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(C) BROCCOLI/ GungHo Online Entertainment,Inc./ HEADLOCK Inc.

キリヤナギ総隊長が誘拐される話

出演:グランジさん、スィーさん、セオさん、コウガさん、リュスィオールさん、

あらすじ
天界から戻り、戴冠式も終えたキリヤナギは、以前と同じ平和な日常を取り戻していた。
いつも通り朝に起きて、いつも通り出勤したキリヤナギは、自分を探す少女と出会う。


参考
(連載)長編シリーズ:Royal*Familiar


 


金属のしつこい目覚まし音が響いていた。
電子音ではない、金属の物だ。

キリヤナギはこの音が大嫌いだった。
酷く高いし、耳に触るし、聞くだけでも気分が悪くなる。
だから聞こえたら、一度布団にもぐって抑え、腕だけを伸ばし、強引に止める。
しかしこの音は、広い部屋にもよく響いて確実に起きる事ができた。

この屋敷へ引っ越す前は、”ナビゲーションデバイス”のアラームで十分だったのに、ここでは全く響かず聞こえず、一人暮らしの頃は何度か寝坊した。
ハウス・スチュアートを雇ってから、寝坊をしなくはなったが、ディセンバル一人になり、わざわざ起こしに来させるのも申し訳なくて、この目覚ましを導入した。

嫌いな音である為、絶対に起きるが、たまに二度寝をやらかして、ディセンバルが起こしにくる。
もういい年で、妻も居るのに情けない。
決して夜型でもないのに、キリヤナギは朝が苦手だった。
眠い。

とりあえずベッドに座って目を覚ます。
本当は、朝よりも夜にお風呂へ入るのが好きだ。
だが立場上、綺麗にしていなければ示しがつかない為に、夜は浸かるだけ、朝にシャワーへ入るようにしている。
面倒だが、必要な事だと思うと続けられた。

「何時もより早いお目覚めですね。陛下」

ずぶ濡れの髪を拭いていると、ディセンバルがワゴンに朝食を持ってきてくれた。
頭からお湯をかぶったのに、まだ眠い。
低血圧ではないのに、何故こんなにも朝に弱いのだろう。

うとうとしていて、何も話さないキリヤナギを、ディセンバルはドレッサーに座らせてドライヤーをかける。
キリヤナギの朝の弱さは昔からだ。
心にモンスターを住まわせる彼は、心が2つある為に、2つの心が目覚め始めるまで時間がかかる。
キリヤナギの心が目覚めていても、もうひとつの心が眠っていれば、心は半分眠っている為に活力が出ない。
活力が出ない上に、起きたばかりの眠気が重なれば低血圧と似たような症状がでるのも理解ができるからだ。
ディセンバルは、キリヤナギが再び眠らないよう肩を叩いて起こす。

「……おはよう」
「おはようございます。本日は朝から用事でも?」
「特にないよ……。何時もより眠かったから、起きただけ……」

昨日キリヤナギは、帰りにルシフェル・メロディアスの城へ行ったらしい。
城へ行ってから数日は、尚更元気が出ない事を、ディセンバルは理解していた。
それも重なり、今日はいつも以上の眠気があるのだと思う。
肌着のインナーを着たキリヤナギは、部屋に現われたグランジと朝食を取る。
グランジも一応、自室で朝食を食べているはずなのに、もう一度こちらへ食べにくるのだ。
本当によく食べると思う。

「ゲームは続いているのか?」

おもむろに訪ねられて、キリヤナギが顔を上げた。
そう言えば、招待コードを貰っていた。

「チュートリアルのマップで放置してたら、倒されてゲームオーバーになっててさ……。また、初めから物語見直さないとだめで、面倒になっちゃったよ……」
「……寝る前に始めるからだ」
「でもさー、キャラクターが死んだら復活しないのは分かるんだけど、ちょっとリアル過ぎて辛いというか……。アクションだし、難易度高すぎない?」
「それがスリルとして、楽しまれている」
「あれスリルなの……? 持ちキャラ居なくなったら、問答無用でストーリーが初めに戻るみたいだし、タチの悪いすごろくみたい……」

攻略サイトは読んだのか。
変に詳しいとグランジは思った。やる気はあるらしい。

「何か適当な趣味を持てばいい」
「……皆よく言うよ。でもどれもピンとこなくてさ、うまくいかない」

ペットぐらいだろうと思う。
キリヤナギは貴族の癖に、趣味が殆どなく娯楽もあまり率先してやろうとしない。
その為、給料の殆どを余らせ、貯めたまま放置している。
ウォーレスハイムに促されて、ようやくこの自宅を買ったぐらいだろうか。
野望を抱えつつも、初めは驚くほど欲が無い男だと思っていた。
だが、関わってみるとキリヤナギの望む物の殆どは、金銭という通貨で手に入る物では無い。
彼の部屋の壁には、メロディアスの騎士の証となる紋章付きのマントと、ミカエルから進呈された、透明な剣が飾られている。
それを見れば、彼は金銭以上に名誉や地位を求める、貪欲な男だと分かるからだ。

トーストにバターを塗って、さらにジャムを付けるキリヤナギに、グランジは眉をひそめる。摂取カロリーがやけに多い。

「どうしたの?」
「多くないか?」
「グランジに言われたくないよ」

何か勘違いしているが、面倒になり言及するのはやめた。
キリヤナギもよく食べる。
厚めトーストは、二枚は食べるし総菜も多めだ。
グランジもその倍は食べているのに、誰も文句は言わなかった。

キリヤナギは、グランジのそれが嬉しいらしい。
食べる事は生きる事へ直結する為、死を望んでいたグランジが、こうして目の前で食事をとっているのを見ていて嬉しいと、新鮮であるという。
確かに、グランジがキリヤナギの目の前で食事を摂ることは、グランジがキリヤナギへ生を求めている事へ同義する。

しかしそれならば、キリヤナギも同じだ。
グランジはキリヤナギの殺し方を知っている。
目の前にキリヤナギがいるならば、いつでも殺すことが出来るのに、グランジはそれをしない。
つまりキリヤナギもグランジに生を委ねている。

グランジがキリヤナギを生かし、キリヤナギもグランジを生かしている。
対等な在り方で一つの形だと思っていた。

食事を終えたキリヤナギは、全身鏡の前でいつものアレスプレートへ着替える。
定番の白の騎士服だが、これはナイトの職服で、ガーディアンとは違うものだった。

「ガーディアンのは着ないのか?」
「着ないよ。動きにくいし、……似合わないし」

一度、クリーニングが間に合わずガーディアンの職服で出勤したら、似合わず、珍しさで部隊員に虐められた。
写真を撮られて、張り出されて、拡散されて、泣いて帰ったら、ホライゾンが慰めてくれた。
皆好きだから弄るのだと言われたが、張り出すのはひどいと思う。
以来トラウマで、洗い替えにもう一着用意した。
グランジは知らないと思っていたのに、何故か写真だけを持っている。
誰が教えたのか考えたくもない。

「この写真を持っていれば、一人前らしい」
「どんなジンクスだよ! なんで参加してるの!!」

迷惑すぎる。
しかしキリヤナギにどうにもできない事は分かっていた。
だからもう諦めて放置している。

インナーの上からトップスとベストを着て、キリヤナギはようやくアレスプレートを着用した。
肩当てもあり、重い服だと思う。
しかし、まだまだ軽い方だ。
現役ナイト時代の職服は、本当に重くて、慣れるのが大変だったし小柄なのもそのせいだ。
一生恨んでやろうと思う。
レースのついたピアスをつけて、ようやくらしさが戻ってきた。
眠気もなくなり、意識ははっきりしている。
今日もまた1日頑張れそうだ。

「今日はもう出られるのですか?」
「うん。たまにはね。……ディセンバル、いつもありがとう」
「私も幸せにございます。陛下」

「キリヤナギ、今日はどうする?」
「うーん。用事ないし、ゆっくりしてていいよ。何かあれば呼ぶし」
「分かった」

ダインスレイブを下げたキリヤナギは、ディセンバルにエントランスまで見送られ、外出用のマントをつけてもらう。
元宮には自宅から歩いて通っているが、流石に十年以上通い詰めている為に迷わなくなっていた。
むしろ唯一迷わない道で、無意識にもたどり着ける。

