プロフィール

詠羅P

Author:詠羅P
Lupi鯖:ダウンタウン
アイコン:セロさん

*更新情報
eco_JK ログ
カウンター
最新記事
お話一覧(時系列順
カテゴリ
拍手
web拍手 by FC2
リンク
JKツイッター
最新コメント
アンケート
QRコード
QR
権利表記

(C) BROCCOLI/ GungHo Online Entertainment,Inc./ HEADLOCK Inc.

戴冠式で舞踏会に参加する話

出演:リフウさん、グランジさん

あらすじ
ゲームパーティから一夜明け、歓迎式典が始まるカナトの実家。
大広間は舞踏会の式場として彩られ、天界の貴族たちが続々あと集まり始めていた。
そのなかで、カナトはレミエルギルバートと対面し、ジンもまた再会を果す。

前回
戴冠式が始まる話

参考
(連載)長編シリーズ:Royal*Familiar
キリヤナギ総隊長の一日



 


何か温かい物が頬へ触れる感じを覚え、ジンが目を覚ますと、目の前に見慣れた銀の毛皮が見えた。
初夏の気候に毛皮とは、一体どんな嫌がらせかとも思う。
横になっているジンを起こしたのは、銀の毛をもつワーウルフ、狼のルナだった。

「起きろ。ジン」

凛とした声に、再び落ちかけた意識が浮上する。
そう言えば、ここはカナトの実家だった。
ゆっくりと上体を起こすと、ワゴンにティーセットが用意されていて、カナトはコーヒーを飲みながら、着替えている。

「眠い……」
「もう9時だぞ。貴様にしては遅いな……」

カナトより遅い時点で、色々と問題だ。
ランニングも訓練もする時間がない。
自分が理解する以上に体が疲れていたのか。

「私は朝食の席にいく。貴様も来れるなら来るといいが、部屋で食事をするのなら、ルナに頼むといい」

目の前の狼が、突然執事の姿に変わる。
ジンは少し驚いたが、耳としっぽがある事を除けば、たくましい長身の執事だ。

「ではルナ、ジンを任せる」
「分かった」

カナトはさっさと部屋を出て行ってしまった。
残されたルナは、一緒にここへ来たのに、昨日は殆ど見かけなかったきがする。

「お前、昨日どこに行ってたの?」
「使用人たちに混ざり、バトラーから家事や立ち振る舞いについて学んでいた。構えなくてすまない」
「謝んなよ。別に気にしてないし……」

カナトの部屋は、昨日8人で遊んだそのままの状態で放置されている。
カナサはいないが、ゲーム器はそのままで遊んでいた事は間違いないらしい。
とにかく一度着替えようと思い立ち上がると、ルナがワゴンから何かを取り出した。

ジャージだ。
よく見るとしっぽを振っている。
見た目は大男でも、やはり狼は犬の祖先か。

結局ジャージに着替え、ジンはメロディアスの居城の庭を、狼のルナと走る。
走れば走るほど広い庭だ。
歓迎式典の準備はもう終わり、城全体が祝賀ムードになっていて、城の入り口も解放され、入場が自由になっている。
たまたま立ち寄った冒険者や市民がその城の庭園を自由に歩いていた。

城の裏に足を延ばすと、闘技大会の会場があって、キリヤナギを含めたメロディアスの騎士達が、自分達で模擬戦をしているのが目に入る。
キリヤナギはその脇でベンチに座り、まるで部隊の訓練の時のように、軽装でそれを眺めていた。

「総隊長!」
「! ジン。おはよう」
「総隊長も訓練すか?」
「ちょっと見せてもらってたんだ。彼らを差し置いて僕が出るのはずるいからね。出場権を賭けて、相手してる」
「へ……」

話している間に、キリヤナギは呼ばれた。
見る限りでも凛々しく礼儀正しいメロディアスの騎士達は、キリヤナギと真面目に向き合い、模造細剣を持ってむかってゆく。
また、キリヤナギもそれに応え、持ち前の俊敏さと対応力で応戦していた。
ジンが前に見た、ホライゾンとの戦いとのはまた違う。
早いし、一瞬で勝負がつくものもあれば、足を引っ掛けただけで終わったり、粘ったかと思えば、懐に入って終わる。

キリヤナギが以前、遅いと言っていた意味を理解した。
ジンにはキリヤナギの早さが、早いと認識できるが、騎士達はキリヤナギを目で追えていない。
反応が遅いというわけではないが、対応の仕方がわからないようにも思えた。
キリヤナギ独特の動きを必死に目で追っていると、一緒に見ていた騎士の一人が、ジンのもとへ歩み寄ってくる。

「エミルさん。騎士・キリヤナギと話しておられましたね」
「は、はい」
「もしよろしければお相手できませんか?」
「え、俺。剣は苦手なんすけど……」
「なら、体術ではどうでしょうか」

どうしても戦いたいのか。
ランニングだけで物足りなかったし、横を見ればキリヤナギも戦っている。
誘われたなら、混ざってもいいという事だろう。

「俺、総隊長ほどつよくないすけど、それでもいいなら……」
「エミルさんとの訓練は、とても興味深いものです。どうかお手柔らかに」

彼らは、キリヤナギがメロディアスの代表となる事に抵抗がないようだった。
ジンが試しに相手をしてみても、確かに遅い。
普通より早いぐらいで、見落とさなければ負けなかった。
これで近衛騎士ならば、天界はどれほどまでに平和なのだろう。

「私達は、ウォーレスハイム様を含めたメロディアスの一族を守る騎士として雇われました。しかしエミル界へ降り立ち、自分達の無力さを思い知らされ続けています」
「じゃあ、最初から?」
「はい。素人には負けずとも、貴方のように真面目に向き合い、志をもつ方には未だ及びません。しかし、我々はこの世界にきて新たな目標を得ました」
「……」
「今や私達、ルシフェル・メロディアスの騎士は、天界の最強とされるミカエル・ミスタリアの騎士に並んでおります。我々をここまで育てたのは、エミル界とエミル界に住む戦士達のおかげでしょう」

騎士達は、決して自分の立場を恨んではいないのか。
しかしウォーレスハイムのあの気さくさを見れば、レミエルとの温度差もあながち理解ができる。
彼らもキリヤナギも、また同じ目的の元でここにいるのか。

ふとキリヤナギをみると、ホライゾンの時のように刃の弾き合いをしている。
実力が拮抗しているかに見えたが、キリヤナギが敵の持ち手に狙いを定め、剣を弾き飛ばした。

「……お見事」

両手をあげて降参する騎士も、また潔い。
汗をかいたキリヤナギは、再び脇のベンチへ座った。

「どうだった?」
「弱くないすよね」
「うん。彼らは強いよ。実力も心も……」

ジンから見れば、そんなに早くない。
でも強くて誇り高いのは確かで、その力は必要な時に必ず勝ちを取るとも思った。

「僕は昔、この城でお世話になってた頃があってさ。その時からちょくちょく相手にしてもらってたんだよね」
「へぇ……」
「まだ僕は、彼らに負けた事はないけど、彼らといると、僕も一緒に成長できる気がするんだ」

キリヤナギのいいたいことは分かる。確かに彼らとなら、一緒に強くなれるだろう。
ジンは少し嬉しくなって、もう一度、騎士達と組手をしようと前に出た。

そんなジンの様子を、カナトは窓際から見下ろしホッと安堵する。
昨日、散々遊んで吹っ切れたのか。
生き生きと身体を動かすジンは、昨日とは打って変わり楽しそうで、見ていて飽きない。
これをきっかけに、トラウマも消えればいいと思う。

「そんで? 聞きたい事ってなんだよ」

ウォーレスハイムの部屋に招かれたカナトは、ソファへ座り、客人のリストへ目を通している父へと向き合った。
大方の事はメールで伝えてはいるが、文章以前に、カナトは父へ直接聞きたい事がある。

「父上は、キリヤナギとの関係がかなり深いと認識しております。その上で、奴の行動理由が知りたい」
「あぁ、なんだお前、聞いてねぇのか。まぁキリヤナギの事だし、お前は真面目だからなぁ……」

父はキリヤナギの目的を知っているらしい。
聞いてすぐに答えないということは、ウォーレスハイム自身もそれを話す事に一つの壁があるのか。

「あんまり難しいことじゃないぜ? 実に単純。分かりやすいし、これからまた深く関わるならそのうち分かるさ」
「しかし私は、キリヤナギと相性があまり良くはありません……。ジンのようにキリヤナギを信頼しきれていない。心のどこかで、奴を疑ってしまう……」
「疑う……ね。キリヤナギは、頭はいいが、言うほど表裏はないぜ? ただ、あいつ自身にそういう才能があるのさ」
「才能……ですか?」
「いつだっけか、バトラーには”王の器”って言ったが……」
「王……?」
「関わる人間の全てを、無意識に服従させる才能。ジンを見ればわかるだろ?」

