自分で埋め合わせを申し出るなど、どれだけ固執しているのかとすら思う。

「……しょうがないな。これは僕なりの分析だけど、ジンは命令を聞くのが苦手だから指示をするより誘導してあげた方が良いかもね」
「ほう?」
「自分の意思と行動を切り離す事ができないんだよ……だからプルートから誘ってくれたほうが、穏便にいくんじゃないかな」
「回りくどいな……」
「その手の仕事を僕の命令で出張したら、おそらくジンは迷うからね。"何故こんなことをしているのだろう"って、でも"裏社会のプルートの手助け"になるなら、事を成す時に覚悟ができるでしょ」
「なるほど、だが彼に書類を配達させた時点で勘がいいならすぐ察するんじゃないか?」
「だろうね! プルートからどう聞いてるかはわからないけど、察したらなら察したで事実確認に来るだろうし、バレないよう君も気を使ってくれるなら僕は嬉しいかな? ここまで言ってまだジンがいい?」
「扱いに苦労しているのはわかった。善処する」
「あ、そう……」

ブレない彼女にキリヤナギは何も言い返せない。
ジンを危険な仕事に行かせるのは気がひけるが、生命の保証がされているなら、一応"守ってくれる"と言うことだろう。
ジンに知られるのは面倒だが、メリエもキリヤナギも、お互いの立場からカードを交換したいと思っていた所だ。

「それで、ジンはわかったけど、彼の件は?」
「あぁ、この一件が終わればそちらに派遣する」
「助かるよ。だけど、一応除隊になってるから、自由に出入りできる僕の私兵でいいかな? ちょっと心配だけど……」
「それは構わない。こちらも貴方の身の回りが心配だからな」
「僕としては、君本人がいてくれたら、1番嬉しいんだけどね」
「……ありがとう。でも、すまない」
「僕の最愛の人……君の全てを愛してるよ」

メリエは少し照れた表情を見せ、目を逸らしてしまった。
前に出ようともしたが、彼女の後ろに立っている男、ベガと目が合い踏みとどまる。

「私のこともいいが、貴方も身の回りに気をつけて」
「ありがとう。メリエもね」

結局。メリエはその日も夜を明かす事はなく、ベガと共に自宅を後にした。
つかの間の夫婦の再会に、寂しさで凹んだキリヤナギではあったが、相変わらず塩を塗ってくるグランジに耐えかねて次の日からも普段通りに過ごすことになる。
それからまた数日後。日課の散歩から戻ったキリヤナギは、執務室で待っている二人と顔を合わせた。

「待たせてごめんね」
「構わない。日課なのだろう? ジンから聞いている」

「そんなに待ってないっすよ。大した用事じゃないし……」

アークタイタニア・カナトと、エミル・ホークアイのジンだ。

「今日はどうしたの?」
「えっと、実はカロンさんが冥界から戻ってきたみたいで」
「へぇ、カロン戻ってきたんだ」
「はい! それでまたちょっと色々教えてもらおうと思って、半月ぐらい外してもいいかな……って」

そうきたか。と、面白みすらも感じた。
メリエの取り計らいだろうか。カロンが声をかけてくれたなら、ジンはまだキリヤナギの書類によって呼び出された事を知らないのだろう。
いずれ気づきはするだろうか、カナトを巻き込まないいい判断だ。

「お休みって事だよね。僕としてはちょっとこまるかな……カナトは付いて行かないの?」
「何故そうなる?」
「だっていつも一緒だし……」

つんとしたカナトに、ジンが複雑な表情をみせている。
揉めたのだろうな、とキリヤナギは大方察した。

「……まぁいいよ。カナトは僕が守るし、カロンによろしく伝えて、いつでも帰ってきてねって」
「ありがとうございます!」

予想外だったのか、カナトは一瞬だけ目を見開き、諦めの表情をみせる。
そんな様子に気づかぬふりをして、キリヤナギはグランジへ、休暇用の書類を用意させた。

「本当は自前に何日か言ってくれると嬉しいんだけど、カロンだし、積もる話もあるだろうから、復帰の時にスィーか僕に提出してくれたらいいよ」
「それは……」
「ジンは頑張ってるからご褒美! いつもありがとう。楽しんできてね」
「ありがとうございます!」

笑みを見せるキリヤナギを、グランジが睨む。
カナトは諦めたのか足を組んでため息をついていた。

「でも、問題はここからだね。カナトの周りはどうしようかな……」
「ルナがいる、気にするな」
「そうも行かないよ。君のロアは盾にしかならないし、またダウンしたら大変」
「どう言う意味だ?」
「天界でワーウルフが盾になって消えたでしょ。あれはシステムが強制ダウンしたからだけど、イリス武器は一度ダウンしたら、再起動が難しいんだよね」
「……それは」
「ダウンする事が、そもそも想定されてないんだって、ほら、元々プログラムって外部から干渉がないと立ち上がらないでしょ? イリス武器の場合、心っていう曖昧なものを依り代にしてるから、一度ダウンすると再起動するのが大変なんだって」
「しかし、父は……」
「ウォレス様だから出来たんじゃないかな? あの人は開発だし」

「強制ダウンが起これば、再起動するまでロアは実体化できなくなります。武器がジンに宿っている時点でロアは盾にしかなり得ない。それも、一度きりの」
「ワーウルフは賢いから、最初から捨て身で戦う事はないだろうけど、ある意味人よりも脆い。そんな状態で放ってはおけないかな」

「なら勝手にするといい。ジンが居ない間、私を退屈させるのは許さない」
「それだよね。でも僕はジン程、芸には恵まれてないからなぁ……」

「どう言う意味っすか!!」

結局、主人と護衛の関係性の問題で、親しければカナトとジンのように同居していてもストレスにはならず円滑に護衛が可能となる。
しかし、カナトの場合、それはジンだから許せる事であってキリヤナギに変わるとストレスになる可能性もある。
そうなると、護衛にとしては本末転倒だ。

「僕が代わりに通うのは嫌だよね?」
「嫌だな。気に入らない」

一気に機嫌を損ねてしまった。
そう面と向かって言われると傷ついてしまう。

「グランジは?」
「……嫌いではない。だが、距離感がよくわからん」

わかる。

「セオは?」
「忙しいのは知っている。断る」
「スィーは?」
「……うまく言えないが、同じアークタイタニアである分、複雑だ」

難しい。

「……コウガは?」
「友人から始めたい」

呆れを通り越したため息に、グランジすらも言葉がない。
そもそもカナトは、護衛という物を必要ないと思っている縁があるし、キリヤナギ自身もカナトからあまり好まれては居ないのだ。
それを踏まえての貴族と従者の関係はある為に、距離が近すぎるのもよくない。

「カナト、わがまま言うなよ……」
「勝手にする連中に使う気などない!」

子供か。
手が付けられないと頭を抱えたキリヤナギを見て、ジンはカナトの扱いづらさを理解する。
カナトと出会った当初、ジンは彼を貴族らしくないと思ったことがあった。
謙虚だし、考えてくれるし、気遣いもしてくれたからだ。
それが当たり前で気にならなかったが、今のカナトをみると、傲慢で気を使われる立場だと知りながら要求を重ねるのは、確かに貴族らしくある意味これが普通の対応なのかとも思う。
思えば騎士になった時も、キリヤナギがカナトに断れないようにしてきたのは、この対応が予想できたからなのか。

「じゃあもう、しばらくは僕の家に居てよ。それなら、僕は夜しかいないし、ディセンバルとハルカもいるから、退屈はしないでしょ……グランジも寄越すし、狩に出かけたい時は一緒に行って」

キリヤナギはもう目すら合わせて居ない。
難しいなぁとジンも流石に同情した。そんな様子を見て少し考えたカナトは、腕を組んで小さくぼやく。

「……ふむ、それなら悪くない」

ジンからすれば何が違うか分からないが、カナトなりの妥協点だったのだろうか。
ジンがほっと息をついた手前、キリヤナギも何故それが良しとされたのがよくわからない顔をしていた。

その数日後、カナトはジンを送り出し、キリヤナギの自宅での生活が始まる。
小さな屋敷だが、十分な広さのある部屋だ。
キリヤナギは賑やかになるとは思ってはいたのに、カナトは何故か部屋に引きこもって出てこなくなってしまう。

「……なんで」
「しらん」

ディセンバルとハルカもわからないと首を振り、唯一、ワーウルフのルナのみが食事を部屋に運んでいる。
彼曰く、昼はバイオリンを弾いたり、本を読んでいるようだが、部屋から出てくる気配が全く無い。

「ストライキ?」
「それなら何か要求がありそうですが……」

「元々内気な方なのでは……食事もあまり手をつけておられないので心配しております」

強気に話していた反面、予想外だ。
このまま放置するのもアリだろうが、退屈させるなとも言われているため、引き下がるのも気がひける。

「寂しいんじゃないか?」
「わかってるよ! ジンに置いてかれて拗ねてるんでしょ、問題はその先」

原因はわかる。だが解決策がわからない。
似たような事案を見た事ないわけではないが、この手の話は順序として、キリヤナギが信頼されている必要がある。
今回の場合、相手が悪すぎる。

キリヤナギは一度、カナトの食器を片付ける為、部屋からでてきたロア、ワーウルフを捕まえて話を聞いてみることにした。

「口止めされているんだが……」

ここまでは予想通りで苛立ちすら感じる。
しかし、ロアはシステム上、宿主の生命を最優先にするよう組まれている為に、聞き出す内容が"カナトの生命に関わる"と判断した場合、口止めされていても聞く事は可能な筈だ。
ディセンバルとハルカ、グランジを集めたキリヤナギは、この数日を踏まえた上でワーウルフに問いかける。

「話せる範囲でいいよ。カナト、ごはんあんまり食べてないけど大丈夫?」
「……あまり良くはない」
「どんな風に?」
「心の活力が低下している。食事を摂らないのはそのせいだ」
「ワーウルフは何かしてるの?」
「俺は何もできない」
「君が何もしないは、カナトがそれを望んでるんだね?」
「……」

心に住む彼は、ユーザーの心を誰よりも理解している。
何を望んでいるか、何をどうしてほしいかなど、本音のレベルでサポートするからだ。
だからこそ、ロアは宿主に受け入れられやすい。
しかしそれ故に、ユーザーの意思と摩擦が生まれる事もある。

「現状を放置するのはカナトにとってよくない。ロアである以上、それはわかってるよね」
「そうだな。良くはない」
「放置したらどうなりそう?」
「体調を崩すだろう」
「崩さないようにする方法ある?」
「……」

ロアはユーザーのサポートの為に組まれてはいるが、もしユーザーが"生きていたくない"と願った時、ロアは唯一、ユーザーの意思に反く。
それはアルゴリズムによって成長した人格から成る"存在していたい"と願う本能だからだ。
カナトをこのまま放置し、生命が危うくなればワーウルフは存在できなくなる。
危機感を得たワーウルフは、顔を上げもう一度口を開いた。

「孤独を埋めればいい」
「孤独……?」
「カナトは人があまり好きではない。だか心は常に孤独を感じている」
「へぇ……」
「心の大半をジンが占めている。空いた穴の孤独が大きい」

キリヤナギからすれば呆れてしまうが、カナトにとってジンは初めての友人なのだ。
家族を離れ、10年近く一人で放浪し、人を避けて生きてきたカナトには、同性の初めての友達だった。