「お気をつけて」

たった一人の使用人に見送られたキリヤナギは、朝の空気を大きく吸い込んだ。
心地がいい。
早起きは得だと言うが、間違いないと思う。

「きーりちゃん。今日は早いんだね」
「おはようございます。カーラさん!」
「ちょうど今、蒸しあがったんだ。食べてくかい?」
「ありがとうございます。でも、さっき朝ごはん食べたばかりだし、今日は遠慮します」
「そうかい。じゃあまたお昼にでもおいで、行ってらっしゃい」
「いってきます!」

カーラとは、リング時代からの知り合いだった。
アップタウンでお腹を空かせて迷子になっていたら、キャビアまんを分けてくれたのが始まりだ。
当時は代わりに売り子をしたり、自炊が苦手で、毎日朝ごはんの代わりに買いに着ていたのだが、今はあまり時間が取れず、朝ごはんも間に合う為に、顔を出す機会が減ってしまった。
カーラは、それに気づいてくれるらしく、見かけたらよく声をかけてくれる。

「きーりちゃん、おはよう」
「おはようございます」
「そう言えば、ここ最近、ずっときーりちゃんを探してる女の子がいるんだよ。どうしても会いたいみたいで、しつこくてね……」
「僕を?」
「用事も聞いたんだけど、会いたい、見てみたいの一点張りで、何一つ話そうとしない。きーりちゃんただでさえ忙しいのにね」
「でも、僕に用事ならきっと何か困ってるんじゃ……」
「そうじゃないみたいなんだよ。会いたいとしか言わないから、気をつけてね」
「わかりました。忠告ありがとうございます。様子みて見ますね」

真面目なキリヤナギを知る彼らは、心配もしてくれるが、キリヤナギは一応騎士だ。
戦う為にある存在で、前線に出るべき戦士でもある。
今回の話は、キリヤナギを探しているだけのようだし、助けを求めている訳ではなく、住人が不信感をもっているだけなら、触らない方が穏便であると判断した。
元王族だとしても、今は魔法が苦手なガーディアンの端くれだし、わざわざ会う意味もない。
物好きだとすら思う。

そこからものの数分で、キリヤナギはまだ警備兵のいない元宮までたどり着いた。
”ナビゲーションデバイス”のバーコードを扉に読ませれば、元宮が閉まっていても入る事ができる。
キリヤナギは管理者の一人である為に、その権限を渡されていた。
元宮前で、デバイスからバーコードを呼び出していると、後ろから視線を感じて、キリヤナギは脇の街灯に隠れる少女を見つける。
じっとこちらを見ている小さなドミニオンの彼女は、キリヤナギと目が合うと、嬉しそうにこちらへ走ってきた。

「キリヤナギさんですか!」
「そうだけど……」
「やっと会えたー! ずっと探していたんです!」
「えっと……、なにか用事かな?」
「はい。あの、色々手伝ってくれるってきいて、その、私も助けて欲しくて」

助けると聞いて、キリヤナギはデバイスの時間を確認した。
出勤時間までまだ結構あるし、大丈夫だろう。

「僕で力になれる?」
「はい。あの実は私、最近引っ越してきたんですけど、お父さんがいつも夜出かけて、朝帰ってくるのですが、出かけた日、絶対に何か事件が起こるんです」
「事件……?」
「強盗事件だったり、殺人事件だったりとか……」
「うーん。ここ数ヶ月でそういう大きな事はアクロポリスでなかった気がするけど……」
「へ、あ、えーと、前に住んでた街でです!」
「引っ越してくる前って事?」
「そ、そうです。それで私、まさかって心配で、でもそんなこと、こわくて直接聞けなくて、キリヤナギさんに代わりに聞いて欲しいなって……」

キリヤナギは少し悩んだ。情報が少な過ぎると思うし、裏付けの情報もしらない。
引っ越して来たばかりなのに、あらかじめキリヤナギを知っているのも不自然だ。
何か別に理由がありそうにも思える。

「その為に、僕を探してたの?」
「は、はい!」
「……街の人が、僕を探してる人がいるって言ってたけど君?」
「え、はい。色々聞いて……探して、ました」
「僕に頼りたい理由があるの? お母さんとかには頼めない?」
「え、その……」
「僕じゃないとだめな。何か別の理由がある?」
「みんな、キリヤナギさん知ってて、私だけ知らないのは嫌だなって……、私もキリヤナギさんと関わりたいと言うか……」
「僕、別に逃げも隠れもしないけど……」
「じゃ、じゃあ、うちにきて助けて下さい!」

よく分からないが、どうやら彼女はキリヤナギを自宅に呼びたいらしい。
信憑性がない話だと思う。父親の話は何処へ行ったのか。

「なんの用事か知らないけど、僕を呼びたいからって、お父さん使うのは関心しないよ……。別に逃げも隠れもしないし、話したいだけならちゃんと時間つくるし……」
「へ、その……」
「お父さんの話は嘘?」
「あ……は、はい。ごめんなさい」

素直に謝ってくれた。
きっと悪気がなくて、キリヤナギに会う理由を作りたいだけなのだろう。
出勤までまだ時間があるし、少しなら構わないか。

「もう嘘つかない?」
「つきません……ごめんなさい」
「そっか、じゃあちょっとだけ付き合うよ。出勤時間には帰るけど、それまでなら……」
「本当ですか!! 嬉しい……ぜひ、来て下さい!ありがとうございます!」

腕を引かれ、キリヤナギは貴族街まで案内された。
キリヤナギの自宅と同じぐらいの屋敷だろう。
使用人が少なく、敷地には殺風景な空間が広がっていた。
招かれたエントランスは、掃除がされている物の家具が古くて寂れ、空き家を買ったのだろうと思えた。

「私のお父さんは、初め闇属性の魔法について研究してて、私はそれを見て勉強を始めたんです。キリヤナギさんも、闇属性の魔法が得意って話をきいて……」
「へー、でも僕は魔法苦手なんだけどなぁ、誰に聞いたの?」
「そうなんですか? でも、聞いた話だと……、あ、この部屋で待っていて下さい! お茶入れてきます!」

応接室に通されたと思ったが、ソファが対面する研究室のような部屋で驚いた。
科学者の家である事は、間違いないらしい。
使用人と一緒にお茶を持ってきてくれた彼女は、資料も大量に抱えキリヤナギの向かいに座る。

「お父さんは闇属性の魔法が得意で、始めは魔法そのものについて研究していたのですが、7年ぐらい前から、アクロポリスでイリスカードの研究に参加していました」
「へぇ……」

出されたお茶をすすりながら、キリヤナギはイリスカードに思いを馳せた。
いい思い出はないと思う。
今でも時々思い出すのは、すれ違い様にみたカインロストの嬉しそうな表情だった。

ふと前をみると、彼女もまたワンピースに白衣の少女だ。
同じくドミニオンの彼女をみて、キリヤナギは背筋にぞわりとしたものを感じる。
古い屋敷だ。
最近まで誰もいなかったらしく、人は少ない。

「お父さんは、イリスカードの研究をすると言ってアクロポリスに行ったきり、お母さんと私のいる家には帰ってきませんでした」

まさかとは思う。
ジンが眠りについたあの事件は”カインロストが自分の心を触媒として、自殺した”とまとめられた。
カインロストの遺族にも同様の報告がされたと聞いており、治安維持部隊が関与した事は告知されていない筈だ。
だが彼女は、キリヤナギを知っていた。
キリヤナギは、この街でよく声をかけられるが、彼女は最近ここへ引っ越して来たと言う。
引っ越して来たばかりなのに、名前と存在を知っていたのだ。

「時々帰ってくるお父さんから聞いていました。治安維持部隊に、面倒な人がいてその人のせいで研究が進まないって」

途端、感じためまいに、キリヤナギはカップを戻せずに落とした。
吐き気と眠気が同時に来て、思わず手元の布で口を覆う。

やられた。

「探すのは大変でした。街の人は意地悪で嘘ばっかりだし……」

身体中が痺れ、感覚が無くなっていく。
キツめの毒を盛られたか。
右手でダインスレイブを握るも、続けられる少女の言葉にキリヤナギは武器を抜けない。

「父の研究の邪魔をしたのは、貴方じゃないんですか? キリヤナギさん。父の研究が続くのを止めさせたくて、殺したんじゃないんですか!」

邪魔をしたのは、確か間違いではない。
カインロストは評議会に、人間の心を触媒とした研究の許可を求めていた。
触媒と言っても、生きた人間の僅かな心の力を取り出す研究だ。
キリヤナギは危険だと思い、人間の心を使うはいけないとずっと反対していた。
そもそもイリスカード自体が、普及させてはいけないと思っていたからだ。
強いカードが出回れば、それを使う悪があらわれる。悪を倒すために、正義はそれより強いカードを使う。
負の連鎖だ。
人の心がより強いカードを生み出せるなら、それを許すことで不幸しか産まなくなってしまう。
だからずっと反対して、邪魔をしていた。

