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(C) BROCCOLI/ GungHo Online Entertainment,Inc./ HEADLOCK Inc.

キリヤナギと旅に出る話

出演:仔虎さん、ココさん、ルゼさん

あらすじ
キリヤナギの正体について知ったジンは、カナトと共に彼の本来の姿について問いただしに行った。
思わぬ事実とその存在に驚くジンではあったが、彼がキリヤナギという事実は変わらないため受け入れることを心に決める。
その中で、キリヤナギは自身の力を知ったジンを自分の護衛騎士としての教育を始める。


 ​

「……我が君。来られるのなら、せめてひとこと言って頂きたく思うのですが」
「無駄な挨拶で時間を取りたくはない。気張らなくていいのだから、喜んだらどうだ? キリヤナギ」

不満そうな表情でこちらを睨む彼は、小さくため息をつき、ソファへ深く腰掛ける。
向かい合うのは、連絡もなしに突然自宅へ訪ねてきた、アークタイタニア・ジョーカーのカナトと、彼の護衛兼相方のエミル・ガンナーのジンだ。
家主たる彼は、治安維持部隊総括、総隊長、エミル・ガーディアンのキリヤナギ。
自宅でリラックスしていたのか、首元を開けたシャツにスラックスをきており、客人を相手にする服とは程遠い。

「ジンもジンだよ。言ってくれたっていいじゃん」
「なんか、カナトが言うなって……」
「気を使われるのが釈に触るだけだ。友人だからな」

眉間にシワを寄せるキリヤナギの後ろには、いつも通りグランジが控えている。
時刻は午前中。
キリヤナギは休日で、朝はゆっくり過ごしていた。いつも通り朝食を済ませ、適当に体を動かそうと思っていた矢先、カナトとジンが突然訪ねてきのだ。

「僕が今日いるって、よくわかったね」
「リアスに貴様のシフトを回して貰ったからな。完全週休2日とは、えらく待遇がいいと思ったぞ」
「部隊は1日のノルマを習慣で5日以上達成するのが基本なの。だからみんな大体2日は休み。真面目な子は6日がんばったりはしてるみたいだけどね」
「貴様にそんなノルマを達成する余裕があるとは思えないが?」
「僕は管理職だし、休日は休日で別の用事があるんだよ。ラファエル陛下の戴冠式みたいなものさ」

社交界か。
たしかに、月一程度の頻度で開かれているだろう。
管理職ならば、事務処理の仕事だけで1日かかっても仕方がない。

「なら、今日も用事が?」
「午後からだしいいよ。何の用?」
「総隊長、俺、カナトから色々きいてびっくりしたっつーか……」
「? なんの話?」
「封印だ。先日の夜。ジンが戻った後に話した。貴様の中身の話も……」
「俺。どうしたらいいか……わかんなくて……」

混乱したのか。
キリヤナギの口からではなく、カナトから間接的に聞いた事で、その事実を疑いたくなったのだろう。
信じたくはないと、自分で聞きたいと思ったのか。

「……そっか。ジンは、僕がこわい?」
「怖いとかじゃなくて、やっぱりなにも知らなかったから……」
「ジンが僕の中身を知っても知らなくても、事実は同じだからね。僕の中にはたしかにもう一人がいることは確かだから」

ゆっくりと首元へ手を持って行くキリヤナギに、グランジが眉を潜める。
先日ウォーレスハイムに会ってから、それなりに時間が経っており安易に外せば危険だ。

「大丈夫か?」
「平気だよ。彼はまだ、起きたばかりだから」

チョーカーは音もなく外れ、じわりとキリヤナギの体から魔力が漏れ出してくる。
ジンはなにも言わず、それを凝視していた。
キリヤナギの体全体を包み込むその魔力は、炎のように流動し、滞留する。
まさに、魔物の人間の中間地点だろう。
魔力の流動に体を任せるキリヤナギは、その力を受け入れて落ち着いていた。
瞳は、魔力で赤く染まり、先程の緩さをまったく感じさせない。
暫く言葉を失っていたカナトだが、虚ろな表情のまま動かないキリヤナギに、一息をつく。

「平気なのか?」
「……まだ、あまり強くはないからね。落ち着いていれば、大丈夫」
「そうか……」

ジンは、カナトが冷静でいられる理由がわからなかった。
目の前のキリヤナギは、存在を疑いたくなる程に邪悪で、人間離れしている。
何が起こっているのか、キリヤナギは何処へいったのか。
愕然としているジンをみて、キリヤナギは笑っていた。
寂しそうな、困った笑顔で笑っている。
その表情を、ジンは知っていた。
普段の楽しそうな笑顔ではなく、反応に困った時の笑顔。
ぎこちないなと、笑っても仕方ないだろうと思った事もある。
キリヤナギは困っているのだ。
動揺しているジンをみて、どうすればいいかわからない。
だから、それを取り繕うために笑っている。
楽しくもない。意味のない表情で……。
嫌だと思った。

「なんで笑うんすか……」
「へ?」
「面白くないし……」

ただ見たくなかった。
目を逸らしたら、キリヤナギはきょとんとして、何事もなかったかのようにチョーカーを付け直す。
すると、流動がおさまり魔力はゆっくりと収束して行った。

「怖い?」
「怖くないっすよ! ただ、そんな顔されても困るし……、死ぬかもって聞いたから、心配になっただけだし……」

中身を見たかった訳ではないのか。
たしかに少年期にくらべ、成長がかなり早まりギリギリの状態が続いている。
奈落階層へ行っていたときは、月一で保つかどうかの瀬戸際だったが、今はモンスター戦を避けているために少なからず安定していた。
キリヤナギはそうだが、いま目の前のジンは、自分の事よりも、キリヤナギの生命を心配していたらしい。

「今の僕は、ウォレスさんもカナトもいるから大丈夫だよ。生きていたいと願った僕は、それを叶えてくれる人と出会えたからね……。それに、僕がこれを拒否したら彼の居場所はどこにもなくなってしまう。辛くなかったと言えば嘘になるけど、どちらも僕自身だから……」

キリヤナギではないと思ったものは、キリヤナギ自身なのか。
確かに、完全融合した魂をいまさら分けるなど不可能だろう。
キリヤナギの言葉をきいたジンは、しばらく呆然とすると、お茶を嗜むカナトをみる。

「お前、総隊長の命が危ないって言ったよな?」
「生命に関するものだとは言ったが、いますぐにどうなるという訳ではないぞ?」
「はぁ!? なんだよそれ!」

勘違いをしていたのだろうか。
確かに、体内にモンスターがいると聞けば普通ではないと思う。
間接的であれど、放置すれば命に関わるのだから、ジンのように影響があると捉えられても不思議ではない。
キリヤナギの今は、ウォーズハイムによってもたらされたものだから……。

「ありがとう。ジン」

優しい表情で、キリヤナギは笑う。
さっきとは違う、嬉しそうな笑顔にジンは安心した。

「じゃあ、カナトが封印の面倒を見るって言うのは……」
「キリヤナギの生命の維持を約束したようなものだ。私の父では無く”私”がな。父はそれに見返りも何も求めてはいないが……」
「何も望まれない事は、時に苦痛を伴うからね。されっぱなしで何も返せないなんて、僕には耐えられない」

