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(C) BROCCOLI/ GungHo Online Entertainment,Inc./ HEADLOCK Inc.

外伝:Cardinal

著:結城隆臣さん

出演:チャドウィッグさん。リラさん、リーヴィンツェンツさん、ヴィネーラさん。

あらすじ
カーディナルになる為にチャドウィッグの研修を受けに来た月光花。
しかし、聖堂でも有名な彼の元の研修は、最後まで続いた人がほぼいない厳しいものだった。



 
ここは元宮にあるリーヴィンツェンツの執務室。
白い壁と暗い色の木目調の家具に囲まれた、落ち着きのある室内である。
そこでチャドウィッグは自分の座席にて頭を抱えていた。

彼の目の前には一束の書類が置いてある。
内容は聖堂教会によるカーディナルの研修制度についてだ。

聖堂教会は基本的に優秀な1人のカーディナルをリーダーに2次職を数名抱え、3~5人程度の小さなチームの集合体で成り立っている。

カーディナル見習いになった人物は一定期間を研修生として過ごし、後に試験を受け、一人前のカーディナルとしてチームを作っていくのだが、1次、2次を過ごしたチームのみで研修しては見識が偏ると言う理由から、様々なチームへと派遣されるのだ。

それに伴い、来週からゲッコウカと言うエミルの少女がチャドウィッグのもとに研修しに来るとの旨が記載されている。

ゲッコウカの得意なスキルや技術、過去のペーパーテストの評価などの書類、留意すべき事項等も添付されており、一通り目を通した後、ため息を吐く。

ゲッコウカは現在、チャドウィッグと同じ地位であるヴィネーラのチームに所属してる。
チャドウィッグ自身、ヴィネーラとは幾度か業務をこなしたこともあるため、彼女のチームのやり方や指導内容等はある程度知っていた。
優しさと慈愛に満ちた丁寧な処置を主流とし、長く患っている者達の経過を診たり、末期を迎えた患者を支える事を目的とした部署に当たる。そのため、ゆっくりと相手の気持ちを第一に考えた治療になり、チャドウィッグが所属している部署とは大幅にやり方が異なる。
全く勝手が違うため互いに苦労する事が安易に想像されて、また頭を抱えた。

何となく視線を感じて顔を上げると、心配そうな表情のリラと、様子を伺うような雰囲気のリーヴィンツェンツとそれぞれ目があった。

「大丈夫? その書類のせいかな」

席を立ち、飲み物を注ぎに向かいながらリラが言う。

「ええまあ。聖堂関係で……今度研修生を迎えることになりまして」
「……研修か」

リーヴィンツェンツが腕を組んだ。

「こっちにも研修生は関わるのか?」
「関わると思います。面倒事が増えるかと思いますが……」
「気にするな、構わない」
「まあ、コレでも飲んで」

書類の脇に香りの高い紅茶をリラが置く。

「ありがとう」

チャドウィッグはゆっくりそれを持ち上げると一口含んだ。
芳醇な香りが鼻を通り気分をすっと楽にしてくれる。
リラが紅茶をリーヴィンツェンツの机にも置き、自分の席に戻った。

「どんな子が来るの?」

にこっと微笑み、リラが問う。

「エミルの女性です。年は……20代」
「女の子か。ここも華やかになりそうだね」
「嬉しそうで何よりですよ」
「嬉しくないの?」

リラの様子にチャドウィッグは冷ややかな視線を送りながらため息をついた。

「……残念ですが、聖堂の仕事を指導することになりますので任務が無い限りはあちらに行くようになると思います」
「そうなの? あ、そっか、そうだよね」

残念そうにリラが肩を落とすのを見ていたリーヴィンツェンツが、視線をこちらに向けたのに気づき、チャドウィッグは言葉を続ける。

「研修は再来週から3ヶ月ほどですが問題はないですか?」
「ない」
「了解しました」



§§§



研修初日になり、ゲッコウカは緊張と不安が入り交じった心を抱えながら、聖堂教会へと訪れた。

研修先のチームリーダーがチャドウィッグだと知ってから、ゲッコウカは何故か気持ちが落ち着かず、あまり眠れない日々が続いていた――と言うのもある。
何故なら、チャドウィッグは聖堂教会内で噂の絶えない人達の1人であるからだ。
見た目が麗しいと言うことや、能力の特化傾向などのせいもあるが、性格に難があるとも耳にした。
と、思えば様々な役職の人間から実力やその気難しい性格を逆に認められ、声をかけられていたりもしている。
チャドウィッグの内面を知らない友人からは羨ましがられ、逆に噂等で知っている他の友人からは怖い人らしいから大変そうと同情されたりもして、人から聞いた話でしか知らないためかどうなってしまうのか全く想像できないでいる。

思う所はいろいろあったが、会えば分かるという答えにいたり、ゲッコウカはチャドウィッグの執務室のドアを叩いた。

「失礼します。本日より研修に参りました、ゲッコウカです」
「どうぞ、お入り下さい」

優しそうな声が聞こえ、ゲッコウカは扉を潜った。

執務室の内部は白を基調としたモノトーンで統一されており、落ち着いた雰囲気が漂っていた。
チャドウィッグのデスクの正面に配置された応接用のソファーに腰掛けるよう促され、ゲッコウカはそこに向かう。
デスクの方へ向き直り、顔をあげると柔らかそうな微笑みのチャドウィッグの顔が目に入った。
一見女性を思わせるような繊細な顔つきと、引き込まれそうになるルビー色の瞳。白い肌に、ほんのりミルクティ―がかった金髪が印象的で意識が吸い込まれるような気がしてくる。

「ゲッコウカさんでしたね。アークタイタニア、チャドウィッグと申します。よろしくお願いします」

書類を片手に立ち上がったチャドウィッグに気付いて、急いで立ち上がる。

「は、はい! エミル、ゲッコウカです。一生懸命頑張りますので、よろしくお願いいたします」
「結構。頑張るのは当然ですが、まぁいいでしょう」

一瞬ゲッコウカはぽかんとしてしまった。
頑張るのは当然のこと……確かにそうかも知れないが、あえてそこを突っ込むとは思わなかったのだ。
急いで心の中で頭を振り気持ちをリセットする。

「貴女用のデスクが無くて申し訳ないのですが、そのソファーとテーブルを自由に使って下さい」
「はい」
「現状を説明いたします。1度しか言いませんので良く聞いて下さい。メモを取っても構いませんし、分からなくなったら後で聞いていただいて結構です」

ゲッコウカはポケットの中からメモ帳を取り出すと、それをテーブルの上に置いた。
その様子を見ながらチャドウィッグが静かに語り出す。

「では、説明します。書面等でご存じかとは思いますが、僕は聖堂教会と治安維持部隊に席を置いているので、どちらの仕事も行っております。治安維持部隊では、僕の友人の小隊に属し、主にヒーラーの役目を担っています。具体的な時期はまだ決まっていませんが、いつかは治安維持部隊の活動にも参加していただくと思いますので、その辺りの了承をお願いいたします」
「わかりました」
「聖堂教会での僕の担当業務はご存じですか?」
「はい、いただいた書類で少し……。救急救命担当と書かれてありました」
「治安維持部隊との兼ね合いもありますが、僕は応急処置の方が得意なんです。僕が担当している患者様は、特に重傷重体の方が当てはまります。ですので、的確な判断力と、強力な回復力が求めらる事となるでしょう。慣れるまでは辛いと思いますが、ついてきていただけますか?」
「……はい、頑張ります」
「何か質問などはありますか?」

