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Royal*Familiar:第九話
RF01_kiri.jpg
Royal*Familiar

第九話:騎士の在る意味

前回
第一話:決意の序章
第二話:別離の序章
第三話:再開の対価
第四話:策略の輪廻
第五話:望みの代償
第六話:無力な再会
第七話:穢れた使命
第八話:無謀な勇気



 



午前中。
アクロポリス、アップタウンの貴族街にある居城。
広大な敷地を占有するそこへ、天空から巨大なものがゆっくりと降下してきていた。
大きさとしては、現在カナトのいる実家。居城敷地とほぼ同じサイズだろうか。
怪物のようなその浮遊物は、天界とエミル界を行き来する船。飛空城。
堕天・ルシフェル。ウォーレスハイムが所有する専用機だ。
まだかなりの高度にあるのに、その大きさがわかるほど巨大だが、これも小型のサイズらしい。

「小さいほうが早いんだよ。自家用ならあれぐらいで十分だしな」
「あんな巨大なもの普段はどこへ?」
「天界の旅行会社に預けてる。自由に使っていいって言ってあるから、普段は天界の富裕層向けの移送つかわれてるみたいだな。観光客が退屈しないよう色々改造してあるし、散策するだけでも楽しいと思うぜ?」

空を見上げるウォーレスハイムは、茫然としているカナトへ笑った。
カナトからすれば、飛空城はリングが持つ家のようなもので、時々買い物にも行く程度だが、
今真上にあるあの城は、小型といってもリング城の倍以上の大きさがある。
渡された双眼鏡で、飛空城の全体をみると、メロディアスの家紋が至る所に刻印されているのがわかった。
家紋そのもののデザインに、タイタニアの翼の表現を許されているのは、七大天使のみだという。

「準備できたら乗り込むぜ、急げよ」
「はい」

「兄上ぇ! 荷物少な過ぎませんか!?」
「必要最低限のものでいい。お前は余計なものを積みすぎだ、カナサ」

一家全員が天界へ行くと言うことになり、使用人達が酷く忙しそうに走り回っている。
居城のありとあらゆる場所から、必要な物を運び出し、飛空庭を介して積み込んでいるのだ。
駆け回る使用人達に道を開けられながら、外出用のドレスを着たシャロンも屋敷から出てくる。

「母上、この度は……」
「いいのですよ。リフウに会いに行けると思えば安い物です」
「……重ね重ね。申し訳ありません」
「ウフフ、楽しいパーティーになりそうで、ワクワクします」

母の微笑にカナトは背筋に冷たいものを感じた。
天界の居城には、管理してくれている使用人いるらしいが、今回一家が戻る事となり、その為の準備がされていると言う。

「んじゃ、俺は先に乗ってるわ。お前は、キリヤナギの連中を運んでやれよ」
「分かっています」

キリヤナギを含めた彼らは、居城の外にあるカナトの庭へ上がるよう連絡を入れてある。
本当なら、カナト自身が城まで動かすつもりだったが、バトラーが気を利かせて運転手を連れてきてくれた。
運転手と共に、カナトが庭へと登ると、自宅の入り口に腕を組む一人のタイタニアがカナトを待ち伏せていた。
昨日と同じく背中に大剣を背負い、気さくにこちらへ手を振ってくれる。

「よう、大将! 時間ぴったりだな」
「コウガか。ギリギリまで準備をしていた。待たせてすまない。キリヤナギは?」
「そこにいるぜ?」

大き目の庭の隅に、飛空城を見上げるキリヤナギがいた。
彼もまた、巨大な城に驚いているのか双眼鏡を介してそれを見ている。

「めずらしいか?」
「いや、元宮の窓からよく見てはいたよ。まさか、同乗することになるとはおもわなかったけどね」
「中にはいるなら、お茶ぐらいはだせるが……?」
「それは僕の仕事だよ」

笑われた。確かに今はそうかもしれない。
いつの間にかカナトの庭には、パラソル付きのテーブルセットが用意されていて、庭の芝生もきれいに整えられている。
室内にはいれば、床は驚くほどキレイに磨かれており、ありとあらゆる家具が新品変えられていた。
数日前までここに住んでいたかとは思えないほどの変わり用に、カナトは思わず頭を抱える。
こうなることは予想できたが、まるで別の家のようで、今後この家に住めるのかどうか不安になってしまう。