沈んでいくキリヤナギは、ウォーレスハイムの話をするといつもこうなる。
おそらくウォーレスハイムが、キリヤナギの扱いにぞんざいなのも、見返りとして何も求めてはいないからだろう。
利害が一致せず、ただ一方的な責任をキリヤナギは取られている。
複雑だろう。

「父上は、貴様を嫌っている訳ではないぞ? 実力もそれなりに評価はしておられる」
「わかってるよ。ウォレスさんにとって、僕は息子みたいなものでしょ。親しいのは嬉しいけど、僕はウォレスさんを守る立場なのに……」

守る立場なのに、守られている。
戴冠式で優勝すれば、少しは認めて貰えると思ったのに、ミカエルの顔を見て止まってしまった。
あの後悔は今でも忘れない。

「キリヤナギ。そろそろ時間だが……」
「あぁ、そっか」
「なんか用事っすか?」
「うん。夕方までに動かないとなんだ、……そうだ。ジンも付いてきてよ。カナトも」

キリヤナギは立ち上がり、グランジと四人で自室をでた。
連れてこられたのは、屋敷の裏口から出た場所にある小屋で、土が敷き詰められた小さなグラウンドがある。
そんなに広くはないが、小屋から顔をだす頭に驚いた。
馬だ。

「馬……?」
「そうそう。騎士って言葉は、馬からきてるんだよ。知ってた?」
「庭や自動二輪が発達してきているのに珍しいな……」
「天界ではそうだけど、エミル界は庭だと行きにくい部分がまだまだあるからね。近場や森の中を移動する時には、まだまだ重宝されてるよ」

三頭いる馬は、ジンの身長をゆうに超えた位置に頭がある。
時々みたことはあるが間近でみると大きい。
キリヤナギは、楽しそうに馬を撫でて、あやしているようだ。

「ずっと面倒を?」
「忙しいときは、アルバイトさんにお願いしてるけど、時々掃除とかもしてる。彼らは神経質だから、力を貸してもらう為にも、ちゃんと一緒にいてあげないと」
「へぇ……」
「ジンは乗ったことある?」
「ないっす」
「じゃあ乗ってみよっか」
「へ!?」
「騎士だから、乗れるぐらいにはならないとね。今は三頭しかいないけど、ジンの為にもう一頭準備するし、必要になときにのれるよう練習して」

どんどん話が進んでいる。
カナトは驚きも、関心もせず、小屋から連れ出される一頭をみていた。

「あれ……? 三頭?」
キリヤナギの近衛騎士は、ジンを含め6人だったはずだ。ジンの為にもう一頭寄越すのなら、明らかに足りない。
「メリエは普段いないし、コウガとスィーはタイタニアだからね。空を飛べるならそっちの方が早いのさ」
「へぇ……」
「カナトも乗る?」
「興味深くはあるが……。乗馬を習ったのはもう50年近く前になる。今さら、乗りこなせるとは思えん」
「……このサクラは、動物によく嫌われる僕でもすぐに乗せてくれた優しい子だよ。初めて見る人でも寛大だから大丈夫さ。……グランジ、スミレも連れてきて」

呼ばれた花の名前にカナトは少し関心した。
思えばキリヤナギも、同じく植物の名前だからだ。

「花の名前か……」
「そうだよ。もう一頭は雄でサカキ。彼は気難しいけど、パワーがあるから重宝してる」

目の前にいるサクラは、しなやかな毛並みとたてがみをもち、穏やかな瞳をジンに向けている。
そっと撫でてやろうと手を伸ばすと、突然首を振られて驚いてしまった。
キリヤナギに乗り方を教わり、ジンは初めて乗馬する。
跨ってみると、思ったよりも目線が高く、普段とは違う世界がそこには広がっていた。
手綱を引いてもらいって歩いてみると、思ったより揺れてガクガクする。

「走るときは、若干腰を上げて負担が掛からないようにね」

言われると難しい。
キリヤナギが離れると、サクラは立ち止まり動かなくなってしまった。
おとなしいと思う。
ドラゴなら扱い慣れているのに、馬はよく分からない。
高くなった目線を再び遠くへ向けると、敷地内の草むらの隅へ、なにか動く物の気配を感じる。
不思議に思いながら観察していると、銀髪に狸耳のパーカーをきた女性が隠れていた。
リュックを背負っている彼女は、キリヤナギと目が合うとひょっこり顔をだす。

「きーりちゃん、お待たせー!」
「待ってたよ。ルゼ、今日はよろしくね」

ジンは現れた彼女に見覚えがあった。
以前キリヤナギと、ダウンタウンを歩いた時に演習に向かった女性。
彼女はカナトが連れている狼に、ぱぁっと表情を明るくすると、一目散に駆け寄ってくる。
カナトはそれに驚き、ルナのリードを離して後ずさった。

「? きーりちゃん、この人は?」
「僕の雇い主だよ。たまたま会いに来てくれてたんだよね」
「雇い主? 貴族さん!?」
「ご、ご機嫌麗しゅう……。アークタイタニア・カナトです。お見知り置きを……」
「エミル・ガーディアンのルゼです。よろしくお願いします! このこかわいいですね。名前はなんて言うんですか?」
「ルナです。狼の……」
「狼さんかぁ。ごめんね。今日は自分の分のおやつしかないやぁ」

抱きつかれない事に安心したのか、カナトがホッと安堵する。

ルナに抱きついたまま離れないルゼは、撫で回したりしっぽを触ってみたりと、スキンシップを楽しんでいるようだった。
「総隊長。あの子は?」
「僕の付き添いで来てくれる子だよ。あと2人来るまで練習しようね」
「きーりちゃんきーりちゃん! サカキ君出してあげてもいい?」
「構わないよ。でも、サカキは気難しいから気をつけてね」

小屋へ消えてゆくルゼを、ジンは呆然と見ていた。

演習が趣味なら、少しは話せるだろうか。
それから30分程キリヤナギに指導されて、ジンはようやく慣れてきたが、思ったよりも体力を使う。

「始めはそんなものさ、今は乗ることに慣れて」

本当に乗ることなどできるのだろうか。
キリヤナギの笑顔にプレッシャーすら感じてくる。
だが、騎士として雇われている以上、拒否権はないし、やれと言われているのだからやるしかない。
そんなしどろもどろした心境で、ジンが再び合図を送ろうとしたとき、再び奥から新しい2人が現れた。
ルゼと同じく貍耳をつけた、兄弟だろうか。

「こんにちは、総隊長」
「やぁ、よろしくね」
「コトラさん?」
「はい6th。ランク10thのエミル・カーディナルのコトラです。こっちは弟のココ。よろしくお願いします」

ココと紹介された彼は、コトラの後ろに隠れてじっとこちらを見ている。
不思議そうな、此方を伺う目線だ。
ジンはサクラの上から2人を見下ろしていたが、突然サクラが鼻を鳴らして、ココは驚いて隠れてしまう。