ゲッコウカはメモに目を落とした。
説明された内容を脳内で素早くリピートする。
チャドウィッグの口調は若干早口ではあるものの、丁寧で、噂で聞くような怖い人という印象は感じなかった。
むしろ口数の多い厳しめな先生のような印象で何となくほっとした所がある。

その時だ。ふとゲッコウカは違和感を覚えて執務室内を見渡した。
聖堂教会は大体が数人のチームを構成している。そのため、執務室にはチーム員のためのデスクがいくつか用意してあったり、他にも人がいたりするものなのだが、それが全くない。どういうことなのか、首をかしげた後チャドウィッグの方を見る。

「あの、他にチーム員の方は……?」
「……」

返答がない。
やがてチャドウィッグが眉間にしわを寄せて腕を組んだ。
聞いちゃいけないことだったのかな……。
ゲッコウカは思った。
そして、チャドウィッグがゆっくりと口を開く。

「……誰1人として僕の所には残らなかったのですよ。皆、他のチームにてゆうゆうと活動しております」
「え……?」
「僕のチームは何故か次々と人が去って行くのです。貴女もいつまでもつでしょうかね」

ぞっとした。
得体の知れない不安感が押し寄せてきたが、ゲッコウカはそれを何とか飲み込んだ。

「では、業務に移ります。血で汚れますので専用の服とエプロンに着替えて下さい。エプロンは1人の患者の治療が終わる度に新しい物に着替えて下さい。変えは処置室に置いてあります。更衣室で着替え終わりましたら、消毒室の前で待っていて下さい」

チャドウィッグが制服をテーブルに置くと執務室のドアを開け、ゲッコウカの方へ振り向いた。

「初日ですので初めてやる事ばかりになると思います。現場は素早い判断力が求められ、一切のミスが許されません。ですので、本日は見学中心に何をしているのかメモを取るなりして下さい。疑問点や分からなかった所は後で説明します。血などで気分が悪くなったら退室してこちらで休んでいても構わないですよ」
「……了解しました」



§§§



気が付くとゲッコウカはベッドの上で横になっていた。
起き上がり、周囲を見渡す。
いくつかのベッド、白いカーテン。
雰囲気的に聖堂教会内の仮眠室のようであった。

「私……さっきまで……」

思い出そうとして記憶を巡ると、処置室で診た重傷患者の映像が蘇り思わず嘔吐いた。

「う、うぇっ」

幸い偶然にも近くに置いてあった小さな水桶に胃液を吐き出す。

まさかあんな……あんな……。

ふらりと倒れるように再び横に身を倒した。
処置室に入ってすぐに幾人かの急患が運ばれて来たが、その誰もが重傷患者でしかも何故かチャドウィッグの処置室ばかりに集まっている様にも見えた。
どの患者も多く出血しており、運んで来た方々も皆血だらけだったためか、あっと言う間に血の香りが処置室に充満。ゲッコウカはその香りと色に当てられて気を失ってしまったである。

ゲッコウカは溜息をついた。

私、やっていけるのかなぁ……。

ゲッコウカは過去に殺戮の現場にいたことがあり、それがトラウマになっていた。
どこを見ても血、血、血……。必死に幼なじみと逃げて生き延びてきた。
故か、血を見るのに強い抵抗を感じる様になってしまったゲッコウカにとって、処置室はある意味地獄に等しく感じられた。
しかも患者を目の前にして気を失ってしまった事にゲッコウカを後悔の念が襲う。
そして、気付いた。

「大変! 戻らないと!」

汚してしまった桶を片付け、ゲッコウカは急いでチャドウィッグがいた処置室へと向かった。
だが、そこには新しい治療器具にシーツが並ぶだけで既にチャドウィッグの姿はなかった。
落胆して立ち尽くしていると、その肩を叩く者がいてゲッコウカは振り返った。
そこに立って居たのは同じカーディナルのエミルの男性だった。

「ねぇ、君、チャドさんの新しい助手さんだよね?」
「あ、は、はい! あの、チャドウィッグさんは……」
「執務室じゃないかな? さっき休憩に行ったと思うんだけど。ついでにこれ届けて貰えるかな?」
「え? あ! はっはい。すみません」

ゲッコウカは渡されたカルテを抱きしめると、慌てて頭を下げて急いで執務室へと向かった。



「すみませんでした!」

走って執務室に戻り息を整える間もなくゲッコウカはチャドウィッグに頭を下げた。

「……何がですか?」

眉をしかめてはいるがチャドウィッグが不思議そうにこちらを見ている。
怒られるとばかり思っていたゲッコウカは拍子抜けしてしまった。

「えと、あの……先程、倒れてしまって」
「ああ……。その件なら気にしないで下さい、僕のミスですから」
「え?」
「それよりも、先程まで倒れて寝込んでいた方が走ってくるとは。ソファーで休んで下さって構わないですよ」
「あ、私……必死で……」
「ひとまず落ち着いて下さい。貴女に問題はありませんでしたから。むしろ僕がわびなければなりません」

流れるような仕草でチャドウィッグが執務室の棚においてあるティーポットにお湯を注ぎ始めた。
ゲッコウカはそれを呆然と眺めていたが、ハッと気付いてテーブルの上にカルテを置き、ソファーに腰掛ける。

「どうぞ、落ち着きますよ」
「ありがとうございます」

花の香りのするお茶を出され、ゲッコウカはホッと一息吐いた。
チャドウィッグがカルテを取って自分の席に戻り、引き出しから取り出した何枚かの紙を捲りながら口を開く。

「貴女にはトラウマがあるそうですね」
「え、あ……はい」
「その程度の深さを計りかねました。まさか気を失うとは思わなくて。今日は受け入れ前に聞いた症状より悪化した状態で配送された患者も多く、貴女に気を遣う余裕もありませんでした。申し訳ありません」

思いも寄らない言葉に、ゲッコウカは慌てて立ち上がった。

「い、いえ、あの、その……すみません」
「何度も言っていますが、気にする必要はありません。トラウマは抗い難い物です。そのお茶を飲んだら早退していただいて構いません。この後もまだ診療は続きますが、貴女には負担となるでしょうし、それに、今後の指導内容も検討し直さなければならないですから」

ゲッコウカは何となく突き放された気持ちになった。
トラウマはある、確かにそのせいで先程重傷者を前に気を失ってしまった。
だが、やり直すチャンスは貰えないままで終わってしまうのかと。

「だ、大丈夫です! やれます!」
「倒れないという保証は出来ますか?」
「頑張ります! 私……」
「頑張る頑張れないと言う話ではありません。最初に説明しましたし、実体験してご理解いただけたかと思いますが、僕の所に来る患者は緊急度の高い方ばかりです。先程のように貴女に構っていられる余裕が無い場合があります。それなのに、また倒れられてしまっては……。良いですか、人命がかかっているのです。本当に大丈夫ですか?」

鋭く冷たい視線がゲッコウカに向けられ、ゲッコウカは迫力に押されて息を飲んだ。
身体に震えが走る。
自分がまた倒れてしまったせいで患者様への処置が遅れたら……?
想像しただけで恐怖感が一気に押し寄せて来る。

「私、私……」
「気持ちは分かります。申し訳なかったり、何もできなかったりした事が悔しいのでしょう? ですが、こちらの言い分も理解していただかなければ、困ります」
「はい……」

