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(C) BROCCOLI/ GungHo Online Entertainment,Inc./ HEADLOCK Inc.

キリヤナギの神様とホワイトデーの話

出演:エラトスさん、ビブリアさん、ダンピュライトさん

あらすじ
例年のごとくバレンタインに大量のチョコレートを贈られたキリヤナギは、
ブランドのカタログを見て、ホワイトデーのお返しを悩んでいた。
去年と同じく、ブランドもののチョコレートを選ぼうとしていたキリヤナギに、自分を神と自称する冒険者が表れる。

*クロスストーリー
ホワイトデーなお話(別サイトブログ:やがて黒になるまで)


 
「うーん。迷うなぁ……」

お弁当を広げ、自身の執務室でお昼を済ますキリヤナギは、傍に開いたカタログをみてぼやく。
バレンタインから早一月。時期はホワイトデーだ。
大量に貰ったチョコレートのお返しを考えなければいけない。

「そこまで迷う物ですか?」
「迷うよ。去年はそんなに気にしてなかったけど、このカタログみてたら渡す物にもそれぞれ意味があるみたいだし、何も考えず返してたけど、もしかして誤解生んでたかも……」
「バレンタインデーもホワイトデーも、所詮は老舗チョコレート店が仕組んだマーケティング戦略ですよ。チョコレートばかりで飽きられないよう、ラインナップを追加しただけでは?」
「セオっていつからそんな夢も何もない事言うようになったの……」

ぐぅの音も出ない。
セオはこう言うが、キリヤナギはホワイトデーを嫌いではなかった。
バレンタインデーは気を使うが、ホワイトデーは渡す側だし、考える事ができるからだ。
また自分用のチョコレートも食べられる。

「あまり甘いものばかりでは、体に差し支えますよ?」
「ちゃんと1日一箱は守ったし、詰合わせはグランジが勝手に食べちゃって、そんなに沢山食べてないよ。体に悪そうな味した奴もいくつかあったけど……」
「グランジは、舌が肥えてますからね」

毒味はするが、味の選別はしてくれなかった。
元はキリヤナギが貰ったものだし、何も言うことはない。
カタログに目を通しているキリヤナギを観察していると。熱心に何かを読んでいるようにも見える。

「チョコレートの手作りって、結構簡単?」
「手間はかかりますが、料理の中では簡単ですね。ケーキやフォンデュにする場合には、コツが必要ですが、好きな形を作るだけなら型に流し込むだけでいい」
「へぇー、」
「作るんですか?」
「ちょっと興味あるかも、好きな形にできるなら、楽しそうじゃん」

考えるのは確かに楽しい。
渡す相手の事を考え、どう作るかを試行錯誤する時間は、確かに面白いが、キリヤナギの場合。渡す相手が多すぎる気もしてくる。

「全員に作るんですが……?」
「大変かな? たくさん作って小分けにしたり?」

不安がよぎりセオは返答に迷った。
一度共有スケジュールを確認して、自分の日程も見直し、一息をつく。

「手づくりは確かに嬉しいかもしれませんが、ブランドのチョコレートの価値を考えると、がっかりされる場合がありますし、甘い物が苦手な方もいるのでは?」
「えっ、そうかなぁ……」
「手づくりで渡されたなら手づくりで返すのが良案だと思います。しかし、3倍返しを期待されている事もありますから、ご自身の立場も考えた方がいいのでは?」
「……確かに、……貴族ってめんどくさい」
「手づくりは身内だけが無難でしょう」

悩み込んだキリヤナギをみて、セオはほっと息をついた。
これで丸投げされても被害は少ない。

それから午後の業務を終えたキリヤナギは、カナトの家に夕食を食べに行くグランジを見送って、1人で帰り道に入った。
手には昼に観ていたチョコレートのカタログを握り、時々目を通しながら歩く。
人とすれ違っていくなかで、視界にいた一人の男が、突然口を開いた。

「ごきげんよう、迷える子羊よ」

ふと顔を上げ声の主をみると、街灯の下に立つ金髪の男が、迷いなくこちらを凝視している。
周辺を見渡しても、声をかけられたらしい人間は、キリヤナギしかいない。

「何だ? 挙動不審だな。子羊よ」
「……子羊って、僕?」
「他に誰がいる? 悩みがあるようだな……?」

述べられる言葉に対して、キリヤナギは混乱した。
まず子羊と呼ばれるのが初めてだし、悩みも良くわからないし、そもそも知らない相手だからだ。
向こうが一方的に知っているのだろうか。

「あの……、僕は、エミル・ガーディアンのキリヤナギです。治安維持部隊の総隊長をしています。失礼ですが、貴方は……?」
「ふむ、キリヤナギか。覚えたぞ。警戒している様だが怯える必要はない。俺は神だからな。俺に出会えたのだからもう悩む必要はないぞ」

キリヤナギは男の言葉の9割が理解出来なかった。
相手もキリヤナギと初対面な上、自分を神と自称しはじめたからだ。
神と自称するその男は、目を点にするキリヤナギをさらにあざ笑う。

「悩んでいるのだろう? さぁこの神に話してみろ」
「え、え……?」
「自分の口で伝えるのは苦手か? 構わないが……」
「ま、ま、待って、か、かみ、神様……?」
「そうだ。俺は神。だから、お前の悩みも手に取るようにわかる。が、人の子はあえて話す事ででも考えをまとめ、意思がきめる事もあると聞く。だからこそ、あえて問うた」
「は、はぁ……?」

話しについて行けない。
冷静になるためにキリヤナギは、相手の名前を”神”と解釈した。
様は礼儀でつけることにして、神様の言動を拾ってゆく。

「神様が、僕の悩みを、きいてくれる……って事ですか?」
「そうだ。やはり話し下手なのだな。遠慮は不要、神は全てをわかっている」

返す言葉が出てこない。
しかし空腹が酷くなってきたため、注意だけしようと考えた。
こんな時間に突然話しかけられたら誰でも驚くし、迷惑に思う人いる可能性があるからだ。

「ホワイトデーのお返しに悩んでいるようだが、お前は料理が苦手か。複雑だな」
「へ?」
「心配せずとも、この神は料理が得意だ。安心するといい」

キリヤナギは何も話していない。
でも確かに、お返しをどうするか迷っていたし、作り方も何一つしらず、何から始めるのかわからなかった。
悩みと言うほどの物かはわからないが、確かに悩んでいたのはそうかもしれない。

「かみさま……?」
「そうだぞ? だが自分の食べるものすら作れないのは、人の子としてどうかと思う、誰かに甘えていきてきたのだな?」
「あ、甘え……そ、そう、ですか……」
「普段甘えている相手にお返しするには、ホワイトデーがいい機会だと思わないか?」