「ココ、大丈夫だから……」
「さて、コトラもきたし、僕は着替えてくるよ。グランジはサカキとスミレに2人用の鞍をお願い」
「分かった」

キリヤナギが屋敷の中へ戻ってしまい、サクラの上にはジンが一人残されてしまう。
どうしよう。
気がつけばサクラは、床の雑草を食べていた。
すると突然後ろから、すごい早さで何かが駆け抜けていき、ジンは思わず身体が強張る。
リュックを背負うルゼが、馬に乗って敷地内をものすごいスピードで駆け抜けていく。
女の子でもあんなに乗れるのか。

「ジンさん、サクラが退屈してますよ」
「えっと……」
「サクラはジンさんの指示を待ってます。走りたいみたいですね」
「そうなんすか? というか、わかるんすか?」
「なんとなくです。練習なら付き合いますよ」

気がつけば、カナトがスミレに乗っていて軽く走っていた。
少し悔しい。
軽く練習に付き合って貰っていると、ネクタイを締めフロックコートと黒のクロークを羽織るキリヤナギがでてきた。
シルクハットのような帽子もかぶり、外周用の私服だろうか。

「ジン、どんな感じ?」
「結構、難しいというか。腰……」
「だろうね。そのうち慣れるさ」

サカキに鞍をつけているグランジをみて、キリヤナギが再びジンをみる。
カナトは久しぶりの乗馬を楽しんでいるようで、かなり慣れている、ルゼも同じだ。
キリヤナギの今日の用事は、グランジとルゼ、コトラとココで向かうつもりだったが……。
騎士の新人は、馬に未だ慣れていない。

「……グランジ、ちょっと留守番を頼めるかな」
「どうした?」
「ジンに乗馬慣れて欲しくてね。いい機会だし連れて行こうと思って」
「へ?」
「カナトさんはどうする?」
「グランジが側に居てくれればいいよ。早くて夜には戻るし、遅くなりすぎたら泊まりになるけど……」
「俺なんも準備してないっすよ?」
「泊まり前提じゃないよ。僕もそんなに荷物持っていかないからね。カナト、ジンをちょっと借りていい?」
「自分で護衛として寄越しておきながら、今更だな」
「新人の教育も雇い主の仕事さ。カナトは空を飛べるけど、ジンは飛べないからね。君を守ってもらう為の手段を教えたいだけだよ」

確かに、手段が一つ増えるのは大きい。
エミル界での馬は、自動車や機械よりも安価ではあるが、富裕層にしか持てない高価な移動手段だ。
冒険者の移動手段は、ドラゴ系も多く見られるものの、貴族としての威厳を示すならば差別化として敢えて馬である理由も分かる。
カナトの実家も、未だ騎士達が馬に慣れていて移行はできておらず、二輪は燃料費も高くつくために、導入は先送りにされていた。
つまり実家を経由するのなら、移動手段として提供される事もあるだろう。

「なら一つ聞くが、なぜ貴様はあえて馬で向かう? 出かけるだけならば、庭でもいいのではないか?」

この発言に、脇のコトラとルゼが顔を見合わせた。
キリヤナギはそれに苦笑して、堂々と答える。

「今日これから行くのは、ちょっと特殊な場所でね。機械よりも馬に乗って行く方が都合がいいんだ」
「都合だと?」
「うーん。あんまりよくは思われないんだよね。印象の問題なんだけど」

話したく無いらしい。
魔物相手なら、カナトの方が都合のいい筈なのに、キリヤナギは代わりにグランジをよこすと言う。
これは、待っていろと言うことか。

「対人か……?」
「……小さな集落でね。不審人物がうろついてるみたいで、様子を見に行くんだ。ルゼの実家と、コトラとココの親戚がいるんだよ」
「そうか……」
対人ならば、カナトは足手まといになってしまう。
少なくともキリヤナギは信頼できるし、任せるか。
「では、ジンが戻るまでグランジを借りるとしよう」
「感謝致します、我が君。グランジ、カナトをよろしくね」
「分かった」

また、ジンの意思に関係なく話が進む。
武器もまだ揃えていないのに、大丈夫だろうか。
だが、カナトが留守番でグランジもいるのなら、何か事件に巻き込まれる心配も無さそうだ。
グランジの強さは、ジンも身をもって理解している。
自宅から持てるだけ弾丸を持ちだし、ジンは再びキリヤナギの自宅へと戻った。
サカキに二人乗りで跨ったジンは、キリヤナギに背後から捕まり、五人でアクロポリスをでる。
早い。
平原をあっと言う間に超えて、もう街道を半分近く滑走している。
吹き抜ける風がとても心地よくて、飛んでいる気分だ。
横をみれば、コトラとココも二人乗りでルゼも楽しそうに走っている。

「本来なら、騎手が後ろなんだけどね。ジンは僕より身長があるから」

楽しいが、揺れすぎて話す余裕がない。
キリヤナギは馬の扱いに手慣れているようで、ルゼとコトラに合わせて走っている。
景色しか見る事ができず、ジンは何も言わずキリヤナギにつかまっていた。
平原の脇から林にはいり、道はどんどん狭くなって、気がつけば踏み固められた獣道に変わっていく。
辺りは、木々に覆われて薄暗い。
森の中を、三頭の馬にまたがる彼らが迷わず進んでいく。
確かにこの場所は、二輪や庭では無理だろう。
森の中をある程度進んだところで、三人は速度を落とし三頭を歩かせて進んだ。
途中、タランチュラが脇にふってきたり、クローラーが大量に横断したり、まさに大自然だと思う。

「ジン、大丈夫?」

揺れすぎて腰が痛い。
何も言えないジンを、キリヤナギは仕方なく下ろし、サカキを引いて徒歩に切り替えた。
獣道となっている森の中を進んでいくと、小川の橋は大木が倒されただけだったり、大木の根がアーチ状になっている。
進めば進むほど、迷い込んでいるようだ。

「こんな場所に集落なんてあるんすか……」
「あるよ。もうすぐだから、がんばって」

そこから15分だろうか。
歩いた先に、森の出口が見えてくる。
ルゼが表情が緩み、スミレに乗ったまま駆け出した。
コトラとココも続くと、小さな家が沢山ある集落にたどり着く。

「こんな場所に……」

先に行った三人は、ジンとキリヤナギを残し集落の中へ消えて行った。
生活感は十分にあり、畑や果実のなる木、井戸もある。

「キリヤナギ様。こんな辺境へわざわざようこそ」
「村長殿。ご機嫌よう。お久しぶりです」

コトラに連れてこられたのは、中年期の男性だった。
なぜかコトラと同じく貍耳をつけている。
帽子をとり、頭を下げたキリヤナギにジンも応じた。

「そちらは……」
「え、エミル・ガンナーのジンです……」
「あまり知られたくはないのですが……」
「彼は僕の従者です。これから変わりとして此方へ赴くこともあるでしょう……どうかお許しを」
「……なるほど、ジン殿。この場で見たものの全ては、どうか口外になさらぬよう」
「え、……は、はい」
「では、キリヤナギ様。此方へ……」

