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(C) BROCCOLI/ GungHo Online Entertainment,Inc./ HEADLOCK Inc.

戴冠式が始まる話

出演:リフウさん、グランジさん、カナサさん、

あらすじ
ジンが騎士となり、数日たったある日。カナトとジンの自宅へリフウとカナサが訪ねてきた。
二人は天界のフィランソロ領を治めし、ラファエルの戴冠式が開かれるとされ、
カナトもまた準備の為に、実家とのやり取りを始めるのだった。

Royal*Familiar エピローグエピソード

戴冠式シリーズ*目次
第一話:戴冠式が始まる話
第二話:戴冠式で舞踏会に参加する話
第三話:戴冠式で戦う話(前篇)
第四話:戴冠式で戦う話(後編)


前回
(連載)長編シリーズ:Royal*Familiar
キリヤナギ総隊長の一日


 


「闘技大会?」
「そうだ。貴様に出てもらいたい。騎士・キリヤナギ」

午後の昼下がりとなる、治安維持部隊本部。
ここの最上階にある執務室にて、アークタイタニア・ジョーカーのカナトは、エミル・ガンナーのジンを連れて、彼に会いに来ていた。
治安維持部隊総括、総隊長、エミル・ガーディアンのキリヤナギは、脇にグランジを控えさせており、カナトの話を聞いてきょとんとした表情を浮かべる。

「私の母君。シャロン妃のラファエルの戴冠式で、各七大天使達の近衛騎士の代表一名が、トーナメントに参加し技術を競うものだ。貴様は私達ルシフェルの騎士として出場して欲しい」
「うーん、光栄ですが、我が君。私は戦うのは苦手です。それに、レミエルの騎士とは前に戦ったけど弱すぎて話にならなかったし……」
「だからこそだ、天界の騎士は皆たるんでいる。貴様が負かす事で意識を変えさせてほしい」
「……あまり出る意義を感じないかなぁ」

キリヤナギは手元の書類を確認し、ハンコを付いてゆく。
グランジは、キリヤナギと自分を含めた四人分のコーヒーをいれて、カナトとジンにだしてくれた。

天界からもどり二週間はたっただろうか。
カナトの自宅には、ジンが騎士になった事で、それを証明する必要書類が送られてきていた。
騎士とは何かとか、その語源とか、RPGゲーム等でよく出てくる言葉が並んでいて、なかなか興味深く、カナトに解説してもらいながら目を通していた。
また一緒に同封されていたケースに、かなり長めのチェーンのついたドッグタグ。
認識票が入っていて、”Guardian No.6 JING”と刻印が為されていた。

そんな中、突然カナサとリフウが尋ねてきて、カナトの母、シャロンがラファエルを継ぐ事をと、同時に開催される闘技大会について話してくれた。

「フィランソロ領を納める新たな女王、シャロン妃の祝典だ。母君の前で、貴様のその強さと勇敢さを見せてほしい」
「なぜ僕? ウォレスさんの騎士は?」
「母君は、レミエルの城で戦った貴様の戦果を讃えている。その上で天界の騎士のあっけなさに嘆かれていてな、名誉挽回の機会を与えてやってくれと仰せだ」
「わざと負けれるほど、僕は器用じゃないよ?」
「構わない。弱いなら弱いで倒された騎士は考えを改めるだろう」
「んー、乗り気になれない……」

うーんと考えるキリヤナギは、今度は書類に何かを書き始める。
ジンは、そんな事務をするキリヤナギを見るのも久しぶりだった。
普段からふらふらと散歩に出かけて、迷子になっていないし、ジンが来れば、手を止めて話を聞いてくれていたのが殆どだったからだ。
だが騎士になり、ジンは絶対服従を誓わされた為、とりあえず黙って話を聞いてみることにした。

カナトを意地でも守り通すと言う話は、以前食堂できいたが、キリヤナギが戦いを好まないのは周知の事実ではあるし、見世物に近い闘技大会なら嫌がるのも当たり前だろうと思う。

「ルールはどうなってるの?」
「七大天使の近衛騎士の代表が各1名。貴様を含めた8名のトーナメント制だ。一対一で戦い、先に跪かせた方が勝ちとなる。優勝をすれば、敗者の武具はもちろん、敗北した騎士の全ても望めるだろう」
「僕、メロディアス家しか嫌なんだけど……、なんか嫌な予感がするなぁそれ……」
「……巻き込んで、申し訳ないとは思っている」
「やっぱりなの!? 僕!?」

慌てだした。
カナトは目を合わさず頭を抱えている。
分かるように話して欲しい。
キリヤナギは、何も言わずむくれているジンを見て、話すべきか迷った。
式場で派手にやってしまったのが裏目にでたとも言えるだろう。
天界の貴族達は、よほどこのエミルの騎士に興味があるらしい。

「母上は貴様が欲しいのだろう。レミエルの警備兵を圧倒して見せた貴様は、近衛騎士としては十分すぎるからな……」
「それ負けたら、僕、エミル界にいられなくなるよね……」
「そうだろうな……」

「欲しい?」
「騎士は基本的に、雇われる事でその真価を発揮するものだ。キリヤナギが私に雇われた事で、私の近衛騎士となったようにな。当然、他の人間にも雇われる事はあるが……」
「僕が仕えたのは、あくまでカナトがウォレス様の息子だからだよ。他の人に仕えるのは不本意だね……」
「この様に、前例があれば本人の意思により、断る事ができる。だが、闘技大会の結果なら話は違う。参加の時点で敗北のリスクを知り得ている為に、その意思の拒否権がなくなる。キリヤナギが敗北すれば、相手の意思に逆らえない」

「つまり総隊長が負けたら、勝った奴が総隊長を雇える?」
「そういう事だ。正確には勝った隊へキリヤナギが隊へ加わると言うのが正しい。珍しく理解したな」

イラついた。
確かに今まで殆ど理解していなかったが、いざ口に出されると腹がたつ。

「なんでこう立場の高い人は服従ばっかり求めるんだろうね。そんなので思いのままにできるとでも思ってるのかなぁ……」
「キリヤナギ、それを言うならジンを解放したらどうだ?」

今度はカナトがイラついている。
しかし、あれだけ自信満々にジンを負かしたキリヤナギが、敗北を考えて発言するのは意外だった。

「別に負けるなんて考えてないけど、勝ったところでなぁ……、メロディアスは嬉しいだろうけどさ」
「カナトが嬉しい?」

「この場合は私ではなく、私の実家の方だ。キリヤナギが優勝すれば、メロディアスは優秀な騎士を雇える家として、他家から一目置かれる事となる」
「やっぱり乗り気にはなれないよ。しかもウォレスさんじゃなく、我が君、カナトが誘いに来たってことは、ウォレスさんの意思でもないんでしょ?」
「そうだな……」
「主催が乗り気じゃないのに、そんな単純な近衛騎士の品評会に参加しても、僕は本気になれないなぁ……。あれならジンを寄越すし、好きに使ってよ」
「銃では参加ができないんだ。わるいな」

「なんで俺が巻き込こまれてんだよ! カナトも突っ込み所ちげーだろ!」

なんの前触れもなく振るのはやめてほしい。
参加以前に、そんな天界の騎士との戦いなど、一般庶民であるジンには無縁の話だ。
だが、リフウにもカナサにも、シャロンの戴冠式には、ぜひ来てほしいと誘われていて、まんざらでもない気分にはなっている。

「ならば、キリヤナギ。貴様がこの闘技大会へ出るのならば、私が父の封印を引き継ごう」

「へぇ……」
「なおこの権利は、私と貴様が絶交しようとも有効であるとする」
「……ちょっと悪くないかも」
「ラファエルが成熟するまでの間、フィランソロ領をメロディアスが代理で治める話はしたはずだ。これにより私の父、ウォーレスハイムは、エミル界に居られる時間に余裕がなくなる。その変わりとして、私が貴様の封印を父から学び、面倒を一生みる。どうだ?」
「結構嬉しい。フィランソロ領の話は、聞いてちょっと不安だったし、カナトがやってくれるなら安泰かなぁ。だけど、ウォレスさんを考えると、あんまり心配ないかなとは思うんだけどね」

確かに月一でウォーレスハイムと会うキリヤナギは、おそらくカナトよりも父を理解している。
義理と人情を重んじる彼が、そう簡単に投げ出すとは思えない。

「よく分かんねーけど、総隊長は出たくない?」
「本意ではないね。護衛ならまだしも、ただの演武大会だし?」

「そうだな。だが、みな貴様の戦いをもう一度見たがっている。騎士達もそうだ。メロディアスの名誉のためにも、我が近衛騎士としての力を見せて欲しい」
「名誉か……。確かに僕のこれをずっと見てくれるなら、悪くないね」

