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七つ星シリーズ*クロスエピソード:-ES- 【著:結城隆臣さん】
ES(口絵)_01
(連載)JKな奴ら2nd!!! 七つ星シリーズ 結城隆臣×詠羅 クロスエピソード
口絵:糸屑 様
-ES- *Семь звезд(セミ ズヴョースト/七つ星) 編

参考
治安維持部隊編 ……著:詠羅

あらすじ
ジンはある日キリヤナギにお遣いを頼まれる。
書類を持って訪れた飛空城とそこで見かけた懐かしい姿。
見知らぬ電話からの呼び出しは、ジンを巻き込み物語は進んでいく。
舞台はモーグ、偽りの姿をまとったジンが経験する事とは――!?


 
著:結城隆臣さん


深紅の絨毯に紺色のベルベットの壁、それらを飾る金色の装飾品。窓には赤銅色の重厚なカーテンがまとめられ、荘厳な雰囲気を醸し出している。
ここはとあるリング、Семь звезд(セミ ズヴョースト/七つ星)の本拠地。その飛行城の1室にジンはいた。
黒革のソファーに栗色に染められた木製のローテーブルが置かれ、上には温かい紅茶が入ったティーカップに、シンプルなシフォンケーキが並んでいる。
ふいにそのケーキの奥にパサッと書類が置かれた。

「成程。確かにこれはこちらの案件だ」

顔を上げ声の方を見る。
声の主はこの部屋の住人であり、Семь звездの頭領でもある女性からのものだった。
肩まである穏やかなウェーブの金髪と、赤と金のオッドアイ。そして、陶磁器のように透き通った白い肌と艶やかな赤い唇。
伏せられた瞳に長いまつげが印象的に映り、ジンは初めて対面したときあまりの美しさにフリーズした。

「あの男には了承したと伝えてくれないか?」

視線を投げられドギマギしながらジンはゆっくり頷くと声を出した。

「は、はい。了解っす……!」
「はは、君は元気がいいな」

ふっと微笑まれてその可愛らしい笑顔にさらに心臓がドキドキと強く脈打つ。
この女性とあの男呼ばわりされたキリヤナギとの関係性が何となく気になり始めた。
そもそもどうしてジンがСемь звездへ来なければいけなかったのか、それは数時間前に遡る。



あるよく晴れた朝だった。
任務をこなすために足を運んだギルド元宮の入り口で、ジンはキリヤナギと鉢合わせした。
A4サイズの茶封筒を持ち困ったような表情を浮かべている彼に声をかけてしまったのが事の始まりで、ジンはキリヤナギの執務室に通されこうやってСемь звездへのお遣いを頼まれたのだ。

詳しい事をキリヤナギは語ることはなかった。
ただ一言『治安維持部隊では対応できない問題が出てきて、外部組織に依頼したいんだ』とだけ言った。
それがどんな事件なのかキリヤナギは内容を全く教えてはくれず『確証が持てないから教えられない』と、そう言って黙ってしまった。
とにかく書類を持って行って欲しい、届けて欲しいと、それだけを繰り返していた覚えがある。

そして首をかしげながらもジンはキリヤナギが指示した場所へ向かい、迎えに来た飛空庭に乗ってこの城へやってきたのだ。



キリヤナギの託した書類の内容が気にならないと言ったら嘘になる。
しかし、おそらく目の前にいる女性にその内容を聞いても教えてはくれないだろう。
というより、この女性がまとめているこのリングはいったい何の組織なのかジンは分らなかったし、知ることもできなかった。

「さて」

女性がそう言って手を上げると、その背後でずっと立っていた男がジンの側へ近付いた。
長い黒髪を後ろで一つに束ね、糸のように切れ長の瞳と細いシルバーフレームのメガネ、そして紳士的なスーツをまとい、物腰穏やかに微笑んでいる。
彼はジンをこの部屋まで案内してきた人物だった。

「ベガ、彼を頼む。無事にアップタウンまで届けるように」
「承りました」

ベガと呼ばれた男性に促され、ジンは慌てて紅茶を一気に飲み干すと立ち上がった。

「お邪魔しました」
「わざわざご苦労だった。ああ、そうだ。一つキリヤナギに伝言を頼みたい」

優雅に席を離れ真っ直ぐジンを見据えながら赤い唇が動く。

「『一人借りる』と」





広い飛空城内をベガに案内されながら、一番最初に降り立った場所――庭着き場――へと向かう。

道中他愛ない世間話をしながら、ふとジンは違和感を覚えた。
来た時はすんなりと案内されたはずなのに、帰りは妙に時間がかかっている。
行きも帰りも案内人は同じこのベガという男だが、わざと道を間違えているような感覚さえある。

「何か……来た時と道が違う気がするんすけど……」
「おや、察しが良いですね」

嫌な予感がしてジンが呟くと、それに対してベガがにっこりと微笑みながら答えた。

「少々、試させていただきました」
「はぁ……」

試すとはいったい何なのか。
訝しげな瞳を向けると、クスッと笑みが返ってきた。

「大丈夫ですよ。個人的な興味、ですから。さぁ、もうすぐ庭着き場に着きます。君をアクロニアまでお送りましょう」

一体全体何なのだろう。
ベガのニコニコとした笑顔がジンには妙に恐ろしく感じられた。

到着した庭着き場は飛空城の最後尾にあり、いくつかの飛空庭の紐が固定されていた。
紐の1つ1つにマークや飾りが付いていて、それでどれが誰の庭なのか判断できる。
その中の一つ、青い水晶が付いた紐をベガが引き寄せジンに手渡してきたその時だ。
何となく視線を感じて振り返ると、知り合いにどことなく似た姿が目に入った。
顔には鼻筋を通る傷跡があり、ダルグレー色の長い髪を大きな黒い布で覆っている。
長身で服の上からでもわかる筋肉質な体をイレイザーの最上位の職服で包んだイクスドミニオンの男だ。
目と目が一瞬合ったような気もしたが相手はすぐにそっぽを向いて自分の横を通り過ぎて行く。
ジンは何となく気になってその男をじっと見ていたが、程なく懐かしい後姿にハッと誰かを思い出してぽつりと声をこぼした。

「……カロンさん?」

聞こえたのだろうか、男が軽くこちらを振り返る。
再び声をかけようとした時、ベガの方から催促する言葉が聞こえジンはそちらに体を向けた。

「失礼、彼が何か?」
「えっと……知り合いに似ているなと思って……」
「知り合いですか?」

ベガが不思議そうに片眉を上げる。
ジンはそれを苦笑しながら見つめた。

「どういう方なんです?」
「その、元治安維持部隊の人で、親しくしてて、変装の達人って言うか」
「ほう、それは興味深い」

ベガが話に目を丸くしながらジンを見た。
興味深げに輝く瞳に思わず話を続けたくなるが、『あの日』のことを思い出してジンは内心慌てた。

「や、あの、ただ似てるだけかもしれないし、仕事の邪魔になるかもしれないし」
「そうですね、ご本人かどうかは一瞬見ただけではわかりませんものね。変装の達人ともなれば、潜入調査などを担当されている可能性もありますし、お仕事の邪魔になるというのも納得できます」
「そ、そうなんすよ。前にばったりそういう時に会ってしまって、全く気付けず邪魔しちゃって……」
「おやまぁ、それは大変でしたね。それにしても親しい間柄でも本人かわからないというのは、それはそれば素晴らしい変装力ですよ。ぜひともうちで雇いたいくらいです」
「あ、でも、今もやってるかはわからないっすよ」
「ええ、もちろんですとも。カロンさん……でしたね」
「えっと、その名前も本当かわからないって言うか」
「どういうことです?」
「さ、捜しても見つからないと思うっすよ」

どうにかしてベガとの会話を断ち切ろうとするも、なんだか逆に喋らせられている気がして助けを求めるようにジンは飛空庭の紐を掴み直した。
その様子にベガが身を正して口を開く。