訳がわからない。
サクラ、スミレ、サカキを繋ぎ、二人は村長の自宅へ案内された。
出されたお茶はいい香りがして美味しい。
だが気付けば、コトラは居るがルゼとココの姿が見えなかった。

「ルゼは実家に行ったんだと思うよ」
「ココも先に行くように言っておきました。僕達には後から合流します」

言われて思い出したが三人の故郷だった。
ジンはもう生まれた場所がなく、少し羨ましく感じてしまう。
ふと窓の外を見れば、集落を行き来する住民達は、みな貍耳をつけていて、どこか不思議な空気が立ち込めていた。
この村では流行っているのだろうか。

「貍耳が流行ってるんすか?」
「……あれ? 総隊長、説明してないんですか?」
「あぁ、ここに来れば分かると思ってたんだけど」

なんの話だろう。
コトラはジンを振り向かせ、自分の両耳を摘む。
するとまるでシールのように、模造された人間の耳が取れた。
一瞬、何が起こったかわからなくなる。
人間の耳だと思っていたものは実は付け耳で、頭についた貍耳が動いている。

「へ……」
「そう言う事。ここは貍と人間のハーフの村なんだよ。コトラは獣人、ルゼもね」
「じゅ……」
「彼らは限りなく人間に近いんだ。人間の付け耳をつけたり、帽子で隠せばわからないから」

言葉がでない。
確かにコトラの耳は動いている。
よくみれば触り心地も良さそうだ。

「じゃあ、村長が言うなって言うのは……」
「人間らしい彼らだけど、ここに住む人たちは先祖帰りしている人が多くてね。あまり人間と干渉したがらないんだ。僕が呼ばれたのも、コトラに内密でお願いされたからだよ」
「部隊に依頼すれば、少なくともこの場所が知られてしまいますからね」
「それに、彼らは人間の作った機械も好まない。だから二輪や庭より馬やドラゴ系がいいのさ」

分かるが、この道中はどちらにせよ無理だと思う。
庭を止められる場所は限られているし、二輪も平坦な道しか進めないからだ。
コトラを見ると確かに人間の耳がない。
アクセサリーだと思っていたものは、実は本物で、本物だと思っていたものがアクセサリーだった。
未だ信じられず、言葉がでない。
ジンがコメントに困る中、再び村長が現れて囲炉裏を介した向こうへ座る。

「お待たせしました。いつも遠い所から御足労を……」
「僕も好きでやっている事です。お気になさらず。コトラから伺っていますが、不審人物と言うのは?」
「住民が、一週間程前に部外者の気配を感じましてな……、しかし気配はあっても見つける事ができず、残るは聖域のみで」
「聖域……?」
「村の守り神を祀る社です。大昔に魔物を封じ、守り神として祀っています。今は近づかぬようにしているのですが……」
「なるほど、ならその聖域へ僕達が様子を見に行っても?」
「それは構いませんが……何故この場所が彼らに知れたのか、貴方以外に疑う予知がありません」

ジンは背筋がぞわりとした物を感じた。
この村長は、キリヤナギが呼び寄せたのではと疑っている。
たしかに辺境だ、こんな山の中へ誰が好き好んでくるだろう。
誰かから伝わらなければ、来たいとも思わない。

「村長。キリヤナギ総隊長をそんな……」
「いいよ、コトラ。僕は人間側だからね、仕方がない。つまり僕が、その聖域にいるかもしれない敵を捕らえれば、疑いは晴れますね?」
「そうですな……」
「ならもし彼らを捕らえれたなら、この集落の自治権の一部を僕にください」
「は……」
「この場所が安全である事を僕は願う。その為に、部隊員がここへ立ち入る許可を」

堂々の述べるキリヤナギに、ジンは混乱した。
キリヤナギがこの場所を守りたいと言っているのは分かるが、犯人を捕まえた上で守るなど、こちらは何も得ではないとすら思った。
しかし村長は、複雑な表情でキリヤナギを見ている。
何が悩ませているのか。

「村長……。そろそろやめましょう。キリヤナギさんは、いつも来てくれているではないですか」
「だが、この場所に人間が近寄るなど……私は……」
「確かにここに人の手はありません。だけど、それじゃあ限界があります。この村の人達はただ人間を嫌うだけで、その怖さをしりませんから……」

キリヤナギは黙って聞いていた。
ジンは、村長が困る理由がわかってきた。
人間に頼りたく無いのか。
今までずっと関わりを避けてきたのなら、たしかに同情をしてしまう。

「それじゃ、ジン、軽く見回りに行こうか」
「へ?」
「早く捕まえて疑いをはらさないと……」

更に混乱する。
再びクロークを纏ったキリヤナギは、ジンと共に村長の家をでた。
取引をしたのではなかったのか。

「僕が来ないと無理な時点で、この村の治安はボロボロの吊り橋同然だよ。言う事聞かせようとしてくるのもそれ」
「ならなんであんな回りくどいんすか?」
「借りを作りたく無いのさ。だから信頼するなら守らせろって言ったの。ただあの村長、頑固だからコトラと初めて来た時は大変だったよ」

村のプライドの問題だったのか。
確かにキリヤナギが定期的に見に来ているのに、いまさら疑うのもおかしな話だと思う。
コトラとココは隊員ではあるが、キリヤナギと三人でこの村を守るのは無理があるからだ。

「じゃあ捕まえた後は?」
「うーん。とりあえず締め上げて、ここに置いてくかな。連れかえって欲しいなら自治権よこせって感じで、交換条件だね」
「えっと……?」
「下手に連れて帰れば広まるでしょ? 知ってる人を連行するんだから……」

たしかに、敵はもうこの場所を知っているのだ。
アクロポリスに連れ帰れば、アクロポリスの人間にこの場所がばれる。
連れ帰るなら、確かに自治権は必要だ。

「総隊長って、案外色々考えてるんすね」
「ジン。君はもう少し僕を敬っていいんじゃ無いかな?」

イラついたキリヤナギに何をされるかと思えば、頬をつままれた。
ただじゃれあいかと思えば、本気でつねられている。

「いだだだだ……」
「反省しよ? 友達感覚もいいけどさ……」

グランジの態度を思い出せば、ジンの態度にあまり強く言えない。
グランジは少なくともキリヤナギに忠実だ。
それも、正しいか間違いかを的確に見極めて発言をしている。
キリヤナギが何を考えているか察し、何も考えていない事も察する。
天才的な観察眼に腹が立つほどだか、それ故に発言の全てに意味がある。
よってキリヤナギは咎める事ができない。
だが、ジンは違う。
ジンはたしかに忠実だが、自分で考えてキリヤナギについてきている。
盲目的ではなく、いい人だから、助けて貰えたからと言う、安直な信頼だ。
親友にも違い感覚だろう。
目的を知り、キリヤナギに何が必要かを諭すグランジと違い、ジンはキリヤナギの人柄をみたからこそ、キリヤナギの言葉の全てに意味があると考えている。
グランジに比べれば分かりやすくはあるが、その形は酷く脆い。
しかしそれも、裏切られ続けたからこそのものだと、キリヤナギは分かっていた。
グランジとキリヤナギならば、お互いが生命を握っている為に、裏切りは死を意味するが、ジンは何度も仲間に裏切られ、生死を彷徨ってきた。
信頼など、出来るわけがない。
グランジと同じ態度をは気にいらないが、それがジンの信頼の態度ならば、許容はできる。