「受けるんすか!?」
「騎士である僕にとって、彼らの栄誉ほど嬉しいものはない。それに僕の生命の問題も面倒見てくれるなら、これ以上いい話はないと思うよ」

「今時、貴様のような絵に描いた騎士も珍しい。天界の騎士達ですら、栄誉以前に見返りを求めると言うのに」
「そんな連中に、僕が負ける訳ないじゃないか。騎士の存在意義は、あくまで主君の武器と盾だよ? それが見返りを求めてどうするんだい?」

「あれ? でも封印がなんとかって……」
「それはキリヤナギの生命に関わることだからな。キリヤナギが騎士として在り続けるための事を、私がやるだけに過ぎない」

「武器を研ぎ、使えるようにするっていう認識で構わないよ。僕とグランジで言うなら、グランジがちゃんと僕の騎士で居られるよう、僕が給料をだして住居を提供しているみたいにね。騎士が騎士である為には、雇い主がちゃんを環境を整えるのが当然なのさ。その上で更に見返りを求めるなんて、僕はちょっと信じられないね」

わかりやすいとジンは思った。
武器に例えられたなら確かにそうだ。
ジンの武器、烈神銃・サラマンドラも、使った後にちゃんと洗浄しなければ、いつかは撃てなくなり壊れてしまう。
戦う為には、まず生きていなければ意味がないのと同じか。

「ウォレスさんがやっていてくれた事を我が君、カナトがやってくれるなら、僕が君の武器として戦う意味は十分だ」

武器ならば、戦う事は確かに前提となる。
キリヤナギから送られてきた資料には、”騎士は戦うために在る”という事をしつこく何度も書かれていた。
守護すべき相手に対して忠義を尽くし、その人間の武器と盾となることこそが、騎士としてのあるべき姿なのだと、
キリヤナギは、口で戦う事は好まないと言いつつも、その本質は、やはり戦うためにある騎士なのか。

「というかカナト、封印ってなんの話?」
「……キリヤナギのちょっとした事情だ。大した事じゃない」

「きになるなら、また今度聞きに来てよ。ちゃんと話すからさ」

ジンが知らない事を、カナトはすっかり忘れていた。
あまりにも長い時間を共有してきた為に、知識の共有が当たり前に行われてきたからだ。
自身の口から話してしまった事に、少し負い目すら感じたが、キリヤナギも気にした様子はない。

「ジン」
「は、はいっ」
「タグつけてる?」

突然名前を呼ばれて、ジンは大急ぎで服の中のタグを取り出した。
私兵となった事で送られてきたものは、ジンを6番目の私兵として証明する意味も踏まえているらしく、長めのチェーンに吊るされたそれを見せると、キリヤナギは嬉しそうに笑った。
グランジもまたそれを見て眉を潜める。

「それを持ってれば、僕の権限が届く範囲の殆どを自由にできるよ。階級としては大尉ぐらいだから、必要になれば好きに行使していいからね」
「そ、そんなに!?」
「治安維持部隊は僕の組織だよ? ジンの全ては僕のものなのに、ここで自由にできないのはおかしいでしょ?」

そうなのだろうか。
しかし誓約書にも、全てを渡すと書いていたし、雇い主のキリヤナギが言うならそうなのだろう。
下っぱから一気に大尉なんて、全く実感が湧かない。
大尉だと言っても、今まで自分の事ばかりで生きて来たのに、今更部隊の誰かを下につけてもうまくいくとは思えないからだ。
そう思うとやはり自分は騎士に向いてないと思う。
ジンの戦うための力は、生きるために磨いたものだから……、

「総隊長って、戦うの嫌いだと思ってたのに、実際あんまり抵抗ないんすね」
「僕個人の話と部隊は別になるけど、最近の僕は、自分の存在意義を見つけることができてうれしいだけだよ。騎士の本来の姿である主君に仕え、その武器となれたことがね。半端なら気持ちで貴族の騎士にされてさ。誰の武器にもなれない僕は、いったい誰の為に戦えばいいのかと思ってたけど、今は違うから、……でもやっぱり仲間と戦うのは嫌だけどね」

以前のキリヤナギと、今のキリヤナギを比べると確かにそうなのかもしれない。
ジンの記憶にある治安維持部隊・総隊長のキリヤナギは、あまり自分から戦おうとせず、比較的対人を避けていた記憶がある。
その理由が、意味も無く戦うのが嫌だったのなら、今のキリヤナギは確かにカナトのために戦っているようにも取れるからだ。

「お前、やっぱり絶交しなくてよかっただろ?」
「それとは話は別だ!」

素直ではないと思った。
ジンが騎士になっても、何か変わったと言うこともない。
カナトの自宅の居候ではなく、護衛になったと言えばそうだが、守りたいのは同じで、何も変わってはいないからだ。
自分のために生きてきたと言えばそうだが、騎士になる事で、無意識にもそう思っていることに気づいた。
不思議だと思う。

「そうだ。総隊長、ちょっと気になったんすけど……」
「なんだい?」
「総隊長の理屈だと、俺、今はカナトの武器になってるって事すか?」
「単純に捉えるならそうだけど、ジンは僕の騎士だからね。本来の持ち主が僕であり、ジンと言う武器をカナトに貸してるって言うのが表現としては正しいかな」
「貸す……?」

意味深だ。カナトを見ると睨まれた。

「さっき言ったように、好きに使ってくれて構わないよ。色々送ったけど、あれはあくまで僕の考え方だから気にしないで、それに私兵なのに言うこと聞いてくれない人も……いるし……」

キリヤナギが一気に沈んだ。
騎士隊の中でも色々あるらしい。ジンはまだ全員と会った事はないが、個性的な面子だとは思う。

「貸し借りなら、俺、もしかしてカナトに直接雇ってもらったほうが早い?」
「早いと言えば早いけど、それだったらカナトはもうジンを雇ってるんじゃないかな?」

少し苦笑するキリヤナギに、ジンははっとした。
確かにキリヤナギの言う通り、カナトにその気があれば出来たはずだ。
天界でキリヤナギを雇っているのを見ればそうだし、キリヤナギが間に入らずともジンは護衛になれた。
カナトをみると、まるでこちらを無視するようにコーヒーを飲んでいる。
ジンを護衛とする事にカナトは乗り気ではなかったのか。
向かいに座るグランジはなんの反応も示す事なく、クッキーを頬張っている。

「それではキリヤナギ、戴冠式は二週間後だ。よろしく頼む」
「仰せのままに、我が君……」

「それそれ! どう言う意味すか?」
「”あなたの意向のままに、我が主”だよ」
「へ……」

「ジン帰るぞ!」
「ちょ、ちょっとカナト!」

ジンは腕を引かれ、カナトと勢いのままに部屋を出て行く。
キリヤナギは手をひらひらと振りながら見送っていた。

「後悔している?」
「グランジ……。そう見えるかな?」
「分かっているなら、解放すればいい」
「しないよ。ジンはやっと僕を信頼してくれたんだ。だから、もう手放さない」
「それで関係を壊せば意味がない」
「あの二人なら平気さ……根拠はないけどね」

悩ませているのは、十分に理解している。
特にカナトは、ジンよりも重く感じていて、ジンをそうしてしまった事に負い目すら感じているように見えた。
ジンはカナトを守る。
それは騎士になろうがならまいが同じだ。
だが、守ることが義務となり、ジンはカナトと窮地に陥った時、逃げられなくなる。
自分だけが生き残るのは、もちろんジンも許さないだろう。
カナトの護衛が義務となる限り、どうやっても先に死ぬのはジンだからだ。

カナトはそれを理解している。
だから何も話さない。話せない。
話した所で、ジンは守ることを止めないと知っているから、

執務室をでても未だ腕を引き続けるカナトに、ジンは不振に思う。
天界から帰ってから、カナトは変わった。
前よりも堂々として街を歩き、よく考えごとをしているようにも見える。
何を考えているんだろうと、ジンは少し興味があった。
騎士の誓約書を提出してからそれが顕著で、調子が悪いのかあまり外に出たくないと言う。
何故だろう。

「カナト、どこまで行くんだよ……」
「! すまない……少しイライラしていた」
「何に?」
「……気にしなくていい」
「総隊長?」
「……」

珍しく当たった。
他に選択肢がなかったのもあるが、今はどうでもいい。

「苦手なんだっけ?」
「あぁ……そうだな。何もかもが掌握されている様に思えて、うまくいかない。嫌いではないんだが……」

気を使われているのが手に取るように分かる。
キリヤナギは温和だ、緩いし、悪い人間だとは思えない。
だからジンは、カナトがキリヤナギを苦手とする理由をうまく理解できなかった。
発言を拡大解釈して、言いがかりをつけるほど嫌いなのかと思えば、嫌いでは無いと言う。
何故だ?