言われれば確かにそうかもしれない。
朝食と夕食はディセンバルに全て任せているし、お昼は大概、食堂かセオのお弁当だ。
甘えているのは確かにそうだが、何故目の前のよくわからない男に説教されているのだろう。

「あの、なんで僕のことをそんなに?」
「神はなんでも知っている。どうした? お前はこれからも皆の好意に甘え続けるか?」
「そんなこと……」
「直す気がないならそうだろう。全く、立派な肩書きを持つ割に器の小さな男だな」

何故初対面の相手に此処まで言われているのか。
間違ってはいないが、流石に苛立ちを感じる。

「僕は進んでやらないだけで、料理もやろうと思えばできます。その上で執事がやること雇い主がやるのは、仕事を取り上げる事になりかねない」
「ほぅ、できると言ったな? ならこの神に証明してみよ」
「証明?」
「一週間待とう、それまでに何か作ってくるのだ。ならばこの言葉を撤回しよう」

少々複雑な気分にもなるが、できると言った手前、断るのも間が悪い。
言葉の意図がつかめないものの、お返しをしたいのは確かにそうだし、もし一緒に作るなら同じだろうか。

「わかりました……。やってみます」
「よく言った、騎士よ。神は挑発的な言い方はしたが常にお前の味方だ。それは忘れるなよ」

返せる言葉が見当たらない返しだと、キリヤナギは感想した。
その後自宅に戻ったキリヤナギは、着替えてから、ディセンバルのいるキッチンへと足を運ぶ。
エプロンをつけて料理をするディセンバルをみると、料理人を雇って居ない事に気づいた。

「おや陛下、どうされましたか?」
「ディセ、お菓子って難しいかな? 僕にも作れる?」
「焼き菓子や洋菓子は、手間がかかりますが、あまり難しいものはございません……。陛下でも問題はないかと」
「本当に? さっき自分が神様だって言う人に会ってさ。僕がホワイトデーのお返しに悩んでるの言い当てて、自分で料理をしないのは甘えすぎだって怒られちゃって……」
「それはそれは」
「神様は、料理ができるならやって見ろって言うから、バレンタインのお返しのついでにその人の分も作ろうと思ったんだ」
「神様の宿題ですか。それは断れないのも致し方ありません」
「ディセはその人のことを信じるの?」
「神とは人々が願い、想い、望まれてこそ存在が許されるものです。陛下が出会われた神を、陛下が神と信じるならば、その神は貴方の神として許される」
「なんか、哲学的」
「信じる者が居なければ、神は神であれないのです」
「じゃあ僕があの人を神様だと信じれば、あの人は神様でいられるってこと?」
「そういう事ですね」

人々が神と呼ぶ存在は、確かにとても曖昧なものだ。
それは常に人知を超え、万能であり、全てを作ったとも称されるが、具体的な姿や容姿などについては、人間の創作的な物でしか表現されていない。
天界にはアークエンジェルを纏める神が存在するとされているが、あくまで象徴的な存在とされ、実権は全てアークエンジェルに委ねられている。
その為、天界での神は天界人達の信仰対象に過ぎないのだと聞いた。

「神様の好みはわかりませんが、手づくりは誰でも嬉しいものです。心を込めて作れば伝わりますから、一度小細工なしに練習をしてみるのがいいかと……」
「そっか。確かに基本がなってないと難しいよね。あんまり時間が無いけど間に合うかなぁ」
「渡すものは前々日から準備すれば大丈夫です。作るものを選べば、日持ちもしますから……」

そもそも何を作るかも決めていない。
どんなお菓子があるのかも知らないし、何を渡せばいいのか、カタログをみて初めて知ったからだ。
自室に戻り、熱心にお菓子について調べるキリヤナギをグランジが不思議そうに観察している。

珍しい。
何時もなら横になってボーッとしたり、雑誌を見ているのに、今日は珍しく調べ物をしている。

「作るのか?」
「できるかなーって……。定番はマシュマロだと思ってたけど、あんまりいい意味じゃなかったんだね……」
「老舗チョコレートメーカーが、ホワイトデーに売り上げを伸ばすマシュマロメーカーを潰すために広めた噂らしいが……」
「お菓子の会社って仲わるいの……?」
「ネットで話題になっている」

アテにはならない情報源だと思う。
しかし、キリヤナギのカタログも老舗チョコレートメーカーのものだし、偏見があるのは間違いないだろう。

「何を作るんだ?」
「うーん……」

ネットブラウザを閉じ、キリヤナギが唸る。しばらく考えて、結論をだした。

「クッキー……?」
「無難だな」
「何そのコメント……」

聞いておいてひどい。

「そもそもグランジの料理だって、インスタントとか卵かけごはんぐらいしか見たことないんだけど……」
「必要ならば作る。だが、無難なものでは意味がない」
「なにそれ?」
「誰かが作った物を食べたい」

キリヤナギはうまく理解できない。
グランジが得意ではないと言う意味だろうか。

「カナトは上手いの? よく行ってるけど」
「カナトさんのは……上手いよりも気に入っている」
「えっと?」
「メロディアスの城で食べた物や、ディセンバルの料理には及ばないが、カナトさんの料理は、料理が好きな人の料理だ、だから気に入っている」

単純な美味しいとは違うのか。
確かにグランジは、一般市民から大貴族の食卓まで嗜んでいるために、舌もかなり肥えている。
味だけで言うならば当然、一流シェフの方が美味しいのは当たり前だ。
その上でグランジが気に入っていると言うのは、味よりも作った人が重要で、グランジはそれを楽しんでいるのか。

「カナトの事、好きすぎじゃない?」
「食べているだけで喜んでもらえるのはカナトさんぐらいだからな」

へぇ……。とキリヤナギは感心した。
キリヤナギは料理をしないのでよくわからないが、食べて貰えることが、作った人にとって嬉しい事だとすると、作る側と食べる側での利害が一致している。
キリヤナギは基本的に食べる側だが、作る側の感情は考えたことが無かった。
作ってもらえるならば、有難く、感謝しながら頂くが、作る側にとってもそれが当たり前と認識していたから。

「グランジはカナトを喜ばせに行ってるの?」
「気に入っていると言ったはずだ。二度言わせるな」

どちらにせよ。カナト自身を気に入っていることには間違いはないのか。
料理をしないキリヤナギからすれば、食べて貰えることを当たり前として捉えていた分。
食べて貰えない事がある。と言う事実に少し意外性すら感じた。
キリヤナギに好き嫌いはないが、食べない料理は確かに存在するから……。