ゲッコウカは肩を落とし、ソファーに腰掛けた。

「いつかはトラウマを克服していただかねば、貴女にとっても周囲にとってもこれから先困難なことが増えていくでしょう。今日は研修初日です。研修が終わる日まで何度もあの処置室に足を運ぶことになります。まだ日数がありますし、今無理をする必用は全くないと判断いたしますが、いかがですか?」
「……分かりました。今日は早退します」
「そうして下さい。ゆっくり休んでまた明日一緒に頑張りましょう」
「はい……失礼します」

ゲッコウカは重い足どりでチャドウィッグの執務室を後にした。



それから数日、ゲッコウカは具合が悪くなる度に執務室へ戻りながら何とか仕事をこなし、一度も倒れることなく任務をこなした。
チャドウィッグもそんなゲッコウカの努力を認め、様々な仕事を任せるようになり、一月程過ぎた頃には執務室へ避難する事もなく安定して作業を行えるようになっていた。

「よろしい。だいぶ慣れてきましたね。そろそろ休憩にしましょう」
「は、はい……」

冷や汗を掻きながら疲弊した青い顔をしつつも何とか付いてくるゲッコウカにチャドウィッグは好感を抱いた。だが、好感を抱けば抱くほどに相手への期待が高まり、キツイ言葉が吐いて出てしまうのがチャドウィッグである。
ゲッコウカがそれを理解するのにそれなりの時間を要する事になるのは、言うまでも無い。



§§§



ある日、いつもの通りに執務室で昼食を食べていた時の事。
ゲッコウカはいつも市販の総菜弁当を食べているチャドウィッグが気になっていた。
噂で独り暮らしをしているらしいと聞いており、何となく栄養面が心配になってくる。
ゲッコウカはいつも世話になっているチャドウィッグのために弁当を用意してみることにした。

「あの、いつもお店のお弁当な様だったので、差し出がましいですが……お礼のつもりで作ってみました」

恐る恐る手渡す。
チャドウィッグが驚いた様な表情を一瞬見せ、その後それを静かに受け取った。

「……ありがとうございます。ごちそうになりますね」
「お口に合うか、分かりませんけど……」

受け取ってくれたことが嬉しく、ふわふわとした足どりでいつものソファーに腰掛ける。
次の瞬間、ゲッコウカが作った弁当を口にしたチャドウィッグから言葉にできない叫びが発せられた。

チャドウィッグが口にしたのは普通のサンドウィッチだった。
ゲッコウカ特製の見目美味しそうな普通のサンドウィッチだ。
だが、一口含んだ瞬間、食べたことのない不快な味が口いっぱいに広がり、思わずそれを吐き出してしまった。

「……ゲッコウカさん!!」

チャドウィッグが立ち上がり、ものすごい形相でこちらを見てきたのでゲッコウカはすくみ上がった。

「は、はい……!」
「あ、貴女は、どうやったら、こんなものを、作れるのですか……!」
「え!?」

ゲッコウカが慌てて手の付けられていない方のサンドウィッチを口にすると、塩と砂糖が入り交じり、それでいて強い酸味が口いっぱいに広がった。

「すっすみません!!」
「味覚音痴を疑いたいのですが……」
「そ、そんな……いろいろ調べて作ったんです……」
「調べたのならどうしてこんな事になるのですか?」
「す、すみません……」
「まさか、料理が苦手とは思いもしませんでしたね……。料理は薬を調合する事と似ています。これがレシピを見ながら作られたモノのであるならば、余計、先が思いやられます」
「あ……う……」

ゲッコウカは仕事でも頻繁に注意され、料理でも失敗し胸が苦しくなった。
最近、チャドウィッグの言動の一つ一つが気になって仕方がない。
次になんて言われるのかが怖い。
噂で聞いた怖い人って言うのはこういう事だろうかと、何となく頭をよぎる。
辛い。苦しい。
他にも救急担当のカーディナルはいるのに、どうしてヴィネーラはこの人を選んだのだろう。
辞めたい。
そんな事がグルグルと頭を駆け巡る。

チャドウィッグが大きな溜息を吐いたのが聞こえ、ゲッコウカは悲しみで心がいっぱいになり、スカートを握りしめた。

仕事を間違えて怒られたのは自分が悪いし、料理を失敗したのもレシピがあるのにそれを守らなかった自分が悪い。
だけど、あからさまにもうダメだと見捨てるような態度を取られたら、もう耐えられない。

「ゲッコウカさん、どうしてそんなに深刻そうな顔をされてるんです?」
「……え」

顔に出ていた?
ゲッコウカは動揺した。

「仕事では失敗を繰り返し、迷惑をかけ、その上料理でも……。この先どうしたら良いのだろうと言ったところでしょうか?」
「……」
「分からなくもないですが、貴女は出来ない事しかないのでしょうか?」
「……まだまだだと思います」
「本当にそうですか?」
「……はい、まだ……チャドウィッグさんに叱られてばかりで……」
「もう一度言います、本当にそうですか?」
「……え?」

ゲッコウカは思わずぽかんとしてチャドウィッグを見た。
チャドウィッグが小さく溜息を吐いて腕を組んだ。

「いいですか、確かに、現状の貴女には出来ない事がまだまだあります。初めての業務ですからそれは当たり前です。教えて貰ったからと言って1回で覚えられるような程簡単なモノでもありませんし、慣れていないのですから、素早く出来るわけもありません。最初は誰もがそうです。注意されたり叱られたりもします。ですが、そんな中でも諦めず、一生懸命ちゃんと出来るように努力するのは当然の事です」
「はい」
「貴女は努力されてきた。そうですよね?」
「……」
「僕が何も見ていないとでも思いますか? いつも注意されてばかりだから、自分はダメな人間だとでも思い込んでしまいましたか」
「あの……」
「頑張って覚え、やれるようになった事があるでしょう?」

ハッとした。
最初は本当に迷惑をかけてばかりだった。
だが、必死に仕事をこなして行くうちに覚え、今ではある程度は任されるようになっている。

「貴女はダメな人間ではないのです。ちゃんと覚えて練習すれば出来るようになります。これくらいのことでめげないで下さい。料理も学べば出来るようになります」
「……はい」
「出来ることの限界値を自分で決めてはいけません。誰にも貴女の限界を決める事は出来ないのです。やれることはまだあるかもしれないのにそこで止まってしまっては成長することも出来なくなります。ちょっと注意されたくらいで挫けないで下さい。努力することをやめないで下さい。そして、頑張ってきた自分を認め、褒めてあげて下さい。僕は今までの貴女を見て、貴女をかっているんです。貴女の成長を止めたくありません。もっと伸ばしてあげたいとさえ思っています。ですが貴女が今ここでやめてしまったら、そこで終わりなんですよ」

ひとしきり捲し立てるようにチャドウィッグが喋った後ゆっくりと椅子に腰掛け、サンドウィッチをもう一度口にした。

「あっ……」

止めようとゲッコウカは手を伸ばしたが、その手を払われ、内心首をかしげた。

「いただいたものですし、最後まで食べます。この味付け、塩分と糖分をあえて多めにしたのは仕事後に食べることを想定していたからでしょう? 何気にバタバタ動くので汗をかいて塩分は失われますし、糖分は疲労した身体を癒してくれます。酸味は食欲増進でしょうか? 多めに一緒に挟んでしまったのが失敗の原因でしょうから。次はしっかり味見をして調整するように」
「……はい。気を付けます」

顔を歪ませながらも食べ続けるチャドウィッグを心配しながら、ゲッコウカもソファーに戻り、弁当を広げた。
何となく見捨てられていなかった安堵感がこみ上げて来たがゲッコウカはそれを静かに飲み込むと、小さく言葉を発した。