誤解されても仕方がない。
それを踏まえてもカインロストを殺したのは、確かにキリヤナギだ。
発表されていなくても、カインロストの邪魔をしていた。そして命令を受け殺した。

「君は、カインロストの……」
「はい。娘です。キリヤナギさん、強いんですよね? 魔力沢山あるんですよね? モンスターを飼ってるって聞いてます。だから、お父さんの研究を証明する手伝いをしてください」

誤解など、こちらの都合にすぎないだろう。
彼女はただ、大好きだった父が死んで悲しくて、その行き所を探している。
カインロストの研究の邪魔をしたキリヤナギは、彼女にとっては悪で、父を殺した相手だと結びつけるのは容易だからだ。

アクロポリスの街の皆は、お人好しなキリヤナギを知っている。
だから絶対にこうなると分かっていた。
忠告もしてくれたのに、バカだと思う。

考えているうちに、キリヤナギは座ってすら居られなくなってしまった。
まだ、死ぬ訳にはいかない。
だが目の前の少女に、キリヤナギは武器を振るう事ができない。
情けない。

「殺しませんよ? 手伝ってもらいますから……、お父さんを殺したなら、お父さんの研究の糧になってもらいます」

体はもう痺れて動かなくなっている。
握った武器の重さを感じなくなり、キリヤナギは武器を手放した。

@

ジンは、目を疑っていた。
今月振り込まれた給料明細をみて、一度アプリケーションを閉じて再び立ち上げる。
もう3度目だ。
その理由は、振り込まれた給料の額が治安維持部隊の基本給にプラスされ、更にキリヤナギの私兵としての分と、メロディアスの戴冠式に参加した分が追加されていたのだ。
治安維持部隊の給料もそこそこいいのに、キリヤナギの私兵、騎士の分がすごい。
またメロディアスから振り込まれた給料がもっとすごい。
ジンはもう一度、アプリケーションを再起動した。

「何を動揺している?」

目の前の相方は、優雅に紅茶を飲みながら家計簿を付けている。
額が増えるだろうという話は、ジンもカナトも知っていた。
メロディアスからの多少の生活支援を受ける話もあり、月光花の新しい庭の手配もあるからだ。
だがそれでも、予想の3倍はある。どうしろというのだろう。

「こ、これ多くね? なんかの間違いじゃ……」
「あぁ、たしかに多めだが、色々重なったならこんなものだろう。キリヤナギは、やはり余らせているのだろうな」

何故そんな冷静でいられるのか。
手元には、月光花の新しい庭のカタログもある。
カナトは家計簿に金額を書き込み、予定の出費をまとめていた。

「何か必要な物はあったか?」
「あ、えーと、銃かな……、ナタリヤさんにあげちゃったし?」
「ふむ、私も緋ノ迦具土が欠けてしまっているからな……。打ち直さなければ」
「というか、やっぱり不安だし総隊長に聞いてみていい……?」
「キリヤナギか? 好きにするといいが、24時間ならば、妥当な金額だとは思うぞ?」

たしかにそうだが、やはり多すぎて不安に駆られる。
”ナビゲーションデバイス”のアプリケーションを閉じ、ジンは迷わずキリヤナギに通信を飛ばした。
しかし、オフラインなのか通信が繋がらず、呼び出し音すらならないので、ジンは思わず首を傾げる。

「珍しいのか?」
「よくわかんねぇけど、繋がらない」

カナトもリストを確認したが、確かにオフラインになっている。
カナトはキリヤナギとアドレスの相互交換している為に、位置情報も参照が可能だが、だいたいいつもオンラインで、位置情報も隠すこともしていないらしい。
オンライン時のコメントには、出ないときは訓練中と書かれていたのを覚えている。

「訓練は、午前中だと思うけど……」

もう午後だ。
要因としては、バッテリー切れも考えられるだろう。

「そうだカナト。元宮行こうぜ」
「どうした突然」
「武器が駄目になってんなら、総隊長に聞きに行くついでに直して貰えばいいじゃん」
「しかし、私は部外者だぞ?」
「気にしたら負けだって、マエストロさん、お前の武器みたがってたしさ」

言われれば、以前ぬえに招待された時がそうだった。
緋ノ迦具土を見せたとき、マエストロは目をキラキラさせて触っていたのを覚えている。

「じゃあルナ、出かけてくるぜ!」
「分かった。夕食は19時に用意する」

カナトに緋ノ迦具土を持たせ、ジンはカナトと庭を出た。
半信半疑ではあるが、ジンは気にもしない。
元宮に行くのにジンから誘われるのも、新鮮だと思った。

「ごきげんよう。6thジン様。そして、ようこそギルド元宮へ、カナト様。本日はどちらへ」
「リュスィちゃん。総隊長いる?」
「キリヤナギ総隊長は……」

口ごもるリュスィオールは、 キーボードを叩き勤務表を参照する。
いつも淡々としている彼女が、表情を濁らせるのも珍しい。

「キリヤナギ総隊長は、本日出勤される予定はありますが、まだ来られておりません」
「へ? 来てないの?」
「はい。時間になっても来られない為に、騎士の方々が現在、執務室に集まっておられます。向かわれますか?」

遅刻にしては遅すぎる時間だろう。
執務室に集まっているのは、心配しているのだろうか。

「いくいく。カナトもくるだろ」
「あ、あぁ……、そうだな」

「かしこまりました。今しばらくお待ちください」

リュスィオールは、キリヤナギの執務室へ繋ぎ、部屋にいる彼らと連絡を取ってくれた。
応答したのはセオで、ジンとカナトだと聞くと、快く招いてくれる。
武器の窓口に寄ると伝えると、リュスィオールは
ジンにタグの掲示を求め、二人にコードを発行した。

「今日は二丁だけなのですね」
「そうだぜ! 今度、新しい銃を見に行くんだけど良かったら……」

「皆を待たせているんだぞ。さっさといけ!」
「いってらっしゃいませ」

何故みんなして邪魔をするのか。
不満はあるが、キリヤナギも心配ではあるし、仕方なく黙っていた。
マエストロに会いに行くと、彼は久しぶりにカナトが来たことに目を輝かせる。
しかしボロボロに刃こぼれした緋ノ迦具土をみて表情が一変し、絶句しているようだった。

「岩とか硬いもの殴りました……?」
「分かるか。少し無茶な使い方をしてしまった」
「刀身のヒビがかなりきていますね……。直せるかな……」
「しかし、私は部外者で……」
「僕が、直したいん、です!」

迫られて、カナトは尻込みしてしまった。
奪われるように武器を預け、二人はキリヤナギの執務室に向かう。
そこには、騎士隊のセオにコウガ、グランジ、スィーが、勢揃いしていて二人を迎えてくれた。

「ジン、カナトさん。ようこそ」
「セオ、総隊長来てないって……マジ?」
「えぇ、グランジによると今朝、早い目に家は出たらしいのですが、来る気配もなくてどうしようかと……」

「特に用事もないと言っていた。真っ直ぐにこっちに着ていると思っていたが……」
「ホライゾン大佐が探しに行ったのですが、目撃情報はあるのに見つからなくて……」

「もう、めんどくせぇから俺らも探しに行こうぜ! じっとしてらんねぇ!」
「焦るのは止しなさい。何か事件に巻き込まれたのは恐らく間違いない……。オフラインである事自体が珍しいんですから」

皆心配しているようだ。
しかし、あのキリヤナギが事件に巻き込まれる事自体、あまり考えられない。

「油断したんでしょう。それとも人質をとられたか、お人好しに付け込まれたか……。連絡がない時点で、外界と隔離されていそうな気がしますね」
「捕まってる? あの総隊長が?」
「にわかに信じ難いけど、それ以外は考えずらい。……全く、知らない人間にはついて行くなと何度言えば……」

