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(C) BROCCOLI/ GungHo Online Entertainment,Inc./ HEADLOCK Inc.

総隊長が倒れる話

出演:グランジさん、セオさん、ホライゾンさん

あらすじ
年末で多忙を極めるキリヤナギは、毎年ある定期報告会への書類をまとめていた。
締め切りが迫る中、徐々に余裕がなくなっていくキリヤナギを、グランジとセオは見守ることになる。




 
「……疲れた」

とっぷりと日が暮れたアクロポリス、
既に真冬となっているアクロポリスは、雪が降りそうなほどに気温が下がり、窓は室内との温度差で曇っていた。
そんなギルド元宮の一室で、キリヤナギはようやく今日のノルマを終え溜息を落とす。

今キリヤナギが直面している問題は、目前に迫った定期報告会だった。
ギルド評議会の傘下である治安維持部隊は、年に一度、その年に起こった事件、事故をどの様に調査し解決したかまとめ、どの様な成果を上げたかをギルド評議会へ報告せねばならない。

キリヤナギはこの作業が苦手だった。
苦手というのは、文を読むことではなく、報告された事柄をまとめ、文章するのに時間がかかるからだ。
誰がどの様に動き、成果を出したかを知れる”読む作業”は、誰かが書いた手紙を読んでいる気分になって嬉しいが、それをかいつまみ、新しい文章を作るのが難しい。
少しづつ手はつけているものの、まだ半分もかけてはいなかった。

「定時2時間オーバーですよ。そろそろ帰られては?」

疲れたとぼやきつつ、書きかけの書類に手を付けようとしたキリヤナギに、書類を整頓していたセオが口を挟む。
ずっと文章を読み続け、頭がぼーっとしている。
疲れで判断が出来ない自分をに気づき、キリヤナギはようやく端末の電源を落とした。

「……眠い。お腹空いた」
「根を詰めつめても効率がわるいですから」

セオの優しさに肩の荷が下りるのを感じる。
しかし、報告会は来週に迫りあまりのんびりもして居られない。

「今年もまた大規模な動きがありましたからね」
「……うん」

毎年色々な事がある。
全て覚えていられないが、皆の成果を知ってもらう絶好の機会でもあり、手を抜くことはしたくなかった。
セオにマントをかけてもらい、キリヤナギは迎えに来たグランジと二人で帰宅した。
しかし、ベットに横になっても過去の報告書を読み返すキリヤナギに、グランジは呆れた様子を見せる。

「休まないのか?」
「もう寝る……」

そう返したキリヤナギは、次の日、夜ふかしが祟り酷く寝不足だった。身体を動かして目は覚めたが、反動が午後にくる。
コーヒーを飲みながら作業する様に、セオは危うさを感じていた。

「厳しいようでしたら、ずらしましょうか?」
「大丈夫、昨日要点はまとめたから、間に合う……後で添削して」

サボりがちと思われるキリヤナギだが、真面目な彼は、無意識に根を詰める。
余裕がない時ほど無理をして、無駄がなくなる。
真面目になると言えばそうだろうが、無駄かなくなるのは、休息すら取らなくなってすりへらしてしまうのだ。
危うい。
そうセオが心配する中で、キリヤナギは新しぐ読んでいた報告書を見て手を止めた。

「セオ。これどう思う?」
「どうとは?」

見せられたその報告書には、アクロポリスのダウンタウンにて暴力的なパーティーに遭遇し、民間人を守ったと言う旨の内容だった。
ここまでならいいが、遭遇したパーティーを確保したのか、取り逃がしたのかと言う結果も書かれておらず戦闘になったのかすらわからない。

「内容がありませんね。再提出させますか……」
「うーん。でも文面を見る限り文章が苦手ではなさそうなんだよね」

文章から書き手がどういう気持ちでかいたのかは、文を読めばある程度伝わってくる。
苦手ながら一生懸命かいたのが、面倒で適当なのか、得意だが必要最低限なのかなど、書く人によってまちまちだが、それでもどんな任務で何をして、結果どうなったのかだけで構わないと面接の段階で伝えてある。
そもそもキリヤナギ自身が苦手な作業を、あまり仲間へ強いりたくないからだ。

その上でキリヤナギが文面から感じ取ったのは、”本当はこんな書き方はしたくないが、必要なのでやらされた”と言う意見と、”必要条件が大きすぎて出来るわけがない”と言う不満だった。
自分の失敗を誰かに押し付けたいのなら、もっと具体的に書いてもいい筈なのに、誰が悪い訳でもないとうまくぼかされている。

派手は失敗をしてしまい、衝動的に書いてしまったのだろうか。
敵と小競り合いになっていたのなら、負けて怪我をしていないか心配にもなる。
キリヤナギはしばらくその書類をながめ、一つの選択をした。
ナビゲーションデバイスにあるアプリから、どの隊員達がどの任務を受注して外出しているかを確認してゆく。
そこで気になった名前を確認した直後、キリヤナギは唐突に立ち上がった。

「……ちょっと休憩してくる」
「分かりました」

元宮内を散歩するぐらいなら、マントはいらない。
振り返らず、執務室を出て行くキリヤナギと入れ替わり、グランジが執務室ヘと現れた。
グランジからすれば、セオは作業をサボらないように見張っている認識であったため、何かあったのか?と目で問われる。

「休憩だそうです。いつ戻られるのかは知りませんが」
「いいのか?」

このタイミングで席を外した彼は戻ってきた試しがない。
原稿もまだ殆ど出来ていないのなら、間に合わない可能性もでてくる。

「確かにそうですが、ずっと座っていても寝不足が裏目にでるだけでしょうからね……」
「……口は入れた」
「貴方の実行力が足りないだけでは?」
「……」

キリヤナギの無理をする性格は、騎士の皆が把握していることだ。
本人が理解していない無意識な無理を制止できるのは、本人を囲う騎士組にしか出来ない。
セオはそこに意見している。

「お前は奴の母親か?」
「我々にとって主人の体調管理は最優先すべきこと、ここの事務処理で過労死しては、私達の悲願も……」
「……」

グランジは言葉を受け入れた様子も無く、自分のコーヒーをいれる。
セオは理解していた、キリヤナギに許されるグランジは、同位たるセオの言葉を聞く義務をもたない。
何を言っても、聞くか聞かないかはグランジの自由だからだ。

「貴方が体調管理をしていれば……」
「面倒を見すぎても、繰り返すだけだからな」
「は……!?」

意味がわからない。グランジの言葉は一度体調を壊すという事に同義する。

「最も側にいる貴方がそれを許すと? 主人を守るべき我々にそんな事ゆるされる訳が……」
「今はいい……」
「……!」
「……平和だからな」

喉まで来た言葉が詰まり、セオはそれを飲み込むしかなかった。
確かに平和だ。偽物でも、戦争はなくなり毎日小さな人助けをするだけで、自分達は気楽に生きている。
生命の危機を感じる事もなく、日々恐怖に怯えることもなく、平和が当たり前の日常が毎日訪れている。こんな中で体調を崩しても、医者は直ぐに来て見てくれるし、悪化もする事はない。
平和である事は、それらが当たり前に有ることを示す。

「それでも、私は納得いきません」
「……なら、好きにしろ」

セオの視線をグランジは気にした様子もない。
キリヤナギの体調でモメるのは毎度の事だ。
グランジは以前まで軽く頷いていたのに、今はこう言い返してくる。
考え方の違いを己で解釈したのだろうが、心配し過ぎているのも、セオは自分で分かっていた。
しかしそれでも、母親面をしていると言われれば流石にストレスを感じる。

「ならグランジ、賭けをしませんか?」
「……?」
「私はこのままだと、隊長は倒れます。これにアスタロトスタンプを一つ賭けましょう」
「賭けにならないな」

……。

グランジもまた倒れると思っているのか。
理解度で言うならば同程度らしい。

「なら、体調を崩すまでの期間でどうですか? 私は来週の報告会の後」
「……今週中」
「なにを賭けますか?」

グランジは趣にポケットから一枚のチケットを取り出した。
それはアクロポリスの高級宿泊施設のビュッフェの招待券で、四人まで同伴可と書かれている。

「キリヤナギから忙しくて行けないと渡された」
「……」

四人ならセオの家族も連れて行ける。
良く見るとオープンの時間がキリヤナギの勤務時間となっており、確かに本人は参加できないだろう。
食べることが好きなグランジからすれば確かにそれなりの価値にも見える。

「いいでしょう。結果が楽しみですね」

寡黙なグランジではあるがこの付き合いの良さはセオも嫌いになれなかった。

@

執務室から出たキリヤナギは、グランジとすれ違い。
休憩してくると言って元宮内を歩いて回る。
マントもつけず室内をうろつくキリヤナギは、大佐クラスの部隊員には気づかれるものの、部隊員のなかに溶け込んで、一目では総隊長だと判断ができない。
その為、見つけた隊員がのみが挨拶し、周りがそれにつられていく。
一時期は、キリヤナギがいないのに挨拶をする遊びが流行って、キリヤナギがいないのにキリヤナギがいるドッペルゲンガー現象が起り、自分が消えてしまうのではないかと本気で怖かった。

そんな事を思い出しながら、報告書を書いた本人を探す。
名前はドミニオン・コマンドのシノだ。
最近面接であって顔は覚えているが、入ったばかりの彼に、突然顔を出したら驚かれそうなので、慎重にこっそりと会いにゆく。
しかし、実働兵の場合、またすぐに出ていってしまいそうなのでのんびりも出来ない。
一覧によれば一応本部にいるようだが、方向オンチのキリヤナギが見つける事ができるだろうか。

