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Royal*Familiar:第十話
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Royal*Familiar

第十話:影と光の格差

前回
第一話:決意の序章
第二話:別離の序章
第三話:再開の対価
第四話:策略の輪廻
第五話:望みの代償
第六話:無力な再会
第七話:穢れた使命
第八話:無謀な勇気
第九話:騎士の在る意味


 



今日で何日目だろうと思い、ジンは目を覚ました。
考えるとやはり億劫になって仕方がなくなる為、ジンは昨日、城の中を隅々まで歩き回っていた。
エントランス、キッチン。庭園。書庫、居室は全部で6部屋あり、内一つがジンの部屋だ。
二階に登って廊下を折れると3階に繋がる階段があり、ここも豪華な絨毯や絵画が貼られ中央に、螺旋階段があるホールのような大部屋と、使われていなさそうな小部屋が繋がっていた。
なんの部屋かと思えば、扉は豪華でも鉄格子や鎖のある牢で、誰かまだいるのかと不安にもなったが、誰もいなかった。
螺旋階段をあがると、展望台のような場所にでて、ここから出られるかと期待したが、窓と同じ鉄の装飾があり、現実はそんなに甘くないと絶望する。

しかし、その展望台から見たのは、ジンが生まれて初めてみる世界だった。
空も草木も水も、エミル界と似ているが全てが違う色をしている。
こんな形で来なければ、もっと自由にこの世界を歩けたのだろうか。
そう思うと、億劫だった気持ちが更に虚しくなってしまった。

「城を歩き回られていかがでしたか?」
「……ここって牢屋あるんだな?」
「はい。我々の様な使用人が無礼を働いた際の反省部屋として使用されています」
「まじかよ……、気分悪いな」
「ジン様もどうかお気をつけ下さい。貴方が赦されているのは、あくまでその首のものがあるからです」

いつでも自由が奪えるのだから、閉じ込めておく意味がない。
悲しくはあるが、エドワーズに毎日着せられているこの服にも慣れてきている。
早く帰らなければ本当に飼い犬にされてしまいそうだ。

「本日は、リフウお嬢様とギルバート陛下の婚姻の儀式があります」
「それさ、マジでリフウちゃんが結婚すんの? なんであんなやつ……」
「そうしなければ行けない、様々な要因がお嬢様にはあります。望まぬことであれど、それによって救われるものもある。それはジン様だけにとどまらず、カナト様の母君もそうでしょう」
「カナトの母さん?」
「はい。詳しいお話は今日来るかもしれないメロディアスに聞かれては?」
「なんだよそれ、からかってんの?」
「私はフィランソロの執事です、メロディアスへ嫁いだあの方は、フィランソロを出られました。その為、私が軽率に話して良いことではございません」
「ふーん」

よく分からなかった。
しかしこの数日で、エドワーズが味方だと分かったし、無理に聞いては行けないと思う。
エドワーズは、ギルバートに抗えないジンを自分の武器で庇ってくれたのだ。
ジンを突くと言った武器で……。

「では私も、お嬢様の元へ向かいます」
「アンタもでるんだ?」
「はい」
「今日ってなんかすごい静かだよな、やっぱり結婚式のやつ?」
「えぇ、つい一昨日に決まった事ですので、ここの使用人達も皆、準備に駆り出されております」
「じゃあ誰も居ない?」
「いないといえば、確かに誰もおりませんが、正面扉のロックはちゃんとしてありますので、ご安心を」
「それ俺が嬉しくない事知ってて言ってるよな……?」

まともに突っ込めるようになって来ている自分が悔しい。
少し名残惜しくて、エドワーズを見送ろうとしたが、ジンは部屋の出口で止められてしまう。

「貴方がくると、扉が開かなくなりますので」

そうだった。
開いていようが閉まっていようがジンにとっては同じだ。
また広い部屋に一人残され、虚しい気持ちになってくる。
カナトは来ると言ったが、本当に帰れるのだろうか。もし帰れる事になっても、こんな場所からどうやって脱出するのか検討もつかない。
しかも、ただ脱出しただけでは首の物で位置情報が筒ぬけなのだ。
これがある限り、使用人に見つかってもダメだろう。

何も出来ないなぁと思いながら、ジンはドレッサーに座って、圏外表示のナビゲーションデバイスをみた。
カナトが来るまでバッテリーを温存しようと思い出来るだけ触らずにいた所、まだ満タンの表示になっている。
カナトは何時頃来るのだろうか。
エドワーズに、結婚式の時間を聞いておけば良かったと思ったが遅い。
ジンは何も考えず、ナビゲーションデバイスの位置情報を発信した。
カナトが来た時に、見つけてもらえばいいと願って、





淡い紫のドレスに身を包んだリフウは、全身鏡で自身と向き合っていた。
後ろでは使用人達が丁寧にドレスの調整やメイク、髪まで綺麗に纏めてもらっているが、結び方が違うものになっていることを、リフウはあえて指摘せずにいた。

「本当に立派になられましたね……」
「エドワーズ! ノックぐらいしなさいとあれ程……」

ゆっくり振り返ると、エドワーズは他の使用人達に扉を開けてもらったようだった。
エドワーズはフィランソロの執事だ。
何も言わないリフウにかわり、着付けとメイクが間違っていないかを確認しに来たらしい。

「髪の結い方が間違っております。お嬢様、まさかこのまま儀式へ出られるつもりだったのですか?」
「……貴方には、ジンさんの所にいてあげてって言ったのに」
「ジン様は、監視されることを望んではおられません。……仕方がありませんね。私が結い直しましょうか」

リフウは呆れたため息をついた。
いつもそうだ。反抗したくてわざと手を抜こうとすると、エドワーズが治しに来る。
レールから外れようとしても、外れる事を許してくれないそれがエドワーズだった。
時々悔しくもなるが、正しいと理解しているが為、文句も言えない。

「お母様が……目を覚まさないの……」
「さようにございますか」
「もう最後かも知れないのに……、今の私は母様に見られたくなくて……」
「お嬢様……。お気持ちは理解致します。しかし、どうか後悔されぬよう。判断を」
「分かってる……」