子供のようだが、ジンとリアスでうろうろした時、確かについていった。
あれを一人でもやるなら、確かに危ない。

「ジン、ルナを呼び寄せるか?」
「ルナ?」

「……あっ、確かにワーウルフのルナさんなら、匂いで探せると思います。でもカナトさん、いいんですか?」
「売りっぱなしの借りを返すいい機会だからな。もう文句はいわせん」

「油断した隊長が悪いですしね。ルナさんは、自宅?」
「あぁ、家事を任せている。呼べばすぐくるだろう」
「分かった。お願いします。カナトさん」

6人の騎士達のキリヤナギの捜索が始まった。


@

体が重い。
酷く気分が悪く、まだ吐き気すら残っている。
頭痛も残っていて、下ろしている手は全く動かす事ができなかった。
疲れた時になる金縛りかとも思ったのに、意識が戻っても、解放される気配がない。
慎重に今の自分を分析すると、黒の頑丈なベルトでベッドに縛り付けられ、両手首は個別にベッドの隅へ繋がれているようだった。
懐かしいなと思う。
以前キリヤナギの中身が暴れ、自分でも制御出来なくなった時に、気がついたらこうなっていた。
寝返りすらうてず、両手も使えないこの拘束方法は、確かに自分には有効だと思う。
セオやグランジには怒られるなぁと思いを馳せた。

ベッドの向かいには、キリヤナギの着ていたアレスプレートがハンガーに掛けられていて、服のベルトに繋いでいたデバイスは、吊られた状態のまま、電源が切られているようだった。
キリヤナギ自身は、今は首元まであるインナーとスラックスだけにされている。
腰の赤い止め布がそのままであるのをみると、拘束に邪魔な衣服を脱がされただけか。

起き上がれない時点で、色々お手上げでもある、
まだロープとかガムテープなら、脱出望みはあったが、革製のベルトとくる。
相手はどうやら、キリヤナギをかなり理解しているようだ。

「起きました?」

高い声だった。
声の方に首をひねると、キリヤナギから何かコードのような物がのびている事に気づく。
目でたどると、そのコードは少女の弄る機器へ繋がれていて、枕元に二重封印のチョーカーもシャーレに入れて保管されていた。
首元のコードは、キリヤナギの銀の封印に繋がれているのか。

昨日、ウォーレスハイムに魔力を抜いて貰ったばかりで、落ち着いていれさえすれば影響はないが、危険だ。
抜かれた事で休眠に入っていても、いつ目覚めるかわからない。

キリヤナギは深呼吸して、恐る恐る口を開く。

「あの、君」
「はい。どうしました?」
「良かったら、これ付け直して欲しいんだけど……」
「嫌ですよ。それのせいで魔力吸い出せなかったんです。でも、外しても数値低すぎるんですけど……、どういう事なの」

抜かれたばかりなのだから、仕方がない。
キリヤナギの魔力の源は、心に住むパーティザン、”ティー”の力だ。
キリヤナギの中の”ティー”は、つい昨日ウォーレスハイムに魔力を吸い出され、今は休眠に入っている。
再び目覚めるまで最低でも3日はかかるし、それまでは、キリヤナギも満足に魔法は使えない。
タイミングが幸いしたと思う。

「僕、魔法苦手って言ったよね……」
「そんな訳ないですよね! だって、お父さんが……」

隠すのを止めたのはそうだ。
南軍相手に見せたし、隊員にも説明した。
その噂を聞いているのなら、知っているのも分かる。

「僕の力で何をするの?」
「キリヤナギさんの魔力は、モンスターの力なんですよね。心と融合してるって聞きました。だから、魔力を直接イリスカードに変換出来そうだと思って」

科学者らしい考えだ。
カインロストの娘なら、イリスカード話を聞いていても不思議ではない。
彼の手段は許されざる物ではあったが、娘の彼女の手段は、キリヤナギの心ではなく魔力を使うと言っている。
つまり、心そのものに影響はない。が、この理論はキリヤナギが相手でない限り実現は不可能なものだ。
そう言う意味では、まだまだ娘止まりで助かったと思う。

どうした物か。
動けない以上、あまり煽る物ではない。
魔力がないとわかれば、諦めてくれるだろうか。
しかし復讐なら、そんなすぐに諦めてくれるとは思えないし、仇であるキリヤナギが何を言おうと説得力はない。
逆撫でしてしまえば、ジンの次の犠牲者にキリヤナギがなってしまう。

娘である彼女が、何処までイリスカードを理解しているかは判らないが、生命を握られている事には変わりはないからだ。

「……君は、僕が死ねば満足かい?」
「その辺ちょっと悩んでるんです。父は貴方に殺されました。でも、貴方が死んだら、私は私の理論を証明できない。父の研究を引き継げなくなります」
「君は科学者じゃないの?」
「まだ論文すらまともに書けません……。私の知識は全部父に教わりましたから、……きっと父は、貴方じゃなくてもいい理論を考えていたはずなんです。……キリヤナギさんなら心が魔力を作ってて、理論上は死にませんが、心そのものを触媒にすれば、触媒になった心は死にますし、現実的ではありません」
「君は、人を殺さない為に僕を?」
「イリスカードの恩恵を受けるべきは人間なのですから、その為に人間を使うなんて意味がないじゃないですか。キリヤナギさんは父の仇だし、どうにでもなれとは思いますけど、貴方は生きていなければ、私は人の為の研究を出来ないんですよね」

彼女は悪い人間ではないのだろうか。
カインロストの考えた方法を知っていても、彼女はそれを違うと考えている。
実行したカインロストは私欲で動いていたが、彼女は、”イリスカードの恩恵は人間の物”だと述べた。
そう言う意味では、彼女の考えは研究者として正しい。

ますます話すべきか迷ってきた。
カインロストの事件は、もう評議会の中で完全にもみ消されているし、キリヤナギや治安維持部隊の面々との関わりが無ければ耳にする機会もない。
だが、キリヤナギも死ねない。
目的があるのだ。その為に今までやってきて、協力者も増えてきている。
今更簡単には死ねないし、彼女の仇だからと言ってずっとここに居る事もできない。
なら今は、生き残ることを考えるか。

「なんか、期待させたみたいでごめんね。魔法本当に苦手なんだよ……」
「……たしかにこの数値は、そう言わざる得ません。また明日考えます」
「あ、明日!?」
「協力して貰うって決めましたし、これからずっとイリスカードの生産に貢献してもらいます」
「ぼ、ぼく、ずっとここで触媒になるの……?」
「当たり前じゃないですか。父はイリスカードを永続的に生み出せる理論を探していたんです。貴方は唯一それができうる存在、人の為になれるのですから、光栄ではないですか?」
「ずっといないとなのに、放してくれないの……?」
「逃げるかも知れないのに、放すわけないじゃないですか!」
「じゃ、じゃあ逃げないなら放してくれる?」
「だめです!」

即答だった。
生かすことは前提なのに、ずっと拘束されるのか。
しかし、毒に気づいた段階で武器を振るえなかった自分も悪い、生きる為には素直に従うしかないだろう。

「朝の紅茶、まだ気分悪いんだ……。何入れたの?」
「気絶薬と、睡眠薬と、混乱薬ですね」
「僕、訓練のおかげで少し戻せたけど、普通の人なら取り返しの付かない事になってるよ……」
「普通の人にはしません。……貴方は許しませんから」

許さないと言われて、キリヤナギは口を噤んだ。
確かに、許せないだろう。
家族を奪った相手が、今目の前にいるのだ。
復讐ならば、もう殺されていてもおかしくはない。

だがカインロストも、初めは優良な研究者だったのだ。
娘を想い、人の役に立つようイリスについて研究していた。
彼女は、そんな父に憧れてその純粋な想いだけを引き継いでいる。
彼女は何一つ悪くはない。
今この場の悪は、彼女の家族を奪ったキリヤナギだ。

「……そっか、ごめんね」
「謝るぐらいなら、どうして……」
「ごめんね……」
「……っ!」

じわりと滲む彼女の水滴を、キリヤナギは見ていられなかった。
優しい子だと思う。
親の仇を前にしても、暴力すら振るわずこうして話してくれているのだ。
キリヤナギが殺したと言う実感もないのだろうと思う。

キリヤナギ自身が、そう見えないのもあるだろう。
キリヤナギは戦うことを好まない。
無意味な力の暴力を許したくはない。
そう切に願い続けていたら、周りから戦うタイプには見えないと言われるようになっていた。
だからきっと彼女は、心の何処かでキリヤナギが主謀者である事を疑っている。
この人ではないのではないかと、この人ではあって欲しくはないと思っている。