焦る気持ちを抑え一部屋一部屋丁寧に確認していると、待機室でナビゲーションデバイスと睨めっこをする少年がいた。
昼食中なのかパンを齧って、頰には絆創膏を貼っている。
任務での怪我だろうか。
手当てはされているようだが、不満そうな表情を観るに、なにか悩んでいるようにも見える。

「あの……こんにちは」
「へ、あ、こ、こんにちは……、なんか用すか……?」
「えっと、元気なさそうだなぁって……」
「は……何突然……そもそもなんでナイトさんがここに?」

スカウト系のフロアに、ナイトの職服をきた人間も確かに珍しい。
敬語を使われないのは、キリヤナギだと気づかれていないのか。

「と、友達がいてたまに会いにきてるんだ。散歩みたいなもんだよ」
「ふーん……」
「元気なさそうだから、どうしたのかなって……」
「ナイトさんには関係なくね?」
「えぇ、でもほら、目の前に元気ない人がいたら心配になって……なんか出来ないかなって思わない?」

意味深な目で睨まれ、キリヤナギは思わずたじろいだ。
明らかに信頼されていない目だ。

「……言っていいのかわかんねぇ」
「守秘義務とか? スカウト系はチーム単位であるんだっけ?」
「うんまぁ……俺、まだ入ったばかりでさ……」
「……大丈夫。僕、誰にも言わないよ。任務なら僕でよければ手伝えるし、それに部隊内での情報共有はある程度容認されてるから」
「……あんたに何ができるかわかんねぇけど」
「ナイトだから、壁ならできるよ」
「いらねー……」

心に突き刺さる何かを感じる。
たしかに隠密が重要なスカウト系の任務に、ナイトがいても目立つだけか。

「じゃ、じゃあ憑依で……肩代わりぐらいなら……」
「いいって気持ちだけで……嬉しいし」

心なしかシノの表情が明るくなった気がした。
緊張していた顔がゆるみ、キリヤナギもまた心の緊張がほぐれていく。

「俺、ちょっと前の任務で失敗してさ……襲われてた人を守ってたら取り逃がして……」
「そうなんだ……」
「被害者の女の子が、大事なもの取られたみたいでさ、取り返したかったんだけど……、俺1人じゃそんな大勢を相手にできなくて、守りきるのが手いっぱいだった」
「……そっか、もしかしてそのほっぺたの傷も?」
「これは剣士かと思った相手が、銃もってて掠ったやつ」

頭に当たっていれば即死は避けられない。
相手が殺す気で来ていたのなら、確かに撤退は正しい選択だ。

「女の子に取り返しにいくから、依頼出してくれって頼んだんだ。でも、もう怖いからとか、怪我して欲しく無いからって言われて、俺どうしようもなくて」
「……一緒に受けた友達はいたの?」
「たまたまそこで始めて組む事になった奴がいたけど、どうにかしたいって言ったらモメちまって……。諦めろって言われてちょっと頭にきちまった」
「そっか……」
「なぁ、ナイトさん。俺、このまま諦めていいのか? こう言うのなんとかしたくて入ったのに、何も出来てないし、こんなん納得いかない」

話を聞いたキリヤナギは、直観でシノは正しいと判断した。
たまたま遭遇した事案で人を助けはしたが、それ以上にやりたいことができて、実力と現実との狭間に悩んでいる。
被害者から依頼があれば、何人かで寄り添い集団で動く事は可能だったり、依頼が無くとも共感する友人同士で解決に動く事はできるだろう。
だが彼はまだ入ったばかりだ。
新人で友人も少なく、信頼関係もない部隊員に誰かが協力してくれるともかぎらない。

「わかった。僕で良ければそのパーティを探すの手伝うよ。襲われたならそれで立件出来そうだし、取られたもの取り返しに行こう」
「まじかよ。ナイトさんお人好しすぎねぇ……?」
「よく言われてる……。でもその喧嘩しちゃった子にも声かけてあげよ。もしかしたら気にしてるかも知れないし」
「……わかった。でも10人ぐらいいたし、3人じゃまだ」
「それぐらいなら、まだ僕一人で何とかなりそうだけど……」
「は? それは流石に盛りすぎだろ!? 少尉でも10人なら5人はいるって聞いたぞ」

そう言えばマニュアルにはそうあった気がする。
少尉クラスの場合、実力や判断力を見越しての想定から、できるだけ大人数で向かうように指導があるからだ。
しかし上に行けばいくほど一周回って少人数が動きやすいと気付き、動きが洗練されてゆく。
こう考えると実働兵の段階で既に7、8人は余裕に相手にできる、カルネオルやリアス、ジンは相当なんだなぁとキリヤナギはしみじみ感じた。

「でも、ナイトなら固いしそうなのか……基準わかんねぇ」
「僕の実力は戦えば分かるし気にしないで、普通じゃないかもだし、基準にしたらダメかも」
「やっぱりそうだよな……」

当たり前では無いのに当たり前だと思っていた。自分の慢心に危うさを感じつつキリヤナギも反省する。

「それともう一個不安があってさ……」
「どうしたの?」
「俺、この前初めて報告書を書いたんだけど、提出した後に、雑に書いたら総隊長がみにくるから真面目に書けよって先輩に茶化されて……」
「……」
「俺、すげーイライラしてたし、何とかしろよって思いながら書いちまったから、これやばい?俺怒られる?」
「お、怒りはしないんじゃないかな……? 」

話し込みすぎて完全にタイミングを見失っている事に気付いた。
気を使ったのが、完全に裏目に出ている気がする。

「だ、大丈夫だよ。多分……」
「俺、あんた信じていいの?」
「それは、君に判断して欲しいな……」

身分を明かしていないのに信じて欲しいなど、そんな傲慢なことはできない。逆に信頼を失う可能性もある中で、それを肯定するのは人によって裏切りにもうつるからだ。

「ナイトさんなら、絶対大丈夫って言うと思ったのに……」
「この組織って信頼できる友達が居ないと結構大変だし、片思いじゃなかなか難しいからさ、君は君で相手を判断して友達を選んで欲しいんだ」
「ふーん。友達を選ぶって……ナイトさん友達少なそうだな……」
「え……そ、そうかな。でもほら八方美人になるよりかは、お互いに腹を割って話しができる人がいると、心強いかなって」

物珍しい目で見られるのも仕方ないかもしれない。
普通の返答ではないと、キリヤナギも理解しているからだ。

「分かった。俺はシノだ。ナイトさんは?」
「僕? 僕はキリ……キーリ! よろしく……」
「キーリか。なんかどっかで聞いた響きだな」

いっそバレてしまった方が楽だろうか。
しかし、今更気いい出す気にもなれない。
複雑な心境を抑えるなか、後ろからもう一人のドミニオンが入り口から顔を出した。
シノと目が合う彼は、キリヤナギをみてお?っと声を上げたが、驚いた様子を見せない。

「シノ、気が済んだか?」
「タクミ、さっきは悪かった……」
「きにすんな。気持ちはわかるからな」
「その件だけどさ……」

現れたドミニオン・アサシンのタクミは、シノの言うもう一人の同伴者だった。
タクミはシノと同期らしく、一連の話を聞いた彼は、不可解な目線でキリヤナギを睨んでくる。

「そっか。頭数が増えたならまぁいいが……キーリだっけ? おまえナイトなのにスカウト系のなかにズカズカ入ってきて、逆に足引っ張らねえか心配だな」
「えぇ……そっかなぁ」

「でもタクミ、人がいるに越した事ないだろ」
「たまたま見つけて絡んできたなら、暇を持て余した実働兵だろ? 何処のチームにも所属してないなら尚更不安にならねぇ?」

「あの、あ、まぁ……えっと……、そうだね……」

言いにくい。
何処の部隊にも所属していないのは間違いない。
むしろ総括している為、全ての部隊をまとめているからだ。

「で、でもスカウト系ならデュアルで齧ってるかし、ある程度な大丈夫だよ」
「デュアルって、たしかベースジョブを皆伝した奴向けだよなぁ……」

「キーリはガーディアンだったんだな。騙されたぜ」

余計に意味深な目で見られてしまった。
マジマジと見られ、たじろいでいるとふとタクミが首をかしげる。

「どっかであった事あったっけ?気のせい?」
「元宮って狭いから案外あってるかも……ね?」

嘘は言って居ない自分を自画自賛して、キリヤナギは武器を取ってくると言い残し、一度執務室へ戻った。
セオに頼み、ダウンタウンにいる暴力的なパーティの洗い出しを行って一覧を送って貰う。

「作業は……」
「帰ったらやる。またちょっと出てくるね」
「羽織りを忘れてますよ」
「今日、は、いいや。内緒なんだよね」

グランジが立ち上がり、同行の意思を示すのでキリヤナギが思わず静止したが、セオが連れて行けとにらんできた為、仕方なく同行を許した。
元宮前で長身の男を連れてきたキリヤナギに、スカウト系の二人は感心した目線を向ける。

「僕の友達のグランジ……だよ」
「助っ人? やるじゃんキーリ、俺はタクミだ。よろしくな」

「シノです。よろしく」

グランジを見るとため息をついている。
マントを置いてきている前提と、キリヤナギがキーリと愛称で呼ばれている時点で、察したようだった。
キリヤナギは二人に、セオに貰ったデータから、大まかな敵の目安を参照する。