カナトは驚いて息を潜めた。
たしかに、ジンは無意識にもキリヤナギに服従している。
いつどんな時もキリヤナギの思惑通りに動き、カナトはかなり踊らされていた。

「そう言う才能。信頼したら、お前も服従しちまうぜ? 気をつけな」
「どういう……」
「言わばキリヤナギは、人を信頼させる天才なのさ。お前も、ジンを信頼してるから、ジンの言うこと聞いとけば大丈夫だっておもうだろ?」
「……たしかに」
「それと一緒さ。相乗効果で、周りがみんな信頼してたら自分も……って感じに広がっていく。お前があいつの魅力に魅せられないのは、貴族育ちだからだな。生まれてずっと使用人に囲まれて、助けられ、尽くされる事に当たり前だから、キリヤナギに何をされようとも、何も思わない。当たり前だからな」
「当たり前……」
「勘違いすんなよ。俺がそう育てたんだ。だからお前と相性が悪いのは必然っちゃ必然か。逆にジンみたいに安易に心を許さない奴ほど、一度信頼したら絶対に裏切らない。今のうちに手懐けとけよ。敵に回すと、これ以上厄介な奴はいないぜ」

少し背筋が冷えた。
キリヤナギの才能と言われて、納得したのは大きいが、確かに敵に回すと厄介だからだ。
少なくとも家を出て数年間はキリヤナギに監視されていたのだから、

「キリヤナギがお前にこだわるのは、だいたい俺のせいだけどな。悪く思うなよ」
「……あれも、父上の思惑でしたか」
「任せはしたが、ジンは本当にたまたまみたいだし? 許してやれ」
「それは存じています……」
「ま、さっきも言ったが、キリヤナギは言うほど表裏はない。唯一言えるなら、感受性が強すぎて、敵にすら同情しちまう所か。魅せられるなよ? あいつも目的があって動いてんだ。精々利用されないよう気をつけな」

目的がわからない相手に、どう対応しろと言うのか。
この父は、どうやらカナトに直接、キリヤナギの目的を話すつもりはないらしい。
だが、ふと疑問を覚えた。
ウォーレスハイムはカナトにとても協力的だ。
わからないと言えば、それをこちらの理解出来る言葉で話してくれるし、カナトがキリヤナギに感じる不信感の理由も、まるで当たり前の様に答えてくれる。
そんなウォーレスハイムが、カナト自身が利用される可能性があるにも関わらず、あえてキリヤナギの目的に口を噤むのは何故だ?
教えたくない理由があるのだろうか。
ウォーレスハイムが始めに言った”真面目であることに”理由があるのだろうか。

「なんか気づいたかい?」
「私が真面目であるが故に、キリヤナギの目的は話さないと?」
「そうだな。俺は同じだとは思うが、キリヤナギが面倒だろうし、邪魔したくねぇ」
「なるほど、父上にとって、キリヤナギの目的は”有益”なのですね」
「お前のそう言う所、息子として誇らしいね。カナサなら気付かねぇだろうなぁ……」

褒められているらしい。
ウォーレスハイムの言葉は、ヒントに溢れている。
恐らくキリヤナギの才能の話の間にも、目的の本質が含まれているのだ。
直接的には言わないが、自分で察せと言うことだろう。
たが、考えれば考えるほど泥沼だ。

「お前の場合、考えすぎてダメそうだしなぁ。とりあえず利用されてから考えてもいいんじゃね?」
「手遅れになってから何をしろと……、ただ私は、奴に振り回されるのが腑に落ちないだけです」
「振り回されているうちは、まだ大丈夫さ。そのうち分かるんだし焦んなって」

もどかしい。
父にとって有益なことと言われても、今ひとつピンとこない。
ウォーレスハイムである時点で、富も名誉も権力も全て十分過ぎるほどに持ち得ているからだ。
そんな父にキリヤナギの目的は有益だと言う。
一体父は、何をキリヤナギに望んでいるのか。

「父上は、キリヤナギを信頼しておられるのですね」
「信頼っつーか便利だしな。別に何か期待してるとかじゃなく、起こした責任をとってるだけだよ」

責任と言われて、カナトは深く考えるのはやめた。
ウォーレスハイム自身の責任なら、それに特別な意味はないとも思うからだ。
ただそれを続ける事が、責任を果たす事に繋がるのなら、それに関する目的や思惑も皆無だろう。

キリヤナギの話をして、ウォーレスハイムは何か思い出したように立ち上がると、ボロボロになった分厚いノート一冊とまだ使えそうな普通のノートを本棚からもってきた。

「やるよ」
「これは……」
「俺が調べた。キリヤナギの銀の封印の内部構造と、こっちが俺の封印のソースコード兼構築式。一応書き出したんだが、銀の方はやっぱり触らない方がいいな。何となくでいいし、みるだけみとけ」
「父上は……?」
「俺はもう覚えてるよ。軽い文明遺産だし壊さないようにだけは気をつけな」

文明遺産といわれて、思わず息を飲む。
しかし、キリヤナギの生命に関わるならば確かに触らない方が安全だろう。
理解出来るか不安ではあるが、約束をしてしまった手前、面倒を見なければならない。

「さぁ、お昼だな。そろそろ第一便がくるぜ。お前も準備しろよ」

間も無く、この城へ客人が現れる。
カナトは席を立ち、ふたたび窓の外を見下ろし
いた。

@

「はらへった……」
「朝ごはん抜きとか、ジンもよくやるね」
「不本意っすよ……。起きたら9時だったし、体動かせたから良かったけど」

メロディアスの騎士達と分かれ、ジンとキリヤナギは二人して、城へと戻ってきた。
ジンは起きてからまだ何も食べていない。
空腹感がひどく、これ以上動く気にすらなれなかった。

「そう言えば、グランジさんは?」
「グランジは、銃兵の訓練の見学にいってるよ。そろそろ戻るんじゃないかな。ジンはこの後どうするの?」
「この後?」
「僕は歓迎式典に、カナトと出るけど……」
「あんま聞いてないってか……」

「カナトはジンに任せるといっていた」

足元にいた狼のルナが、人型にかわる。
慣れたものだ。今更驚かない。

「任せるって?」
「出るなら、俺が着替えを手伝う。出ないなら、カナトの部屋でゆっくりしていて構わないと……」

「カナトらしいね。参加するなら、食べ物はいっぱいあると思うよ」

その笑顔はからかっているのだろうか。
キリヤナギの部屋の前には、もうグランジが待っていて、こちらに気づいて顔を上げる。

「それじゃ、僕は着替えてくるから……」
「はい。どうも……」

グランジと部屋に戻るキリヤナギは訓練について何か話しているようだった。
廊下に残されたジンは、ルナと共にカナトの部屋へと戻る。
途中の廊下で目の前の扉が開き、色違いのドレスを着た彼女が続々と現れた。
リフウとシャロンは、いつにも増して豪華なドレスをまとい、肩から勲章のようなものを下げている。

「ジンさん。ご機嫌よう!」
「ご、ごきげんよう……」

キラキラと輝く彼女に見とれ、思わずつられた。
シャロンもまた笑顔で、呆然とするジンを笑う。

「話に聞いていた通りですね」
「話?」
「朝、運動をしないと気が済まないと……」
「えぇと……日課っすよ。日課! こいつが誘うから……」

後ろのルナは一礼したきり、ずっと無表情だ。
話す気もあまりないらしい。
しかし、二人は綺麗だ。
昨日も綺麗だったが、今日はもっと綺麗だと思う。

「ゲッカさん。ジンさんですよ」

月光花もいるのか。
呼びに行ったリフウを見送り、ようやく我に帰る。今のジンは、Tシャツにジャージだ。
相手はドレスなのに、なんて恥ずかしい格好をしているのだろう。
せめて話す前に着替えようと、歩をすすめると、突然シャロンに腕を抱かれた。
一気に体温が上がり、驚きで固まってしまう。

「もう少し待って下さいな」
「え、え、えーと、は、はい?」

細い腕に大きな目の微笑に、さらに動けなくなる。
シャロンは身長がそんなになく、リフウと同じぐらいだろうか。
運動していて汗ばんでいるのに、こんな事ならちゃんとした服を着ておけば良かった。

「ジン……」

動揺を必死に抑えていた中、聞きなれた声が響いた。
月光花かと思いながら顔を上げると、淡い水色のドレスに、髪を三つ編みで纏めた彼女がそこに居た。
舞踏会用の綺麗で、よく目立つ装飾のついたドレス。
肩を出している月光花は思っていたより細くて、ジンを見ると目を逸らしてしまった。

「なによ。その目……どうせ、七五三って思ってるんでしょ!」
「いやお前、意外と細かったんだなって……」

空気が凍りついた。

@

腫れた頬を保冷剤で冷やし、ジンはカナトの部屋で軽食を頬張っていた。
なにも悪い事なんて言っていない筈なのに、月光花はまた怒ったのだ。

「なんで怒るんだよ。誰もからかってねーし」
「細かったこと理解したと言うことは、今まで太って見えていたと言う意味になる。もう少し考えて言っても良かったんじゃないか……?」
「そんなん知らねぇ! なんで誤解とけたのに素直によろこばねぇんだよ……」
「女性に体型の話をすること自体、筋違いだからな」