だが、命令をしたのはキリヤナギだ。
グランジに、殺害命令を出したのは自分だ。
グランジは悲痛な声で殺せなかったと言っていた。
だが、カインロストは死んだ。
同じ事だ。

ぼろぼろと涙を流す彼女に、キリヤナギは振れる事は出来ない。
触れることは、許さないとすら思う。
何もしてやれない。同情もできない。
唯、口で謝ることしか、今はできない。

「なんで……、悪い人じゃないんですか……。私は貴方を探してアクロポリスに来たのに……なんで……」
「ごめんね……。僕は悪だけど、悪になりきれない半端者だから……」

彼女は、顔を押さえたまま部屋を出て行ってしまった。
騎士隊の皆は、恐らく必死にキリヤナギを探している。
夕方か夜には、ここも見つかるだろう。
もっと早いだろうか。
優秀過ぎるのも考えものだと、キリヤナギは思いを馳せる。

@

同時刻。
カナトは狼のルナのリードを引き、グランジとコウガ、ジンをつれて、屋敷の前に集まっていた。
セオとスィーは、キリヤナギと入れ違いにならないよう。元宮で留守番をしている。

「ここ?」
「ルナ、ここか?」

人型のデフォルトサイズに戻ったルナは、屋敷を再び見直した。
古い屋敷だ。大量の紙の匂いもする。

キリヤナギの匂いは独特だった。
貴族なら、香水や香料の様々な香りが鼻に刺さり、ルナはいつもの耐えるのに必死になっていたが、キリヤナギはあまり鼻に触らない、優しい匂いがしたのを覚えている。
あれは多分、香りのある石鹸の匂いだ。
きっとあまり香るものは苦手で、香水などは使わないよう必要最低限のものに止めているのだろう。
酷く香らないのは、洗い流すことで匂いが抑えられているからだ。
香水とは違い、石鹸は香りをあまり主張しないものが多い、元々主張しない筈なのに香りが分かるのは、使って時間が経過していないのだ。
きっと朝に使っているのだろう。
それを踏まえ、キリヤナギの匂いは珍しくよく覚えている。

「あぁ、中に続いている」
「へぇ……」

「場所は分かったが、どうする?」
「俺とコウガが尋ねる。ジンは……」

「適当に一周回って手がかり探してきます。入れないと思うし」
「分かった」

「タイタニアの俺のが向いてね……?」
「見張りがいた場合、銃をもつジンの方が対応しやすいからな」

舌打ちしたコウガに、ジンは苦笑するとグランジが、背中の銃を抜き、筒を持ってジンに差し出した。

「使え、役に立つ」

スイッチ式ガンソードだ。
グランジから借りられるとは思わずかなり嬉しい。

「いいんすか! ありがとうございます!」
「すぐに返してくれ、ないと困るからな」
「はい、いってきます!」

嬉しそうに走るジンにカナトは呆れた。
銃一つでよくあそこまで喜べるとすら思う。

心が踊る気分でジンは、屋敷のフェンスに沿って周囲を回った。
大分手入れされて居なかったのか、かなり寂れている古い屋敷だ。
カナトの実家は城だが、壁は真っ白で綺麗だったし、キリヤナギの屋敷も、それなりに手入れされていた。
以前カナトは、家が美しければ栄えていると言っていたのは、確かにその通りだと思う。
この家は貴族らしいが、あまり裕福にはみえない。

外周を早足で回っていると、ベランダのある窓の奥にハンガーに掛けられた白服が見えた。
わかりやすい。
あまり隠す気は無いのだろうか。
ジンは、迷わずフェンスに足をかけて、潜入を開始する。

@

「ここに治安維持部隊総隊長、キリヤナギがきていないか?」
「キリヤナギ? 存じません。我々はここ最近ここへ引っ越してきたもので……」

「では、来客は? 小柄の白服の騎士だ」
「ぞ、存じません。本日は誰も……」
「そうか……。名乗らずに失礼した。私はカナト・F・フォン・メロディアス。キリヤナギは友人である為に探している。同貴族として、名を伺いたい」
「とんでもございません。私達は、旦那様がご生存されていた頃、その研究の権威が認められ栄えただけに過ぎません」
「生存? 亡くなられているのか?」
「はい。奥様も去年ご病気で他界され、現在はお嬢様お一人しかおられませぬ」
「そうか……。さぞかし名のある学者とお見受けする。その学者の名は?」
「カインロスト様にございます」

空気が一気に冷えた。
キリヤナギが戻ってこない理由が予想でき、呆れもして同情もした。

「……成る程、存じているがあまり交友の機会はなかった」
「さようにございますか……」
「……仕方がない。キリヤナギは他を当たろう。突然失礼した」
「とんでもございません。機会があればまた……」

屋敷から離れて、カナトは噴水広場のベンチに力無く座った。
頭を抱えているカナトと、何処か深刻な表情をみせるグランジに、ようやくコウガが口を開く。

「よく耐えたと思うぜ、大将」
「そうか。しかし、キリヤナギは脱出できるだろか……」

「考えてはいるだろう。奴も死ぬわけには行かないからな……」
「……復讐か」
「たが、カインロストの死に、部隊が関係したことは公開されていない。奴は自殺とされ、遺族にも同じ報告がなされていた筈だ」

「どうやって知ったのかは知らねぇが、マジ殺されんじゃね? 昨日また、大将の実家に行ったんだろ?」
「”抜いた”後、魔力が削がれているとは聞いたが……」

「キリヤナギは、基本的に封印が破壊されない限り死ぬ事はない。だが、魔力が削がれ、力を失っている今、奴は唯の人間と同じだ。この数日で致命的な怪我をすれば流石に助からない」

魔力が削がなければ死なないなど、どんな化け物だと思う。
だが、体内に無尽蔵の魔力を持つ何かがいるのなら、その魔力による回復力で、死なずにいられる事は十分にあり得る話だ。
キリヤナギは人間だが、人と言う器に、人ではないもう一つの何かを宿しているなら、それが自分を生かす為、器の再生を図っていても不思議ではない。

キリヤナギの意思に関係なく、もう一つの心は、キリヤナギを生かす。

「グランジ、個人的な事だが……いいだろうか」
「? どうした」
「……キリヤナギは、一体何をその体に飼っている?」

確認のために聞いた。
むしろ、分かっていたからこそ聞いた。
今しか聞けないと思ったからだ。
察しのいいグランジは、カナトの聞いた意味を理解し、結論と正体を述べる。

「パーティザンの幼生……で分かるか?」
「! 幼生だと……!?」

思わず聞き返した。
幼生は、成体となる前の状態を指す。

「魔物として成熟する前の状態だ。パーティザンは魔法種族である為に、成体となるまで実体はないらしい」
「……」

言葉がでない。
成体ではないと言う事は、まだキリヤナギの中身は成長すると言う事になる。
そうなればどうなる?

「もう、実害はでている」
「……なるほど、だがら”削ぐ”か」
「キリヤナギの成長に合わせて、中の物も同じく成長する。しかし人間と魔物では、成長の速度も違うからな……。”削ぐ”事で成長を合わせ、維持している」
「ギリギリ……と言うことか?」
「そうも取れるが、中身のパーティザンとキリヤナギの心は、もう完全融合している。成長により魔力は増すが、実際のモンスターとして実体化する事はない。……封印を壊されない限りな」

付け加えるように述べられ、カナトは自分でそれを繰り返した。
キリヤナギがチョーカーを外したあの時、キリヤナギの中に抑えられていた魔力が漏れ出した。
あれが中のパーティザンの成長による物だとしたら、あの二重封印がなければキリヤナギは間違いなくモンスター化するだろう。
完全融合しているのなら、自我の全てを飲み込むことも避けられない。
危険だ。

「付け加えるのなら、実体がない分、パーティザンは闇属性に反応し、敵の魔力を吸収して成長する。奴が魔物との戦いを避け、対人を前提とするのもそれがあるからだろう……」

とんでもない話だ。
詰め込める量は限られているのに、中身のモノは成長するばかりか、更に魔力を吸収するのか。
ウォーレスハイムが、月一で来いと言うのも分かる。
定期的に削がなければ、キリヤナギは生きることすら出来ない。
むしろ、人間でいられない。