「ずみませんでした……」
「僕だからいいけど、ジンがちゃんとしないとカナトまでナメられるかもしれないんだから、ちゃんと態度をわきまえて」
「は、はい……」

頬を摩るジンは、反省した様子もない。
カナトは諦めているか、許しているのか。
骨が折れると、キリヤナギはため息をついた。

「とりあえず、様子だけ見に行こうか。来れる?」
「いきます……」

まだひりひりする。
痛みが引き切らないまま、2人は村の反対側にある獣道を辿り、聖域の方へ歩を進めた。
普段は住民が供え物をしたり、祭事に利用する場所らしい。
たどり着いた場所は、人が住めそうな社と草が整えられた広場だった。
人の気配は確かにある。
供え物のたべかすが、社の間に散らかり、男性ものの下着が木々に干されているのは、ここに住み着いたのか。
守り神の神聖な場所であるはずなのに、ひどいと思う。
ふと、ジンがキリヤナギの顔をみると真剣な表情で社を睨んでいた。
キリヤナギのこの表情は、なにかに気付いた顔だ。

「どうしたんすか……?」
「ジン、一度戻るよ」
「へ、なんで?」

キリヤナギは答えなかった。
真剣だったキリヤナギの表情が更に険しくなり、ジンは問いただす事すらできない。
なにがあったのだろうか。
村に戻ってきたキリヤナギは、迷わず村長の自宅へと向かい、コトラと再び顔を合わせる。
向かいには、村長も座っていた。

「おや、見回りに行かれたのでは……」
「村長殿、お話では一週間。住民は聖域へ立ち入って居ないと話されましたが……」
「えぇ、危険ですから……」
「社の周りには、確かに人の気配はありましたが……その上、供え物のごみが散乱していた」
「……なるほど、連中は供え物をたべて」
「彼らは供え物で生活をしています。それも、”一週間分の供え物”で」

ジンは胸の奥が詰まるのを感じた。
一週間分、といわれて違和感があるからだ。
またコトラも、村長に視線を向け、言葉もでない。

「一週間、彼らをあの場所に住まわせている目的を伺いたく存じます」

住民に近寄ってはいけないと言っていた場所へ、確かに供え物の後があった。
だが、食べ物は基本的に加工しなければ一週間も持たない。
つまりこれは、この一週間ずっと供え物を続けられていたと言うことになる。
ここの住民は、社に住み着いた彼らへ食べ物を供え、生かしている。
そして、その場所へ、村長はキリヤナギを誘導した。
キリヤナギは気づいて引き返した。
罠だったからだ。
グランジが居たならば、倒して戻ったが、今はジンだ。
無理はさせたく無い。

「奴らを追い出していただけるのでは?」
「ならば何故、彼らへ食料を?」
「我々にも事情があるのです。私はこの村を守るのが役目ですから……」

守るのが役目と言われ、キリヤナギは息を詰めた。
住民を守る為に村長はキリヤナギを社へ誘導したのか?

「……なるほど、なら答え合わせをしましょう。彼らの目的は、僕ですか?」
「!?」

村長は無言だった。
ジンは分けが分からなかった。だが、一泊おいて村長が口を開く。

「早く向かって頂きたい。貴方が行かなければ……住民が……」

震えだす村長の言葉に、キリヤナギの背筋が冷えた。
村長は敵の仲間ではない。被害者だ。
まさかとは思い、問いただそうとしたところ、村の方でココの名を叫ぶ高い声が聞こえだす。
コトラは驚き、ココを探す親戚の元に向かった。

「時間指定があった……?」
「午後二時までに、キリヤナギを呼び寄せろと………間に合わなければ、住民を一人づつ攫うと……」

デバイスの時計は、もう二時半を回っていた。
愚図ついて先を越されていたのか。
情けない。気づくのが遅れたと後悔もする。

「村長殿。気づけなかった私めをどうかお許しください」
「……!」
「その上で、どうかこの私にここの自治権を、騎士・キリヤナギの名にかけて、彼らを必ず捕らえます」
「……信じていいのか。人間……」
「ならば、結果においてご判断を……」

小さく頭を下げ、キリヤナギは早足で家を出る。
向かうのは社だが、キリヤナギが狙いとはどういうことだろう。

「職業柄。私怨や報復はよくあることさ。村一個人質にされたのは初めてだけどね」
「そんなん……」
「ジンは身を守ることを考えて、僕は大丈夫だから」

何が大丈夫なのだろう。
キリヤナギが強いのは知っている。
しかしそれは、あくまで一対一だ。人数が違えば、多勢に無勢にもなる。

「総隊長は……?」
「大丈夫だって、不安にでもなった? 待ってる?」
「待たないっすよ! 自分だけ守れって……何のために来たのかわかんないし……」
「自分の身を守ることは大前提! 余裕があれば好きにしろって事! 喧嘩してる時間ないんだから、ちゃんと言う事聞いて!」
「へ、は、はい」
「かすり傷一つでもしたら、この前に言ってた新人講習、受けに行ってもらうからね。心構えから勉強しなおして」
「ぇえぇえ!!」

うやむやにしていたのに、今ここでそれを言われるのか。
修羅場なのに、かすり傷一つ作るなとは、なんて無茶振りかと思う。
キリヤナギは本気なのか、そっぽを向いて迷わず森へ向かった。
ジンは生唾を飲みこみ、緊張気味に後を追う。
森の入り口でコトラと合流し、キリヤナギは時間を置いて後から来るように告げた。
敵に、一人で来たと思わせる為だ。
ジンとコトラは、キリヤナギが見えなくなった後に、音を立てぬようゆっくりと同じ場所へ戻ってくる。
キリヤナギは悪い意味で歓迎されていた。
数名の族の後ろには、両手を抑えられたココと巻き込まれたらしいルゼもいる。

「武器を捨ててもらおうか」

低い声だ。
キリヤナギは腰のダインスレイブを外し、懐の小型レボルバーを地面に投げ捨てる。
キリヤナギから護身用の銃が出てきたことにも驚いた。

「帽子もだ……」

深めにかぶっていたハットも、キリヤナギは素直に脱ぐ。
外出用に整えられ、スッキリした印象だった。

「えらく素直だな」
「当然だよ。僕の所為で二人が巻き込まれたんだから……」
「理解が早いな。なら俺たちが何処の奴が分かるか?」
「運搬業者を襲っていた……。彼らの仲間かな?」
「そうさ。お前の所為で半分近く仲間が居なくなった。今すぐ開放しやがれ」
「僕の権限でそれができるなら、今すぐそうしたいけど無理な相談だよ。捕らえた冒険者の管理は騎士団がやっているからね。治安維持部隊の管轄じゃない。それなら僕を人質にして騎士団と交渉したほうが、まだ望みはあると思うよ」
「馬鹿にすんじゃねぇ! その手には乗らねえぞ!」