メロディアスと結ばれるつもりだったリフウが、ジェラシアへ嫁ぐことをセレナーデは是とした。
厳格で仕来りに酷くうるさかった母が、今更許すとは思えなかったのに、彼女はリフウに好きに生きろと言ったのだ。
ギルバートにいいくるめられたのか、気が変わったのかはわからない。
だが、最後の最後で、セレナーデはリフウを許した、好きな人と自由に結ばれ、好きに生きて良いと……、だからリフウは、今のこの姿を母に見せたくはなかった。
母が許した自分は、陰謀と策略が張り巡らされた望まぬ結婚の象徴にすぎないのだから、

「お嬢様……。メロディアスが間も無く動きます。セレナーデ様に会うのは、それからでも遅くはないのかも知れませんね」

レミエルの居城は、主であるギルバートが結婚するとあり、庭園には赤の絨毯やお祝いの花が飾られて、完全に祝賀モードとなっている。
気の早い七大天使のなかには、もうついている彼らも居るそうだ。
リフウもそこへ赴き挨拶をせねばならない。

「エドワーズ。……ありがとう」
「仰せのままに、我が主よ」





耳元に酷く高い電子音に、意識が無理矢理ひき戻される感覚をカナトは感じた。
何度も鳴り続けるその音は、エミル界で毎週みているドラマの主題歌で、聞くたびに名探偵がヒーローに変身するシーンが頭にうかぶ。
しかし今日は、そんな悠長な記憶を思っている暇は無いとカナトも理解していた。
ゆっくりと重い身体を起こすと、狼姿のルナが飛び込んできて、カナトは再び押し倒されてしまう。
昨日何が起こったのか、カナトは殆ど覚えていない。
しかし、ルナを見た瞬間、胸の奥からぐっと何かが込み上げてきた。

「ルナ……良かった……」

存在を確かめるように、抱き締めた。
ロアだからこそ、助かったのかもしれない。
ロアじゃなかった時なんて、考えたくなかった。
今は今で無事であった事が、幸いだと思う。

カナトの腕が緩んだのを感じ、ルナ・ワーウルフは、小さな礼装の姿になるとカナトの元へ跪く。

「カナト。時間がない、準備できるか?」
「分かっている。ジンとリフウ嬢を連れ戻さないとな」

ベッドから出て、カナトはようやく昨日とは違う部屋である事に気づいた。
広い居室だが、壁の全てが、本や資料が詰め込まれた本棚で、直しきれなかったものは、応接用の机やソファやドレッサー、床にまでも山積みにされている。
また本棚の上の空いたスペースには、何のものかも分からない魔方陣やアクロニア大陸の世界地図が貼られており、カナトは数秒でこの部屋の主が誰だかを理解した。

「父上の部屋か……」
「入った時は少し驚いたぞ。掃除もあまりされていないようだ」

確かに他の部屋のように掃除されている気配がない。
本棚はパンクしているが、積み上げられた本には埃が被っているものもある。
しかし、今は余り考えてはいられない。

出かける為に外出用の礼装へ着替えたカナトは、朝食を取るために一度部屋を出る事にした。
部屋の外には、見張りをしてくれていたらしい、スィーとセオがいて、カナトは少し安堵する。

「おはようございます! カナトさん」
「よく眠れましたか?」

「眠れはした。ありがとう、……キリヤナギは?」
「今は休んでいます。睡眠時間が大分削られているので、ギリギリまで寝ていろとは言っていますが」
「そうか、私は構わない。昨晩の件もあるだろう……二人にも迷惑をかけてしまった」
「我々は責務を果たしただけです。それを迷惑と言われては此方も困ります」
「……そうだったな」

「カナトさんは何処に行かれるんですか?」
「キッチンで朝ごはんを……」
「自分で作るんですか?」

……。

「カナトさん、そろそろ慣れた方がいいのでは?」
「すまない、つい……」

「メイドさんを呼べば持ってきてくれますよ?」

恥ずかしい。
ナチュラルに自作しようとしていた自分がいた。
持ってきてもらうのもいいが、ここを出る前に父と顔を合わせておきたい為、カナトはセオとスィーと共にウォーレスハイムがいるであろう食卓へと向かう。
そこには、エミル界となんら変わりなく優雅に情報誌を読む父がおり、一瞬エミル界では無いかと錯覚した。

「よ! 今日はつくんねーの?」
「あまり、からかわないで頂きたい……父上」
「からかってねーよ。シャロンが怖いだけだって……」

理に敵いすぎてぐぅの音もない。
誰か居るかと思ったのに、食堂にはウォーレスハイムとバトラーしか居なかった。
シャロンとカナサはどうしたのだろう。

「お前が一番寝坊だよ。二人とも儀式の前にある舞踏会の準備をしてるさ」
「舞踏会?」
「社交界、貴族同士の挨拶会な。俺はいかねーけど」
「何故ですか?」
「興味ない。ミカエルも同じだ。んなただのダンスパーティに参加しても時間の無駄だろ? 儀式にだけ出ればいいんだよ」

父が他の七大天使から疎まれる理由がわかってきた。
社交界は貴族同士の挨拶会に加え、一つの交友会でもあり、貴族同士の親睦を深めるものでもある。
そんな定例行事を、こうも簡単にないがしろにするのだから、他の七大天使達にとって、ウォーレスハイムが得体の知れない気持ちもわかった。

「そう言うお前はでるのかよ?」
「私ですか?」
「歓迎されると思うぜ、いろんな意味で……」

ウォーレスハイム本人が居ないのに、未だ跡を継ぐかどうかも分からない息子が行ってどうするのか。
むしろ、リフウが結婚する事で没落が確定となるなら、他の貴族から白い目で見られるに決まっている。
シャロンならともかく、そんな場所にメロディアスの居場所はない。

「……カナサは?」
「シャロンが一度、見せておきたいんだとさ。いい経験になるだろ……トラウマにならなきゃいいが」

一応、心配はしているらしい。
カナトを含めたカナサも、天界の社交界は初めてだ。
エミル界での社交界なら、ある程度の勝手は理解していると思うが、エミル界では重鎮でも、天界では恐らく間逆の扱いを受ける。
どんな惨状になるか予想がつかない。