「ああ、申し訳ありません、引き留めてしまいましたね。どうぞお乗りください」
「えっと、はい」

紐を引っ張りながらジンは男が消えた方へ視線を向けたが、当然その姿があるわけがなく静かに庭へ登って行った。



§§§



治安維持部隊からの遣いをアップタウンへ送り、ホームへ戻ったベガは足早に親父のいる執務室へと向かって行った。
親父というのはСемь звездをまとめるリーダーの総称である。
いつのころからか、着任者が男性であろうが女性であろうが皆がそう呼ぶようになっていた。

ドアをノックし、静かに開ける。
部屋の主が赤と黄色の瞳を一瞬こちらに向け、そして視線を戻した。
どうやら遣いの青年が持ってきた書類を読み返しているらしい。

「ただいま戻りました」
「ご苦労だった」

ベガは素早く親父の元へ近づくと、小さな声で言葉を発した。

「先程の青年にカロンの正体が知られている可能性があります」
「何?」

書類を机に置いて、親父がゆっくりとベガの方へ振り向く。
ベガは姿勢を正すと、庭着き場であった出来事を親父へ話した。

「成程。彼は治安維持部隊でランカーとして所属しているし、カロンとは親しかったと報告で読んではいたが……」
「どうされますか」

ベガは険しい表情で親父を見つめた。

Семь звездは様々な情報を扱い、潜入捜査や斥候、暗殺などを生業としているリングである。
基本的に依頼があればどんな汚れ仕事でも受け付けてはいるのだが、親父が代替わりしてからは、彼女の方針で一般人の救助や治安維持部隊などの公的機関が関わりにくい業務の代行を主流としていた。
しかし、いくら善行をしようとも、元より犯罪組織であるСемь звездがそのような公的機関との繋がりを持っていることが世間に知られてしまえば、治安維持部隊のスキャンダルになりかねず、それにより、今まで以上に情報の管理が厳しくなってきていた。
そんな中、潜入捜査を担当している人間がその正体をばらすなど、言語道断である。

「ふむ……」

親父がゆっくりと腕を組みながら、もう一度書類を手にした。

「もし本当にバレているとしたら、ある種好都合だな」
「どういう事でしょうか」

眉をしかめながら、ベガは書類へ視線を移す。
それを見せるように親父が机の上に一枚一枚丁寧に並べた。

「この仕事、嫌な予感がしてならない。ベガ、お前は持ち前の情報網を使いこの件を洗いざらい調べてくれ」
「罰しはしないのですか?」
「ああ、今回だけだが……おかげでいい案が浮かんだ」

そう言って、親父が面白そうに微笑んだ。



§§§



とっぷりと日が沈み、月明かりが照らす夜更け、プルートはホームの自室で仕事の調査報告書をまとめていた。
日中、城の庭着き場でジンを見かけて以来、心の中で沸き立った嫌な予感を拭うことができないでいる。
だが、何故ジンがいたのかとベガに問いただす訳にもいかず、悶々と過ごしていた。
少し休憩した方が良いだろうかと、飲み物を取りに席を立った時、プルートの部屋の扉が音を立てた。

「はい」

返事をする。
すると、戸の向こうから今一番会いたくない人物の声が聞こえた。
プルートが一番苦手とするその人は、Семь звездの人事を担当し親父の右腕であるかのように振る舞う、とある男性からのものだった。

「話があるんだけれど」
「だめです」

プルートがドアのカギを閉めようと近づいた瞬間、スッと扉が開いて黒いスーツの長身の男が姿を見せる。そして、切れ長の細い瞳をさらに細めて微笑みながらこちらに視線を投げかけた。

「やぁ。お仕事、ご苦労様だったね」

穏やかな声でねぎらいの言葉をかける彼は、ベガであった。
明らかに嫌悪の表情を浮かべ、プルートはその場に佇む。

「やるべきことをやっただけですから」
「そんな怖い顔をせずに。君が僕を嫌っているのは知っているけど、露骨に出されると傷付くなぁ」
「あなたが? まさか信じられない」
「傷付くのは本当なんだけどなぁ。まぁ、良いや。来たのはね、頼みたいことがあったからなんだよ」
「引き受けませんよ。仕事なら私の上司を通してください」
「おや、最後まで話を聞かないで良いの?」

ベガがずいっと部屋の中に入り、後ろ手で扉を閉める。
微笑みが一瞬冷たいものに変わったと思えば、鋭い口調ではっきりと告げた。

「今日、治安維持部隊の隊員さんが親父を訪ねて来たんだけれど、その人はどうやら『カロン』と親しかったらしいんだ。そしてね、その隊員さんから教えて貰ったんだけれども、『カロン』って名前は本名かどうか定かではないらしい。これって、どういう事かな?」
「……え?」
「もしかして、バレているんじゃないのかい?」

プルートの体中の産毛が一瞬にして逆立ったような気がした。

「ほぼひとりごとではあったけれど、庭着き場で声をかけられていただろう? 君は振り返っていたし、聞こえていたはずだよね。そうだろう? 忘れたとは言わせないよ」

刺すような視線が真っ直ぐ向けられる。
ああ……。
プルートは内心ため息を吐いた。やはり、庭降り場でジンを見つけた時に抱いた嫌な予感は的中してしまっていたらしい。
このままではジンに危害が及ぶかもしれないが、何と言えば目の前にいる男は納得してくれるだろう。
急いで頭を回転させる。
しかし、そんなプルートをよそにベガがふぅと息を漏らすと両手を上げて肩を落とした。

「普段であればね、君を罰するか、今すぐ彼を始末しろ~と命令を出していたところだけれど、今回は親父が話を進めていてね」
「は……?」
「知られているのは好都合だと言ったんだよ」

意味が解らない。
あまりの展開に目を白黒させていると、ベガがクスッと笑い声をあげてプルートの肩をポンと叩いた。

「やはり、バレているね。これで確証が持てた」
「なっ……」
「君は本当に完璧に見えてそうじゃないね。さぁ、親父の所へ行こう。仕事の話がある」





ベガに案内されるまま、プルートは親父の執務室へやってきた。
金色の髪に白い肌、赤い唇のその人は、プルートを一瞥すると席に座るよう促した。
黒革のソファーに腰を掛けると、その正面に親父が座る。

「さて」

真っ直ぐに瞳を見つめられ、思わず視線を逸らす。

「そう硬くなるな。仕事の話をする前に――プルート、お前の事実確認をしたい。お前は治安維持部隊、ランカーに位置する『ジン』と言う青年に正体を知られているのか?」

プルートはごくりと唾をのんだ。
だが、もうこうなった以上、何を言っても変わらないだろう。

「知られているのであれば――」
「――その通りです」

プルートは腹を括った。
ジンに正体がバレてしまったのは自分の失敗であり今更覆せるものではない。まして、ジンには一切責任は無かった。
それにより、組織の魔の手がジンに向けられてしまうのであれば、最期まで彼を守り切ると誓ったことを思い出す。
プルートは深く息を吸って言葉をつづけた。

「カロンとして任に就いていた際、私のミスで彼に知られています」
「……そうか、わかった。本来であれば重大な問題として責任をとらせるのだが、今回は話が違う」
「どういうことですか」

プルートはドキドキと自分の不安を煽る心臓を抱えて親父を見据えた。
するとベガが一歩前に出て、『それは私から』と声を発する。

「今回、貴方にお願いしたい仕事の内容が厄介なんです」

テーブルに置かれた書類に目を落とすと、書面には治安維持部隊のトップであるキリヤナギのサインと刻印が押されてあるではないか。
反射的に顔を上げると、親父がゆっくりと頷いた。
その様子を見ながらベガが話を続ける。

「こちらの業務代行を我々がする訳なのですが、解決へ導いたのは治安維持部隊であると見せつける必要があります。そこで、部隊の関係者が必要なのですが、カロンはすでに除隊していますし、今から新しく繋ぎを作る時間もありません。そこに君のこの一件です。まぁ、怪我の功名と言いましょうか。このジンさんと連携をとり、共に任務を遂行して欲しいのです」
「じゃぁ……」