「なんで苦手なの?」
「……私も、奴が悪い人間だとは思ってはいない。ただ相性が悪いのか、もっと別に理由があるのかは分からないが、本能的に、キリヤナギの発言の全てへ裏を感じてしまう」
「裏?」
「言葉の裏に隠れる真実のようなものだ。表では善に見え、裏が本来の目的を画作しているような……そんな不安がよぎる。単純な会話ならばいいが、貴様が騎士になる時、それが酷く怖かった」

怖いといわれて、ジンは驚いた。
驚いた、呆れたではなく、怖いとはどういう意味だろう。

「私の分からない所で何かが動き、編み込まれて行く感じだ。編まれているものが何なのか分からず、混乱している。知らない内に解れて壊れ、全て失いそうで、怖い……」
「全て?」
「何かを失う不安がある……。だからうまくいかないのかもしれない」

キリヤナギと初めて会った時から、カナトは負けていた。
ずっと自由だと思っていたのに、そうではなくて当たり前のように守られていたことを知らなかった。
カナトの何もかもを、キリヤナギは知っていて、驚きもあり、悔しくもあり、怖くもなった。
だからあまり会いたくはなかった。
逃げられるだけ逃げて、結局折れて今に至る。

情けない。

「なんか悪りぃ。怖いはちょっと意外だった……」
「気にしないでくれ。ジンのおかげで、私はまだ奴の友人だからな……、後悔はしていない」

とてもそうは見えない。
ジンの分からない所で、カナトは悩んでいる。
怖いとは別の何かを、きっとまだ持っている。
しかしどう聞けば話してくれるのか検討もつかず、考えると気分が沈んでいく。
やろうと思えばいつでも護衛になれたのに、あえてそうしなかった事へ理由があるのだろうか。

「どうした?」
「……なんでもねぇ」

元宮からでて立ち止まったジンに、カナトが振り返る。
足元の狼、ルナは、明後日の方向へ目をそらすジンを見上げた。
二人とも悩んでいる。
カナトは大体の現実は受け入れ、初めはジンの戸惑う反応を楽しみにしていたのに、ジンがキリヤナギの私兵にさせられ、そんな事を考えて居られなくなった。

カナトは、自分の行動にとても迷っている。
ジンがカナトの護衛となり、自分を守らなければならないのなら、必ずどこまでもジンを巻き込んでしまう。
カナトはそれを心配している。
レミエルに拉致された時のように、巻き込んで酷い目にあわされていたことが、カナトには忘れられないのだ。

ジンはジンで、慎重になるカナトの変わりように戸惑って、自分の所為だと負い目を感じている。
何とかしたいと思っているが、うまくいかない。

すれ違いだと、ルナは思った。
しかし、心は感じても言葉にできるほどロアシリーズは優秀ではない。
本来なら、一人の人間に宿る事でメンタルの維持や補佐を出来るよう組み込まれたもので、二人の人間に宿る事は想定されていないからだ。
ルナは二人の心が分かる。
だが全てではない為に伝えることが出来ない。
特にジンは、感覚で理解するタイプである為に誤解を生みやすいと認識していた。
だから、安易に伝えてはいけないと思っている。

「まぁいい。戴冠式のための貴様の服を見にいくか」
「服?」
「仮にも正式な祝典だからな。悪いがちゃんとネクタイを締めてもらうぞ」

ジンは何も言えず固まった。
以前なら言い返して、散々文句をいっていたのに今はとても素直だ。
言い返しても、丸め込まれる事のだと理解したのだろうか。それでも、レミエルの城で完全に無力化されてしまったトラウマを、未だ引きずっているのか。
後者だろうと、カナトは思う。

「嫌なら、無理に参加しなくても構わない」
「へ? いくに決まってんじゃん! リフウちゃんに会いたいし……」
「……そうか。ならせめて、自分で選べ」
「分かったよ……」

時間がいると思う。
出来るだけ沢山の時間が、
カナトは意識のどこかで、レミエル・ギルバートを許せてはいなかった。

戴冠式用の服を選んだジンは、結局ネクタイものは選ばず、ブローチのついたタイのスーツを選んだ。


戴冠式を明後日に控えた二人は、月光花と共に、カナトの実家となるメロディアスの居城へと向かう事となる。
いつの間にかカナトの実家には、飛空庭用の小さなターミナルが増築されており、月光花も外出用のドレスを着てカナトの実家へ入った。
ワーウルフのルナは、城につくなり自身のデータバンクでレンダリングした礼装に着替え、カナトが持ち込む荷物を預かってくれる。

「すごーい! カナト君。本当に王子様だったんだ……」
「そんな名誉なものではありません。ルシフェルは8人目の七大天使であり、以前までは天界で納める領地もありませんでしたから……」
「でもこんなに大きな家なら、変わらないよ、びっくり!」

反応に困っているカナトを見て、ジンもまたその巨大な建物を見上げた。
何度きてもすごいと思う。
戻ってきた時も広さと大きさに改めて驚いたものだ。
その上で、中に入るなんて考えもしなかったし、場違いであるとも思う。

「おかえりなさいませ。カナト様」
「バトラー、遅れて悪かった。しばらくはまたよろしく頼む」
「はい。皆様、楽しみにお待ちしております。また例のものもとどきましたので、確認して頂きたく」
「もう届いているのか。分かった、今から向かう」

「例のもの?」
「二人も見に来るか」

なんの話だろう。
少し興味が湧いてきて、ジンと月光花はカナトとバトラーと共にメロディアスの居城の一室へ向かった。
初めて入る貴族の城に、月光花は思わずあたりを見回しているが、ジンは逆に肩を狭め出来るだけ見ないようにしていた。
やはり息苦しいらしい。

たどり着いたその部屋は、ジンの部屋の10倍はあるだろうか。
中央には、赤い布が布かけに吊るされていて、大きくメロディアスの家紋が縫い込まれている。
カナトはそれを見て嬉しそうな笑みを見せると、触って質感を確かめた。

「素晴らしいな、バトラー。良くここまで軽くなったものだ」
「はい。出来るだけ動きやすいようにと仰せでしたので……」

「カナト。これ何?」
「キリヤナギのマントだ。奴は今回、メロディアスの騎士として闘技大会に参加するからな。その為に用意させた」

「騎士の象徴となる赤いマントは、その力を示すバロメーターにもなりますから……」

どうコメントすればいいかわからず、ジンと月光花は黙り込んでしまった。
当然の反応だと思う。

「夕方にキリヤナギが訪ねてくる。その時に採寸して長さを合わせてやってくれ」
「かしこまりました」

この準備を見ていると、確かに二週間は必要な意味が理解出来てきた。
居城の敷地には式典の為の準備が着々と進められ、広大な裏庭には闘技大会用の舞台までが殆ど完成している。
流石だと思い、感心もして、すごいと思った。

「すごいね、なんかワクワクしてきちゃった!」
「お、おう……」
「ジンは、楽しみじゃないの? っていうか、なんか元気なくない?」
「そ、そんなことねーし?」
「やっぱり元気ないじゃないの。ちゃんとごはんたべた?」
「なんでお前に心配されてんだよ! なんもねーし!」

むくれる月光花にジンは背を向けた。
しかし、ここに来てから酷く気分が滅入っている。
理由はわからないが、落ち着かず、ずっと身体が緊張している。
何故だろう。

カナトがふとジンをみると、彼はもう胸元のタイブローチを外していた。
月光花が直そうとしても頑なに嫌がっているようで、カナトは小さくため息をつく。

本当に連れてきてよかったのだろうか。
迷いはするが、本人が来たいと言った分こちらは信頼するしかない。
そんなことを考えながら、カナトを含める四人はバトラーに連れられ、別の広い部屋へと向かった。
バトラーに開けられたその扉の向こうに、頭を下げるタイタニアの執事がいる。

