プロフィール

詠羅P

Author:詠羅P
Lupi鯖:ダウンタウン
アイコン:セロさん

*更新情報
eco_JK ログ
カウンター
最新記事
お話一覧(時系列順
カテゴリ
拍手
web拍手 by FC2
ブログ内検索
リンク
JKツイッター
最新コメント
アンケート
QRコード
QR
権利表記

(C) BROCCOLI/ GungHo Online Entertainment,Inc./ HEADLOCK Inc.

空からくノ一が降ってきた話

出演:サチホさん、ククリールさん、マーキッシュさん、ロディさん、ザークシーズさん、グランジさん、セオさん

あらすじ
平和なアクロポリスで、キリヤナギは休憩中また住民の飼い犬を探していて迷子になってしまっていた。
帰り道が分からなくなり、果実の森をさまよっていた彼は、崖上から飛び出してきた少女と出会う。


 



「カトリーヌー! どこー、でてきてー! カトリーヌー!」

アクロニア大陸の中央に位置する都市。
アクロポリスシティから、西の平原を抜けた先にある林。果物の森。
ここに今、赤いマントを羽織る一人の男が武器を携えて声を響かせていた。
白に赤のラインが入るその服は、フェンサー系ギルドに所属する者のみが纏う制服であり、本人もまたフェンサー系のクラスにおける皆伝。
ガーディアンの称号を持つエミル族だ。
交易都市アクロポリスシティをでた、治安維持部隊、総隊長エミル・ガーディアンのキリヤナギは、いつもの様にマダムの飼い犬を探していたのだが、住民の目撃情報を頼りに探していると、いつのまにか平原を超えて林まで来てしまった。
キリヤナギにも、犬がここまで出ていった記憶が無く、素直に戻ろうともしたのだが、振り返る頃にはもうどちらから来たか分からなくなってしまっていた。
デバイスで位置情報も確認するも、森や林、洞窟などは電波が遮られ位置情報に誤差が発生しやすく、大体の位置しか表示されないため、ナビゲーション通りに進んでも崖上の経路を指されたり、モンスターが居たりとあまりアテにならない。
壁に行き着いて回り込もうとすると、いつのまにか逆方向に向かっていたりするため、時間が経てば経つほど泥沼になる。
昼休みはもう終わるし、セオに何を言われるか分からず怖くなって、キリヤナギは途方にくれるしか無かった。
ナビゲーションデバイスをにらめっこしながら、曖昧な位置情報を頼りに進んでいると、今度はデバイスの方から着信が入る。
セオだ。
休憩時間はもう15分も過ぎているし、痺れを切らしたのだろう。
キリヤナギはため息をついて、恐る恐る通信にでた。

「は、はい」
「"今どこですか?"」

早い。

「果物の森……かな?」
「"何故そこに?"」
「カトリ……ワンちゃん探してて……えーと……」
「"マダムのカトリーヌなら、西軍騎士団に保護されたと、先程連絡がありましたよ"」
「ほんとに! 良かった……!」
「"それで隊長は、何故果物の森にいるんですか?"」
「え"、その……気がついたら……」
「"限度ってものがあるでしょう!! ある程度進んだらもどるとか、これ以上はいかないとか!メドぐらい付けたらどうですか!!」
「わぁぁあ!! セオごめん!すぐ帰るから許してー!!」
「"今までそうなってすぐ帰れた事ありましたか?あなたは!?"」

ない。
大体変に歩き回って、見つけてもらえないこともある。
これでも自分で戻る努力はしているのだ。
でも迂回したり、見覚えのある方に進んで居たら大体逆方向で、どちらへ行っても泥沼になる。

「"時空の鍵で転送されるワープポイントはどこですか?"」
「えーと……天まで続ーー」

セオはこれを聞いて通信を切った。
後ろで聞いていたグランジはため息をついて、座っていたソファーから立ち上がる。

「切って良かったのか?」
「アドレスの交換はしてありますから、大まかな位置は分かります。隊長にこれ以上聞いても時間の無駄ですから」
「塔から庭で帰らせるのは?」
「隊長の自宅はアップタウンにあるのと、以前所有していた庭は、部隊の移動用の庭として格納されているので、出すには申請しないといけないんです。たかが迷子に出してられませんし、塔はモーグ興国の領地ですから、冒険者以外の人間が飛ぶにも連絡が必要です。あれ程アクロポリスに変えておけと言っていたのに、あの人は……」

しかし今に始まったことではない。
むしろマシな部類で、ひどい時はデバイスを落として連絡すら取れないこともある。
それを考えるとまだ手元にあり、大まかな場所が把握できるのはいいとは思うが、いい年の大人がやらかすヘマではない。
こうなった以上、探しに行くしかないが、セオが振り返るとそこにはもう誰もいなかった。
キリヤナギはグランジに、昼から来て欲しいと言っていたそうだが、こうなるならもう毎日一緒に来て欲しいとセオは思う。

@

セオから通信を切られ途方にくれるキリヤナギは、仕方がないので目の前の崖の迂回路を探していた。
バウとかクローラに襲われつつも、少し驚かすと逃げてくれるので苦労はしない。
しかし、キリヤナギ自身が歩き回って、事態が好転したことはまず無いので、素直に座って待っていた方がいいだろうか。
そう歩きながら首を傾げていると、何処からか草をかき分けて進む物音が聞こえてくる。
バウか野生の動物なのかとも思ったが、どんどん音が大きくなり、小型ではない事が分かった。
真っ直ぐにこちらに向かってくるそれは何処からくるのか。
大型の敵なら、脅かしても意味はない。
周囲に意識を向け音の方角を探ったとき、極限まで大きくなった音がやんだ。
そして、太陽を遮るように黒いマントの影がキリヤナギの上に舞う。
崖上の草むらから飛び出して来たのは、イレイザーの職服を着た少女だった。
少女はキリヤナギを見て驚いたのか着地の姿勢に迷いが生じ、体制を崩す。

まずい。
崖上はかなりの高さで、跳躍から飛び出してきたのなら、骨折は免れない。
キリヤナギは反射的に彼女を受け止める姿勢を取った。
少女ならまだしも、キリヤナギなら再生能力で怪我をしても治癒は早い。
背中から落下してくる彼女をキリヤナギは受け止め、一回転をして勢いを殺し、カカトでブレーキをかけて尻餅をついた。
思ったより少女が小柄で軽く拍子抜けしたが、降ってきた彼女はあまりの出来事に呆然としている。
膝の上で固まり、言葉すらないようだった。

「いたた……だ、大丈夫?」

少女はまだ動かない。
仕方ないかと思ったのも、つかの間だった。
音もなく鋭利な刃物がこちら飛躍し、キリヤナギは少女を押しのけ、床に魔方陣を展開。
"フォートレスサークル"を立ち上げた。ギリギリで弾かれたクナイに、少女は我に帰る。

「"クローキング"して!」

キリヤナギが叫ぶと、少女は姿を隠した。
後ろから現れたのは黒服の装束をきた男5名。
彼女を追ってきたのか。
一名がクナイを構え、キリヤナギに拳を振るう。
"フォートレスサークル"はありとあらゆる攻撃を防ぐことができるが、術者が動けなることに加え、毒などのダメージは防げない。
まずいと思ったが、少女がサークル内から大の男の拳を弾いた。

「ありがとう……!」

再び少女の姿が消える。
サークルはまもなく切れるが、キリヤナギは目の前の人間を観察した。
5人の人間。全員エミル族。油断しなければ行ける。

サークルが切れた直後。キリヤナギは前に前転。
放たれたクナイが空を切る中、敵の組んだ円陣の外へでた。
そして武器を抜き。敵の足首を割く。
一人目。
即座に傍にいたもう一人も肩を切って蹴り倒すと、後ろに回り込んできた敵の腕を掴んで、距離をとっていた敵に投げた。
さらに突っ込んできた後ろの人間の攻撃を肩当てでガードして、右腕を掴んで、首元を思い切り武器で殴りつけた。
更に足にサーベルを突き立てて動きを封じ、先程投げた二人と向き合って、三つ巴に戦う。
ある一点でキリヤナギの武器が敵の腹に入り、もう一人も投げて足を切った。

あっという間に五人の動きが止まり、周囲を警戒するが他に気配はない。
向かってきた5名は全員床に血を流して倒れたまま痛みに呻き声をあげていた。

「君達は……?」

敵は呻くばかりで何も答えない。
衣服からして何処かの暗部だろうか。

「……まだでてきたらダメだよ」

少女が姿を見せる前に釘を刺しておく。
まだ敵は生きているのだ、渾身の力で反撃してくるかもしれない。

キリヤナギはもう一度本部に連絡をして、セオに応援を頼むと、草むらからまた新しい気配を感じた。
キリヤナギは武器を構えて警戒したが、現れたのはすでに武器を抜いたグランジで、彼は伏せる敵の肩を全て打ち抜く。

「……グランジ」
「油断するな」

あまり残酷なことをしたくないとは思っていたが仕方がない。
応援が来るまで、キリヤナギはグランジにその場を任せ、外れに隠れた。
すると、少女が木の上からふわりと姿をみせる。

「大丈夫? 大きな怪我とかない?」
「こちらのセリフです。どうして逃げなかったんですか……」
「だって君も傷だらけじゃないか……」

少女が自分の体を見ると、たしかに草切り傷が身体中についていた。
草むらや森の中を走ってきたからか、逃げるのに必死で気付かなかった。

「追われてたの……?」

無言で頷いた彼女にキリヤナギは大方の事情を察した。
イレイザー系の仕事は様々な意味で危険な物が多く、中にはだれかの恨みを買い生命を狙われることも稀にある。
部隊では、酒場などを介した危険なものはあまり推奨してはいないが、冒険者の間では高額な報酬を求めて受注される事がまだ多かった。

「また追手がくるかもしれない。仕事は終われそう……?」
「アクロポリスまで……行ければ……」
「そっか、じゃあ一緒に帰ろうか」

空を見上げれば、治安維持部隊の庭が大きな影を落として浮かんでいた。
迎えにきたセオと共に一度アクロポリスへと戻ったキリヤナギとグランジは、少女から受注した仕事の確認作業から始めた。
彼女の仕事はアイアンサウスから混成騎士団南軍長官への文書の配達で、彼女の安全を考慮し、キリヤナギが南軍長官室に着きそう事で仕事を完遂させた。
内容はおそらく、アイアンサウスの問題であり言及するまでもないが、完遂させた事で恨みや私怨を抱かれていても不思議ではないため、キリヤナギは一度彼女を自身の執務室へと招く事にした。

「とりあえず、お仕事お疲れ様!」
「ありがとうございます」

怪我の手当てもしてもらい。
少女の表情がようやく緩んでいるのが分かった。
アイアンサウスから果物の森まで、かなりの長旅だっただろうし、疲労もありそうだ。

「あの、あなたは一体……」
「僕? 僕はエミル・ガーディアンのキリヤナギ。治安維持部隊の総隊長だよ」
「……! 私はエミル・イレイザーのサチホです」
「サチホ……びっくりしたよ。空から降ってきたし……」
「空……!? あれは飛び降りただけですよ」

キリヤナギからすれば、降ってきたのと変わらない。
たまたま飛び降りた先に居たと言うのも、何かの運命を感じてしまう。


「ともかく、しばらくは匿ってあげるし安心して」
「匿う……? 仕事はこれで終わりましたが……」
「相手次第だけど、まだ狙われてる可能性があるから、気をつけた方がいいよ」

「刺客は返したのですか?」
「僕が分かる範囲なら全員のしたけど、偵察役がいたなら、多分明日か明後日以降には向こうに伝わるんじゃないかな?」

何の目的かは分からないが、彼女に何か逃したくない理由があったのは間違いない。
仕事は終わったものの、数日は様子を見た方がいいだろうと思っていた。

「……」
「……サチホ?」
「いえ、その、お気遣いはとっても嬉しいのですが、私も一応はスカウト系を皆伝したイレイザーです。キリヤナギさんにそこまで気遣って頂いても困ると言うか……」

「……この男は無意識だ。迷惑ならハッキリ言った方がいい」
「グランジ、君にしては珍しいこと言うじゃん」

悪態しか口に出来ないのも情け無い。
確かにキリヤナギは無意識にも面倒を見すぎてしまう癖がある。
それが為になるかどうかなど相手次第なのに、必要に手を貸してしまう事もしばしばあった。
キリヤナギは少し残念には思ったが、彼女が望まないなら、その全てはお節介になってしまう。

「……僕の力、今は必要ない?」
「……はい。お気持ちだけ頂きます。ありがとう」

サチホはそう言って、すぐに出て行ってしまった。
窓から見送ろうともしたが、イレイザーである彼女の気配は既になく、普段通りのアクロポリスの街が広がっていた。

@

「"エミル・イレイザーのサチホ、一応冒険者連盟の加入者です。ここ最近イレイザーとしてスカウト系を皆伝したばかりの冒険者ですね"」

帰宅したキリヤナギは、早速セオに彼女のことに関しての情報を探してもらった。
未だあどけなさが残る彼女にとって、暗躍組織に狙われたことは、あまりにも重すぎる事だと思ったからだ。