「リフウさんに来てもらうか?」
「アリだろうけど、多分怒るよ……それ」

フィアンセではあるが夫婦ではない。
この状態は本人の気持ち次第で破断もあり得る為、会うことは望まないだろうからだ。
また男としてもカッコ悪いし、見られたくないのはわかる。
そう考えると、こうして素直に拒否を示しているのはある意味信頼だろうか。

「カナトは僕が嫌い?」

思わずワーウルフに聞いてしまった。
単純にキリヤナギが嫌いなら別の対応策を考え無ければならないからだ。
ワーウルフはかなり考えると、迷うように口に出す。

「……嫌い、では、ない。たが、怖がっている。気を遣っている。分からない。この3つだ」

カナトらしいと少し思った。
結論的に人間関係における信頼の仕方を理解していないのだ。
本来ならそんな片方が依存する関係など成り立たないのだが、

「ジンも友人がほぼいなかったと聞いた」

そうだ。
カナトだけではなく、ジンも同じように本質的に人が苦手なのだ。だから境遇の似ていたカナトのありのままを受け入れて関係を築いている。
お互いに孤独を知りお互いに許して今までやってきたのか。

「難しい……」
「もうそれはご本人に成長して頂くしかないのでは……」

ハルカの話はもっともだが、割り切れないからこそこうなっている。また貴族であり、立場が違えはさらに理解もされ辛い。
一通り考えてキリヤナギはため息をついた。

「どうする?」
「僕は騎士だからね。戦う事しかできないけど……まぁ、努力する」

結局解決策もないまま、週末を迎えた。
定時で仕事をこなし、足早に帰宅したキリヤナギは久しぶりにエプロンとほっかむりをつける。

「何するんだ?」
「何って料理だけど……」

ハルカのディセンバルに混じる彼に、グランジとワーウルフは首を傾げた。
そもそも食事を取ろうとしないのに、なぜ作ろうと思ったのか。

「僕、カナトに手伝ってもらったことあるしね。ワーウルフは持って行くときに、僕が作ったって伝えて」
「わかった」

グランジは少し感心した。確かにカナトは家事が好きだ。
頻繁に食べに行っていたし、自宅にはグランジの茶碗もある。しかし、キリヤナギの料理は、

「下手だよ。だから興味わくでしょ?」

確かに、間違いがあれば何かいいたくなる心理もある。うまく行くかは分からないが、悪くない作戦だとは思った。
そんな第一回目の夕食は、味噌汁と野菜炒めだ。
味見したら野菜炒めはかなり辛いし、味噌汁はわかめを入れすぎた上、薄い。
グランジは真顔でそれを食べた。

「まずい」
「うるさいな! わかってるよ!」

わざとではない。
表情でわかるからあえて言わなくていいと思った。
久しぶりに作った上、明らかに失敗した料理だが、興味を引かせるにはちょうどいいと開き直っておく。
トレイに配膳した夕食にキリヤナギはメモを添えてワーウルフに持って行くように頼んだ。

@

キリヤナギの自宅にきて数日。
カナトは何もする気は起こらなかった。
自宅にいると、朝起きて家事をしたり、やらなければいけないことは沢山あったが、屋敷にきて、そのような作業が一切不要になってしまったのだ。
家事の全ては使用人がこなし、買い物も必要なく、出かける意味もない。
ジンと暮らしていると日課で狩りにはいったが、騎士である彼らを連れ出して、業務外で時間を割かせるのは忍びないと思ったのだ。
彼らと会っても何を話せばいいか分からない。
引きこもりというのだろうが、多分キリヤナギにとってもこちらが楽だと思っていた。

それよりもカナトは、ジンが何故自分を置いていったのか分からず、ずっと取っ掛かりを感じている。
カロンならば、カナトも懐かしく会いたいと思ったのに、ジンは何故かそれを頑なに拒否した。
言い合いになって、きつく断られたのは今回がほぼ初めてだ。
自分に話せない何かがあるのだろうか。
危険な事ではないかと思ったが、ひどい喧嘩になりそうだったので、キリヤナギの返答次第でと賭けにすることにした。
結果的にカナトは負けたが、まだ納得ができずずっと考えている。
嫌われたとは思ってはいない。
だが、話してくれない事の方が何故か心に刺さった。

鬱々とした気分で横になっていると、ルナが食事を持って来てくれて、カナトはゆっくりと体を起こす。

「大丈夫か?」
「……大丈夫。なんども悪いな」
「俺は構わないが、キリヤナギが心配している」
「……そうか、心配は奴の仕事でもある。平気だと伝えてほしい」
「わかった。でも今日はキリヤナギが作ってくれた、メモも渡されている」
「キリヤナギが……?」

添えられたメモを見ると、完食してから採点してと書かれている。
料理を評価しろ言う意味か。
気を遣わせていると罪悪感を得つつカナトが野菜炒めを口にすると、痛みを感じて思わず水で流し込んだ。

辛い。
よく見ると赤い物が入っている、唐辛子を入れすぎたのか。
口直しの味噌汁は薄い。茶色いが味がなく、大半がワカメで、一面がみどりに染まっている。
カナトは言葉にすらならなかった。
むしろ嫌がらせだろうかと思ってしまう。
そんなカナトの心情を察したのか、ワーウルフが不安そうな顔をして述べた。

「キリヤナギに悪気は無さそうだったぞ……」

それはそれで、タチが悪い。

「こ、これは続くのか……?」
「カナトが部屋から出てくるまで、続けたいと……」

心配以前の問題に思えてくる。
ディセンバルの食事が大変美味であった手前、ギャップから逆に立ち直れなくなりそうだ。

カナトは野菜炒めの赤いものを退けて、辛さがマシなところだけを少しづつ食べた。
それでも辛くて、水が足りない。
色々考えたが負けた気持ちになって、カナトはメモと食べかけの夕食をルナに持たせ、部屋を出た。
キッチンを覗くと同じく辛さに悶える4人がいて、グランジのみが平然とそれを食べている。
カナトはしばらくそれを遠目に眺める事にした。

「グランジはなんで平気な顔で食べれるの……」
「辛いものも嫌いではない」

キリヤナギもディセンバルも辛さからか汗がひどく、ハルカもまた水を手放せないようだった。
しかし皆、どこか楽しそうにしていてカナトは少し羨ましくもなってしまう。
そんな和やかな雰囲気のキッチンで、キリヤナギは視線を感じたのか、遠目にみていたカナトと目が合った。

「カナト……?」

少し隠れたい気持ちになったが、カナトも水が欲しい。
コップを持ってグランジの横に座った。
食べかけの野菜炒めをみたキリヤナギは、少し驚いた表情をみせる。

「食べてくれたの?」
「……辛くてこれ以上は無理だった」

水を飲んでようやく落ち着いたようだった。
作戦は成功だが、涙目になっていて申し訳ない気持ちにかられる。

「ご。ごめん、わざとじゃないよ……。グランジの激辛胡椒を間違えて使っちゃって……」
「切っておいた唐辛子をパプリカと間違えて入れた」

「どうやったら間違えるんだ……」

もはや採点以前の問題だ。
作戦に乗ってしまい負けた気持ちにはなるが、この酷く失敗した料理も、自分の為に作ってくれたのだと思うと悪い気はしない。

「出てきてくれて、よかった」
「……気を遣わせたのは、悪かったと思ってる」
「野菜炒め、そんなにダメだった?」
「続けられたら困ると思う程度には……」
「……何点?」
「5点」

容赦がないなぁと思いはするが、結果的にはいい方へ転び、キリヤナギはホッと肩を下ろした。
結局その日も休み、キリヤナギの休日が始まった次の日。
部屋にいると気を遣わせるとわかったカナトは、屋敷にあるリビングに移動していた。
長いソファで寛いで、のんびり本をよみ時々デバイスで調べ物をする彼に、キリヤナギは素朴な疑問を持つ。

「どうした?」
「……出かけないのかなって思って」

屋敷に来て一週間。彼はまだ買い物にすら出かけていない。
ジンからはよく狩に行くと聞いていたのに、想像していたのとはギャップがあって意外でもあった。

「あまり、進んで出かける方ではないんだ。部屋で本をよんだり、ピアノを弾く方が性に合っている」
「へぇー」
「意外か?」
「うん、ずっと何処かに行ってるイメージだったし」
「陸続きの所は大体行ったからな……貴族になると決めてからは、生活の補助もある上、治安の悪い土地は避けている」

つまりは昔よりも生活に苦労する事がなくなり、出かけるきっかけがなくなってしまったのか。
しかし、きっかけがないと言う気持ちはキリヤナギにもわかる。

「ちょっとわかるかも、僕も用事がない限りは外に出ないし」
「お前の場合。外に出るきっかけの大半が仕事じゃないのか?」

大体あってる。
いつでも出られるようにしていると言えば聞こえはいいが、この地位になって、休日は月に1、2回は大体無くなるし、春や年末になると、気がついたら1ヶ月一度も休んでいない月もあった。
休みを合わせて旧友と出かけても、緊急であれば呼び戻されることから、昔ほどアクティブではなくなってしまった気がする。

「天界の労働環境からみると、とんでもない勤務体制だな……」
「そ、そうなの? でもまぁ、部隊そのものは年中動いてるし、僕ばっかり休んでもられないから……」

中立都市としてあるアクロポリスは、周辺各国のどの国の法も偉力をもたず、いわば条約における根本的なルールしか存在しない。
混成騎士団は各々の国家の法の元で管理されているだろうが、治安維持部隊は元は冒険者の組織であり、休日の管理は自分達でやるしかないのだ。
しかしその上で休日を確保できるのであれば、ある意味平和な証拠にも見える。

「サービス精神は身を滅ぼすぞ、上が休まなければ、部下も休めないからな」
「それはセオにもよく言われるし、ちゃんと有給も使ってるから大丈夫……」

使い切っているとは言わないのが引っかかるが、カナトはあえて突っ込まなかった。
キリヤナギ無趣味になった経緯も察しがついて、カナトは僅かに同情する。

「カナトは出かけたくない?」
「そう言うわけではない……ただ、目的なく行っても何をすればいいかわからない」
「僕さ、今日と明日休みだし、カナトがいいならどこか遊びに行こうよ」
「お前とか……?」
「うん、グランジも誘って」

あからさまに顔をしかめるカナトに、キリヤナギが反応に困る。

「お前はいいのか?」
「え? 何が……?」
「貴様もう少し考えた方がいいんじゃないか?」
「カナトに言われたくないんだけど……」

天界の貴族とアクロポリスの騎士が狩りに出かけるのもなかなか珍しい話だ。

「行きたいところある?」
「そうだな……モーグは、どうだろうか」

……。

「なんで……?」

分からない。
知っているんだろうかと勘ぐってしまったが、それはないのはずだ。

「治安が悪い土地は普段避けていると言っただろう? でもキリヤナギ、お前とグランジがいてくれるのならば、問題ないのではと思った」

これを聞いてキリヤナギは一度考えをリセットする。
カナトは単純にキリヤナギの実力を買ってくれているのだ。深い意味は無い。
だが、今のモーグはいけない。

「そっか、でも僕、モーグってあんまり観光的な印象ないからピンとこないけど……」
「……」

カナトが表情が一瞬陰ったのを、キリヤナギは見逃さなかった。少しがっかりしたような、失望したような表情をキリヤナギは知っている。
これは、裏切られたと感じた時の表情だ。