カナトは、同情してしまう自分が情けなくなった。
生きづらいだろう。
安易に死のうとすればモンスター化し、誰かに殺されても、中身がそれを許さない。
いわば、いつ爆発するかも分からない爆弾のようなもので、望んだ死ですら周りを巻き込んでしまう。
重いと、カナトは思った。
ただそこに居る事が、キリヤナギにとっての枷になる。

「奴は……今まで、どうしてきたんだ?」
「俺に殺されるなら、それでいいと言っていた」
「!?」
「だが今は、生きていたいらしい」
「……そうか」

意味を見つけたのか。
目的があると、確かに言っていた。
野望と言うその目的に、キリヤナギが生きる意味を得ているなら、それはどれほどまでに重いのだろう。

「隊長。よく悩んでるしなぁ……。中身晒した時とか、たった10人抜けたぐらいで一週間近く執務室に引きこもってたし?」
「ルシフェルに会った後の体調不良もあったが、そうだな」

メンタルはあまり強くないらしい。
しかしそれでも、キリヤナギは様々な意味で強い。
堂々と街を歩き、騎士である自分を憂い、天界ではカナトを守って見せた。
キリヤナギが今そう在るのも、彼を起こした父、ウォーレスハイムが、その意味を何も求めていないからだろう。
意味があるのなら、キリヤナギは今頃、ウォーレスハイムの近衛騎士になっている筈だから。

カナトは小さくため息を落とし、狼に戻ったルナを撫でる。
キリヤナギの面倒を見ると決めたのだ。
彼が生きる為には、カナトは必要で、その為にキリヤナギは、カナトを守るだろう。
言うなればジンが、その象徴的なものだと思う。

「そいや、ジンの奴おせぇなぁ……見つかりでもしたのかね」

屋敷で居ないと明言された以上、一度顔をみられた三人では再び尋ねると怪しまれる。
顔をみられていないジンに今は任すしかないだろう。

屋敷の庭へ忍び込んだジンは、テラスの手すりに足をかけて、キリヤナギの白服が見えたベランダまでよじ登る。
マイマイでリゼロッテとカロンに鍛えられ、かなり身軽になれたものだ。
もうあれから、かなりの時間がたっているのに、今でも十分それが生きている。
彼女には本当感謝をしきれない。

窓に触れぬよう中を覗くと、一瞬だれもいないかに見えた。
しかし、身を乗り出してみると、手前のシングルベッドにベルトで固定されるキリヤナギがいた。

確かにあれでは動けない。
ジンは迷わず、グランジとカナトに通信を飛ばして、キリヤナギが居ることを伝えた。
助けるにしても、窓は鍵がかかっているし、ガラスを割らなければならない。

「総隊長いたぜ。北西、二階のベランダのある部屋」
「”そうか。浸入できるか?”」
「鍵がかかってるし、器具もねぇしなぁ……」

「”ジン、渡した銃でできないか?”」

グランジの言葉にピンときた。
突入に関する訓練で習った事がある。
できるかはわからないが、やってみる価値はあるだろう。
冊子の隙間にブレードを差し込み、ジンはガラスの2箇所へ亀裂を入れた。
三角形のヒビをつくり、それを慎重に外していく。
ドロボウはこんな気分なのだろうかと思ったが、今は救出にきているのだ。
キリヤナギを助けなければならない。
殆ど音を立てずガラスが割れて、ジンは慎重に鍵を開けて浸入した。

キリヤナギの顔色が良くない。
ジンは、キリヤナギの脈を確認し、手首を固定しているベルトを緩めていく。
人の気配に気づいたのか、キリヤナギは落ちかけていた意識を引き戻し、ゆっくりと目を開けた。

「総隊長、大丈夫すか……」
「……ジン。やぁ、早かったね」

相変わらず呑気だ。
ベッドの周りには大きめの端末や機材があり、軽い人体実験でもされていたのかとも思う。
ようやく開放されたキリヤナギは、枕元のシャーレからチョーカーを取り出し、自分でそれをつけなおした。

「さっき使用人に睡眠薬飲まされてさ。……錠剤は吐いたけど、水にも溶かされてもいたみたいで」
「ずいぶんすね……」
「でも助かったよ。来てくれてありがとう」

インナーのみのキリヤナギは、やはり危険だ。
ジンは、アレスプレートのトップスとベストを着せ、ジャケットをキリヤナギに羽織らせた。
憑依するよう促していると、部屋の入り口の扉が開き、ジンは銃を抜く。
しかし現れたのは、食事を持ったドミニオンの少女だった。

「だ、誰?」

銃を向けられている事に、彼女は固まっている。
ジンもまた、主犯かと思えば少女が現れたのだ。意表を突かれ、思わず銃を下ろす。

「……僕は、そろそろ帰るよ」
「総隊長?」
「ごめん。ジン、僕、今日は彼女の話を聞いていただけなんだよね」
「へ?」
「彼女、僕のファンでさ。ちょっと付き合ってただけだよ」

訳がわからない。
キリヤナギは拉致されて、捕まっていたのではないのだろうか。
だが確かに、目の前の彼女が主犯とも思えない。
キリヤナギは、ジンに銃を戻すように指示をだすと、マントと武器を持たせ、堂々と部屋を出て行く。
ジンは横について、使用人が攻撃してこないか見張っていた。

屋敷の外には、もうカナトと騎士隊の皆が待っており、カナトは酷く体調を崩しているキリヤナギを寝かせるため、自分の庭へ招く。
睡眠薬が効いているのか。庭に登った直後、キリヤナギはふらつき、ジンは大急ぎで自分のベッドに寝かせた。

「付き合っていた……隊長はそう言ったの?」
「そうそう、捕まってたのに、おかしくね?」
「……いや。いつもの事だよ」
「へ?」

キリヤナギが戻ったと聞き、カナトの庭へセオとスィーが駆けつけていた。
スィーは、眠っているキリヤナギの身体に異常がないかを見て、セオもまた状況を把握する為に、ジンから色々と聞き始めていたのだが、
ジンが述べたキリヤナギの「付き合っていた」と言う言葉を聞き、態度が一変する。

「事件にしたくないんだろうな……」
「そうですね。今回の事例で被害にあったのはキリヤナギ隊長だけですから、隊長が”捕まっていた”ではなく”遊びに付き合っていた”と言うのなら、そうでしょう……。通勤途中に寄り道をして、また迷子になっていただけです」

セオとグランジは呆れていた。
だが、キリヤナギを狙った意味が根深く感じ、放置は危険に思える。

「あの屋敷の家主は、まだ幼いの少女ですから……」

ジンの部屋には、無防備に眠るキリヤナギがいる。
睡眠薬を飲まされていたのなら、当分は起きないだろう。しかし、本当に眠っているだけなら、確かに疲れて眠っているだけにもとれる。
怪我も何もしていないからだ。

「とにかく、二人ともありがとうございました。本部には、デバイスのバッテリー切れで、迷子になっていたと報告しておきます。水を被って風邪ひいたとでも言えば、皆納得するでしょう」

少し強引だと思うが、妥当ないい訳だと思う。
しかしジンは、不思議そうにキリヤナギのいる部屋をみていた。

「ジンは何か不満?」
「不満っていうか、好き勝手されてたし、いいのかなって……」
「いちいち立件しても面倒だしね。たかが子供のイタズラを事件にする程、我々も暇じゃない。そんな時間があるなら、町にでて困ってる人を助けた方が部隊のイメージアップにも繋がるでしょう」

確かにその通りだ。
キリヤナギは、囚われはしたが、その上での身代金の要求もなければ、酷く危害が加えられた訳でもない。
何よりも被害者のキリヤナギが、”付き合っていただけ”だと言うのだ、らしいと思う。
その後、セオ、コウガ、スィーの三名は、キリヤナギが無事に戻りグランジもいる事から、先に本部へと戻り、グランジのみがキリヤナギの付き添いでカナトの庭へと残る。

キリヤナギが目を覚ました頃には、もう完全に日暮れていた。
カナトとルナが夕食の支度をしていると、グランジが現れ、キリヤナギが起きた事を伝えてくれる。
彼は未だベッドに座ってはいるが、調子の悪さも改善されたようだ。