プルートは親父へ視線を戻すと、こちらを真っ直ぐ見つめる瞳とぶつかった。

「ああ、今回は不問とする。しかし、2度目はない」
「分かっています」

親父の言葉に、プルートはひどく安堵した。
ジンをこちらの仕事に巻き込んでしまう事にはなるが、命の保障を得たことに違いはない。

「――私はどうすれば良いですか?」

問うと、親父が新しい書類を隣に置いて、再びプルートを見た。

「詳しく話をしよう」

書類には、モーグ近辺で不穏な動きを見せている組織の調査指示と危険と判断した場合すみやかに排除する旨が明記されていた。
また、武器の不正輸出入の件についても触れられている。

「組織の捜索はこちらがする。別件で調べていたものと類似する部分が多い故、おそらく時間はかからず見つかるだろう。この組織への潜入捜査を――プルート、お前に頼みたい」
「はい」
「下準備として明日にはモーグへと飛び用心棒か下働きの働き口はないかと探し歩いて欲しい。少し目立つくらいで良いだろう。仕事が見つかったらなるべく早く信用を得られるよう動け。もし、目標の組織でなかったにせよ、評価が高ければ向こうから近寄ってくる可能性もある。詳しい事は追って連絡する」
「分かりました」

プルートは頷くとゆっくり席を立った。
その様子を親父が見つめながら「いつも苦労をかける」と、申し訳なさそうに微笑んだ。
思わぬ言葉にプルートは驚いた。

「明るい場所で生活をさせてやりたかったのだが……」
「何を今更。私はこの選択を後悔していませんよ」
「そうか……」

普段覇気に満ちている親父の声がどことなく弱い気がしてプルートは内心首を傾げながら部屋を後にした。



§§§



キリヤナギに頼まれてとあるリングの飛空城を訪ねてからどれくらいの時間が過ぎただろうか。
ジンは今、再びその城を訪れている。

今回はお遣いではなく、仕事をこなすためにやってきている。
そもそもどうしてこうなったのか、ジンは胸に言葉にできない不快な感情を抱えていた。

ある日の晩、突然デバイスに知らない番号から電話がかかり、出てみれば相手は聞き覚えのある懐かしい声の主だった。
久しぶりの会話を楽しみたいと思ったものの、またしても一方的に用件を告げられてそのまま不通状態に変わる。
そして、仕方なく言われた場所を訪ねてみれば、待っていた親しみのある相手から仕事を手伝ってほしいと頭を下げられ、ジンは困り果ててしまう。
正直、やれるのか心配な面が多々あったが、お前しかいないと懇願されてしまった以上、断り切れずしぶしぶ引き受けてしまったのだ。

庭着き場から再び城主の執務室へ通され、そこでジンは一通りの案内を受けた後、用意された部屋へと移動した。
準備ができるまで暫く休んでいるよう指示があり、ジンはゆっくりと窓から広がる空を見つめた。

ジンはこの飛空城がСемь звездというリングのものであること、リング長が“親父”と呼ばれていること、そして、カロン――プルートがこの組織に所属していることを知った。
以前、カロンから本当はプルートであると正体を告げられた時、彼が自分は犯罪者だと言っていた事を思い出して、この組織も犯罪者の集まりなのではないかと一瞬考えたりもした。
実際、カナトが誘拐されたあのアークタイタニア連続誘拐事件のきっかけを作ったのがこの組織であることもジンは覚えていた。あの時は誘拐に携わったのではなく、情報を流しただけに過ぎなかったが、それだって犯罪に加担したようなものである。
ジンの体を緊張の2文字が埋め尽くしていく。
警戒しているに越したことはないと自分に言い聞かせる。
しかし、すれ違うたびに声をかけてくる人々は皆気さくで明るい表情を浮かべているし、話を聞けば仕事内容は犯罪を未然に防いでいるようなことが目立っている。
いつかの神隠しの一件だって攫われた子供たちのために奔走していたし、何より、今回キリヤナギが仕事を頼んでいる、さすがに犯罪組織に仕事を依頼することはないだろうし、と、ジンの心が揺れる。
それが黒ではないと言う証明であると信じ、首を振って自分を誤魔化す。

パンと気合を入れるように頬をたたいた後、ジンはカバンから荷物を引っ張り出して部屋に備え付けられた戸棚へ片付けた。穏やかな時間がのんびりと過ぎていく、そんな気がしてベッドに腰かける。

ジンが任された仕事は、プルートと共にモーグにある武装集団へ密かに入り、調査する事だった。
潜入捜査など今までしたことがないジンは、付け焼刃ではあるが3日間ほどこの飛空城でやり方を学ぶことになっている。一体何をやらされるのか不安がないと言ったら嘘になる。しかし、プルートが今までしてきた仕事の鱗片を覗くことができると思うと興味が勝つ。

時間を持て余しそわそわしていた時、ドアをノックする音が聞こえ一人のエミルの青年が顔を出した。
歳はジンとそれ程変わらないだろう、日に焼けた褐色の肌に雑に切られたおかっぱの黒髪、そして金色の瞳が印象的である。
ドミニオンが好みそうな袖なしハイネックの服をまとい、だぼだぼのズボンをロングブーツに突っ込んだいでたちで許可も出していないのにズカズカと部屋に入ってくる。

「失礼します。初めまして、諜報暗殺チーム所属のリオラって言います」

暗殺?
ジンは一瞬背筋に怖気が走ったような気がした。
何で暗殺が必要なのだろう。やはりここは犯罪者達の集まりなのだろうか。
一抹の不安が過り、戸惑いながらもジンはリオラと名乗った青年を見た。
視線に気づいたのか、人懐っこい笑みを浮かべながらスッとジンの前に立って敬礼をする。

「短期間ですが、ジンさんの指導員として配属されました。よろしくお願いします」
「よ、よろしくお願いします……」

ニコニコとした人当たりの良い笑顔を見せる。
ジンには罪を犯している人物にはどうしても見えず、困惑しつつもその場で敬礼を返した。
こちらが緊張しているのが伝わったのだろうか、ふとリオラが屈託のない笑顔でジンに自分の事を語り始めジンはそれに耳を傾けた。
リオラはジンより2つ下の青年だった。
ジンを指導するよう言われた際に年が近いことを知って嬉しかったと言われ、思わずジンも顔が綻んだ。
所属してから長いのかと問えば、ものごころついた頃にはすでに両親は無くこの飛空城で育ったという。
ジンも過去に両親を失っているが、まだ両親に甘えたりした記憶などはある。それを思うとこの青年に同情したくなった。
察したのか、リオラが目を細めながら言う。

「ここではみんな大体そうです。だからあまりそういう顔をするのはよくないなぁ。あのプルートだって……。あ、いや、この話はやめときますね。怒られそう」
「え……?」

突然話題にプルートの名が上がり、ジンの頭の中に一瞬顔が浮かぶ。
だがそれはカロンを演じているプルートのもので、ジンは本当の彼をよく知らないことを思い出した。
それでいて友人と呼べるのであろうかと何となく心が重く沈んでいくような気がして両手に視線を落とした。

「さてと」

ふいにリオラが体の向きを変え、ドアの方を見る。声につられて視線をそちらに向けるとベガが姿を現した。

「やぁ、話は済んだかな」
「はい」

子供のように元気にリオラが微笑む。
よく笑う人だなと、ジンは思った。だが、あまりに整った笑顔過ぎてだんだんそれが恐ろしくも見えてくる。
何故そう感じるのか内心首を傾げていると、ベガがジンへ1つのファイルを手渡した。
その中には、身分証と経歴をまとめた書類が入っていた。

「申し訳ないけれど君は巷では有名人だから、そのままで行ってもらう訳にはいかないんだよね。だから、別人になって貰うために色々用意させてもらったよ。熟読した上で3日の間に体に覚えさせて欲しいんだけど」
「あの……俺にできるかどうか……」