「確かにそうだな……、ならお前は、行きたいところはあるか?」
「……」

キリヤナギは返答に迷った。
言い直しモーグに行くか。意見を言って避けるか。
モーグは危険だ。今でこそ裏組織が動いていていつ動きだすか分からない。
キリヤナギが下手に行けば、ジンを含めた彼らに迷惑がかかるかもしれない。
それだけは絶対に避けなければならない事だ。
だがその場合、カナトの気持ちはどうなるだろう。
やっぱり無理じゃないかと、失望するだろうか。
意見など意味がなかったと、思うだろうか。

否。
キリヤナギは騎士だ。
守る立場であり、目の前にいる人間は、自分の生涯で守り通すべき護衛対象。
普通の冒険者ならばブレでもいい。が、カナトはそこに私情を挟んではいけない。
何故なら、キリヤナギが起こされ、ここに生かされて、存在する意味でもあるからだ。

「僕は、ファーイーストがオススメかな。実は生まれ故郷なんだよね」
「そうなのか。初耳だ」
「もう家はないけど、歴史とかちょっとだけ知ってるから解説できると思う」

たとえ嫌われても、信頼されなくても構わない。
恨まれても、憎まれても、騎士である限りそれは揺るぎはしない。
危険を避ける為に、いくらでも対価を払う覚悟はある。

「どうかな?」

@

キリヤナギの提案に、カナトは僅かな不安を感じた。

モーグに何かがあるのだろうか。
元々あまり他意はなかったのだ。
カロンが戻り、ジンが迎えに行くならば、天まで続く塔だろうと思って聞いてみただけだった。

するとキリヤナギは渋った。
ジンを上回り、述べ1000人規模の冒険者の頂点に立つ実力者が、モーグに行くことを渋ったのだ。
自信がないとは到底思えない。
カナトもモーグは初めてではない上、ジンすらも気にしたことなどなかったのに、あえて別の場所も提案してきた。
おそらくモーグに何かがあり、騎士として行くべきではないと、連れて行くべきではないと判断した。

何があるかは分からない。
ジンは行く場所はおろか、何をするのかさえ聞かせてくれなかったし、モーグに居るという確信も根拠もない。
だからこそ、余計な不安ばかりが込み上げて、要らない憶測で思考が埋められてゆく。

「カナト、大丈夫?」
「……平気だ。すまない、少し疲れたので明日でもいいか?」
「いいよ。明日も休みだし」
「悪いな。ありがとう、考えておく」

確かめる為に動くこともできるだろう。
だが、もし正しければカナトはもうキリヤナギを契約以上の友人としては見れなくなってしまいそうに思えて、カナトはそれが怖かった。
嫌いになりたくない。
友人としてありたいと願うのに、今を壊す勇気がでないのだ。
情けない。
弱気になっている自覚はあり、もどかしいが、今はまだ、気持ちの整理をしたかった。

@

「無様だな」

カナトが部屋に戻り、後ろにいたグランジが吐き捨てた。
その通りだ。

「僕はカナトに何が出来るんだろうね……」
「……」

家族にも友人にもなれない。
騎士と言う一方的な主従でしかお互いに有れ無いのだろうか。

「カナトさんは努力している。ダメにしているのはお前だ」
「わかってるよ。だけど僕は騎士だから、守るだけだ」

ただの騎士ならば、どれだけよかったのかと思う。
アクロポリスを背負い、また天界を背負い、いつのまにか大変な荷物を背負っていた。
望んだ事であり、後悔はないが、

「グランジ、君ならどうしたの?」
「治安が悪い土地だと、今は危険だと伝える。それ以上は知るべきではない」
「そっか、カナトにきかれたらそう答えといて……僕はもう自信ないや」

不器用だと、グランジは思う。
結局いつも通り素直に伝えればよかったのだ。
ジンがいるいないにも関わらず、危険だから控えたいと正直に伝えればよかった。
渋ってしまったのは、きっと自宅で安心している中意表をつかれてしまったのだと思う。
らしくないとも思った。

「明日、巻き返せばいい……」

部屋に戻ろうとしたキリヤナギに、グランジはそうぼやいた。
彼は少しだけ驚いて、安心した表情をみせる。

「やってみるよ」

キリヤナギにとってもかなり久しぶりの外出になるだろう。
邪魔が入らなければいいと願い、3人は次の日、ファーイーストへと外出する事にした。
カナトはダンジョンの散策用にいつもの黒服に着替え、キリヤナギも珍しく上下真っ黒な暗黒騎士のコートとブーツにクロークを羽織りフォーマルな帽子をかぶる。

「その服も珍しいな……」
「そうかな? これなら、印象が真逆だからバレくいんだよね」

グランジは普段通りかと思いきや、色味の違う職服で現れ、さらに意外性がある。

「グランジって、ホークアイの職服気に入ってるよね」
「悪くないとは思っている」

性能面では最新の青を基調としたものが、収納に優れ人気だが、グランジは旧式のが気に入っていて、同じものを何着も洗い替えで持っている。
出会ったばかりの頃は自由奔放で、着てくれないのではと不安だったが、今では彼のトレードマークでもあり、色違いは新鮮だ。

「急がないと定期便に乗り遅れるぞ」
「え、カナトの庭でいかないの?」
「炭のコスパは悪すぎる。もったいない」

きょとんとするキリヤナギに、カナトはギャップすら感じる。
まだまだ庶民派だと思いながら、3人でファーイーストへと向かった。

アクロポリスからの定期便で、40分程庭に揺られ国境となるイーストシティを超えた3人は、ファーイースト街道へと降り立つ。
国境越えを踏まえた庭での移動は、近年まで行われていなかったが、アクロポリスでの治安の向上により、身分証明さえ持ち合わせていれば通過ができるようになっていた。
搭乗する際、カナトは何ごともなかったが、キリヤナギのデータをみた局員が一瞬「おっ」という反応を見せたものの、本人は笑顔でやり過ごして今に至る。

「あまり厳しくはないんだな」
「イーストはその辺ば緩いんだよね。アイアンサウスなら面倒になりそうだけど、見逃してくれたんじゃないかな」
「アイアンサウスに嫌われてるのか……?」
「んー、演習を台無しにしたの根に持ってるみたい?」

かなり前の話で、カナトは思い出すのに時間がかかった。
そう言えば、カナトも参加したアイアンサウス軍との合同演習で、キリヤナギはやらかしていた。

「僕も昔から苦手だから、窓口は聞き上手なセオに任せてるんだよね。でもこの定期便ならアクロポリスで審査してもらえるみたいだし、上手いこと通過できたりするかなぁ……」
「連絡が入って捕まるだろうな」

グランジの突っ込みが容赦ない。
それを踏まえてると、一般に混じって普通に国土に取り立てたのはファーイーストらしい歓迎だと思う。
広大な大地と穏やかな気候のファーイーストはアクロポリスを囲む4国の内で、もっとも安定して平和な国だとされている。
国民も穏やかであり、諍いも少ないとされてはいるが、田舎特有の風習やしきたりが色濃くのこり、旧王国の貴族たちが未だ土地問題にかんしてモメているとも聞く。

「旧王国は、この豊かな土地に不便する事は無くて、平和な国を築いてきたんだけど、それよりも他国からの圧力でいつ攻め落とされてもおかしくなかったんだよね」
「……それは」
「ファーイースト意外の3国って、寒すぎたり、暑すぎたり、気候が悪くて農業がなかなか上手くいかない土地ばかりでしょ? だから、食料を提供できるイーストは古代アクロニアの人の生命線だったんだよ。他の国からしたらファーイーストさえ手に入れたら覇権奪えるみたいな風潮があって、王国は自分の力の誇示する為に軍事的な事をやるしかなくなってね」
「興味深いな……」
「それで当時から天界にコネがあったノーザンに大使とかやりとりして、魔法系の技術を提供してもらいつつ、モーグ地方とトンカを治めていたアイアンサウスにタメ張りながらなんとかやってたらみたい。でも、アイアンサウスの圧力が強くなってきて、如何にもこうにも行かないってことになって、ノーザンから提供された憑依の技術から人道に反することを初めちゃって国が滅びる前に王族が先にほろびちゃって、共和国になったみたい?」

最後がかなり端折られた気がするが、大体わかった。
王族が滅びた事で、貴族達の統率がとれなくなり、共和制へと移行した言うことだろう。
土地問題が今も根強く残っているのはそれか。

「共和制になって貴族はみんな没落したけど、一部の力の強かった豪族は、落ちた地主の土地買い取って領地広げたりして、今は知事になってたり色々かな? 王族の血はまだ残ってるって主張する保守派の元貴族とか、呪いで滅びたって言い切る共和派とか、そういうのは歴史上残ってて、保守派の元貴族の土地が共和派に奪われたり荒らされたりは、水面下でまだ色々あるみたい」
「非道な……」
「でも、アイアンサウスに上手く立ち回って乗っ取りを免れたのは間違いないし、内輪揉めが起こるのは協力しなくてもやっていけるって分かった証拠でもあるから、当時の国家情勢的には平和な部類じゃない?」
「アイアンサウスに、占領されなかったのか?」
「占領されてたら多分今頃植民地だろうし、いろんな噂はあるけど、理由についてはオカルトじみてて本当の所はよくわかってないんだ。白旗あげたファーイーストにサウス軍がきたら原因不明の奇病やら呪いで作業進まなかったとか、城に入ったら祟りでゾンビ化したとか、田舎特有のそういう感じ」

カナトがファーイーストの観光地図を広げると、周りは丘や森、外周は海に囲まれている。
大自然に囲まれる土地は、その周辺に住む霊的な存在との恩恵をうけやすく、シャーマン系の人間が何かしらの契約を行なっていても不思議ではない。

「王族もシャーマン系だったのは割と有名だよ。古代オーセン王は闇を、妻のルシャーティ妃は光の精霊を信仰しててね。オーセン王に至っては、アイアンサウス軍と対抗する為に、悪魔アスタロトと契約して城を守らせたみたいな逸話があってて、抑止力になればと思ったみたいなんだけど、契約時に寿命の半分をもっていかれて、攻められる前に亡くなったから、契約が切れ逆に滅ぼされたとか、王族を全員手にかけようとしたアスタロトに、ルシャーティ妃はその身をアスタロトに憑依する事で封印したとか……この辺は御伽噺に近いけどね」
「……なら先程の人道に反するとは?」

穀倉地帯を歩くなか、キリヤナギが黙った。
カナトはなぜ黙ったか一瞬わからなかったが。

「ノーザンの憑依の技術を使って、人の心にモンスターを封印するみたいな……」

目をそらすキリヤナギが小さくぼやき、カナトははっとした。
問いただそうとした時、キリヤナギの視線の先に巨大な城がみえる。

「久しぶりだなぁ、アンデット城。前来たのいつだっけ」
「覚えていない」

「キリヤナギ、お前は……」
「僕? 僕は騎士だよ。今はそれ以外の何者でもないさ」

本人が言うのならば、間違いはない。
過去にどのような立場であれ、今は変わらないのだから、

その後アンデット城の散策を始めた三人は、蔓延るゴーストやスペクターをいなしつつ、
早速、今回の目的となるイヤリング探しを始めることにした。
王妃ルシャーティのイヤリングは、様々な冒険者が見つけ王妃の元へ返してきたのだが、いつのまにか元の位置に戻り、それを永遠に繰り返している。
現代では、アンデット城の肝試しとされているが、祟りを恐れた地元の人間は怖がって誰もやろうとしないらしい。