「ご機嫌よう。お久しぶりにございます。カナト様、ジン様」

現れた彼に、ジンは思わず後ずさる。
黒髪に左越しへレイピアを指す彼は、ジンにとってある意味トラウマだった。

「エドワーズ……」
「お元気そうで何よりです」

「なに何? ジンの知り合い?」
「おや、こちらのお嬢様は、初めてでございますね。……始めまして、私はエドワーズ・シュバリエ。フィランソロ家に代々で仕える執事にございます」
「へ、えっと、私はエミル・カーディナルの……げ、げっこうかです。よろしくお願いします!」
「月光の花とは、実に可憐なお名前をお持ちだ。その名に似合い可愛らしい」

月光花は顔を真っ赤にしている。
ジンはジンで、エドワーズの態度の違いに若干の苛立ちすら感じた。

「エドワーズ。こちらへお連れして下さいな」

ふわりとした高い声が、その場を制した。
エドワーズの向こう側にいる金髪の彼女たちは、テーブルセットに腰かけてティータイムを楽しんでいる。
髪をクラシックに編み上げているのは、カナトの母、シャロン。
また長い髪を流し、先だけを巻いているのは、カナトの婚約者、リフウだ。

「兄上、おかえりなさいませ」

カナサは、そんな彼女たちの横でピアノを弾いている。
カナトはそんな優雅な空間へ堂々と入っていき、跪いて頭を下げた。

「母君、ただいま戻りました」
「おかえりなさい。リフウも楽しみにしておりました」

「ね、姉さん……」
「フフ、ぜひ寛いで下さいな。私達家族は、貴方方を歓迎致します」

穏やかな笑みで、シャロンは皆を迎えてくれる。

広いこの部屋は、大窓の向こうがバルコニーとなっており、ジンとカナト、月光花も二人の姉妹と一緒にテーブルセットへ座った。
テーブルは2つあって、ジンは一度カナト、カナサのいるテーブルへと座る。

「兄上、リフウとご一緒されないのですか?」
「別に今でなくともいいだろう。私より、ジンや月光花さんとの時間の方が尊い」

カナサが苦笑いしている。
ジンはジンで、今朝のように情報誌を読みだしたカナトに苛つきを感じた。
尊いと言う割に、えらく大雑把な態度だと思う。
脇にはエドワーズとバトラーが控え、ジンの少し減ったティーカップへ継ぎ足してくれたり、切れた砂糖を補充してくれたりしている。
エドワーズは、自身を不思議そうにみるジンへ笑みを見せ、シャロンとリフウ、月光花のいるテーブルを見にいった。

「闘技大会って明後日だろ? なんでこんな早くきたんだ?」
「明日、天界の騎士達がここへ到着する。それを迎えるためにも、1日早く戻りたかったんだ」
「へぇ、それで総隊長も?」
「あぁ、キリヤナギも泊まりだ。一応、騎士隊もくると聞いているので、賑やかにはなるだろう」

グランジやスィーもくるのか。
天界の騎士を含めた、キリヤナギの騎士隊までもがここへくるのに、この居城は全くキャパシティーに限界が見えない。

「別に、1人が一部屋を使うわけでは無いぞ? 騎士向けの部屋があれば、要人向けの部屋まである。一部屋で大体3名から5名前後泊まれる部屋が多いな」
「すげぇなやっぱ……」
「貴様はどうする?」
「俺?」
「泊まりだと話しただろう? 一応部屋は空けてあるが、面倒なら私の部屋でも構わない」
「えーっと……?」
「1人部屋か、私の部屋を共用するかだ」
「……広い?」
「それなりには」
「ど、どのくらい?」

カナトは考えている。
嫌な予感しかしない中、カナトを見ていると彼は今いる部屋を見回した。

「この部屋ぐらいか……」
「きょ、共用でいいぜ……?」

とんでもなく広かった。

「兄上は、以前もご友人をお部屋に招いておられましたね」
「あぁ、リアスだな。突然だったので、ベッドで雑魚寝していたら、バトラーに叱られてしまった」

「いくら広いからと言っても、あのような寝方は感心致しませんな……!」

リアルタイムで叱られている。
リアスと聞いて納得してしまう自分もいて、複雑な心境になってしまった。
なぜこんなにも、広い部屋が苦手になってしまったのだろう。

「あの……ジンさん」

カナサに呼ばれて、ジンがきょとんとする。
カナトのいる場で、カナサから話しかけられたのは初めてだ。

「あ、あの……、リフウを、ありがとうございました」
「へ?」
「天界で、勇気付けられたと、聞いたので……、リフウは兄上の婚約者で、まだ、その、違うんですが……」
「……」
「妹を守ってくれて、ありがとうございます」

ぽかんとした。
目を合わせずに述べられたカナサの言葉に、以前のような去勢はない。
照れているのか、恥ずかしいのか。

リフウを見ると、3人で楽しそうに話している。
カナサは、今彼女がここにいることがそんなにも幸いなのか。

「俺、なんもしてねーし……、と言うかなんもできなかったし……」
「私が行くまでは、唯の檻の中で喚く犬だったようだしな」
「うるせぇ……」
「だが、エドワーズが感心していた」
「へ?」
「貴様はそれでいていいのだろうと、私は思う」
「……なぁ、もう少し分かるように話せよ」
「馬鹿な貴様は馬鹿なままでいろ、という意味だ」
「てめぇ喧嘩うってんのか……」

カナサが噴き出し、笑い出した。
カナトは澄まし顔でティーカップのコーヒーを飲んでいる。
優雅だなぁと思った。

月光花は頬杖をついてむくれているジンをみて、何を話しているのだろうと思った。
ジンはわかりやすい。
表情をみれば大体何を考えているかが分かる。

「ジンさん、楽しそうでよかった」
「リフウさん、シャロンさん、ありがとうございます」

「気になさらないで、彼がいなければ、リフウは今頃ここにはおりませんでしたから」

少しだけ、天界の話はきいた。
カナトが立場に悩む中、頑なにリフウを連れ戻すと意地を張ったと、
月光花からみればなんて我儘を言っているのだとも思ったが、彼女達は結果的に救われているらしい。

「あいつ馬鹿だし、何も考えずリフウさんに色々言ってそうで……」
「そうですね……。でも私は、それに救われました。ジンさんがいなかったら、もうとっくに諦めていたと思います」

「カナトも同じでしょう。彼の言葉がなければ、己と向き合うことも無かったのではと、私は感じました」
「そんなに……?」
「きっかけは、様々な場所にあるものです。実家をでて、社会から逃避していたカナトを、彼はここまで成長させてくれました。そのきっかけの全てに、私達は感謝をしています」
「そうですか……なら、よかったのかな……?」

月光花にあまり詳しい事は分からない。
アクロポリスにきてから、ジンはなんでも自分一人で片付けてしまうようになったし、何をしているか、すぐには教えてはくれない。
いつも突然、大怪我をして帰って来たかと思えば、いなくなっていたりもする。
それがあまりにも突然で、心配でもどかしい。

「フフ、月光花はジンに恋しているのですか?」
「へ!? シャロンさん? ……そんな訳――」
「安心して下さい。リフウはカナトの婚約者です。感謝はしていますが、間に入るような事はありませんから……」

「姉さん!」
「リフウもあまり思わせぶりな態度は控えなさいな。……種族は本来、本能から同じ種族へ惹かれやすいものです。リフウはカナトと、月光花はジンと、運命の見えざる糸はどんなに遠くとも結ばれるものですから」

敵わないと思った。
しかし確かに、ジンはいまだ年齢と彼女のいない期間が同じだ。
本人も諦めかけているのか、最近はナンパすらしていない。
意識しなければ普通なのに、意識すると思わせぶりな態度があからさまでウザいので、そんなのでモテるわけがないとずっと思っていた。
だから、いつも安心していた自分もいる。

「それで、いつ伝えられるんですか?」
「へ?」
「エミル族は大体25歳から27歳前後が、結婚適齢期なのでしょう? ならいいタイミングではないですか?」

「姉さん! 月光花さん困らせないで!」

シャロンの笑みが憎い。
しかし、ストライク過ぎて返事もできない。
自分の気持ちなど、自分が十分に理解している。だから関係を壊したくなくて、今が好きだから、あえて何もせずにいた。
幼馴染みでいれば、ずっと一緒にいられるし、いつでも会えて、抱きついても普通で、じゃれあう事もできるから。

「少し距離をとっててもいいかもしれませんね」
「距離……?」
「押してダメなら引いてみろと言う言葉があるように、月光花の気持ちをジンに悟らせるのです」
「は、はぁ……?」