「これは過去に部隊ぶつかったパーティとか、リングのリストだよ。少尉以上の人頼めば参照できるから、参考にしてね」
「キーリが持ってきたのか?」
「と、友達に頼んだんだ。人脈は大事だよ」

そう画面を見ながら複雑な心境にかられていると、ふと目と前が歪みキリヤナギはグランジに後ろから支えられた。
一瞬の事で、画面を凝視する二人は気付いて居ない。また、グランジも何事もなかった様に前を向いている。

「どうした?」

疲れているのだ。
考えてばかりで無意識だったが、体が疲れていて、無理がでてきている。
グランジはそれに気づいている。

「な、なんでもないよ。じゃあ町の人に聞いて探そっか」

キリヤナギは何事もなかったかのように、歩き出し3人もそれに続いた。
すれ違う町の人々からはマントがなくて気づかれないのか、意識をしなければ声を掛けられることもない。
だが、肉まんを売るカーラには流石に気づかれて、手を振って居た。

「知り合い?」
「うん、肉まん好きなんだよね……」

嘘ではない。
グランジがきた時点で流石にバレてしまうと覚悟はしたが、入ったばかりの二人には、まだ騎士の顔も覚えられて居ないらしい。
面接では見たが、何時頃に顔を合わせたかまでは流石に思い出せなかった。

「二人は、いつから部隊に入ったの?」
「まだ一月ぐらい……?」
「早くない?もう少し訓練しないとだめじゃなかったけ?」

「シノは元々演習とかで対人慣れてたしなぁ。俺も身体を動かすのがすきで試験は余裕だったし、キーリは?」
「ぼ、僕は……結構長いかなぁ」
「長くてデュアルとってるくせに、未だに実働兵……? やっぱり心配だな」

グランジが何も言わずうつむいている。空気を読んでくれているのはわかるが、同意の表情から睨まれ、思いついた言葉はのみこんだ。
その上で、先ほどの立ちくらみから普段どおりでない自分をようやく自覚する。
暴力的なパーティだと聞いた分、戦闘になる可能性は高いができるだけ避けた方がいいか。

ある程度の目星をつけ、4人がダウンタウンの酒場で聞き込みを行うと、酒場のマスターが、ここ最近部隊員ともめた事を自慢げに話すグループがいたと聞かせてくれた。
強盗を行なったパーティかは分からないが、シノとタクミの言う特徴とある程度一致する部分があり、その情報を頼りに彼らがいると言う溜まり場へと向かう。

すると、中央広場の片隅にその特徴と合致するグループが地べたに座り込んで話して居た。
シノは彼らを見つけ、迷いなく飛び出してしまう。

「見つけたぞおまえら! 奪ったペンダントを返せ!」
「は? 誰だおまえ」

「シノ待って、落ち着いて……すみません。突然ごめんなさい。聞きたい事があって」
「キーリ! こんなやつらに敬語なんて」
「だめ! 下がって!」

シノを抑えキリヤナギが前に出る。
まだ本人だという確信がない為にしつこくは迫れないし、真っ当な理由がある事だって考えられる。

「すみません。少し人探しをしていて、ここ最近、アップタウンに隅で私達治安維持部隊の隊員と小競り合いをしたと聞いてきました。心当たりはありませんか?」
「ん? あぁー、そいや突っかかってくる雑魚がいたなぁ……」
「何故小競り合いに?」
「たまたま目の前にきたやつが、見ほど知らずのペンダントを持ってたから、有効利用させて貰おうと思っただけさ」
「それは強盗ですよね……」
「は? 有効利用だよ。雑魚が使えない物持っててもしかたないだろ?」

「じゃあ。私のこの武器が貴方から見て私にふさわしいと判断されなければ、これは貴方の物と言うような……」
「そうだな。でもそれはいらねーから、持っててもいいぜ!」

大爆笑をするグループに、キリヤナギは呆れた。
この町でかなりの事件やら、問題を解決してきたつもりだが、未だにこの手の輩は居なくならない。

「お前部隊員だろ? 俺らを連れて行きたいなら連れて行けよ。できるならな」

元々戦うつもりだったのか。
なら話は早いと思うが、シノと戦って自信を付けているならこの態度も分かる。
敵に囲われていくなか、キリヤナギもまた武器をぬいた。
だが後ろでグランジが、戦うなと言う意味を込め小突いてくる。

「場所を変えるのは……駄目かな?」
「同じだろ。ギャラリーにおまえらが如何に雑魚かって事を知らしめないとな」

「キーリ。こいつら増えてる……」
「流石に応援呼んだ方がよくね」

「うーん……」

キリヤナギは悩んだ。
街中で流血沙汰は避けたいし、疲れでやるなら加減はできないだろうし、グランジは本気を出させれば死人が出る。
新人である二人にそんな残虐な現場を見せていいものだろうか。
将来イレイザーなら今のうちがいいのだろうか。

そう考えている内に、敵が飛び込んできた。
軽く身体をずらして足を引っ掛けて倒し、横からの敵をグランジが鮮やかにひっくり返す。
そのムダがない動きにシノとタクミは唖然とするなか、キリヤナギはダインスレイブを鞘に戻した。

「シノ、タクミ。街中で武器は良くないから、素手でやろっか」
「「は!?」」

「舐めんなぁぁ!!」

キリヤナギの後ろの敵をグランジが掴み、膝蹴りをいれてふっとばす。

「お手本見せるね」

武器を構えて来た敵には、ダインスレイブの鞘で受け止めずらし、後ろに回って殴り込む。
床に蹴落としたあと、横から来たナイフの敵の腕を掴みそのまま投げた。
背中をみせたキリヤナギの後ろの敵を、グランジがタックルでふっとばす、ものの数分で10人を超えた敵が伸され床に転がり、野次馬が呆然と2人をみる。

「グランジありがとう」

シノとタクミが目をまん丸にしたままこちらを見ている。
だが、壁に叩きつけられた敵が意識を取り戻し懐の銃を取り出した。
狙いは正面のキリヤナギで、グランジはとっさにキリヤナギを突き飛ばす。
放たれた弾丸はグランジのコメカミを擦り眼帯を弾き飛ばした。
また、眼帯に気にかかるまでもなく、グランジが発砲。敵の耳元スレスレを擦り、壁に巨大な亀裂を生んだ。

「グランジ!」

グランジの頰に赤い血が伝う。
視力を持たない片眼が覗き、キリヤナギは泣きそうな目でヒーリングを唱えた。
しかし、グランジはそれを振り払って背を向ける。

「立場をわきまえろ」

トドメの言葉にキリヤナギは、脱力したように膝をついた。
慢心からの怪我だ。本来なら自分の受ける怪我をグランジががわりに受けただけの話で、彼が居なければとんでも無いことになって居たかもしれない。

「キーリ、大丈夫か? グランジも……」
「血が……」

「僕は平気。ありがとう二人とも、ごめんね」
「なんで謝るんだよ……」

心配してくれる二人の後ろには、応援として呼んだ部隊の影がある。
ゆっくりと歩を進めてくる相手にキリヤナギは、ほっと息をついた。

「全く、またですか。総隊長」
「セオ、……ごめん」
「……グランジは?」

「かすり傷だ」
「その割に派手に流血してますね」

呆れた二人のやりとりに笑うこともできない。
見かねたグランジがキリヤナギを肩から助け立ち上がらせると、セオがマントを羽織らせてくれる。

「一度、戻ってくだざいますね」
「……うん」

「へ、キーリ……?」
「ごめん二人とも僕、先に戻るね。また会いにくるから……」

何も言えず何も言わず、キリヤナギはグランジとセオの3人で元宮に戻ってきた。
寝不足と疲れの立ちくらみもあり、しばらくは仮眠室で休憩を取る事にする。
グランジは流血していた物のかすり傷で、魔法よりも自然治癒がいいとされた為、しばらくは頭に包帯を巻く事になった。

仮眠室で休めと言われても、動いて目が冴えて眠くすらならない。
結局横になりながら、送られてくるデータを確認していると、押収品の中に珍しい形をしたペンダントがあり、
キリヤナギは、シノに確認をして持ち主に返せるように指示を飛ばした。

@

「なるほど、言いだせなかったと……?」
「うん……」

結局30分も休まず起きてきたキリヤナギは、再び机について事務作業に戻っていた。
すでに就業時間がすぎて残業だが、出かけてしまった手前まだ帰れない。
それでも、もくもくと続ける様は、似合わず根をつめている。

「添削はやっておきました。……しかし、顔合わせで名乗らないのはいかがかと?」
「新人さんだから、気を使わせたくなかったんだ……それで話をきいたら、余計いいだせなくて……」
「愚痴でも?」
「報告書を適当に書いたら、見にくるって噂が……」
「正しいですね」

ぐぅの音も出ない。
仕方がないとも思いながらも怪我人はグランジのみであり、キリヤナギも2人も無傷だった。
結果オーライと言えばそうだが、避けられた事である以上、久しぶりの失態だと思う。

「貴方が無傷で幸いです。何かあれば巷の一般人にも貴方の無防備さを知れ渡ることになる。グランジでよかったかと」
「そうは、思いたくないな……」
「なら立場を弁えなければいけませんね……」