「初めての潜入作戦だったのかな?」
「"おそらくは、向こうでミスがあったのでしょう、スパイ行動がバレてしまい足で逃げるしか無かったのかもしれません"」
「仕事の内容は?」
「"それは、外部受注の仕事でこちらにも開示は出来ないとは言われましたが、アイアサウスに所属する私の友人によると、現地の傭兵団の中に現行政府をよく思わない集団がいると言う話を耳にしました"」
「クーデター……?」
「"まだわかりません。これは憶測ですが、傭兵団の団長かそこに属する人物が、現事実をアクロポリスの長官へ報告する為に派遣されたのではないかと"」
「うーん……事実関係は分からないけど、手に余るなぁ……」
「"酒場ネットワークに出されていた理由が、"自国民にリスクを背負わせない為"であったと言うなら筋は通りますが……"」

そもそも自国の問題を冒険者へ外部発注する事に、納得がいかない。
アイアンサウスの問題は知らないが、冒険者の問題はキリヤナギの問題だ。
守るためにある自分の立場として、どう立ち回るか悩むところでもある。

「"私達が下手に保護へ走れば、サチホさんのイレイザーとしてのキャリアに傷がついてしまうのは避けられないでしょう"」
「今回は?」
「"たまたまばったり居合わせたなら仕方ないのでは?"」

たしかにばったり居合わせた。
報告には、散歩をしていたら見ず知らずの暗部に襲撃されたとし、居合わせて負傷したサチホの手当てをしたと纏めたが、事実関係が向こうに知れたとき、キリヤナギとサチホの関係性について勘繰られる不安もある。

「"全世界で貴方の存在を知っているのは、冒険者と各国の騎士団ぐらいでしょう。アイアサウスを拠点とする傭兵団はあくまでアイアンサウス周辺での活動ですから、知っていてもウワサぐらいかと"」
「だといいなぁ……」

仕方なかったとは言え、中立地帯であるアクロポリスの騎士がアイアンサウスの人間を攻撃したのも大問題なのだ。
"フォートレスサークル"を焚いて、毒の攻撃が来た時点で相手が対人に長けていたのは間違いなく、正当防衛は成立するが、解釈的に反逆とされる可能性もある。

「アイアンサウスの人間が冒険者を殺しに来てるかもしれないのも問題だよね」
「"それなら、なりふり構ってはいられませんね"」

冒険者を守ることは、キリヤナギを含めた治安維持部隊の存在価値だ。こればかりは他に譲ってはいけない。

「あー、また何か悪いことしてるー!」

唐突に高い声が響いて、キリヤナギが振り返るとベランダに三角耳の少女がジト目でこちらを睨んでいた。
ダークブラウンの衣服に身を包む彼女は、九尾を揺らしキリヤナギを仰ぐ。

「ク、ククリール! いつからいたの!?」
「またそうやって探りいれて、デレカシーなさすぎ!」
「ぼ、僕の仕事知ってるよね!?」
「知ってる! でもなんでもかんでも知っていいって訳じゃないし、サイテー」

面と向かって言われるとショックだ。
セオは画面端に現れたククリールに気づき、返答に期待しないまま通信を切ってしまった。

「ククリールは心配にならない?」
「なります! でも私はそんな回りくどいことしない。要らないと言われたら素直に何もしない。迷惑になるし」
「それは、そうだけど……起こってからじゃ遅いし対策はあった方がいいでしょ?」
「それが迷惑だってなんでわからないの! そう言うとこが人を選ぶの!」

何も言い返せない。グランジも呆れている。
だが、彼女の言う事も正しくて、思わず押し黙ってしまった。

「本当の友達になりたいならもっと相手を信頼したら? 私が言えた義理じゃないけど……」

信頼と言われて、キリヤナギは首を傾げる。
人付き合いが苦手なわけではない、また人を信頼できないわけでもない。
だがそれは、あくまで相手がどんな人物か知れた後での話だ。

「べ、別に信頼してないわけじゃないよ。単純に力になれる事を探したいだけさ……、状況がどうであれ、サチホが狙われたことは間違いないないから」
「ほんとに?」
「でなきゃそもそも探らないよ……」

アイアンサウスの暗部が、アクロポリスで事を起こすのは考えにくい。
次に狙われる場所はどこかと考えると、街を出た後か、外国の国境付近だろうか。
キリヤナギは少し考えて目の前のククリールを見た。

「クク、ちょっと手を貸してよ」
「はぁ?なんで私……」
「ククもサチホが心配なら、友達になってもいいんじゃないかなって、女の子だし、僕そう言うの得意じゃないから」

ククリールはジト目でキリヤナギを睨みつけてくる。
明らかに疑いの目だが、これは真面目な話だ。

心配なのも嘘ではない。
屋根の上から大体話は聞いたし、キリヤナギ本人では動きにくい気持ちもわかるからだ。
どこにも属さず、時間を持て余すククリールは確かに適任でもある。

「ちょっと癪に触るけど……、まぁ時々ねぐらを貸してくれてるし? いいでしょう。今回だけだからね」
「ありがとう、頼りにしてるね」
「これで貸し借りはナシ!」
「そんな事を気にしてたの……」

相変わらず反応がナチュラルで苛立ちすら感じる。
だが女の子の友達と聞いて、少し興味が湧いたのは事実だ。
嫌われた事しかないが、頼まれたならある程度妥協はできるし、切りたい時に切れるなら気楽に構えられる。

「合わなかったら、すぐにやめるから……」
「それなら仕方ないし、いいよ、ククの自由にしてね」

こんな所がイマイチ憎めない。
ククリールはその日、キリヤナギにねぐらを借りて、次の日からフラフラとアクロポリスへ出かけた。
定位置で日向ぼっこをしたり、お昼は試食コーナーを梯子したり、高い所に登ってホウオウのシラヌイと戯れる。
聖堂の屋根の上でゴロゴロしていたら、またまた見かけた住民にどうやって登ったのか疑問視された事もあった。
午後になり、そろそろ日が暮れると言う頃合いにククリールがふと街並みを見渡すと、キリヤナギが画面で見せてくれた少女が、噴水広場で休憩して居る。
エミル族で髪をハーフアップにする彼女は、浮かない表情を見せて一人、ノートを凝視していた。

周りに寄り添う人間は居ない。
ほかの人々は、目的を持って歩いて居たり、パーティメンバーなのか数名と一緒に動いているのに、彼女には目的も感じられず、ただ憂鬱に時間を過ごしている。
元々どこに行ったのか判らず、見つけた時の気分にしようと決めて居たが、見つけてしまった手前、行動に悩んだ。
少し面倒な気持ちにすらなっている。
どうしようかなぁと空を仰ぐとホウオウのシラヌイが寄り添い、ククリールと同じ方向をみた。
シラヌイも気になるのだろうか。
そもそもククリールは、人間そのものに興味があまりなく珍しいとも思ったのかもしれない。
久しぶりに絡んでみるか。
聖堂の出っ張りに足を掛けて、軽やかに地上へ降り立つと、俯く少女の前に影を落とした。
イレイザーの彼女は、顔を上げこちらを見下ろすククリールを仰ぐ。

「ご、ご機嫌よう」

何を言っているんだと、ククリールは何故か自分の言葉に混乱した。
初めの挨拶が大切なのに、緊張で間違えたきがする。

「私はククリール。貴方、ここで何してるの?」

馴れ馴れしいだろうか、話しかけてから気づいたがククリールはそもそも、自分から誰かに話しかけたなどほぼなかった。
何を話せばいいか分からない。

「え、あなたは……?」
「私は通りすがりの九尾の猫。もう一度言うけどククリール。俯いて元気ないじゃない? どうしたの?」
「へ、……心配してくださってるんですか?」
「べ、別にそうじゃなくてほら、アクロポリスって活気ある街じゃない。だから元気がなさそうにしてると気になるって言うか……」

何が言いたいのか分からなくなってきた。
そもそも自分に、誰かを助けるのは無理だったとすら思う。
帰ってキリヤナギに八つ当たりしたい。

「……優しい方なんですね。ありがとうございます」

お礼を言われた事に、ククリールは意表を突かれた。
綻んだ表情に、緊張が解けて再び向き直ってみる。

「昨日ちょっと、失敗して……これからどうしようかなって思ってただけなんです。自信をなくしてしまって、でもこれも、いつもの事なので大丈夫です」

あ、無理をしてる。
ククリールは何故か直感でそれを理解した。
何故わかったのかは分からないが、彼女の中にも不安要素がたくさんあって、整理がついて居ないようにも思えた。

こういう時、キリヤナギはどうするだろう。
世話焼きな彼なら、きっと親身になって聞きそうではあるが今それをククリールがやるのは、らしくない。

「そっか、なら心配してソンしちゃった」
「はい、声をかけて頂いて元気がでました」
「そう、元気になったなら、ちょっと私に付き合ってよ」
「え……」
「ずっと座ってて暇そうにしてるし、最近気に入ったお店があるの。せっかくだから連れて行ってあげる」
「あ、あの……」
「貴方、名前は?」
「……サチホです。エミル・イレイザーのサチホ。くノ一です」
「くのいち……?」
「私の里の女を表す言葉です」
「へぇー、ちょっと興味あるかも……」

知らない言葉だった。
ククリールの知らない場所からアクロポリスに来て、今こうして出会えたのか、そう思うと何かの奇跡を感じる。
その後ククリールは、サチホの手を引いて、アクロポリスの繁華街へと向かった。
迷わずに訪れたのは黒い蜥蜴のシルエットが目立つ異国の料理店。
引き戸を開けて中に入ると、カラフルなチャイナ服の店員が笑顔で迎えてくれて、
驚いたのは、店で動く彼女達全員に小さな耳と尻尾が生えている。

「……ここは?」
「お気に入りのお店、みんな私と同じで耳が生えてるの。親近感湧いちゃって……」

「いらっしゃいませ、ククリールさん。こんにちは」
「ゆっこさん、こんにちは」

ピンクのスリットワンピースをきた彼女は、頭に三角の耳があり、尻尾にはリボンを結んでいる。
珍しいそのビジュアルに、サチホは思わずつま先から頭まで観察した。

「そう言う店ではないんだけどね。ご機嫌よう。ククリールさん、今日もいらっしゃい」
「ザークシーズ店長。今日もよろしく」

席に案内されたサチホは、店の異質な雰囲気に言葉もないようだった。
中にはウェイトレスを写真に撮ろうとする客がおり、カメラを構えた瞬間、キッチンからオタマが飛んできて直撃する。

「勝手にとるんじゃねぇよ、ど変態が!!」
「ひぃ!!」

斧を担いでくる料理長に客は驚いてひっくり返ってしまった。
ゆっこが、止めに入ってなんとかその場を抑えたが、店内に尋常ではない威圧が立ち込める。

「あはははは! シェフ最高!!」
「は、なんだまたお前かよ、ククリール。今日のあまりもんはないぜ?」

「ククリール……?」

ふとキッチンからメンズのチャイナ服をきたアークタイタニアがお冷をトレイに乗せて現れた。
茶髪に青い眼を持つ彼は、色白の肌を持ち女性のような印象も受ける。

「あー! お金持ちの……!」
「その表現は誤解を生みますのでご勘弁を……」
「だれだっけ? ケイト?テルト?」
「カナトです。アークタイタニア・ジョーカーの……」
「それだ! お金持ちなのに何してるの?」
「ザークシーズ店長には、御縁がありまして、時々こうしてアルバイトを……」
「へぇ〜」

アークタイタニア・ジョーカーのカナトは、タイタニアの中では墜天とされる真っ黒な翼を持つ天使であり、実家は大貴族の長男だった。
ククリールは一度彼の実家にお邪魔した事があるが、空気が高貴すぎて逃げ出してしまった覚えがある。
実家がお金持ちなのに、アルバイターとしてチャイナ服を着る彼も様になっている。

「おきまりでしたら、オーダーを伺いますよ」
「そうね。今日はお客様としてきたんだし、とりあえずお魚料理を持ってきて」

「はぁ?うちはそっち系じゃねえつってをだろ!」

「まぁまぁ、マー君。ククリールさんはもう常連だし、いいじゃないか。今日はお友達もいるみたいだしね。カナト君。とりあえず魚料理とだけ書いておいて」
「かしこまりました」

「ち、なら事務所の冷蔵庫にある切身もらうぜ?」
「構わないよ」

マーキッシュが店の奥へ消えていった後、バックにいたもう1人が騒ぎに気づいて顔を出す。
裏方なのかエプロンと三角巾、ゴム手袋をつける彼の顔にもククリールは見覚えがあった。

「ククリールちゃん?」
「あー、ヒール下手くそな人も!」
「ジンなんだけど……」

皿洗いをしていたジンも顔を出して、賑やかな店内がさらに騒がしくなる。
場の動きに置いていかれたサチホは、会話の流れを冷静に辿りつつザークシーズが述べた一つの単語に意識がいった。