「……ありがとうございます」



§§§



ジンがゲッコウカの研修の話を聞いたのは研修が始まって1週間が過ぎた頃だった。
最初は元気に聖堂に通っているように見えていたのだが、みるみる疲弊して行っているのが分かり心配していたのだ。

アレは明らかに肉体疲労ではなく精神的な物だ。

何となくジンは察していた。
おそらくゲッコウカに合わない仕事もしくは環境なのだろうと考え、ゲッコウカに会うたびに大丈夫かと聞いていた。
しかし、いつも元気な声で『大丈夫だよ』と返され、どう見てもそんな風には見えないジンの心にはイライラが蓄積されて行った。

ある日、ゲッコウカを迎えに行くと言うのを口実に聖堂での様子をそれとなく探ってみると、研修先はあのリーヴィンツェンツ隊の隊員チャドウィッグの元らしいという情報を得、ジンはゲッコウカの疲弊の原因の確信を得る。

ジンも何度かチャドウィッグと関わることがあったが、あの口の悪さと頭にくる態度では優しいゲッコウカが真に受け辛い思いをしてしまうのは想像に難くなく、第一ジンも心象悪く感じたことが数回あったため一気に心配する気持ちが膨らんでいく。
あの人は良くない。研修を辞めるようゲッコウカに提案してみよう、などと考えていた。

だが、それをカナトに相談すると、カナトはカナトでそれを否定し、チャドウィッグを肯定するようなことを言いだした。
真面目で優しい人だからゲッコウカのことを真剣に考えてくれているはずだと、今は辛いかもしれないがついて行けさえすればゲッコウカの成長に欠かせない人物であるとさえ豪語した。
その理由を問うとチャドウィッグは面倒見が良く根気強いため教育者に向いていると答える。
ジンは理解することができず、イライラばかりが溜まっていくのだった。



その数日後、ジンが聖堂前でゲッコウカを待っていると目を赤く腫らしたゲッコウカが現れた。
ジンの姿に気付いたのか、少し恥ずかしそうに微笑むとこちらに向かって走ってくる。

「おまたせ!」

いつもの明るい元気なゲッコウカだった。
ただ、どう見ても泣いた後であろう目元が気になる。

「目が真っ赤だぞ」
「あーうん、ちょっとね」

苦笑するゲッコウカに、ジンの心が波立つ。
何かあったに違いない。どうして隠す?

「あの、さ、研修……辛いんじゃね? 研修先、チャドウィッグさんとこなんだろ? あの人、口悪いし……さ」
「……」

ゲッコウカは返事をしない。
ジンは無性にいらだった。
あの人はこんなにボロボロになっているゲッコウカを知っているのだろうか。

「ゲッカ……」
「辛いよ、すごく大変だしすごくキツいよ。今日もたくさん注意とか叱られたりとかしちゃったし……」

ゲッコウカがジンのジャケットの裾を掴み、俯きながらぽつりと呟いた。
語尾が震えているのは、また泣きそうになっているからだろうか。

「! 何かひどいこと言われたのか?」
「……」
「やめることできねーの?」

発すると同時にゲッカが顔をあげ遠くを見つめた。
その瞳はまっすぐで力が込められている。

「辞めない。私、期待されてるみたいなの。だから厳しいんだと思う」
「そんな……」
「それにね、カーディナルとして凄く成長できてる気がするの。だから、このまま続ける」
「だからって、ここで無理したらお前もたねぇだろ?」
「だって嬉しいんだもん。いろんなことに挑戦させてくれるし、どんどんやれること、任されることも増えて行ってるんだよ。それってすごいことじゃない? 私にもやれることいっぱいあるんだ……」

成長する喜びに満ちた声だった。
ジンはなんて言ったら良いか分からなくなり口を閉ざした。

「さっさと帰ろう? お腹空いちゃった」
「お、おう……」

ゲッコウカに催促され、ジンは家路へと急ぐ。



到着すると、カナトが庭の入り口まで出迎えてくれた。
そして、彼もゲッコウカの目に気付いたのか心配そうに声をかけていた。
ジンには『ちょっとね』で済ませたゲッコウカだったが、どうやらカナトには詳しく話をしているように見え、何となく疎外感を覚えた。

「……それはよかった、頑張って下さい」

カナトの声が聞こえる。
ジンはムッとしながら食卓に着いた。

「なんで2人ともそんなにチャドウィッグさんに肩入れしてるんだよ。ありえないだろ?」
「えーなんで? なんでそんな事言うの?」
「貴様はもっと人を見るべきだ」

ニコニコと微笑み合う2人が何故か憎々しく思えて、ジンは夕飯をやけ食いすることに決めた。

ああもうなんだよ! なんだよ! なんだよ!
心の中で連呼しながら箸を進める。



§§§



最初は戸惑っていたチャドウィッグの言動にも慣れ、ゲッコウカはみるみる上達して行っていた。
小言を言われることもあれば、正論でたたきのめされることもあり、相変わらず心のダメージは増えていってはいたが、できない所はできるようになるまで、分からない所は理解するまでとことん付き合ってくれたり、細かい部分まで丁寧に分かり易く教えてくれるので、ゲッコウカにとっては大変助かっていた。

作業中に褒めて貰える機会も出てきて、よりやる気が湧いてきている。
何より厳しくチェックするような冷たい視線でいつも見られていたのが、優しく見守るような視線に変わってきているのに気づき、それが嬉しかった。

チャドウィッグという人間は自他ともに厳しい不器用な人なのだとゲッコウカは思った。
不器用さにおいては何となくジンを思い出してしまってクスリと笑みをこぼしてし、それを注意されたことがある。
口ではいろいろ言ってはいるが、人のために何かしてあげたいというウァテスの精神は人一倍高いようにも思う。チャドウィッグはそれの表現が下手なだけなのだ。



研修も最後の1週間を残すばかりとなったころ、ゲッコウカはついにリーヴィンツェンツ隊とともに任務へと就くことになった。

早朝に白い聖堂前にてチャドウィッグと待ち合わせる。
遅刻しかけたゲッコウカが走って向かうと、聖堂前でチャドウィッグが佇んでいるのが見えた。
朝日がチャドウィッグの透き通るような金髪を照らしてキラキラと反射し、整った顔はやや伏せがちで、手にしている本の方を向いている。
ゲッコウカは思わずその姿に見とれてしまい、足を止めた。
タイタニア系種族ははみな美しい外見をしているが、カナトとは違う大人な魅力を持っているなぁとしみじみ思う。

視線に気付いたのか、チャドウィッグがこちらへ顔を向けたので、ゲッコウカは再び走り出した。

「おはようございます。時間通りですね」
「お、おはようございます」

ゲッコウカがドギマギしながら頭を下げたその時だった。

「遅れてすんません!」

聞き覚えのある声が後ろから聞こえた。
振り返れば、見慣れた姿が二人。

「ジン!? カナト君もなんで!?」

首をかしげるていると、チャドウィッグがやれやれと言ったような表情をしている。

「どこかから、貴女が任務に就くという話を聞きつけて、どうしてもついていくと言って聞かなかったのですよ。……保護者として」

『保護者として』
次の瞬間ゲッコウカは恥ずかしさで真っ赤になった。

「どうしてそんな事したの? ただでさえリーヴィンツェンツ隊の皆様には私がついていくってだけでご迷惑かもしれないのに! それに、私、保護者がいるほど子供じゃない!」
「うるせー! お前ひとりで行かせられっかよ!」