「お前もやる事あるんだろ? カナサはカナサ、お前はお前だ。なんでも囲い込んで自滅する育て方はした覚えはないぜ」

そうだ。
ウォーレスハイムは、何よりも義理と人情を重んじる。
社会の目がどんなに冷ややかであっても、父はいつもそうだったのだ。
だからこそ、義理を果たそうとするカナトをここまで連れてきた。
責任を背負う覚悟を持てと言う条件で、

ウォーレスハイムの背負う責任が、現在の社会からの迫害の現状ならば、カナトはそれを返さねばならない。
道筋はできているのだ。
後は現場で証明すればいい。

「しかし父上、昨晩は……ありがとうございました」
「おう、ビックリしただろうが、よくあるこった。きにすんな」

よくあるといわれて、カナトは少し息をのんだ。
思い出しただけでもぞっとするのに、またあるのかと思うと不安にもなってくる。

「襲撃された理由は、理解してっか?」
「……儀式への参加の有無……ですか?」
「そうだな。俺にもお前にも、レミエルは来てほしくないんだよ。儀式の際中にリフウ姫の気が変わっちゃ大恥だからな。カナサならまだしも、お前は得にリフウ姫と関わりが深い。それも要因にあるんだろうさ」

アクロポリスでリフウを引きとめようとしてしまった事で、レミエル・ギルバートはその関わりの深さを知ったのだろう。
危機感を覚えるのも不自然ではない。

「お前さ、まさかノコノコ正面から参加するつもりじゃないよな……」
「……舞踏会はどうあれ、私がレミエルと会うことは滝壺へ飛び込む事と同じである、とは一応理解しています。しかし……」
「襲撃が失敗した今、連中はお前が舞踏会に来ることを期待してるぜ? ジンをどうにでもできるって事を証明するためにな……」
「……父上は、舞踏会に参加されないと言うことですが」
「まぁな、儀式の時間に行けばいいと思ってる。ただ……」
「?」
「招待状に、儀式の始まるちゃんとした時間が書かれてなかったんだよなぁ……」
「なん……」
「午後からとは書かれているが、舞踏会の後の儀式が昼なのか、夜なのか明確に書かれていない」
「そんな大雑把なスケジュールで……」
「意地でも邪魔されたくないんだろうな。舞踏会でお前に釘を刺した後、儀式をやるつもりなんじゃないかね」

呆れてため息すら出てくる。
どれほど迄に、ジェラシアはメロディアスを嫌っているのか。

「舞踏会に、リフウ嬢が出てくると思いますか?」
「来ないんじゃないか……? まずお前とあわせたくないだろうしな」

ウォーレスハイムの言葉にカナトは少し考えた。
カナトがレミエル・ギルバートと会わなければ儀式が始まらない。
儀式が始まらなければリフウと顔をあわす事が出来ない。
つまり、カナトとレミエルが顔をあわせる前にジンを解放しなければ、交渉の材料として使われる。
また解放したとしても、他の七大天使達の前で婚姻の誓いがたてられれば、リフウはもうエミル界に戻れない。

ジンを救出できるだけの時間を稼ぐには、どうすればいい。そう考えた時、カナトはふと脳裏に弟がよぎった。

「……カナサは今何処に?」
「シャロンと一緒に準備してんじゃね? 部屋にいるだろ」
「……父上からみて、私とカナサは見分けはつきますか?」
「俺は一発でわかるぜ? 目つき違うし、雰囲気も真逆だからな。……でもそれは、あくまで俺が両方と話して知ってるからだろ、初対面ならわからないんじゃないかねぇ」
「……」
「お前、メールの事もそうだけど大胆なこと思いつくよなぁ」
「……そうですか?」

大雑把な父に言われたくない。
考えている事を察されてしまったのだろうか。どちらにせよもう時間がない。

カナトはセオとスィーと一緒に朝食を終えた後、シャロンとカナサのいる部屋へ向かう。
カナサは、シャロンの隣の部屋で準備をしているらしく、カナトは二人を見張りとして残し、1人でカナサとバトラーに会った。
カナトの話をきたカナサは、バトラーと一緒に絶句するとまるで確認するように声を張り上げる。

「あ、兄上。本気ですか……!」
「本気だ。頼まれてほしい」
「ですが……僕は」
「ジンを解放する間、僅かな時間で構わないんだ」
「……」
「すぐ戻る……!」

数秒間黙ったカナサは、結局断ることが出来なかった。
バトラーに舞踏会用の服を着せてもらい、彼は一度ウォーレスハイムの部屋に戻り、用意された荷物を持った。
ずっしりと重いそれには、銃が三丁も入っていて少し複雑な気分にもなってしまう。
しかし、レミエルの城に向かうまでの手はずは、もう昨日の段階で整えた。
あとは向かうだけだ。

リアスに荷物を持ってもらい、移動用の庭に向かっていると、出口付近に白服に赤いマントの騎士がそこへ待機していた。
彼は、一度此方を見て少し驚くと笑みをこぼして礼をする。

「キリヤナギ……昨日は、ありがとう」
「……無事で何よりです。ご体調は?」
「わたしは、気にしなくていい……平気だ。今からレミエルの城に行く。来てくれ……」
「仰せのままに……」

キリヤナギが先導し庭へと乗り込んで行く中、シャロンを含めた3人もそれに続いた。
ウォーレスハイムはミカエルと共に、適当に時間を潰してからレミエルの城に向かうと言う。

「で? 何の用だよ。ミカエル」
「私の方から訪ねて来てやったのに、雑な歓迎だな。ウォーレスハイム」
「誰も呼んでねえし! 来るなら来るで連絡いれろよ!」
「そんな必要がどこにある? どうせ貴様も午後からなのだろう。暇なら暇だと言えばいいじゃないか」
「お前を中心に世界が回ってるわけじゃないんだよ! 少しはこっちの事情も考えろ!」

入れ違いでカナトとカナサ、シャロンを送り出し、ウォーレスハイムは唐突に現れたミカエルの対応に追われていた。
彼は応接室のソファへ堂々と座り、ストレスを募らせるウォーレスハイムをあざ笑う。