キリヤナギが消えれば部隊は間違いなく崩壊し、アクロポリスの抑止力の一つが消える。
そうなれば動き出す悪は増え、悪は悪を生み出す悪循環だ。騎士団も存在はするが、キリヤナギが仕切り始めてからと言うもの自国の利益でしか動かなくなっている一面がある。

思惑はそれぞれにあるが、キリヤナギの目の前の問題は定期報告会だ。
再び2時間残業し、帰宅してずっと書いていると、
包帯のグランジが睨んでくる。

怪我をさせた上、眼帯をダメにしてしまった後ろめたさもあり、キリヤナギは素直に床にはついたが、シノとタクミの事を思い出すとあまり寝付くことが出来なかった。

@

「心の問題でしょうね」

あまり眠れていない旨をセオに報告したグランジは、訓練に参加するキリヤナギを見つつ話をきいていた。

「この1番忙しい時期に、この手の問題は避けたかったのですが……」
「望んだ結果なら仕方がない。あの二人は?」
「事実をきいて驚いてはいましたか、察してはいた様です。答えを濁したり、明らかに曖昧な態度だったようだったと……しかしそれでも、感謝はしている様でした」
「そうか……会わせるか?」
「今会っても、謝ることしかしないのでは? 多忙である手前、二人とも気を使ってしまうでしょうし、護られる現場を見ていますからね。自衛力ない人間だと認識されているかも知れません」

流石に考えすぎな話にも思えるが、ありえないとも言えない。
疲れている中、体力がもたないキリヤナギは小刻みに休憩をいれて身体をもたせていたが、ホライゾンが気を使い、キリヤナギは1人早々に訓練を切り上げる事になった。

「そんなに調子が悪そうに見える? 僕……」

更衣室から出てきたキリヤナギが、出迎えにきているグランジに述べた。
普段はこの時間に居ないのに、少し調子が悪いと思うとずっと様子をみにくる。ありがたくはあるが運動をして目は覚めるし心配する程の事でもないと認識していた。

「まだよくわからない」
「何それ?」

悪いのかそうでないかで二択するなら、悪いだと思う。
本人に自覚は無くとも寝不足であることは間違いないし、昨日の件で元気をなくしているのは知っているからだ。

「怪我は平気?」
「かすり傷だ」
「眼帯は……?」

グランジの眼帯は弾丸で破けてしまい、今は包帯をまいて右目も一緒に隠している。
印象は同じだが包帯の面が広く重症のようにも見えるからだ。

「新しいものを用意する」
「そっか……同じものあるの?」
「同じである必要はない」

こだわりはないのか。
しかしずっと使っていたものがなくなるのは寂しいと思う。
グランジと共に執務室へ戻るとセオがお弁当を用意してくれていて、お昼を挟んで作業を再開する。
だが途中から眠気が臨界を越えたのか、キリヤナギは腕を枕にしたまま意識を飛ばした。
机に突っ伏したキリヤナギに毛布をかけ、セオが書き掛けの書類に目を通すと、ようやく半分を割っている。
報告会は休日をはさんだ明々後日に迫ってはいるが、2日踏ん張ればギリギリに終えれるか。

眠っているキリヤナギの傍、セオが添削をしているとようやく眠そうな吐息に声が混じる。
ゆっくりと上体をあげたキリヤナギは、目の前にある書類の山と、手元から消えた端末に混乱した。

「今何時!?」
「18時ですね」
「定時じゃないか!! なんで起こしてくれないの!!」
「お疲れのようでしたから……」

セオはいつも忙しい時に限って起こしてくれない。しかし寝てしまったのは自分が悪い。
結局、20時以降までノルマが終わらず帰宅できたのは22時だった。

「もうだめ……」

軽食だけ取りベッドに倒れこむとそのまま寝てしまいそうになる。だがまだ報告書は完成していない。
横になったまま端末を立ち上げて修正を初めた。

「眠らないのか?」
「明日休みだし、やってしまう……さっき寝たしね」

グランジはあえて何も言わなかった。
こうなると分かっていた為、この週末は予定も入れていない。前日の一日休めるなら体力も戻るだろう。
しかし、グランジが思う以上に時間がかかり、キリヤナギは朝方まで作業して眠った。
送られてきた原稿を受け取ったセオは、朝方になるその時間に驚きながらも、その日のうちに添削を終えて送り返す。

「起きたか……?」

何時間眠っただろう。
起きるのが億劫でなんども眠り直してしまった。
その為が頭痛が酷く身体が怠い。

「セオから書類が帰って来ていた」

グランジに言われてゆっくりと身体を起こし、書類を見直している。
一連の動作ではあるが、グランジは、起き上がったキリヤナギに違和感を覚えた。
咳をしている。喉に異常があるのか。

「どうした?」
「喉が痛い……昨日なんかしたかなぁ……」

喉だけならいい。
嫌な雰囲気を感じたグランジは、キリヤナギに体温計を渡して計せるも、まだ平熱で意識もはっきりしている。
考えすぎだろうか。

「今日は出かけないし、風邪でも一日休めばすぐ治るよ」

その考えが慢心にならなければいいと、グランジは切に思う。
その日作業を始めると決めたキリヤナギは、起きてすぐから作業を始めたものの、夕方になってからも結局終わることはなく、グランジが散歩から帰ってきてもまだ続けていた。
よ終わりが見え始めたのは、完全に陽が落ちた後で、そこから数時間後にようやくその言葉を放った。

「……でき、た」
「(今年もお疲れ様です)」

セオとの通信を平行し、キリヤナギは端末のインターフェイスにむけてようやく一息ついた。
食事休憩は挟んだが、既に就寝時間はとっくにすぎていて眠気と疲れか一気にくる。
だがまだ一日余裕もあるし、話す事もゆっくり考えられると思うと気持ちに余裕ができた。

「ありがとうセオ……」
「(当然です。明日はゆっくりおやすみください)」
「うん……またね」

通信を切り一気に緊張がほぐれたのか。そのままソファへ倒れ込んでしまった。
頭がボーッとして眠気もある。

「疲れた……」
「休まないのか?」
「……ちょっと冷えるからお風呂から寝る」

冷えると聞いて思わず首をかしげる。
冬ではあるが今日は比較的暖かい日だ。
寒いと言うほど冷えは感じない。

「キリヤナギ」
「ん、なに?」
「早めに休め」
「お風呂入ったら寝るよ……なんか身体もだるいし」

嫌な予感が拭えない。
熱はまだ出ていないようだが、唯の過労ではなく病気なら、賭けをしている場合ではないからだ。
真面目な目でみるグランジに、キリヤナギはが反応に困っている。

「なんか、グランジらしくないよ?」
「……心配をしている」
「ありがたいけど、大袈裟だと思うし明日はやすむから大丈夫」

らしくないのは確かにそうだろう。
キリヤナギを暗殺しに来た自身がこうして体調を伺うのも滑稽だとすら思う。
だが、そう思わずにはいられない自分がいる。

疲れていたらしいキリヤナギは、その日すぐに就寝したが、翌日に初めて聞いたのは、緊急で流れたナビゲーションデバイスの着信音だった。
起き出したキリヤナギが通信に出ようとすると、グランジがそれを取り上げて代わりに出る。

「どうした。セオ」
「おやすみの所すみません。混成騎士団からノーザン方面への応援要請です。午後には隊を派遣してくれと……」
「隊を……何故だ?」

要件は空間と空間に発生するディメンションノーザンダンジョンに強力なモンスターが出現し、手に負えないと言うことだった。
現れた敵、ペンドラゴンはキリヤナギが以前相手にしたナイツオブラウンドを従えて暴れているらしい。
ゆっくりと起き出して、着替えをはじめるキリヤナギをグランジは困惑した。
咳をして昨日寒気すらしていたのなら、さらに冷えるノーザンダンジョンで身体を壊すことは避けられない。

「行くのか?」
「へ、なんで……?」
「……やめておいた方がいい」

グランジに真面目止められたことに、思わず首をかしげた。目を合わせている間も咳が酷くなり、喉を鳴らしている。

「でも僕が居ないと向こうが納得しないだろうし……風邪ぐらいで休めないよ……」

今日無理に休んで、明日出れば確かに間がわるい。印象が変わる可能性もある。

「なら、代わりを立てればいい」
「沢山寝たし大丈夫。喉はまだだけど今日はあったかいしホカホカ石もあるからね」

それでこそ慢心だと思ったが、これはグランジは止められる問題ではなく、組織同士の利害の問題だ。介入ができる事でもない。

午前中には庭へ乗り込み、騎士組と合流したキリヤナギだったが、咳と喉の痛みを訴えるキリヤナギにセオが難色を示す。
一時的な咳止めを摂取し、極寒のダンジョンで討伐を終えた頃には、もう日は完全にくれて居た。

「疲れた」

ここ毎日呟やいているその言葉に、重みすら感じてくる。
疲れている、それが毎日重なって溜まって行き体がうまく動かなくなってきていた。
明日こそ本番なのに、ここで折れてはいけないと思う。

そう心にいい聞かせ、キリヤナギは崩れ落ちるようにその日は眠った。

明日さえ過ぎればいい。
午前中まで持たせればなんとかなる。

そう思って迎えたその日は、寝不足はなく咳止めと精力剤を摂取して報告会へと望んだ。
午前中に提出し、混成騎士団の隊長たちと自分達を雇用する評議会長に、一年間の動きを報告する。
会長は様々な分野で納得し、貢献している事を認めてくれた。
一人一人に気を配り、部隊員を含めたアクロポリスの人々が生き生きとしていることに喜んでくれて、キリヤナギもまた嬉しかった。
騎士団の隊長たちからも、度重なる応援要請に応じ協力体制にある事でアクロニア大陸の平和を維持出来ていると言う旨の評価だった。
そんな定期報告会は例年通り順調に終わり、キリヤナギは後日開かれる懇親会の参加を約束した後、ようやく執務室へ戻ってくる。
ノックもなく部屋に戻ったきたキリヤナギは、待っていてくれたセオとグランジに、心からの安堵を得た。