ムキになったジンがそっぽを向く。
それを横目で冷ややかに見つめながらカナトが口を開いた。

「私は、この男が暴走するんじゃないかと心配になり、ついてきた」
「暴走なんかしねぇよ!」
「なら何故、ゲッコウカさんの仕事に首を突っ込むようなことをする」
「だって……そりゃ……」
「我々は帰るべきだ」
「嫌だ」

ジンとカナトがにらみ合う。
ゲッコウカはどうしたら良いか分からず、オロオロするばかり。
恐る恐るチャドウィッグの方を見れば、呆れた様な顔をしている。

「貴女も気苦労が絶えないようですね」
「うう~……。もうやめてよー!」

ゲッコウカは叫んだ。



§§§



ジンがゲッコウカの任務の話を聞いたのは本人からだった。
しかも任務に行く2日前に。
リーヴィンツェンツ隊の面々は信頼が置けるし、最初は『そうなのか、頑張って欲しいな』と思っていたが、チャドウィッグの存在を思い出してその感情は真逆の物に変わった。
任務の前日にリーヴィンツェンツ隊の門を叩き、自分もついて行って良いかと話を付けたのである。
そのことについて、カナトからどうしてそんな事をしたんだとねちねち言われたが、そんな言葉も無視して集合場所へやって来た。

どうしてもチャドウィッグだけは気にくわない。
ゲッコウカに無理難題を押し付けるんではないかと、不安が纏う。
『アイツは俺が守ってやらなきゃいけない存在なんだ。ずっとそうしてきたし、これからもそうしてやらなきゃいけない』
心の中でグルグルとその言葉が回ってとまらない。

集合場所に着くとゲッコウカとチャドウィッグの姿が見えた。
気付いたチャドウィッグと視線が交差する。
呆れ顔で迎えられ、ジンはイラッとした。
冷たい赤い瞳がさらに怒りを煽ってくる。

ゲッコウカから何故来たのかと問い詰められ、カナトからは帰るべきだと進言され、ジンのイライラは増すばかり。

その時、近くに1台のオープンカーが止まった。
そちらを見ると、2人の男が乗っている。
運転席にエミル、助手席にいるのはイクスドミニオン。
リーヴィンツェンツとリラだ。

「おはようございます。リヴ、リラ」

チャドウィッグが声をかける。

「おはよう、チャド」

リラがこちらを見渡し、車を降りた。

「おはようございます、リヴ少尉、リラさん」
「リーヴィンツェンツ殿、リラ殿、おはようございます」

ジンとカナトが声をかけると、察したのかゲッコウカが前に踏み出しゆっくりと丁寧にお辞儀をした。

「ゲッコウカと申します、本日はよろしくお願いいたします」

リーヴィンツェンツが頷き、リラの方をさす。

「話は聞いている、よろしく頼む。俺はリーヴィンツェンツ。こっちはリラだ」
「よろしくね、ゲッコウカさん」
「はい!」

「うーん、この車、どんなに頑張っても5人が限界だけど、どうやって行く?」

リラが運転席のリーヴィンツェンツの方を振り返ると、それに合わせるかの様にリーヴィンツェンツが運転席を降りる。

「リラ、運転を頼む」
「いいけど、どうするの?」
「バイクで追う」
「了解」

リラが運転席に乗り、リーヴィンツェンツがカバンからバイクを呼び出したのを見ていたチャドウィッグがおもむろに助手席に腰掛けたのに続いて、ジン、カナト、ゲッコウカが車の後部座席に乗り込む。

「リラ殿、この男が話を聞かずに申し訳ない」
「いやいや、大丈夫。気にしないで、後ろ狭くない?」
「大丈夫です! ご迷惑おかけします」

カナトとゲッコウカがそれぞれ頭を下げるのを見て、ジンはフンとそっぽを向いた。

「幼なじみでずっと見て来た間柄なんだよね? 心配に思うのも頷けるよ」
「……余計なお節介ですね。僕にはゲッコウカさんを信頼出来ていないように見受けますが?」

ジンはチャドウィッグの発言にカチンときて何か言おうとしたが、カナトに睨まれ口を閉ざした。



§§§



暫く車を走らせ着いた場所は鉄火山だった。
火山弾が降ってこない安全地帯に車を止め、リーヴィンツェンツの先導の元、山の麓まで向かう。

「火山石を集める依頼なんだ。冷えてる奴を探してね。言っても、素手で触るにはまだまだ熱いだろうけど」

そう言いながら、リラがそれぞれに耐熱ミトンとトング、大きな耐熱バケツを配る。
ジンはカーディナルを呼ぶくらいだから討伐関係なんだろうと想像していたため、依頼内容に少々拍子抜けした。

「鉄火山は山頂からの火山弾による危険度も高いが、モンスターもウロウロしている。気を付けるように」

リーヴィンツェンツが厳しい表情でそれぞれを視線で注意する。
ジッと目を見つめられてジンは図星を突かれた気がしてドキッとした。

「りょ、了解っす!」

と、同時にかすかに溜息が聞こえた気がしてそちらを振り向くと、目を細めるチャドウィッグの姿が見えた。
いけ好かない態度に怒りがこみ上げる。

「人数が多いから手分けしよう。こっちはリヴと組むから、ジン君とカナト君で組んで貰って良いかな? 山頂へ続く道の途中にシェルターがあるから1時間後そこに集合。ゲッコウカさんはこっちに。チャドはジン君達の方についてくれる?」
「えっと、よ、よろしくお願いします!」
「……分りました」
「じゃぁ、1時間後にね」

カナトがふわふわと火山石を探しに動き出したので、ジンもそれに続いた。
途中振り返ると、リラがゲッコウカににこやかに声をかけているのが見えた。
『優しいリラさんがいる方なら、ゲッコウカも安心だな』と、ちょっとだけ胸が軽くなる。
だが、ゲッコウカが外で立っている様子を見ると憑依させるわけではないらしい。
ここのモンスターはそこまで強くないとは言えど凶暴で数が揃えばそこそこ危険になる。
俺だったら憑依させるのに……そんな事を思いながらカナトとチャドウィッグを追う。



「火山石はどれくらい必用なんですか?」

カナトがバケツにいくつか火山石をしまい込みながらチャドウィッグに問いかける。

「あればあるだけ良いとの事ですが、車に空きも無いので、バケツに入る分だけで充分ですよ」
「それは……邪魔をしてしまいましたね」
「いえ、人数が少なければたくさん積めるという物でもありません。車の堆積量にも限界はありますし。それに安全地帯と鉄火山への往復を考えると相当な労働力にもなります。ここは飛空庭を出せるような環境でもありませんし……。理由はともあれ、結果的に来ていただけて良かったと思います」
「それは、安心しました」

ジンは静かにカナトとチャドウィッグの会話を聞いていた。
どうしてこの人はこんな回りくどい言い方ばかりするのだろう。
来て欲しくなかったのなら来て欲しくなかったと、助かったのであれば助かったとはっきり言ってくれればいではないか。

「ジン、どうした?」
「……なんでもねぇよ」

カナトもカナトだ。
どうしてこんな人と付き合えるのか、訳が分からない。

不意にチャドウィッグからキィンと言う魔法を使う音が聞こえ、ジンは振り返った。
パーティメンバーの状態異常を解除する、『キュアオール』をチャドウィッグが使用したのだ。

ジンとカナトは状態異常になっておらず、首をかしげる。

「ゲッコウカさんがスタンされたので」

しれっとした表情で呟く。
デバイスでパーティの情報を確認すると、確かにゲッコウカにスタンの情報履歴が残っていた。

「……本当だ」
「離れていたとしても同じパーティなのですから、メンバーの情報は常に気に止めておくべきです。このように広い場所では反応の遅れが命取りになります。前衛であれ後衛であれ、攻撃職であれ支援職であれまめにチェックして損はありません」
「情報の確認、ですか……以後気を付けます」
「あちら側はモンスターが多いようですね」