ルナの発言に、火に油を注がれている気分だ。
しかし月光花はいつも、水色のゆとりのあるワンピースを着ているのは確かで、着痩せしているなんて考えたこともなかった。
ルナはクローゼットから、ジンの為の礼装を取り出し並べてくれている。
まだ行くとも言っていないのに気が早い。

「あれ? 服って、昨日着てた奴じゃねぇの?」
「あれは普段着だ。式典にはあれより少し派手な舞踏会用の礼装を着なければならない。燕服のように背中の裾が長い物が多いな」
「舞踏会って……俺そんなん……」
「見ているだけでも構わないぞ。貴族からすれば交流会の中の遊びのような物だからな。古いしきたりを取り入れて、空気を楽しむだけとも言える。踊りたい物だけが好きに躍るらしい」

名前だけのダンスパーティか。
それならば、うろうろしてリフウやシャロンを眺めるだけでも楽しめそうではある。

「そう言えば、ゲッカは踊るの?」
「昨晩と今朝に軽く練習をしているとは聞いた。見てはいないが」

頑張るなぁと思う。
だが、リフウが踊るならちょっとやってみたくなってきた。

「ルナ、ダンスってなんで検索したらでる?」
「社交ダンスで出るだろう。ジンも躍るのか?」
「ちょっと動画見てみるだけだって」
「結局でるのか」
「見るだけ見に行く。つまんなかったらすぐ帰るよ」

ジンらしいと思った。
カナトが大体予想していた通りでもあり、少し呆れもした。
今朝から大分元気ではあるし、軽食も食べているし、カナトの心配していたトラウマも大丈夫ではないかと思う。

ルナがふと窓の外をみると、庭園に増築されたターミナルに飛空城からの庭がゆっくりと着艦を始めていた。
メロディアスの飛空城は、これからもう一度天界へ戻り客人を迎えに行く。
招待客は要人や使用人を含めざっと150人前後。
大分少ない方ではあると思うが、エミル界へ来ることに未だ抵抗のある者が多く、殆どが代理や代表の騎士達だ。
バイトの使用人達には、どんな客人でも要人だと思うよう配慮されているが、ルナは存在が特殊である為に、ジンについていてほしいとカナトから配慮されていた。

確かにドミニオンやエミルならまだしも、ロアであるワーウルフのルナもいれば、始めてこちらに来る彼らが混乱するのも分かるので、ルナは素直に従っていた。
目の前のジンは、社交ダンスの動画をみて眉間にしわを寄せている。様々な意味で心配ではあるが、なるようになるだろうと、ルナは思った。

@

客人がゆっくりと揃い始めた舞踏会の会場で、礼装を着たカナトは飾り立てられた広間をみて感心していた。
一月と言う短い期間で準備はしたが、大分完成したと思う。
オーケストラも配置は終わっているし、この日の為に主役用の玉座も配置した。
巨大なタペストリーにメロディアスとフィランソロの家紋を掲げ、二家の関係性の深さを誇示し夫婦であると証明する。
だが、肝心の父はこの現場には居なかった。
天界の時もそうだが、ウォーレスハイムは舞踏会が嫌いだからだ。
必要になれば呼べと言われたので、嫌がらせに参加時間を全てのスケジュールにいれたら、不用だとして殆どが消され添削されて帰ってきた。
腹が立つが一応父だと言い聞かせ、カナトは床に落ちていた紙ゴミを拾う。
そしたら、見ていたバトラーにまた怒られた。
融通は効かせなければ意味はないと思うのに、皆頭が硬い。

第一便の城が到着して会場には続々とドレスや礼服の客人が集まりだしていた。
しかしウォーレスハイムは、応接室に現れたアークタイタニアを睨む。

「久しぶりだね。ウォーレスハイム」
「わざわざご足労ありがとさん。レミエル……」

あからさまに嫌そうな顔をするウォーレスハイムに、現レミエル。ギルバート・フォン・ジェラシアは笑った。
舞踏会前の熾天使同士の会談だ。

「あまり嫌な顔をしないでくれよ。フィランソロ領を収めるんだってね。僕は今日、ビジネスの話をする為にこちらへ来たんだ」
「ふぅん。都合のいい話だな。なんか勘違いしてるみたいだか、てめぇが拉致したジンは、てめぇを許したかもしれねぇが、俺と俺の息子は、お前を許した覚えはねぇぞ?」
「その割に招待状とは、随分と扱いが丁寧じゃないか」
「セレナの面倒をみてくれてたのは、間違いねぇしな。シャロンに感謝しな」
「そうだね……。僕は彼女達に救われてばかりだ。だからこそ、ここへ来たのもある」
「ほう? なんの為に?」
「ルシフェル・ウォーレスハイム。ここ最近。我が社の株を大量に買いあさっているな。乗っ取りか?」
「纏めた方が早いだろ? 効率もいいし、エミル界の客の好みは俺のが詳しいしな。天界の客も内世界にはもう飽きてるさ。ここでエミル界に来て観光もできるなら、客も喜ぶし一石二鳥だろ」

レミエル・ギルバートは、眉をひそめる。
否定をしないウォーレスハイムは、当たり前の様に言ってのけた。
レミエルの役職の主は、天界の文化や遺産を維持し、それを存続していく事が、役職者としての義務だが、観光そのものはレミエルとしての得意分野を生かしたビジネスに過ぎないからだ。

「何故そんな回りくどい手をつかう? 業務提携も出来るはずだ。それとも私怨か……?」
「俺はお前を許さねーっていっただろうが、嫌いな奴とビジネスなんてめんどくさい事やってられっかよ。それなら初めから全部買った方が早いからな」

なんて傲慢さだろうと、ギルバートは返答にしぶる。人情を重んじるとは聞いていたが、たかが個人の感情一つで、企業を乗っ取るのか。
それ以前に、今まで領地もなかったメロディアスに、大企業の株を買い占める資産があることに驚く。
一体どこからそれを集めてきたのか……。

「冒険者連盟は、俺が監修してるからな。この世界の”ナビゲーションデバイス”の使用権は、俺がミカエルからほぼ無償で提供してもらってんだ」
「!」
「サーバー機器の貸し出しを含めた、その維持の保証。デバイスは、初期費用がタダだが、凝ったデザインは有償にして10%はこちらへ還元するようにしてもらってる。デザイナーは冒険者だな、人気のデザインを商品化してバリエーションに並べればユーザーも喜ぶって訳さ」
「エミル界に居たい理由はそれか……」
「いたいっちゃ、いたいが、天界みたいな堅苦しいところが嫌いなだけだよ。ミカエルが直接管理してない分、アップデートは遅いが、この世界には十分すぎるからな」
「ミカエルは何故……」
「あいつはもう、特許収入だけで金は余らせてるらしいぜ? お前らと違ってミカエルは、軍師として真面目だからな。企業の運営なんて面倒なことやりたくないんだよ。ま、俺があいつに特許の話とかデバイスのビジネスの提案をしたんだけどな」

得意げに言い張られている事に、ギルバートは苦い表情をする。
確かにミカエルは、自分で企業を立ち上げ運営するようなタイプには見えないからだ。
開発者として技術を提供し、ウォーレスハイムが運用して利益を得て、それを配分しているなら、確かに合理的ではある。

「そんで? 今更俺に、企業を乗っ取らないでください。とでもいいにきたのかい? 俺はお前と手を組むつもりもないし、辞めるつもりはないぜ」
「……」

ギルバートは言い返しもせず考えた。
メロディアスがジェラシアを嫌っているのは理解できたが、ウォーレスハイムは今ギルバートと向かいあっている。
本当に嫌い、会う意味がないと言うのなら、おそらく会談などあり得ないだろう。
しかし、今こうして会っている。
これはおそらく、ウォーレスハイム自身にもギルバートに会うべき理由があるのだ。
こちら側に求めているものはなんだ。
ふと思いついた答えに、ギルバートは力を抜いた。
まさかとは思う。

「ウォーレスハイム」
「ん?」
「君は、人に対しての好き嫌いをどう決めている?」
「好き嫌い? そんなん決まってんじゃん。筋を通してるかどうかだよ」
「そうか……。ならばこの場を借りて述べよう。我がジェラシアの名において、この度の非礼を心より謝罪する。私の勝手、我が家の穢れから引き起こした悲劇の責任、何処まで返せるかはわからないが、精一杯かえしたい」
「……」
「すまない。メロディアス……。今後ジェラシアは、天界での種族の偏見をとりはらう事に尽力する」

ウォーレスハイムの目は真剣だった。
立ち上がり、ゆっくりと頭をさげたレミエル・ギルバートに、ため息をつく。
やっと気づいたかとも思った。
最後まで気づかないならそれでもいいと思っていたが、ウォーレスハイムは言ってしまった。