「たしかに普通は怖いよね。だれが始めたのかな……」

それよりもカナトは、道に迷う気配のないキリヤナギに動揺していた。
アンデット城はモンスターのほかに霊的な存在がいるとされており、ナビゲーションデバイスのレーダーや位置情報が殆ど機能しない。
故に簡単な地図を頼りに進むしかないのだが、キリヤナギは、廊下から居室、謁見の間、礼拝堂など、何故か隠し部屋まで知っていて楽しそうに散策していた。
カナトは迷子になるのは避けられないと思っていたのに、むしろ案内を始めるキリヤナギに言葉もでない。

「所々に封印が施されているな……」
「うん、でもこれはまだ新しいから街の人がかけたんだと思うよ。こういう場所にはだいたい悪いものが住み着くからね」
「詳しいのか?」
「僕は見えないし、全然だけど、この仕事してると、たまに付いてきちゃうみたいで……シャーマン系の子にはよくお世話になってるかな」

カナトの表情が硬くなり、キリヤナギは少し驚いた。

「カナトって、オバケ苦手?」
「ゴーストは大丈夫だぞ!」

ゴーストはあくまでモンスターだ。実体化しているし、誰にでもみえる。
しかし、苦手なのに怖がらせるのはいけない。

「もしかして、アンデット城初めて?」
「……一応は」
「なんか、ごめんね。言ってくれたらよかったのに……」
「苦手ではないぞ! 唯見えないものが得体の知れず、不安になるだけだ、それに……」
「それに?」
「お前に誘われて、悪い気はしなかった……」

言い渋るカナトに、キリヤナギはしばらく呆然としていた。
本当に嫌ならたしかに拒否はしただろう。
でもカナトはここにいる。

「そっか、じゃあイヤリング返して帰ろう」

封印の間は気になるが、今は行くべきではない。
結局イヤリングを拾い、二人は謁見の間の脇にあるベッドの横の部屋に向かった。
キリヤナギは平然と入ってゆくが、カナトは入った瞬間。
ぞわりと背中に鳥肌が立ち、足を止めてしまう。
グランジが気を使って背中をさすってくれた。

「すまない」

何もない。モンスターすらいない部屋なのに、嫌な気を感じる。
カナトは怖さに耐えられず、グランジの肩に隠れて彼のネクタイに憑依してしまった。
そんな様子を見たキリヤナギは、カナトの敏感さに感心する。
誰もいないのに人の気配がする部屋は、他ならぬオーセン王と、ルシャーティ妃の部屋だ。
キリヤナギは何も感じないが、彼意外の仲間にはひどい悪寒を感じる者もいるらしい。

本来なら、ベットの上にイヤリングを置くだけでおわりだが、キリヤナギはひざまづき、言葉を紡いだ。

「オーセン王、またルシャーティ妃よ。貴方方の英断を私は忘れません。どうか、安らかに……」

そう述べた直後、イヤリングが弾けうっすらと2つの影がキリヤナギの前に降り立った。
はっきりとは見えない。
シルエットから見えるその姿は、肩幅のある男と、ドレスの女性だった。
二人の影は、驚いて目を見開くキリヤナギを抱きしめて、小さく口を動かす。
キリヤナギはその動きから、言葉を読み取った。

おかえりーー……。

それだけを見て、シルエットは砂のように消えてゆく。

「キリヤナギ……?」

しばらく言葉がでず、ボーっとしていた。
何が起こったか分からず、思わずグランジを見る。

「みた?」
「何をだ?」
「え?」
「突然、顔を上げたのはわかった。何か見ていたのか?」

グランジには見えていなかったのか。
話によれば影がでてくるまでは聞いていたのに、言葉まで伝えてくれるとは思わなかった。
グランジの返しに困っていると、カナトが憑依を解除してでてくる。

「カナト、平気?」
「あぁ、お前が追悼をした後、何も感じなくなった。浄化されたのか?」

不思議だと思った。
うまく説明はできないが、彼らは待っていてくれたのだろうか。
それなら、伝えたいことは沢山あったが、

「そっか、じゃあ帰ろう」
「わかった。でもその前にイーストダンジョンにも寄っていいか?」

唐突なカナトの提案に、キリヤナギは困惑するものの、せっかくなので足を延ばすことにした。
町で少し休み、イーストダンジョンに向かった三人は、何故か大根が沢山生えた場所に向かい、収穫を始める。
キリヤナギとグランジは引き抜くのに苦労はしないが、カナトはタイタニアである為か、足の踏ん張りが利かず、翼の浮力がたよりになるため引き抜くのに苦労している。
何度も尻餅をついて、泥だらけになっているが作業に夢中なっているのを遠目で見ていると、何故か邪魔ができなかった。
結局大根を、6本ほど収穫してイーストダンジョンからでると、カナトが大根用の袋を3枚持参して、思わず感心する。

「大根好きなの……?」
「好きと言う訳では……、アクロポリスだと大根は高いんだ。あまり食べられない……」
「へぇ、そうなんだ?」

「たしかに、イーストダンジョンでしか手に入らない……ダンジョンで採取できる人間が限られている」

キリヤナギも知らなかった。
たしかに、アクロポリスだと大根料理はあまり食卓には並ばない。
取れる場所が限られているなら、数が少なく高くなるか。

「……それでも多くない?」
「貴様もグランジも大食いだろう?」

気の使われ方が、ズレている気がする。
しかし、悪い気はせず、持ち帰った大根でカナトは夕食を作ってくれることになった。
どこかしら、普段のカナトが戻ってきてるようにも見えて安心はしたが、グランジからみるとまだ本調子ではないらしい。

「まだ気を使っておられるように感じる」
「……そっか」

カナトがキッチンにいる間、動き足りないキリヤナギとグランジは、屋敷の広間で体を動かすことにした。

「でもカナトって、僕と友達になりたがってた気がするのに、どうしたんだろ」
「それは俺も考えていた」

グランジが気を使っていると感じたのは、おそらくそこだ。
友人としてキリヤナギの面倒を見ようとしていたカナトが、一変して何もかも拒絶しているようにも見える。

「今日は、うまくやれたかな?」
「……悪くない」

軽装で体が軽い。
動きはあえて遅く、相手のかわせる速さで打ち合い、回避の動作にバリエーションを持たせてゆく。
前転したり、後方へ飛んだり、キリヤナギは時々勢いをつけるが、グランジはそれすら難なく受けて、かわす。
グランジが相手の時は、多少やりすぎても問題はないと思っていた。

「時々思うけど、君やっぱり反則だよね」
「何がだ?」
「目」

グランジの目は先読みの力を持っている。
片眼の視力と引き換えに手に入れた、未来を見る目だ。
この目は予測とも違い、敵の位置を先読みできることから銃を使うグランジに相性がいい。
飛んでいる敵に当てることができるのもそれだ。
だからこそ、キリヤナギは体術でグランジには勝てない。

「お前のその呪いも大差ない」

キリヤナギもまた呪いを抱えている。
不死身の呪いと邪悪な魔力だ。
グランジと初めて戦ったときは、フェイクが効いて辛うじて勝てたが、今はお互いに理解している為、キリヤナギはもうグランジに勝てるかは分からない。
グランジによると、先が見えても体が追いつかなければ対応が難しいらしいが、普段から非番の時に、基礎トレーニングを含めた実戦訓練を本部で受けているのは知っている。
引き換えにキリヤナギは午前中のみだ。
朝9時か12時までの3時間と、自由にやりたいだけ訓練をしているのとでは、当然差がでてくる。
また、グランジは26歳で成長は止まるのに、キリヤナギは年齢を重ねる。
当然、先にバテるのはキリヤナギだ。

「づがれだ」

集中力が切れて床にへばったキリヤナギをグランジが座って見下ろした。
もう本気で戦って勝てる自信がないが、

「俺も疲れた」

ハイエミルであれど、彼も人間だった。

「君が仲間になってくれて良かったよ……」

改めて思う。
ハイエミルの怖さは、ケット・シーの加護による不老で、全盛期の筋力や体力を維持できるのは戦闘系においての理想だからだ。
人間は誰しも老いて衰えてゆくのに、加護のあるグランジは、それがない。

「……俺も、生きて良かったと思っている」
「その言葉だけで、僕も生きる価値が見出せるかな」
「メリエを悲しませるな」
「わ、わかってるよ……」

その後、呼びに来たカナトに汗臭いと言われたので、2人はシャワーを浴びてから夕食をとった。
初めてカナトと出かけたが、それなりに楽しかったと思う。
明日からまた出勤だが、

「仕事いぎだぐない」
「諦めろ」

キリヤナギの部屋にわざわざゲームしにくるグランジが憎い。
もう寝なければいけないのに、彼は今日もハルトとカナサと一緒に遊んでいる。
静かに響くコントローラの操作音の音が虚しいが、布団に入るとすぐに眠くなって、そのまま落ちてしまった。
キリヤナギの小さな寝息も響くなか、ノックが響きカナトが入ってくる。

「遅かったか……」

グランジが手を止め、現れたカナトに軽く頭を下げる。

「どうかされましたか?」
「いや、たいした用ではないんだ。今日は楽しかった、グランジ。連れ出してくれてありがとう」
「……キリヤナギに伝えておきます」

それだけをいいに来たのか。
カナトは、カナサが遊んでいるというゲームをしばらく観戦し、眠気が来た時点でその日は休んだ。
そして再び平日が来る。
微妙に疲れが残ったキリヤナギだが、朝からカナトがキッチンに立って居ると聞いてのんびりもしていられず、すぐに身なりを整えてリビングに向かった。

「早いな」
「え、そうかな……」
「ディセンバルから、あと30分はズレると聞いていたが……」

たしかに微妙に早いが、主人が起きているのにそうは行かない。

「いつも自室で朝食をとっているんじゃないのか? 持って行くつもりだった」
「そうだけど、カナトがいるんだからそうも行かないよ」
「私がいる事で、普段生活に差を出されても戸惑ってしまう……」
「……僕も自由にしてるだけだし、君も自由にしたらいいさ。そもそもカナトが僕を支えてるんだから、君が何をしようと文句は言えないよ」
「お前は……」
「ここに来る前に、あれだけ色々言われた僕だって戸惑ってるし……」

ある意味ワガママを期待していたのかもしれない。キリヤナギも刺激のない日々に飽きていて、カナトが来る事で空気が変わればいいと思っていた。
それなのに、来てから一週間は部屋を出ず、部屋を出ても屋敷から出ようともしないし、殆ど音沙汰がない。

「ちょっとガッカリしたぐらいだから、もうちょっと貴族らしくなって」
「カナトさんに何を求めてるんだ……」
「従者が主人に威厳求めてもいいじゃん!」
「ブーメランだな」

刺さった。
グランジが朝から容赦がない。
自分で言って自分で凹むキリヤナギは今日も元気だとカナトは感心した。
キリヤナギが出勤し、グランジと残されたカナトは、後から来たスィーを招き、バイオリンを弾く事にした。
歌はないが音色を素直に楽しんでくれる二人に、カナトは居心地の良さを得る。

「流石ですね、カナトさん」
「ありがとう、スィー。あまり自信はないんだが……嬉しい」
「バイオリンなんて滅多に聞ける機会ないし、素敵です。これがいつでも聞けるジンさんが羨ましいなぁ」
「ジンはクラシックよりも、ポップスが好きみたいだが……」
「音楽が好きなら聞いておられるのではないでしょうか、バイオリンってかなり響くし、同棲してるなら耳に入りますから」
「……確かに、機嫌が悪い時に弾いていても、文句は言われた事がないな。たまに流行の物を聴音して弾くと喜ぶ」
「音楽って人の気持ちを落ち着かせたりできるし、ジンさんは真っ直ぐだからその影響を受けやすいのかもしれませんね」