「月光花さんから伝える話じゃなかったの?」
「きっといま伝えても、当たり前過ぎてあしらわれてしまうかもしれないでしょう? なら、しばらく距離をとれば、きっとジンの方からきてくれるはずです」

なんの話をしているのだろうと、月光花は思考が停止した。
この母はどう見ても楽しんでいる。
リフウもリフウで、何故か乗ってきている。

「ジンのような殿方は、背丈に見合わない女性に意識が向きがちです。もっと周りをみるよう促さないと、振り回されてしまいますからね」

楽しむ割に、的を射ている。経験者は語るとはこの事だろうか。

カナトは美人だ。
それでこそ月光花が羨ましいぐらいに肌が綺麗で白く、見つめられればどうしようも無くなるほどに、
初めて会った時は、そのクールな性格に月光花もかなり動揺はしたが、タイタニア族特有の種族差と女性嫌いを思うと何処か納得して、手に届かない相手だと、勝手に認識していた。
だから、憧れはするものの恋愛と言う意味で見たことはない。

しかし、ジンは違う。
ジンは普通だ。
それでこそカナトとは比にはならない程に、馬鹿でデリカシーがなくて、素直で、嘘が下手だ。
だがそんなジンは、今までずっと月光花を思い、月光花が戦う事を望まず、ずっと一人で戦っていたのは知っている。

月光花はそれに甘んじていた。
一緒に行きたいのに、ジンはそれを酷く嫌がる。待っていろと、足手まといだと。

でもその言葉の意味を、月光花は何よりも理解していた。
ジンにとって月光花は、最後の血の繋がらない家族で、失いたくないと願うジンの弱さの形だ。
でもだからこそ、月光花はずっとジンを思わずには居られなかった。

もう、好きだなんて感情は一周回っている。
当たり前なのだ。
好きや恋愛を超えた愛情が、そこにあるのではと思う。
しかし、ジンはそれに全く気づいていない。
当たり前すぎて、恋愛を解す前に一周回ってしまって気づいてない。
馬鹿だなぁと思った。

上の空になってしまった月光花に、シャロンは笑う。
横目で見ているのは、カナサにマナーを教わるジンだ。不器用で下手で、今も紅茶の熱さにびっくりしている。

「明日、騎士達の歓迎式典があります。舞踏会ですわ、月光花さんも一緒にでましょうね……」
「え、いいんですか!?」
「あら、その為にこられたのではなくって?」
「で、でも私、ドレスこれしか……」
「もちろん、用意しております。お色も沢山ありますから、後で選んでください。きっと似合います。ダンスも一緒に練習しましょうね……」

さらりと述べるシャロンが恐ろしい。
舞踏会など初めてだ。ダンスなど踊ったことはないが、ある意味いいチャンスなのかもしれない。

カナトの実家に来た時刻が遅めだったこともあり、もうゆっくりと日が暮れてきている。
バルコニーにいた6名は、バトラーとエドワーズに促され、室内へ入り双子のバイオリンやピアノの演奏を聴いていた。
ジンは眠気を誤魔化しながら聞いていたがカナトが練習していたらしい、スーパーアイドル、デイジーの曲をひきだして一気に目が覚めた。

「カナト、その曲はなんですか?」
「冒険者の中で流行しているポップスです。私も興味深く、聞いたものだけで覚えました」
「まぁ、器用なものですね」

カナトは、ジンが楽しそうに聞いているのを見て呆れていた。
良く聞いて居るのは知っている。
庭が改装されて戻ってきたとき、ジンの趣味ケースに入っていたCDから割り出した。
今時音楽なんて、ダウンロード販売が当たり前なのに、初回限定の写真集付きが隠されていて呆れたものだ。
以前、カロンの雑誌を処分してしまってから、出来るだけジンの趣味ケースには触らないようにしていたものの、庭が改装される上で、私物が全て持ち出された為、カナトは庭にあった全ての物を把握してしまった。
一生懸命隠していた努力もあるだろうと思えば、罪悪感すらでてきて、せめてもの詫びにと覚えた。
楽しんでいるならそれでいいと思う。

ピアノを弾きおえてほっと一息つくと、待っていたかの様にバトラーが現れ、カナトを呼んだ。
どうやら、キリヤナギが来たらしい。
カナトはジンを連れて、月光花を四人の元に残しキリヤナギの元へ赴く。

「ご機嫌よう。我が君……」

エントランスに現れたキリヤナギは、吹き抜けの二階にいるカナトを見て礼をする。
後ろにはグランジも控え、トランクを持っていた。

「よく来てくれた。歓迎する。とりあえず渡したい物があるのできてくれ」

キリヤナギはきょとんとしていた。
マントの事をカナトは話していないのか。

「グランジさん、荷物持ちましょうか?」
「気にしなくていい。俺とこいつの着替えだけだ、自分の荷物は自分でもつ」
「そ、そうっすか……。スィーさんとかもくるって……」
「他は明後日に、各自でくると聞いている」

「みんな忙しいからね。僕は休みと折り合いつけてきたけど、みんなはそうじゃないから……」
「休日を……? 悪かったな」
「むしろ、そうお気遣いいただけることに、感謝します。本来なら、部隊を解散させられてもおかしくはありませんから」
「治安維持部隊はこの町に必要なものだ。それを失うわけにはいかない。城にしては狭いがくつろいでくれ」
「ありがたきお言葉……」

「こ、この城狭いの……?」
「あぁ、メロディアスは、以前まで納める領地はなかったからな。本来なら、天界の城と合わせたぐらいが普通だろう。元々この狭いアクロポリスでこれほど土地を無駄にしていることに罪悪感しかないがな……」

「我が君。あまりそのようなことは……」
「……そうだったな」
「しかし、アクロポリスの市民を使用人として雇われている事には感謝しています。バイト料がいいと評判にもなっていますよ」

その話はジンも知っている。
面接は大分厳しいらしいが、待遇がよくアルバイターには人気らしい。

「少しでも天界に興味をもち、イメージアップとなっているのなら、私は光栄だ」
「カナト、お前まだルシフェルじゃないんだよな……」
「そうだが、私が実家に戻ってきた時のみ、この家の権限が与えらる事となっている。外交は流石に出来ないが、この実家でなにかするなら好きにしろと言われた」

「ウォレス様らしい……」
「丸投げだな……まったく、自分でやるとミカエルに進言しておきながら、何一つ動こうとしないとは、昔から変わってはいない」

すごいと言いかけたが、カナトは迷惑なのか。
確かにカナトがここに戻ってから、使用人達が忙しそうに駆け回っている。

「じゃあ、闘技大会もカナトの企画?」
「本来なら、舞踏会と戴冠式だけの予定だったのだが、母君がどうしてもというのでねじ込んだ。おかげで予算は倍だが、そこはフィランソロがなんとかするというので断れなかった……。巻き込んで申し訳ないと思っている」

「君が誘いに来た時点で、大体そんな感じだと察していたよ。言い出しっぺの騎士が参加しないなんて確かに意味がないからね」

言われれば確かにカナトは、ここ二週間、仕事があると言って自室にこもっていた時があった。
あの時に実家と書類のやりとりをしていたのかと思うと、放置されている気分にもなる。

バトラーに連れられ、マントのある部屋にきた四人は、途端、目を輝かせたキリヤナギに少し驚いた。
彼は吊られているそれを見るなり、子どものような表情で思わず駆け寄っていく。

「マントじゃないか! すごい、作ったの!?」
「そうだ。貴様の為に用意させた」
「僕に? 本当に!? 嬉しい……」
「私の我儘でもあるからな。当日はこれを羽織出るといい」
「いいの!? 僕まだなにも功績ないのに……」
「天界で私を守ってくれただけで十分だ。父上もまた貴様に感謝している。その上でこの家の家紋を背負い出て欲しい」
「僕、今人生で一番幸せかもしれない……」

ここまで嬉しそうなキリヤナギを、ジンは初めてみた。
表をみて裏をみて、キリヤナギはずっとマントの周りをうろうろしている。

「嬉しそうすね……総隊長」
「当然じゃないか! その家の家紋を背負うのは、僕がメロディアスの騎士として認めてもらえたって事だよ。本来なら僕が頼み込んで背負わせてもらうべきなのに、嬉しい……!」

「喜んでもらえると思っていた。我が騎士として在る時はそれを身につけてくれ。貴様の親衛隊の彼らも、それで区別がつくだろう」
「ありがとう。我が君、貴方に仕えることができて最高の幸いです」

幸い。
キリヤナギにとっての幸せと考えた時、ジンは不思議だと思った。
ジンからすれば、絵の書かれたマントを渡されただけなのに、キリヤナギは今まで見たことがない程に喜んでいる。
以前言っていた名誉や栄誉のようなものだろうか。