筋を通す人間は嫌えないと、
だからウォーレスハイムは、レミエル・ギルバートを嫌えない。

「しゃあねえなぁ……。そう謝られたら、俺が悪もんじゃねーか」
「嫌えないのだろう?」
「そうだな。筋を通さねえ馬鹿なら、ビジネスでもやって行ける気しねーし、また似たような事されても面倒だからな……。恥忍んで謝りに来たならまぁいいさ。次やったら容赦しねーぞ?」
「次も何も、既に株を買われている時点で、君は我が社の役員も同然……」
「その話だが、やっぱり天界は面倒だし、お前に任すわ、帰りたくないし」
「は?」
「業務提携するなら同じだろ? 業務自体はお前のが器用だろうからな。こっちの企画は送るからそっちとこっちの役員だけで適当に決めてやってくれ」

ギルバートは何も言えず固まっている。
ウォーレスハイムは、ナビゲーションデバイスのテキストツールから、電子書類の打ち込みをはじめた。

「あぁ、うちは天界と違って、エミルもドミニオンも一緒に仕事してっから、喧嘩しないように頼むぜ?」
「君は……我が社を牛耳りたいのではなかったのか……?」
「お前に救いようがないなら、そのつもりだったが、ちゃんと謝りにきたし、筋は通せるんだろ? それなら、うちの社員ともなんとかやっていけるさ」

茫然としているギルバードをウォーレスハイムは気にもしない。
手早く書類を作成した彼は、ギルバートにそれを見せる為に、サイバーインターフェースで拡大した。
内容は業務提携の有無の書類だ。

「これでいいだろ。頼んだぜ?」

何も言えず、たた唖然と目の前の書類を見る。
確かに今日、ギルバートがウォーレスハイムへ求めに来たものだ。
何を要求されるか分からず、腹をくくってきたのに、彼は余りにも簡単にそれを差し出した。
実感がわかない。

「何ぼーっとしてんだよ……」
「……本当に、君は普通ではないな。ありがとう」
「おう、よろしくな」

差し出された手に、ウォーレスハイムは握手で答える。
ギルバートの若く細い手を、ウォーレスハイムの逞しい手が握り返した。

「ギルバート。俺はもう十分だが、お前にとっちゃ、カナトが一番の厄介ものかもな」
「次期ルシフェル……か」
「あいつは俺より真面目だし、たかが一言謝ったぐらいじゃ無理だろ」

ウォーレスハイムの警告に、ギルバートは言葉に迷う。
業務提携の条件は揃ったが、次期・ルシフェルはおそらく、その名を継ぐ際、同時に企業も引き継ぐだろう。
ウォーレスハイム自身は、謝りに来たとしてギルバートを許したが、カナトは違う。
このままの関係を放置すれば、代替わりをした時にこそギルバートの企業を乗っ取り、敵に回る。
今は良くても、カナトは次期ルシフェルなのだ、放置はできない。

「一応、俺は許したってメールしてやるよ。業務提携の話もな。俺の息子だ、なめたら痛い目みるぜ?」

そうだろう。
ギルバートは身をもって知っている。
メールに隠された暗号、双子のすり替え、エミル族の騎士、思い出せば数知れない。
しかも、ウォーレスハイムの後継ならば、おそらくミカエルとの関係も築いて行く。
恐ろしい話だ。
また同時に、孤立していた自身の立場を恨んだ。

「今は俺だが、ルシフェルを継いだ時にあいつがどうするかなんて勝手だからなぁ……」
「その勝手を許すと?」
「元々俺は、ルシフェルなんていらなかったんだよ。でもあいつは継ぐと言ったからな。それなりの責任はとるだろうさ」

ギルバートからすれば信じられない話だ。
その上で温度差も感じ、複雑にもなる。
古より称号を引き継いできたレミエル・ジェラシアとは違い、ルシフェルは未だウォーレスハイムが一代目だ。
プライドの低さもまた、元庶民と等しいものがあるのだろう。

大広間では既に騎士や代理の貴族達が、オーケストラの演奏に合わせ、優雅な時間を過ごしている。
カナトは肩から赤い勲章をかけ、キリヤナギとグランジと共に会場入りした。
2人は、背中に騎士を示す装飾用のマントを吊るし、普段とは間逆の雰囲気を漂わせている。

「あまり無理について居なくても、構わないぞ……」
「しかし、そう言う訳にも参りません」
「グランジも、楽にしてほしい」

グランジは無表情だ。
大人しさをみると、空腹ではないのかと思う。
普段、イレイザー向けの眼帯をしている彼だが、今日はシンプルな、家紋付きの眼帯をつけていた。

「しかし、2人とも似合うようで良かった。サイズは聞いていたが……」
「我が君。気遣って頂けるのは嬉しいですが、僕の靴、グランジのよりも底が……」
「またバトラーか!? 全く……」

要らない気を使い過ぎだと思う。
たかが1センチか2センチ水増ししたところで変わらないと言うのに、バトラーのお節介は度を超えている。
グランジは、どこかしらしょんぼりしているキリヤナギを何も言わず見下ろしていた。
グランジの身長は180を超えているために、並べばどちらにせよ意味がない。

「今まで気を使われてきただけだろう」

グランジの一言に、キリヤナギが睨む。
昨日、空気が悪かったのはこれか。
だが確かに、身長から舐められやすいのは分かる為に、カナトは何も言えない。
会場を見回せば、ドレスやタキシードで着飾るアークタイタニア達に溢れている。
様々な翼の色をもつ彼らは、同じ貴族達と話たり、料理をたしなんだり、ダンスを踊っていたりしている。
その中で、騎士用の礼装を着た一対の翼の天使がいた。

フェンサー用の仮面を付ける白羽のアークタイタニアは、たった一人で大広間の隅に立ち、腕を組んで、観察している。
白羽と言うことは、ミカエルの騎士か。
ミカエル・ミスタリア家からの参加者は一名。
代表の騎士のみだと聞いており、最も少ない。
ウォーレスハイムからは、ミカエル自身、あまり戴冠式に乗り気ではないだろうとも聞いていた為に、おそらく彼一人が代表なのだろう。
ミカエル本人でなくとも、多少のお礼なら伝えてもらえるだろうか。
カナトは迷わず、その白羽の騎士の元へ向かおうとしたが、騎士はこちらに気づくと何も言わず背を向けて、広間を出て行ってしまった。
ミカエルだけでなく、騎士も舞踏会が苦手なのか。

「あの人は?」
「おそらくミカエルの騎士だ。話したいと思ったのだが……」
「へぇ……」
「仮面か……。顔を見られたくないのか」
「グランジみたいに、顔になにかあるのかも知れませんね」

なるほどと、カナトは納得した。
ミカエル・ミスタリアの騎士は、他家とは違いその実力は飛び抜けているとも聞く。
ならば確かに厳しい訓練で、何かしらの怪我が顔にあり、それを隠していても不思議ではない。
騎士は出て行ってしまった為に、会場にいる彼らだけにでも挨拶しようと思った矢先、
カナトの”ナビゲーションデバイス”に、メールが届いた。
レミエルとの会談が終わったらしい。
父はギルバートを許し、業務提携をするか。
大雑把で面倒臭がりの父ならば、予想の範囲だが、それも長くて100年だろう。
カナトは父とは違う。
キリヤナギやグランジを騎士にしている分、簡単に許してはいけないと思っているからだ。

「ジンは……」

おもむろにグランジが口にだした。
彼の視線の先には、ドレスに着飾るシャロンとリフウ、月光花もいる。
しかし、その中にジンは居ない。

珍しく予想が外れたか。

「まぁ、皆、似合っていますね」
「母君も、お美しい限りです」
「良かった。せっかくなので、ダンスの練習をさせてくださいな!」
「は……」
「さぁ、月光花。素敵な殿方が三人もおります、選びなさい!」

「へ!? シャ、シャロンさ……、なん……」
「ジンが来た時の為に練習しなければいけません! ほら、ほら!」

主役の母は偉く楽しそうだ。
不意に目が合ってしまい、反射的に逸らした。
ここで失神はできない。

「あの、カナト……さん?」

名を呼ばれ、再び其方を向くと金のドレスのリフウがいる。
まだ会場に人は少ない。ジンも当分は来ないか。
何もせず時間を浪費するよりも、体を動かしたほうがいい。

「リフウ嬢……」
「は、はい!」
「……お手を」

そっと手を差し出すと、リフウは迷わず手をとってくれる。
今朝、少しだけステップの練習はした。
昔はレッスンが当たり前で、そこそこは踊れたものだが今はどうだろう。
カナトはリフウの手を取り彼女を引き寄せると、オーケストラのワルツに合わせ、ステップを踏んだ。
そっと彼女の腰へ手を寄せると、リフウもカナトの肩をもつ。
ゆっくりとダンスを始めた2人を母は嬉しそうに眺め、彼女は横にいたキリヤナギの腕を抱いた。