「カナトに聞いて見ようかな……」
「迷惑がかかるな」
「君は行ってるのに?」

無視された。
去年のバレンタインには確認済みだし、問題はないと思う。

キリヤナギが行動を起こしたのは、週末だった。
グランジと共に、必要な分の材料を用意してカナトのいる自宅へと足を運ぶ。
服装は、職服から着替えたラフなワイシャツとスラックスだ。

「ほぅ、宣言通りに来るとは……」
「なんでカナトがでてくるの……。……ジンは?」
「部屋に引きこもっている。音楽でも聞いているんじゃないか?」

呼び鈴を鳴らし、キリヤナギとグランジを迎えたのはエプロン姿のカナトだった。
夕食どきにしては若干時間が早く感じるが、それ以前に護衛が先に出なくてどうする。

「あながち予想してたからいいけどさ……」
「あまり神経質になるな」
「わかってるし」

グランジは呆れていた。
招かれたキリヤナギとグランジは、執事服のワーウルフ・ルナの会釈を受け、席を勧められる。

「ジンを呼んでくるか……」
「いや、いいよ。……気づいてないのか、わざと出てこないのかは知らないけど、突然きたのも悪いし、用事もないしね」
「気づいてないだろうな。ヘッドホンを新調してから呼んでも来ない。外部の音が聞こえていないのだろう」
「無用心だなぁ……」

「お前も人の事を言えないがな」

グランジの横槍にキリヤナギが睨む。
彼はありとあらゆる意味で飛び抜けている為、あてにはならない。

「それで何か用か?」
「うーん……、カナトってホワイトデーどうする?」
「ホワイトデーか……? せっかくなのでホワイトチョコレートケーキを考えていたが……」
「ケーキ? 大変そう」
「大変だが、作るのを楽しんでいる。苦ではない」
「へぇ……」
「キリヤナギは、どうするんだ?」
「僕? 僕も……クッキー作りたいなって思って……」
「……全員か?」
「手作りしてくれた人だけ……? でもよくわからなくて」
「わからない? 作り方ならレシピがあるだろう?」
「うーん。クッキーで受け取ってくれるのかなぁとか、甘いものダメだったらどうしようとか考えると、何処から手をつければいいかわかんなくて」
「……ふむ。しかしクッキーを作ることは決まっているんだな」
「うん……。物から迷うと大変だし、作る物は決めておきたくて」
「そうか、ならばまず、渡す相手を絞れ。それを基準に考えるといい」
「へぇ……」
「本命を基準に、義理はあまりを小分けにするのはどうだ?」
「本命かぁ……」
「全員に気を使っていては、時間がいくらあっても足りないからな……」

確かにそうだ。
知り合いと言っても、全員の好きなもの、苦手なものを把握している訳ではないし、一人一人の材料は変えるのも手間がかかる。
キリヤナギの場合、料理など数年振りだ。
そんなに手早くできるわけがない。

「分かってきたか?」
「うん。纏まってきた。ありがとうカナト」

ククリールは何が好きだろうか。本人に聞くべきか、少し迷ってしまう。

「料理を嗜むとは、意外だった」
「一人暮らしをした時に、月に一度ぐらいでやってたけど、だいたいカップ麺とかだったかなぁ……」
「それは料理をしているとは言わないぞ……」

今はディセンバルが居る為に、心配はないが、量を食べるのを見ている分、違う興味が湧いてくる。

「そんな生活で、今までよく生きていたな……。どうして来たんだ?」
「カナトの実家にいた頃は、帰るとごはんがあったし? 一人暮らしもしたけど、大体酒場ですませて、時々仲間が作ってくれてたかな? お弁当とか……」

「放置するとジャンクフードばかりになるので、セオとディセンバルが手を焼いている」
「グランジ、僕が好き嫌い多いみたいに言わないでよ」

「多いのではないのか?」
「ないよ。食べるの好きだし」

「好きなものばかり食べるのでタチが悪い。偏っているのがすぐに体にでる」
「なるほど」

「ちょっと!カナトも納得しないでよ!」

キリヤナギらしいと思う。
おそらく周りがキリヤナギの変化をずっと見ているのだ。
体調を含めた、本人に気づかない変化を読み取り心配して支えているのだろう。
恵まれていると思う。

が、これがキリヤナギの才能なのだ。
人を信頼させ無意識にも従わせる。才能。
本人が何もしなくとも、周りがそれを支える。
確かに敵に回れば脅威だと、カナトは思った。

「それで、さっきから気になってはいたが……それは材料か?」
「あ、うん。一応買ってきたんだ……けど」
「……まぁいい。ジンが気づくまで付き合おう」
「やった! ありがとう!」

カナトはキリヤナギに予備のエプロンを渡すも、付け方すらわからないキリヤナギに困惑し、仕方なく着せるのを手伝った。
グランジがソファで寛ぎ始める中、カナトは持ち込まれた材料を確認する。
自分である程度調べたのか、材料は一式揃っており、基本的な事から一つ一つ素直に聞くキリヤナギをカナトは感心する。

「こねるの面白いね」
「ある程度練りこみ休ませた後は、生地を広げて型を抜く。好きに取るといい」
「へぇ……」

持ち出された銀色の型は、星型とかハート型とか大根の形をした物もある。
面白い。

「この型って売ってるの?」
「大体はそうだな。やろうと思えば自作も出来る。人によっては型紙からナイフで切るなど、やり方はまちまちだ」
「フェンサーのエンブレムで作りたいなぁ」
「複雑な造形は時間がかかるぞ……」

キリヤナギの素直に楽しむ様に、新鮮味を感じてくる。
分からない事に素直に向き合う姿勢は、ほかならぬ教える側にとってもやりがいを感じるからだ。

型を取り、オープンレンジに入れて加熱していると、部屋に甘い匂いが漂い初めた。
カナトと二人で、焼き上がりのデコレーションについて話していると、二階の扉が動く。
甘い香りに誘われた彼が、ようやく出てきたのだ。

「やっと出てきたか……」

いい返すだろうと思った時だった。
カナトの向かいに座るエプロンのエミルに、ジンは思考回路が停止した。
返答よりも疑問が乱立して、言葉がみつからない。

「やぁ、ジン。お邪魔してます」
「え、えぇ??」
「寛いでるのもいいけどさ。来客ぐらい気付いた方がいいんじゃない?」
「え、え、え? 総隊長?」
「そうだよ?」

何故エプロンをつけているのか。
後ろにはグランジがソファで漫画雑誌を顔に乗せ休んでいる。
寝ているのをみるとかなり長い時間いたのか。

「な、何してんすか?」
「クッキー作ってるだけだけど?」
「クッキー……?」

「ホワイトデーだそうだ。貴様も準備したらどうだ?」
「え……」

言葉すら出てこないジンは、動けないまま固まっている。
穏やかな表情を見せるキリヤナギは、どうやら怒っている様子はないらしい。
ジンが慎重にリビングへ降りていると、キッチンのオーブンが止まった。
カナトが席を立ち、プレートを取り出してみると、型取りをしたいびつな形のクッキーが並んでいる。