「……マー君?」
「うちの料理長のマーキッシュ君さ。ようこそ、初めてのお嬢さん。イレイザーのお洋服がお似合いだ」

「店長、ナチュラルに口説くのやめてくれますか?」

ゆっこのストレートな言葉に、ザークシーズは笑っていた。
目の前に座るククリールは楽しそうにメニューを眺め、追加オーダーを迷っている。

「ククリールさんが、お友達を連れてくるなんて珍しいこともあるものだ」
「さっき知り合ったの、暇そうにしてたからつれてきちゃった」
「はは、失礼ではあるけどありがたい。この時間はピークでもないから、ゆっくりして構わないよ」

食器類を並べるザークシーズの笑顔は、とても穏やかで訪れた人たちを安心させてくれる。
サチホのまた冊子を広げて、カラフルなメニューに目移りさせていた。
そんな店内で、ククリールの後ろの席にいた客が、料理を嗜みつつ机に突っ伏している。

「店長〜、ちょっともう一杯〜!」
「アンタ昼から飲みすぎだろ、いいかげんにしろ!」
「あ"〜、許せよヒルダぁ、俺だって飲みたい時もあるんだよぉ」

だらけた声でそう述べるのは、銀髪に糸目が印象的なエミル族の男で、この時間から一升瓶を開けている。

「ロディ氏か、まだ早い時間なのに、何かあったのかい?」
「店長ぉ、今朝うちのロボのアップグレートしてたら、庭が風で突風でゆれてさぁ……手が滑って集めた回路が全部アクロポリスのカルデラ湖にすいこまれちまったんだよぉおおお!ぁぁぁ!!俺が必死に集めた回路がぁぁぁあ!!」

笑えなかった。
横にいた女性も泣き出した彼の背中をさすり、同情しているのがわかる。
ククリールは笑いこらえ「大変だねぇ〜」と他人事のように漏らしていたが、向かいにいるサチホはそれを聞いてゆっくりと立ち上がった。
ハンカチに顔を押し付けて泣くロディの元で、サチホはしゃがんで目線を合わそうとする。

「あの……、元気出して下さい」
「ゔる"ぜぇな"ぁ、 ほっといて……」

振り払おうとした手前、ロディがふとサチホをみると、彼女の小さな手に、回路の材料になるトランジスタが数個握られていた。
またそれを机に置いて、ポーチからも一つのメモリと数個のCPUも出てくる。

「これ……今、私が持っていた余りです」
「余り……?」
「私、一昨日までアイアンサウスで仕事をしていて……。これだけしかないし、全く足りてないと思いますが……良かったら……」

ロディは腫れた目のまま、イレイザーの少女をしばらく凝視していた。
再び渡されたそれを見て、更に涙を溢れさせる。

「よかったな、アンタ」
「ぉぁぁぁ!! 俺は、猛烈に、感動している!! ありがとうイレイザーさん、俺は……俺は……! うぉぁぁあぁぉ!!」

言葉になっていないロディに、サチホは反応に困っているようだった。
後ろではカナトが、マーキッシュお手製の魚のムニエルを持ってきてククリールの机に並べている。

「うぉお、来たぜ。インスピレーション!! 嬢ちゃんナビゲーションデバイスあるか?」
「ぇ、ありますけど……」

ロディは胸ポケットから半導体のついたカードを取り出して、ナビゲーションデバイスよりも一回り大きな中型サイズの端末を持ち出だす。
そしてものすごい速さでタイピングをはじめた。

「ここでやるのかアンタ!?」
「ファームウェアはもう家で組んで来た。あとはつないで実装するだけさ!」
「でも、セキュア的な問題がどーたらって」
「元宮のサーバにアクセスしたら問題だが、ローカルエリア内なら誰も文句言わねーよ。嬢ちゃんちょいとデバイスを貸してくれ」

サチホが恐る恐る自身のナビゲーションデバイスを差し出すと、ロディはドライバーを構えて分解をはじめる。
そんな様子を見たカナトは驚き、思わず口を開いた。

「恐縮ですが"ナビゲーションデバイス"の分解は規約上サポート外になるのでは……」
「それは素人がやろうとした場合。タタラべ系皆伝のマエストロには、無条件でナビゲーションデバイスのカスタムサポートの資格が付与されるんだ。つまりこの"ロディ山シール"さえ貼ってあれば、俺のマエストロの資格の元で、このナビゲーションデバイスの動作は保証される!」

山に糸目がデザインされたシールを渡されて、カナトは返す言葉に困った。
言いたいことはわかる。
つまり目の前のロディは、ナビゲーションデバイスを個人で開発、サポートする権利があるのだ。

「端的に言えば、個人で修理屋ができるって感じだな……」
「おう、ヒルダ。俺よりわかりやすい説明サンキュー、あ、でも"何もしてないのに壊れた"は辞めてくれよ。そういうのはメーカーな?」

ロディは指先で工具を回し、慣れた手つきでデバイスを分解してゆく。
基盤を剥き出しにした所で、持ち出したハードを繋ぎ、ケースへと固定した。
動作チェックの後に、再びはめ込んで元に戻す。

「よっしゃ! 完成。あとはドライバとアプリだな」
「一体何を……」
「ずばり、新機能!ナビゲーションデバイスサーチシステム! 」

「自分の周辺にある他のデバイスを探知できるシステムで、レーダーみたいに機器を発見できるらしい」
「え……あの、それは、普通の通信と大差ないんじゃ……」

「甘いぜ嬢ちゃん。ナビゲーションデバイスには、パーティメンバーやフレンドの位置が把握できても、それ以外のデバイスの位置は把握できないだろ? でもこの機能は、フレンド、パーティ、の枠が超えたナビゲーションデバイスの位置が、半径50m以内まで探知できるシステムなんだ」
「枠を超える……」
「ナビゲーションデバイスの通信は、基本的に暗号化がされていて、受ける側のコードが一致しなければそれ以外の端末にはデータは受け取れなくなってるんだよ。だから、登録されていないデバイスの位置はあくまでコードが一致しないとわからないんだ」
「……」
「俺がいま嬢ちゃんのデバイスに追加したこれは、個々のデバイスが常に出している微弱な信号を解析して位置を教えてくれるスグレモノ! イレイザーなら、自分の周りにあるデバイスがいくつあるか知りたいだろ?」

確かに、気配だけではなくデータ的に見る事ができるなら便利かもしれない。

「早速使ってみてくれ、でもここは人数が多いから、どばっと出そうだけど」

返されたデバイスを確認すると、新規に山のマークが追加されている。
満足そうなロディに促され、サチホがアプリケーションを立ち上げると、デバイスを中心にしてレーダーのようなシステムが立ち上がった。
そして周辺に様々な色の点が浮かび上がる。
また数がカウントされ20機のデバイスが存在することがわかった。

「9、10、11……あれ? 20機もあるか?」
「すまないね。俺が店用と仕事用に5台持ってるから……」
「5台!??」
「店長は何かと大変なんだよ」
「ならあとは、他のウェイトレスさんか」
「いや、今日きてくれているのは、今ここにいる人だけだよ」

その場が静まり返った。
いまこのフロアにいるのは、耳付きのウェイトレス三人とカナト、キッチンにいるジンとマーキッシュを含めた11人だ。
ザークシーズが1人で5台持っているにしても数が合わない。カナトは嫌な予感がして、急いで店のバックへと戻った。

「冗談でしょ、きっと誤作動よね?」
「そんなことは……」

「外に並んでもいないようだけど……」

騒然となり静まり返る店内で、サチホは自分の鼓動が高鳴るのを感じた。
またククリールも、平静を装いながら嫌な予感を得ていた。
機械の誤作動とか、壊れるとかよくあるし、作りたてなら尚更だとすら思う。
しかしサチホの表情は余裕をみせるククリールとは違い引きつっていた。

「まってろ。俺の手にかかればデバイスの識別コードを……」
「……みなさん。ごめんなさい!!」

そう、サチホは叫び。
床を蹴って店を飛び出してしまう。

「サチホ!待って!」

ククリールも武器を手に取り、後に続こうとした直後、
脇の窓から強烈な破砕音が響き、黒服の人間が店内へ突っ込んできた。
音に驚き、身をかがめたククリールへ男は黒く鋭利な武器を投機。
投げられた彼女は、それを起き上がりで回避して赤い大剣を抜いて、唱えた。

「"グラヴィティ!!"」

爆圧が狭い店内へ波紋の様に浸透し、侵入してきた敵を吹き飛ばす。
壁に叩きつけられた敵を、マーキッシュが素手で殴りつけた。

「店長、無事か!?」
「無事だよ。いやぁ派手にやったね」

「店長ごめん。私いってくる。修理代はキリヤナギさんにツケといて!」
「あぁ、総隊長の……わかったよ」

カウンターを飛び越え、街へ出て行くククリールを見送り、その入れ違いでバックにいたジンが武器を構えてようやくでてくる。
テーブルがひっくり返り、ありとあらゆる食器が破壊された店内で、マーキッシュが侵入してきた敵の胸ぐらを掴んで抑えていた。

「マーキッシュさん、無事っすか!?」
「おせーよ、6th!急げ、さっきの子がやばい!」

後ろにいたカナトにも促され、ジンはククリールに続いて後を追う。

@

夕方の近いアクロポリスは昼の穏やかな雰囲気とはうって代わり、人々の活気にあふれて初めていた。
遠出から戻ってくる冒険者、露店を広げ出す商人、買い出しの為に家を出てきた市民。
様々な人々が入り乱れる中を、サチホは慣れたようにすり抜け、風を切るように駆け抜けて行く。
進行方向にいる人々は走ってくる少女にはまるで気づいた様子もなく。
またサチホも、体に染み付いたその身のこなしで風の間をすり抜けるように走っていた。
だが走れば走るほど、後ろの気配が確実なものになっていく。

追われている。
ナビゲーションデバイスに表示された不明の機器はおそらく自分を監視していた人間のものだ。
油断すれば、一緒に居た彼らが巻き込まれるかもしれない。
だからサチホは、彼らと離れなければいけないと思った。
無関係だと思わせる為にも一人で逃げて、巻いて戦わなければいけない。
撒いてしまった自分のタネは自分で摘まねばならないと、彼女の本能が告げていた。

アクロポリスの階段から城壁へと飛び移った彼女は、更に跳躍して前転、勢いを殺して着地した。
更に床を蹴って速度を上げて行く。

彼女が目指す場所は、障害物のない平原だ。
ここなら隠れる場所もなく、敵も隠れる手段が限定される。
だがそれは、サチホも同じだ。
条件が同じなら、殴り合いになる事は避けられないが、決着をつけられるならそれがいい。
延々と湿っぽく付きまとわれるぐらいなら、ここで全て決着をつける。
サチホは立ち止り、意を決して振り返ると、そこには未だ何も存在しない。
立ち止まってもまだ隠れて居る事に、サチホは呆れたが、でてこないなら炙り出してやればいい。

サチホは懐から二本の巻物を取り出し、留め具を外して目の前に広げると両手で印を結ぶ。

「火遁!! ファイアブラスト!!」

広げられた巻物が、赤い炎を散らして破裂する。
火花が舞い煙に巻かれた敵の影が見えた。
サチホはそれを確認して、黒い袋をくくりつけたクナイを、敵の足元へ放つ。
突き立った瞬間、再び印を結ぶと袋が破裂。
詰められていた墨が床に飛び散り、敵の足元を真っ黒に染めた。
足に墨が塗られた為、これで"クローキング"をされても足跡が残る。
位置さえわかれば戦える。
後ろへと一歩後退して、サチホは更にクナイを投機した。
回避に気を取られた相手に対して、サチホは小型のグレネードの安全装置を外して投機。

真っ白な閃光が弾け、敵の姿が晒された。
即座に短剣を抜いて、敵に狙いを定める。
腰を下ろし、体をバネにして突っ込んだ。

「"刹那……!"」

音もなく気配すら残さず、一閃を敵へと叩き込む。
だがそこに手ごたえはない。

"幻視空蝉"。
あらかじめ唱えて置く事で、必ず回避ができるスキルだ。
読まれていたのか。

背中を取られないよう体制を整えようとした時、サチホは、脇に気配を察知。
即座に"クローキング"で姿を眩ませると、今度は敵が真っ黒な霧を散布。
"スキャターポイズン"だ。
即座にクロークで口元を覆い、散布された霧から外へとでた直後。
地面に設置されていた機器が爆発。
"クローキング"が解除されてしまう。