「騎士・キリヤナギ。どうか彼女を、エスコートして差し上げてくれませんか……?」
「そ、そうたいちょ……」

キリヤナギが見せたのは、笑みだった。
彼は月光花へ一礼し、おもむろに手を差し出す。

「どうか私と共に一曲……」

月光花は目を合わせることができず、震える手を差し出した。
その途端引き寄せられて、懐へと抱えられる。
キリヤナギの動きに合わせてステップを踏むと、自然と体がつられた。
しかし恥ずかしくて、目を合わせられない。

「リラックスして、曲をよく聞いてごらん?」

大きく息をして、月光花は耳に入る曲を聴いた。
ゆったりとしたテンポの曲だ。
知らない曲で、よくわからない。
だがキリヤナギのステップは、それに合わせている事に気付いた。
だから月光花も、そのテンポで合わせていく。

「そう、上手だよ」
「す、すいません……」

キリヤナギは驚くほど上手かった。
体が動きを覚えてくると、考える余裕も出てきて、気がつけば周りとシンクロしている。
不思議だ。
決して上手くないのに、一緒に踊れている。
これが男性のエスコートなのだろうか。
優しいその笑みに、思わず見とれてしまう。

シャロンは、グランジの腕を抱いてダンスを踊る2人を見ていた。
練習の成果はかなりでている。
リフウも月光花も十分過ぎるほど踊れていた。

「カナトはやはり荒削りですね。そう思いませんか……?」
「……よく、存じません」

突然振られて、グランジは戸惑った。
シャロンと話すなど、考えもしなかったからだ。

「貴方は、ダンスはされないのですか?」
「キリヤナギのダンスは、他の舞踏会にて何度か。しかし……」
「初めてなのですね。仕方ありません、私がエスコートして差し上げますわ!」

手を引かれ、グランジは言われるがまま引きこまれてしまった。
キリヤナギは、テンポを数えグランジにステップを教えるシャロンに苦笑する。
あのグランジを引き込むとは、さすが母とも言えるだろう。
懐の月光花もかなり慣れてくれている。
平和だと、キリヤナギは安堵していた。


@


「ちっくしょぉ、時間かかりすぎだろ……ルナ!」
「ジンもすぐにシャワーを浴びないからだ」

飼い犬の反論に、ジンが睨む。
ダンスの動画を見て、すぐに着替えられると思えば、
まずシャワーを浴びるように言われ、ドライヤーにワックス、着付けまでしていたら、かなりの時間を浪費してしまった。
ルナに聞けば歓迎式典は15時から、今はもう14時半だ。
式典後も舞踏会はあるそうだが、名前からして退屈そうな儀式に出てられない。
カナトもリフウもいるなら、式典前に一緒にいなければダンスになど混ざれないだろう。
出来るだけ駆け足で会場に急ぐが、城は広すぎてなかなか着かない。
ようやく廊下の十字路まできて、曲がった先を見た直後。
ジンは突然足を止めた。

体が一気に緊張して、息が止まる。
目の前に見えたものを理解する前に、ジンは廊下の陰に隠れた。

「どうした……!?」

座り込み、真っ青になっている。
ルナがその先を見て、ようやく理解した。
レミエル・ギルバートが、使用人達と話して大広間に向かっていたのだ。

「なんで……」
「ジン、大丈夫か!?」

本人にも理解出来ていないようだった。
身体中が恐怖を知らせて、ジンはそれに堪えている。
不味いと、ルナは直感した。
身体が心の変化について行けていない。

「……なんで」
「落ち着け、ジン。大丈夫だ!」

ルナの声に、我に帰る。
さっきまであんなに元気だったのに、楽しみにしていたのに、
ほんの少しのきっかけで、こんなにも理不尽に襲われるのか。

「少し、緊張してるだけだ」

そんな訳がない。
虚ろになっていく意識にジンは抵抗するのはやめた。
酷く気分がわるくて、立ち上がる事すら出来ない。
情けない。
せっかく楽しめると思ったのに、どうしてこんなにも苦手になってしまったのか……。

体をゆっくりと床へ倒すと少し楽になった。
ルナはジャケットをかけてくれて、気遣ってくれるのがとてもありがたい。
迷惑をかけていると思う。

「どうした……?」

ルナがはっとして振り返ると、そこには白いタキシードの熾天使がいる。
レミエル・ギルバートは、横になっているジンをみて絶句しているようだった。

「ジン……? 一体何が?」
「……」

ルナは何も言えない。
だが今は、ジンを一度部屋へ連れ帰らねばならないと判断した。
肩をかして起こそうとすると、ギルバートはルナの型をつかむ。

「待て、今、担架を持ってこさせる」
「いい。気にしないでほしい。あまりよくないんだ……」

直観で、関わってはいけないとルナは判断した。
彼と一緒にいてはよくない。
目にしただけでもよくないのに、これ以上はもっとよくない。
だから、ルナは動かなくなったジンを背負った。
それを見ていたギルバードは、複雑な表情をうかべ背を向けたルナを見送る。

「ついていっても……いけないか?」
「今はよくないんだ。……すまない」
「そうか……。君は、彼の執事なのか?」

ルナは返答に迷った。
ロアだと言ってもおそらく理解されない。執事も違う。
だから、ほかならぬ自分自身を述べた。

「飼い犬だ」
「は……」

ギルバードはきょとんとしている。
しかし今はかまっている暇はない。ルナはそのままジンをおぶり、カナトの部屋へ連れ帰った。





大広間の歓迎式典は、おもったよりあっさりしたものだった。
招かれた各家の代表へ挨拶をのべ、シャロンを含めたフィランソロの彼女達と、メロディアスの双子の自己紹介だ。
飛空城は、第三便までのすべてが到着し、会場はもうにぎやかな舞踏会になっている。
椅子やソファーまでもが用意され始め、皆が交友してくつろげる空間へと変わっていた。

その中でカナトは、式典後にキリヤナギに進められたワインを飲んでみたところ、動いた後で回りが良く。
ひどく眠気を感じたため、素直に奥の控室へ引っ込んだ。
そこからしばらく休んで、夕方には戻ってくると大広間の面々は大分顔が変わっていて、
カナトの顔を見に来た他家の代表との話に花を咲かせる。
話といっても、大方ビジネスの話とか、家を出ていたと言うその生活や生い立ちについて、困惑されもしたが、
同じ貴族であることは変わらず、隠しても仕方がない為に、堂々としていた。

「そちらのエミルの騎士が、噂の……?」
「はい。キリヤナギと申します。お見知りおきを」
「どこの家の……? さぞかしエミル界では有名なのでしょう」
「私は、そのような名を持たぬ一般人です。ウォーレスハイム様に拾われ、騎士となりました。今は、その恩に報いるために仕えております」
「ははは、ご謙遜を……伺った話では、アクロポリスの自治に関与しておられるとか、さぞご苦労されていると存じます。しかし、名を持たず貴族騎士とは、流石エミル界は驚きばかりですな」

キリヤナギが珍しく困っている。
罵倒されている事には慣れているが、褒められる事には慣れていないらしい。

「お二人は、仲がよろしく見えますが何時頃からお付き合いが?」
「友人としては、4年程前です。騎士としたのは最近でしょうか」
「なるほど、カナト殿下もこのような騎士殿を雇え、よき拾い物をしたと思ったのでは?」

難しい言葉が返ってきた。
はいと答えれば、キリヤナギを卑下にしているともとれ、
いいえならばキリヤナギを要らないともとれる。
どちらに答えても、後でキリヤナギへ詰め寄る隙を与えてしまう。

「実家をでていた私にとってキリヤナギは大切な友人でした。他に頼れる者が居なかった私にとっての唯一の存在だった言えるでしょう」
「唯一ですか……。実に素晴らしい関係ではありますね」

横のキリヤナギは、少し感心しているようだった。
しかし、慎重に言葉を聞かなければと思う。何処に何が隠されているかわからない。

「所でキリヤナギ殿は、天界に興味などはございませんか?」
「天界ですか……?」
「実はわが主、メタトロン・テンペランス家のクリストファー陛下が、貴方様の噂に深く関心を抱かれておりまして、もし興味があられるなら、我が城へご招待させて頂きたいなと……」

隠すだけ無駄だと判断したらしい。
何故そこまで、彼らはキリヤナギを求めるのか。

「何故私を? カナト殿下ではないのですか?」
「レミエルの騎士を退けたと、噂に伺っております。メタトロン陛下は未だお若く、領地の治安も未だ安定はしておりません。その上で、アクロポリスの治安を司るキリヤナギ殿ならば、その不安定な治安を平定して頂けるのではないかと、期待されているのです」

キリヤナギが酷く困っている。
カナトも流石に困惑して返す言葉もない。
政治下手だときいていたが、民が不安定なのは王の所為だ。
キリヤナギにどうにかできるものではない。