「で、貴様どうするんだ?」
「なんだよ……」
「成り上がりの熾天使。堕天・ルシフェルは、同七大天使に翼をもがれ、再び地に落ちるか?」
「うるせぇ、どうなろうがこっちの勝手だろうが、構うんじゃねえ」
「その割には随分と動いているじゃないか。襲撃もされて、レミエルも必死だな」
「てめぇ……」
「襲撃は失敗したと見たが、誰が追い払った? エミル界の騎士か? 当たるわけない距離からハンドガンで当てたのは本当か?」
「しらねぇよ! 馬鹿野郎!!」
「貴様が知らないわけないだろう? 早く教えろ。時間がない」
「しらねぇっつてんだろうが! もう帰れ!」
「暇な奴が。相手してやる為にわざわざきてやったのに、理にかなってない発言だな」

このミカエルは帰る気配がない。
質問をすることを諦めたのか、彼はまた黒い端末のキーを叩き始める。
これだから会わせたくない。会わせたら何が起こるか分からない。

「レミエルも馬鹿なことをする。ほおっておけば、貴様など勝手に没落すると言うのにな」
「さらっと罵倒すんな!」
「だが、分かるぞ。貴様はエミル界育ちだからな。私も一時期身を寄せたが、いい所だ」
「お前のそういう発言全く信用できねぇ……」

お互いが七大天使とは思えない会話だと思う。
ただひたすら呆れる事しか出来ず、ウォーレスハイムは頭を抱えた。

「それにしても、見た所本当に知らないようだな? 貴様の騎士ではないのか?」
「襲撃の現場にはいたが、戦った所はみてねぇんだよ」
「そうか……。残念だな。その騎士はいつまでこっちにいる?」
「さぁな。俺も用事終わったらすぐ戻るし、一緒に帰るんじゃないかね……」
「なら、今日の帰りに待つのがいいか?」
「なんで待つんだよ!帰れよ!」
「貴様が分からないなら、直接聞きに行くしかないだろう? 他に方法があるか?」

この男は……!

「よく考えろ。お前はミカエル、七大天使だ。昨日戦ったのはエミル族の騎士だ。突然会いに行ったらびっくりしちまうだろう? そしたら、警戒されて聞きたい事も聞けないんじゃないか?」
「警戒される?」
「おうおう、だって社交界と結婚式の帰りだぜ? ギチギチな駆け引きした後の帰りじゃ、同じ貴族のてめーは警戒されてやべーぞ」
「そうか……確かに、不本意ではあるが、同じ七大天使である分、レミエルと同等にみられても仕方ない……」
「だろ? ここは俺がまた間に入ってやるから我慢しろ。代わりに聞いてメールしてやるよ。嫌われたらもっと話してくれなくなるしな」
「……ふむ。まぁいい、貴様の息子の話も聞きたいが、そちらも任そう」

……よかった。
うまくやっているとウォーレスハイムは自画自賛する。

「そういやさ、サーバーの件ありがとうな! カナトのやつ通信できるって喜んでたぜ」
「ふっ、当然だ。”ナビゲーションデバイス”が発信している微弱な電波を拾えれば、あとはこちら側が回線を繋げばいい、この私にかかれば造作もないことだ」

語り出した。
ミカエルは天才だが、この自信家すぎる性格は本当になんとかならないのだろうか。

「そうだ。ウォーレスハイム、喜べ」
「何をだよ?」
「一昨日、貴様から連絡を受けて、作ったモノがあっただろう? あれを作る際、レミエルの居城にあるセキュリティを解析していたのだが、思いの外面白かったぞ」

……。

「……で?」
「は? 貴様、私がレミエルのセキュリティシステムの全てを理解した事が嬉しくないのか?」
「あのな? ……お前はそれで嬉しいかもしれんが、それで俺にどんな恩恵があんのかわからん」
「鈍いやつだな。やろうと思えば、あんなジャミングリモコンなどなくとも、貴様のエミル族を解放できると言うことだ? やってみせてやろうか?」
「いやまて! 今やっても拗れるだけだからやめろ。変に解放すると、警戒されてお前が干渉できない所で拘束される……」
「ふん、貴様はいつもそうだな。私と言う天才がいるというのに……いつも出し惜しみをする」

疲れる。
これがあと何時間も続くかと思うと、先が思いやられた。
うな垂れたい気持ちを抑え、ブラックコーヒーを啜っていると端末を見ていたミカエルが笑みをこぼした。

「どうやら、メロディアスの庭がレミエルの城についたみたいだな」
「もうそんな時間か……」
「どれ、貴様の息子の位置情報でも観察するか」

頭痛がした。
端末を見ているミカエルは、目をキラキラさせていてとても楽しそうにしている。
他の七大天使達はミカエルを、鉄壁の軍師として一目起き、その性格に隙はないとみているがウォーレスハイムに会った瞬間これだ。
普段どれだけの地を隠しているのだろう。

「なぁ、タイタス……」
「やめろ、ウォーレスハイム。その名前で呼んでいいのは妹だけだと決めている。貴様に呼ばれる筋合いはない」
「そういうことするから、友達すくねぇんだよ……」
「友人など、情報が共有できるだけいれば十分だと思わないか?」

ミカエルはまだ若い。
ウォーレスハイムの半分以下なのに、彼は天才すぎるが故、自分と同等の会話が出来る人間がいないのだ。
だから、ミカエルとして、軍師としての印象を回りに植え付け、自身に余計なものが寄り付かないようにしている。

タイタス・フォン・ミスタリア
しかし彼も、こうして今に至るまでに様々な苦労をしてきた事をウォーレスハイムは知っていた。
だから、ないがしろにもできず、たまに会って付き合っている。

「聞き忘れていたが、貴様の息子は双子らしいな」
「そうだぜ。カナトが上、カナサが下だな」
「なら、デバイスが密集している方が、兄の方が……なかなか面白いぞ」
「あれ? 識別番号から誰のデバイスわかるんじゃねーの?」
「やろうと思えばわかるが、中身のデータを見ていいのか? 軽いハッキングになるが」
「すまん。俺は何も言ってない」
「面白そうなら見たいが、全て確認するのは手間がかかるからな。見て観察するだけなら、位置情報だけで十分だ」