「変な形?」
「焼く事で膨らむからな。食べてみるといい」

カナトが粗熱をとってくれて、キリヤナギはジンにも回して口に含んだ。
ジンは表情を変えず普通に食べているが、キリヤナギは眉間をしわを寄せる。

「まずい……」
「そうっすか? 普通だと思うけど……」
「えぇ……ジンって味音痴?」

「砂糖が足りなかったか……? ウェブの適当なレシピだからな。こればかりは好みだろう」
「レシピを見ても絶対美味しいわけじゃないんだ?」
「味は個人の好みだからな。このレシピの製作者はこの味が気に入っていたのだろう」

「えぇ……」
「でも手作りってこんなもんじゃね? カナトは得意みたいだけどさ」
「……今回はこのレシピ通りにはしたが……甘みが欲しいなら、砂糖を足したりドライフルーツを載せるなり工夫をするといい」

「味がないしぱさぱさしてる……」
「焼き時間が足りなかったか? 生焼けならもう少し加熱した方がいいが……」

首を傾げるキリヤナギからすれば、初めての事である分、分からないのは当たり前だ。
カナトが味見をしてみると、生焼けと言うわけではなく、甘みが少ない。
少し考えた後、カナトは棚から蜂蜜やジャムを取り出し、焼きあがったクッキーに載せる。
差し出されたものを食べてみると、キリヤナギの表情が変わった。

「あ、マシかも」
「もう少し砂糖を足した方がいいのかもしれないな」

ジンは気に入ったのか形の悪いものからとって、蜂蜜やジャムをつけて勝手に食べている。
じっとキリヤナギに観察されているのに、黙々と食べているのは空腹だったのか。

「ジン、美味しい?」
「へ、えーっと、俺は好き……かな?」

キリヤナギは嬉しそうだった。
グランジには当然のように不味いとは言われたが、初めて作ったものである為に、一度自宅へ持ち帰る事にする。
薄暗い中、グランジと2人で帰り道に入る中でキリヤナギは、以前の街灯の下にまた人影を発見した。
神様だ。
グランジが間に入ろうとしてくれたが、知り合いであるため、遠慮した。

「こんばんは」
「む、おまえか、思ったよりも早かったな」
「そうですか……?」
「そうだぞ。ちゃんと実践しているようで感心した」
「でもまだ、うまくできてないので……」
「構わないぞ。一度よこしてみろ」

神様にいわれ、キリヤナギは手元の袋からクッキー入りの袋を取り出した。
形の崩れたものはジンが全て食べてくれたため、そこそこ見栄えのいいものが残っている。

「ふむ、見た目は悪くない」

神様はそう述べ、丁寧にキリヤナギのクッキーを口へ運んだ。

「不味いな」
「……はい」
「クッキーにしては、甘くない。何かをつけれ良さそうだが……トッピングがほしくなるな」

カナトと同じことを言う神様にキリヤナギは感心した。
神様も料理ができるのだろうか。

「ふむ、努力は認めるが、やはり素人だろう?」
「え、えーっとぉ……」

見栄張りだと言われるだろうか。
そもそもできないのに、やらないだけと言ってしまった自分が恥ずかしい。
料理に関しては見くびっていたと思う。

「だが、作れる事に対しては嘘ではなかった。以前の言葉を撤回しよう」

あれ?
キリヤナギは思わず顔を上げた。
責められるわけではなく。むしろ褒められたから、

「作れるなら話は早い。続けるのなら、俺が直々に教えても構わないが……」
「神様が?」
「あぁ、いつでもいいぞ」

神様は笑っていた。
執事のディセンバルに教わるつもりではあったが、彼もまた屋敷の管理があり、頻繁には頼れない。
カナトも通いすぎては迷惑になるだろうし、自分で勉強をしなければいけないと思っていたからだ。
そんな中の神様の申し出は、キリヤナギにとって救いにも感じる。

「本当ですか……でもどこで?」
「うちに決まっているだろう? では明日、初めて会った時間にここへくるといい」
「……わかりました。よろしくお願いします」
「素直になったな。神は嬉しいぞ」

「キリヤナギ」

後ろで聞いていたグランジが、突然彼をよんだ。
振り向くと確認するような目でキリヤナギを見ており、神様が何者か聞いているようだ。

「グランジ、大丈夫だよ。この人は僕の神様だから……」
「……神?」

「なんだ? お前も信者になってもらえるなら嬉しいが……」
「遠慮する」
「……残念だ。だが神を信じることに強制はできない。信仰心とは人の子が自分で芽ぶかせるものだからな」

キリヤナギが苦笑しているのを見て、グランジは少し安心した。
キリヤナギはこの手の話に騙されやすく、だいたい何かに巻き込まれて帰ってくる。
しかし、自称神様の話を鵜呑みにするのではなく、言動のアドバイスのみに耳を傾けているのなら、問題はないと判断した。

「神様、グランジは僕の従者なので一緒にきてもいいですか?」
「構わないぞ。1人ではつまらないからな」

この神は、自称する割にえらく寛容的だとグランジは感想する。
今まで出会ってきた。自称宇宙人や異界人は、自分の言動がいかに素晴らしいかを語り、思い通りにする為にいいくるめようとするのが典型だが、この神は、キリヤナギを認め称え、自分が力を貸すとも言う。
何事もないと言う判断をするには早いが、グランジも同行できるなら対処できれば良いと判断した。

自称神様に褒められたからか、上機嫌のキリヤナギをグランジは横目でみる。
乗せられているだけなのかはわからないが、キリヤナギがそうしたいなら問題があってから動けばいい。

「グランジは、神様を信じてくれる?」
「そんなものは居ない」
「夢がないなぁ」
「存在しても、それは意味がない」

居ようが居まいが同じ。
確かにそうだろう。存在した所で運命が変わるわけでもないし、崇拝する人間の心もち次第だからだ。

「じゃあ何で神様は助けてくれるんだろう」
「奴はお前を助けたか?」
「え!」
「俺には、味見をしただけに見える」

確かに、神様はキリヤナギを挑発しただけだ。
挑発にのり、作ったのは自分自身で神様は何もして居ない。
意表をつかれたのか、呆然とするのをみてグランジは呆れた。

「じゃあ、明日色々教えてくれるって言うのは……?」
「それは知らん」

グランジなりの心配だろうか。
神様を疑いたくはないが、グランジの言葉に間違いはない。
明日一度様子を見て見ようと、キリヤナギは心に決めた。

@

次の日の夕方。キリヤナギは定時に切り上げ、グランジに昨日の材料の余りを持って来るように頼んだ。
元宮の入り口でグランジと合流したキリヤナギは、2人で神様のいる街灯の下へと向かう。
するとそこには、もう既に神様が待っており2人を見つけこちらへと振り返った。