「横からで失礼しますが、それはキリヤナギが行った所でどうにかできるものではないかと……、仮にキリヤナギが赴き、平定したとしても同じことが繰り返されるだけでしょう。もう一度見直されてみては……」
「私はあくまでアクロポリスだからこその騎士なので……ごめんなさい」

「そうですか……。残念です。しかし、お会いするだけでも考えて頂ければ幸いです」
「か、カナト殿下となら……機会があれば……」

キリヤナギは、絶対行きたくないらしい。
遠回りして、さらに寄り道をした完全拒否だとカナトは冷静に分析した。
騎士の身分は低いために、後ろ盾がなければまともに話すことが出来ない。
軽い気持ちで天界に行けば、帰れなくなる。
カナト自身、キリヤナギならうまくやるとはおもっていたが、自国の悲惨さを訴えられば、守護を義務とする騎士にとって拒否が難しくなる。
他人事と言えばそうだが、マイナスの印象を与えるのはよくない。
大広間に来た時、キリヤナギがカナトと離れないと言ったのはこれか。
カナトが横にいれば、カナトがキリヤナギを必要であると言えるし、必要とされている以上、キリヤナギがエミル界から離れられないとも言える。

ようやく側を離れたメタトロンの使いに、キリヤナギはほっと溜息をつく。
げんなりしているのは疲れてきているようだ。

「大丈夫か?」
「僕、こう言う所じゃ、大体皮肉とか無視が当たり前だったから、こう言う攻め方されると対応方法がわかんないんだよ……」

大分疲れている。
場慣れしていると感じたのは、経験からか。
確かにキリヤナギは、褒められるよりも皮肉からの切り返しや反論が上手い。
彼自身、見た目から舐められやすいのもあるだろう。
それを跳ね返して今までやってきたのは大した物だと思う。

「少し休んでくるか?」
「一緒に来てくれるなら……」

参っているなぁと、カナトはうなだれているキリヤナギを見ていた。
誰かに捕まるのが恐いのは、先程のやりとりを見てわかるからだ。
噂だけを聞いて、見に来たと言う者は少なくないだろう。今でも1人になるのを待っている人間がいても不思議ではない。
キリヤナギを休ませたくは思うが、カナトはもう少し大広間に居なくてはならなかった。
話さなければ行けない人間がいる。
式典の際は顔を見せていたが、今は姿が見えないのだ。
こちらは用事がないため、待つだけだが、必ず来るだろうと言う確信がある。
だからこそ、キリヤナギには悪いが大広間に居たかった。

「そう言えば、グランジの姿が見えないが……」
「視線感じすぎて落ち着かないから、控え室にいると思うよ。シャロン様の相手をして、相当恥ずかしかったんじゃないかな」

意外だと思った。
確かにグランジは、舞踏会でダンスをするタイプではない。
無理矢理やらされたに近いならば、逃げて隠れていたい気持ちもわかる。
シャロンとリフウ、月光花は、今ドレスを着替えると言って部屋に戻っている。
ジンはやはり来ないか。

そんな事を考え、ショートケーキを頬張るキリヤナギを見ていると、入り口の方からカナトとは色違いの礼装を着たカナサが急いで現れた。
カナサは今日、父と式典にしか参加しないと言っていたのに、気が変わったのかと思う。

「どうしたカナサ」
「失礼します。兄上、ジンさんが……」
「ジン……?」
「ルナさんに聞いたら、倒れたって……」
「倒れた……!? なぜだ?」
「それは……」

「僕のせいだ……」

新しい声に、カナトが驚き溜息をついた。
やはり来たかと思う。来なくても良かったのに、やっぱり来てしまった。

「我が舞踏会へようこそ。レミエル・ギルバート陛下。ごゆっくりお過ごしください」

おもむろに一礼をしたカナトに、ギルバートは無表情だった。
カナトはそのまま背を向け、キリヤナギと共に立ち去ろうとする。何も言うことも話すことはない。
父は許した為に、関わりはあるだろうが、カナトは無関係だからだ。

「自身を犬と言う。忠実な執事に介抱されていた。僕も力になる……」

ルナか。誰のせいだと思っているのだろう。
しかし、感情ではなく肯定の言葉が発された事に、カナトは足を止めた。

「天界の貴方に、何かできると?」
「エミル界に、製薬会社の支部を作るつもりだ。もう段取りは終わっている」

なるほどと、カナトは振り返った。
天界だけでなく、その技術をエミル界にも流してくれるなら、ジンだけでなくこの世界の沢山の人々が救われる。
話してみる価値はあると思った。

カナトは心底、許す気はない。
だがもしギルバートが、カナトが許さざる得ない取引を掲示するのなら、望みはある。
今ではなく、将来、手を組む上で必要な事であるとの証明だ。

「エミル界に住む君達は、エミル界には詳しくとも天界の情勢には不器用だろう。その辺りにも手を貸せればと思っている」
「要らぬ気遣いです。母君は明日、フィランソロ領の女王となられる。情報ならばそれに伴い、こちらへと流れてくるでしょう」
「フィランソロ領に関してなら、確かにそうかもしれない。だが、彼女達は他の七大天使達とは違い、ビジネスや情勢に関しては経験がないとも思えるが……?」
「……ビジネスなど、今の私には関係のないことです。今はただ愚直に、主が望みしエミル界と天界の和平を望むまで……」
「なら尚のこと、天界の人々が望む物を知るべきではないか? 」
「民の望みと外交を直結させるのは浅はかでしょう。ビジネスと言う意味ならば、大きな意味があるとも思えますが……その話は、私が父を継いだ後の話です。今の私はこの不安定なエミル界がどう在るかを学び、天界へ結びつけるかを考えるのみ、ギルバート陛下のお手を煩わせることはございません」
「しかし君は、ウォーレスハイムから、ミカエル陛下と対面する事を拒否されていたとか……」
「……!」

息を詰めた。父が話したのか。
厄介な事実を知られている。

「彼の友人たるミカエル陛下と、未だ繋がりがないのなら、この僕がミカエル陛下の代わりとしてその役目を担う事もできる」
「私とミカエル陛下と顔合わせする事を、父が望まなかったのは事実です。しかしそれはあくまで父上の個人的な趣向によるもの。私がルシフェルとなるまでには、動きはあるでしょう」
「ミカエルは僕よりも曲者だよ。彼は対等と言う立場以前に、服従することを望むからね」
「種族の違いにおける偏見を持ち、虐げた貴方よりは、大分話がわかる御仁であると認識しています。ギルバート陛下、貴方がミカエル陛下にどの様な感情を持たれているかは存じませんが、それ以上は……」
「……そうか、君は、ミカエルに助けられたんだね……」
「父を介し、システムプログラムについての話を伺いました。この”ナビゲーションデバイス”もミカエル陛下が開発したものであると、私はそれを父上から学んだ。尊敬しているにすぎません」

まずい。
ミカエルに助けられた事実を知られてしまう。
どう取り繕うか。

「僕の知るミカエルと、カナトの知るミカエルは別人にも感じる。どちらが本当なのかは判らないが、ミカエルが助けたのはあくまで君のお父上ではないのかい?」
「私の存じた事ではございません。父上が助けられたのならば、私は後継としてそれに報いるまで」
「君はそう思っていても、ミカエルにそっぽを向かれれば意味はない。後ろ盾は多い方がいいよ。カナト」

呼び捨てにされて少し苛ついた。
しかし、確かにその通りではあるからだ。
メロディアスは今、二つの後ろ盾を持っている。
一つはフィランソロ領だ。これをメロディアスが代理で収める事で、貴族としての立場を確立している。
二つ目は、ミカエルとの関係性。
カナトにとってあまり重要視はしていなかったが、天界に赴いた際、十分過ぎるほどに手を貸してくれた。
話を聞くと、父が頼み込まずとも勝手にやりだしたらしいが、それほどまでに深いウォーレスハイムとミカエルの関係を、カナトがそのまま引き継げるとは思えない。
だからこそギルバートは、そこに論点を持ってきた。
ウォーレスハイムとミカエルのような関係を築いて行こうとギルバートから誘っている。
普通ならば、願ってもみない申し立てだろう。
しかし、カナトはまだ許したくない。
信用もできないが、父は許したのか。

「……ジンまだ、心へ幽閉された時のトラウマを引きずっています。そんな傷の残した貴方を、私は信用する事ができない」
「……そうか」
「しかしそれも、ジンが望まない事は私も理解しています。ただルシフェルの息子であると言う私と対等に向き合い、言葉を交わして頂いた陛下へ心から感謝を、またその上で望みます」
「……!」
「彼らは、寿命は短くとも我々と同じ人間です。またジンのような悲劇が起こる事を、私を含めた父も望まない。だからこそ、陛下はジンと、心から向き合って頂きたい……」
「……」
「ご無礼を、私からは以上です」
「……向き合うか。確かに、当たり前のことを忘れていた。本当に普通ではないな、君達は……、似てないと思ったけど、やっぱり親子だね」