愉快犯だなぁと思う。
しかし、タイタスはハッカーだ、クラッカーではない。
やる事はえげづないのに無害と言うのも何故か恐ろしさが際立つ。
端末の画面をサイバーインターフェースに移したミカエルは、デバイスの位置情報をウォーレスハイムにも見えるように参照した。
いよいよだなと思い、また不安もあるが、今は心配するときではない。

やるだけやってこい。

ウォーレスハイムはそうカナトにエールを送る。


****


レミエルの居城の庭園についた、双子とシャロン、騎士隊は、数十名の使用人達に迎えられ飛空挺をおりた。
レミエルの城の敷地は、広大な庭園に木々が植えられ、歩道を線とした対称な世界が底に広がっている。

レミエルの使用人達がまず驚いたのは、飛空庭から階段が降ろされ、そこから白服に赤いマントの翼を持たない騎士が現れた事だった。
更にその後ろには、黒髪にネクタイを締めた男。彼も翼を持たず白服の騎士に続く。
現れた二人のエミル族に、回りの使用人達は顔を見合わせたが、次の降りてきた礼装のアークタイタニアに、再び視線が集まった。

漆黒の墜天を示す黒い翼は、神の元を離れ100年以上経たなければ現れることはないと言う。
カナトとカナサは、延べ300年以上エミル界にいた父、ルシフェル・ウォーレスハイムの息子である事から生まれつき翼にその色を持っていた。

寄せられる視線に応える用に、キリヤナギが道を開け、階段を降りてきた墜天に頭を下げる。
懐から取り出された招待状に、使用人は我に帰ると急いで案内人をよびだした。

レミエルの城へ招かれた、カナトとカナサ、シャロンは、カナトの騎士隊と共に赤絨毯が引かれた庭園を進む。
シャロンはバトラーに日傘を刺してもらい、双子もその横を歩いていた。

「素晴らしい庭ですね……」
「お褒めの言葉をいただき光栄にございます」
「……兄上、すこしだけこの庭園を散歩してから向かっても構いませんか?」

「散歩……?」
「兄君……? 貴方がカナト様ですね。レミエル陛下から、到着されたらすぐにご案内するよう仰せつかっております」
「すぐに……?」
「はい」

「……兄上?」
「分かった。……私は、先に行っている」

「緊張をしていますね。もう少し肩の力を抜きなさい、彼らは、私達を歓迎しているだけです」

横にいたシャロンは、口ごもる彼の腕を抱き、そっとよりそった。
庭園の中へ歩いてゆくもう一人を名残惜しそうに見送り、シャロンを含めた彼らは、レミエルの城へ急ぐ


案内人につれられて、ゆっくりと庭園の奥に入っていくと、大きな木にブランコが掛けられた場所や、木々の迷路、花時計もある。
案内人と二人で、ようやく庭園の壁際までくると、歩道はもう木々にじゃまされて見えなくなっていた。

「案内は以上です。では戻りましょうか」
「ありがとう。そして、すまない……」
「はい?」

突然、相手の雰囲気が変わり、案内人は首を傾げた。
その瞬間、後ろから打撃を喰らい、案内人はそのまま意識を手放す。
”クローキング”で隠れていたリアスは、カナサの格好をしたその相手に顔を上げた。

「驚きましたよ。カナトさん」
「すまない。このぐらいしか思いつかなかった」
「シャロン様が抱きついて、カナトさんが平気なわけ無いですから、急いで追いましたよ」
「ありがとう。助かった……。行くか」
「はい、時間がありません。勘違いされているうちに急ぎましょう。憑依してください」

カナサの部屋に向かったとき、カナトはカナサに少しだけ入れ替わって欲しいと提案した。
ジンを助ける為、レミエルにカナサをカナトであると勘違いさせれば、大分時間は稼げると踏んだのだ。
そう言うのも、ジンと言う人質はあくまで、カナトを相手にした時に使えるカードであり、エミル族に対して確執があるカナサには効力がない。
その上でウォーレスハイムが、後継をカナトだと断言しているのならば、カナサ自身に継承権をどうとする権限がないということとなり、レミエル側の取引すら成立しなくなる。
つまりレミエルに気づかれる前に、ジンを救出できれば、カナトは堂々とレミエル・ギルバートの前に立てるのだ。

カナサは今、使用人にレミエルの元へ案内されてる。
急がねばならない。

リアスは、背負ってきたリュックと緋之迦具土をカナトに渡し、ブーストを点火して”クローキング”で走る。
道中で、数名の使用人とすれ違ったが、誰も彼も一般人だ。
”クローキング”を使っているリアスには驚くほど気づかない。

「入り口は、憑依防具や武器にしか反応しないみたいですね、おれが隠れてても気づかれませんでした」
「予想が当たってよかった。しかし、油断するな、リアス」
「分かっています」

カナトはリアスの胸で、スタイルチェンジを唱える。
彼はそれに応えるよう加速した。



カナトと入れ替わったカナサは、できるだけ時間を稼ぐために、庭園を見たいと言ってゆっくり歩いていた。
傍らにはカナサの腕を抱くシャロンと騎士隊、狼のルナもいる。
ルナは、匂いや雰囲気が違う時点でカナトではないと気づいていた。

しかし、心を共有しており、カナトが何を考えているか理解できた為、あえて騎士隊の彼らにも黙っていた。
ルナが見る限りでは、キリヤナギとグランジ、セオは気づいている。スィーは不審に思っているようだが、コウガは気づいていない。
使用人達は、初対面ならばカナトはこういう人物だと錯覚するだろう。
名乗らずにいれば、騙した事にもならない。
だからカナトは、あえてカナサを兄上と呼んだ。
使用人は、名前を確認せずカナサが兄だと思い込んだ。
それだけだ。