「きたな。悩める人の子よ」
「こんばんは。今日はよろしくお願いします」
「ふむ、構わないぞ。こちらへ上るといい」

神様はそう言って、飛空庭の紐を呼び出し、2人を庭へ招いてくれた。
普通の庭よりも少し大きな土台と、洋式の屋敷がそびえる庭だ。
この世界には珍しくオープン式のワゴン。自動車が止まっている。

「キッチンはこっちだぞ」

神様に言われるがまま、グランジとキリヤナギは正面玄関からそれて屋敷の裏口へ案内されるのだと思った。
が、神様のあとに続こうとしたとき、目の前の正面玄関に動きがある。
現れたのは、ピンクの髪の少女ととんがり耳に長い髪を降ろすドミニオンの女性だった。

「エラトス神、戻られていたのですか?」

少女の言葉に、キリヤナギは思わず神様をみた。
エラトス神と呼ばれだ神様は、堂々とそちらへ向き直る。

「今もどった。客を招いたのでキッチンを使わせてもらう。おまえもビブリアと外出か?」
「はい、少し出かけてきます」

「夜には戻るから、お留守番お願いね」
「分かった。気をつけて行ってくるといい」

ひらひらと手を振り、少女とドミニオンの女性は、庭から外出していった。
当たり前に交わされた日常会話に意表をつかれ、思わず目の前の神様を見直す、エラトス神、彼はそう呼ばれたのだ。

「エラトスさん?」
「そういえば、話していなかったな。俺はエラトス。冥界の土地に祀られた土地神の一人だ。色々と訳があり、今はエミル界にきている」
「……でも、人間ですよね? タイタニアさん?」
「見た目はな。この世界は不思議なものだ。ヒトに知覚されたいと願った時、私はいつの間にかこの体を得ていた。今はビブリアと共に暮らしている」
「そ、そうなんですか……」
「そうだぞ。なに、無理に信じる必要はない。私も証明ができる物がないばかりか、この姿である以上、人の子には人の子としか認識できないからな」
「えーっと……」
「だが、俺を信じる信者が一人でもいるのなら、私は私なりに力を貸そう。神とは、人に信じられてこそ存在できるものだから……」
「信じられてこそ……? じゃあ、信じる人が……いなくなったら?」
「……どうなるだろうな。私も細かいところまではわからない。しかし、人の子に願われ、生み出された存在ならば、私は私を生み出した人の子の為に尽くそう。……キリヤナギ。お前が私を神だと信じるならな」

キリヤナギがエラトスを神だと望めば、エラトスは神として、力を貸す。
だが信じないのなら、手を貸す義理はないと言いたいのだろうか。
不思議な話だ。ある日突然出会って、神だと自称されれば誰でも困惑するだろう。
普通の人間なら無視もするはずなのに、キリヤナギは信じた。彼は神ではないかと、

「でも神様は、僕の悩みをいい当てたよね?」
「この時期にチョコレートのカタログを見ていれば、誰でも分かるだろう?」
「へ……? じゃあ、甘えてるっていうのは……料理が苦手だって……」
「誰かが作った出来合えのチョコレートを渡すのなら……と、カマをかけた。ここまで愚直に信じたのはお前が初めてだったな」

キリヤナギは思わず頭を抱えた。結局、信じすぎていただけだったのだ。
しかし、目の前のエラトスは、自分が神だと言う事実は最後までは否定してはいない。
きっとキリヤナギが混乱しないよう、誤解と真実を整理させようとしているのだ。
哲学的で、考えれば頭がパンクしそうだが、目の前にいるのは、まごうことなきキリヤナギの信じた神で……。

「……神様は、料理好きなんですか?」
「好きだぞ。だからこそ、手を貸そうとしている」
「……そっか。じゃあ苦手な僕に教えてください」
「ふむ、良いぞ。ではキッチンに案内しよう」

神様の正体は分からない。
だが神様ではなくても、エラトスと名乗る神は、キリヤナギに料理を教えようとしている事に違いはなく、大した問題ではないのだと思った。

「エラトスさんって呼んだ方がいいですか?」
「構わないが、信者に偽名を呼ばせるのは違う気がするな……」
「偽名……なんですか」
「神の名を知りたいか? 人の子に理解できるとは思えんが……」
「じゃぁ、もう神様で……」
「それがいい。素直な信者は大歓迎だぞ」

面白い神様だと、キリヤナギは素直に感想する。
キッチンに入ったキリヤナギは、出来るだけ軽装になり、持参したエプロンを羽織った。
材料を並べて準備をするキリヤナギにエラトス神は感心する。

「準備がいいな」
「そうですか……? でもこう言うの大事かなって」
「そこまでやる気ならば、私も教えがいがある」

そう述べて、エラトスが手に取ったのはボールと菜箸だった。
キリヤナギがウェブをレシピで探している間に、エラトスは、全ての材料を目分量でボールに突っ込み、菜箸でスピアサイクロンを唱えてかき混ぜる。
あっと言う間に弾力を持ったそれを、ブロウの力でこね始め、数十分でクッキーの生地が完成した。
カナトが教えてくれた、キリヤナギのクッキーの作り方とは違う。

「神にかかればこんなものだ」

キリヤナギは返答が出来なかった。
しかし困惑する彼ををみて、神様は横につき、ミルクと巨麦粉の対比とか、砂糖の量を教えてくれた。
ココアパウダー分量も測り、キリヤナギの分の生地も作って型を取ってゆく。持参した6角の盾がモチーフの型を持ちだし、エラトスがまた感心した。

「ほぅ、型を自作したのか?」
「マエストロの知り合いにお願いしたら片手間で作ってくれたんです。クッキーが出来たら渡す条件で」
「いい友人を持っているな。その友の為にもやってみるといい」
「はい!」

キリヤナギは普通に型をとるが、エラトスが気を利かせ、盾の型になる生地を切りチョコレート色の生地と合わせてくれた。
形を上手くすれば本当に盾に見えて面白い。

グランジはずっとその様子を立って眺めていたが、普段料理を全くしない彼が、珍しくキッチンに向かい、試行錯誤しているのがみていてとても新鮮だった。
何も起こらない事に安堵して、グランジは平和な空気に肩を下ろす。