スィー言われてカナトは少し意外性を感じた。
確かにバイオリンは響く、それでこそ風に乗りある程度距離があっても聞こえる程のびやかだ。
少年期に外で練習をしていたら、使用人全員にバレていて恥ずかしかった記憶もある。
それを踏まえると、結構な頻度で弾いているのに何も言ってこないのは、少なからず気に入ってくれているのだろうか。

「ジンさんが戻ってきたら、また聞かせてあげれたらいいですね」

聞いてもらえるなら嬉しい。
ジンはどうしているだろうと思い、カナトは再び弓を引く。

@

「僕がいない間に、えらく話が進んでるじゃないか」

出勤したキリヤナギは、セオから渡された報告書を机に叩きつけた。
彼は無表情で、当たり前のようにそれを流す。

「あちら側の意向です。仕方ありませんよ」
「これじゃあ何の為にジンを派遣したのか分からない」

力なく椅子に腰掛け、ため息もつく。
モーグで起こった一連の事案を治安維持部隊の手柄で片付けるつもりが、モーグ自治体が自分達で何とかするといいだし、現場にズレが起こった。
派遣しているジンがやり損になり、なんとも言えない気分になる。

「モーグの問題はモーグの問題ですから」
「自己解決出来ないくせによく言うよ。僕が手配しなかったら気づかなかった癖に……」
「貴方が手配したと知れてもややこしいのでは?」
「どんな作戦だったか知らないけど、こっちだって段取りがあるんだ。それを壊されて黙ってられると思う?」
「気持ちは分かりますが、今回は無難だとは思います。我々がいくら根回しをしても、彼らが動いてからでしか動けません。未然に防ぐなら、モーグ自治体に任せるのが被害を押さえられるかと」
「わかってるよ! だからもうこれ以上は言わないけど……」
「ジンに、かの組織の存在を知られたくなかった貴方が、組織の意向へ譲歩した上で、全てがムダになるとは、確かにキレたくなりますよね」
「わかってるなら言わないで!!」

セオの同情にぐうの音も出ない。
このどうしようもないストレスをぶつけさせてくれるのはありがたいが、周辺各国の情報収集のうかつさは、毎度どうにかならないのか。
ジンに心から謝りつつ、キリヤナギは事務を始めるが、ストレスが抜けきれていないのがわかる。

「ジンを呼び戻しますか?」
「今更無理だよ。本人も嫌がるだろうしね」

最低の仕事始めだ。
キリヤナギはもう待つしか出来ない。よくはしてくれるだろうが、苦手とわかっている分、心配だ。
唸りながら書類にサインするキリヤナギに、セオが話題を切り替える。

「カナトさんと、その後は?」
「……カナトは……一緒に住んでみてわかったけど、僕が一番苦手なタイプかもしれない」
「というと?」
「インドアで、受け身で消極的で、興味のある事にしか動かないタイプ……」

うわぁ……。と、セオは僅かに同情した。
キリヤナギはどちらかといえばアクティブだ。
憂鬱にはなることはあるが、普段は自分から動いき、前向きで新しいことに怯まない。
そんなキリヤナギが"苦手"と言うのは、動いたとしても"手ごたえを感じにくい相手"と言うことになる。
このタイプ相手は本心を読みにくく、何が苦手で、何を許されるか掴みにくい上、知らないところで地雷を踏みやすい。

「……カナサさんでは?」

そう言えば双子だった。
天界でみたカナトとカナサの性格は真逆にも見えたが、あれはあくまでジンとリフウを助ける目的があったし、おそらく今の生活がカナトの本質だ。
キリヤナギの憶測が正しいなら、何気ない言葉が知らないうちにストレスになっている事もありえ、かなり気を使わねばならない。
気を使う関係はどちらかが疲れてしまい続かない。

「何かあったんですか?」
「……一週間引きこもってた。今はもう引っ張り出したけど」
「……それで」
「屋敷からもあんまりでる気ないみたい」
「何故?」
「やる事ないんだって、僕が誘ったらきてくれたけどさ……」

セオはこれを聞いて不安になった。
本来抱いていたカナトのイメージとはほぼ真逆だし、確かに戸惑う気持ちもわかる。

「ジンがいつ帰ってくるかわからないので、待っていたい。と言う事はないのですか?」
「そこまでは分からないけど」
「遠慮しているとか……」
「そう言うならセオも来てよ……。相手してあげて」

相談に来た時、キリヤナギは騎士組を呼ぶと思っていたのにセオはまだ一度も呼ばれていいない。
順番だろうと思っていたが、引きこもっていてそもそも呼ぶ必要が無かったのか。
質問責めにしてしまったのを反省し、セオは素直に口を開いた。

「分かりました。明日の午後からでも行きましょう」

アクロポリスはここ数ヶ月で目立った事件もなく平和だ。
セオもまた業務に余裕ができて、頻繁にこちらへ通えているが、逆にカナト周辺の案件が地味に足を引っ張っている。
キリヤナギは愚痴るだけ苦には思ってなさそうだが、

「忙しいのはいい事です」
「その言葉、そのまま返すよ」

次の日、セオが午後からキリヤナギの屋敷に向かった。
昨晩やいたケーキを包み、三人で食べようと足を運んでみると、何故か床の雑巾がけをしているカナトと鉢合わせし、セオはしばらくフリーズした。
またグランジも階段の手すりから埃を落としている。

「何してるんですか……」
「掃除だが……」
「それは見ればわかります」

メイド達と一緒になって掃除してたカナトは、セオが来た事でようやく手を止め、グランジと共に休憩に入る事になった。
ティーセットが広げられリビングに集った3人の会話は、セオのため息から始まる。

「キリヤナギに見られると叱られそうだったので、居ないうちに済まそうと」
「当たり前でしょう、主人に掃除させる従者がどこにいますか。やるならここよりも、自分の家の方が……」
「自宅は、ジンを送り出す前にやった」

ぬかりない。

「暇なら出かけたらいいのに……」
「それはキリヤナギにも言われたが、あまり進んで出かける方ではないんだ……」

セオはこれを聞いて、キリヤナギの抱いていた感情が多少なれど理解できた。
気のせいかどうか、セオにもよくは分からないが、カナトの言葉にはどこか壁を感じる。
この場合は下手に詮索するよりも直接聞いた方がいい。

「ジンがいないと出かける気にならないとか?」
「な、何故そうなる……」

否定しない。
ここまでは皆理解している。

「カナトさんがジンの事を心配してるのは周知の事実だし、今更なんとも思わないけど……」
「……心配はしてるが、セオに言われる程の事ではない」
「じゃあ何で引きこもってたの?」
「あれは、キリヤナギを含めた……皆に手間をかけさせたくなかっただけだ。逆に気を使わせて申し訳無かった……」

目を逸らしたカナトの言葉に、セオは納得した仕草をみせるものの一拍置いてさらに口を開く。

「ならなんで元気ないんだい?」
「そう、見えるか?」

セオがうなづいて横のグランジもうなづいている。
たしかにずっと悩んでいる。
しかし、話していいものか分からない。

「私もうまく整理出来てないんだ……」
「何がきっかけだったの?」

淡々と質問を重ねるセオに、グランジは呆れながら感心していた。
キリヤナギすら聞かなかったのに、それを言わせようとするのか。
酷く嫌そうな顔をするカナトに、セオは動じず持参したケーキをたのしんでいる。
返答待ちの態度は、答えるまで待つと言う意思表示か。

「話したくない……」
「……そっか、カナトさんに原因がある感じ?」

黙り込むカナトに、グランジは驚いた。
たしかに、原因が別にあるなら愚痴だっていいはずだ。自分が悪いと言われたら否定してもいいし、黙るのは肯定になる。

「セオ……。私はーー」
「分かってる。話したくないなら無理には聞かないよ」
「私の、問題なんだ。私が変らなければいけないと思う……」
「……なんで?」

……。

「……セオ?」
「何でカナトさんが変わるの?」
「わ、私がまだ未熟だからだ……」
「人間に未熟も成熟もないと思うんだけど……」

カナトが混乱している。珍しい。

「僕は隊長をうまく扱ったり、ジンの面倒をみたがるそのままのカナトさんが好きだし、変わるのは困るなぁ……」
「……」
「だからこうやって聞いてるんだけど……」

少し照れた表情にもセオは動じない。
カナトは一息だけいれて、小さくぼやくように述べた。

「……ジンは、何も話してくれなかった。それだけだ……」

セオはその言葉をきいて、思わず絶句した。
本来、カナトから帰ってくる言葉は"ジンに置いていかれた"になるはずが、"何も話してくれなかった"と帰ってきたのだ。
つまりこれは、カナトに"裏があることを悟られた"と言うことになる。
単純に知り合いに会いにいくだけで通じないのは分かるが、それ以上の言い訳が思いつかなかったのだろう。
適当にかわそうとして、カナトに何かがあると察された。
どれだけ愚直で馬鹿正直なんだと思い、セオはカップをもつ左手に謎の力がかかる。

「セオ、手が震えているが、大丈夫か?」
「あぁ、最近ちょっと疲れててさ。と言うか、何も話してくれないって、ジンは何考えてんだろうね最低だよ」
「セオ……?」
「普段から家事とか狩りもサポートしてもらってるくせに、自分の都合の良い時だけ友達と旅行?? ちょっと虫が良すぎない?カナトさんもっとキレていいよ?」
「私よりセオの方が怒ってないか?」

不安な表情をみせるカナトに、セオは小さく吐息すると、続けた。

「ま、聞いた限りじゃカナトさんが悪いように見えないし、これで悩むのはもったいなく思うなぁ」
「……出かけるのを聞いた時、しつこく聞き返してしまったんだ。そしたら少しもめて……キリヤナギの返答次第での掛けにした」
「ぁー、なるほど」
「結果的に負けて、何も聞けなかった」
「うん。ジンが悪い」
「セ、セオ……」
「僕だって家族が半月もでかけるって聞いたら絶対場所聞くし、話してくれないなら心配するよ?態度によっては止めるかも」
「……」
「カナトさんは、話したくないジンの意思を尊重したんだろうけどさ、ジンは前科あるからね。気持ちは分かるよ」

硬かったカナトの表情がゆるみ、セオはようやく一息ついた。
これで少しは調子が戻ればいい。
ジンが返ってきたらこの借りを返させよう。

「そうか……」
「そうそう、だから今のうちにペナルティでも考えたら?」
「……なら戻ってきて、何があったか聞くのは、もう野暮だろうか……?」
「ん〜、聞いてもいいと思うけど、問いただして話してくれなかったなら、またモメるかも? 一回ガチで喧嘩してもいいとは思うけどね」
「あまり、モメたくはないんだ。ジンは私の元を離れられないから……」
「じゃあここに避難したら?」
「は……」
「隊長に言えばグランジを常駐してくれるだろうし、カナトさんが避難したらジンも頭冷えそう。それに、隊長ならジンも安置に連絡取れないでしょ」
「……」