ジンとコトラは物陰に隠れ、ずっと会話を聞いていた。
キリヤナギの言うことは本当だからだ。
本部のあるギルド元宮の地下には、たしかに留置所があるが、部隊員に立ち入りは出来るものの、開放するにはかなり厳しい条件がいる。
グランジはどうしたのかは知らないが、おそらく被害者がランカーのみだった事と、騎士になった事でグランジの行動責任の全てがキリヤナギに移ったからだろう。
そう思うと、キリヤナギはかなりグランジを信頼していると思う。

「僕は今、武器を持たない丸腰のエミル族だけど、そんな僕に何を望む?」
「そんなん決まってんだろうが。死ね!」

それは、突然だった。
ジンは後ろで物音がして振り返り、発砲音が聞こえて固まった。
頭の中で、響いた破裂音がこだまする。
振り返った時には、キリヤナギがゆっくりと地面に倒れていた。
赤い。
真っ赤な血が、緑の地面を鮮やかに染めていく。
コトラもまた、飛び込むタイミングを見失っていた。
何が起こったのだろうと、一瞬考え飲み込んだ直後。
ジンは武器をぬいた。
マガジンを確認し、筒に装填。
飛びたそうとした矢先、ジンより先にルゼが動いていた。
彼女は自分を抑えている男の脛を蹴って抜け出すと、後ろへと周り、後頭部の付け根から一気に蹴りを入れた。
そして、蹴りを入れる最中、彼女の周辺に魔方陣が完成。
ココを抑えている男へ”フォトンランチャー”が放たれる。
また、手が緩み開放されたココへ”ソリッドオーラ”を展開。
自分にもかけ、ココを奪取して下がる。
ジンは、しばらくそれを呆然と見ていたが、”フォトンランチャー”は多人数を狙うには向かない。
ルゼに殴り掛かった敵を撃ち落とし、銃をもつ相手を的確に狙っていく。
残された長剣の敵は、喧嘩慣れしているようでそこそこ早い。
だが、そんな真正面から突っ込んで来て何がしたいのか。
こちらは剣士ほど、力も体力もないし、そもそも力で戦う気はない。
だから、ジンは突っ込んで来た敵の間合いから外れ足を引っかけた。
二人目は投げ、三人目は少し考え、キリヤナギを思い出し、床に手をついて前転した。
すると、的を失った三人が、同じ場所で重なり、ジンは迷わす発砲。
足をうち、立てなくした。
ルゼは一人、ココに抱きついて震えている。
さっきあれだけ動けていたのにとも思ったが、演習慣れしていても、本当に人を倒すのは初めてなのだろう。
ただ淡々と敵を撃つ自分は、どれだけ非常な人間なのか。
そんなルゼの目の前には、倒れたキリヤナギがいた。
コトラの表情をみてジンが駆け寄ると、額に弾丸の跡があり、胸が一気に締め付けられる。

「総隊長! キリヤナギさん! 聞こえますか!!」

コトラの呼びかける声がむなしく響く。
ジンは銃が得意だ。
だから、人間の何処に打てば死ぬとか、生きるとか、十分に理解している。
もつ武器の意味を見失わないよう、過去の罪を繰り返さないよう。
人は殺さないと言い聞かせてきたのに、肝心な時にまた守れない。
そう考えると、頭がゆっくり重くなってきて周りの声が、聞こえなくなっていく。
重い感情に支配されていき、キリヤナギの向こうにいる、逃げようとする冒険者に目がいった。
止めを刺さなければいけない。
でないと、また人が死んでしまう。
銃を構え、引き金を引こうとした瞬間。
突然手首が掴まれ、驚いた。
ジンのサラマンドラを筒を抱えたキリヤナギは、その銃口を自分の胸に向ける。

「僕は、大丈夫だから……、だめだよ。ジンは……」

生きていた?
動かないジンの手を、キリヤナギは弱る力で強く握りしめる。

「死ねないん、だよね。だから、大丈夫……安心して……」

何が大丈夫なのか。
銃を離したジンに、キリヤナギは安心したのか再び横になり気を失った。
ジンは止血しようとシャツを脱がせたが、打ち抜かれた筈の傷は、もう殆ど塞がっている。
額の跡ももう消えており、ジンは再び混乱した。
地面にも血の跡が大量に残っていて、打たれた事は間違いないのに。

「ジンさん。とにかく一度、彼らの捕縛を、僕が見張りをしますから、総隊長を休ませてください」

冷静に述べられたコトラの言葉に、ジンは言われるがまま、抑えた彼らを捕縛。
村長も連れ帰る事へ同意させて、応援を呼んだ。
キリヤナギはそもそも、ここへ来る事自体を伝えて居なかったらしく、ジンはたまたまコトラの故郷に遊びに来ていた事にして、キリヤナギをコトラの親戚の家に寝かせた。
事が全て終わった頃には、とっぷり日が暮れていて、アクロポリスに戻るのは明日へ見送ることとなる。
寝かされているキリヤナギに一応手当てはしたが、ありとあらゆる怪我がもう殆ど治癒しており、はたから見れば眠っているだけだ。
打たれたのは気のせいだったのかとすら思う。

「……ジン?」

ずっと横に座っていたら、ようやく目を覚ました。
もう日付けも変わりかけていて、感じた事のない静寂に包まれている。

「ずっと居たの?」
「か、考えごとしてて……」
「そっか……怪我してない?」

キリヤナギに言われたくないと思った。
敵の殆どをルゼが相手にした為に、ジンは無傷ですんだが、衣服がキリヤナギの血で赤く染まってしまった為に、今はコトラの叔父から借りた甚平を着ている。
キリヤナギは起き上がるのが辛そうで、顔色も良くなく、ジンは寝ているよう促した。

「大丈夫すか……」
「ごめん。まだ辛い……血を流し過ぎたかな……」

血と言われて、さっきの光景が頭に過る。
キリヤナギは確かに急所へ攻撃された筈なのに、

「なんで……生きてんすか……」
「……そう言う呪い。僕の中にいるもう一人が、死にたくないって僕を生かすんだよ。でも、体は人間だから、血を流しすぎると起きるのが遅くなったりして……流石に辛い」

もう一人と言われ、今朝みた物が思いだされた。
どんな人間だと思う。

「……怖い?」
「怖くないっすよ! でもだからって……びっくりしたし……」
「痛覚はあるから、あんまりやらないし、ジンも弱ってる人を撃つなんて、正当防衛にならないんだから……」
「ご、ごめんなさい……」
「まだ力が弱くて、再生力が遅かった僕も悪いけどさ……」