クッキーを焼いている間に、家主であるビブリアとダンビュライトが帰宅し、エラトスはキリヤナギとグランジを含めた5名分の夕食を用意してくれた。
いつもグランジと二人で食べる夕食で、こんなに大勢で食べるのは、以前カナトの自宅で食べた時以来だと思う。

「へぇー、総隊長さんなんですね! すごい」
「そ、そうかな。でも僕は一人じゃ何もできないから……」

「でも、エラトスに料理を教わろうとする前向きな姿勢は見習いたいと思うよ」
「ビブリアさんも、ここのお店を経営してるしみんなをまとめていると言う意味では、似ていますね」
「あはは、そうかな?」

「この店は俺も手を貸しているからな、上手くいって当たり前だ」
「今日のエラトス神は自信満々ですね」
「一言よけいだぞ、ダンビュライト」

横ではグランジも一緒に夕食を食べている。
彼は普段から大体何かをたべているが、彼の食事は安息を意味する。
警戒が必要な場面では、グランジは座りすらしないのを見ていると、グランジもまた彼らを信頼したのだろうか。

「グランジ、美味しい?」

無言で頷く彼は、目すら合わせないが、普段のグランジだ。

「この神の料理だからな」
「はいはい、そうだね」

不思議な家族だとキリヤナギは素直に感想した。
夕食を終えた彼らは、食後に焼きあがったクッキーの味見をしたが、予想以上に味が良く、キリヤナギはしばらく言葉がでなかった。
カナトの自宅で作ったものとは別物で、神様の調理力に衝撃すらうける。

「俺にかかればこんなものだ。メモしたレシピを参考にして調理するといいぞ」
「神様、ありがとうございます」
「舌は肥えているようで安心した。ホワイトデーまで時間はないが、楽しみにしていよう」
「はい。ご馳走さまでした。神様」
「なかなかたのしかった。また会おう」

神様も楽しめたなら、きた意味はあったと思う。
帰りはかなり遅くなり、とても疲れてはいたが、その日のキリヤナギはとても充実した気分で眠りについた。

@


「ほぅ、神様ですか。えらくお人好しの人に出会ったものですね」

グランジの報告を聞いたセオは、部屋の掃除をしつつ呆れた返答を返した。
キリヤナギの行動はいまに始まった事ではないが、他人の為に力を尽くすことはあっても、自分の為に何かをしようとするのは珍しい。

「これを機会に自炊を覚えて頂ければ、少しはあの適当さもマシになるとは思うのですが」
「何を期待している?」
「自分で作って欲しいわけではなく、バランスの取れた食事をしろと言いたいだけです。幸い間食はないにしても、インスタントになりがちなのと、夜の飲酒と夜食が増えているようなので……」
「夜会によばれればどうしても増える。毎日ではないだけマシだとは思うが……」
「珍しく擁護的ですね……」
「平日の夜食はほぼやめさせたからな」

グランジがきたばかりの頃は、心身的なストレスから眠れない事が多く夜食が日常茶飯事だったが、ある程度のメンタルケアを視野にいれ接すると、少しずつ落ち着き今では殆ど無くなった。
しかしそれでも、時々孤独を感じ、深夜に強い酒を飲んでいる。

「ある程度仕方ないのは承知です。しかし、体質的に考えて壊れた時にどうなるか分かりませんから……」
「……そうだな」

人間らしい生活をするキリヤナギだが、その体質は人間とは言い難いもので、外傷的な怪我には強いいものの内臓疾患には犯されやすく、何かのきっかけで大病にかかれば、どうなるかわからない。
その為にも、セオとグランジを含めた騎士組は、キリヤナギの食にかなり気を使っていた。

「感染症にかかった時は、本当肝を冷やしましたが、全ては同じとも限りません」
「……そうだな」

その為にも、キリヤナギ自身が控える事を学ばなければいけない。
食の知識が増える事は、キリヤナギ自身の成長に繋がると二人は認識した。

「ただいまぁ……」

午後になり、昼食を終えたキリヤナギが執務室に戻ってくる。事務作業が億劫なのか、憂鬱な表情で椅子に座った。

「しごとしたくない……」
「諦めてください」

セオの言葉が余りにも無慈悲だ。
突っ伏したまま、前を見ると、グランジが昨日の余りのクッキーをたべている。
ジンがたべていた様にもくもくと、コーヒーと一緒に食べていた。

「グランジ、美味しい?」

横目で一瞬こちらをみて、小さく頷く。
素直に口に出せばいいのに、

「私も頂きましたが、いい味がしました。練習されているのですか?」
「神様と一緒に作ったんだ。一人でも作れたらいいんだけど……」
「……そうですね。混ぜる時はトコトンかき混ぜて、こねるときはトコトこねるとメリハリがつきます、ためすといいでしょう」
「へぇー」

確かに、神様はスキルでかき混ぜ、スキルでこねていた。加減せずダマも作らない様にするには、混ぜれるだけ、こねれるだけやった方がいいのだろうか。
その日の帰り道は、以前の場所に神様はいなかった。
特に用事も話すこともない為に、構わないとは思ったが物足りない気持ちにかられつつ、帰宅する。

「よし! 作る!」
「いつも以上に、気合いが入っておられますね、陛下」
「だって、ホワイトデーはもう明後日だよ。ラッピングもしないとだし今日作らないと間に合わない」

気持ちから入る為も、エプロンを着て三角巾も用意した。
夕食は焼いている間に済ませば、食後に味見をできる。
ディセンバルが夕食を準備する横で、キリヤナギは一人で作業を始めた。
神様にもらったレシピを参考に、分量を丁寧に計って混ぜて、こねる。
もう一つチョコレート生地も作り始めたが、空腹に限界がきて、夕食をつまみながら作業をした。
盾の型を使って抜いて、チョコレートの生地と合わせて行くキリヤナギに、ディセンバルは感心して、色んな形の型を持ってきてくれた。
形の種類が増えて思わず笑みが溢れてくる。
面白い。

「美味しくなると良いですね」
「まだ、3回目だからわかんないけど、甘くなればいいなぁ……」

後は焼くだけだ。温めたオープンに生地を入れて、キリヤナギはようやくグランジとその日の夕食をとる。
疲れからか眠くなり、ソファーでウトウトしてしると徐々に甘い匂いが漂い始めた。
向かいでゲームをしていたグランジも顔を上げる。
キッチンに行こうかと思ったが、ディセンバルが焼けたものをお皿に乗せて持ってきてくれた。

「焼き時間が長めでしたので、止めさせていただきました」
「本当? 焦げそうだった?」
「そうですね。少し危なかったかも知れません」
「そっか……ありがとう」
「今日は失敗はできませんから、次を焼くときにお気をつけ下さい」
「わかった」