書類はA4サイズで厚さは約1cm程はあろうか。物量から一気に心配になってくる。

「できるか、じゃなくて、やるんだよ」

リオラがキョトンと目を丸くして不思議そうに口を開いた。

「て言うか、やれないと多分君は死に目に遭うだろうし、助けに入るプルートだってヤバくなるよ。更に言えば……」
「リオラ」
「はーい。すみませーん」

ベガの静止に全く反省していない口振りだ。

「ごめんね。ちゃんと指導をさせるから頑張ってもらえると嬉しいんだけれど」

ベガが苦笑しながらジンを見つめてくる。
確かに潜入する以上は自分が何者であるのか知られるわけにはいかない。

「頑張ります」
「ありがとう。じゃぁリオラ、後は任せたよ」
「はーい。何とかしま~す」

ジンはファイルから書類を取り出すと軽く目を通し始めた。



3日間の訓練の内、初日はジンがなる人物についての勉強会であった。
次の日はその人物の格好になって動きの練習、最終日は演じる練習をこなした。

「いつもこんな難しくて大変な事やってるんすか? ここの人達って」

飛空城の中をあちこち移動しひたすら演技の練習をしたジンは、額にびっしょり汗をかき肩で息をしいしい呟いた。

「え? それで大変って……マジで言ってます?」

リオラが急にあきれ顔になる。

「死なないための訓練だし、大変というよりももっとやらなきゃ―って思うっていうか。……あ、君ってもしかしてこういうの苦手? 何でやろうと思ったの?」

まるで子犬のような無邪気な笑顔で質問をこちらに投げかける。
その悪びれない一言一言がグサグサとジンに突き刺さった。

「苦手っす……。でもカロンさんに頼まれたから……」
「カロン? ああ、プルートか。んんー正直人選ミスだよこれー。親父も何で許可出したんだろう。お気の毒様だけど、選ばれた以上はやらないとね」
「それは分かってるっすよ、危険を避けるために練習を頑張らないとってのは。でも、実際はこれだけじゃないっすよね」
「うん? ……あっ、そっか! ごめん、誤解してた」
「へっ?」
「そうだ、そうだよね。大変だよ。確かに大変」

リオラの態度が一変し、妙に恥ずかしそうにし始めたのを見て、ジンは目を丸くした。
一体何が彼をそうさせたのだろう。

「はは、ごめん。演技が大変って言ったように誤解して……。えっと、そうだね。ウチは潜入捜査が基本だから、演技しながら調査しないといけないから大変。実は俺もまだまだ勉強中なんだ。けど、プルートはここでも群を抜いて上手で、何でもこなしちゃうんですよ。いたら教えてもらえたのにな」

頭をかきながら、リオラがジンの方を見る。
ジンはやっと腑に落ちて、ゆっくり頷いた。
自分が言いたかったのはそう言うことだ。

「やっぱあの人ってすごかったんすね」
「うん。まぁ、甘ちゃんな所もあるけど、人を誑し込む術は高いと思いますよ。愛され力の高さは一種の才能かも。特に対女性の時は本当凄くて、フェロモン出てるんじゃないかって思うくらい。あ、これ、俺が言ってたって言わないでくださいね、恥ずかしいんで。よし、じゃぁジンさんがやる役どころではどうやって調査すればベストかアドバイスしましょう。まだ教えてなかったですもんね」
「お願いします」

ジンは疲労でクタクタの体に活を入れると、話し始めたリオラの一字一句を逃さんと食らいつくように聞き始めた。



§§§



「ショウ、掃除は順調か?」

太陽の光が差し込む中庭で、落ち葉の整理をしていると、後方から大きな声が飛んできた。
振り返れば隻眼のドミニオンの男が立っている。兄貴分のエリックだ。

「頑張ってるみてぇだな。その調子だ」

包帯が巻かれた頭をぐしゃぐしゃと撫でて、足早に去っていく。
その後姿を眺めながら、手に持つ箒に再び力を込めた。

ショウは耳が悪い。全く聞こえない訳ではないが、普段の会話の声量ではもごもごとしか耳に入ってこなかった。原因は小さいころに頭から浴びた熱湯のせいである。外耳がケロイド状になり、耳の大半を覆ってしまっているのだ。もちろん顔も首も、肩や背中、腕までひどい状態で、普段はそれを包帯と仮面で隠していた。
おまけに胸や背中の皮膚が引っ張られているため、直立は不可能。いつも老人のように前かがみで動いている。
しかし、幸いにも手先が器用だったため、料理や掃除などの雑用をよくこなしていた。

兄貴分のエリックはというと、顔や体中に刀傷をたくさんつけ片目を失ってはいるが、それをも魅力にしてしまいそうな長身の美丈夫だった。
海のように鮮やかな美しい青い髪を後ろで束ね、背中には灰紫色の羽が一対。
やけどを隠すために服を着こむショウとは裏腹にいつも上半身は裸にベストで、豪快に笑うのが特徴だった。
腕がたち、戦闘センスがあったためか用心棒の一人としてこのアルレイスという組織に雇われている。

ショウもアルレイスに滞在はしているが、その見た目のせいかエリックの付属品のような扱いであった。

「おい、邪魔だぞ」

今度は前方から大きな声が聞こえ、ショウは急いで避けようとした。
すると突然、目の前に茶色のブーツが見え、驚いたショウは地面に尻餅をついた。

「おっと、足が長くて引っかかっちまったぜ」

座り込むショウの隣を通っていく男達。
このような嫌がらせにもすっかり慣れてしまった。



その日の夕暮れ、厨房で使う野菜を取りにショウが倉庫へ向かった時だった。
倉庫の裏手、炭にする予定の木材が積もれた場所でアルレイスの下っ端幹部の男が2人、険しい表情で話し込んでいた。

「銃弾の手筈は」
「明日には。しかし時間がかかり過ぎだろう」
「裏を通してるんだ、多少は仕方がない」
「とはいえもうすぐ決行日だろう?」
「ああ、それなのだが……」

ショウにはもちろん2人のやり取りは届いていない。
何をやっているんだ?とは思いはしたが、無視して倉庫向かう。そこで必要な野菜を籠の中へ移していくのだが、曲がった背中では高い場所にある野菜を取るのはなかなかに骨が折れ、大きな袋ごと床に落としてしまった。
落下音に気付いたのか、裏手で話している男達が倉庫の中に駆け込んでくる。

「誰だ!?」
「……?」

荒げた声にショウは首を傾げながら振り返った。
その姿に、ホッとしたような、驚いたような、怒りにも似た複雑な表情を浮かべた男らが顔を見合わせる。

「ちっ、何だ、お前か」
「聞かれてはいないだろうな」
「こいつは耳が悪い、大丈夫だろう」

言いながら去っていく2人を見送りつつ、ショウは籠を抱きしめると厨房へと向かって行った。



厨房では何人かの下働き達が慌ただしく仕事をこなしていた。

「ショウ、ありがとう。野菜はこっちに置いておいて」

中でも、駆けるように動いているのが、ショウに野菜を頼んだ女性、アンナだった。
タンクトップに長ズボン。長い髪をバンダナで包んで、健康的に日に焼けた肌が美しいエミルだ。
アルレイスを束ねているリーダーの妻だとショウは聞いていた。

アンナはマメな女性で周りへの心配りが細やかな人だった。
体が不自由なショウをよく気遣ってくれ、気が付けば傍で支えてくれていたりもしていた。
ショウはそれを嬉しく思っていた。

ショウは野菜を置くと、自分の持ち場へ戻り黙々と他の穀物を洗い始めた。
その姿に微笑みを浮かべたアンナが料理を抱えて厨房を出ようとした時、幾人かの下働きがアンナに声をかけた。

「姐さん。人が増えたから調理の手が足りねぇでさ」
「ごろつきばっかりでさぁ、俺達をバカにしてくるんだよ」
「裏手なんか武器がたんまりあるし。何かやるつもりなんじゃなかろうね」
「姐さん、何か聞いてないのかい?」
「知らない。知っていたとしてもここで話せると思う? さぁ、口より手を動かして!」