チャドウィッグが3人のいる方を見ながら、もう一度キュアオールを唱えた。



§§§



ゲッコウカはあまりの敵の多さに焦っていた。
たくさんのロックイーターとフルフルに囲まれて、格下のモンスターと言えど、足がすくむ。

「このモンスターはスタンアタックとスロウロジックを使うから、アレスかキュアの魔法を中心にお願いするね。レジストでも良いよ」
「回復や支援の魔法は使うとターゲットを取る。気を付けるんだ」
「はっはい!」

的確な指示に言われた通りの行動を取るので精一杯。
気付いたときにはホーリーフェザーを切らしており、MPが半分以下になっていた。
慌ててかけ直そうとしたとき、背後からロックイーターが近づいていることに気付いて驚きつまずく。
そこにスタンアタックが飛んできて……ゲッコウカは意識を失った、はずだった。

「さすが、離れててもやってくれるね」
「……ふん」
「え? あ、あれ……?」

ゲッコウカは訳が分からない。

立ち上がり、楽器を持ち直した瞬間、今度はリラにスタンアタックが飛んだ。
急いでキュア魔法を唱えようとしたとき、3人の身体を光の粒が包んだ。
キィン。
ゲッコウカはやっと理解した。

「キュアオール!? じゃぁさっきも……」
「ああ、そうだよ」
「すみません、私……」
「……気にするな。ああいう奴だ」

ゲッコウカは自分の未熟さにショックを受けた。

モンスター達は、リーヴィンツェンツとリラによってあっという間に倒され、ゲッコウカはやや呆然としながらその場に立ち尽くした。
すごい……。
手際の良さに溜息が出る。
やれるのかな……。私に……。
そんな風に思っていたとき、突然デバイスにウィスパーメッセージが飛んできた。

「はっはわっ」

慌ててデバイスを地面に落とす。
瞬間、落ちたショックでサイバーインターフェイスが起動し、リーヴィンツェンツやリラにもメッセージを見られてしまった。

「余計な心配だな」
「まぁいいじゃない、それだけゲッコウカさんが可愛いんだよ。久々に頑張ってついてきてくれてる研修生さんだしね」

リーヴィンツェンツとリラがクスっと笑い、それぞれにゲッコウカの頭や肩に手をぽんと置くと火山石集めの続きをし始めた。

サイバーインターフェイスを見るとメッセージはチャドウィッグからで『火山石収集とは言え実践です。緊張して空回りしていることでしょう。やれるのだろうかと考える前に、やらなければならないことを行動すれば問題ありません。頑張って下さい』と書かれてある。

リーヴィンツェンツとリラの笑いの意味を知って、ゲッコウカは真っ赤になった。
だが同時に気持ちもすっと落ち着いていく。
ゲッコウカは大きく深呼吸を1つすると、リーヴィンツェンツとリラの後に続いた。



§§§



あっと言う間に1時間が過ぎ、待ち合わせのシェルターにてゲッコウカ達はチャドウィッグらと合流した。
シェルターは半分を地下に埋めるような形でできており、入り口から階段を降りるといくつかのソファーとテーブルが並んだ広いスペースに出た。
リラが手際よくカバンから軽食と飲み物を取り出し並べていく。

集めた火山石が入ったバケツを1箇所にまとめながら、チャドウィッグが口を開いた。

「問題ありませんでしたか?」
「もちろんだよ、とても優秀で助かったよね、リヴ」

リヴが頷き、それを見たリラが微笑みながらゲッコウカの頭をなでる。
突然のことにゲッコウカは無性に恥ずかしく、いたたまれない気持ちになった。

「……リラ」

チャドウィッグが呆れて目を細めるのに気付いたリラがハッとしてパッと手を離す。

「あっ、ごめん! 子供にこうやって褒めてるから、つい……」
「リラさん子供いるんすか!?」

ずいっ。
ジンが身を乗り出してリラの隣に立つ。

「え、ああ。1人ね、ドミニオンの女の子だよ」
「へぇ~! どんな子っすか?」

リラがデバイスを取り出しサイバーインターフェイスを開く。
そこに映し出されたのは2~3歳位の可愛らしいドミニオンの女の子だった。
キレイな黒髪と、大きな赤い目が神秘的に写る。

「かわいい~」

ゲッコウカも思わず見とれた。

「妻に似たんだ。良かったよ俺に似なくて!」
「僕には、リラにそっくりに見えますけどね」
「えー……」
「リラ似だろう」
「うわー……」
「お父さん似……ですよね……?」
「ゲッコウカさんまでー?」

父親似コールでリラがずーんと肩を落とす。
ゲッコウカはその様が面白く、フッと笑ってしまった。

少し離れたところからこちらを見ていたカナトが近寄りつつ、サイバーインターフェイスに指をさす。

「お子さんの隣にいるタイタニアの方は、奥様ですか?」
「そうだよ」
「美人さんっすね奧さん」
「お前という男は……」
「何だよ褒めただけだろ!」

「とりあえず、休憩にしようか」

リラがデバイスをポケットにしまい込み、それぞれがソファーに腰掛け、軽食を手にする。
包みを開くと、様々な具材が挟んであるサンドイッチだった。

リラが準備をしていたのもあり、作ったのは奧さんなのかと思いきや、話を聞くとどうやら食事はリラが作っているらしい。
家事全般、殆どリラがこなしているとかで、すごいなぁとゲッコウカは思った。



何だかんだで1時間ほど休憩した後、それぞれバケツを手にシェルターから出たときだ。
山頂の方で大きな爆発音が聞こえた。

それと共に何体かのサラマンドラが山頂から降りてくる。
続いて、一際大きく赤いサラマンドラがゆっくりとゲッコウカ達の前に舞い降りた。

「……エンオウ!? どうしてここに……」

リラが叫ぶ。
聞こえたのか大きなサラマンドラが視線をこちらに向けた。

『我を知るか、人間』

脳内に響くような声だった。



§§§



『我はエンオウ、火を司る者である』

声が頭の中で反響する。

「どうして……鉄火山に……」

リラが驚いた様な表情でエンオウを見上げる。
ゲッコウカも信じられない思いでそれを見た。

『火を司る者がその炎を宿す山を訪ねて何の不都合がある。安心するが良い、この身は写し身。自身は本来の場所におる。して……』

不意にエンオウが身体をかがめ、リラの前に移動した。

『お主、炎の眷属であるな?』
「えっ?」

突然のことで、皆の視線がリラに集中する。
リラは戸惑ったような表情を浮かべており、困惑しているのは一目瞭然であった。
炎の眷属とはいったい何なのだろうか。

「俺は……」
『道理で火の山が騒ぐはずよ。語らずとも良い、我には分かる。お主、ファイアーボールが無詠唱で出来たり、風属性の扱いが苦手だったりするであろう?』
「な、何故それを……」
『炎の眷属であるが故に、弱点属性に極めて脆弱になる。良かろう、炎の眷属よ、我が力を貸し火の加護を与えてやろう。弱点属性にもいくらか耐性がつくようになる』

エンオウがふわりと宙に浮く。
それをゲッコウカは見上げた。
赤く輝く身体が眩しく輝き、巨大な炎と共に舞い降りてくる。
キレイだと、思った。

『我にそなたの力を示すが良い』



次の瞬間、エンオウから小さな炎の固まりが降り注ぎ、反射的に面々が散開。
リーヴィンツェンツが腰に下げていた棒を引き抜き巨大な斧を呼び出した。
リラがリーヴィンツェンツの後ろに下がり、チャドウィッグもそのさらに後ろに移動する。