「終わった……」
「お疲れ様です」

扉を閉め、もうだれにも見られていない。
もう大丈夫だと気を抜いたとき、一気に力が抜けるのを感じた。
自分で立つことが、こんなにも辛いのは初めてかもしれない。
前のめりに支えを失ったキリヤナギを、グランジは抱き抱えるように支えた。
目が回るとはこの事だろう、廊下を歩いていたときから寒気が酷くなり、悪寒がする。

「寒い……」

ガタガタと震え、抱えられたグランジの体温で暖を取る。
発熱の前にくる寒気だ。

「少し危険かも知れません。聖堂にいきましょう…」
「憑依しろ。キリヤナギ」

動揺したような声で指示され、キリヤナギは目を瞑り憑依の準備に入った。
ドルイドのデュアルジョブで、憑依短縮スキルの心得はあるが寒気と悪寒で余裕がなく、辛さで涙が出てくる。
そんなキリヤナギがふと光となりグランジの鎧へと乗り映った。

そこから聖堂へと駆け込んで、キリヤナギはようやくベッドへ寝かされる事になる。
40度を超える発熱から、すぐさま点滴を施される事になった。

「……想定外したね」
「……」
「世界に殺されるとは、よく言ったものです」

倒れたキリヤナギを見ていられず、グランジとセオは病室の廊下で対面していた。
自分達の為に行うことが、自分達の首を絞める。
キリヤナギもまた、自分の立場を維持する為に、仲間の為に動き倒れたのだ。
だれも悪くはない。

「危険なのか?」
「まだ分かりません」
「そうか」
「ノーザンでトドメを刺されたのは間違い無いでしょう」

二人は、徐々に壊れていくキリヤナギをずっと見ていた。寝不足から、過労、ストレス、咳、喉の痛み、寒気。
それら全てが重なりこの結果を生んだ。
幾つかは抑えることが出来たのに、二人とも何もしていなかったのだ。
再び様子を見に病室へ戻ると、酷い汗をかいて熱にうなされるキリヤナギがいる。

グランジはわからなかった。
記憶を失ってから、殆ど凍り付いていた感情がここ数日で酷く揺さぶられている。
楽しみ、安堵し、心配し、不安になり、多忙だと知りながら呼び出す騎士団に怒りを覚えた。
そして今は、目の前に倒れる主人に酷く心が痛む。

「グランジ……」
「……」

自分は不器用だと、グランジは自覚していた。
血に汚れすぎた自分はもう、人を思う資格などないと思っていたのに、失いたくないと心から願う自分がいる。
いつから自分はこんなにも人間らしくなってしまったのか。
むしろいつ、人間に戻ったのだろうか。

「護衛はお任せしても構いませんか?」
「……わかった」

深く話すこともなく。
セオは一度、聖堂にからでた。残されたグランジは、一人キリヤナギの横で夜を明かす。

@

「あ、起きた」

頭が重い。
全身の筋肉が悲鳴を上げるように痛みを発し寝返りすら打つのが辛い。
しかしそれでも、キリヤナギは目の前にいるタイタニアにほっとした。
スィーだ。

「まだ熱があるので、無理しないでくださいね」
「……痛い」
「大丈夫ですか……」

辛うじて寝返りをうち、落ち着いた。
だいぶやられている。予想以上に拗らせてしまったか。
食欲も気力もわかず、身体がただ休息を求めている。こんな無様な姿見せたくないが、見栄を張る余裕など今のキリヤナギにはなかった。

「……スィー」
「……? どうかしましたか!?」
「……ここは?」
「聖堂の個室です」
「なんで……」
「グランジとセオさんが、連れてきてくれたみたいですね」

寝て起きて知らない場所なら誰でも困惑する。
熱で意識が朦朧としていたのなら、状況の把握たどできないだろう。

「40度越えの発熱で、結構危険だったみたいです。いまは点滴で少しマシだと……」
「……帰りたい」
「37度台まで下がったら相談します」
「38……」
「ダメです。代わりにもう一つ言うこと聞きますから」
「……」
「何かありますか?」
「騎士以外、会いたく無い……」
「……わかりました」

身内以外に今の状態を晒すのは確かに避けたい。
体が酷く弱っているし、下手に広まれば報復される可能性もあるからだ。
元々少佐以下の隊員には制限をかけるつもりだったが、キリヤナギから希望があるなら、こちらもやりやすい。
早速外にいるグランジに伝えに行こうと思ったが、スィーが出る前に扉は向こうから開いた。

つい先ほど、出勤してきたばかりのアークタイタニア・カーディナルのチャドウィッグ。
見張りをしていたグランジと入ってきた彼は、意識が戻っているキリヤナギを観察して、熱を測ったり問診を始める。

「過労からくる風邪か、この時期に流行る感染症の可能性があります。初期症状はいつからありましたか?」
「数日間寝不足で、喉の痛みと咳、寒気もあったようです」
「なるほど、唯の風邪だからという慢心でもありましたか? 病気を甘くみては、いずれそれにすくわれますよ?」

小さくうなづいたキリヤナギに、チャドウィッグは呆れるしかなかった。
これはキリヤナギだけの慢心ではなく、それを囲う騎士の慢心でもあるのだろう。
初期症状の段階で休むべきなのに体に無理をさせたのは、本人と周りだからだ。
しかし今はそれを言及しても意味はない。
過労なら、2、3日寝かせれば落ち着くだろうが、酷い高熱の為、感染症の可能性もある。

「ともかく軽い検査としばらく様子を見させて下さい。感染症なら薬が必要ですからね」
「ありがとうございます、チャドさん」
「これが仕事ですから」

苦笑しかできないスィーの横で、グランジは無表情だった。
検査後に、再び意識を落としたキリヤナギは、周りに武器もなく本当の意味で無防備に眠っている。
グランジがずっと部屋前に待機している事から、キリヤナギが体調を崩した事は自ずと外部に知れるだろう。
狙われるなら今だろうが、キリヤナギをそうしたのは騎士の責任だ。かっせられた責任は取らなければならない。

聖堂にきてから2日目の夜が過ぎようとしていたとき、グランジは病室に近づく黒い影に気づいた。
能面のようにポーカーフェイスを崩さないスーツの男性に、グランジは警戒して腰の銃を触る。

「失礼、キリヤナギ総隊長の病室は、こちらですか?」
「面会はまだ出来ない。後日出直して下さい」
「そうですか。ではこちらを、ささやかながらお見舞いの品でございます」
「お見舞い……?」

差し出されたのはお見舞い品としてよく見かける果物のバスケットセットだった。
持ち手にはメッセージカードが備えられていて、グランジはその名前に見覚えがある。

「それでは失礼致します。お大事になさって下さいませ」

異様な雰囲気を持つ男は、グランジの目にも消えるように姿を消した。

@

「メリエが……来たの?」

一日眠り、ようやく熱が落ち着いたキリヤナギは名前を見ただけで涙を貯める。
メリエは、キリヤナギの妻で以前会ってから半年の時間が過ぎていた。

「本人ではなかった。黒服のスーツをきた男か……」
「……」

キリヤナギは納得したようだった。
明らかに普通ではない空気だった分、本当にメリエからなのか不安にもなる。

「それは多分、メリエの部下の人だから……」
「せっかく届けてくれたなら剥きましょうか?」
「まだたべたくない……」

まだ起き上がることすらできない。
落ち着いたと言っても40度越えの熱が39度前後に落ちただけで、意識がはっきりしたかしないかの違いでしかなさそうだ。
夜になればまた上がる可能性もある。

「グランジは……寝てるの?」
「夜以外は屋敷に帰って休んでいる」
「そっか……」
「人の心配よりも自分の心配をしたらどうだ?」
「心配しても元気出ないからどうしようもないよ……」

また頭がグラグラして起き上がるのは辛いし、身体中が悲鳴をあげるように痛むし、眠りたいのに眠り過ぎて眠れない。
端末を立ち上げて文字を打つのがこんなに辛いのは初めてだ。
再び横になり、ぼーっと虚空を眺めていると、ノックからセオが部屋に入ってきた。

「お加減は……あまりよくはなさそうですね」

話す気力もなく、ぐったりとしたキリヤナギを誰もフォローすることはできない。
セオがチャドウィッグから聞いた結果は、風邪を発症した上での感染症だった。

「ノーザンで大流行していたそうです。1日たって発症したなら間違いないと言うことでした」
「じゃあ、一週間は隔離ですか?」
「そうですね。幸い特効薬を摂取できたので早期に治癒はするだろうとのことですが」

そう言えば昨日、何か飲まされた気がする。
それでも、一週間ときいてキリヤナギがげんなりした。長い。
キリヤナギが体調を崩し隊長の席には代わりにホライゾンが付いてくれているらしい。
いつも通りのカバーだが、部隊員のざわつきは避けられないようだった。

「お見舞いしたいと言う隊員も数名居ますが……」
「家に帰るまで待って……無理……」
「はい、グランジ。貴方は一度屋敷に帰って休んで下さい。今夜は貴方の代わりにコウガが入ります」