思わず正座したジンに、キリヤナギは重い体を起こす。
俯いて何もいないジンは、気持ちを抑えているのか。
再び失うことに酷く恐れているようにも見える。
今回は、キリヤナギだから良かったが……。
そっとジンの頬に触れて顔を上げさせた。
少しだけ、涙が滲んでいたのはやはり心配させたのだろう。

「びっくりさせてごめん。ね。僕は大丈夫だから……」
「……こ、講習いやだったし」
「そっか。じゃあ今回は勘弁してあげる」

踵返して、背中を向けた。
ジンはこのままが一番いいのかもしれない。

「グランジが、ジンに”僕は死なない”って言ったって聞いてたんだけど……」
「へ? いつっすか……?」
「すごい前? でも、普通に死なないってだけなら、冗談だと思っても仕方ないね」

確かにそうだが、いつだろう。
そもそもグランジは週一で会うし、聞いているならカナトもいた筈だ。
だがカナトもキリヤナギの力を知ったのは最近らしく、キリヤナギの言う”すごい前”では、表現が過大すぎる気がする。

「そう言えば、社にいた連中はどうしたの?」
「応援よんでアクロポリスに護送しました、あとは騎士団に引き渡すって……」
「あぁ、部隊来たんだ。僕の事言わなかったの?」
「とりあえずは……伝えてなかったみたいだし?」
「別に良かったのに……、でも、セオのお説教がないなら気が楽だなぁ……」

布団でごろごろするのを見ていると、此方まで気が緩んできた。
本当に緩い総隊長だと思う。

「ジンは休まないの?」
「え……」

キリヤナギが寝かされていた部屋には一応ジンの布団も畳まれており、好きに使って構わないと言われている。
しかし、雇い主が倒れている状況で眠ってもいいものか。

「不安なら僕が起きてようか?」
「べつにそんなんじゃないっすけど……」
「じゃあ早くやすんで、僕もお腹すいたからねる!」

空腹だから眠るのか。
しかし、時間が時間でもあるし、ジンも仕方なく床についた。
早朝に目を覚ましたジンは、寝泊りさせてもらったコトラの親戚宅で家事を手伝う事にする。
獣人である彼らは起きるのが早く、ジンが起きてきた頃にはもう村の住人達の殆どが動き出していて、朝の賑やかさに新鮮な気分にもなった。
が、キリヤナギが起きてこない。
コトラに聞くとキリヤナギが泊まるのは珍しくなく、朝に弱いのは周知の事実らしい。
目覚めたのは、ジンが起こしに行った9時前後だった。

「朝弱いんすか……?」
「寝覚めが悪いんだ……。ごめん」

意外だと思う。
しかし、昨日の出来事を思い出せば中身との関係もあるのだろうか。
着用してきた礼装とクロークを再び纏い、キリヤナギは乗ってきた馬達と触れ合う。
ジンはそれを遠目に眺めて、遅れて現れたコトラと合流した。

「コトラさんって、総隊長のこと知ってたんすか?」
「むしろ、ジンさんが知らない事に驚きました。部隊では知らない人はもう居ませんからね」
「へ? そうなんすか……」
「流石に不死身と言うことまでは、僕も半信半疑でしたけど、今回ようやくこの目で見ました」
「無敵じゃないすか……」
「人間的に言えば確かにそうですけど……、総隊長はあまり嬉しくはなさそうですよね」

コトラの言葉に少し意外性を感じた。
確かに、不死身である事を利用してもキリヤナギはあまり嬉しそうではなかったからだ。
大丈夫だとは言いつつも、その言葉に説得力などなかったから、

「きーりちゃーん! おまたせー!」
「ルゼ、もういいのかい?」
「うん。みんな元気だったし、カノンを一人にしとけないからね!」

リュックを背負い現れたルゼは、脇に座るジンとコトラに手を振ってくれる。
一緒にココも現れて、じっとジンを見上げていた。

「ココ、どうしたの?」
「…………あ、ありがとう。じん……」
「へ?」
「助けてくれたからね。ジンさん、ありがとうございました」
「は、え? な、なんもしてないっすよ、大体はルゼちゃんだし……?」

ルゼはもうキリヤナギと一緒に馬達と戯れている。
彼女は動物好きな様だが、人間には興味がないのだろうか。
その後、数名の人々にお土産を渡された5名は、再び馬に跨り村を出た。
キリヤナギが、ジンへ練習させると言うので、歩きながら、走りながら帰路に着いていると、アクロポリスに着いた時にはもう夕方になっていた。
敷地にてルゼとコトラと分かれ、ようやく屋敷に戻ると、何故か頭にほっかむりを付けたカナトが、エプロンを付けて待機しており、ジンとキリヤナギは思わず固まった。

「遅い!」
「な、なにしてんだよ。カナト」
「貴様ではない。キリヤナギだ」
「へ? 僕?」
「貴様、このような屋敷に住んでおきながら、使用人がディセンバル殿一人だけとはどう言う事だ!!」
「それはみんなやめちゃって……」
「言い訳はきかん! 小規模な屋敷と言えど、だった一人に家事の全てを押し付けるなど、貴様、主人としての自覚があるのか? 使用人の苦労を考えたらどうだ!」

キリヤナギが固まっている。
なにを言われているか分からない表情だ。
壁際にはグランジが、袋入りのスナック菓子を開けて頬張っている。

「カナト様。私も望んでいた事でも有りますのであまり陛下を責める事は……」
「ディセンバル殿、これは貴方の問題ではない。本来雇われるべき庶民を雇わずにいる事は、貴族としても問題がある」
「……あ、あの、我が君。僕の家で何を?」
「家事を手伝っていただけだ。必要最低限にも美しく保っていてくれたディセンバル殿へ感謝しろ。私が手伝わなければ、貴様が帰るまでには終わらなかったからな」

何も言えない。
カナトが家事を気に入っている事は、ジンが何より理解している。
わざわざ自炊に拘るし、暇があれば床の雑巾掛けをするし、ジンがさぼると怒る。
最近はワーウルフのルナが自分からやり出すので、ジンが怒られる事は少なくなったが、任せきりにするとキレてくる。

「キリヤナギ、貴様、家事は苦手だな?」
「え……」
「キッチンにインスタントの食品が買い溜めされていた。大方、ディセンバル殿が手が回らない時に使っているのだろう?」
「そ、それは僕のだけじゃないし! グランジのおやつだし!」
「成り上がりと言えど、貴族としての立場を疑うぞ。せめて自炊をすべきではないか?」

キリヤナギを見ると何故か納得してしまう。
言われれば、セオからお弁当を渡されたり、グランジからバランスを指摘されていたり、キリヤナギの食生活のガサツさが垣間見えていた。
その上で、部隊の主食が2つあるメニューを見ると、晩御飯で足りない分をインスタント済ませているのも分かる。
使用人ディセンバル一人なら、家事に追われ十分な量を作れないのも仕方ない。