チャドウィッグが視線をカナトに飛ばし、カナトが頷いてリーヴィンツェンツの隣に、ジンも持っていたライフルを手にチャドウィッグの隣に並ぶ。

「ちょうどいいでしょう。ゲッコウカさん、貴女は前衛の守備をお任せします」
「え!? は、はい!!」

チャドウィッグからの声にゲッコウカは楽器を握りしめるとリーヴィンツェンツとカナトの元へ走った。

「“M.DEFコミュニオン”」
「“ファイアシールド”、“ウインドウエポン”、“エレメンタルアディション”、“アンプリーエレメント”!」
『ラーヴァフロウ』

それはチャドウィッグ、リラ、エンオウの3人の口から出た言葉だった。
ほぼ同時に魔法式が展開され、強い波動が周辺に広がる。
ゲッコウカはその迫力に気圧され、生唾を飲み込んだ。
ジンはこんな世界でずっと戦っていたのか、そう思うと冷や汗がにじむ。

地面に展開された赤と緑の魔法式がうねうねと火をまとい、広がっていく。
ゲッコウカはこれを本で見たことがあった。
炎系の設置スキル。
エンオウが唱えていた、ラーヴァフロウである。
ファイアシールドがあるため、火傷こそはしないが熱により体力はごっそりと削られるだろう。
詠唱完了まで時間はない、妨害できるフラッシュライトでは前衛の邪魔になる。こんな時どうしたら、どうしたら良い?
焦りでどんどんゲッコウカの頭が真っ白になっていく。

「ゴスペル!」

後ろから声が聞こえて、ラーヴァの詠唱陣に重なるよう白く光り輝く魔法式が展開した。
ゲッコウカが振り返ると、チャドウィッグと目が合った。

「オラトリオを唱えなさい! 早く!」
「は、はい!」

次の瞬間足元から炎が迸った。
地揺れを伴う炎に、身体のバランスを失い硬直する。
幸い、ゴスペルとオラトリオによる回復で被害を最小におさえられたものの、身体がほてって思うように動けない。

前衛の2人はそれぞれ攻撃スキルを使い、エンオウに挑んではいるものの、決定打となるダメージを思うように出せていないように見えた。
チャドウィッグと並ぶジンも、狭い山道での戦いで遮蔽物も多く、なかなか攻撃できないでいる。

ゲッコウカは1つ深呼吸すると、ホーリーフェザーを唱えた。他にも思いつく限りの支援スキルを使用していくが、いかんせんどうにもならない。

『この程度か……? 炎の眷属よ』

メンバーへの支援一方のリラに向かって火柱が足元から突き上がる。

「くっ……!」
「リラ、気にするな、やれ!」

リーヴィンツェンツが叫んだ。

「……火の精霊よ力を貸して、“パクティオ”!」

刹那、リラの背中に赤い精霊の姿が浮かぶ。

「ごめん、やっぱり駄目だ、書き換える」
「構わない」

ゲッコウカは反射的にリラの側でポップスを演奏、術式を展開した。

「“ラウズメンタル”! 援護します!」
「ありがとう。“リメインエレメント”、“ファイアボール”、“ゼン”、“ファイアストーム”!」

激しい炎の熱が強い上昇気流を生み出し、一気に風が吹き荒れる。
やがて、その風が落ち着くと同時に、エンオウが静かに地面に身を崩した。

『この温度、そう、これだ……よくぞ、我にその力を見せた。さぁ、火の加護を受けるが良い』

エンオウが立ち上がると同時に1つの大きな光の玉にかわり、リラの中にすっと溶け込んで行く。
その様子を、ゲッコウカ含め全員が見守った。

そして、光の玉が消えた後、全員の視線を受けていることに気付いたリラが困ったように微笑んだ。

「えっと……」
「……炎の眷属か」

リーヴィンツェンツが呟く。
それに対してリラが口を開いた。

「俺の家は……さ、元々火の神様を祭ってる家系ではあったんだけど……。その、まさか、炎の眷属? とか、あの……。家の歴史とか、ドミニオン界に戻らないと情報がない……というかもう、村も滅んでいるんだけど……ね。今度調べてみようかなぁ~ははは……」
「何か、すごかったっすね……リラさん、エンオウに縁があったんすか?」

ジンが不思議そうにリラを見つめる。
カナトも、顎に手を当てながら何かを考えているようだ。

「えっと……その……」

両手を振りながらリラが困惑の色を浮かべ、それを眺めていたチャドウィッグが腕を組んだ。

「……炎の眷属、つまりそれ以外の属性の眷属もいる可能性がありますね。眷属と呼ばれた本人が大混乱している様子からリラは初めてその事実を知ったと言うところでしょう。……情報は少ないと思われますが、調べてみる価値はありそうですね。第一、エンオウについては謎が多すぎます。今、それぞれ疑問や質問したい事は多々あるでしょうが、我々は任務を遂行中ですし、何より本人が今起こったことを具体的に理解していない以上何をしても不毛でしょう。まずは任務をやり遂げた方が賢明かと思いますが」
「そうだな。不可解なことが多すぎる。しかし、幸いにも加護を受けられたんだ、悪いことは1つもないはずだ。リラ、まずはそれを良しとしよう」
「ああ、うん。そ、そうだね……。力が満ちてるような感じは確かにするし……」

リラがバケツに手を伸ばしたのを見て、それぞれ同様にバケツを握り下山しながら火山石を集める。そして、集まった火山石を車の荷台に詰め込んだ。
苦笑ながらも笑顔が戻りつつあるリラだったが、まだ完全に冷静になれていないことから、車の運転とリラのフォローをリーヴィンツェンツに任せ、チャドウィッグが移動用の小さな飛空庭でゲッコウカとカナト、ジンを連れて行く運びとなった。

「あの、大丈夫でしょうか……」

飛空庭が出せる安全な場所まで移動する最中で、ゲッコウカは口を開いた。

「何がですか」
「あの、リラさん達……」
「それなら問題ありませんよ」

チャドウィッグがゆっくり息を吐きながらつぶやく。

「でも……」
「大丈夫です。リヴに全てを任せるのが今段階での最善策です。過剰に心配している面々を含む我々は別行動した方が良い」
「何だよそれ……」

不意に黙っていたジンが口を開いた。

「心配するのは当然だろ……!」
「リラにとってそれは負担なんです」
「はぁ!?」

チャドウィッグが眉間にしわを寄せながら、言葉を続ける。

「いつもニコニコしているので能天気に見えるリラですが、あれでいて繊細で常に周りを気にしているタイプで、微細な変化にもよく気付く様な敏感な人間なんです。そのくせ周りに影響され流されやすいので、こちらが心配している様子を見せればリラはそれに責任を感じて、気を遣って落ち着けなくなるでしょう。感情が見えにくい傍若無人なリヴの方がまだマシという物です」
「……けど! それなら尚更」
「僕の言ったことが理解出来ていないようですね。あなたはリラを心配することが出来て満足するかも知れませんが、リラにとっては重荷になっていると言っているのです。わかりますか?」
「自己満足で心配なんてするかよ! それに重荷って意味わかんねぇ……」
「そう思うなら、放っておいてあげて下さい」
「何だよ……。仲間を心配したり、支えたりしちゃいけないとか……訳わからねぇ」
「心配してはいけないとは言っていませんが」
「じゃぁなんで!」
「気遣いの仕方の問題です。……どうやら分かって貰えないようですね。これ以上話しても無駄でしょう」
「……チャドさんは心配じゃないのかよ」
「心配ですよ。だからこそ、距離を置いて様子を見守っているのです。すぐ助けられるように。リラの場合はそれが一番なので」