絶句しているカナトに、セオは首を傾げた。
まるで考えになかった話のような反応に、セオも思わず凝視する。

「それは、確かにそうだな」
「隊長もここに居てくれた方が何かと楽だと思うんだよね。匿えるし、手が届くから安心」
「……」
「カナトさん、私達は確かに騎士だの護衛だのと色々あるけど、一応友達だからね? 隊長もそれがあってさ、ここで気楽にしてほしいみたいだったよ」
「私の所為で生活が変わるのは……」
「それは、隊長のいいたい事。カナトさんが普段通りじゃないのに、僕らが普段通りで居られるわけないじゃん」

セオの発言にカナトは思わず唖然とした。
彼らは唯、カナトの調子を伺っていただけなのか。
彼らに迷惑をかけまいと、大人しく、あくまで普段通りを心がけていたのに、セオもキリヤナギも皆、それは違うと言う。
普段通りなのに、なにが違うのかとも考えたが、カナトにとって、"ジンがいない事"自体が普段通りではないのだ。
だからずっと悩んで、心配で、どんな顔で会えばいいか分からず"普段通り"を無意識に演じている。

「……私は」
「?」
「まだどうすればいいか、わからない。……でも、もしジンにも何か抱えておきたい秘密があるなら、それを尊重する」
「いいんじゃないかな。ちょっと優し過ぎると思うけど……」
「……」
「…………念のために聞くけど、ジンに酷いこと言われたりしてないよね? モメたって言ったけど」
「……口外にしない?」
「そりゃあしないよ」
「キリヤナギにも?」
「それは僕の判断にしたいかな、酷かったら、流石に注意しなきゃだし……」

カナトはかなり迷っているようだった。
ショックだったのか、酷さの度合いが分からないのか、恥ずかしい事なのか。

「……あまり母親面するなと、言われた」

……。

「なんでも一緒にするなとか、つきまとうなとか、鬱陶しいとか……」

泣きそうになって来ているカナトにセオが愕然として思わずフォークを落とした。
クッションを膝で抱え、顔を隠してしまったカナトにセオは冷静になってフォークを拾うと、

「グランジ、判決」
「出禁」

三つ目のケーキを食べていたグランジか、即答した。
悩むだろう。
ずっと一緒だった分、裏切られた気持ちにもなったのは分かる。
しかしジンも、しつこいカナトに嫌気が指したのも分かるが、少し言い過ぎだ。
今は素直に距離を置いた方がいい。

「ちょっといいすぎかな、ジンが謝りにくるまでこっちにいた方がいいのかもね」
「……」

初めての拒絶に耐えらなかったのか。
セオはカナトの横に座り、なだめるように背中をさすっていた。

その後、結局カナトは掃除用具を取り上げられてしまった為、気分転換にグランジと二人で買い物に出かけることにした。
セオもまた、カナトの心境をキリヤナギに伝えるため、一度本部へと足を運ぶ。
昨日のストレスが抜け切っていないキリヤナギは、セオの話を聞くなり手にしていたペンを止める。

「つまり、全部ジンの所為?」
「大体は、カナトさんもカナトさんですからお互い様ですね」

喧嘩するほど仲がいいとは言うが、それはあくまで健全な関係を築けていればの話だ。
カナトとジンの場合、関係が特殊であるために心配にもなる。

「とりあえず謝りに来るまで屋敷にいていいと言っておきました」
「助かるよ……」

屋敷に居てくれるならいい。
だが、ある意味キリヤナギにとって想定外の事態だった。
"喧嘩しない"とは思っていなかったが、"一緒にいる事が困難になる"という可能性は低いと考えていたから、

「うまく行かないものですね」

今回は全てが上手くいかない。
裏は円滑だろうが、なんの成果もないと思うと、ため息しかはけなくなる。
ひどく気疲れをしてしまい、キリヤナギは仕事もはかどらないまま多少残業をして帰宅した。

「何かあったのか? キリヤナギ……」

夜の自室でウィスキーを嗜んでいたら、カナトが様子を見にきた。
もう眠っていると思っていたのに、夜更かしとは意外だ。

「別に……仕事で色々あっただけだよ」
「明日も出勤だろう?」
「そうだよ。今日だけ」

ジンをどうすべきか。また目の前の主人に知られたらどう話すべきか。ケジメをつけた方がいいだろうか。
考えれば考えるほど目が冴えて眠れなくなった。預かっている主人は、調子を取り戻しつつあるようだが、

「もう全部、僕の物になればいいのに……」
「……大丈夫か?」

酔いが回って口が滑る。
素直に眠るべきだと思って、キリヤナギはそのままソファに横になった。
カナトは不安定なキリヤナギを見据えて、恐る恐る口に出す。

「ここに来て、私も気持ちの整理ができてきた。ありがとう、キリヤナギ」

何故感謝されているのか、キリヤナギは理解できなかった。
気になった事案があり、うまく手柄にしようとしたら、全てが裏目に出てしまった。

これからどうなるだろう。
全てが明らかになったとき、彼は失望するだろうか。嫌われてしまうだろうか。
どちらにせよ、やる事は変わらないが。

「カナトに嫌われるのは、やだなぁ……」
「……突然どうした?」

自分でもよくわからない。
元々割り切っているつもりで、踏み込まない方がお互いにちょうどいいと思っていたのに、

「キリヤナギ?」

アルコールで気持ちが沈んでゆく。このままではよくはない。
起き上がり傍の冷水を流し込むと少しだけ思考が冴えた。

「いや、なんでもないよ。せっかく来てくれたのに、相手にできなくてごめんね」
「そんなつもりはない。私も礼を言いに来ただけだからな」
「カナトって意外と律儀だよね」

真面目とも言うのだろうか。
だが今はそんな彼の気遣いが心地よくも感じた。

@

夜が明け、キリヤナギを見送ったカナトは、入れ違いで屋敷に現れた騎士・コウガを迎えた。
グランジは少しづつ元気になってくるカナトに安心をしてはいるものの、この先がどうなるのかと言う不安も抱えていた。
庭に咲いた花へ水をやるカナトは、考えごとをしているのか少し虚ろな目をしている。

「どうしたんだよ。大将、元気ないぜ?」
「……コウガ。ここに来てから、皆に言われている。でもあまり他意はないんだ」
「ふーん。ならいいが、大将の相方のジン? 俺はまだちょっとしか話した事ないんだ。良かったら教えてくれよ」
「ジンの事を?」
「おう、俺の認識じゃ。結構動ける癖に、どうしようもねぇお人好しで苦手なタイプなんだよなぁ」
「苦手……、ジンがですか?」
「そうなんだよ。なんつーか、勿体ないんだよな。あれだけ戦えりゃもっと強気で煽っても楽しめそうだしよ」
「楽しい……?」
「おう、怒り狂った相手を倒す快感はたまらないぜ!」

「コウガ。口を慎め」
「あ"?……ぁー悪かったよ。グランジ」
「カナトさん。コウガは相手の感情から戦闘のポテンシャルを高める。無礼ではありますが、お許しを」

「構わない。対人は私にとって未知の分野だからな……でも、ジンは運動は好きだが、対人は出来るだけ避けたいと言っていた気がする」
「へぇー、意外だ。俺もグランジも普段から暴れたい人種だからなぁ」

思わずグランジを見ると、彼は黙って肯定しているようにも見えた。
コウガの言う通り、グランジにも思い当たる節がかなりある。

「その辺りが苦手と感じたのでは……」
「そうかもしんね。グランジはジンをどう思ってんだ?」
「……特別な、お前の言う"苦手"と言う感情はない。が……」

「……」
「前線にでる兵士とするなら"甘すぎる"。しかしそれは、普通の人間が普通であると言う事、俺はそれを心配している」
「グランジ?」
「ジンは、カナトさんと一緒にいるのが最も最善であると考えています。我々、キリヤナギの親衛隊は、キリヤナギの守護に加え、環境維持や周りに発生する個人的な問題の穴埋めをするもの。その中には、対人を含め討伐など、圧倒的な破壊を含むものも少なくなく、敵に同情しかねないジンには向いていません」
「それは……」
「向いていないことは、適正がない。というわけではありません。普通である事とは、人として何よりも大切な感性であり、同情は共感性。優しさも含んでいます。私は、ジンにそれを無くせとは言えません」
「……」

グランジのいいたい意味を、カナトは感覚的にでも理解ができた。
戦闘は勝つか負けるか。生き残るか死ぬかの天秤だ。
負ければ死ぬ可能性を含む中で、同情は身を滅ぼしかねないと、グランジは言っている。
しかし彼は、それを優しさだと言った。
傷ついた相手を考え、同情してしまうのは、人として当たり前に持っていい感情であると、

「我々といるより、ジンはカナトさんといた方がいい」
「俺らとは真逆の人種だったかー、そりゃあわねぇわな」

「ジンは……」
「本来なら、一兵士として褒められたことではありませんが、ジンがそう変わる事をキリヤナギは望みません。個性として受け入れ適正のある場へと派遣しているのです」

カナトの中で納得がストンと落ちた。
個性と言えばその通りであり、それを受け入れてくれるのならば、居心地も悪くはないと思うからだ。
現にジンもストレスを溜めているようにも見えないし、逆に優遇されすぎて戸惑っているようにも見える。

「私は、ジンと居ても構わないのだろうか……」
「それは、謝りに来てから考えましょう」
「来なかったら……?」
「貴方の周りにいるのは、ジンだけではありません」

ふとカナトの中に新しいものが吹き抜けた。
たしかに、ジンだけではない。

「……そうだった。2人ともありがとう」
「今更だけどな!」

周りが見えて居なかっただけなのだろうか。
考え事が先立って不安で関わり方を迷ってはいたが、悩む事でもなかったのかもしれない。

@

「ゔー、気持ち悪い……」
「如何されました?」
「……二日酔い」
「何してるんですか……」

調子に乗って昨晩は飲みすぎてしまった。
頭痛と体のだるさが酷くて集中力が続かない。

「そもそもお酒に強くないのでは?」
「うるさいな。僕だって飲みたいときはあるの」

自業自得だが、朝は隠すのに苦労した。
本部につくとストレスからか一気にきて、午前中の訓練も手につかず、最後まで体が持たなかった。
頭痛のする頭を支え、キリヤナギが報告書に目を通し始める。
一点して真剣な表情になったキリヤナギは、諦めたようなため息をついた。

「無事で良かったですね……」

セオのぼやきに、キリヤナギは無言で返す。
当たり前だ。メリエには生命の保証をさせていたし、訓練も行うと聞いているからだ。
だが生命の安全は保証されても、五体満足で戻ってくるとは限らない。
ジンは派遣先でわき腹に負傷したと、書面で報告された。

「全治一週間以上……」
「これは魔法を使用しない場合ですね。おそらく3日ほどで治癒は可能でしょう」
「僕がいいたいのは、そこじゃない」

わかっている。
予想の範囲ではあったが、予想通りになったことが問題なのだ。
一応完治するまでは本拠地で休息するとも書かれている。

「早退されます?」
「しない」

欲を出し過ぎたのかとも思った。
反省と後悔が重くなり、日に日に虚ろな表情になるキリヤナギを、カナトは不思議そうに眺め、心配した表情を見せる。

「僕の顔になにかついてる?」
「いや、あまり調子が良くないのかと、思っただけだ」
「うーん、たしかにちょっとイライラしてる……でも、だいたい運動したらスッキリするし、大丈夫さ」