「無様だな。キリヤナギ……」
「わ、我が君……、すみません」

「総隊長。もういいんすか?」
「お陰様で、大分休んだしもう平気だよ。……グランジ、着替えるから手伝って」

「一応夕食は作っている、食べていくといい」
「いいの?」

「ディセンバルにも、済ませて帰ると伝えてある」
「……グランジってカナトとジンには甘いよね。僕には冷たいのに」
「しらん」

グランジは即答だった。
主人に冷たいと言われるなど、どんな従者だと思う。
今日のメニューは味噌汁とかに玉だった。

「立件しないんだな」
「しないよ。彼女、僕に復讐するとか言ってたけど、僕を殺す気はさらさらないみたいだし、そんな勇気もなさそうだったからね」

味噌汁をすするキリヤナギを、ジンは珍しい目でみていた。
本当にここ最近、キリヤナギとの距離が近いと思う。
隣に座るグランジはいつも通りだか、その横にキリヤナギがくるなど考えもしなかった。

「目的は何だったんだ?」
「僕の魔力って心から発生してるからさ、それでイリスカード作れないか実験しようとしてた」

「それはジンと同じく触媒に……?」
「違うよ。カイトはそうだったけど、彼女は僕の心じゃなく、魔力から作れないかやってみたかったみたい。でも僕、昨日、ウォレスさんに会ってきたばっかりだからさ」

「なるほど、削がれていて実験にならなかったか。しかし、出来ないなら尚更危険だったのでは?」
「彼女は”イリスカードの恩恵は人間の物”だと言っていたからね。それに人間を使うのは違うって言う話も聞かせてもらった。僕を使うか悩んでいるとも言っていたよ」

キリヤナギの存在が稀過ぎるのもあるだろう。
彼のような事例は、キリヤナギ本人以外に存在しないし、失えば研究も出来なくなってしまう。

「また狙われないか?」
「僕がまた捕まると思うかい? 女の子1人だから油断しただけさ……。朝から甘いもの取りすぎて喉渇いてたのもあるけど……」

「せめてバターかジャムのどちらかにしろ」
「片方だけとか味気ないし、別にジャムだけが原因じゃないよ」

なんの話だとカナトは呆れた。
トーストにつけるものならば、確かに2つは摂取カロリーが多すぎる。

「こいつはバランスを考えないからな」
「どんなメニューでも残さず食べる君に言われたくないね!」

仲がいい。
戴冠式でもそうだったが、この二人の仲の良さは異色だと思う。
大体はグランジが上手か。
キリヤナギの度の過ぎた自由を、的確に制している。

「……しつけ役か?」

ジンが噴き出した。

「良く言われる」
「言われないから! ディセンバルだけだから!!」

従者にしつけられるとは、どんな主人だ。
しかし、主人の愚行を咎める意味では優秀だとも思う。
王の有るべき形へ従者が導く、理想的な関係だ。

王の器。
カナトは、目の前のキリヤナギをみる。
そう言う才能であると、ウォーレスハイムは言っていた。
人を信頼させる天才。
確かにその通りだと思う。
カナトもまた、キリヤナギを嫌う要素が殆どない。
ジンを私兵にしても、キリヤナギはジンを呼び出すこともしないばかりか、聴くこともしていないようだ。
結局、私兵である事が重要なだけで、それ以上干渉する気はないのか。

「キリヤナギ、貴様は何を目指している?」
「なに突然。話さないよ?」

「なんの話すか……?」
「僕の目標の話さ。とりあえず世界が平和になればいいかな」

どんな目標だとも思ったが、キリヤナギの立場からみれば理には叶っている。
しかし野望と言う彼の目的が、そんなにも平和なものだとは思えない。

「平和になっても、その平和を維持するのが大変だろうからね。世界が本当に平和だったら、僕のような存在もここにはいないさ」

ぼやくように述べたキリヤナギを、グランジが横目で睨んでいる。
咎めないのは正解だからだろう。

ふとキリヤナギの手元をみると、もう全て食べてしまっていた。
グランジは、もうよく食べる事は知っているため、全て大盛りにしていたが、キリヤナギも食べるらしい。

「おかわりあるぞ」
「いいの……?」

目が輝くキリヤナギをみて子供かと思う。
結局もう一膳ぶんを食べて、2人は帰宅の準備を始めた。
家まで送るとも提案したが、キリヤナギは動き足りないらしく、距離もない事から歩いて帰るらしい。

「それじゃ、ごちそうさま!」
「これで貸し借りは0だ」
「僕、べつに数えてないんだけど……でも美味しかった。ありがとう」

キリヤナギはそう言って一礼し、飛空庭のエレベーターを起動する。
乗り込む手前、キリヤナギは何かに気づくと再びカナトを見た。

「僕の事は、ジンに好きに話して構わないよ」
「!」
「今更隠してないしね」

「話すって?」
「僕の秘密の力の話さ。僕の口からより、カナトの方が説明も上手そうだからね」

大分投げやりにされたものだ。
だが、キリヤナギも暇ではないのは理解できるし、好きに話せるなら後で話そう。

そうしてジンが、地上までキリヤナギとグランジを見送りに下りると、先程の屋敷の前に、グランジとカナトの対応をした執事が、辺りを心配そうに見回している。
それを見たキリヤナギが、真剣な表情を見せた事に、ジンが声をかけに向かった。

「あの、なんかあったんすか……?」
「これはこれは、先程は飛んだご無礼を……、あのこの辺りで、お嬢様をお見かけになりませんでしたか?」
「さっきの女の子なら、見てないすけど……」
「……実は先程、お部屋に様子を見に行きましたらおられず」
「いない……? デバイスは?」
「お持ちの筈なのですが、東稼働橋を最後にオフラインに……」

電源を切った?
この時間に少女1人で街を出るなど危険だ。
飛び出してしまったのだろうか。

「使用人総出でダウンタウンとか、アップタウン探してるのに見つからないって……」
「……」

「どうする? キリヤナギ」
「……グランジ。ここ最近、アクロポリス周辺をうろついてる連中の話。なにか進展はあった?」

「連中?」
「今年に入ってから、運送業者がよく襲撃されていてね。2人以上の護衛を求める依頼が増えてるんだよ。でも2人じゃ護衛はできても捕縛は難しいから……」

「カルネオルも被害者だ。地上だけではなく飛空庭も狙われている。騎士団と協力して見回りはしているが……、捕縛したという話は聞いていない」

キリヤナギは少し考え、アレスプレートに繋がれた”ナビゲーションデバイス”を取り出した。
そこのファイリングからスケジュールのようなものを呼び出す。

「イースト騎士団の見回りは一時間前に終わってるね。次の部隊のがラストで、一時間後……、このスケジュールはいつからだっけ?」
「2カ月前からだな……。成果が得られないと、組み直しを求められている」
「何処かで漏れてるね。部隊員に知り合いがいて横流ししてるなら、今は誰も来ないと向こうは踏んでるかな」

ますます危険だ。
見回りのスケジュールが敵に漏れているのなら、
待ち伏せをしている可能性もある。
その上で少女が1人など、ありとあらゆる意味で危ない。

「グランジ、行くよ」
「俺も!」
「ジンは、カナトについていて欲しいんだけど……」
「ルナがいるっすよ。あいつ狼だし」

確かに天界へ行った時、ワーウルフ・ロアは命懸けでカナトを守った。
あの実績を讃える訳ではないが、勇敢さで言えば十分頼りになる。

「手数は多い方がいい。何人いるかもわからないからな」
「……本当グランジはジンに甘いね。わかったよ。来て」
「へい!」

そうして三人は、駆け足で東へと急ぐ。

@

我に帰った時には、もう屋敷を飛び出していた。
父の仇だと思い、何をしてもいいと言い聞かせていたのに、仇の相手は何一つ抵抗しようとせず、
それどころか、非を認めあやまってきた。

悪い人間だと思っていた。
きっと表面だけ繕って正義を演じているだけだと思っていたのに、
キリヤナギは、自分が悪いと誰よりもわかっていた。
その上で逃げないとも言って、逃げないなら、 縛る必要もないとすら言った。
唯の口実だと思ったが、冷静に考えると、確かにその通りだからだ。

キリヤナギは、生きていなければ実験が出来ない。
ならせめて部屋から出られないようにしておけば、世話も楽だと思った。
だからもう一度話す為に、食事を持って部屋に戻ったら、見知らぬ人間がいて銃を向けられた。

撃たれると思い、怖くなって動けなくなった。
その後ろには、解放されたキリヤナギがいた。
帰ると言われて、訳が分からなくなった。
協力させるつもりだったのに、一日も経たず仲間が来たのだ。