「なんか大将、昨日と雰囲気ちがくねーか?」
「……!」
「調子悪そうだぜ? 大丈夫かよ」

カナサの顔が少し引きつっている。
危ないと、ルナは思った。
カナトはまだ、ジンの元へ向かっているだろう。
まだばれてはいけない。

「コウガ、その発言はあまりにも軽率だよ?」

キリヤナギの言葉に、ルナは少し驚いた。
後ろを歩くカナサへキリヤナギは振り返ると、右手を差し出す。

「お手を……」

カナサは緊張で少し震えている。
恐る恐る差し出された手を取り、カナサの指を自身の唇へ持っていく。

「昨晩の恐怖は、もうお忘れ下さい。私がおります……」

カナサは、言葉が出なかった。
昨日、兄が襲撃されたのは知っている。
キリヤナギの発言はそれを慰める言葉にも見えるが、唇を寄せ指にキスをする事は、”賞賛”を意味する。
この騎士は、緊張して強張るカナサを誤魔化し、かつ、カナトを演じるカナサを”賞賛”した。

言葉がみつからない。

「あら、この場合のキスは手の甲ですよ。キリヤナギ」
「シャロン妃殿下。これは失礼な間違いを致しました……、ご指摘を感謝いたします」

間違いなどではない。
この騎士は、兄にはなりきれない弟を許すというのだろうか。
兄のふりをして従えているだけなのに、守ると言うのか。

思わず離れかけたキリヤナギの手を、カナサは握り返す。

「……ありがとう。頼りにしている、キリヤナギ」

キリヤナギは笑みを見せ、再び歩み始めた。
その背中は驚くほど頼もしい。

「お、昨日の大将に戻ったな。たのむぜー? 本当」

似ていたらしい。
少し緊張がほぐれ、カナサの手の震えが収まる。
このまま穏便に行けばいいと、心から願った。

居城にはいり、彼らは舞踏会が開かれている巨大なホールへと案内された。
天井には数多の天使達を形作るステンドグラスが組まれ、床に入り口から奥の祭壇にむけて赤絨毯が真っ直ぐに敷かれている。
脇には楽器をもつオーケストラと、豪勢な料理が並んだ円卓もあり、まさに舞踏会と結婚式が一体になった作りをしていた。

煌びやかな衣装を纏う様々な翼の色のアークタイタニア達の中で、翼をもたないキリヤナギ、グランジ、セオは当然のように悪目立ちする。
しかし、カナサが一緒にいることが分かると、皆納得したのか背を向けてしまった。
話かけるなとも言われたその空気に、カナサの視線が床へと落ちる。
足元のルナが心配そうに見上げてくる中、キリヤナギが口を開いた。

「スィー」
「隊長! なんでしょう」
「私の代わりに横へついていてくれ」

キリヤナギの対応にカナサは心から安堵する。
エミル族の騎士を、彼らは許さない。
兄は何故、エミル族のキリヤナギをここへ連れてきたのだろうか。

「毅然となさい。貴方は、私の息子なのですよ」

凛とした母の声に、カナサがようやく顔を上げる。

「父の名と母の名に恥じぬよう堂々と、その生まれに誇りをもちなさい」

カナサは自分の心臓が高鳴るのを感じた。
母の言葉の意図が、カナサかカナトに当てたものであるかはわからない。
しかし、今の自身の態度について叱咤された事には変わりなく、カナサは真っ直ぐに前を向いた。
恐れる事などはない。
これから先、どうなるかはわからないが、今はまだ、カナサも彼らと同じ立場だ。
何を遠慮することがある。

「キリヤナギ……」
「何か?」
「構わない。居てくれ……」
「……仰せのままに」

キリヤナギはスィーと二人で、カナサの横へとついた。
本当によく出来た騎士だ。
カナサが一番怖気付いているのに、キリヤナギは何一つ動じていない。
むしろ、今の立場を楽しんでいるようにも見えて、少し呆れてしまう。

そんな様子を見たシャロンは、後ろにいたセオへ声をかけると、バトラーとセオと共にホールの中央へと出て行く。
するとまるで待っていたかの様に、周りにいた他の天使達が彼女に集まってきた。
例えメロディアスに嫁いでも、フィランソロの純血である彼女は、他の貴族達からも重要視されているらしい。

「ジェラシアへようこそ……カナト殿下」

カナトと呼ばれ、カナサは息がつまるのを感じた。成人を超えたであろう男性の声は、初めて聞くものだ。
先に振り返ったキリヤナギはマントを持って一礼し、スィーもそれに続く。
カナサも、恐る恐る振り向いた。

「レミエル・ギルバート伯爵……」
「伯爵とは、そう呼ばれたのは初めてだ。しかし間違ってはいないね。天界では皆が七大天使を王と呼び合っているから……」
「合わせたほうが……よろしいですか?」
「どちらでも気にしないよ。好きに呼ぶといい。僕もそうするから」

名乗ってはいけないと、カナサは何度も心に唱え言葉を続ける。

「私共のようなものにお声をかけて頂き、至極光栄の極みにあります。……この度は私の祖母の件でご迷惑を……」
「彼女は、とても寂しそうにしていたからね。僕の城へ招いた。おかげで体調も回復しているようだ」
「心から感謝致します……」

耐えなければいけないと、カナサは自分に言い聞かせる。
ここで取り乱してはいけない。
レミエル・ギルバートは笑みをみせ、カナサと傍にいるエミルの騎士と目を合わせた。

「君はエミル界の騎士かい?」
「いかにも、私はキリヤナギ。カナト殿下に雇われ此処まで参りました。お見知りおきを」

「す、スィーです! お見知りおきを……!」
「スィー……君が隊長かい?」
「い、いえ、違います。隊長はキリヤナギ隊長です」
「ほぅ、アークタイタニアである君が、エミル族に仕えているのか……」
「はい、そうです」
「……エミル界は物好きばかりだね」

返された言葉にスィーがきょとんとする。
キリヤナギは目をつむり、聞こえないように流すが軽い侮辱を受けた事に、カナサはひどく苛立ちを感じた。
キリヤナギは優秀な騎士だ。
雇われたと言ったが、今はカナトの意志を汲み取り、カナサの横にいる。
ここでキリヤナギが何をしても、キリヤナギになんのメリットもない。それなのに、カナサは助けられてしまった。
何もしてやれないのに、なんの権限もないのに、キリヤナギは、カナトではなくカナサを助けた。
だから、許せなくなる。
誰が誰に仕えようが勝手だ。
それを物好きだと嘲笑い、エミル族のキリヤナギを卑下にした。
許したくない。