リビングにて寛ぐ2人は、グランジのゲームを観戦しながら口を開いた。
カナトが部屋から出るようになり、もう2週間以上キリヤナギと毎日顔を合わせている。
来たばかりの頃は、気を使ってくれて態度もかなりハキハキしていたのに、いまは何を話しても気力が感じられず、カナトは何を話せばいいか迷った。
だから無言が続き、自然と視線がゲームに向く。

「……お前もイライラすることがあるんだな」
「そりゃあ、一応は人間だし……」
「愚痴なら聞けるが……」
「嬉しいけど、話せる事は限られてるし、大体はセオに聞いてもらってるから大丈夫だよ」
「……そうか」
「カナトは、どんな時にイライラする?」
「私か? 私は……洗濯をしようとして、庭の貯水タンクに水が無かった時とか……」
「それ、かなり状況が限定されてない……?」

ボケなのだろうか。
突っ込んでもらえて嬉しそうだった。

「庭ってさ。やっぱり水とか、電気とかやりくりするの大変そう」
「数年前までは、水回りの管理にかなり手間がかかったが、最近は浄水機能が優秀で、汚水タンクを入れ替える時に、貯水タンクの補給と清掃を行えば一月以上はもつようになっている。」
「へー、すごい。僕の時は一月持てばかなり大きい方だったのに……」
「庭が大型なのもあるだろうな。普通の庭とは違い、家と水の重さで高度の調整をしなければ、危険らしい」

バオバブの木は空気よりも軽い。
普通の庭は回転帆で高さを調整するが、大型になると、帆だけではエネルギーが足らず、貯水槽や家を大きくする事で重さを足し高度を維持する事になる。

「電気は?」
「太陽光で大体なんとかなるが、夏は空調が必要になるので、イリスカードで賄えるハイブリッドにしている」
「結構かかりそう……」
「アクロポリスのライフラインよりかは安いぞ?」

確かにアクロポリスの持ち家のライフラインは高い。
元は活火山のカルデラ湖の上にある事から、地熱発電と水力発電が主だが、アクロポリスシティの北部が貴族街である為に業者が足元を見ている縁もある。
天界からの技術提供もあってか、現在では不足する事もないが、

「アクロポリスの土地が、最近高騰しているな」
「うんー。おかげで高所得の人が増えてて、並ぐらいの人が再開発されたダウンタウンに移住しててさ、このままだとアップタウン全体が高級住宅街とかになるかもね」
「お前も例外ではないんじゃないか?」
「僕がここを買った時は、まだ貴族街なんてあってないようなもんだったし、お隣さんが普通の人だったから本当にここでいいか何度も確認されたよ。でも気がついたら周りが社長さんとか、会長さんに代わってた」

一般市民の土地がライフラインの高騰によって、住めなくなり、代わりに高所得の貴族が定住する。街としては治安がよくなる為に悪い事ではないが、

「交易都市ではなくなるな」
「そうだね。ただの住宅街だよ」

しかしそれでも、庭の技術の発展によりアクロポリスには数多の庭が浮かんでいる。
貿易船や定期便も各国から行き来しており、人が集まるという意味ではまだまだ発展の伸び代はあるだろう。

ふたたび会話がとまり、グランジのゲームにエンディングが流れ始めた時、カナトのデバイスにメッセージの着信音がながれた。
画面に表示されたのは、ジンからで「明日帰る」と書かれている。
位置情報は飛空城と書かれていて正確な場所は分からなかったが、

「……」
「カナト?」

画面を凝視していたら、キリヤナギが気を使ってくれる。
いざ目前になるとどうすればいいかわからなくなり、言葉すら浮かばなくなってしまった。

「ジンが、明日帰るらしい」
「へぇ、良かったじゃん。3週間ぶりぐらい?」
「……そう、だな」

カナトの表情はあまり喜んでいるようには見えなかった。
セオから全てを聞いている身としては、アドバイスをすべきか迷うが、ここで話されている事を暴露するのも控えたい。

「キリヤナギ」
「?」
「もう少し、ここにいても構わないか?」
「……もちろん。僕はこの家に君が居てくれるなら、これ以上の光栄はないさ。自由にして」
「……ありがとう」

カナトの安心した表情を、キリヤナギは久しぶりに見た。
グランジもまた、ゲームを片付けながら安堵の溜息を落とす。

@

次の日、庭に帰宅したジンは、誰もない自宅に呆然としていた。
3週間も留守にしていたのに、最終日に掃除したままの状態の自宅だ。
留守になる間、キリヤナギの自宅周辺に停めていて、連絡を入れればカナトが先に帰っていると思っていたのに、帰ってきた場所にはルナすら居ない殺風景な場所だった。
メッセージを見ていないのだろうか。
あのカナトが見ていないのは考えずらいが、見た上で庭にいないのは、何か別の意味があるようにも思う。
どうしようかと、荷物を降ろした時。

「カナトさんと喧嘩したんですか?」
「わぁぁぁぁあ!!」

後ろから突然現れたのは、金髪にメガネをかけたリアスだ。
自宅で安心しきった上、誰もいないと思っていたために思わず腰が抜ける、

「てめぇ!いつからいた!」
「アクロポリスで見かけたので、追ってきました。仲直りされるのかと思ってましたが、おられませんね」
「なんで知ってんだよ」
「セオさんが、カナトさんの元気ないと言っていましたから」
「……!」

少し驚いた。
出かける前、カナトはずっと意地を張っていて元気がないというよりも、苛つきこちらを拒絶しているような態度だったから、

「……あいつ、凹んでんの?」
「話しか聞いてません。でも、カナトさんの元気のない理由は大体ジンさんですから、お二人に何かあったのかと」
「……喧嘩ってほどでもねぇけど、たしかにちょっと、いいすぎたかもしんね」
「反省されてるんですね」
「当たり前だろ! だけどさ、俺もずっとあいつの為だけにいてやれねーじゃん。その辺の線引きがしたかったんだよ……」
「ごもっともですが、おれに言われても困ります」
「帰れ」

何がしたいんだこのイレイザーは、クローキングで消えられてうっとおしさが増すが、今に始まった事じゃない。
何も見えなくなって、ジンがふたたび自宅をでると、迷わず繁華街に向かい、並んでいる大根を購入した。
時期が違いかなり高かったが、必要経費だと割り切っておく。

「手土産ですか?」
「うるせぇ、ほっとけよ」

無視しても、リアスはついてくる。
今更何とも思わないが、心のどこかでそれに安心していた。
知らない場所、知らない人達の中で、学ぶ事は沢山あったが、殺人を当たり前のように遂行しようとした彼らを怖くなかったと言うなら嘘になる。

「リアス」
「なんですか?」
「お前、イレイザーだけど、暗殺とかした事あんの?」
「治安維持部隊のイレイザーは、基本的に暗躍組織の割り出しとか、斥候などのスパイ行動がメインですから、殺人が目的にされる事はないですね。でも潜入した組織内で問題が発生し身の危険を感じた場合は、正当防衛として躊躇わないように指導されています」
「やっぱりそうだよな……」
「周辺各国の境界線である、このアクロポリスシティが今や冒険者による自治権において治安を確立してる以上、常住していた悪も存在するのが難しくなっているんだと思います。近年、他世界の移住者が増えたエミル界ですが、我々人間よりも強い種族であるモンスターの存在で人類の人口は増えにくい傾向にありますし、暗殺は貴重な人類を減らす非効率な行いですからね」
「人すくねぇの?」
「少ないですよ。旧文明によれば100億を超える人類がいたとされていますが、今や天界や冥界を含めても5億人いればいい方です。これでもかなり増えましたが、三世界で行われた大戦時には、二億人を割るレベルで人類が減少して、危機感をえた三世界が休戦協定を締結したのです。その後もエミル界でいざこざはありましたが、どうにか休戦して、今に至る感じですね」
「ふーん」
「ジンさん、わかってなさそうですね」
「歴史とかしらねぇし、言いたいことはわかったけど、それならもう暗殺なんていらねぇよな?」
「要らないと言えばたしかに要りませんが、ある一定の力を持つ人が、人を従えて殺人をする可能性も拭えないので、辞めさせるか粛正するかしないと犠牲者は増えてしまうし、難しい問題ですね」
「捕まえたらいいじゃん」
「人間の法にも限度がありますから、ルールは権力者が作るものですし、ルールの中に権力者は裁かれないとあった場合、誰も裁ける人が居なくなってしまいます。その場合民集を助けるための暗殺は悪であれど必要になってしまうのかな、とは考えました」
「……そんなんわかんねぇよ」
「……おれも、あんまり好きじゃないです」

リアスの表情にジンは、何故か心に安心を覚えた。
悪は必要ないといい切りたいと思ったが、ジンもまた犠牲者なのだ。
毎日が平和で楽しくて忘れていたが存在する悪に全てを壊された人々は必ず存在する。
ジンのような孤児を増やさないためにも、努力出来ればとは思うがそれに対して殺人は本当に必要なのだろうか。

「というか突然如何されたんですか?ジンさん、スカウトに転身ですか?」
「ち、ちげーよ。ちょっときになっただけ……」
「そういえば、デュアルジョブにイレイザー取られてるんでしたっけ? 応援要請ならレクチャーできますよ」
「いらねぇよ! あんな宴会芸!」
「ホークアイのミラージュショットとどこで差がついたんでしょうね、羨ましいです」

やってみせてくるのが、本当にうっとおしい。
リアスが三人いたら流石に耐えられないとも思ったが、たしかに分身すると言う意味では"ミラージュショット"と原理が同じだったか。
意味のない話だなとふと我にかえるも、この空気が何故か安心する。

「ジンさん。おつかれですか?」
「……まぁ、三週間出てたし、ちょっと疲れたな。帰ったらメシ食えるかと思ってだけど」
「……都合よすぎでは?」
「うるせぇわかってるよ」
「…………」
「なんだよ……」
「どっちもどっちですね」

身もふたもない。
リアスには腹がたつが、これ以上話しても墓穴を掘るだけだ。
だらだらと彼の前で愚痴るより、素直に謝った方がいい。
足取りは重いが、ジンは迷わずキリヤナギの自宅前へと訪れた。
キリヤナギにも聞きたい事はあるが、今は優先すべき事がある。

「今日って……」
「総隊長なら、出勤中ですよ。平日ですから」

ホッとした。
しかし、いざ門を前にすると緊張してくる。
どうやって謝ろうか、気まずいし、なんて声をかければいいだろう。
そんな事を考えていると、リアスが来客の鐘を鳴らした。

「てめえー!!」
「何の為にきたんですか?」

心の準備ぐらいさせてくれ。
まもなくして、ハルカが顔を出し2人は中へと招かれた。

「ハルカさん、カナトいるんすか?」
「のんのん、違いますよ」
「おじ、さん……」
「はい、部屋の方に……お通しするよう言われていますから、ご案内しますね」

このやりとりも久しぶりだと思う。
リアスも平然と付いてくるのは何様かとは思うが、彼は帰れと言って素直に帰った事がない。

「邪魔ならクローキングしてますが……」
「やめろ」

余計にタチが悪い。
カナトは何故リアスと仲良く付き合えるのか未だに理解が出来なかった。
ハルカに案内されて扉の前にくると彼女は軽く礼をして持ち場に戻ってしまう。
そう視線を逸らした隙にリアスが消えた為、ジンは即座に”クレアボヤンス”唱え捕まえた。

「にがさねぇー!」
「ずるいです!クレアは卑怯です!」

「ジンか?」

後ろから、唐突に声が聞こえてリアスを捕まえていた手が緩んだ。
彼はするりとにげだして、現れた彼の後ろに隠れる。
ティーセットのトレイを持って現れたのは、カナトだった。