ジンが納得いかないという顔でチャドウィッグに食って掛かろうとした時、カナトがジンの型に手を置いてそれを制止した。

「……ジン、我々はリラ殿をよく知らない。長く付き合いのあるチャドウィッグ殿の考えの方が一理あるだろう」
「……」

不服なのだろうか、ジンが何かをブツブツつぶやきながら歩を進める。
ゲッコウカもジンと同じように思いはしたが、カナトが言うことも理解でき、胸にモヤモヤした物を抱えながらそれに続いた。



安全地帯で飛空底に乗り、アップタウンヘと向かう。

飛空庭から降りると、近くに1台の車が止まった。見ればリーヴィンツェンツが1人乗っている。
リラの姿が無いのに気付いたジンが声をかけると、見ていられないので自宅に帰らせたとのこと。
リーヴィンツェンツから今回の任務の報酬と労いの言葉を受け取り、それぞれ解散となった。

カナトがリラの家に見舞いに行くとごねるジンを無理矢理引っ張るようにしながら帰っていくのを見送って、ゲッコウカは気が引けてその場に立ちすくんでしまった。
いろんなことが短時間の間に駆け抜けていったような気がして、整理が付かず、アレコレ考えている間に帰るタイミングを逃してしまったというのもある。
隣でリーヴィンツェンツとリラのことについて話すチャドウィッグの様子を伺うも、こちらのことを気に止めている様子はない。

帰ろうと足を進めたとき、後ろからチャドウィッグの声が聞こえた。
振り返ればこちらに向かうチャドウィッグと目が合う。

「今日はお疲れさまでした。突然なこととは言え、エンオウとの戦闘の際良い動きをされていましたね。今日は休んで、明後日、戦闘時の自分の動き等を分析したレポートを提出して下さい」
「は、はい」
「では、また明日」
「はい、お疲れさまでした」

チャドウィッグがリーヴィンツェンツの元へと戻る。
ゲッコウカはそれを見送った後、ゆっくりと聖堂方面へ足を進めた。



§§§



長かった研修も、気が付けば最終日を向かえていた。

いつもと変わらない作業をこなし、いつもと変わらずチャドウィッグに日報を提出する。
最終日だからとて何か特別なこともなく、たんたんと時間が過ぎていく。
そして、業務終了時間となって、帰りの挨拶をしようと執務室へゲッコウカが訪れた時だった。

「ヴィ、ヴィネーラさん!?」
「あら、ゲッコウカちゃん。久しぶり~」

ここはチャドウィッグの執務室のはずだ。
だが、持ち主の姿はなく、代わりにいたのは自分の上司であるヴィネーラの姿だった。
ヴィネーラがチャドウィッグが愛用している椅子に腰掛け、こちらに軽く手を振っている。
思いもよらず、ゲッコウカは首をかしげた。

「どうしてこちらに?」
「ふふ、来ちゃった」
「来ちゃったって……」
「あの人からあなたの話を聞いていたらお祝いの言葉を伝えたくなってしまって」

ヴィネーラが優しく微笑む。
『あの人』とはチャドウィッグの事であろうか。
ゲッコウカはますます訳が分からなくなり、ひとまず長らく使わせていただいたソファーとテーブルをキレイにすることにした。

「もう少ししたら戻ってくると思うから、待っててあげてね」

掃除中、不意に話掛けられゲッコウカはヴィネーラの方を見た。
戻ってくると言うのは、部屋の主のことだろう。

「分かりました」

磨いたソファーにふわりと座りゲッコウカは何となくテーブルに突っ伏した。

いろいろなことがあった。
叱られてばかりだった。
注意されてばかりだった。
とにかく大変だった。

でも今は、それもほぼなくなり、並んで仕事ができるまでになった。

「研修、お疲れ様。楽しかった?」

ヴィネーラの方から声が聞こえる。

「はい!」

ゲッコウカは起き上がると笑顔で元気よく答えた。



やがて執務室のドアが開き、チャドウィッグの姿が見えた。
その後ろにリーヴィンツェンツとリラの姿も続く
それぞれ手に何か大きな袋のような物を抱えていた。

「は~い、チャディ。おかえりなさい」

手を振るヴィネーラに気付いたチャドウィッグが眉間に皺を寄せる。

「どうしているんですか」
「いいじゃない。女の子1人に男の人3人じゃ、ちょっと可哀想でしょ?」

ニコニコと微笑むヴィネーラに、チャドウィッグが溜息を吐く。

「えっと、あの……」

ゲッコウカは戸惑いながら声をかけた。

「打ち上げだよ」

袋の中身をテーブルに並べながらリラが答えた。

「チャドったら、研修終わりなのに何もしないって言うんだ。いつぶりかもわからない位久々に研修を最後までやりきってくれた子だって言うのにね。ゲッコウカさんの努力を労いなよって話だよね」
「そう言う事は仕事に関係無いことですから」
「関係無くないよー。次また頑張ろうってなれるじゃない? ねぇ、ゲッコウカさん」
「あ、あの……」

何となく急に照れくさくなって、ゲッコウカは立ち上がるとテーブルの上に置かれた料理を並べ始めた。
それをリラが笑顔で制止する。

「ああ、良いんだよ、何もしなくて、主役なんだから。あ、どうせならジン君とかカナト君も呼んじゃう?」
「い、いえ、良いです、ジン何かが来たら、収拾がつきませんから!」
「そう? 残念だなぁ」

料理が並べ終えられ、それぞれシャンパンが入ったグラスを手に持つ。
リーヴィンツェンツの乾杯の合図と共に打ち上げは始まった。

ヴィネーラがゲッコウカのどこが良かったのかチャドウィッグに問いかけ、チャドウィッグが眉間にしわを寄せながら少し頬を染めつつ答えにくそうに話す様を見て、ゲッコウカは恥ずかしさで身の縮まる思いをした。
しかし、その言葉は全てゲッコウカの努力を認めるもので、血の滲む思いで頑張ってきたゲッコウカにとってとても喜ばしく感じられた。
嬉しさで顔がゆがむのを隠すように飲み物を口にしていると、リーヴィンツェンツとリラからチャドウィッグの偏屈な性格によく耐えたと突然称えられ、それを見たチャドウィッグがムッとした表情でそっぽを向いてしまった。
ゲッコウカはチャドウィッグの普段見られない姿をたくさん見ることができたような気がした。



やがて、打ち上げが終わり、リーヴィンツェンツとリラが帰って行くのを見送った後、チャドウィッグが自分のデスクの引き出しから一枚の証書を取り出した。
日付を記入しゲッコウカに向けて差し出す。

それはカーディナルの研修を終えた事を示すチャドウィッグからの推薦状だった。
これがあれば、認定試験の審査を受けずに一足飛びに正式なカーディナルになれるうえ、関係各所に顔が利くようになる。
ヴィネーラがそれを見てニッコリと微笑んだ。

「おめでとう。良かったわね」

ゲッコウカは恐る恐るそれを受け取ると、頭を下げた。

「ありがとうございます」
「よく頑張りました。貴女は素晴らしいカーディナルになれるでしょう」

そこにはチャドウィッグの優しい笑顔があった。
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頂き物 | 【2018-07-13(Fri) 21:00:00】 | Trackback(-) | Comments:(0)
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