「ギルバート伯爵」
「なんだい?」
「お言葉ではありますが、キリヤナギは、たとえエミル族であっても私の武器、盾となる騎士。それを、アークタイタニアのスィーを材料に、物好きとは、聞き捨てなりません。スィーはスィーなりの誇りをもち、キリヤナギに仕えています。どうか前言の撤回を……」
「そうか……。確かに、エミル界はそういう所だったね。すまなかったよ。立場上、異族は嫌いなんだ。気を悪くしたなら悪かった……騎士・キリヤナギ」

何も言わずキリヤナギは再び頭を下げる。
カナサはホッと肩を撫でおろすものの、ギルバートの視線が此方を向いている事に気づいた。

「本当に噂通りだね、エミル界に住むメロディアスは、天界よりにエミル界へ肩入れしているようだ……」
「!?」
「外交の主軸たる堕天・ルシフェルの跡継ぎがこれ程までにエミル界へ感化されるとは嘆かわしい」
「何を……」
「わからないかい?」

まずい、とキリヤナギは背筋が冷えた。
ギルバートのブラフに、カナサは乗ってしまった。
エミル族のキリヤナギを侮辱し、撤回させ、ルシフェルの跡継ぎが、天界の味方ではなく、エミル界の味方であると論点を入れ替えたのだ。
このままでは、メロディアスがルシフェルである意味をギルバートに完全否定されてしまう。

「……違う」
「何が違うんだい? アークタイタニアの騎士ではなく、エミル族の騎士を連れて来た君は、エミル界で同士を集め、天界を攻め滅ぼそうと考えているようにもみえる」
「そんなこと――」
「堕天・ルシフェルは、あくまで天界の外交大使だ。その跡継ぎである君が、エミル界側について何をするんだい? 騎士まで従え、何を企んでいるんだ? メロディアス」

物騒な言葉が聞こえて驚いたのか、周辺にいたアークタイタニア達の視線が一気に此方へと集まる。
キリヤナギは思わず、ホールにいるであろうシャロンを探した。
しかし彼女は、様々な貴族達に囲まれ、とてもこちらには気づかない。
稼げる時間はここまでか。
そう思ったとき、先に口を開いたのは、カナサだった。

「僕は……エミル界に、ジンさんやリフウ様のように……友達はいません。だから、こうやって従える事でしか……話をする事ができない。……だから、私に、そんな力はありません……」

絞り出された言葉に、そこにいる3人は何も言えなくなってしまった。
だが、キリヤナギはその言葉をきき、肩の力が抜けるのを感じる。
昨日、カナサと話したとき、彼がエミル族に対して複雑な感情を持っている理由がわかった。

カナサは一人なのだ。
エミル界にいるにも関わらず、カナトとは違い、彼は貴族の一人息子として育てられた。
そんな彼に、カナトにおけるジンのような、唯一無二の友人などできるわけがない。
もし顔を合わせる機会があったとしても、それもたった一瞬だったのだろう。

自由にしている兄が、うらやましくなるのも分かる。
関わり方がわからないカナサとは違い、何の隔たりもなくジンに接するカナトは、カナサにとって理想だったのだ。
だから、常に劣等感に満たされ、自信がなく、己の気持ちを伝えることができず、ただ流されるがままに生きるしかなかった。
それが故、友人を友人と思う事すら、カナサにとって一つの壁となる。

ウォーレスハイムが、必要にカナトへ跡継ぎを迫る理由はこれか……。

見ていられないと、キリヤナギはうなだれた。
しかし、ギルバートの誤解の言葉を打ち消すには十分でもあり、彼もまた返答に渋っているようにも見える。
当然だ。真っ向から否定に来ると思った相手が、「友達はいないからできない」と返してきたのだ。
誰だって戸惑う。
キリヤナギだって、そんなこと言われれば、相手に同情したくすらなるだろう。
とても見てられない。

うつむき小さく震えているカナサは、感情を必死に抑え込んでいるようだった。
プライドも何もない、カナサの感情が表に出てしまっている。
なにか力になれるのだろうか。
今のキリヤナギにできることなど、たかが知れている。
しかし、少しの気休めにもなるならば、それでも構わないと思った。

何も言わず、キリヤナギはカナサの前へ跪く。
鉄の鎧のこすれる音が聞こえて、カナサは少し顔を上げた。

「どうか悲しまれず、私はそのような顔を見るためにここにいるわけではありません」
「……キリ……ヤナギ」
「私は私の意志で、今ここに在る。友人として、居てくれと命じた貴方の言葉を果たしたいと願った。それだけです」
「……ありがとう」
「ギルバート伯爵。友人とは申し上げましたが、私はそのような目的の為に、仕えている訳ではない。私がここにある意味は、次期ルシフェル閣下がエミル族とタイタニア族との友好を願い、それを証明する為にある。その上で、決して侵略などという愚行を行わないと示す為のこと。それを拡大解釈し、大きな誤解を招く発言は控えて頂きたい」

言い切ったキリヤナギの背中をみて、カナサの目に涙があふれてきた。
本当はカナサが言わなければならない言葉なのに、キリヤナギがその感情のすべてを代言したのだ。
そして、この言葉はひとつの意味を持つ。

「茶番か……エミルの騎士」

こちらを睨みつけてくるレミエル・ギルバートは、キリヤナギへ殺気を込めた目でにらみつけてくる。
本来なら、カナサが言わなければいけないことを、キリヤナギが言ったのだ。
また、キリヤナギがここにいる意味を証明する相手について、カナトではなく、次期ルシフェルとあえて言い換えた。
カナトはここにいるはずだ。
代弁した相手がすぐ横に居るはずなのに、あえて言い換えた。
つまり、この騎士の主は今ここにいない。カナトに見えるものは、瓜二つの弟か。
弟では意味がない。友人がいないといった時点で気づくべきだったか。

「騎士・キリヤナギ。貴様の演技は賞賛に値するものだった。僕も見事にだまされたよ」
「……」
「さぞ辛かっただろう。主でもないのに、仕えるフリをするのはな」

カナサは、自分の心にナイフでえぐられたような痛みを得る。
全ては演技だったのか、カナサをカナトに見せるための働きをキリヤナギはしただけだったのだろうか。
そう思うと、今まで自分の抱いた気持ちはなんだったのだろう。