ぶつぶつと口の中で悪態をつきながら仕事へ戻る面々。もちろん姿は見えど会話の声はショウには届かない。
ショウはその様子に首を傾げた後、作業を再び開始した。



§§§



月明かりが差し込む夜更け。ショウは小さな納屋のような自宅の寝室にてゆっくりと休憩していた。
ここはモーグのはずれにある荒れ果てた谷。その中にひっそりと建っている小さな小さな集落だ。
と言っても住まう面々はならず者ばかりで、合計30名ほど。アルレイスのメンバーが寝泊まりするエリアである。

ベッドに腰かけながらのんびりと本日の出来事を振り返る。
今日も今日とて酷い目に遭った。
杖もなく背を丸めて歩く姿は亀のように遅く、おまけに耳が遠いと来たものだから、思いっきり邪魔者扱いをされたし、嫌がらせかと思うくらい細々とした雑用ばかりを任されて気が付けば数時間経っていることもざらであった。
体中が重く感じられ、一日の疲労が蓄積されているのが分る。
ふぅとため息を吐いた時、玄関が開く音がして人影が一つ差し込んだ。

「やれやれ、疲れたなぁ」

姿を現したのは、兄貴分のエリック。
ショウはその声にほっとした気持ちになって、玄関へ足を向けた。

「カロンさん」

声をかけるとエリックが「しっ」と人差し指を口に当てる。
ハッとしてショウは慌てた。

「す、すんませ……」

言いかけて、ぐっとエリックに頭を抱えられる。
苦しさにもがいているとそのまま奥の寝室まで引きずられ、ベッドの上に突き飛ばされた。

「お、お疲れさまっす……」

恐る恐る口を開くと、眼帯を外したエリックが呆れかえった形相で見下ろしていた。

「お前なぁ」
「な、何すか」
「安全確認するまでは俺のことをカロンと呼ぶなって言ったろ? それに、耳が悪い設定なんだからむやみに反応するな」
「そう言われても……。何か、姿見たらホッとしちゃって……」

エリックが大きくため息を吐く。
そして、ショウの頭をグリグリと両手で締め上げた。

「何だかんだで来てから2週間経つんだぞ。いい加減慣れろ!」
「痛い」
「ったく。さっさと奥の押し入れで包帯とか取ってこい。深夜過ぎになったら地下道からベガのヤツも来るし、それまで寝てろ」
「は、はいっ」

ショウは急いで押し入れの中に飛び込んで自分の体を固定する包帯や装備を外し始めた。

ショウは今、エリック――カロンと共にアルレイスに潜入している。
本来はジンと名乗り、アクロニアの治安維持部隊に所属している隊員である。エリックもカロンとジンが呼んではいるが、本当はプルートと呼ばれておりСемь звездで働く諜報員だ。

どうしてこんなに俺だけいろいろ装着しないといけないんだろう。
ショウ――ジンは毎度着替えるたびに面倒くささを感じていた。
だが、ランカーで知名度が高い身としては仕方がないと言うのも分かり、悶々とする。

着替え終わり押し入れから出ようとした時だった。
押し入れのさらに奥の方からゆらりと一人の人物が姿を見せる。

「やあ。お疲れ様だね」
「ベガさん」

スーツ姿の彼が、片手をあげて笑顔で挨拶をする。
ジンが押し入れの扉を開くと軽く会釈しながら室内へ入って行った。

「色々進展して話をしないといけないことが増えたから、ちょっと早めに来させてもらったよ。プルートは戻ってきてる?」
「はい。表側の部屋にいます」
「そう。じゃぁここで待たせてもらおうかな」

ベガがゆっくり部屋の中にある椅子に腰かけ、ジンは自分のベッドに座った。
懐から一冊の本を取り出し、視線を落としたベガの様子を伺いながらジンは気まずさを感じていた。

仕事をこなしていくうちに、徐々にこのベガという人物が癖のある人であることを理解し、カロンが嫌っていることも分かっていった。
最初はカロンにも苦手なものがあるのかと思っていたが、いつも露骨に態度に出すものだから、とても気まずく思う時があり、複雑な心境になる。

やがてカロンがスープとパンをトレイに乗せて寝室にやってきた。そして、ベガがいることに気づき、苦虫を噛み潰したような表情を浮かばせる。
それに気付いたのだろう、ベガが本を閉じて顔を上げた。

「やぁ。ちょっと早いけど来たよ」
「早過ぎにも程がありましょう?」

カロンが嫌みったらしく言いながらテーブルにスープを2つ置くと、スプーンを手に取る。もう1つはジンに向かって投げた。
慌ててスプーンを受け取り、テーブルに置かれたパンを一個手に取る。

「どうかな、状況は」

にっこりと微笑みながらベガがカロンを見つめ、カロンはそれを無視するようにテーブルの側にドカッと座った。

「いくつか備品が届いていないらしいですよ。弾丸とか、強化素材とか」
「あ、それ俺も耳にしたっす。明日には何とかって言ってたっすけど……」
「ベガ様の仕業ですか?」

カロンが目を細めてベガの方へ視線を動かす。すると、それを見ていたベガが嬉しそうに口の端を上げた。

「やっぱり」

落胆したように呟きながら、カロンがスープを口に運んだ。

「ちょっとね。上手く行くとは思わなかったけれど。さぁ、情報交換しようね」

ベガがそう言いながら1枚の紙を本の間から取り出し、テーブルの上に広げる。そこにはたくさんの情報が書き連ねてあり、これから先どうするかを決めるにはもってこいの1品だった。

「ちょっと困ったことが起きてちゃってね。長くなるけど聞いてくれるかな」

ベガの言葉に頷いて答える。
すると、申し訳なさそうな表情を浮かべてこちらを一瞬見るではないか。
いったい何が彼をそうさせたのだろう。
カロンも不思議そうな顔をしている。

「君たちにアルレイスを調査してもらっている間に、僕は僕でモーグ自治体の方を監視していたんだけれど、嫌な予感がして餌を撒いたら意外な面々が釣れてしまったんだよ」

ベガがやれやれと肩を落とす。その人物が困ったことなのだろうか。

「参ったよ。しゃしゃり出てきたのがまさかモーグ自治体の保守派幹部だったとは。しかもこちらのことに薄々気付いていたらしくて、自分達で片を付けるからアルレイスに手を出すなーと言いだして来たんだ。そんなこと言われても今更手が引けないし、話を聞いてみたらもう……」
「愚痴はいいですから」

大げさに嘆いて見せるベガに対して、カロンが鋭くツッコミを入れる。
その様が何となく滑稽でジンは内心吹き出した。

「んんっ……ええと、ともかく今のままでは非常に“よろしくない”んだよ。それで、彼らが持つ情報を全てこちらに提供することと、こちらの経費を向こうに負担してもらう事を条件にして、クライアントを変更、モーグの自治体が事件を解決する事にさせてもらった。どうやらあちらさん、確証が持てるまで高みの見物をしていたらしくて」
「治安維持部隊が片付けるんじゃなかったんすか?」
「本当はそうしたかったんだけどね」
「どういうことっすか?」

ジンは首を傾げた。治安維持部隊が怪しい武装集団を取り締まる、それがこの任務のシナリオだったはずである。
メモ用紙の1ヶ所を指さしながら、ベガが話を続ける。

「この潜入調査で君たちが調べた内容はアルレイスがアクロニアで暴動を起こすというものだった。それだけなら、彼らがモーグの国境を越えた直後に壊滅させるだけで済んだし、その後ジン君が調査書をまとめ、治安維持部隊へ報告してくれるだけで良かった。しかし、今回保守派が持ち込んできた新しい情報を加えるとそれは一変して良くないものになる。まず、アルレイスに暴動を依頼し指示したのがモーグ自治体上層にいる僅か数名の過激派だということ」
「えっ……それって、つまり」