「分かった」
「……ごめん」

「貴方の体調不良は、気をつかえなかった我々の責任もありますから、スィーさんは……」
「僕は隊長から病気を貰うこともないし、一緒に休憩もしているので大丈夫です」
「そうですか。なら暫くはお願いします」

スィーはキリヤナギが意識を取り戻した時から、泊まり込みで一緒に居てくれている。
タイタニアやドミニオンの異界人は、翼を介した独自環境能力でエミル界における感染症のリスクは低い上、スィー自身も研究室での経験から泊まり込みは慣れているらしいからだ。
またグランジは、ケット・シーの加護をもつハイエミルから病気には無縁でもある。
つまりこの中で1番リスクが高いのは、キリヤナギと同種族のセオだ。

「ご安心を、予防接種は受けていますから大丈夫です。今更ではありますが、例の二人が、昨日執務室に来てホライゾン大佐が話したようですが……」

シノとタクミか。
会いたくは思うが、こんな無様な所をキリヤナギは見られたくなかった。

「帰ったら会う……」
「来週ですね」

長い。
しかし、病欠も久しぶりだった。
前回が3、4年前だと思えばかなり丈夫な方だと自負していたのに、寝不足と過労は怖い。
だが休んでも、結果原稿が間に合わず、再び根を詰めていたと思うとやっぱり避けられなかったのかもしれない。

「セオさんから聞きましたけど、そんなに忙しかったんですか?」
「うん……。今年は報告会が月末と被ってたから報告書溜まるし、書類書かないとだしで、間に合うか心配であんまり眠れなくて……僕、文章書くの遅いからさ……」
「わかります。研究室で論文の締め切りが近づくと同期の人達が阿鼻叫喚して暴れてレポートを道連れ抹消しはじめたりした時もあって、僕も平常心を保つのに必死だったりとか……」
「スィーも苦労したんだね……」
「でも結果的に、時間的にルーズなタイタニアさんが締め切りスルーしていい結果残したりするのはよくあるので、やっぱり期限を気にしない方がいいものはできるのかなぁって思いますね」

研究室も大変だなぁと思うが、キリヤナギも忙殺されてここにいる分、人ごととは思えない。
今思えば報告会も、体調を理由にすればずらしてもらえたのかもしれないが、あそこまで必死に完成させた原稿を無碍にはしたくなかった意地があり、休むと言う判断に至らなかった。
が、そのせいで一週間動けなくなるのは、あまりにも割に合わない。

「でもやっぱり身体は資本ですから、次回からは気をつけて下さいね」
「うん……」

ぐぅの音も出ない。
とにかく熱が下がらなければ動くことすら出来ない為、キリヤナギは素直に眠りについた。

@

聖堂を出たセオはグランジと別れ、吹いてきた冷たい風に思わずコートのポケットに手を入れた。
体温で温められたポケットで冷えた手は温まると思ったが見覚えのない紙が手に触る。
取り出してみると、グランジが賭けた高級ビュッフェのチケットだった。
キリヤナギが倒れ、それをフォローするのに必死で忘れていたが、確かに賭けは勝ち。
不謹慎ではあるが、グランジらしいとは思い、セオは本部へと戻る。

その後暫くは、キリヤナギの居ない静かな本部の日常が始まる。
忙殺されて音沙汰のないキリヤナギがいた反面、更に静かな日々が続く事になったからだ。
事件はあるが平和な日々。
キリヤナギも日が経つに連れて熱がさがり、4日後には起き上がれる程に回復した。

「食べれそうですか?」

メリエからの差し入れのりんごを、スィーが丁寧に剥いてくれる。先にグランジが食べているのは毒味のつもりだろうか。
以前よりも食べることに抵抗は感じなくなっていた。

「美味しい……」
「メリエさん、いいりんご選んでくれたみたいですね」

そう3人でりんごを楽しんでいるとグランジが、キリヤナギの奥の窓に視線を向ける。
気になって窓を開けようとしたら、グランジが止めてキリヤナギを下がらせた。
誰かいるらしい。
窓を開けてグランジげ身を乗り出すが誰もいない。

「スィー、あぶれるか?」
「へ? 何処を……」

グランジが窓の外を指差し、スィーはキリヤナギに”ソリッドオーラ”を唱えると自身も本を開いて唱えた。

「”インビシブル・ブレイク!!”」

窓の外に七色の光が立ち上がり、2人のドミニオンが炙り出された。
フラッシュのような光に目がやられたらしい。スタンした2人にキリヤナギは見覚えがあった。

「シノとタクミ!?」

「わぁぁあ、ごめんなさいぃい!」
「心配で、出来心でその……こいつか!こいつが見に行きたいって言い出して!!」
「タクミずるいぞ、 お前だって気になるって言ってたじゃねーかちくしょおお! 」

大錯乱している。
グランジに銃を向けられ、正座した2人は一気に青ざめて固まった。

「グランジ何してるの! 友達でしょ!?」
「面会はできないと伝えてある。目的があるのかもしれない」

「なななな、ない!! ないです!! か、顔見にきただけで……」
「別に盗み聞とかもしてな……」

グランジが筒に弾を入れる。
流石に怯えだした2人に、キリヤナギはグランジを銃を掴んで無理矢理下ろした。

「とにかく、中においで」
「い、いいんですか?」
「僕来週まで隔離中で聖堂から出れないだ……」
「でも面会はできないって……」
「それでもきちゃったなら、仕方ないよ……早く」

2人は顔を見合わせ、聖堂の入り口からキリヤナギの病室に入ってきた。
かしこまった様子で緊張しているようにも見える。

「りんご食べる? お嫁さんが差し入れてくれたんだ」
「え、あ、い、頂きます。というか前はすいません……」
「僕も名乗ってなかったし、騙しててごめんね。全く気にしてないから、大丈夫」
「面会したくないって言うのは……」
「体調崩してるところ、恥ずかしいから見られたくなかっただけなんだ……2人とも自分達の組織のリーダーが体弱いの嫌でしょ……」
「へ……」

「嫌じゃないっす。誰でも体調は崩すし……」
「……そっか。じゃあ2人なら会っても大丈夫だったね」

行動の肯定に、ふたりは救われたような表情をみせた。
グランジが見ている中一緒にりんごを食べる。

「あの後、セオ大尉にキリヤナギさんが、総隊長だって聞いてびっくりしたけど、総隊長は俺のやりたい事に付き合ってくれて、すごい嬉しかったです。だから、お礼言いたくて……」
「……!」
「でも、会いに行ったら体調崩して入院したって聞いて……いても立っても居られなくなって、タクミと、顔だけ……見にきました」
「そっか。グランジがごめんね、今の僕は自衛力ないから、どうしても大げさになっちゃうんだ」
「いえ、あの、待ちきれなかった俺が悪いし……」
「気にしないで、そう言えばペンダントはどうだったの?」
「返せました! 俺、自分で取り戻した訳じゃないのに、舞い上がっちゃって……いいのかなって」
「君が取り戻したいと言う願いに、僕が少し手を貸しただけだよ。君が思った結果を得ることができたなら、それは君のものである事に間違いない。だから貰った感謝は受け止めて」
「はい……! ありがとうございます!」

タクミに肩を抱かれ、じゃれあう2人はいいコンビだと思う。これからも2人で目の前の人を救ってくれてるのなら、それはキリヤナギが何より望むことだ。
部屋を出る2人には、面会した事を内密にする様に伝えてキリヤナギは再びベッドに体を倒す。

「隊長。薬のめます?」
「……忘れてた」

飲まなければならない薬剤も残り1日分となり時間の速さにも驚いた。
殆ど眠っていたのもあるが、そのおかげでかなり調子が改善してきてくる

「これを飲み終わったら一応帰ってもいいみたいですよ」
「あれ、そうなんだ?」
「細菌の感染力が比較的におちているのと、少しづつ解熱しているので問題ないだろうとの事です。直ぐに復帰は無理ですが、帰宅して数日様子見るぐらいなら大丈夫だと」

ここに居てもよくはしてくれるだろうが、立場、上、聖堂側に気を遣わせている負い目もある。
騎士以外会いたく無いと言ってしまった手前、この四日間で見たのは騎士組とスカウト系の2人にチャドウィッグのみだからだ。
いることだけ知れていて、医療関連のことは全てチャドウィッグがみてくれている。

「チャドに悪いことしたかな……?」
「ちょっと聞いてみましたけど、仕事ですからとしか返して貰えなくてあんまりお話は出来ませんでした……でも、嫌がっていると言う空気でも無かった気はします」

キリヤナギは、元々チャドウィッグが自分の事をあまりよく思っていないことは察していた。
チャドウィッグが所属する、リーヴィンツェンツをリーダーとした3人のパーティは、任務完遂の確実性が高く、キリヤナギも強く意識はしていたが、
チャドウィッグが、キリヤナギの楽天的な意見と立場の伴わない行動に呆れ、治安維持部隊であれど本部とは距離のある聖堂に身を移籍したのだ。
それ以来、干渉する事は出来るだけ避けて、リーヴィンツェンツを含む3人で動く時以外での依頼は控えていた。

「帰れるなら帰った方がいいよね……」
「隊長が帰りたいなら、そうだと思いますけど……」

気を遣わせないに越した事はない。
現在自衛力のカケラもないキリヤナギは、スィーを含めた2人以上の仲間を常に交代でそばに置いている。
騎士組はキリヤナギの私兵ではあるが、聖堂側からすれば普段とは違う人間が常駐しているのだ。
空気も雰囲気も変わるだろう。