目の前で数人の使用人に採寸されているキリヤナギは、表情がすでに緩んでいる。
メロディアスのマントは、平均身長よりも大分大きめに作られていたのか、キリヤナギに合わせるとかなり余っていて、使用人達も少し驚いたようだった。

「……バトラー」
「も、申し訳ございません」

「ぼ、僕は気にしないから……から……」

大分気にしている。
そんなキリヤナギの採寸の様子を見ていると、背にしていた廊下が突然さわがしくなってきた。

カナトはもう慣れたもので、反応すら示さない。
何が来たのかと思いジンが振り返ると、ちょうど扉の前にいた、がたいのいいアークタイタニアと目があった。
「お」と何かに気づいた彼は、堂々と部屋へ入ってくる。

「なんだよ。帰ってたなら言えよ、カナトー!」
「キリヤナギ、長さはどれぐらいが好みなんだ?」
「無視すんな! お前の親父だそ! 親父!」

仕事を丸投げした張本人に、どんな言葉をかけろというのか。
アークタイタニア・ウォーレスハイムは、振り返ったカナトにむけて満面の笑みをみせる。

「おかえりなさいませ、父上……」
「怒ってんのか? いい経験だろうがよ。将来それに外交もプラスされんだぜ?」
「父上がいいだした事でしょう! なぜ家を出ている私が動いているのですか!!」
「つれねぇなぁ。権限渡してんだから文句言うなって」
「それとこれとは話は違います。そもそも、実家だけのはずが、何もかもこちらでやることに……」
「お前が帰ってこないからだろ? 責任ぐらいとれよ」
「なすられた責任をどうとればいいのかご説明いただきたい!」

カナトが目に見えて苛ついている。
父の話は、ジンも何度か聞いたことがある。
いい加減で周りを考えない自由人で、カナト自身嫌いであることも、
その上で、戴冠式の企画の丸投げをされたと聞けば、確かに真面目とは到底思えなかったが、
ジンの目の前にいるウォーレスハイムは、カナトよりもずっと融通が利きそうで気さくに見えた。

「はっはっ、でも俺より責任感あるからってみんな助かってるぜ? シャロンもキリヤナギに会えるって喜んでたしな。任せる分、信頼してんだから最後までやれよ?」
「もう次はやりませんので、あしからず」

ウォーレスハイムは笑っていた。
楽しそうに扇で顔を仰ぐ彼は、ジンからみても少し暑苦しい。

「そんで、お前がジンだな?」
「へ、は、はい」
「俺はウォーレスハイム。うちのカナトが世話になってたと聴いてるぜ? 色々ありがとうな」
「俺は別に……」
「謙虚でいいもんだね。キリヤナギとは大違い」

「ぼ、僕、そんなつもりじゃ……」
「あん? ジンを私兵にしたんだろう。相変わらず回りくどいねぇ、嬉しいけど、俺は誉めねえからな」
「う……」

キリヤナギの表情が濁った。
初めてみたその顔に、ジンは意外性すら感じる。

「巻き込んで悪かったな……」
「へ?」
「俺らの所為で、だいぶ痛い目にあったろ? あれから、体調は平気かい?」
「え、えっと……」

何を話せばいいのか分からない。
カナトを見ても、そっぽを向かれてしまった。
父が嫌いなのは分かるが見捨てるのは酷いと思う。
何を話せばいいのだろうと、ジンは口ごもってしまった。

ウォーレスハイムは、ジンの困惑した態度をみて、複雑な心境を抱いていた。

天界から戻って以来、ジンは大分大人しくなったと、カナトからメールで相談されていたのだ。
言われた事に対して、真っ向から言い返していたジンが、今は口数を減らし何を言われようと黙ってしまうと……。
ウォーレスハイムはそれを聞いて、流石に負い目を感じた。

貴族や目上の人間に対し、トラウマをもってしまったのではないかと、ウォーレスハイムは推測する。
数日間拘束され、ひどく理不尽な扱いを受けた事によるトラウマだ。
体がそう覚えて、無意識な恐怖を感じている。
またそれは、堕天・ルシフェルを継ぐと決めたカナトに対しても垣間見得ているらしい。

難しいと思った。
体の怪我とは違い、心の傷は時間がいる。
しかも心の傷を癒すには、ストレスを出来るだけ遠ざけなければ癒す事ができない。
もしカナトに対してもジンが恐怖を感じているのなら、カナトと同居する事は、ジンの心の傷をさらに悪化させる可能性がある。
おそらくキリヤナギも、それを察してジンを私兵にしたか、ジンがカナトの元を離れる可能性を感じたのだろう。
ウォーレスハイムを含めたメロディアス家としてなら、家を出ているカナトへ護衛を付けたとして、褒めるべきではあるが、
ジンからすれば、トラウマを悪化させるだけに過ぎない。

しかし、キリヤナギがそれ選択するのもウォーレスハイムがそうしてきたからにある。
キリヤナギを起こし、逆らえないようにしてきたからこそ、キリヤナギは迷わない。
その上で巻き込んでしまったジンは、いわば一つの悲劇だろう。

「もう飯は食えんのかい?」
「え……食べれます! もう平気……かな?」
「そーかい。なら晩飯はちゃんとこいよ。うちの飯はうまいぜ? シャロンが作らなければだけどな」

返答に困るジンに、ウォーレスハイムは何もしてやれない。
元凶である筈なのに、責任を取ることができない。
もどかしいと思った。

カナトは澄まし顔のまま、仮でつけられたキリヤナギのマントを見ている。
いつもの白服に、メロディアスの刺繍が入ったマントを羽織るキリヤナギは、大きくそれをひるがえしてみせた。

「似合ってるぜ? てめぇもやっと騎士ってかんじがしてきたなぁ……」
「あの、ぼ、僕、もう10年ぐらい前から騎士なんですけど……」
「あん? こんなチビで女々しいお前の何処に騎士要素あったんだよ?」

「父上、一度黙って頂けますか」

キリヤナギが真っ白になってしまった。
まさかのウォーレスハイムの言葉に、ジンが言葉を失う。
身長に対してかなりのコンプレックスをもつキリヤナギを、騎士のプライドごとぶった切るとは、ジンだと己の全てでは済まないレベルだ。
悪意すら感じて流石のカナトもフォローを入れる。

マントの採寸が終わったキリヤナギは、休憩椅子に座り込んで動かなくなってしまった。

カナトが大分苛ついている。
ウォーレスハイムの愚痴は、かなり前から聞いていだが、様々な意味で納得した。
これなら確かに喧嘩になるし、関わりたくない気持ちも少し分かる。

「父上……」
「なんだよ。怒んなよ」
「私がどれほどの労力を使って動いていると?」

流石に限界か。
たしかに、キリヤナギをここに連れてくるにもかなり説得したし、企画や予算管理まで投げられているなら、ウォーレスハイムのこの自由さは迷惑だろう。
ウォーレスハイムも流石に口をつぐみ苦笑いをする。

「悪かったって、助かってるから、文句いわねーから、な?」
「ならさっさと部屋に戻り、私の書類に目を通して下さい!」
「分かった、分かった。外野はさっさと帰るよ。ジン。お前なら別にここに住んでもいいし、ゆっくりしていけよ」
「へ? え?」

後ろ手を振って嵐が去って行った。キリヤナギは未だに沈んでいる。
バトラーが気を使ってキリヤナギとグランジの為にティーセットを運んできてくれた。

「ぼ、ぼくもう帰りたい……」
「気を落とさないでくれ、キリヤナギ……」

立ち直るにはしばらくかかりそうだ。
しかし、ウォーレスハイムの言葉が少し気になってしまう。
信頼していると言う事だろうか。

「カナト。さっきの親父さんの話ってどういう意味……?」
「あー見えて、仁義を重んじるお方だ。貴様が望むなら、月光花さんとここに居ても構わない」
「へ……」
「私の護衛なら、どこに住もうが同じだからな」

同じといわれて、納得した。
カナトも、最近ずっと貴族として動いているし、確かにあえてあの自宅に住む意味はない。
住む意味がないのに、カナトが家を出ているのは何故だろう。

「なら何でここに住まねぇの?」
「ここにいるとまた面倒を投げられるからな。あまり居たくない」

この息子は、相当父が嫌いらしい。
横で聞いていたバトラーが酷く絶望しているのをみると、やはりカナトはウォーレスハイムよりも信頼されているのか。
しかし、家の事を丸投げするために、権限をわたす親ならば、安易に予想ができる。
ウォーレスハイムがほったらかしの業務が全てカナトにまわるなら、いい助っ人だろうとも思うからだ。