「どうかしたか?」
「え、いや……リアスがちょっと」
「! リアスがいるのか?」

周辺に視線を向けるカナトは後ろにいるリアスに気づかない。
"クローキング"をするリアスは、"クレアボヤンス"を使ったジンにしか見えないのだ。
探されているリアスは、カナトを驚かさない位置に移動して姿を見せる。

「御機嫌よう、カナトさん」
「そこに居たのか。リアス、よくきたな」

ジンなら驚かしにくるくせに、この扱いの違いはなんだろう。

「ちょうどティーセットを準備してきたところだ。三人でゆっくりしよう」
「お、おぅ」

普通の態度が少し怖くなる。
借りているカナトの部屋は当然のように豪華だが、一時的な宿泊もあり、物は少なかった。
代わりに机には、教本と筆記用具が広げられていて勉強していたように見える。
カナトはリアスを座らせて、持ってきたティーセットにお茶を入れてくれた。
リアスがいて少し言いにい環境ではあるが、手元にある根菜を渡さないのも持ったいない為、ジンは立ち上がって正面からカナトと向き合う。

「カナト、……あのさ」
「……?」
「家でるとき、流石にちょっと言い過ぎたと思ってる。でも俺、ずっとお前と一緒にいてやれる訳じゃないからさ……」
「……」
「ごめん。これ、買ってきたから勘弁してくれ」

目線を合わせず、ジンは手に持った袋を差し出した。
リアスはそれをみて、謝罪なら妥当だとも思い、カナトの表情を確認した。
2人なら直ぐに仲直りだと、これで元気になるだろうと、リアスは思った。
が、カナトは呆然としたまま、頬に水滴を流していてリアスは言葉を失った。
ジンもまた、視線を上げ絶句する。

カナトはそれには遅れてそれに気づいたらしくおもわずスプーンを床に落とした。
そして口を押さえ、席を立って部屋を飛び出してしまう。

「カナト!?」
「ジンさん、待って!」

追おうとしたジンを、リアスはしがみついて止めた。
今会うべきではない。何が理由なのかは、リアスも分からないが、

「なんだよ。……あいつ」
「ジンさんは間違ってないです。わからないですけど、きっと今はジンさんと会うのが辛いんだと思います」

リアスの言葉が、この時だけ、残酷にも思えた。

@

部屋を飛び出したカナトは、突然込み上げた感情に戸惑っていた。
何故かは分からないが、ジンが来たと聞いた時、彼を怖いと心が認識したからだ。
嘘だと頭は否定したが、顔を見て痛みてさらに痛みがひどくなり、それでも否定していたのに、謝罪を述べられた時、全てがはち切れた。
分からない。
ジンは、当たり前の事を言っただけなのに、何故か全てを否定された気がして辛くなる。

「私は……」

どうしたいのか結論がでない。
壁にもたれ、収まらない動悸に耐えているとディセンバルがこちらに気づき支えてくれた。

「大丈夫ですか? カナト様」
「ディセ……。すまない。情け無い所を見せた」
「一度横になられては、このままでは倒れてしまいます」

カナトは支えられ、一度応接室のソファに寝かされた。
冷えたタオルを乗せ、彼は腫れた目を隠してくれる。

「本当に、情け無い限りだ……」
「誰しも完璧な人間ではございません。あまりご自身を責められませんよう……」
「……ディセは、タイタニアだったな。年齢は……」
「恐縮ではございますが、私は本年で206歳となります」
「そうか。なら……。今まで何人のエミルを看取った?」
「……看取るとは?」
「死ぬまで一緒に居た事は、あったか?」
「そうですね、数名はおりますでしょうか……」
「……」

なぜこんなことを聞いているのだろうと、カナトは自問自答した。
別れを考え、悲しいわけではない。
謝罪され、しかし当たり前を言われたのも辛いわけではない。ただ何故か、心には痛みがある。

「何か、お辛い事でも……?」
「ディセ、私は私の気持ちが分からない……」

カナトは横になり冷えたタオルで目を冷やす。
結局その日、ジンは1人リアスと庭に戻りカナトだけキリヤナギの自宅に残った。
夕食になっても部屋から出てこず、再び引きこもってしまったカナトに、キリヤナギはまたため息をつく。

「まだ整理がついておられないようでした」
「ディセ、それは違うよ」

もくもくと食べていたグランジも顔を上げる。
ディセンバルから話を聞いた時、グランジも困惑した。
カナトがジンを拒絶するなどありえないと思っていたし、考えてすらいなかったからだ。
キリヤナギは、疲労の蓄積した表情でフォークを回し、大きくため息をついて述べる。

「カナトは一歩先に進んだんだよ。トラウマかな? 傷ついたから、もう傷つきなくないっていう防衛本能。でも、絶望じゃなく拒絶に走ったなら依存対象が僕達にも向いたのかもね」
「キリヤナギ」
「信頼といい変え方がいいかな?」

言葉にトゲがあるのはストレスからだ。
何もかもうまくいかない日々に嫌気がさして、それが言葉に出ている。
グランジはよくあることで気にも留めないが、この態度がほかの人間に向くのはいけない。

「今のお前はカナトさんに会うべきではない」
「グランジは優しいね。じゃあ彼らはもう任せるよ」

キリヤナギは夕食を終え、リビングから消えた。
ここまでストレスを溜めるのも久しぶりだと思う。
この時期の彼は、誰に対してもひどくドライになって誰も寄せ付けなくなってしまう。
特にご機嫌とりを嫌い、ただストレスを表に出す事で解消する。
側から見れば厄介だが、抑え込むぐらいなら放出した方がいいという判断もあり、グランジはキリヤナギに自宅限定でそれを許した。



リビングから出たキリヤナギは1人、無心になりながら自室に向かう。
情けないとも、だらしないとも思わない。
人間だと言う自負があり、感情を抑えるバカな行為もしない。好きにすることこそが、キリヤナギにとって最大のストレス解消だからだ。

「キリヤナギか……」

前を見ずにいたら、もっとも会いたくなかった人物と鉢合わせしてしまった。
引きこもっていると思っていたのに、素直に驚いてしまう。

「部屋にいたんじゃないの?」
「疲れて眠っていた。目が覚めたところだ」
「そっか。僕はもう休むよ。あしたも仕事だしね」

これで切り抜けることが出来ると思った。
今は会うべでないと、グランジに言われたばかりなのに、

「……キリヤナギ」

何故だろう。彼は名を呼んでくる。

「私は、どうしたら……いいんだろうか」

言葉の意味をキリヤナギは一瞬理解できなかった。だがゆっくり飲み込み、ため息をつく。
素直に浮かんだ感想は、くだらない。

「そんなの僕に分かる訳無いじゃないか。僕は君じゃないし、誰の心も分かる訳じゃない。それとも君は自分は気を遣えるから誰にでも許されるとでも思っているのかい?」
「そんなつもりは……」
「それは当たり前だよね?みんな分からないんだよ。言葉で殴りあって、傷付いて相手を傷つけて、それを踏まえて初めて分かることだ。初めからわかった気になるのは傲慢だよ」

何を言っているのだろうと、キリヤナギは疑問していた。呆然と唯立ち尽くしているカナトに、思わず我に帰る。

「疲れてるから、また明日……」
「……あぁ、ありがとう。キリヤナギ」

え?
意表をつかれた言葉に、キリヤナギが振り返ると、カナトはもう廊下の向こうに飛び去っていた。

@

ジンは1人自宅のキッチンで、フライパンを揺らしていた。
後ろには机に突っ伏すリアスもいて、チャーハンを炒める音のみが響いている。
何も話す気にもなれない。話すことがなく、ジンは二人分のチャーハンを作ってリアスに出してやった。

「いいんですか?」
「今更遠慮すんな」

目の前のリアスがこんなにありがたいのは久しぶりだった。
リアスもまた、ここまで元気のないジンをも初めて見た。
だからイタズラをする気にもならず、大人しくしているが、今回の件ではっきりしたのことがある。
ジンもまた孤独が苦手なのだ。

「塩っ辛くないです?」
「うるせー!文句あるなら食うな!」

リアスは正直だとジンは久しぶりにカナトに同意した。
しかし確かに味が悪くて嫌になる。
うんざりした気持ちで失敗料理を頬張っていると、来客のベルも物置も何もなく、唐突に家のトビラが開いた。

「ジン!」

びっくりして思わずむせ込んだ。
顔を上げて玄関をみると、ずぶ濡れのカナトがいて初めて、外に雨が降っていると認識する。

「カナトさん、大丈夫ですか!?」


リアスは反応が早くて感心する。
急いでタオルを持ち出して持っていった彼に、カナトは反応せずじっとジンを見ていた。
先ほどとは違うまっすぐな目で、

「……悪かった」

何のことかわからなかった。
だがその声のトーンはどこまでも低くて、感情が引っ張られていく。

「私も、言葉が過ぎたと思っている。だから、悪かった」

リアスは率直に不器用だと思った。しかしこうも思う。カナトらしいと、
振り返ってジンをみると、彼はスプーンをもったまま、固まっていた。
何を言われたのか分からないという顔で気持ちはわかるが、珍しいとすら思う。


「……今更だろ、気にすんな」

リアスは久しぶりにカナトが笑っているのを見た。



「うー……」
「おはようございます。隊長」
「疲れた……」

午前中の訓練が終わり、明らかにけだるげな表情で執務室に戻ってきたキリヤナギは、まるで力が抜けたように定位置の執務椅子へと戻った。
結局あの後、カナトは自宅に戻り再びジンと暮らし始めたようだが、キリヤナギに言わせるとなぜそうなったのかよくわからない。

「本当に覚えがないんですか?」
「ないよ、あるといえば結構ひどいことだけど……本当わからないもの」
「ある意味ケジメになったのでは?」
「そういうもんかなぁ……」
「どちらにせよ、相性が悪かったんでしょうね」
「いいわけないじゃん」
「そうですね」

今更という話だ。
しかしそれでも結果的に収まりが付いたのであれば、考えすぎることでもない。

「それで、ジンには聞かれたんですか?」
「いや……、まだだよ」
「そうですか」
「このまま忘れてくれるといいな」
「……」
「何その沈黙」
「いえ、何も」

言いたいことは分かっている。
ジンは単純で真っ直ぐではあるが、僅かにも心に繊細さを兼ね備えている。
それは過去に裏切られ続けた傷でもあり、心に焼き付ける暗い箇所。
手に届くものを救おうとする正義と対となる、臆病で誰も寄せ付けない繊細さだ。
そのジンの弱い部分は、裏切りや人との関係にひどく敏感であり、ちょっとしたきっかけですべてが壊れてしまう。
今回キリヤナギは、ある意味でジンを裏切った。
むしろ、裏切っていることに気づかれたの方が正しいかもしれない。
全てが気づかれたらどうなるかわからないが、

「今は、考えないようにする」
「賢明です」

セオは、キリヤナギの味方だろう。
ここまで歩んでこれたのも、セオを含めたホライゾン、グランジ達がありとあらゆる意味でサポートをしてくれたからだ。その気遣いを無碍にするわけにはいかない。
だからこそキリヤナギも自らの正義をもって歩み続ける。

END

















web拍手 by FC2
本編 | 【2018-11-05(Mon) 20:00:00】 | Trackback(-) | Comments:(0)
コメントの投稿
管理者にだけ表示を許可する