カロンの表情が険しいものに変わる。

「ああ。これはだたの暴動ではないんだよ。首謀者がごく一握りの者だけだとは言えど、これは歴としたモーグによるアクロニアへのテロ行為に当たるんだ。どう始末するかによっては先手を打たれて非常にまずい事になりかねない。それで、モーグの自治体が内々にその首謀者達を取り締まると言うことになったんだ」
「成程。そういうことならその方が良いですね。ジンには無駄骨を拾わせる事になってしまったけれど……」
「ただの武装集団による暴動だけだったらどれだけよかったか。政治問題が関わるかもしれないなら、モーグ内部で済ませた方が安心だし、仕方がないよ」

納得したように頷くカロンに、諦めたような表情のベガ。ジンはベガの回りくどい言葉に混乱し、ますます話が分からなくなって、眉をしかめた。無駄骨とはいったいどういう意味なのだろう。
そんなジンの様子に気付いていないのか、2人が話を続ける。

「それでね、保守派幹部とよくよく話をしたら、動くには人手が足りないって言うし、こちらももう後には引けない所まで来ちゃっていたしで、先に話した条件のもとにクライアントを変更したと言う事だよ」
「分りました。ところで、首謀者はモーグの自治体員が捕まえるんですね?」
「うん。一部手伝いに向かわせているけれど、基本的にはあちらさんかな。でも、僕はこうした方が早いと思うんだけどねぇ」

カロンの言葉にベガが首を狩るしぐさを見せる。

「何もなかった風にできるじゃない?」
「……それって、殺すってことっすか?」

ジンは自分の表情が強張って行くのを感じた。
例え相手が悪人だろうとも殺してしまうのは許せない。
やがてベガがジンを試すように見つめた後、ゆっくりと首を振った。

「いや、殺しはしないよ。それが向こうの希望だし」
「そうですか、良かった」

ベガの言葉に安堵の息がこぼれる。
殺さないのならそれで良い。

「と言う訳で、面倒くさいことになってしまったけれど、基本的にアルレイスを壊滅させることには変わりないので、今まで通り尽力していただければと思います。その策の一つとして、アルレイスの弱体化を図ろうと思いまして、武器の輸送を停止させてみたのです」
「そう言う事だったんですね。おかげで緊張感が高まりとても迷惑しています」

カロンがムッとした表情でベガを睨む。苦笑しながら顔の正面でベガが手を合わせ、謝っている風を装った。

「ごめんね。多方面に話もついたし、こっちの準備はもう万端だから、いつでも飛び込めるし良いかなと思ったんだよね」
「まぁ、雰囲気的にそろそろかなとは思っていました。で、いつです?」
「明日、昼。ご飯時が一番油断してそうだからね。それで、申し訳ないんだけれど、ジン君にはもう任務から外れて貰いたいんだ」
「え? 最後までやるっすよ、俺」

ジンの言葉にベガが複雑な表情を見せる。
依頼主がアクロニアではなくモーグになったという話から、自分が用無しになったんだろうことは薄々わかった。しかし、ここまで頑張ってきたのに半端なところで外されるのはなんだか寂しいような気もする。

「モーグだけの問題になったから、アクロニアの息がかかる君がいると話がややこしくなってしまうんだよ」
「でも、何のためにここまでやってきたのか……」
「それはその通りなんだけれど、君はもう招かれざる客となってしまった。面倒ごとになる前に撤退してほしいんだけれども……」

ここまで言われてしまってはどうしようもない。ジンが諦めて了承しようとした時、カロンが口を開いた。

「ちょっと待ってください」
「え?」

ベガとジンが同時にカロンの方を向く。
カロンが考える素振りを見せながら言葉を続ける。

「急にショウがいなくなっては逆に怪しまれる可能性があります。作戦のギリギリまでいてもらうことはできないですか?」
「ショウってそんなに大事な位置になっていたの?」

驚いたようにベガがジンの方を見た。
ジンはそれに首を振って答える。

「そんな感じはなかったっすけど……」
「結構真面目に雑用を引き受けて働いてくれていたので、おそらくショウを使っていた面々……特に厨房担当の者が困ると思います。俺の所に問い合わせに来られては身動きが取りにくくなりますし、いてくれた方が助かるんですが」
「……成程。わかった。それなら、実働隊が突入する時に入れ違いで退いてもらおう。出来るようなら裏門を開けておいてくれると助かるんだけれど。できそうかな?」
「了解っす。鍵を開けたらすぐに撤退します」
「ありがとう。ああそうだ、一つ聞くけど、二人は頭領の顔は覚えている?」

ジンはカロンの方を見た。
カロンがゆっくりそれに頷く。

「俺は何度か会って面識がありますが、ジンは殆ど無いはずです」
「そう、わかった。では、おおまかな流れを話すよ。まずはこの集落をモーグの自警団が取り囲む。次に実働部隊――マゼランの5名が本部に突入するから、そのタイミングでジン君は撤退。プルートは緊急を伝える振りをしながらアルレイスの頭領を確保しに向かうように。自警団が集落の面々を捕縛し終えたら、実働部隊と交代して本部の後始末をする。あ、そうそう君達、作戦中は主要人物をなるべく殺さないように頼むね。特にアルレイスの幹部は」
「はい」
「殺さないようにって……全員捕縛しないんですか?」

ジンは驚いた。
どうしても殺人は控えて欲しかった。

「それは難しい話だね」
「でも……」
「相手は戦闘のプロだし、間違いなくこちらを殺す気で向かってくる。それを少人数で迎え撃たなければならないんだから、なるべく安全かつ早く仕事を済ますためにも、ある程度は戦闘不能にした方が良いことくらい君も分かるよね?」
「けど……!」
「じゃぁ一つ聞くけど、全員を殺さないように戦った結果、うちの団員が命を落としたら責任をとってくれるのかな?」
「それは……」

ジンは言葉に詰まった。
そんなの責任の取りようがないに決まっている。
なんて返事をしたらいいか悩んでいると、カロンがベガの方を睨み付けているのが目に入った。
やがてベガが大きなため息を吐いて肩を落とす。

「ああもう、わかった、わかったよ。意地悪な言い方だったね。じゃぁ全員基本的に殺しは禁止。ただし、命の危険を感じた場合はその限りではないとする。それでいいね? これ以上は譲歩できないよ」
「……はい」



§§§



翌日の夜明け前。
早くに目が覚めてしまったジンは、テーブルの上に置かれたベガのメモを眺めていた。

キリヤナギに封書を届けて貰うよう指示を受けてから、何だかんだと数週間が過ぎ今に至るわけだが、ようやくキリヤナギが『治安維持部隊では対応できない』と言った理由が分かってきたような気もする。

治安維持部隊はアクロニアのモノで、国境を越えて権限を試行するにはそれなりの手順を踏まなければならない。
それらの手続きをしている間に、アルレイスは悠々とアクロニアでひと暴れできただろう。
もたもたしている時間はない、そのため、キリヤナギは手早く処理するためにどこにも属さない第三者に依頼した。
成功すれば良し、失敗したとしても被害がある程度は抑えられるだろうし、なんだって言い逃れができる。

まるで使い捨ての手ごまだ。
何となく嫌な気分になって、ジンは眉間にしわを寄せながら登ってくる朝日を見つめた。



§§§



お昼前になり、厨房が慌ただしくなってきた。
ショウはフライパンを握りながら一生懸命に野菜炒めをこしらえ、材料が不足したので籠をもって厨房を後にした。
向かうべくは食物庫だが、何故か彼はそちらには行かずに静かにアジト裏手にある倉庫付近に足を運ぶ。
ゆっくりと籠を地面に置き、指定された倉庫へ入る。
その倉庫には予めエリックが用意した装備が隠されてあるのだ。
倉庫奥に潜ませておいた箱を引っ張り出した後、周囲を確認して静かに箱を開ける。
中に動きやすい服があるのを確認したその時、背後から声が聞こえた。

「そこで何をやっているの? ショウ」

振り返れば、出口を塞ぐようにアンナが立っていた。
全く気配に気付かなかったショウは酷く焦った。
頭の中では激しく警鐘が鳴り出し、目眩がする。

「やっぱり聞こえてるわね、怪しいと思っていたの。ずっとね。だってあなた、下手なんだもの。隠すのが。あのエリックって人の方がよっぽど上手だわ。あなたさえ居なければ全くわからなかったでしょうね」