再び姿を隠そうと体制を整えたが、いつのまにか回り込んできた敵にこめかみを強打され、地面へと叩きつけられた。
僅かに血が滴り、痛みで立ち上がれなくなる。

刃で刺せば殺せたはずなのに、敵は殴ってきた。
手加減された……?
サチホの中に言葉に出来ない悔しさが込み上げてくる。

「大人しくしろ……!」

うるさい……。でも身体がうまく動かない。
こんな所で、こんな場所で終わりたくはないが、敵の思うツボになるぐらいなら、自分で……。

そうサチホが、渾身の力で懐に手を伸ばそうとした時、
耳を覆うような破裂音が、その場へと響き渡る。
また、目の前にいた刺客が声を上げて横に倒れた。
何が起こった?
さらに数発聞こえた破裂音にサチホは思わず耳を覆った。
エコーの様に響く痛みに耐え、じっと目を凝らすとジャケット姿の男が、敵をまっすぐに睨んでいる。
彼はさっき飲食店のバックにいた皿洗いの男性だ。
巻き込んではいけない。
サチホが起き上がろうとする前に、"クローキング"で隠れていたらしい敵が動くのが分かった。
いくら拳銃でも、姿が見えなければ当てようも撃ちようもない。
何人いるかもわからない中で、相手にするのは部が悪すぎる。
肺に空気を溜めて逃げてほしいと叫ぼうとしたサチホに対し、男は武器を縦に構え唱えた。

「"クレアボヤンス"」

ジンは、何もなかった視界がクリアになるのを感じた。
いるかどうか分からない世界が、居る世界に変わり世界が開けた感覚にすらなる。
向かってくる敵は2人。
速さは普通。
リゼロッテより遅い。
同時に向かってくる敵は、こちらが見えていない事を前提とし、大振りに武器を構えてきていた。
回避は難しくはない。
ジンはチャンスだと思った。
敵はこの攻撃を外せば、次の攻撃に移る前に隙ができる。
右は"刹那"を構える敵、左は"ヴェノムブラスト"だろうか。
どちらも食らうと危ない。
だからジンは、後ろではなくあえて前転をした。
後ろに飛べば、敵は立て続けに仕掛けてきて、対応が難しくなる。
またスキルをあえて受けられるほど、ジンは体力も力もない。
だから前へ回避することを選び、そのまま敵の背後を取る。
これはジンが、以前キリヤナギにやられて対応がとても難しかった動作だ。
普通の判断なら、前に突っ込むなど攻撃をうけに行く様なものだが、今のジンには分かる。

銃は、動いている敵へ当てるのが難しい。
いくら命中に長けた射手でも、矢や弾丸は真っ直ぐにしか飛ばないし、放った後でのコントロールは魔法的な技術がなければ不可能だからだ。
その上で飛び道具の場合、当たらなければ全てに意味がない。
当てようとするならば、敵の動きを予測するしか方法がないからだ。
またそれは、命中に長けた人間であればあるほど顕著に現れ、さらに当てるのが難しくなる。
故にキリヤナギは、動くことで回避を選んだのだ。
命中に長けたジンを知り、その上で動き続けて撹乱されジンは負けた。

今でも勝てる気はしない。
何故なら未来予測なんて能力を持ち合わせていないし、肉弾戦でもそもそも体力から負けて居るからだ。
だがこれから先、体力のある相手と戦う事は増えるとジンは思った。
なら出来るだけ、体力を使わないように戦わなければいけないと考えた。
苦手な事をしり、それをカバーできる自分だけのスタイルを考えたとき、ジンは一つの結論に至る。
弾丸を必ず当てられる場所に間合いを取る。
敵を攻撃が当たる位置に誘導できれば、あとは勝ちに行くだけだ。

二人の間をすり抜けるように潜り、ジンは敵の後ろを取った。
"クローキング"に甘えた、大振りの動作からの修正は時間がかかる。
ジンが抜いて構えるまでの時間には十分だ。
迷いなく放たれた二発の弾丸は、相手の足を打ち抜き、肩も一緒に撃ち抜く。
油断してはいけないと思うが、"クレアボヤンス"は便利なスキルだと素直に感謝した。
元々相性がいいとグランジに勧められたが、彼の言葉は確かに間違いないと再認識する。
ジンは倒れた敵に二丁の銃を向けて牽制しつつ、頰に血を流す少女を確認した。
意識はあるようだが、まだ背は低くて細くあどけなさが目立つ女の子だった。
いくら仕事だと言っても、こんな少女を殴るなんて許せない。

「女の子を本気で殴るなんて、最低だよ! お前ら!」

そこなのか。
サチホは心の中で冷静に突っ込んだ。
だがよく見たら彼は頰を僅かに赤く染めて居る。
意外と初心なのだろうか……。

「動けそう? 離れられる……?」

冷静に問われたサチホは、体を起こそうとするも、めまいがひどく上体が持ち上がらない。
ジンは仕方なく敵が意識を失った事を確認して、サチホへと駆け寄ると、近くの木陰まで運んだ。
彼が唱えだしたのは、乏しい魔力から唱えられる"ヒーリング"。

「ごめん。俺じゃ応急処置ぐらいしか……」
「いえ、ありがとう……ございます」

小さくも優しいヒーリングの余波に、サチホは安心したのかそのまま意識を手放してしまった。

黒蜥蜴からククリールを追ったジンとカナトは、サチホを見失った彼女と合流し、三人で北、西、東と、手分けして彼女を探した。
どこまでいったか、どこに行ったのか分からず、ジンが北の稼働橋までくると、塀を飛び越えたイレイザーの少女が目撃されていて、ジンは武器を抜いた状態で平原を探していた。
幸い、小規模な小競り合いを見つけた為に、割り込むことができたが早急に発見できたのは運が良かったと思う。
その後、ククリールを含めた、カナト、マーキッシュと合流したジンは、襲ってきた男達を、来てくれたセオに任せ、少女は一度、カナトの自宅で匿うことになった。
そこで一緒に居たククリールから事情を聞くことになる。

「キリヤナギさんは、狙われるかわからないと言ってたんだけど、まさか本当にくるなんて……」
「奴も断られた手前、あまり干渉するのは避けたのでしょうが……今回はククリールさんが居てよかったと言わざる得ません」

「どういう根回しだよ。気色悪りぃ……」
「マーキッシュさん……」

杞憂の可能性はあったとは言え、キリヤナギのこの手の予想は的確だ。
経験則もあるだろうが、後手に回らず対処できたのは幸いだったと思う。

「それで6th。どうすんだ?」
「俺? んー、そもそもなんで狙われてるのかわかんねーしなぁ……」

「んん〜。あんな小さな子を狙うなんてろくなやつじゃねぇだろうな」

いつの間にか会話に混ざってくるロディに、ヒルダを含めた皆が返しに困っている。
しかし、刺客の存在が分かったのも彼の手柄で無碍にはできないと思っていた。

「敵の目的が分からない以上。サチホ嬢を匿う以上の対処は難しい。……今時暗殺など私には信じがたい話だ」
「カナト、それなんだけどさ……。ちょっと気になった事があって」
「何だ?」
「俺、時々演習にでてるだろ? それでやっぱり後ろから援護するから、よくイレイザーの人が回り込んでくるんだけど」
「それがどうした??」
「最後まで聞けよ……それで、対処するんだけど、大体向かってくる奴って一撃で決めようとするんだよな」
「一撃?」
「そそ。一撃、だから"刹那・悪鬼"とか、"影縫い"からのコンボとか、最初から容赦ないっていうか……」
「……」
「えっと、つまり……」
「本当に暗殺する気があるなら、怪我ではすんで居なかったのでは……、という事か?」
「それ!」

一理ある。
暗殺を生業とする人間ならば無駄なくスムーズに仕事を完遂させる為、確実に殺しにくるはずだ。
元々隠密を主とするスカウト系は、クラスアップする毎に、人体に大きく影響する部位も学ぶらしい。
人を知り尽くす彼らが、少女に遅れをとるとは考え難いし、情があったとも思えない。

「暗殺よりも、攫いたかった……?」
「…………かわいいから?」

……。

「ジンさんサイテー」
「見損なったぜ、6th」

「な、なんで!?」

この男は素直すぎて不安になる。
しかし、タイタニア達の美しさに惹かれ攫おうとする人間も見ているので、可能性がないとは言いづらく、否定もできない。
敵の目的が分からないにしても、狙われている事実は変わらないならやる事は一つだ。

カナトが一息つくと、サチホを寝かせている部屋から、月光花がでてくる。
ウァテス系の彼女は、負傷したサチホを治癒する為に、わざわざ聖堂を早抜けして自宅へと足を運んでくれていた。

「話聞いてだけど、アンタ本当に懲りないわねー!」
「うるせぇ、かわいい子かわいいって言って何が悪いんだよ」
「開き直ってんじゃないわよ。第一印象サイアクよそれ」
「え、まじ……」

普段空気に、カナトは緊張が解れていくのを感じる。
ジンは自身に向けられる感情には敏感だが、自身が向ける意識は酷く不器用だ。
しかしこれは、カナトも大概である為に人の事は言えない。

「お金持ちさん。この人に任せて大丈夫なんですか? 」
「カナトです。ククリール嬢、ご心配されずとも奴にその度胸はありません」

「カナト、お前それブーメランってわかってんの??」

ジョークのつもりだったが、癪に触ったらしい。
ククリールはなかなか名前を覚えてなぁと呆れていると、自宅に来客を知らせるベルが鳴った。
ジンが代わりに出ると、白服に赤いクロークを羽織る見慣れた彼がいる。
エミル・ガーディアンのキリヤナギと、迷子防止役のグランジだ。

「来ると思っていた……」
「総隊長……」

「……サチホ、いる?」

第一声から述べられた名前に、カナトは只ならぬ空気すら感じる。
おそらくセオから聞いたのか、ここまではカナトの予想範囲内だ。

「心配してたのか?」
「そうだよ。目が覚めたらまた断って何処かに行ってしまうんじゃないかって……、まだ起きてないなら分からないけど……」

マーキッシュの怪訝な視線に、キリヤナギは居心地が悪そうにも見える。
彼には悪いが、カナトはキリヤナギに聞きたいことがあった。

「裏は取れてるのか?」
「それ君が聞くことなの? 別にいいけど……」
「……」
「差し向けてるのはアイアンサウス連邦の傭兵団って事だけかな……」
「アイアンサウス……!?何故だ?」
「それは今から調べるよ。でもその前に、彼女の身柄を僕が保護したいんだ、渡してくれないかな?」
「断られたのでは?」
「そうだよ。でも事情的にそうも言ってられなくなったから……」
「……」
「素直に言うね。狙われている彼女を、君の傍に置いておきたくはない。次は何人でくるかわからないし、ジンでも二人守るのは無理がある。ここは手分けしようよ」
「敵に暗殺の意思が無い可能性もあるが?」
「この僕が、君の周りに危険が蔓延ることを許すと思うかい? うろつかれる事自体が不愉快なんだ」
「感情論とは……珍しく気が立っているな。また理不尽な扱いでも受けたか?」
「同情は不要だよ。いつもの事さ」
「なら私も素直に言おう。一度頭を冷やしてでなおせ、キリヤナギ」
「……っ!」
「サチホ嬢には、目覚めてから私の事情を話して理解を求める。ジンでも無理があるのもわかっている。連邦が絡み、手に余るのも分かる……だからこそ、彼女の意思を尊重したい。どうだ?」

キリヤナギはしばらく黙っていた。
グランジは目を瞑り、何も言わずに動きを待っている。
ジンとマーキッシュ、月光花、ロディ、ヒルダ、ククリールの視線を受けたキリヤナギは、何も言わずにクロークを翻し、家から出ていった。
緊張が途切れた自宅で、ジンが思わずため息をつく。
キリヤナギは機嫌が悪くなるといつもこうだ。

「なんで怒ってんの……」
「アクロポリスで問題が起こる事は、奴にとってのプライドが傷付いた事と同義だ。根回しをしていた分、放っては置けなかったんだろう」

「けっ、めんどくせぇ……」
「でも、それだけサチホを心配してるって事?」

「そうとも取れます。でもこれでキリヤナギも本気をだすでしょう。我々はサチホ嬢が目覚めるまで護衛していればいい」
「つーか、なんで俺らが頭数に入ってねぇんだ? 俺だって一応は元ランカーだぞ?」
「マーキッシュ殿。それはこの場における"キリヤナギが兵として扱える人間"が、ジンのみと言うことでしょう。奴にとって我々一般人は、保護対象に他なりません」
「アウトオブ眼中ってか? 気分わるいぜ」

「それなら、いっそ私達が守り通して、キリヤナギさん実力を見せつけちゃえばいいんじゃない?」
「ククリール嬢。それも手段ですが、守り通しても、キリヤナギの我々に対する意識は変わりません。それにお言葉ですが、敵が連邦の可能性を含む時点で、貴方がたを頭数に含んだとしても最善とはいいん難い」

「なんでだよ!」
「この人数で"軍"を相手にしなければいけない可能性が含まれたと言うことです。まだ確定ではありませんが」
「はぁ……?」

「やめようぜ、カナト。俺もわけわかんねぇ」
「……そうだな、どちらにせよ。今すべき事は変わらない。いざとなれば私が相対すれば良い」
「は!? 本気かよ……」
「戦闘ではないぞ?」