どの辺が似ているのか問いただしたいが、今聴く事でもないと思う。
無表情を装いカナトが一礼すると、脇から突然小さな拍手か聞こえた。
おもむろにそちらを見ると、先程とは違うドレスに着替えたシャロンがいる。

「大人になりましたね、カナト。母はうれしいですわ……!」
「は、母上……。いつから」
「ギルバート様がお見えになってずっと見ていましたわ。少しひやりとしましたが……」

「シャロン妃殿下、リフウ妃殿下……。かの件はご無礼を」
「貴方の諸行は、確かに許されざる行いでもありましたが、貴方にも抱えていた業があったことは存じています。だからこそ貴方自身の作り出した悲劇には相応の覚悟を持って向き合いなさい。私たちフィランソロは、それで十分ですから……」

「……母上」
「カナトも、良く耐えました。許したくない気持ちは分かります。しかし、許さなければ世界は止まったままになってしまう。ギルバートはそんな貴方と、立場は違えどちゃんと向き合い、カナトはそれに応えた……。どうでしたか?」
「十分です……母上」
「ありがとう。カナト」

キリヤナギは少し困った笑みをみせている。
言いたい事を言わせてくれたギルバートは、大分寛容になったものだ。
後ろでポカンとしていた月光花は、ただ呆然と握手をする、ギルバートとカナトをみている。
今の会話で何が起こったのか。

「本来なら、ギルバート陛下はカナトさんを相手にする事はないでしょう」
「そ、そうなんですか? リフウさん」
「ギルバート陛下は、一国の領主ですから、カナトさんのお父上ならまだしも、カナトさんにまだその権限はありません。しかし、ギルバート陛下はカナトさんと話をしにきた。会談とまではいきませんが、異例です。その上で陛下はカナトさんの後ろ盾となると宣言した。これはずっと味方となりサポートをすると言うことです……」
「……!」
「今はまだその権限はなくとも、将来、カナトさんがルシフェルとなった時、その力を示す重大な物差しにもなり得る。陛下はこれを一つのきっかけとして望まれたのでしょう」

友人として仲間として、助け合う事をギルバートはカナトに望んだ。
カナトはまだ、天界について何も知らない。
繋がりもなければ友人も居ないカナトは、このままルシフェルを継いでも孤立してしまうだけだからだ。
その上でのギルバートの申し出は、今のカナトにとっては手に余るぐらいだろう。

「リフウ妃殿下」
「は、はい」
「どうか、僕と一曲……」

リフウの表情がおどけた。
カナトを見れば、少し困った表情がみえるが、あの笑みはギルバートを許した目だ。
これからずっと関わってゆくジェラシアなら、きっと信頼はできる。
だから、リフウはギルバートの手を取った。

再び優雅な時が始まる。


@


ひんやりとしたものが頰にふれ、ジンはようやく意識を取り戻した。
暖かい、とても寝心地のいいベッドだ。
再び目を瞑るともう一度眠ってしまいそうではあるが、目の前に見えた金髪の女性に、ジンは意識を集中した。
紫のドレスを纏う彼女は、ジンの頰から首をゆっくり撫で再び椅子に腰掛ける。
真っ白な細い腕に金髪に赤目、夢に出てきそうな麗人だと、ジンは思った。
しばらくはそのまま見ていたが、夢の割に大分はっきりしている。
その上で、何処かで見た事がある。
どこだろう。

「おはよう。ジン」

綺麗な声を聞いて、ジンは飛び起きた。
にっこりと彼女は嬉しそうに笑い、ジンは言葉が出ない。

「な、ナタリヤ……さん!?」
「良かった。間に合いました」
「へ……? と言うか、なんで……?」

夢でも見ているのか。
明らかに同様しているジンに、ナタリヤは再び笑う。

「ナタリヤ姫。お茶をお持ち致しました」
「ありがとう。狼さん」

「る、ルナ……? どういう……」
「倒れたのは覚えているか?」
「それは、なんか、気分悪くなって……えーっと……」

ナタリヤは、その細い手で行き場のないジンの手を優しく掴んだ。
一気に体温があがって、思わず硬直する。

「ごめんなさい。ジン、でも、ありがとう」

そんな笑顔を見せられたら、ジンもどうしようもない。
女性と手を繋ぐなんて、月光花を除いて何年ぶりだろう。

「こ、ここエミル界すよね……?」
「えぇ、アクロポリスです」

「ジン、冷静になれ。失礼だぞ」

ルナに怒られた。
しかし、目覚めて目の前に彼女がいたのだ。
もう会えないと思っていたのに……、

「また会えて良かった……」

ただ単純にナタリヤは喜んでいるようだった。
ジンももちろん嬉しいが、恥ずかしくてとても言えない。

「兄様が一緒に来ていいと、許してくださいましたから……」
「レミエル?」
「えぇ、レミエル・ギルバート兄様が……」

ギルバートが連れてきたのか。
やっぱり根は悪い人間ではないのだと、ジンはほっとする。
許して良かった。

「ジンは、舞踏会へ行かないのですか?」
「へ?」

「ジン、早く行かないと、皆部屋に帰ってしまうぞ。戴冠式は明日だ。舞踏会は日付けが変わる前に終わってしまう」
「狼さんに聞きました。練習したのですね……?」

「べ、別に練習って程でも……動画見ただけだし……」
「どうが……」
「ビデオ? 動くやつ?」
「まぁ、映画ですか? 私も好きです」

映画でもないと思うが、うまい表現が思いつかない。
ナタリヤの事を考えるとジェネレーションギャップも理解できるからだ。

ジンは、再びルナにジャケットを着せてもらい、急いでナタリヤとカナトの部屋をでた。
舞踏会は終わりに近いのか、部屋に戻る客人と何度かすれ違い。
大広間はもうオーケストラは撤退していて、人もまばらだ。
遅かったらしい。

「馬鹿ジン!!」

昼間みたドレスとは違う月光花が、大広間に現われたジンへ叫ぶ。
カナトは片付けをしている使用人に指示をだしているようだ。

「あんたねぇ! 何ぼさっとしてんのよ。来るだけ来といて……」
「わ、悪かったって、不本意だったんだよ……」

何が不本意なのか。
ずっと待っていたのに、いつまでたっても来ないし、シャロンとリフウに勇気付けられ、伝えてみようとも思っていたのに……、

わなわなと震えている月光花は、泣かずとも悲しそうな表情をしている。
ジンは、舞踏会なんて気にしても居なかったのに、彼女はずっと待っていてくれたのか。
さっきは怒られたが、少し申し訳ないとは思う。

「かわいいじゃん……」
「へ?」

何を言われたのか、月光花は理解できなかった。
顔を上げると、照れ臭そうに目を反らすジンがいる。
一応、舞踏会用の礼装をきていはするが、やっぱり似合わない。

「そうでしょう! ジン、月光花は貴方の為にダンスを練習していたのですよ!」
「ぇ……」

「シャロンさ……」

真っ赤な月光花は、否定する気は無いように見えた。
いつもなら、からかってやろうとも思うのに、昼間殴られている上、シャロンとリフウをみるとそんな空気でもない。

「いいですか。ジン、女性をダンスする時は男性から! 手を差し伸べて、誠実に!」

シャロンに後ろを推され、ジンが月光花へ手を差し出す。
月光花は、少し照れつつもその手を取った。

そしてまるで、それを見計らったように二つのバイオリンの音色が響き始める。
カナトとカナサが、デュエットでバイオリンを弾き始めたのだ。
月光花に手を引かれ、二人は人が殆ど居ない大広間の中央にでる。

「シャロン様に練習の成果みせるだけなんだから! ちゃんと付き合ってよ……」
「お、おう」

ゆっくりと月光花のステップに合わせ、ジンが合わせてゆく。
動画を思いだして、月光花と同じように動いてみた。

片付けが始まる殺風景な大広間で、二人が優雅に踊る。
映画やアニメでよく見た光景を、まさか自分でやるとは思わなかった。
確かに、足を踏まれそうな動きだが、月光花はそんな気配はなくて、綺麗にリズムをとり、何故か安心ができる。

「ターンするわよ……」
「ぇ……」

軽く引かれ合わせると、綺麗に回れた。
少し信じられなくて、ジンは呆然と月光花をみる。
彼女は、少し恥ずかしいのか目をそらしつつも嬉しそうだった。

「ありがと……」

ゆっくりと曲が終わっていく。
シャロンが拍手をすると、横のリフウとナタリヤ、キリヤナギも続いた。

「美しかったですわ……! 月光花。よく頑張りましたね!!」
「シャロンさん、リフウさん……。ありがとうございました……!」
「どうでしたか。ジン! 月光花は素敵だったでしょう!」

「え、は。はいっ」

とって付けた様な返事だと思う。
本当はエスコートして欲しかったのに、全て月光花が引っ張ってしまった。
昼間キリヤナギの足を散々踏んでしまったが為に、どうなるか不安ではあったが練習の成果がでたとおもう。