バレた?
体中を駆けていく緊張感で胸が苦しい。
ジワジワと近付いてくる彼女に対してどうしたら良いかわからない。

ショウは牽制するつもりで、じっとアンナを見つめた。
できれば何もせずに去って行ってほしい。そんな無茶な願いが頭の中を過る。
しかし、アンナとショウのにらみ合いはそんなに長くは続かなかった。
突然アンナが飛び出してショウの頭を覆う包帯を剥ぎ取ろうと掴んだのだ。
ショウは慌てて頭を庇うとアンナを突き飛ばそうとする。
しかし、女性であることを気にして手を緩めてしまったがために、アンナに押し倒され、ついに素顔を表してしまった。

「あなた!! ランカーの!! そう、治安維持部隊に計画が知られているのね」

その顔は、治安維持部隊、ホークアイのジンのものであった。


ショウ――ジンは軽くパニックに陥っていた。
バレてしまったこともそうだが、このままでは任務が失敗してしまうとも思った。
どうしたら良いか瞬時に判断できず、頭の中がごちゃごちゃとうるさい。

「報告しなきゃ」

そう言って自分から離れようとするアンナの腕を反射的に掴み、引き止める。
とにかくアンナを自由にしてはダメだと思った。
すかさず、アンナが大声を上げる。

「誰か!」

ジンはアンナの腕や服を引っ張って、何とか地面に組み敷くと、口を押さえようと手を伸ばした。
しかし、その手にアンナが噛みつく。

「いってぇ!!」

痛みで怯んだジンの拘束を抜け、アンナが倉庫を飛び出した――刹那。
アンナが腹部を押さえて地面へと倒れ込んだ。

「大丈夫か?」

入り口から顔を出したのは険しい表情のエリック――カロンであった。

「カロンさ……」

ジンの胸に安堵の文字が浮かぶ。
しかし、横たわるアンナにはまだ意識があり、腹を抱えながら立ち上がろうとしていた。

「状況は外から聞いていた。ショウ、お前はさっさと行って任務を遂行しろ!」

カロンが言いながら、起き上がろうとするアンナの背を足で踏みつける。

「やっぱり、あなた達は……!」

ぐぐもった言葉が聞こえたかと思った時、アンナが腰に隠していた短剣を引き抜きカロンの軸足を狙って体をひねった。
カロンが外に飛び退いて避けたので、アンナに逃げられると思ったジンは、素早く立った彼女に飛びかる。
だが、伸ばしたジンの腕は空を抱き、体は地面へと転がった。
そして、ターゲットをジンに変えたアンナが短剣を突き立てようと両腕を振り上げ――ジンはその切っ先が自分の腹を狙っているのだと理解するも、背を丸め動きを制限している今では速やかに避けられない。
やられるとギュッと目をつぶった次の瞬間。その顔に暖かく鉄臭い雫が飛んだ。

ドサリ。
何かが落ちる音と共に身体に衝撃と重さを感じて恐る恐る目を開けたジンの正面に、カッと目を見開いたアンナの顔が見えた。

「ヒッ」

小さく悲鳴を上げて急いでその場を離れる。
横たわるアンナの首にはクナイが深々と刺さり、血が流れていた。

ジンはゆっくりと視線をカロンに向けた。
カロンはそれに気付いているのかいないのか、ジンの横を通り抜けてアンナの体を倉庫の奥に運ぶと、箱の中から服を取り出して投げた。

「カロンさん……」

目の前に落ちた衣服に目を移しながら、ジンは震える声を絞り出した。
アンナを殺してしまった。
カロンに殺させてしまった。
全身に鳥肌が立ち、震えさえ出てくる。

「大丈夫か? 行けないようなら俺がやるぞ?」

聞こえた声は、意外にもいつも通りのカロンのものだった。
いや、正確にはカロンではない。
Семь звездのホームで再会した時からずっと彼は気を遣って自分に馴染んでいるカロンの声色と態度で話していてくれていたのだ。

恐る恐るカロンを見上げると、アンナの遺体を隠し終えた彼と目が合った。
殺してしまったことを何とも思っていないのだろうか、平素のままの姿がそこにあった。

「カロンさん!」

その姿に、ジンの胸の中へじわじわと無念さと怒りがこみ上げてくる。
彼は何とも感じていないのだろうか。
あの日「もう殺したくない」と言った彼の姿は嘘だったのだろうか。

「カロンさん……!」

ジンは熱くなる瞳をギュッと閉じて唇を噛んだ。
ああでもしなければもしかしたら自分が死んでいたかも知れない。
力不足を感じて悔しくもあった。

不意に頭の上に温かい手が置かれた気がして目を開けると優しく微笑むカロン……いや、プルートの姿があった。

「泣くのも悔やむのも後からいくらでもできる。だが、今は敵陣の中だ。我慢してくれ」
「けど……!」
「まだ仕事は残っている。失敗する事はできない。頼む、言うことを聞いて欲しい」

そうだ。

ジンはゆっくり頷いて立ち上がった。

「鍵は俺が開けます」

そして、体を固定するギブスを外し手早く着替えた後、頭と顔に再び包帯を取り付ける。

「プルートさん、俺も作戦に参加させてください。これなら分からないはずです」
「お前……」
「武器もこの短剣を使います。大丈夫です。俺は絶対に死なないし、殺しもしない」



§§§



心配そうに見つめるプルートを後目に、ジンは裏門を開けに駆けだした。
途中すれ違った団員に『何者だ!』と声を荒げられたが全てを無視して鍵を回す。
開いた扉の向こうには、5人の男女が立っていた。

「遅かったじゃねぇか! せっかく隠れてたのに、効果が切れちまって焦ったぜ」

鎌のような巨大な杖を携えたリーダー格風の男が叫ぶ。

「すみません!ちょっとトラブルがあって」
「そいつは仕方がねぇ! ま、後はこっちに任せな!」

飛び上がるように駆けだした5人がジンの横をすり抜けると、騒ぎを聞きつけて門前に集まった者達を片っ端から投げ飛ばす。
倒れたアルレイスの面々はうめき声を上げながら地面の上に転がっていた。

ジンは呆然としながらその様を見ていた。

凄い。
治安維持部隊のメンバー、特にランカーの皆もそれぞれ素晴らしい技術を持っているが、Семь звездのメンバーは極めて対人で戦うことに特化している印象を受ける。
時間をかけず最小限の力でどこを攻撃すれば無力化できるのかそれを熟知しているように見えた。

感心しきっていると、突然自分の左隣で暗闇の爆風が起きた。
驚いてそちらを見れば鎌状の杖を持つ男がこちらに先を向けている。

「兄ちゃん! ぼさっとしてるとヤられるぜ?」
「ふぁ!?」

風が爆ぜた方を見てみてみると、気を失っているタイタニアの男が一人。

「あ、ありがとうございます」
「礼はいいって。それより、さっさと撤退したらどうだ? あんた役人なんだろ?」

ジンは静かに首を振った。

「いえ、今は“ショウ”と名乗っているのただの男っす」

杖の男が顎に手を当ててほうと一言呟きながらじっとジンを見つめてくる。
ジンはその瞳を真っ直ぐ見据えた。
やがて、男が大きく頷いて答える。

「はーん、成程。そう言う事なら構わねぇ。戦力は一人でも多い方が良いからな。ただし、隠し通せよ? 完全に」
「当然!」
「ははっ、いいねぇ。俺の名前はウェズン。ショウ、ついて来い!」

ウェズンと名乗った杖の男についてアジトの中を走る。
走っているうちにジンは5人が散り散りになって戦っていることに気付いた。

「まとまっていなくて大丈夫なんすか?」
「大丈夫大丈夫。むしろあいつらの側になんか行けやしねぇよ、怖くて。近くにいない方が良いのさ」

くっくと笑うウェズンの様子を見ながら、ジンはどのくらいの実力なのか想像してゾッとした。

進むたびに出会うアルレイスの人員を次々に無力化していく。
時々実力があるものにも遭遇したが、動けなくさせるだけなのでそれほど時間はかからなかった。
作戦を開始してもうすぐ1時間が経とうとした時、ジンは遠くで戦っているプルートを見つけた。