ややこしくなって来たが、カナトの口の強さはジンも十分知っているし、戦わず事が終えられるならその方がいい。
なるようになるだろうと思った手前、キリヤナギが帰った後もカナトは何か考え事をしているようにも見える。
心配そうにも見えるその表情に、ジンは興味本位で口を開いた。

「カナト?」
「……あぁ、いや……皆様は本日どうされるのかと」

「サチホが心配だし、泊まらせてもらえたらいいなぁって……」
「俺も、今日は家にゆっこと姉妹がいるし、付き合うぜ。店も修理が終わるまで開けれねぇみたいだしな」

「このロディ様が、か弱い女の子を見捨てるわけないだろ!!」
「てめぇはそう言って、ファリアスの飯が怖いだけだろ!!」

この二人も家庭事情が色々ありそうだ。
予想はしていたが、皆泊まる気である事に、カナトは再び深刻な表情を浮かべる。

「……泊られることに関しては構いませんが」
「なんか問題あんの?」
「布団が無い」

……。
ジンも言われてから気づいた。
たしかに今までは、来客用の部屋とソファがあり、二人までは泊まれた為、不便に思った事がなかったが、今日はサチホも合わせて5人も居る。
しまってある夏用の布団を持ち出しても足りないし、リビングは天井が高く、暖房の効きも悪いので、床で寝ると風邪を引きそうだ。

「実家から送ってもらうか?」
「ルナ、それなら皆で実家に泊まる方がいい。サチホ嬢にも移動してもらう事になるが……」

「別に俺は床で寝るぜ?」
「俺も俺も」

「男性はそれで良さそうですが……」
「私は、飯作って待ってる仲間がいるし帰るさ。ロディだけ任せる」

「サンキューヒルダ、ロードによろしく言っといてくれよ!」
「家事サボったペナルティ、覚えてなよ」

ヒルダの黒い笑顔に、ロディは僅かに顔が引きつったのが分かった。
結局、ヒルダと月光花は各々の庭へと戻ることになり、今日は4人がカナトの自宅で寝泊まりする事になる。
カナトはルナへ、洗ったばかりの清潔な絨毯を弾き直させると、しまっていたコタツもだして、出来るだけ冷えないように環境を作った。

「すげーいいものあるじゃん。なんでしまってたんだ?」
「ロディ殿はご存知でしたか、我々も昨年末まで使っていたのですが、余りにも寝落ちてしまうので、ジンがついに風邪をひいてしまい……」

「言うなよ……」
「カナトも動かなくなるので、俺が片付けた」

複雑な家庭事情だった。
先程からちらつく尻尾のついた大男は、お茶をだしたり家事をしたりと使用人のように働いている。
ルナと呼ばれた彼は文句一つ言わず、何をしても疲れた様子のなくて、マーキッシュは怪訝な目で睨んでいた。
結局、ロディとマーキッシュはコタツに潜り、ククリールはサチホと同室で眠る事になる。

そして夜も更けて日付が変わった頃。
部屋のひんやりとした空気に促され、サチホがようやく意識を取り戻した。
頭に包帯が巻かれているが、痛みもなく、よく寝たおかげか意識もはっきりとしている。
見覚えのない空間に困惑したものの、隣の床で眠るククリールをみて少し安心した。
一瞬彼女の自宅なのだろうかと思ったが、そっと部屋を出ると、一階のリビングにマーキッシュとロディがコタツで寝ている。
庭にしては広い家で家具も豪華だ。
誰の自宅だろうかと、部屋を見回していると、隣の部屋の扉が開き、大型犬のような凛々しい狼がでてきた。
銀の毛皮は月夜に輝き、こちらを心配そうに見つめている。
サチホ周りを一周回った後、狼は階段を降りて家の外へ出て行った。
急いで後を追うと、狼の姿は見たらず満月を背後にして尻尾を生やす男性がそこに立っている。

「……あの、こんばんは。今ワンちゃんが出て行きませんでしたか?」
「……狼なんだが」
「え、あ、そうなんですか……。すみません、お家で飼われてるからてっきり……」

長身の男性は笑ってくれた。
夜の空気は予想以上に冷えてサチホは思わず肩を抱く。

「すまない。冷えるか……?」
「少し……でも大丈夫です、私はもう行かないと……」
「何故だ?」
「……みっともないじゃないですか。主君を守る忍である私が、自分の失敗で誰かに庇われて、守られて……助けられて……」
「忍……?」
「ごめんなさい。私の家は、古くから当主に仕え、生涯を捧ぐ忍の一族なのです。私はその家の長女として生まれました……。でも、代々で家を継ぐのは男性だと決められていて、女はくノ一となり、里を外敵から守らなければいけないのです」
「おまえもそうだったのか?」
「はい、でも里の本家から生まれた女の子は、ある一定の年齢になると、自分の主人を見つける為に里をでると決められているのです」
「それで出てきた?」
「……はい、ずっとそう教えられてきましたから」
「……」
「話をもどしますね。そんな当主を守るべき私が、誰かに守られるなんて、みっともないし、忍失格です……だから」
「……そうか。お前の信念に俺がとやかく言うことはしない、だが少し疑問がある」
「疑問……?」
「俺はロアシリーズの9番目の武器、ワーウルフのAiを搭載した"ワーウルフ・クロー"。名称はワーウルフ・ロアだ。持ち主となるカナトから与えられた名前は、ルナと言う」
「ロア……武器……?」
「俺のAiは、武器となるために組まれたものであり、持ち主が安全に、操作できるようサポートの為に組まれたものだ。だが今の俺は、武器であるはずの物を外され、"側"でしか出力することができなくなっている」
「ガワ……?」
「武器としての形はあるが、本質となるスキル"アナザースキル"は、今の俺には無い……。つまり、武器である筈の俺は、他のロアシリーズと同じような武器ではなくなっているんだ」
「……」
「お前の"忍失格"なら、俺は"ロア失格"と言えるのかもしれない」
「貴方は……」
「同じ失格なら、俺もジンやカナトと一緒に居るべきでは無いのだろうか……?」
「貴方には、居場所があるんじゃ……」
「お前には無いのか……?」
「え……」
「今日のカナトとジンは、ずっとお前の話をしていた。俺は聞いて居るだけだが、護衛すると、放ってはおけないと話していた」
「……」
「お前の言う居場所が、どのようなものか分からない。だが、護衛したいと言う人間が居る場所から、護衛すべき人間がいなくなるのは困ると思う」

生まれてきてから今まで、ずっと心に思っていた事は、他ならぬ自分以外の人を否定してしまう事につながって、サチホは少し混乱した。
また、迷惑をかけない為に出て行こうとしたのに、出て行く事が困るなど、考えもしなかった事だ。

「私は忍なのに、守られるなんて、そんな……」
「それはお前にとっての、禁忌なのか?」

考えなかったわけではない。
この街に来てから、人並み関係に僅かでも憧れてしまった。
誰かと一緒に、誰かを助けて、助けられる関係。
忍である限り、無縁なものだと自分に言い聞かせてきたのに、今、目の前に居る彼の言葉は、自身の思う以上に心を揺さぶられる。

抑えていた感情が吹き出しそうになり、サチホは思わず胸を抱いた。
突き刺さる寒さにも堪えようとしたが、後ろからふわりと暖かい布が被せられ驚いてしまう。

「きゃっ」
「何してるのー! 風邪ひくでしょ」
「く、ククリールさん」
「ルナだっけ? あんた深夜に女の子連れ出すなんてサイテー! 知ってる? 体感気温って男女で5度ぐらい差があるの、あんたの寒さよりもサチホはマイナス5度の気温で感じてるのよ。風邪ひくじゃない!」

「そ、そうなのか……すまない」
「あの、ククリールさん違うんです。彼は……その……」

「サチホ、早く中に入ってあったまって、貴方が起きた時のために、お風呂もちゃんと洗って炊いてあるから、お金持ちさんが夜食も作ってくれてるしね」

サチホはそのまま、家に引っ張り込まれてしまった。
ルナも後に続いて家に戻ると、マーキッシュが全て聞いていたのか一瞬こちらをにらみ、安心したように寝返りをうつ。
結局サチホは入浴して、夜食も食べて、何故か用意されていた女性用の寝間着も借りて、暖かい布団で夜を明かした。

@

こんなに人が居る自宅は珍しいと、カナトは新鮮な気持ちで朝を迎えた。
起きたらロディはまだ眠っていて、ジンとマーキッシュは二人で組手をしたり、ストレッチをしたりしている。
普段なら寝間着のまま、眼が覚めるまでゆっくりしているが、今日は女性も泊まっているので早急に顔を洗って着替えた。
ルナだけに朝食を準備させるのも時間がかかるし、今日は二人で台所に立つ。

「ぅぅ……さみぃ……」
「ロディ殿。大丈夫ですか……?」
「ちょっと頭痛がしてくしゃみが出るだけだよ……平気だ」

それは風邪をひいたのではないだろうか。
冷えないようにと、一応空調もいれていたがひくときは引いてしまうので仕方ない。

「別に寒くないし、すごく丁度いいと思うけど……サチホは?」
「私も平気です。外は冷えますが……お2人はすごいですね」

「マーキッシュ殿もジンも、あれが趣味のようなものですから」

カナトの後ろで、ワーウルフもまたフライパンを振っている。
サチホの実家では主に母が台所に立っていた為、男性二人がキッチンにいる光景はとても新鮮だった。

@

「へぇ、サチホの実家って結構厳しかったのね」
「私は生まれてから今までそうでしたし、周りも同じだったので厳しいかどうかは分かりませんでしたけど……」
「十分厳しいと思う! 私は家とかよく分かんないけど、別に誰に言われてここにきたとかでもないし? 好きにしてきたもの、そういうシキタリって言うのすごくめんどくさい感じ」

出されたスープを啜りながら述べるククリールに、サチホは苦笑していた。
風邪を引いたロディだけコタツで毛布にくるまり、後の5人は自室の椅子を持ち出して対応する。

「そんな場所、聞いた事ないんだけど?」
「このアクロニア大陸も、全ての土地が開発されているわけでもない。未だ北東や南西の地は人の手が入らない獣道ばかりで、地図にはない村も数多存在するからな。お前の故郷もそうだろ」
「ま、まぁ、そうだけど、俺の場合は地図にないと言うか消えたからなぁ。でも前に総隊長に連れていかれた場所は確かに山奥だった気がする」

「つーか、呑気に土地の話してんじゃねーよ。サチホ……先生? 何で狙われてんだ?」
「先生……?なんでですか?」
「な、なんとなく……」

「へぇ、マーキッシュさん、照れてる?」
「照れてねぇ! ぶん殴るぞククリール!!」
「女の子殴るなんてサイテー!」

朝から賑やかな食卓だ。
くしゃみが止まらないロディに、ルナが生姜湯を用意してくれている。

「それで!! 敵の目的だろ? サチホ先生は覚えないのか?」
「はい……確かにミスはしてしまいましたが」

「そもそも、どのような依頼でアイアンサウスに?」
「内容は、傭兵団の幹部さんから受け取った書類を、アクロポリスの混成騎士団南軍の団長に受け渡すと言うものでした……」
「それは……連邦に狙われる事に関して筋が合わないのでは?」
「はい……しかし、仕事が他の団員に知れてはならないと言う機密があったので、私はそのせいなのかなって……」
「なるほど……その書類の存在が知れてしまい、伝えられては困る人間が報復しようとしていると……」
「……多分」

「でもそれなら昨日、やろうと思えば出来そうだったけど」
「ジン……」

「いいんです。私も手加減されてたの、わかりましたから」
「……殺すよりも攫いたかったなら、意味合いは違ってきますが……」

「んー。わっかんねぇなぁ……」
「サチホ、そもそもバレた理由ってなんだったの?」

「それは……」
「……」
「書類を受け取って、脱出しようと屋根裏を忍んでいた時に、たまたま天井に穴が空いていて……」
「それで?」
「つい出来心で覗いたら、女の子の格好をした傭兵団の幹部さんと目があってしまって……逃げたんですけど、追手がきてアクロポリスまで……」

……。

「ごめんなさい。サチホ、意味がわから無いんだけど?」
「傭兵団には、女性もおられたのですか?」

「いえ、鍛えられた男性ばかりです。女性はおられません」

……。

「サチホ、ごめん。事実確認ができたから、もう一度言ってくれる?」
「え。ですから、天井裏で忍んでたら……」
「もうちょっと先」
「目があって、追っ手が……」
「行き過ぎ」
「女の子の格好をした傭兵団の幹部さん……?」

……。

「いや、まさか……」
「流石にないだろ……」

「しかし、人によっては今後の進退に関わる可能性も」
「カナト、落ち着け」

「ぶぇっくし!!」

皆の箸がとまり沈黙がながれた。
まさかと思う中で、今のサチホの言葉を聞くと、どう捉えても"見てしまった事"が要因にとれるからだ。
しかも内容が余りにも衝撃的で言葉にすらならない。