「なんか辛気臭い顔してんなぁ、大将」
「コウガさん、お疲れ様です」

グランジとの交代で現れたタイタニアのコウガは、今日もまた夕方からグランジと交代だった。
呼ばれてキリヤナギは顔を上げたが、どんな顔をすればいいかわからない。

「廊下で耳には入ったが、きにするだけ野暮だろ。ヘイト稼ぎまくるのはしかたねーし、連中も分かってるって」

コウガのフォローにはある意味呆れすら感じてくる。
しかしいっそ開き直ってしまえば、確かに気持ちは楽だろう。

「でも明日これを飲んだら帰ろうかな……」
「ダメですよ。飲み終わった次の日からです」

思ったのと違った。
初日から帰りたいと思ってはいたが、複雑な心境で最終日を迎える。

@

「帰宅してかまいませんよ」

午前の診察で唐突にでた言葉に、キリヤナギとスィーは暫く反応が出来なかった。
もう1日いると思っていた反面、拍子抜けしたからだ。

「いいの?」
「微熱はありますが、食事も出来る上、脱水もなさそうですからね。帰りたいのならかまいませんよ」
「……」
「ただ、死にたくないのなら後3日は自宅休養してください。完治後も一週間は過度な運動も厳禁ですからね」
「し、死にたく無いって……」
「あなたにとっての”過度な運動”はそうではないですか?」

大体あっている。
寝込んで筋力も落ちているのだ。
前の動きに戻るまでひと月はかかるだろう。

「本当なら完治するまで居て欲しくありますが、本人の希望は尊重します」
「……」

チャドウィッグなりに気を使ってくれているのだろうか。
確かに初日で帰りたいと言ったが、意識が戻るにつれて”帰らなければ行けない”と思えている自分がいる。
ここに居てはいけないとか、迷惑がかかっていると思うと、無意識に居づらくなるからだ。

「どうします?」

スィーに聞かれて一瞬迷ったが、余計な事を考えてしまうぐらいなら帰って気楽に過ごした方がいい。

「じゃあ、帰ろうかな……」
「わかりました。荷物まとめますね」

「では私も手続きをします。いいですか? くれぐれも外出は厳禁です。今の貴方は抗体が弱っていますから病気にも掛かりやすい。下手に外出して別の病気を貰わぬよう注意を」
「わ、わかった……。チャド、ありがとう」
「仕事ですから、貴方のような珍しい体質の持ち主もなかなか居ませんし、興味深くありましたが、普通の人間とほぼ変わらなかったので少し拍子抜けしましたよ」

フォローなのか貶されているのかわからないが、チャドウィッグなりに考えてくれて居たと解釈した。

スィーからの連絡を受け取り、グランジが屋敷くら着替えを持って迎えに来てくれる。
まだ一応熱があるので分厚いコートにマフラーを羽織り、憑依をして帰宅する事にした。
あまり大袈裟にはならないよう、手続きはセオとスィーに任せて、キリヤナギは数日ぶりに自宅へと戻る。

「ただいま……」
「おかえりなさいませ。陛下」

ディセンバルの顏も4日ぶりだ。
自宅は普通だが、自室は心なしか綺麗になっている。

「使われておりませんから、綺麗になります」

人が居ないのに掃除を繰り返せば確かに綺麗になる。
有難い気持ちを感じていると、グランジに寝巻きを投げつけられた。

「休め」

投げつけられた寝巻きは上下に分かれたものだ。
冷えるからか気を使ってくれたらしい。
見張ってくるグランジが怖くなりキリヤナギは素直にそれに着替え、本をよんだり、ホライゾンが処理した報告書に目を通して居たが、夕方になりいつのにか意識を落としていった。
付けっ放しの端末を落とし、グランジがようやくキリヤナギの自室からでるとまるで待っていたかのように執事がそこにいる。

「お疲れ様です」
「何かあったか?」
「陛下が無事戻られた事に感謝をしています。ありがとうございました」
「……俺だけじゃない」
「それでも、私は安心致しました。お疲れでしょう、お部屋に軽食のご用意があります。おやすみ下さい」

律儀な執事だとグランジは素直に感想した。
しかし、要因にグランジ自身の責任でもある分、感謝を受け取るのは何かが違う、

「……俺の責任だからな」

出てきた言葉はそれしかなかった。
守りすぎている環境での無理は、キリヤナギだけの責任には留まらない。
グランジは今回、それを思い知った。

「人は、過ちを犯しながら学んでゆくものです。どうか思い悩まれず……」

ディセンバルの言葉にグランジは自分の慢心を思うが、もう全ては終わった事だ。
一礼するディセンバルに背を向け、グランジはようやく自室に戻る。

@

「なんで来たの……」

ベッドに横になり、本を読んでいたキリヤナギは突然自室に現れたアークタイタニアへ、あからさまに嫌そうな表情をみせる。
フォーマルなスーツにネクタイを締めるアークタイタニア・ジョーカーのカナトは、ワックスで整えた髪に凛とした表情をみせ横になるキリヤナギと対面していた。
また後ろには、アークタイタニアとは違いカジュアルなるモッズコートを着るエミル・ホークアイのジンもいる。

「倒れたと聞いて見舞いに来た。思ったよりも元気そうだな」
「そりゃあ、熱下がったし……3日は療養しろって釘刺されてるだけだし」

「結構熱出たって、セオからきいたっすけど?」
「風邪ひいた上でだったから重症化したみたい……、でも感染症なのによく来ようと思ったね……」

「今年のジンは予防接種を受けていたからな。問題ないと判断した」
「安置すぎない?」

予防接種を受けたと言えど、病原菌の型が違えばかかる可能性はある。
ジンに執着するカナトにしては、珍しい判断だとは思ったが、面会をしても構わないとキリヤナギはグランジに伝えていた。
たから、ここまではあながち予想の範囲でもある。

「貴様の事だ、退屈して寝ているのだろうと思っていたが……」
「僕をなんだと思ってるの……? 本だって読むし、本部の状況も一応確認してるよ?」
「そうか。ならこれだけ置いていくので好きに使っうといい」

派手な装飾がついた紙袋は赤と緑に彩られていて、キリヤナギは少し感心した。
忙しくてそんな時期だと言う感覚が全くなかったが、世間は年末を控えたクリスマスシーズンだ。

「開けていい?」
「構わないぞ」

破らないように丁寧に開封すると、最新式の小型携帯ゲームデバイスの箱が姿を見せ、キリヤナギはしばらく呆然とする。
またもう一つ、最近流行っているゲームロムもついていた。

「ゲーム?」
「退屈していると思っていたからな、……もう持っていたか?」
「僕は持ってないけど、グランジが何故か二台持ってたから借りてた」

「2台!?」
「自分の物がないなら都合がいい。グランジも二台必要ならその方がいいだろう」

「通信するには二台必要っていうのはわかるんだけど、一人で二台持つ意味あるの?」
「同じゲームでも二種類以上のバージョンがあるゲームの場合、内容の微妙な違いを埋める場合に必要だ。仲間になるキャラクターの違いを通信して補う」
「へぇー」
「グランジがもう片方のバージョンを持っていたので、逆のものにしておいた」


「というか、もうやってたんすか……」
「なんか先月から本部で流行ってて、グランジに聞いてみたら貸してくれたんだ。クリアして返したけど……」

「……………そうか」
「なんか間があったよね……? クリアしてから一気に仕事が立て込んで遊ぶ余裕も無くなったけど、カナトがくれたなら、新しいゲーム買おうかな」
「……」
「どうかした?」
「気にするな。返してしまったなら仕方がない」

「もう一度借りたらどうっすか? 流行ってるし、クリアしてからが本番だし」
「それは知ってるけど、試しにグランジとやったら攻撃すらできず終わったし……どちらにせよ僕時間とれないし」

「対戦だけではなく、コレクション要素もある。時間がなくとも楽しめると思うが……」
「嬉しいけど、もう一周は流石にやる気起きないよ。クリアも大変だったし」

一通り話を聞いたカナトが、何か考える仕草をみせ、ジンに少し嫌な予感がよぎった。
カナトは賢いが、ジンのよくわからないタイミングで意地と頑固さをみせる。

「ならキリヤナギ。もしその自分でクリアしたゲームのロムがあれば、また遊ぶか?」
「うーん。多少なら、かな? わからないけど」
「そうか。周りで流行るなら一緒に遊びたいんじゃないか?」
「やりたいと言えばやりたいかも、楽しみ方は探さないとだけど」
「そうか、なら私がグランジからゲームロムを取り戻そう」
「……本気? グランジあーみえて結構かたくなだよ?」
「そこを私がなんとかする」

ジンは横で、カナトの言葉を左に流していた。
会話が全く頭に入らない中、ジンがゲームを開封するキリヤナギを見ていると、名を呼ばれたことに気づいたのか、グランジが部屋へ現れる。

「カナトさん、ごきげんよう、私がどうかしましたか?」
「グランジ、丁度今呼びに行こうとしていた所だ」
「何か?」
「キリヤナギにゲームを貸していた話を聞いたが、返却されたゲームは、もう中のデータを消してしまったか?」
「消してはいません」
「そうか。私は見舞いとして同じゲームをキリヤナギに送ったのだが、キリヤナギに譲渡した”新しいゲームロム”と、グランジの”キリヤナギがクリアしたゲームロム”を交換してはもらえないか?」
「できません」