「そろそろ夕食の時間だな。私は少しキッチンを見てくる」
「晩飯お前がつくんの?」
「いや、母君がいないか見にいくだけだ……。あのお方の作るものは、見た目と味が伴っていないからな……」

頭を抱えているのは相当悩んでいるのか。
自宅だけではなく、実家でも悩んでいた事にジンは酷く罪悪感を得た。
ジンからすれば料理なんて、レシピさえあればある程度できるものなのに、何故彼女たちが作ると違う物になるのか。
ある種の才能だとすら思う。

キリヤナギは結局立ち直れず、ジンとカナトは夕食後、バトラーに案内され自室に戻った。
カナトの部屋は、ジンが泊まるだろうと言われた所より、更に広くベランダがある。
壁際の天井付きのベッドの横には、だいぶ豪華なソファーベッドがあり、バトラーからここで眠るよう説明された。

「ひ、広いな……」
「庭に比べればそうだろうな。遊ぶものは少ないが、寛ぐといい」

レミエルの城は、必要最低限の家具しかなく質素だったが、カナトの部屋は本棚に机、ソファーやテレビまで色々あって、生活感が溢れていた。
しかし、全てがすっきり片付けられているのを見ると、あまり人がいないのはわかる。

「漫画とかないの?」
「私が出て行く前のままだからな、当時はそんなものに興味すらなかった。貴様にとってはなかなか味気ないかもしれない」

部屋脇にある勉強机にカナトが座る。
本を広げるのは、自習をするのだろうか。

「キリヤナギの魔法を父から引き継ぐと約束したからな。新生魔法を学ばなければならない」
「総隊長の魔法? 難しいのか?」
「難しいのレベルではないだろう。基本を理解した上での発展、応用だと言う。こんなマニュアルには描かれていないが、理解しなければ魔法すら使えないからな」

カナトは魔法が不得手だったはずだ。
そんな彼が今更魔法など使えるのか。

「新生魔法は、魔法と言うよりも科学に近い。術式と呼ばれるプログラムを、魔方陣と言う形に書き換えて出力するのが基本だ。本来なら、本を介してそれを行うが、人によっては頭でプログラムを書き連ねて発動させる。そこまで行けば超人か達人レベルたがな」

その超人的な人間を、カナトは一人知っていた。
スィーですら、インスタンスダンジョンを開く際に本を使って出力していたのに、父は何も持たず指先のみにそれを出力して、キリヤナギから魔力を抜いていたのだ。
見た時は、そう言うものだと解釈したが、目に見えない魔力を気体とするなら、どうやって物質に落とし込むというのか。
今思うと訳が分からない。

ジンは話に飽きたのか、すでにカナトから離れて、部屋を興味深く観察している。
カナトもまた、ここにいた頃はずっと父の後を継ぐと教えられていたために、娯楽用のものが殆どない。
一人暮らしを始めて解放された後は、世界の広さと娯楽の多さに驚いたものだ。
今を思うと、確かに当時から真面目すぎて自由人な父にずっとストレスを溜めていた。
いや今もイライラしているし、変わっていないか。

ジンが暇そうにソファーベッドへ横になったのを確認し、カナトが再び机に向かう。
すると唐突にノックが響いて、両手いっぱいに機器を抱えたカナサが入ってきた。

「カナサ……?」
「兄上! ジンさん! ゲームやりましょう!ゲーム!」

「ゲーム!? カナサ君もってんの!?」
「はい! 僕、今までずっと一人プレイしかした事なくて、四人プレイまで出来るみたいなので、是非!」

「しかし、私は――」
「やろうぜやろうぜ。カナトもそんなん家でやればいいだろ!」

カナサの目があまりにもキラキラ輝いている事に、カナトは少し呆れた。
ジンも何故か、すごく元気になった。
以前カルネオルに散々負けていたくせに懲りないと思う。

「でも四人なら一人足りないよなぁ……」
「リフウをよんでみますか?」
「でも、リフウちゃん流石に知らないだろ、俺はやったことあるけど……」
「じゃあ、兄上の騎士さんは……?」

「キリヤナギか!? それは……」
「大丈夫だって、総隊長緩いし! 呼びに行こうぜ! 」

先程までの元気の無さは何処に行ったんだ。
久しぶりなジンのテンションの上がりように、カナトは安心すらしてしまう。
しかし、キリヤナギは明後日に試合を控えている。
あまり無理させたくはないし、止めようと顔を上げたが、もうそこにジンとカナサはいなかった。


カナトの部屋を出た二人は、薄暗い城を二人であるく。
思えばカナサとこうして歩けるなんて考えもしなかった。
大分仲良くなれたと思う。

「ここです。ジンさん」
「意外と近いんだな」
「兄上の騎士さんですからね。有事の時にすぐ動けるようにでしょう。でも今回は客人として招かれていますから……」

いざ来てみると少し緊張する。
ただゲームに誘いに来ただけなのに、執務室に呼び出されたような気分だ。
しかし、横のカナサが目を輝かせているのを見ると今更引き下がれない。

小さくノックをしてみると、向こうから扉が開いて、軽装で眼帯の代わりにガーゼをつけたグランジがでてきた。

「ジンか、どうした?」
「グランジさん、どうも。総隊長います?」
「いるが……」

グランジは後ろのカナサをみて、二人を部屋に招いた。
薄暗い二人部屋のベッドに横になるキリヤナギは、軽装で入り口に背を向けてしまっている。

「まだ凹んでる?」
「……そうだな」

グランジの声に反応して、キリヤナギはゆっくりと体を起こす。
振り返ってジンを見たまでは良かったが、カナサもいて、キリヤナギは飛び起きた。

「こ、こんばんは……、えっと、わがきみ?」
「カナサです」
「か、カナサ殿下。お見苦しい所を……」
「寛ろいで頂けているなら、僕も嬉しいです。良かった」
「はは……、グランジ、ちゃんと教えてよ」

グランジは目を逸らしてしまった。
軽い嫌がらせだろうと思う。

「キリヤナギさん! 僕とゲームしてください!」
「へ? ゲーム?」

キリヤナギの表情が一気に戯けた。
敬語すら消えて呆然としている。

「はい! キリヤナギさん、前に必要になれば呼んでっていいましたよね! 友人なら……」
「い、いいましたけど……」
「僕とゲームしてください! 兄上とジンさんもいますから!」
「カナトとジンと? ゲーム?」

だいぶ混乱している。
ジンが横で、コントローラーをもつジェスチャーをやってみせてようやく納得したようだった。

「なんで?」
「なん……」

「誘いに来ただけなんすけど……」

呆然としている。
キリヤナギは思考回路がかなり混乱していた。
まずカナサがきて、意味があるのではと考えた。
次にゲームと聞いて、賭け事なのか勝負なのかで迷った。
ジンが居たので、解放しろといいに来たのかとも考えた。
しかし、ジンは誘いに来ただけと言った。
4人でテレビゲームの賭け事をするのだろうか。

「何を賭けるの?」
「へ?」

話が噛み合っていない。
グランジは無表情だが、この目は、話が噛み合わない様を楽しんでいる目だ。

「テレビゲームで何か賭けるんじゃないの?」

ジンは訳が分からない。
たかがテレビゲームで何を賭けるというのか。
こちらはそんなつもりはないのに、キリヤナギはどうやら前提が違うらしい。

「ジン、カナサ!」

やっと通訳が来たと、ジンは思った。
キリヤナギの部屋に飛び込んできたカナトは、ぽかんとするキリヤナギをみてため息をつく。

「すまない。キリヤナギ……」
「ゲームするなら僕は構わないけど、暇だし? 何を賭けるの?」
「違うんだ。そのゲームではなく、ただテレビゲームでお前と遊びたいだけなんだ」

キリヤナギが困惑している。
当然の反応であり、理解できないのもわかる。
ジンならまだしも、カナサが誘ったか。

「テレビゲームで、条件を揃えてゲームするんじゃないの?」
「違う。ただ四人プレイのゲームで人が足りないだけだ……。意味はない」
「……意味はないのにゲーム? なんで?」