「ぶぇっくし!」

ロディのくしゃみが響いて、テーブルの彼らが我に返る。
黙っていても話は進まない。

「ともかく、今朝メールが来て、午後にはキリヤナギが来るそうです。それまでにサチホ嬢の情報を整理したい」
「キリヤナギさんが……」
「昨日、奴は貴方を心配して保護したいと申し出てきました。どうするかは貴方次第ですが…」

「ククリールに根回しもしてな……」
「ちょっと、誤解しないでよ!! 私は誰の言うことも聞かない、キリヤナギさんとは確かに知り合いだけど……」

机を叩いて立ち上がったククリールに、賑やかな食卓が騒然とする。
マーキッシュは微動だにせず、またサチホも確認するようにククリールを見上げた。

「ククリールさん……?」
「私ね。キリヤナギさんに貴方を紹介されたの、お友達になれそうって……私、女の子の友達いなくってさ。ちょっと興味が湧いちゃって……貴方が気になってたのは間違いないから、気に障ったならごめんなさい」

嫌われてしまうだろうか。軽い気持ちで、ちょっとした興味で声をかけた事。
初めは面倒に思った。
でも話して見て、関わって、ククリールの知らないことを話すサチホに興味が湧いた。
どこから来たか、どうしてきたのか、何もかもが初めての話で、いつのまにか本心で話している自分がいた。
もっと仲良くなれれば教えてもらえると思うと、嫌われたくないとも思ってしまう。
人にどう思われるかなんて、諦めたと思っていたのに……。

「そっか……」
「サチホ?」
「最初、緊張してらしたのはそのせいだったんですね」
「へ……」
「だって、挨拶がとっても変だったし、無理してらしたから……」
「え、あ、まぁ、うん……私、本当は人が苦手で……」
「無理されてるのに、何故声をかけてくださったのか分からなかったんです、でも、はっきりしました」

サチホはそっとククリールの手を握ってくれた。
昨日ひえきっていたその手は、今はククリールよりも暖かい。

「人が苦手なのに、声を掛けてくださってありがとうございます。貴方が居なければ、きっと今の私はいなかった……だから、私、ククリールさんのお友達になりたいです」

嬉しそうに微笑んだサチホに、ククリールは真っ赤して固まってしまった。

「いいのかよ。そいつ、キリヤナギに言われて先生に近づいたんだぜ?」
「そうかもしれません、でも、本当に騙す気ならマー君みたいに忠告する人の所へなんて連れていかないでしょう?」
「まーく……、そ、そうかも知んねーけど……」
「それに、ジンさん……?」

「俺?」
「戦ってるのとってもカッコ良かったです」
「え、そ、そう! 女の子に言われたら嬉しいな……!」

「それと、お金持ちさん?」
「カナトです」
「ここは貴方のご自宅なんですね。昨日ククリールさんから伺いました。今更ではありますが、大事なお部屋を貸して頂いてありがとうございます。お風呂や寝間着まで、お夜食も美味しかったです」
「貴方が冷えずにいられたなら、それが私にとって幸いです。ごゆっくりお寛ぎ下さい」
「……私は何も、何かをした訳でもないのに、ここまで助けて頂いて、今更そんな嘘なんて咎める事はできませんよ……」

「サチホ……」
「私は忍で、ずっと一人で生きていく運命だと思っていました。だれにも助けられるべきではないと、いずれ出会う主君を守る為に、全てを捧げる覚悟として……でもそれは結局、私が私を勝手に縛っていただけだったのかもしれません」

「誰しも一人で生きていく事は出来ません。私もそれをジンから学んだ。サチホ嬢もまた、誰かの為にありたいと願えば、我々もそれに答えます」
「はい、ありがとうございます。カナトさん」

「……そうは言うが、カナトさん。アンタにも事情があるんだろ」

和やかな空気を裂くように、マーキッシュは空気を戻す。
彼は彼でキリヤナギに頼るのは気に入らないのか、説明しておくべきことは全部言っておけと言うことらしい。
フェアに構える為にもカナトは素直に話す事にした。

「まだ何か……」
「実は、大きくは構えたものの。私は対人が得意ではないのです」
「それは?」
「対人が可能なのは、ここにいるジンと元ランカーのマーキッシュ殿。ククリール嬢は……」

「演習なら時々でてるけど……」
「ククちゃん、演習はゲームだけど、対人は命に関わるしここは無理しない方がいいと思う」
「えぇ、別にそんな……」

ジンの真面目な言葉に、ククリールは迂闊にも推されてしまった。
頼りなさそうに見えるのに、そんな真っ直ぐな目で突然見られたら困ってしまう。

「人数はおりますが、実際に対抗できるのは二人。この場で戦闘が発生した場合、二人は我々四人を守って戦わなければなりません。この状況をキリヤナギは危険だと見ている」
「はい」
「昨日のキリヤナギは、サチホ嬢の身は自分が預かりたいと提案してきました……私も最善ではあると思いますが……」
「……分かりました」
「……いいのですか? 一度断られたのでは」
「え、はい。たしかに断りましたが、カッコ悪いかなって思っただけだったので……大丈夫だと思います」

……。

「カナト?」
「いや、なんでもない。私の考えすぎだったようだ」

「あ、きになるー! もしかして色々気を使ってたり?」
「もういいだろ、お前も話せよ。気になるし」

「いえ、断られたと仰っていましたから、……奴に何かよからぬ事を……されたのかと……」

……。

「お前も大概だな」
「ジンに言われたくはない!!」

このタイタニアも意外と隅に置けなかった。
だがあのキリヤナギを毅然と追い返したのを見ると、カナトはカナトなりに心配していたのか。

「キリヤナギの保護を拒否する口実を考えてはおりましたが、必要は無かったようです」
「なら俺らはもう解散って感じか」
「いえむしろ、キリヤナギと相対した後に必要になりそうです」
「は?」
「それまでは、今しばらく」

何事も無かったように話すカナトだが、若干後悔したらしく、赤面がなかなか戻らない。
カナトもジンもこんな大勢がいる食卓は慣れていないのだ。
自宅である手前、外出時とは違い緊張感がなく、つい余計なことも話してしまうが、ただの知り合いとは思えない空気感もあり、ジンは素直に楽しいと思えた。

会話に花が咲く中、コタツのロディはテーブルへ端末を広げ、庭周辺のデバイスを監視している。
元々高い位置にある為、ローカル範囲だと庭にいる彼らと、近場にいる庭のデバイス数台ぐらいだし、近づいてくるものがあればすぐに分かる。
幸い庭は移動するし、アクロポリスに停止する庭もかなりある為、その中から特定するのは難しい。
危険かもしれないが、地上いるよりも何倍も安全だと思う。

「ぶぇっくし!」
「ロディ殿。あまり無理されずおやすみ下さい」
「うぅ……。わりぃ、ちくしょう帰るかなぁ……一応モニターしてんだけど」
「ありがたくはありますが……」

「監視しといてもらえよ。ホンモノみたいだからな」
「うぃー、まぁマーキッシュさんにそう言ってもらえるんならぁ……」

ロディも協力的なら居てもらうに越したことはない。
結局彼を寝かせたまま、6名はキリヤナギと相対することになる。
昨晩とは打って変わり、落ち着いた表情で現れたキリヤナギとグランジは、起きているサチホを確認して笑顔を見せた。

「こんにちは、お邪魔します」
「こちらから赴けず、悪かったな」
「別にいいよ。庭の方が安全なのは間違いないから、それでどうなったの?」
「一応はお前の保護を受ける方向でまとまった」
「そっか、わかった」
「だがその前に、伝えるべきか悩んでいる事がある」
「へぇ、僕もだよ。せっかくだし交換しようか」

キリヤナギの声のトーンが変わり、ジンは空気が変わったのを感じた。

「私は今朝、サチホ嬢から今回の件について、どのような経緯があったのか聞いた。要因は秘密文書の存在が明るみになった事だとは憶測するが、それでは筋が合わず、別の要因を模索している」
「へぇ、カナトはその目処があるの?」
「予想だかな……」
「ふーん……僕もさっき混成騎士団南軍の団長から、サチホに今回の功績を称えたいとして問い合わせがあったよ」
「っ! それは……」
「もう一度ちゃんとお礼したいってさ……呼び出したその場に、誰がいるかは知らないけどね」
「……」
「サチホはどうする?」

「私、ですか?」
「怖いなら怪我や体調不良を理由に断れると思うけど」

「しかしそれは、更に襲撃が増える可能性もあるのでは?」
「僕がそれを許すと思うかい?君が思うほど、僕は甘くないよ」

説得力がないなぁと、ジンは心の中で突っ込んだ。

「いずれにせよ。直接コンタクトを取ろうとしている時点で向こうの人材は尽きたか……」
「多分ね。だけど、僕が相手にした敵からしか、アイアンサウスの情報は拾えなかったし、昨日の敵は既に外注だったから、関係性の裏づけも取れなかった」

「総隊長戦ってたんすか!?」
「うん、サチホが降ってきたと思ったら、後ろから」

「飛び降りただけですから!!」

この2人の経緯もかなり気にはなるが、今はその話ではない。

「1回目はいいとして、2回目は引っかかるな」
「それはどういう?」
「ジン、このアクロポリスで騒動を起こせば、キリヤナギのような自治組織が動き、調査が入ることになる。そうなれば、身を隠したい人間からすれば厄介だからな」

「そうだよ。僕も舐められたものだと思ったけど…….カナトって、一応現場に居たんだっけ?」
「居たな」
「…………煽ったんじゃないの」
「無礼だな。私がそんな……」

カナトか即答しかけた時、コタツのロディがまたくしゃみをした。
それを聞いて、カナトは思わずはっとする。

「……カナト?」
「……まさか」
「へ、流石に冗談だよね??」

2回目の襲撃は、確かロディの探知システムが不明な機器を捉え、サチホが飛び出して行ってからだ。
店に飛び込んできたのが、サチホの所為ではなく、システムによって位置が割り出される事を危惧したからだとすれば?

キリヤナギは、カナトから探知システムを聞いて半ば呆れたため息をついた。
そして、コタツで寝込むロディを睨む。

「店にきた敵は、そもそも襲撃するつもりは無かった……?」
「監視だけのつもりが、アプリでバレたから、機器潰して強行しようとしたんだろうね……。全く、そこの人! 新しいアプリ開発もいいけど、位置を知られたくない人もいるんだから、あんまり身勝手なものは開発したらだめ!」

「ぇー、便利なのにぃー」
「パーティ登録すれば仲間の位置ぐらいわかるでしょ!!プライバシーの侵害!!」
「これのおかげでストーカー見つけれたんだぜ?」
「位置がばれて強襲される方が危険じゃないか。ジンやマーキッシュが居なかったらどうするつもりだったの!」

よく言ったものだと思う。
確かに、敵に暗殺の意思がないのは、今の時点ではっきりしているし、2回目は敵にとっても無駄な戦闘だったのだ。
無駄と分かりながら闘い、大事な人材を失えば確かに直接話をしたくなる。

「なんか思ったよりも、大変な問題じゃない気がしてきたよ……」
「……そうだな。だが、監視をつけたい程の何かがまだはっきりしない。文書の中身は?」
「旧友からの手紙だって、そのぐらいで賞賛する?普通……」

"配達も知られたくない旧友への手紙"もややこしい。
真面目に臨んだが、キリヤナギは疲れたのか、ため息までついてしまった。
カナトも面目無く感じ、席を勧め素直にお茶を出す。

「ともかくその呼び出しはいつだ?」
「何処にいるかわからないって濁してるから、会うなら早くて明日以降かな? すっぽかしてもいいけど……」
「貴様はそれ構わないのか?」
「スカウト系が、本人の意思に関係なく連絡先や居場所を知られてるとかあっちゃダメでしょ。連盟名簿は大体偽名だし"連絡取れませんでした"で押し通せるさ」

「あの……」
「サチホ?」
「私は、このままは嫌です。だから……」

本人の気持ちが決まっているなら、迷う必要もない。
後はどう動くかだ。

「私が出るか?」
「なんで……」
「いいカードだろう?」

悪くはないが、余計にややこしくなりそうな気がする。

「話す事もなさそうだしいいよ。僕がサチホに着きそうし」
「嫉妬か? 大人気ないな」
「君ほど僕を煽る事に抵抗ない人間は知らないよ?? その手には乗らないし!」

心底残念そうな表情を見せるカナトに、ジンは言葉がないまま呆れていた。
後の事をキリヤナギに任せられるなら、安心もできる。

「あの、キリヤナギさん……」
「サチホ、どうかした?」
「団長とのお話に、ジンさんとマー君についてきてもらってもいい、ですか?」

「え、俺!?」
「先生……?」

「ジンとマーキッシュ? いいけどなんで?」
「わ、私、キリヤナギさんと2人きりだと……落ち着かなくて……」

気がつけばサチホは顔を真っ赤に染めていた。
様子が変わったサチホを、首を傾げて見ていたキリヤナギだが、周りから疑いの目線が向けられることに気づき、はっとする。

「へ、何!? 僕、悪いことした!?」
「貴様、サチホ嬢と何かあったんじゃないのか?」
「何もないよ! サチホ、そうだよね!」

「な、何も、確かに何もないです!! で、でもすみません、私、思い出したら恥ずかしくて……!」

言葉にもならなくなったのかサチホは、両手で顔を隠してしまった。
まるで言わせてしまったような空気に、キリヤナギは絶句している。

「ぼ、僕もう帰る!」
「保護しに来たんじゃないのか?」
「どう見てもそんな空気じゃないじゃん!!気が変わったらグランジが連れてきて!」

「1人で帰れるのか?」
「迷ったらホライゾンに連絡する!」

「なら続きはメールだな」
「それでいいよ、またね!!」

キリヤナギは1人で庭をでて行ってしまった。
残されたグランジは、一息ついたカナトをみて一礼する。

「見事です、カナトさん」
「グランジ、今回は本当に何も考えていない。保護の件も乗るつもりだったからな。何かいいたかったか?」
「特には、……我々もサチホさんから情報を引き出したかっただけです」
「そうか、だが私達も今話した事以外は信憑性がない」
「そうでしたか」