迷いのない即答にジンはギョッとした。
普段聞いたことのない低いトーンだったからだ。

「何故だ?」
「キリヤナギには、あくまで貸したにすぎません。それを返却されただけの事。新しいゲームロムがあるなら、そちらをプレイすべきかと」
「確かにそうだ。でもゲームデータはキリヤナギが作成したものだろう?」
「キリヤナギがクリアしたものでありますが、ゲームは私のものです」
「だがデータは消していない?」
「……」
「そうか。キリヤナギには、あくまでクリアだけさせたと言うことだな」

「クリアだけしたけど……?」
「グランジが欲しかったものは、あくまでクリア済みのロムだ」
「へ? ストーリーは?」
「ストーリーもそうだが、最近のものはエンディングの後の追加要素の多いものが増えている。このゲームがそうだな」
「へー……」
「2種類買ったのはいいが、片方のクリアを手間に思いキリヤナギに貸したと言うことだろう」

グランジは答えない。
ゲームに関してはジンもよく知っているし、カナトもまたクリアした後で攻略サイトをみながら楽しんでいる。
ここまでは、遊んだことがあるなら誰でもわかり得ることだが、今はキリヤナギのゲームのロムに関してだ。

「クリア後のロムを狙っていたのは、確かに間違いありませんが、流石にカナトさんのお話でもこれは譲れません」
「……グランジって、変な所こだわるよね」

睨まれたキリヤナギは思わず身を縮めた。
キリヤナギ自身からすれば、ゲームは十分楽しめたし、そこまで遊びたいとも思わない。
しかし、カナトの提案の行く先にはキリヤナギも少し興味があった。

「たしかグランジは、私と同じバージョンがメンンロムだったな」
「はい」
「ならサブロムは、ジンと同じで間違いないか」
「そうなります」
「ふむ、ならジンのクリア済みロムとグランジのサブロムの交換でどうだ?」

「は!?」
「……それならば、問題ありません」
「ちょちょっと!? 問題なくねーよ? 俺のロムは!?」

「貴様はストーリーのメインヒロインが離脱して、データをやり直すか悩んでいただろう?」
「確かにショックで悩んだけど……それが交換する理由にはならねー!」
「なら、グランジに渡るロムのデータの一部を、トレードで新しいロムへ移そう。私のデバイスとジンのデバイスがあればできる」
「え……ま、まぁそうだけど……」
「二人だけの対戦も飽きたからな、4人対戦も楽しみたいと思わないか?」

カナトとジン、キリヤナギとグランジで確かに4人だ。
キリヤナギに関してはまさか同じゲームを遊んでいるとは思わなかったし、以前遊んだ時もそれなりに楽しかった。確かに興味がある。

「新しいロムくれんの?」
「構わないぞ。キリヤナギにロムが戻るなら必要ないようだからな」

ジンは腕を組んで目を瞑る。
メインヒロインが離脱したのは、数日ゲームを投げてしまったレベルでショックで、今でも若干引きずっている。もう一度クリアしても別れは避けられないが、ある程度の覚悟があれば初見ほど凹む事もないだろうか。
その上トレードなら、始めから強い仲間がいてクリア早い。

「結構長いから面倒だけど、お前が手伝うならまぁ……いいかな」
「ふむ、構わないぞ。どちらにせよ、ジンがクリアしなければ対戦もできないしな」

ぐぅの根も出ない。
しかし珍しく二人でゲームにはまっていて、ジンもまたそれなりに楽しんでいた。遊び仲間が増えるなら面倒でもやる価値はある。

その後ジンは自分のロムの仲間を新しいロムへ移し、グランジと交換した。
カナトは長居は遠慮して、ジンとグランジ、キリヤナギのロム交換を見届けた後、屋敷をでてゆく。
見送りをグランジに任せ、キリヤナギは帰ってきたゲームが新鮮だった。

「やっぱりカナトは面白いね」
「ジンが、振り回されているがな……」
「本人が楽しそうだし、あれも一つの形さ」
「……そうか」

リラックスして遊んでいるキリヤナギも珍しい。
あと一日残ってはいるが、体力も戻っているのをみると、心配もなさそうか。

「明日、本部にでるか?」
「……出れるかな? まだ一日あるけど、もう筋肉痛も頭痛もとれたし、元気だよ」
「出たいなら出ればいい」

意味深だがグランジらしいとキリヤナギは思った。

@


「おはようございます」

次の日、午後から出勤したキリヤナギは、執務室にいる気配に落ち着きを隠せなかった。
代理のホライゾンと掃除をするセオ、後ろにはグランジがいるが、それ以外に視線を感じる。

「久しぶりで落ち着きませんか?」
「リアスとかいる? なんか視線を感じる」
「リアスさんは、今日はカナトさんの所に遊びに行っている筈ですが……」

誰だろう。
グランジも動かないし、セオも無警戒である事から、危機管理を試されているのだと察した。
これはおそらく、キリヤナギが休んだ分の差を埋めるために、どの程度回復したかみてくれているのだ。

どこだろう。
スカウト系なら、クローキングで見えない。
たが視線を感じるのは、向こうから見える位置に相手はいる。

そう考えたとき、キリヤナギは突然振り返って閉じられた扉と向き合った。
視線は部屋に入った瞬間から感じた。
正確には、扉を潜った瞬間からた。
もし相手が部屋の中から見ていたのなら、キリヤナギが部屋に入る前から視線を感じる筈で、
それがなかったのは、扉の外でからだと相手がこちらを見えていなかったのではと、憶測する。
部屋の外ではみえず、部屋にはいれば見える位置。

軽く扉に手を添えたキリヤナギは、唐突にそれを唱えた。

「”一騎当千”」

途端キリヤナギの右手を中心に赤い波紋が波打つ。
モンスター向けの音波を発生し、敵を呼び寄せるナイトのスキル。
周辺の空気をかき乱す為に、姿を消しているスカウト系をあぶれる。

途端、入り口の両脇に二人のスカウトが姿をみせた。

「「わーー!!」」
「タクミ!? シノ……」
「すすすすみませんそのスカウト系のくせでクローキングしたくなって……」

「べ、べつに何もないと言うか心配で……」
「いつからいたの!?」

「私が鍵を開けた時からですね」

セオの言葉に二人が身を硬ばらせる。
つまりキリヤナギが来る前から、二人は待っていたのだ。

「そっか。来てくれてありがとう」
「え……あ、えーと、おかえりなさい」
「ただいま!」

満面の笑みを見せるキリヤナギに二人は明らかに困っている。

「一週間やすんで、色々溜まってますよ?」
「え、そ、そうだよね……。でも先に訓練行っていい?」
「過度な運動は厳禁では?」
「け、見学だよ!! タクミとシノの訓練みてくる!」

「「へ?」」
「マント置いて行けば気を遣わせないと思うし、ほら、一緒にいこ! ホライゾンも……もうちょっといい?」
「構いませんよ。しかし、無理はされないでくださいね」

「分かった。じゃあまたでてくるね!」

マントを押し付けられたグランジは、逃げるようにでて行くキリヤナギを見送り、セオもまたいつものため息を落とす。

「いいのか?」
「見学なら問題ありません」

少し不機嫌そうなセオもいつも通りだ。
グランジがまた、預けられたマントをハンガーにかけようとした時、赤い布の中に固い固形物が紛れている。
箱にはキリヤナギの文字で、グランジと書かれていた。

「それは……?」

紙のケースに入ったそれは、先日破けてしまった眼帯だった。
同じもので以前の物と殆ど違いがない。

「古い物で探すのが大変だったそうです」

確かに古い物だった。
ハイエミルとして目覚め、力の対価として片目の視力を失った際、初めて購入したもの。
当時はありふれていて価格も安く、片目を塞げればいいと思っていたが、現代では生産企業が倒産して入手が難しくなっていたらしい。
そうセオが、あえて口にするのは相談されていたからか。

「普段のグランジでいて欲しいとも、言っていました」
「……」

確かに普段通りではなかったのかもしれない。
不調が見え始めてから、気を配り、監視し、心配し、止める事もした。
らしくもないと思っていたが、無意識にもそうしていた自分がいる。

「母親面はどちらでしょうね」

セオの言葉に少し嫌気がさしたが、振り返れば確かにその通りで、返す言葉もでてこない。
そっと取り出した眼帯をグランジは、包帯から付け替えた。
傷はもうかさぶたが出来て痛まない。
数日の内に完治するだろう。

「総隊長からすれば、包帯のグランジ君を見てて辛かったのかもしれないね」
「それもあるでしょう。自分の怪我でもありますから」

グランジの受けた傷の痛みを、キリヤナギは心に受けていたのだろうか。
眼帯を渡される動作に拒否権がなかったとするのなら、この眼帯はキリヤナギが自身の傷を埋める為に用事したものなのかもしれない。

「……グランジ」
「なんだ?」

目を合わせずに名を呼ぶセオも珍しい。
何かを取り出してきたかとおもえば、2つのお弁当箱だった。
それも片方は二倍は大きさが違う。

「隊長のお弁当を作るついでに昨晩の余りをお弁当にしてきました。いりますか?」
「……貰おう」

グランジもまたセオの気遣いを嫌いではなかった。

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本編 | 【2017-01-17(Tue) 22:57:13】 | Trackback(-) | Comments:(0)
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