「ぼ、僕、なんで怒られてるの……」
「貴族としての自覚がないと言っているんだ! 全く、私の実家にこの屋敷の面倒を見てもらうよう連絡をいれておいた」
「へ?」
「明日からディセンバル殿をハウススチュワートとして、5名程の使用人が出入りする」
「ちょっと待って待って、人件費は?」
「使用人本人に相性もあるだろう。長く居てくれそうな人間を貴様が引き抜いて住まわせるといい。辞められては同じだからな」
「嬉しいけど、僕、普通じゃないし……」
「ならそれに合う人間を探せ。ディセンバル殿のように居てくれる方もおられるのだからな」
「無理矢理こさせるのは嫌だよ?」
「その様な人間は寄越さん。バトラーにも話を付けてある。……貴様は我が家の騎士だからな。貴族として在るべき形をとってもらうぞ」

カナトの目は本気だった。
キリヤナギは、呆れを通り越してため息をつく。
深く考えていないのは本当だった。
王族から一般市民になって、普通の庶民生活をしてから、普通がいかに気楽であるかを知ったのだ。
身なりを気にしなくとも、誰も文句は言わない。
肩の力を抜いて自由に居られる気楽さを、キリヤナギは一般市民になって初めて知った。
王族ならあり得ない事だからだ。
だから再び貴族になって、身なりだけちゃんとして他は気を抜いていた。
インスタント食品は割と好きだし、布団でだらだらするのも好きだし、気が向いたら男性向けの雑誌もみる。
迷子になって迎えに来てもらったり、虐められて泣きながら帰ったりと、情けない姿ばかり見せていたら、使用人は失望したのかすぐ辞めてしまった。
彼らがキリヤナギに何を期待していたのかは分からない。
本来の貴族は、煌びやかな社会に生きる、高貴で誇り高いものだと思われがちだが、キリヤナギにそんなものはないからだ。
唯一、ディセンバルのみが残り、現在に至る。
雇っても雇っても、辞められて、寂しくなり元王族であるという事をディセンバルに零した。
信じてもらえる訳がないと思ったのに、ディセンバルはそれ以来、キリヤナギを陛下と呼ぶ。
初めは恥ずかしい思った。
悲しくもなったが、そう呼ばれると昔を思い出してちゃんと貴族として振る舞えた。
だが、それでは足りないと分かっている。
カナトはそれを正そうとしてくれているのか。

「今更僕に、出来るかな?」
「在るべき形など、形だけでいい。貴様自身は変わる必要もない」
「へ? ちゃんとしろって事じゃないの?」
「使用人の数は、貴族の立場の物差しだ。メロディアスの騎士であるにも関わらずだった一人など、舐められても仕方がないからな」
「……そっか」
「なんで一人だったんすか?」
「僕、貴族らしくないからさ。みんな自分の仕事に誇り持ちたいから、嫌になったんだと思うよ」
「仕える主人が成り上がりで、庶民のごとく振舞うのだ、誰も尊敬できまい。しかしそれならば尚のこと、我が家の使用人とは相性がいいだろう。私の実家も成り上がりであり、アルバイトも一から教育を行っている。貴族と言うものに憧れを抱いているものは少ない」
「助かるよ……。なかなか見つからないんだよね」

変な話だと思う。
ジンは家事は苦手だか、使用人の給料はかなりいい筈なのにそんなもの意味があるのだろうか。
だが仕えると言う意味にとると、ジンはキリヤナギを強いとは思うが、尊敬はあまりできない。
緩いし、迷子になるし、頼りないし、強いとは思うが、小さいし、自慢はできないと思う。
ジンは辞めたいとまでは思わないが、キリヤナギに雇われた使用人はそうだったのか。

「何? ジン」
「へ」
「また僕のこと疑ってる? なんかあるの?」
「そんなんじゃなくて、なんか分かるかなって思っただけで……」

睨んでくるキリヤナギの目に、ジンは昨日の頬の痛みを思い出す。
思わず両手で頬をガードしたら、脛を軽く蹴られた。

「いっでぇ!!」
「ジンは本当分かりやすいよね。なんでガードしたの? やましいこと考えたんだよね?ね?」
「キリヤナギ、ジンが貴様に敬意を払えないのは貴様自身の問題でもあるぞ」
「それは十分に理解しているさ。これぐらいで済んでいる事に喜んで欲しいぐらい」
「ど、どういう……」
「今回のように教育と言う名目で、いつでも自由を奪えるか。……ジン、貴様ももう一度、自分の立場を考え直すといい。その男は命令一つで貴様はどうにでもできるのだからな」

キリヤナギは笑っていた。
嬉しそうに、誇らしげな笑顔を見せている。
ジンにはその意味がよく理解できなかった。
だが、どうにでもできると言われて息が詰まりそうな気分になって嫌な汗が滲む。
ジンをどうにでもできることに、キリヤナギは笑みを見せたからだ。

「とにかく、我が君。感謝いたします。本日は我が屋敷にて……」
「遠慮しておく、昨晩はもう世話になったからな。その上でジンを再び拝借するが、問題はないな?」
「構わないよ。ペナルティはもう十分だからね。また必要だと思ったら呼ぶさ」
「そうか……」

蹴られた脛はまだジンジンと痛む。
ペナルティとは何のことだろう。
歩けないほど酷いものではないが、出来ればもう食らいたくない。
三人と分かれ、自宅に戻った2人は月光花がくるまでに夕食の準備をはじめる。

「カナト、ペナルティって、何の事?」
「さっきの蹴りだな。キリヤナギからすれば、貴様を騎士として教育するために常に側へ置きたいのだろうだと思う」
「へ?」
「言った筈だ。貴様がキリヤナギへ敬意を払えないのはキリヤナギ自身にも問題があると……、奴がその問題を解決する為に貴様を側に置くのなら、それは貴様にとってのペナルティに成り得るからな……」

ぞっとした。
ペナルティに成り得るかといえば確かにそうだと思う。
今回のように、村へ出掛ける程度なら問題はないが、キリヤナギの側に居ることは、部隊に通勤する可能性も出ると言う意味もあるからだ。

「蹴りだけで済んだことに感謝するといい。かなり寛大な処置だろう。言動や態度一つでも何をされるか分からないぞ」
「なんか、すっげえ息苦しいんだけど……」
「そう思えているなら十分だ。距離感が掴めないうちは話を聞いているだけでいい」

難しいと思う。
今更どうにかしろと言われても、安易に変われるものでもないし、キリヤナギはジンへ何を求めているのだろう。

「キリヤナギもまた、貴様との距離感を探っているのだろうな」
「総隊長も?」
「他の部隊員とは違い、貴様はキリヤナギと過ごした時間も短い、向こうは理解しているだろうが……」
「そうだけどさ……、俺だってそれなりには分かってるつもりだぜ?」

カナトのジト目にジンが息を詰める。
かつてこれ程までにアテにならない言動があっただろうか。

「な、なんだよ!」
「まぁいい。そのうち分かってくるだろう」

意味深な言動に納得がいかない。
しかしそれでも、今回は少し楽しかった。
コトラに頼んでカナトもまた連れて行ってやりたいと思う。



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本編 | 【2015-12-25(Fri) 12:30:00】 | Trackback(-) | Comments:(0)
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