「すみません。キリヤナギさんに、申し訳ない事を……」
「サチホ嬢、あまり無理されず我々は貴女の味方ですから……」
「ありがとうございます。で、でも、ごめんなさい。無理です。男性ばっかりなので」

……。

「ククリール嬢……」
「サチホ、わかったわ! 部屋で話しましょう!!」

ククリールはそのまま、昨晩休んだ部屋にサチホと引きこもってしまった。
グランジには泊まって貰うとして、カナトはルナと夕食の打ち合わせを始める。

@

「それで、サチホ。何かあったの、話して!」
「うぅ、き、キリヤナギさんは悪くないんです。ただ……」
「ただ?」
「初めてあの人と鉢合わせしたとき、私、崖から飛び降りて、結構な高さから……受け止めて貰えたんですけど、よく考えたら、私、背中……お尻から落ちて……」

ククリールが、恐る恐るサチホのスカートを見ると、イレイザー特有の短く動きやすい、ミニスカートを履いている。
今は黒いレギンスを履いているが……、

「私、キリヤナギさんに会って、大丈夫かなって思ってたんですけど、降ってきたって仰ってたので……」
「……!」
「思い出したら恥ずかしくなって……私が悪いんですけど、やっぱりこれ、見られたって事ですよね……?」

@

「出禁ー!!!」

ククリールが大声で叫び、部屋から出てきた。
あまりの大声に、横になっていたロディまで飛び起きる。

「出禁よ! アイツはもうサチホに寄らせないんだから!!」
「そ、そんなにですか……」
「そうよ! 代わりにお金持ちさん、貴女がでて!」
「カナトです」

「護衛はガンナーさんと、マーキッシュさんと私!」
「ジンなんだけど……」

「俺はいいぜ?」

グランジは首を傾げているが、話をきいた彼女がそう言うなら仕方ない。
彼はポケットから小型のナビゲーションデバイスを取り出し、音声拡張をしてキリヤナギに繋いだ。
キリヤナギはまだ街を歩いていたのか、騒がしいノイズを背景にして普段通りの声ででる。

「"グランジ、お疲れ様……。どう?"」
「出禁だそうだ」
「"は??"」

「キリヤナギ! あんたよくのうのうとサチホの前に立てるわねサイテー!!」
「"ク、ククリール、なんでそんなに怒ってるの……"」
「そんなにも何もないわ! 女の子をここまで弄んどいて、何処までしらを切る気? 見損なったわ!」
「"ぇえ!? サチホ、ちょ、話の意図が全く読めないんだけど??"」
「もういい、明日は私達だけでなんとかするから、あんたはもう、私がいいって言うまでサチホに寄るのは禁止!」
「"えぇ……"」

困惑した返答が返される中、カナトがククリールの横に割り込む。
いいたいことを言うのはいいが、話が進まないのはいけない。

「と言うことらしい。構わないか? キリヤナギ」
「"僕に拒否権ないよね?……代わりにセオとグランジをよこすからあとはどうにでもして……"」

流石に堪えたのか、返事に元気がなさすぎてカナトも同情した。
ククリールの膨張表現もあるだろうが、サチホがやりにくいなら、それに合わせていく方がいい。
通信を切った後、ククリールのやりきった表情が印象的だ。

「ククちゃん、総隊長……何したの?」
「アンタ達は知らなくていいの、女の子だけの話!!」

真相は分からないが、サチホの友人宣言をした彼女がいうならば、こちらも異論はない。
その日も再び布団がない問題が発生したが、グランジには断られ、結局ソファーで夜を明かしてもらった。
次の日の午前中からは、セオが入れ替わりで来てくれて、家事の手伝いをしてくれる。

「悪いな、セオ」
「隊長めちゃくちゃ凹んでたよ。今日仕事にならないんじゃないかな?」

「当然よ。絶対ゆるさないんだから」
「ククリールさんは、隊長が嫁にべた惚れなの知らないんだっけ?」
「へ、し、知ってるけど、それとこれとは話は別! サチホが無理って言うんだから、仕方ないでしょ!」

そういえば、キリヤナギは結婚していた。
妻が居るのに、別の女性に手を出すのはだらしないとは思うが、キリヤナギの性格と年齢を鑑みるとらしくもないし、妙に引っかかりを感じてしまう。
ククリールが逃げたのを見計らい、カナトは横で調理するセオにぼやいた。

「どう見てる?」
「さぁ、不可抗力で何かあったんじゃない? 鉢合わせが特殊だったみたいだし、出会いがしら以外で、2人きりのタイミングなんてなかったからね。それを踏まえても、やってない事を証明するのは難しいし、彼女がそう言うならそうなんじゃないかな?」

キリヤナギをよく知る、セオらしい回答だと思った。
午後になり、グランジと合流した彼らはセオに連れられて混成騎士団南軍長官室へ訪れた。
カナト、ジン、マーキッシュ、ククリールは団長と何度か顔を合わせた事はあるものの、彼らが知らないもう1人、屈強な傭兵を従えた人間がいる。
サチホは彼の顔を見て緊張した面持ちをみせていた。

「ごきげんよう、団長。申し訳ございません。我らのキリヤナギが、本日は急用で……」
「いえ、セオ殿。お気になさらず、こちらも傭兵団の彼が、我らの国家に貢献した彼女に是非再び会いたいと言うものでお願いした次第です。お連れ頂き感謝します」
「こちらこそ、お呼び頂き光栄です。失礼ではありますが、貴方が今回の……?」

「いや、彼も急用で私が代わりに、私はアイアンサウス傭兵団幹部。デビッドです。お見知り置きを」
「お初にお目に掛かります。私はアークタイタニア・カナトです。本日はキリヤナギに変わりとして参りました」
「なるほど、まだ若くみえるが礼儀正しい。他の彼らは友人かい?」
「はい、親愛なるサチホ嬢がアイアンサウス傭兵団より賞賛されたと伺い、是非この現場を拝見したいと友人と共にご一緒させて頂きました」

上手いなぁと思いながら、ジンは後ろに立っている傭兵達を観察していた。
焼けた肌に鍛えられた筋肉をみせる彼らは、身長で2メートルあるだろうか、背中には大剣を背負っていて動きにくそうにも感じる。

「そうか。……私もたかが傭兵だ、賞賛もそんなに大きなものではないが、サチホ。今回は君のおかげで、我々の組織内で発生していたいざこざを無事に解決することができた。ありがとう」

「わ、私は当然の事をしたまでです。ありがとうございます」

幹部らしき男は、後ろの傭兵とは違いシンプルなブレザーに身を包んでいる。
筋肉は見えないが体格から鍛えられているのはわかった。

「アイアンサウス国家に貢献した証として、細やかながらこれを受け取って欲しい」

デビッドに開けて見せられたそれは、勲章にみえる小さなアクセサリーだった。
よく見ると、混成騎士団南軍のシンボルが彫り込まれている。

「私が個人的に作ったもので、政治的な意味もない普通のアクセサリーだが、雰囲気だけでも……」
「い、いいんですか?」
「スカウト系なのに顔を出してくれたお礼の気持ちもある、帰ってからじっくり見るといい」
「ありがとうございます。私は、誇りに思います!」

結局。何事も無いまま終わり、一同は長官室を出てアクロポリスシティへと戻った。
噴水広場まできて、庭を呼び出そうとキーを取り出すカナトだが、後ろにいたグランジがじっとカナトを見ている。

「サチホ嬢」
「はい、なんでしょう」
「先程のものを見せて下さい」
「え、でも、帰ってからって……」

カナトが口を閉じるように指示を出す。
渋々箱を取り出したサチホから、グランジがそれを預かると、彼はアクセサリーだけサチホに預け、中身がカサ増しされた底をとった。
すると、赤いランプが点滅する機器が偲ばせられていて、小さな紙も入っている。

「サチホ嬢。このケースは、見た目が大変良く見えますが、生地があまりよろしくありません。私が同じサイズのものを持っていますので、そちらに取り替えましょう」
「あ、え、あの、そうですか?」
「はい、せっかく頂いたものです。良いケースにしまった方がいい」
「じゃあこの箱は……」
「水で洗浄して、必要な方に差し上げましょう。誰かの役に立つと思われます」

カナトはそう言って、空箱を噴水へ投げ入れた。
それを見計らって、マーキッシュが水に沈んだそれを踏み付ける。

「汚ねぇ手をつかいやがる……」
「あのような現場では珍しくはない。同行してよかった」

「お金持ちさん。頼りになるー!」
「カナトです」

サチホの手元に残されたのは紙とアクセサリーだが、四つにおられた紙を恐る恐る開くと綺麗な字でメッセージが書かれていた。

"この手紙を見つけた者へ
決着をつけよう。夕方に海岸で待つ"

「如何にも傭兵らしい果たし状ね……本当に女装趣味なのかしら?」

忘れていたが、改めて聴くと頭痛がする。
セオとグランジが顔を見合わせているが、説明は後だ。
今は目の前の事を考えたい。

「ジン、いけるか?」
「うーん。銃使えねぇよなぁ……」

闘技場でもない手前、ここまで正々堂々とされると逆にやり辛くも感じる。
観察してはみたが、相手の武器は大剣であり不足はない。だが、弾丸が当たると命に関わる為、手加減が難しい。
また大剣は、隙が大きく狙いやすいので、果たし状を送られる程、正々堂々と戦った事にはならないだろう。

「俺が出るか」
「マーキッシュ殿なら確かにフェアではありますが、貴方の武器の場合。受け間違えれば相手は死にます。そうなれば責任を取りきれない」
「相手がどんな気で来るかわかんねーのにか? 甘過ぎねぇ?」
「死人に口なしというように、殺人の場合、弁解が通りません。ここは冷静に」

ジンがうなだれて悩んで居るのも珍しい。
彼も元々体力がないのだ、だから銃を使っているしそれが使えない環境は自信がないのだろう。

「何故悩む?」
「グランジさん……だってどう見てもフェアじゃないし」
「それは重要なのか?」
「え……」
「戦闘での油断は身を滅ぼす。手紙に惑わされるな、死ぬぞ」
「……!」

「そうだね。むしろなんで手加減するんだい? 僕らの隊長の領地を土足で荒らしたんだ。二度とそんな事出来ないように再起不能にしていいよ」
「セオ、それは言い過ぎじゃ」
「ジンがどうするかは勝手だけど、僕かグランジならそうするってだけだ」

カナトは、キリヤナギの騎士の言う事に感心したが、ジンの視線が落ちるのをカナトは見ていた。

誰かに任せる事もできるだろう。
でも任せたら、ジンは自分の望む結果は得られないと思った。
事故になれば相手は死ぬかもしれない。
理不尽な報復になるかもしれない。
負けるかもしれない。
自分の望む結果は、自分で掴むしかないか。

「俺、出る」
「……そうか」

「ジンさん。あの、無理しないで」
「さっちゃん。俺、自分の考えた結果を残したいだけだから、大丈夫!」

言い切ったジンに、カナトはようやく安心した。
本人がやりたい事なら、掴み取ってくるだろうと思ったからだ。

「つーか、手紙は先生に来てるんだろ。不審に思わねー?」
「今更でしょう。我々がいる事は向こうも知っていますから、何か言われれば、フィアンセだとでも言えばいい」

「は!?」
「不服か? 理由としては最もらしいと思うが……」

このタイタニアは、恥ずかしい事を平気で言う。
サチホもびっくりして目をそらしてしまった。

「ジンさん。一応信頼してるから、よろしくね!」

ククリールがようやく名前を呼んでくれたのは嬉しい。
だが、内容が内容で返事が上手い返しが思いつかなかった。

そしてその日の夕刻手前、ジンはサチホと2人で、アクロニア平原から南の海岸へと向かう。
早くに出たので、歩いてゆっくりだが未だ冬の冷たい風が体に刺さり、身を強張らせていた。