話してる間に、先に食べたのはグランジだった。
彼は無表情だが、食べるものに関してはわかりやすい。
口に含んでも何も言わないグランジに、キリヤナギも続いて食べた。

「クッキーだ」
「そうですね」

クッキーの味がした。
普通のクッキーで、普通に食べられるクッキーだった。
グランジが何も言わないのは、普通だからだろう。
普通なら確かにコメントもできない。

「うまくできたかなぁ……」
「それは陛下次第ですね」

完成したクッキーは普通だ。
しかしそれでも綺麗に焼けていて嬉しくなる。
びっくりさせる事ができるだろうか。考えるとなぜかワクワクする。
時間もないため、キリヤナギが再びキッチンに向かおうとした時、ポケットに入れていたナビゲーションデバイスが振動した。
着信は先日お邪魔したビブリアからで、キリヤナギは迷わずに応答する。

「こんばんは、キリヤナギです」
「”あ、繋がった……。こんばんは”」

ドミニオンの彼女の声には、少し不安が混じっていた。
時間は午後9時だ。普通なら遠慮して電話は控える時間だろう。
キリヤナギはこの時点で、少し嫌な予感がした。

「”こんな時間にごめんなさい。……あの、エラトスが帰ってこなくて、そちらに行っていませんか?”」
「神様が……? うちには来てない……けど」
「”そうですか。すみません……”」

エラトスが自宅に帰っていない?
確かに先程も街灯の下には居なかったが、気にもとめていなかった。

「連絡がとれないんですか?」
「”……はい。買い出しに出て、南平原にでたログは残っていたんですが、オフラインになってしまって……。いつもの散歩かと思ってたんですけど”」
「それは何時頃ですか?」
「”19時ごろだったかな……”」
「普段の帰宅は?」
「”いつもなら、19時半ぐらいには家で夕食を作ってくれています。遅れても20時には家に帰っていたので、少し心配で”」

陽も暮れていると思うと確かに心配になる気持ちもわかる。
アクロポリスならまだしも、平原は街灯がなく月明かりのみになってしまうし、ならず者に襲われる可能性もある。

「分かりました。ビブリアさんは自宅で待っていてください。少し探してみます」
「”え……あの、私はエラトスが居るか伺いたかっただけで……”」
「アクロポリス周辺は僕の領地です。そこに暮らすあなた方を放って置けない」
「”……”」
「それに、神様は僕の神様でもありますから」
「”……そっか。ありがとう、じゃあお願いします。キリヤナギさん”」

返事だけを返し、キリヤナギは通信を落とした。
職服はもう脱いでしまった為、ジャケットと厚手のスラックスに着替えた。
グランジも同じく私服に着替え、二人で屋敷を出る。

「何処から探す?」
「うーん、平原広いからなぁ……」

二人では手に余る広さだ。
時間的に聞き込みはできないし、手分けしても襲われていた場合、一人では危険だ。

「ジンに連絡をとるか?」
「……なんで?」
「ワーウルフがいる」

キリヤナギがあからさまに嫌な顔をする。
グランジも予想はできていたが、時間は無駄にできない。

「騎士組のだれかにもう一人ワーウルフ持たせようかなぁ」
「今話すことではないな」

グランジはそう返しつつ、ナビゲーションデバイスでジンに通信を飛ばす。
キリヤナギはとりあげようとしたが、身長差を利用してかわされてしまった。

@

「ルナだけっすか?」
「人探しをしている。借りれないか?」

玄関に出て来たジンに、グランジは用件を率直に伝えた。
あからさまに睨んで来るキリヤナギに、ジンは後ろに下がりたくなる威圧を感じる。

「何か問題でも?」

キッチンに居たらしいカナトもエプロン姿で顔を見せた。
部屋から甘い匂いがするのは、ホワイトデーのために何か作っていたのか。

「人探しにワーウルフの力をお借りできればと」
「構わないが……ルナはいいか?」

「行って来いと言うなら行く」
「そうか」

「俺も?」
「ジンは居てほしい。カナトさんを一人残すのは避けたいからな」
「そっか……」

「手を貸したいが、残念ながら火を見ていて外出できない。悪いな」
「カナトさんが同行する事を、キリヤナギはのぞみません」
「だろうな」

笑いながら述べるカナトに、キリヤナギの苛立ちが募る。
冗談でも、タチが悪い。

「カナトさん。ワーウルフはいつでも呼び出せますが、我々が戻るまで名を呼ばないよう気をつけて下さい」
「分かっている。こんな時間までご苦労、夜は深い、気をつけて」
「お気づかいに感謝を、また参ります」

狼となったルナをみて、ジンはグランジにリードをなげた。
カナトとジンの自宅をでて、二人は神様と出会った街灯の下にルナを連れて行く。
どんな人物かはわからないが、ルナは確かにその街灯についた人間の匂いを感じた。
しかし人型になり、考えた仕草をするワーウルフにキリヤナギは首を傾げる。

「探す相手はタイタニアか?」
「タイタニア……かな? 一応浮いてたかも」
「床に匂いが落ちていない。難しい」
「……そっか」

「一度平原にでるか?」
「そうだね。何かあるかも」

匂いが落ちて居ないのは盲点だった。確かに浮いているなら、床に匂いがつきようもない。
厄介だと思い、足早に平原に向かっていると、ルナは何故か南階段の前で足を止めた。
そして何故か、キリヤナギの匂いをかいで平原を仰ぐ。
人型になったワーウルフは、確認するように告げた。

「キリヤナギは、今日南平原に行ったか?」
「え……行ってないけど、どうしたの?」
「キリヤナギの甘い匂いがする」

甘い匂いと言われ、ピンときた。
クッキーだ。

「それ追える?」
「やって見よう」

神様にキリヤナギと料理したクッキーの香りが残っているなら、辿れる可能性は充分にある。
甘い匂いを感じたルナは、狼の姿に戻りその匂いを追った。
クッキーの香りは特徴的で他と間違える事もない。
ワーウルフの後をついて行くと、たどり着いたのはウテナ湖だった。
街灯がなく、月明かりだけの場所は、視界が悪く探しにくい。
またモンスターもいるため、出来るだけ音を立てずルナの後に続いた。
五分ぐらい歩いただろうか。
湖が見える場所に、一人の男性が腰を下ろしている。
エラトスだ。