「私は人を悲しませるために、ここに来たわけではない!」
「……!」
「目の前で怯え、悲しむ彼を放っておくことができましょうか……。私は、かのルシフェル・メロディアスの騎士として動いたまでのこと、それ以上の侮辱は――」
「キリヤナギ。もういい」
「!」
「ありがとう……」

「メロディアスはずいぶん従順な騎士をお持ちだ。せいぜいその友情を大切にするといい」

レミエル・ギルバートはその身をひるがえすと、執事をつれて3人の前を去る。
レミエルが下がり、残されたカナサは思わず床へ座り込んでしまった。

「キリヤナギさん、ごめんなさい……僕は」
「いえ、むしろ私は感謝しています。どちらにせよ時間の問題でしたから……」
「……感謝?」
「会話において、拡大解釈をするレミエル様を、言葉において打ち消されました。さぞ寂しかったのでしょう……。お心をお察し致します」
「……僕には、兄上しか居なかったんです。だから、どうしていいか、わからない」
「……ならば、お望みください。カナサ殿下」
「望む?」
「ご自身が何をしたいか、何を望むのか、何を欲するのか、それを私めにお伝え下さい。きっとお力になれるでしょう」

カナサはキリヤナギの言葉の意味がうまく理解できなかった。
今までずっと、貴族としての立場を学び多くは望まず、大衆の為にあれと教えられてきたから、だから、相手の望みしか考えた事がなかった。
しかし今、キリヤナギはカナサに望めと言う。
欲しいもの、求めるもの、カナサ自身が何を望むのか聞いている。
そんなもの決まっているじゃないか。
兄にはあって、弟にはないもの。
兄を取られた気分になって、ひどく辛かった。だから、同じものを望む。

「僕だって、友人が欲しい。兄上のジンさんのような、キリヤナギさんのような……友達が、欲しい」
「……ならばまず、我が騎士隊をご紹介致します。きっと彼らもまた、力になってくれますから」

この騎士は、一体何処まで寛容なのだろうか。
差し出された手を取り、カナサは再び空へと舞い上がる。
ルナも安心したのかカナサに寄り添い、それをみたスィーがそっとルナを撫でた。

「何か違うと思ってたけど、弟様だったんですね。そっくりです、びっくりしました」
「スィーさんも、騙してごめんなさい……」
「……隊長が馬鹿にされたの、庇って貰えて嬉しかったです。僕も僕の意志でここにいるし、あのまま放置されたらわかんなかったし、ありがとうございます」
「でも、そのせいで話の流れが変わってしまった……やっぱり、まだまだ未熟です。兄上ならもっとちゃんできたのかな」

再びうつむいてしまったカナサに、スィーは困惑してしまう。
スィーはフォローしたつもりなのにこの調子だ。

「そうだね。カナサとカナトじゃ、会話した相手の数も違う。関わって来た人の数も、経験も全てはカナトの方が優秀だろうね」
「隊長!? カナサ様は元気無いんですよ! 塩塗るような事を言ってどうするんですか! しかも呼び捨てって……」

カナサは、ぽかんとしていた。
呼び捨てにされるなんて、家族以外初めてだ。

「カナトと同じことをしたいなら、カナトと同じ経験を積めばいい。ただそれは、カナサが望むものかい?」

望む。と言われてもう一度考えた。
確かに、兄の様に沢山の友人に囲まれたいとは思う、しかし、カナサは別にカナトになりたい訳ではない。
カナサはカナサの友人を作りたい。
だからこそ望んだ。

「違う、気がします……」
「なら、自分の望むものをもう一度考えてから話してよ。それまでしらない」

「へ!? 隊長、今、力になるって言ったばかりじゃないですかぁ!」
「僕は忙しいの。カナサのやりたい事なんて一緒に考えてられないよ。決まったら呼んで」
「ぇえぇ!? ごめんね、カナサ様。隊長、機嫌悪いみたいで……えっと……」

「いえ、あのスィーさん。ありがとうございます」
「へ?」
「キリヤナギさん。やりたい事決まったら呼んでって……言いましたよね」
「は、はい。言ってましたけど……」
「頼っていいって事ですよね……話して、一緒に居ていいって事ですよね……」
「当たり前じゃないですか! もー、隊長ってば……」

カナサは、スィーの言葉に心からの安堵を得た。
突き放されたと思って驚いたが、キリヤナギはやりたい事が決まれば呼べと残して言った。
友人が欲しいと言ったカナサを呼び捨てにして、かつ、やりたい事ができたら呼べと言ったのだ。

何もない、空っぽの今のカナサは、友人であるキリヤナギに何も望めない。
だが兄は、キリヤナギに望んだのだ。
武器となり盾となれと、騎士・キリヤナギはそれに応じただけに過ぎない。
騎士は守ることが仕事だからだ。
守ること以外を望まれても、騎士は何も出来ない。
だから、キリヤナギはカナサから去った。
自分の出番はないから、

「少し、自信が持てました。スィーさん。ありがとう」
「え、カナサ様? 僕は何も……」
「あの、もしよかったらスィーさんも、呼び捨てにして下さい」
「ぇえ!? じゃ、じゃあ流石に恐れ多いし、カナサ君でいい?」
「……はい」
「やった、カナサ君、よろしくね」

穏やかなカナサの表情に、スィーはホッと肩を撫で下ろす。
キリヤナギが人の悲しむ顔を見たくないと言ったように、スィーもカナサ自身の悲しみを望んではいない。またカナサだって、キリヤナギやスィーに悲しんでほしくないと思った。

「カナトさん大丈夫かなぁ……」
「兄上は一体なにをされているのですか?」
「リアスさんと一緒に、ジンさんを助けに行ってるんですけど、ばれちゃいましたから……」

ジンを助けると確かに言っていた。
作戦の全てをカナサは知らないが、不安には思う。
兄は今どうしているのか。



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本編 | 【2015-07-09(Thu) 12:30:00】 | Trackback(-) | Comments:(0)
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