また後ろを振り返ると、カナトの庭が小さく見えて、近場で静観する気満々であり、妙に緊張してしまう。
落ちつかず、後ろの庭を見上げるジンにサチホは恐る恐る口を開いた。

「あの、ジンさん」
「ん?」
「さっき、さっちゃん。って呼んでくれて、ありがとうございます」
「えっ、馴れ馴れしいかなってちょっと抵抗あったけど……良かった?」
「はい。嬉しかったです。マー君にも先生って呼んでもらえて、新鮮で……」
「へぇー」
「これが仲間なんですね……」

仲間。
無意識だが、ジンは心の中で繰り返していた。
数年前までは、考えたこともなかったのに今は色んな人が周りにいる。
一緒に考えて、一緒に行動して、一緒に戦った。
みんなで話して、やりたい事を考えて、ジンも今ここにいるのだ。
だから胸を張って言える。

「そうだと思う」
「はい!」

笑ってくれたサチホに、ジンは目を合わせることが出来なかった。
後ろの庭からの視線を感じつつも、2人はようやく海岸へとたどり着く。
待っていたのか、先程の傭兵団幹部のデビッドは、2人の兵と共に歓迎してくれた。

「まっていた。やはり優秀なイレイザーだな。そちらもだが」
「昨日、さっちゃんを狙ってたのは、アンタ?」
「如何にも、話したい事があって連れかえってもらうつもりだった。阻止されたみたいだが」
「当たり前だろ! 女の子平気で殴るやつにわたせるかよ!」
「殴った? それは想定外だ、謝ろう」
「へ?」
「別に危害を加えるつもりも無かった。ただ伝えたい事、話したい事があっただけだ」
「えーと……」

あまりにもあっさり認められて、しかも謝られて拍子抜けしてしまった。
理不尽な敵とは違う雰囲気もあり、さらにやりづらくなる。
困惑するジンを見かねたのか、サチホが口を開く。

「あ、あの。もしかして、見てしまった事ですか……?」
「……! わかってくれているなら話は早い。そうだ。だからこそ俺は、何としても会わなければ行けなかった」

ジンは固まった。
予想はしていたが、話にすら入る気が起こらない。
らしい言葉で、らしく決めているが、滑稽にすら感じてしまう。

「サチホ。俺と一騎打ちをしてくれ!」
「え……」
「もはや説得も、口止めもしようとは思わない。俺は傭兵だ、今回の件で陰湿な手も向いていない事に気づいた。だから戦わせてくれ、負ければ潔く引き今後関わらないと誓う。だが、俺が勝てば……俺のイレイザーになって傭兵団の一員になれ!」
「……!」
「秘密を知られたのはどうしようもない。なら、いっそ仲間に引き込んで口止めをする……悪い条件じゃないだろう?」

理には叶っていると思った。
イレイザーになった初仕事で、つけられ散々負けて自信はもうボロボロだし、向いてないならいっそこのままアイアンサウスに行った方がやる事はあるのだろうかと……、
だがサチホは、この三日間で出会った彼らとは、別れたくはないと思った。
守りたいと支えたいと思ってくれた人達と一緒に生きて行きたいと、

彼女が返答する前に、横にいた気配が前に出るのが分かる。
サチホの前に立ったジンは、楽に立ってデビッドを睨んだ。

「お前は?」
「本物の傭兵さんが、女の子を相手にするのはフェアじゃないと思ったんで、俺が代わりに相手させて欲しいんですけど」
「……なるほど、お前はそのために来たのか。たしかに力の差がありすぎる。良いだろう。武器は?」
「銃。急所は狙いません。武器もペイント銃に変えてきました」
「そうか。助かる。なら当てればサチホの勝ちだ」

「ジンさん……」
「平気平気。クロキンしてて」

サチホは言われた通り、"クローキング"を唱えて身を隠した。
見えなくなったのを確認した後、ジンはサラマンドラではなく、背中のペイント銃を取り出して構える。
それなりに威力は出る為、当て所には気をつけなければならない。

一方、デビッドは上着を脱ぎ、後ろの部下から大剣を受け取ると、重さを感じさせない動作で武器を構えた。
刀身が広く錆びたその武器は、切る為ではなく叩き壊すためのものでもあり、使い用では盾にもなりそうだ。
そう考えた矢先、デビッドが動く。
砂浜を蹴り飛び込んできた彼の跳躍にジンは驚いた。

早い。
即座に傍に逃げて連続で跳ぶ。
距離を取りたいが、相手の歩幅が広く直ぐに追いつかれてしまう。
一度振り下ろしたタイミングで、足元へ潜り込んだが、動作の間が取れず、ジンは回避場所を確保するのでいっぱいいっぱいだ。
床は砂浜で砂を蹴っても距離は伸びない。
ジンは出来るだけ後ろへ飛び、弾丸を床に放った。
巻き上げられた砂が壁となり、デビッドが大剣を盾にする。
一瞬だけ動きが止まり、その隙を狙って横にずれる。

破裂音。
その動作を視認したデビッドは、ジンのいる方向へ剣むけ防御の姿勢を取ったが、ペイント弾は剣に掠れて破裂。
服に鮮やかなインクが飛び散った。
惜しいと思って、再び身構えると、彼は大剣を下ろし仕掛けてこない。

「流石だな」
「へ?」
「お前の勝ちだ」
「当たってない気がするんですけど……」
「うるせぇ、俺が負けって言ってんだからいいだろ。てめぇが銃の時点で勝ち目がない事は分かってるからな」

そんな事はない。
デビッドは、銃を構えさない為に向かってきた。
体力も筋力も負けているのだから、続いたらどうなるかわからない。
まるで戦闘をやめたかのような空気にジンは困惑して、悠然と立ち去っていくデビッドを眺めているしかなかった。
すると、クローキングで隠れていたサチホが姿を見せ一度追いかけるかにも見えたが、彼女は息を吸い込んで叫ぶ。

「デビッドさん! 私、誰にもいいませんから、大丈夫ですからー!」

後ろ手に手を振る彼は、気にも留めていないようだった。
ジンはまだ状況が飲み込めず、結局迎えにきたカナトとマーキッシュに回収されることになる。

その後、庭で待機していたククリール達と合流した2人は、デビッドの思わせぶりな行動を不思議に思いつつも、一応問題は解決されたため、解散する事になった。
その際に、風邪をひいたロディを迎えにきたヒルダが、彼の探知システムの所為で襲撃されたと聞くと、鬼の剣幕で激怒し、ロディは全力で謝罪する事になってしまう。
結局、サチホの探知システムだけは有効にしておき、ロディはこのシステムを自分とサチホ限定のアプリとする事に決めたのだった。

「あれから襲撃される気配もない。収束したと思っていいだろうな」
「"へぇ、良かったじゃん"」

それから数日経ち、カナトはキリヤナギへと連絡を飛ばしていた。
出禁にされてしまったキリヤナギは、ククリールがいる限りサチホのその後の情報は知り得ない為、カナトが代わりに様子を報告することにしたのだ。
自分がやる事でもないと思うが、キリヤナギがサチホを心配していたのは間違いなく、何も伝えないのもどうかと思ったからだ。

「"ククはよく僕の家に遊びに来ていたのに、最近はからっきしだよ……"」
「ほぅ、寂しいか?」
「"ちょっとだけ、けど仲良くなれて良かった"」

ククリールはカナトの自宅に泊まって居心地が良かったのか、こちらにも間借りにくるようになり、月光花とも仲良く話している。
サチホも一緒にくるし、遊びに来るなら名前ぐらい覚えて欲しいが、ククリールはカナトが女性嫌いと知るや否や、全力で弄ろうとして来るので少し恐怖を感じていた。

「結局、真相はわかったのか?」
「"うん、手紙の件も嘘じゃなくて、賞賛の件も思惑はあれど、あれも本当だったみたい。前に朝のニュースで、傭兵団のクーデターを目論む派閥を解体したって、デビッド幹部ともう1人がインタビューに答えてたよ"」
「なる……ほど……」
「何その反応……」
「何でもない。綺麗に事が済んだなら何よりだ」

人の趣味はそれぞれか。
サチホは言わないと約束したようなので、カナトも墓場まで持って行くべきだろう。

「そっちはどうなんだ?」
「"出禁なんだから、何もしないよ……?"」
「そうか。今回も悪かったな」
「"君は巻き込まれただけだし、ロディだっけ? 彼に注意してくれたなら、それでいいさ"」

今回はたまたま相手が良かった事もある。
ジンとの一騎打ちもあってないような物だと聞いたし、何より手をかける気がなかったのだ。
サチホもそれで救われはしたが、相手によってはどうなっていたかは分からない。

「それは私も盲点だった。気をつける」
「"説得力ないけど、まぁいいよ。僕の仕事だしね"」

キリヤナギの仕事は、アクロポリスの治安維持とカナトの守護だ。
ある意味今回は、カナトの周辺警護とサチホの保護を両立させた事にもなるし手間を掛けさせたとは思う。

その後、カナトと通信を切ったキリヤナギは、目の前でテレビゲームを広げるグランジを観察していた。
機器をネットワークに繋いで、オンラインで誰かと遊ぶそのゲームは、巨大なモンスターを狩るもので武器が驚くほど原始的だ。
しかし動きが凝られていて見ていても面白く、思わず見入ってしまう。
キリヤナギはブランデーを嗜みながらそれを観戦して楽しんでいた。

「誰と遊んでるの?」
「ハルトさんとジンだ」
「ハルト!? なんで……」

グランジは答えてくれなかった。
見ているうちに、ジンらしきキャラクターが死んだ。
この三人では、ジンが一番下手に見える。

「カナサさんもやっているが、なかなか4人揃わない」
「君っていつもどうやって交友関係ひろげてるの……」

カナトではなくカナサである事に、もうどこから突っ込めばいいのかわからなくなる。
うーんと聞きたい事を考えていると、ゲームコントローラがグランジの物とあわせて二つある事に気付いた。
グランジはいつもそうだ。
ゲームは必ずコントローラを二つ買い、一つはいつも新品のまま開けて一度も使わない。
キリヤナギは、毎日疲れて遊ぶ時間はないが、気を使ってくれているのだろうか。

ふと、画面を凝視していたグランジが後ろに視線を移す。
キリヤナギも振り返ると、ベランダに九尾の尻尾のシルエットが写り込んでいた。

「く、ククリール……」
「ごきげよう。さっきお金持ちさんと話してたでしょう? 丸聞こえよ」
「別に変な事話してるわけじゃないし、……ってそういえば、勝手に僕へ請求投げないでよ! 詐欺かと思って無視する所だったじゃん!!」
「あー、ごめん、忘れてた……」
「黒蜥蜴の店長に事情きいてなんとかなったけど、下手したら自腹きる所だったし……、事件性あったら相手に請求できるから、直ぐ報告してくれないと困るよ……」

少しは悪いと思っているのか、苦笑するククリールに、キリヤナギはため息しか出なかった。
しかし、彼女に強く言っても意味はないとわかるので、キリヤナギも素直にゲーム観戦に戻る。

「サチホに会いたい?」
「出禁なんでしょ……、身に覚えないし、僕も一緒にいて誤解されたら困るから控えるよ」
「ふーん。意外と素直じゃない?」
「触らぬ神に祟りなし、こういうのはトラウマだから……勘弁して」

キリヤナギからトラウマと言う言葉が出た事に、ククリールは意外性を感じた。
気にはなるが、疑われた時にすぐに逃げたのを鑑みるとかなり根深いような気がする。

「……まぁいっか。合格! サチホー! いいよー!」
「え"っ」

ベランダから続いて現れたのは、新しく青い職服を着たサチホだった。
彼女は少し申し訳なさそうな顔で、小さく一礼する。

「こ、こんばんは。窓からすみません」
「や、やぁ。こんばんは、僕は気にしないけど……」

グランジに助けて貰おうと視線を送るも、
ゲームに熱中して、こちらを見向きもしない。

「キリヤナギさん。あの、ありがとうございました……! あとご迷惑をかけてすみません……」
「えーっと……僕も覚えがないからお互い様で……、君が無事で良かったよ」
「……はい!」

「と言うわけで、今日は泊まらせてもらうからね」
「早っ!? ……良いけど」

グランジは横目でやり取りを見ていた。
ゲームはまだ三人で始めたばかりで、装備もまだ揃ってはいないが、ジンは鍛えないと戦力にならないなと、グランジは心で思う。


END




ss_satiho_180219.png

エミル・イレイザーのサチホ

年齢:17歳
身長:145cm
誕生日:7月18日


忍(イレイザー)として生きていくことを選んだ孤独な少女。
生真面目で引っ込み思案なところがあり、ある程度の慣れやきっかけがないと友達ができない。
スキルは皆伝しているが、経験が浅いため、まだまだ仕事での失敗が目立つ。






web拍手 by FC2
本編 | 【2018-02-19(Mon) 21:00:00】 | Trackback(-) | Comments:(0)
コメントの投稿
管理者にだけ表示を許可する