「暇だからすよ!」

キリヤナギは少し考え、カナトが首を横に振るのを見るとあからさまに嫌な表情をみせる。
遊びは遊びでも、本当の遊びか。

「…………僕、今日、ホライゾンと模擬戦してきたし、寝ていい?」

「あぁ、寝ておけ」
「兄上! キリヤナギさぁん! 友達だって言ってくれたじゃないですかぁ!」

「僕、一応騎士だよ!? 友人感覚なのは嬉しいけど、一応仕事できてるんだよ!?」

そうだろう。
取引ならまだしも、娯楽でありなんのメリットもない遊びなら、参加する意義も何も無い。
緩く見えるキリヤナギではあるが、彼の本質は騎士だからだ。

「でもキリヤナギさんは兄上の騎士ですよね。兄上がいいって言ったらいいんじゃないですか?」
「家紋をもらった時点で、僕はこの一家の武器なんだよ。ウォーレスハイム様の意思にも左右される……。人が足りないならグランジを連れて行って、グランジなら僕の騎士だし、僕の好きに出来るから!」

グランジが腕を組んでキリヤナギを睨む。
二人きりの間に喧嘩でもしたのか。何故か二人の視線の間に火花が散っている。

「なんだよ。お前ら騒がしいなぁ……」
「父上……」

叫ぶカナサの声に気づいたのか。
ウォーレスハイムがゆっくりと顔を出す、眼鏡をかけているのは、何か作業をしていたのか。

「向かいの部屋まで丸聞こえだぜ?」
「申し訳ございません。すぐ戻りますので……」
「別にいいけどよ。ゲームゲームって、カナサ。ゲームは1日3時間までって決めただろ?」

「ですが父上!この前の新作ゲームは、最短プレイでも200時間はかかる超大作ですよ!? 3時間じゃ何日かかるんですか!!」
「3ヶ月で終わるんだから地道に頑張れよ。一応許してんだから……」

親子の会話にキリヤナギは、欠伸を堪えている。
カナトは頭を抱えて、ジンは何も言えない。

「そんで何の話してたんだ? キリヤナギも混ぜて賭博か?」
「キリヤナギさんは僕の友達なんです。だから、一緒にゲームしたくて……」
「あぁ、お前だから、コントローラー買う小遣いためてたのな……」

「小遣い?」
「こいつ一緒にゲームやるやついねぇのに、コントローラー四つ揃えてんだよ。カナトだけなら、二つでいいだろって言ったのに聞かなくてな。お前らと遊ぶの楽しみにしてたみたいだぜ?」

楽しみにしていた時いて、ジンはもう一度カナサをみた。
カナトの部屋に置いてきたゲームは、確かに新品のように綺麗コントローラーが3つあって、一つだけが使い込まれていた。
今まで一緒に遊ぶ友人がいなかったのなら、確かに兄と兄の友人がいる今しかチャンスがない。
明日になれば、もう式典の準備で遊ぶ暇などないだろうから。

「気持ちは嬉しいけど、僕が遊ぶのは流石に示しがつかないなぁ……」
「ならば、キリヤナギ。賭けるか?」
「ほぅ、何を?」

カナトの言葉に、キリヤナギが眉をひそめる。
皆が黙り込みカナトをみた。

「テレビゲームにおいて、ジンと私が貴様以上の順位を三回以上連続獲得した場合。貴様が私兵としているジンの解放を望む……」
「ふーん。面白いね、なら僕は、グランジと二人で三回以上連続勝てたら、今後メロディアスの有事の際に、我が治安維持部隊の冒険者達を起用する事を望もうか」

ウォーレスハイムが笑う。
キリヤナギらしい望みだと感心すらした。

「いいぜ。キリヤナギ、使ってやるよ。但しゲームで勝ったらな。引き分けなら無しだぜ?」

父の許しも出た。
カナサとジンは呆然としていて、今ひとつ理解できていない。
グランジは、呆れたため息をついていた。

「あの、何をされているのですか?」

リフウとシャロン、月光花も出てきてしまった。
彼女達は三人でお揃いのネグリジェを着ていて、ジンは思わず息が詰まってしまう。

その後結局、ウォーレスハイムを除いた8人でゲームをやる事になり、チームは、カナサとシャロン。月光花リフウ。グランジとキリヤナギ、ジンとカナトでローテーションを組み、遊ぶことになった。

慣れないコントローラーに、キリヤナギは苦戦するかに見えたが、少し触って動くことがわかると、まるでスポンジのようにコマンドを覚えてテンポよく操作している。
ジンはだいぶ熱くなってくるのに、もくもくと練習するキリヤナギは、ある意味温度差を感じた。
またグランジも同じで、キリヤナギ以上に器用で、動きに無駄がない。
まるで先を見るような動きで、キリヤナギだけを狙っているのは、何かの悪意か。

そして、いざ本番でゲームを始めると、キリヤナギは相変わらず無表情で、K.Oになってもならなくても、黙々とプレイしている。
カナトもまた真剣な表情で画面に向かい、騒ぐ事も動くこともしない。

「総隊長。もうちょっと楽しんだらどうすか……?」
「へ? 結構面白いと思うけど……」

「これ、回復アイテムですか?」
「ほらほらリフウさん! 早く逃げないとシャロンさんが……」

「カナサ、これはなんですか?」
「母上それは投げるとステージ全体に影響があって……」

シャロンがボタンを押した直後。
ステージ全体に光が走り、横で戦っていたキリヤナギとカナトがK.Oになった。
リフウは勝手が分からず自滅していて、すでに残機が1であり、カナトとキリヤナギは無駄に全力をだしてお互いに1だった。シャロンは横でカナサに操作を教わりながら動かしていて、残機はまだ2あった。
第1戦目から、キリヤナギとカナトは引き分け。勝ちはシャロンだ。

「まぁ! 面白いですね!」

この母は何かを秘めていると、カナサは戦慄した。
初戦から引き分けで始まり、何度か入れ替わりで戦ったが、二回か三回に一回は引き分けが入り、なかなか三回連続では勝てない。
一度カナトが二連続で二人に勝ち抜き、ジンが最終戦にキリヤナギへ臨んだが、間からリフウが全てをかっ攫って引き分けた。
その後リフウとシャロンと月光花は、1時間遊んで満足したのか先に寝てしまう事になり、三人で遊ぶことになる。

結局カナサのゲームタイムの3時間を、ずっと戦って勝負はつかず、カナサは疲れ果てダウンしてしまう。
ジンも流石に限界がきて、ソファに倒れこみグランジもまた頬杖をついて眠ってしまった。

カナトとキリヤナギは、テレビゲームから盤上へ移し、たまたま引き出しにあったチェスに勝負を移していた。
最後の戦いは、結局キリヤナギにチェックを取られる。

「……完敗だ。全く、ここまで勝負がつかないとはな」
「3回連続はなかなか大変だね。流石に僕も限界……」

大分戦って気づいた。
二回負けた場合、勝ちか引き分けに持っていけば、リセットができる。また二回勝っていた場合、最後もう一度勝たなければ終われない。
ゲームでの戦いはカナトとジンが二回勝ち、カナサがダウンしたので、チェスに切り替えた。
その為、今キリヤナギが勝ったことで、あと2戦は確定になる。
しかしカナトもキリヤナギも、もう限界だ。眠気も酷い。

「テレビゲームなんて初めてだったけど、なかなか面白かったよ。グランジも楽しそうだったし」
「グランジと何かあったのか? 少しピリピリしているように感じたが……」
「僕が凹んでいるのを見て、気を使ってくれただけさ。彼は僕よりも僕を理解してくれているからね。凹んでいたら、凹んでいる僕を許してくれないんだよ」

キリヤナギはチェスのナイトの駒を気に入っているようだった。
カナトはそんなキリヤナギをみて、小さくため息をつく。
彼のシャツの間から見える銀の封印は、ランプの光に照らされ、淡く輝いている。
何かを聞こうと思い、カナトは止めた。
もう眠い。ジンも眠っているのだ。
カナトがジンより遅く眠るなど初めてかもしれない。

「大分楽しめた。ありがとう。キリヤナギ」
「こちらこそ、明日は早いのかい?」
「向こうの飛空城は朝9時に出るらしいが、第一便の到着は午後からになる。ゆっくり眠るといい、私もそうする」
「そっか。そうさせてもらうよ」

ふと脇を見ると、グランジが立ち上がり迎えに来ていた。
彼もまた眠そうで、キリヤナギもまたカナトの向かいから席を立つ。

「それでは、おやすみなさいませ。我が君……」

部屋を出て行くキリヤナギを、カナトは最後まで見送っていた。


続く

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本編 | 【2015-08-06(Thu) 12:30:00】 | Trackback(-) | Comments:(0)
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