振り返るとジンが珍しく照れていて、キリヤナギが声をかけているのが見えた。

「ジン……」

カナトに名を呼ばれ、再び顔を上げる。
ルナにバイオリンのケースをもたせた2人は、もう撤収の準備を進めているようだ。
また、リフウとシャロンの横にもエドワーズが付いている。

「もう、もどんの?」
「ここはもう終わりだが、レミエル・ギルバート陛下が、貴様に会いたがっている」
「!」
「会うか?」

少し考えた。
さっきはびっくりしたが、横を見ればナタリヤもいる。
彼女を連れてきてくれたなら、お礼をだけでも言っておくべきか。

「いく!」
「そうか。ギルバート陛下は中庭におられる、付いてくるといい」

何故中庭なのだろう。
カナトに連れて来られた場所は、明日の闘技大会のため舞台があり、ギルバートはその奥へ一人で立っている。
明かりは城から漏れ出すものだけだが、姿を確認するのには十分だった。

「ジン!」

突然名前を叫ばれて驚いた。
振り返ったギルバートは、某立ちしているジンをあざ笑う。

「僕が怖いか!?」
「は……怖くねぇよ!!」

突拍子もなくて、ジンは直ぐ叫び返す。突然何を言い出すのか。

「その割には大分距離をとっているな!」
「うるせー!! 関係ねぇし!」

腹が立って、ジンは思わず舞台へ上がる。
するとギルバートもそこへあがってきた。

「僕はこう見えて、天界の武道三段でね!! 僕が怖くないならそれを証明してみなよ!」

証明など、何をするのか。
ギルバートはやる気があるらしく、こちらを不敵ににらんでいる。
天界での強さの基準は分からないが、怖がっていると言われば黙っていられない。
元々、好き勝手にされて大分ストレスがたまっていた。
直接戦えるのなら、これ以上わかりやすいことはない。

「どうすんだよ!」
「君は体術が得意なんだろう? なら男らしくやろうじゃないか」

肉弾戦か。やっと同じ土台で戦える。
エドワーズも止めに来ないし、やっていいのだろう。
ジャケットを脱いで軽装になるジンをみて、ルナがカナトに耳打ちをした。

「……いいのか」
「邪魔はするなと言われている。一応、それなりのカーディナル様もおられるしな」

負傷前提のカナトの言葉に、ルナは真っ青になっている。
回りとみても、止めそうな人間は誰一人いない。

「ちょっと、ジン!」
「うるせー、ゲッカ。黙ってろよ! 散々やられたんだ。気がすまねぇ!」

シャロンは楽しそうだが、リフウは月光花と不安そうに眺めている。

舞台上に立ち、ジンはポケットに手を入れたまま動かないギルバートを観察した。
動きづらい筈のスーツすら脱ごうとしない。
そんなにも余裕があるのか。武道三段とは一体どのくらいなのだろう。
今朝の騎士達との模擬戦を考えると、そんなにすごくもなさそうにも感じる。
だが、どんな漫画や映画でも、大体えらい人間は強い。
キリヤナギもすごく強いし、ホライゾンも強いからだ。
カナトは強くないが、ウォーレスハイムは強そうだった。
だから三段はきっとすごいのだと思う。

「覚悟はできた。いつでもこい!」

何の覚悟だろう。深く考えることもなく、ジンは床を蹴った。
向かってきたジンに、ギルバートは拳を握りストレートを突き出す。
その瞬間、ジンは違和感を覚える。
だが、今更勢いは殺せない。
ストレートを交わしたジンは、つっこんだ勢いの全てをギルバートの腹へ入れた。
鈍い音が響き、ギルバートは仰け反るように床へ倒れる。

見ていたキリヤナギは、呆れを通り越し生汗がでた。
カナトもまた、言葉を失い固まる。
全員が鎮まり返り、空気が凍りついた。

「か、カナト……」
「だから止めたんだ……」

キリヤナギの声は震えていた。
舞台の上であおむけに倒れこんだギルバートは、床で白目を向きぐったりとしてしまう。
ジンは訳が分からず、呆れているカナトとキリヤナギをみた。

「ど、どう言う事だよ!!」
「ジン……」
「総隊長!? でも、三段って……」

「それは嘘だ」
「は!?」

「きゃあぁぁぁ!! ぎ、ギルバート陛下!! 大丈夫ですか!?」

”リザレクション”と”ゴスペル”を唱えるリフウに、ジンは更に訳が分からない。
完全に気を失ったギルバードは、リフウの”リザレクション”をもらっても、すぐに起き上がることはできないようだった。

「普通、初撃から本気で行かないでしょ! ちゃんと相手の実力みてからって、訓練で言われなかったの!? 手加減できないっからってやりすぎ!!」
「は、はいっ! すいま、せん」

「全く……あまり責めるなキリヤナギ。陛下が望んだ事だ」

望んだ?
ジンの中で更に事象が混乱する。
強いから来いと言われて、本気で言ったら、動きが完全に素人だった。
余裕があるかと思えば全くない。
遅い早い以前に、殴り方すら知らないレベルだった。

「あいたた……」
「陛下、気を確かに……!」

”リザレクション”をもらい”ゴスペル”、”リカバリー”、”サルベイション”をかけ、レミエル・ギルバードがようやく目を覚ます。
いろいろあった腹いせに本気で殴ってしまった。
3段とか良く分からない強さを言われてしまったので、きっと強いと思っていったら、まったくガードもしないし、ダメージがモロに入ったのだ。
肋骨をやってしまったのではと思う。

「……なるほど、騎士達が相手にしたくない訳だ」

「な、なんで嘘ついたんすか!! そんなん……」
「本気で来て欲しかったんだよ……」
「へ……」
「これで、お互い様だろう?」

お互い様といわれて、ジンは黙った。
周りは呆れているが、苦笑している彼にジンは茫然としてしまう。

「貴様と向き合う上で、やり返せば吹っ切れるのでは思ったそうだ」
「じゃあ、三段って……」

「武道訓練は、受けた事がない……」
「そんなん怪我したらどうすんすか……俺手加減できないのに……」

素人だと分かっていれば、もっと上手くやれたのに、全然条件があっていないではないか。
無抵抗な相手を殴るなんて最低だ。
慌てているジンをみて、横になるギルバートは笑っていた。
清々しい笑みで、呆れるように。

「怖くないだろ?」
「へ……」
「ジンよりも、僕は弱いから安心して欲しい」

訳が分からない。だが、確かに弱かった。
回避しようとすらしないし、ストレートも遅いし、カナトより弱いと思う。
相手にすらならない。
だがそれなら確かに怖くない……。

「……もうちょっと手ごたえあると思ったのに」
「じゃあジン、僕とやろっか?」
「ご、ごめんなさい」

キリヤナギの黒い笑みに身の毛がよだつ。今でもあの模擬戦は忘れられず、夢にも出てくるのだ。
本当に勘弁してほしい。

ゆっくりと体を起こしたギルバートに、ジンは手を差し出した。
一応魔法で治癒はしたらしいが、まだ痛むらしい。
こんな弱い相手を放っておけないとおもう。
ジンは騎士で守るべき立場だから、代わりに戦わないといけないのか。
そう思うと少しやる気が出てくる。

「ありがとう」
「す、すいません……」

恥ずかしい。知らないと言ってもやり過ぎた。
カナトは安心しているが、キリヤナギは明らかに怒っている。

「部下の過剰な暴力の現場に居合わせた気分だよ。来週から新人の講習が始まるし、ジンも受けてきたら?」
「そ、総隊長……」

「……そうか。ジンはキリヤナギの部下か。……強いわけだね」
「申し訳ございません、陛下。いくら許しがあったといえど、度が過ぎている……。ほら! ジンも謝って!!」

「……ごめんなさい」

教えてくれたっていいのではないかと思う。
キリヤナギに無理やり頭を下げさせられている様を、ジンはさらに笑われた。
戦うまえに彼がいった、覚悟とはそういう事か。
カナトやキリヤナギの態度をみれば、二人はギルバードの強さを知っていたのだろう。
本当に馬鹿をやってしまったとおもう。

気が付けば、居城側にレミエルの騎士やメイド達がギルバードを見に来ていた。
彼はそんな使用人たちに支えられ、ナタリヤと共に部屋へと戻っていく。
まだふらついているが本当に大丈夫なのだろうか。

「さて、ジン。手ごたえがなかったんでしょ。おいでよ」
「は!? マジやるんすか……」
「やられた側の気持ちわからないと、治せないだろうしね。覚悟できてる?」

上着を脱ぎグランジへ投げたキリヤナギは本気だ。
いつもの優しそうな笑みが、今日はひどく黒くてとても逃げ出すなんてできなかった。
結局、動けなくなるまで散々熨され、投げられ、蹴られ、ようやく長い一日が終わる。
そして次の日、戴冠式と闘技大会がはじまる。


つづく
web拍手 by FC2
本編 | 【2015-08-13(Thu) 12:30:01】 | Trackback(-) | Comments:(0)
コメントの投稿
管理者にだけ表示を許可する