「……あ」
「どうした?」
「えっと、あの」

何と言ったらいいかわからず指をさす。
その方向を見たウェズンが『ああ~』と言いながら腕を組んだ。

「アイツが戦ってるってことは、アレがリーダーか? 手こずってんな……ってもアイツはもともと戦闘向きじゃないもんな」
「えっ!? あれで!?」

ジンは驚いてウェズンを見る。
ウェズンが目を丸くしてジンを見返した。

「見て分んねぇ? って、今はどうでも良いか。もうちょいすれば自警団がこっちに来ると通知があったから……そろそろ撤退と行きたいところだが、どうする? ショウ。お前さんはアイツんとこ行くか?」
「行きます」
「そか。んじゃぁ俺は――」

ふいにウェズンが杖を空中になげると、片手で受け取り、体に絡めるように構えた。
瞬間、周りに複数人の姿が現れる。
様子や気配から察するに手練れに違いがなく、よくよく見ればアルレイスの頭領の側近達ではないか。

「はっ、少しは楽しめそうなのが現れたな。サービスだ! こっちは俺に任せて、行け!」
「はい!」

ジンは短剣を構え直すと、プルートの元へ駆け出した。



§§§



ジンを見送った後、偶然にもプルートは比較的早い段階で首領の姿を本部中央付近にある20人ほどがゆうゆう集まれそうな大広間で発見することができた。
彼はちょうど部下に指示などを出した後だったのだろう、運良くも近くに誰もおらず、たった1人でその場に佇んでいた。
急いで駆け寄ると、気付いたのか首領が大きな剣を引き抜いてプルートの方へその切っ先を向ける。
プルートはその武器の間合いギリギリで足を止め首領の顔を見つめた。
眉をしかめ、歯を食いしばり、まるで悔しそうにプルートを見返す首領にプルートも背中から短刀を引き抜いて応える。

「来ると思っていた。人払いをしたのもそのためだ」
「……話が早くて助かります。どうか、大人しく捕まってはいただけないでしょうか。命の保証はします」
「はっ。おいそれと承諾できると思うか? ったく、テメェを仲間にしたのが全ての間違いだった」

ビュッ。
風を切るような音と共に、鋭い突きがプルートの方へ向かう。
プルートは短刀を回転させて剣を受け流すと、ぱっと距離を取った。
それに呼応するかのように首領が体勢を低く構えて一気に飛び出す。

「バカが」
「くっ……!」

それは神速とも呼べる速度で急接近して繰り出す強い斬撃だった。



何度か剣を交え、時に体術を使ってプルートは応戦した。
しかし、さすがにアルレイスの頭領を務めているだけはある。簡単に決めの一手を出させてはくれない。
その上体力にも自信があるのだろう、しぶとく粘り強い攻撃ばかりで、持久戦に持ち込まれればこちらが不利になるのが目に見えて分かった。

プルートは何とか首領の懐へと飛び込みたかった。その間合いに入ってしまえばこちらのものではあるのだが、隙がなかなか見つからない。
強引に飛び込もうとした時、プルートの右手側から人影が飛び込んできた。

「ショウ!?」
「大丈夫っすか!?」

声に首領が向きを変える。
その驚いている顔にチャンスと思ったのか、真っ直ぐショウ――ジンが飛び掛かった。
だが、首領の剣先はまだ止まってはおらず、ジンも剣の間合いにぴったり収まっている。

まずい!
ジンは真正面から向かっている。
このままでは攻撃をモロに受けるだろう。
プルートは祈った。
間に合え!

「スライディング!」
「えっ!?」

プルートがジンを突き飛ばした直後、後方で電撃のような火花が散り、バシィと響く音がどんな技を使ったかを示す。
間一髪のところでジリオンブレイドを回避したプルートはそのまま体をひねって宙返りと共に距離を取る。
そして、標的をプルートと定めた頭領が神速斬りで間合いを詰めたその時、一気に地面から紫色の煙が立ち込めた。
煙にむせ、一瞬足を止めた頭領に向かってジンが飛びかかる。
揉まれるように床を転がり、やがてジンが頭領を抑えながら、プルートの方を見た。
ジンを見れば、脇腹から血を流している。
もみくちゃになっている時に自分の短剣で軽く切ってしまったらしい。

「大人しくするんだ!」
「くっ」

ジンの言葉に恨みを込めた瞳で逃れようとする頭領に、プルートは近づくと後頭部に手刀をいれた。
衝撃で気を失った頭領をロープで縛り、駆けつけてきたモーグの自警団に押し付けて、プルートはジンと共にアルレイスを後にした。



§§§



負傷したジンは、数日間Семь звездにて傷を癒すことになった。
最初はそれ程でもないと思っていたが、大事な血管の近くまで切れてしまっていたらしく念のため安静を強いられた。
不幸中の幸いか傷自体は浅かったため、軽く縫ってお終い。
Семь звездの医療チームにヒーリングを定期的に施して貰い、3日で抜糸、動いて良いと許可がおりて、5日目の今日、やっとアクロニアへ向けて帰還する。

安静にしている間ジンの頭の中を埋め尽くしていたのは、プルートに殺人をさせてしまったことであった。
そうでもしなければ自分は今ここにいなかったかも知れないと思うと、感謝する気持ちも沸きはするが、やはり、他にやり方はなかったのかと悶々と考えてしまう。

プルートとその件で話をしてみたかったが、帰還後すぐに次の任務の下準備を始め、話す機会も持てぬままどこかへと旅立ってしまった。
仕方なくジンの面倒を見に来てくれたリオラに話すと、彼はケロリとしながら『何でそんなことで悩むのか良く分からない』と答えた。
『死にたかったの?』と問われ、違うと言うと、『なら良かったじゃない』とまとめられて複雑な心境である。

自分では消化できない蟠りを抱えながらジンは荷物をまとめた。



§§§



ベガが親父の執務室で次の仕事についての相談を親父としていた時のことだ。
リオラに案内されるように帰る準備を整えたジンが姿を見せた。

「この度はご苦労だったな」

親父が立ち上がり微笑みながら労をねぎらう。
ジンが困惑したような複雑な表情を浮かべながら頭を下げた。

「すんません、いろいろお世話になりました」
「君はもう仲間の様なものだ。気にしなくていい」
「ありがとうございます」

親父がキリヤナギ宛の報告書をベガに手渡してきたので、ベガはそれを受け取るとジンの元へと足を運んだ。
そしてそのままジンを廊下へ送り出す。
執務室の先にある広間へ出た辺りでベガは書類をジンへ渡した。

「任務、お疲れ様でした。こちらをキリヤナギ様へお願いします。今回の任務、怪我人は出ましたが死者はいなかったようです。良かったですね」

ベガの言葉に驚いた様にジンが顔を上げる。
その表情を見つめながらベガは言葉を続けた。

「1名、首に瀕死の重傷を負われていた女性がいらしたようですけどね。間に合ったのでしょう」
「え、でもアレはどう見ても……致命傷……」
「おや、ご存じでしたか。ですが、私の所には今の所、死者ゼロと報告が来ています。ほぼ間違いはないと思いますよ」
「そう、ですか。それなら良いです……」

肩の荷が下りたような安堵の表情を浮かべ書類を大事そうに抱えるジンへ、ベガは微笑みで返した。

「リオラ、彼をアクロニアへ。大事な客人です。無事に届けてください」
「承りました」

廊下の角で振り返りこちらへ静かに頭を下げるジンを見送りながらベガはフッと微笑むと、踵を返して親父の執務室へと向かう。

「……死者ゼロ、か。まぁ、口ではなんとでも誤魔化せるんですよね。さて、真実を知ったら彼はどうなるのでしょう。全く、平和で良いですね。平和で」


END
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本編 | 【2018-10-29(Mon) 20:00:00】 | Trackback(-) | Comments:(0)
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