ほっと肩を撫で下ろし、無事であることに安堵する。
物思いにふけるように湖を仰ぐエラトスに、キリヤナギは何も言わず歩み寄り、ゆっくりと横に座った。

「お前か……よくここが分かったな」
「すごく探しました。デバイスもオフラインになってたので」
「昨日充電を忘れていた……。悪かったな」
「ビブリアさんが心配していました」
「そうか……」
「……何故、こんな場所に?」
「少し考えたい事があった。……俺は土地神ではあるが、今やもう、見守るべき場所はない。役目を終えた神であるのに、何故ここに在れるのかと」
「在れる……?」
「お前に問われるまで気にした事もなかった。だからこそ少し考えたくなってな……」
「……僕のせいで」
「勘違いするなよ。自分がなぜ今更この世界にいるのか疑問に思っただけだ。人の子のように……らしくはない」
「神様……」

キリヤナギがそうぼやいた時、エラトスの表情が変わった。
俯いた目線が上に上がり、頬が緩んだのがわかる。

「……そうだな。私は神だ」
「え……」
「信者キリヤナギ、今日より俺は、冥界の土地神から、アクロポリスの土地神に鞍替えをする」
「へ?」
「神は望まれてこそ在るもの、信者のお前が俺に神である事を望むなら、俺はアクロポリスを見守る土地神として在ろう。お前と同じくこの土地の守護者として」

本当にそうかはわからない。
彼が神である証拠は何一つなく、キリヤナギはまだエラトスの事を何も知らないからだ。
しかし、そんな事実はどうでもいい。
エラトスが神であっても無くても、キリヤナギから見れば、料理好きな神様である事に違いはないから。

「分かりました。神様、アクロポリスをお願いします」
「そうだな。日々、治安維持に励め、騎士よ」

神は見守る存在で、見守られているからこそ頑張れる。
この形も悪くはないとキリヤナギは思った。

エラトスを発見し、彼を送って、ルナもカナトの自宅へ返しにゆく頃には、既に日付けが変わっていた。
屋敷に戻るとずっと甘い匂いが漂い、ディセンバルがずっとクッキーを焼いていてくれたらしい。
大方焼きあがって居たクッキーだが、今日は遅いため、休むことにした。
明日また、神様に出会えればいいと思いながら……。

@


「待っていたぞ。騎士・キリヤナギ」

キリヤナギは緊張していた。
以前の街灯の下、作ったものを持って来いか言われた約束の日に、キリヤナギは昨日焼いたクッキーを持ってきた。
本部の雑貨屋で買ってきた透明な袋に、リボンを結んでラッピングしているキリヤナギに、セオは目をまんまるにして驚いたのでウェブでのラッピングも捨てたものではないと思ったものだ。
お供え物をするように差し出したそれを、エラトスは受け取ってくれる。
迷わず開封した彼は躊躇いなくそれを食べてくれた。

「短期間でよく形になったものだな。悪くは無い」
「本当ですか! 嬉しい!」
「この味なら恥じることは無い、堂々としていればいいだろう」
「神様、ありがとうございました」
「私は趣味を披露しただけだ、形にしたのはお前の努力だな」
「そう……かな?」
「そうだぞ? もう少し話をしたい所だが、私も夕食の準備がある。悪いな」
「そっか。ビブリアさんと、ダンビュライトさんによろしく伝えて下さい」
「うむ、いいぞ。ではこのクッキーはもらってゆく。さらばだ」

エラトスはそう言い残し、紐を呼び出して帰ってしまった。
足元に目が行かなかったが、買い物袋が見切れたので、出かけるついでに待ってくれていたのだろう。
キリヤナギも、すぐに帰って明日の為にラッピングしなければならない。

ラッピングの作業は黙々としたものだった。
横で最新ゲームをするグランジは、キリヤナギが省いた形の悪いクッキーを紅茶と一緒に食べている。
キリヤナギは先週からずっとクッキーを食べていてもう完全に飽きているのに、グランジは不味くても普通でも食べてくれていた。
感想も何も言わないが、食べてもらえて嬉しいのはこの事なんだろうか。

「美味しい?」
「……普通」

分かり切った感想だった。
それなりに夜なべをして、ようやく完成したクッキーを、キリヤナギは寝不足で本部まで運ぶ。
名前付きのチョコレートをくれた仲間に、昼休みに一人づつ配った。
またそれは騎士組にも届けられる。

「神様のおかげですか……」
「そうだな」

渡されたクッキーをみて、セオも頬が緩む。
普段から心配ばかりして骨が折れるが、時々こうして返ってくる。
キリヤナギらしい。

「グランジも、貰ったのですか?」
「散々食べたので断った」
「そうですか」
「……十分貰っている」
「直接伝えたらいかがです?」

グランジはセオの言葉を無視した。無口な彼はあまり感情を表にださない。
その後午後の昼休みに、キリヤナギはククリールと連絡を取る。

「クク! 久しぶり、元気だった?」
「久しぶり……、キリヤナギさんから連絡なんてめずらしいですね……」
「そうかな……? バレンタインデーのお返しを用意したんだ。受け取って!」
「お返し……?」

袋から出てきたクッキーは、盾の形や猫の形をした可愛らしいものだった。
リボンも丁寧に結ばれている。

「今年は、かわいいですね……」
「そうかな? 僕が作ったんだ」
「え……」
「えっ……」
「えぇ……」

困惑したリアクションに、キリヤナギも困惑する。
驚くのはわかるがあんまりな反応だ


「唐辛子とか入ってないですよね……」
「そんな事しないよ……去年も普通だったでしょ……」

去年は普通のブランドのチョコレートを返していて、面白みがないと言われていた。
だからこそ、驚かせたいと思ったのに、

「グランジさん、本当に大丈夫ですか?」
「大丈夫だ」

「なんで確認されてるの……」

信頼がないにしてもひどい。
しかしそれでもククリールは少し照れたような仕草を見せてくれた。

「ありがとう……」
「良かったら感想ききたいなぁ……」

「普通だが……」
「グランジは知ってるから黙って」

人によって味覚は違うと信じたかった。
しかし、ククリールは午後から冒険者としての仕事があるらしく。
すぐには食べれない為、気が向いたら連絡をくれると言うことで落ち着いた。

空になった袋を持ちキリヤナギはご機嫌だった。
物珍しさもあっただろうが、頑張った甲斐があったと思う。
午後からも珍しく機嫌が良く、普段より効率よく作業がすすんだ。

「あれ、僕、メリエのぶん机に置いてなかった?」
「……知らん」

配り切らないように執務室に取り置いた最後の一つ。
無くなっているのは、つまりそういうことだ。

「そろそろ会いたいなぁ……」
「伝えておきましょう」

そろそろ10ヶ月になるが、つぎに会えるのはいつだろう。
仕事一筋の彼女に、少しでもアプローチできればいいと、キリヤナギは肩を下ろした。

END
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本編 | 【2017-03-14(Tue) 00:00:00】 | Trackback(-) | Comments:(0)
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