キリヤナギは、何も言わず帰ってしまった。
悔しいと思った。
仇なのに、何もできなかったのが悔しくて、追いかけようと屋敷を飛び出した。
アップタウンを走り回り、街を出たのだと思って可動橋まで飛び出した。
執事からしつこく連絡がはいり、デバイスの電源も落として投げ出した。
そうして平原にでて走ったら、もう真っ暗で月明かりがなければ、まともに前も見えない。
悔しくて、悲しくて、寂しくて、泣いてしまった。
声を上げて大声で泣いて、平原の隅の木陰に座った。

どうすればいいのだろう。
なんの為にアクロポリスへ来たのだろう。
復讐したいと思っていたのに、何故、躊躇ってしまったのだろう。
そんな後悔ばかりで泣いていたら、突然後ろから、ランプの光で照らされた。
銃を向けられていて、また動けなくなった。
腕を乱暴に摑み引きずり出され、身なりから貴族だと言われた。
かわいいとも言われた。
でも、嬉しさではなく恐怖を感じるかわいいだった。
また腕を捕まれ、今度は地面に押し倒された。
暴れようとしたが、数名に抑えられ動けない。
すると、1人がナイフを取り出して、スカートを割きはじめた。
怖くて、声が出なくて、何もできない。
力が強すぎて、どうしようもない。

お気に入りのワンピースがどんどんボロボロにされてゆき、胸の付近が割かれようとした時だった。
物凄い爆発音が響き、林の中の一本の木が吹き飛んだ。
男達も驚き、思わず耳を塞ぐ。

「見つけた……」

現れたのは、見覚えのある三人組だった。
1人は金の銃を構えており、走ってきたのか肩で息をしている。

「僕は、治安維持部隊、総隊長キリヤナギ。現場は抑えた。大人しく投降しろ。応じないのなら、武力により制圧する!」

キリヤナギの凜とした言葉に、ジンは身が奮い立つのを感じた。
以前のキリヤナギとは違う言葉だ。
前は諭すように話していたのに、今のキリヤナギは威嚇にも思える言動を放ったのだ。
ここ数日関わった彼には、考えられない言葉だと思う。
だが、目の前で少女が襲われているのだ。

許せない。
キリヤナギは今、怒っているのだ。なら、言葉が強いのも分かる。

一瞬間を置いたが、銃を持つ敵が動いた事に、ジンとグランジ、キリヤナギも動いた。
銃声が響き、キリヤナギが”フォートレスサークル”で弾丸を無効化する。
ジンとグランジは、散開して先に銃をもつ人間の腕を打ち抜いた。
グランジが的確に足を撃って動きを封じる。
サークルが切れたキリヤナギは、2人がガンナーを抑えた事を確認し、向かってきた敵を”シールドインパクト”で突き飛ばし、囲まれていた少女の前へと突っ込む。
そして比較的生命への影響が少ない、腕や足、肩にむけ、容赦なくダインスレイブを突き刺す。

迷いの無いその剣は、吹き出した血でキリヤナギの白服を赤く染めていき、
最後、銃を隠し持っていた敵へ、キリヤナギは筒の中にダインスレイブを突っこむと、
そのまま銃を毟りとり、空中へ銃を放り投げる。
なにも持たなくなった敵の腕を、ダインスレイブの先端で切り裂き、蹴り飛ばして倒した。

三分も立ってはいないだろう。
ジンとグランジ、キリヤナギ以外の敵は、みな武器すら握れなくなり、床に這いつくばっていた。

ワンピースがボロボロにされてしまった彼女は、自分を庇うように立つキリヤナギを、呆然と見上げている。
ガタガタと震えているのは、誰に怯えているのだろう。
赤い返り血を浴びたキリヤナギをみて、ジンは考えたくなくなった。

だがキリヤナギは、震えている彼女に気づくと自分のマントを外し、彼女を優しく包む。

「……怪我してない?」

先ほどとは違う、優しい声だった。
彼女は小さく頷いたが、スカートを裂かれた時、ふとももへナイフの切り傷をもらっていた。
キリヤナギはそれに気づいて、小さく”ライトヒーリング”を唱える。
闇の魔法とは違い、キリヤナギの光の魔法は、”ティー”のものではなく、キリヤナギ自身の魔力だ。
あまり強くはない。人並みとも言えない、小さな魔力でキリヤナギは少女の怪我を治癒する。

その後、セオとぬえが応援に現れ、数ヶ月続いていた襲撃事件の犯人がようやく捕縛された。
少女も殆ど怪我がなく、無事屋敷へと戻り、ジンは再びカナトの元へ、キリヤナギもグランジと自分の屋敷へとかえってゆく。

「眠い……」
「昨日散々眠っただろう?」

次の日。グランジと朝食を食べていたキリヤナギがぼやいた。
昨日眠りすぎたせいで、昨晩はなかなか寝つけず、ずっとゲームをしていたら四時間かかるというチュートリアルをクリアしてしまった。
いい年で大人気ないとも思ったが、寝つけなかったのだから仕方がない。
昨日以上に眠気があるが、今日も出勤だ。
だが眠い。

普段よりローペースで、食パンを齧るキリヤナギは、今日はバターしか付けていなかった。
二枚目にはジャムを付けて、分けるようにはしたらしい。

「いってきます……」

大丈夫なのだろうか。
ディセンバルに付けてもらったマントは、金の留め具ついた予備の物。
普段使っているものは、昨日彼女に渡してしまった為、新しいものを用意するか、返されるのを待つしかない。
グランジは、キリヤナギと一緒に自宅をでて付き添う事にした。

「ゆっくりしててよかったのに……」
「……」

昨日と今日で、心配ではないと言うと嘘になる。
一応護衛なのだ、何かあれば困る。
目を覚まそうと頬を叩くキリヤナギを尻目に、グランジは後ろから感じる視線に気付いた。
キリヤナギは眠気が先立ち、気づくのに遅れたが、降りかえってジト目をむける。

「何か用?」

街頭の後ろに隠れる彼女に、キリヤナギは立ち止まった。
昨日とは違うワンピースに、今日は大き目の紙袋を持っている。

隠れて出てこないドミニオン彼女に、キリヤナギは再び背を向けて歩き出したが、少しずつついてきて、呆れた。
グランジの顔を見ると、別の街頭の陰に彼女を心配そうにみる執事もいる。
今日は、昨日捕縛した連中の取り調べがある為に、遅刻できない。

「……別に怒ってないよ? 今日は時間なくて遊べないから、今度でもいい?」

時間がないと聞いて、ようやく彼女が出てきた。
目を合わせず紙袋を差し出し、グランジが代わりに受け取る。
中身は昨日渡した赤いマントだった。
紙袋を渡した彼女は、不満そうな表現をみせて走りさってしまう。

「おはようございます。総隊長」
「おはようセオ……」

訓練に向かう前に、キリヤナギは荷物を置く為一度執務室へ足を運んだ。
普段とは違い、マントを二枚目持ち込んだキリヤナギに、部屋の清掃をしてくれていたセオは、キョトンとしている。

「返されたんですね」
「うん。クリーニングもしてくれたみたい……。今日は眠いから、先に身体動かしてくる」

ポールハンガーにマントを掛けてくれるセオは、部屋を出て行こうとするキリヤナギを止めた。
マントともう一つ、紙袋に何か入っている。
それは封だけ閉じられた白紙の封筒で、開けてみると三枚の便箋にそれぞれ一言ずつ書かれていた。

一枚目は、ありがとう。
二枚目は、ごめんなさい。
三枚目は、

「”許しません”……だって」
「そうでしょうね。殺されないだけよかったのでは?」

セオの言葉はあんまりだと思う。
もう一度手紙を見直すと、最後の便箋の隅に小さく名前が掛かれていた。
そう言えば名前をまともに聞いていなかったきがする。

「セリカ……」
「また捕まらないよう。精々気をつけてください」

セオの言葉に言い返すこともできない。
グランジはさっき朝ご飯を食べたばかりなのに、また応接用のクッキーをつまんでいる。
いつまでも寝ぼけてもいられない。
また、いつもの日常が始まる。

「じゃあ僕、訓練に行ってくる」
「はい。昨日サボった分、ちゃんと消化して下さいね」

遊んでいたのだから仕方がない。
大きく伸びをしたキリヤナギは、セオの言葉に苦笑し、執務室をでていった。


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本編 | 【2015-09-10(Thu) 12:30:30】 | Trackback(-) | Comments:(0)
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