そんなことをしているうちに、庭がゆっくりと動き出し、空の城への進路を取り始めた。
数分の航行で、城へとたどり着いたカナトは、その圧倒的な巨大さに言葉が出なかった。
まるで一つの都市のように施設があり、建物があり、リクライニングルームから、個室まである。
城についてすぐ騎士隊の彼らを解散させたカナトは、散策も踏まえて、城内を歩いてみることにした。
甲板にでてみると太陽の光が強く、腕でさえぎってまぶしさを抑えていると、
後ろから、礼装の小さなルナが自分の倍はある日傘をさしてくれる。

「ありがとう。ルナ」
「中にいたほうがよくないか?」
「いや、興味深いので少し歩いてみたい」

飛空城の甲板は庭園のように芝生が敷かれ、噴水やメロディアスの紋章を掲げる大きな旗もたっている。
3時間など、適当に散策している間に過ぎてしまいそうだ。
騎士隊の彼らは、おのおので庭園を散歩したり、建物の中を散策したりと、各自で自由行動をしている。
キリヤナギもまた、甲板の手すりに頬杖をついて、下界に広がるエミル界を眺めていた。
横のグランジは退屈そうにそれを眺めており、ゆっくりとキリヤナギの元から離れ始める。

彼と入れ違いに、キリヤナギへと声をかけようとしたとき、突然飛空城の周りに、キンッと銀の閃光が走った。
直後、魔法陣が構築され城を中心とし、結界のようなバリアを構築していく。

出航だ。
次元航行する際に、人間が生きてられる空間を構築するプログラム。
この結界のおかげで、甲板に人がいても安全に動くことができる。

出航を知らせるアナウンスが響き渡り、飛空城はゆっくりと浮上を始めた。
羽ばたいてもいないのに感じる浮遊感も新鮮だ。

ふと頭上に白い光を感じて見上げると、輪のように広がった魔方陣の中央から、星空に絵の具をぶちまけた様な亜空間が広がっている。
空間と空間の間にある何もない場所。
こんな未知場所を進むなんて、どんな馬鹿げた技術だ。
しかし、この世界ではもう当たり前だった。

魔方陣による光の輪を潜ったメロディアスの飛空城は、そのまま次元航行へ移行する。





リフウは何も考えたくなかった。
目の前にいる、呼吸器をつけられた母は眠ってからもう大分起きていない。
しかし、息があり冷たい手に脈を感じて、リフウはずっと母に寄り添い、悲しさや寂しさ、辛さを癒していた。
癒しの職業、カーディナルの自分が、誰かに癒しを求めるとは、なんて贅沢なことをしていると思う。
だが今は、もう余命僅かな母と一緒に居たかった。

後ろから聞こえてくる扉の音にもリフウは動かない。
動きたくなかった。
だから、声だけで応える。

「エドワーズ……?」
「はい」
「ジンさんは、どう?」
「昨日。少し熱を出されておりましまが、現在は落ち着いておられます」
「そう……」
「環境の変化と過剰なストレスが、身体にでたのでしょう」
「……ジンさんは、帰れる?」
「……レミエル陛下の御前で、帰りたくないと申された以上、これ以上の進展は絶望的かと」
「そう……」
「……良いのですか?」
「私はもう、姉様を巻き込むなんてできない。たとえ、此処から出られなくなっても、ジンさんには生きていて欲しいから」
「お心をお察し致します」
「あとは、お願い……」

リフウの力のない言葉に、エドワーズは深く頭を下げた。
エドワーズの足音が聞こえる前に、もう一度扉の開く音が聞こえて、リフウは新しい人間が来たのだときづく。
会いたくないと思う事はもう許されない。
そんな世界で生きる決意をした。
だからこそ、リフウは悲しみを呑み込んでゆっくりと立ち上がる。
ラファエル・セレナーデの居室に現れたのは、金髪に赤目のレミエル・ギルバートだ。

「母君の具合はどうだい?」
「……あまり、よくないみたいです。でも私が戻ったばかりのときよりも少し」
「それならよかった。使用人たちが明日のドレスを選んでほしいと、君を探していたよ」
「はい……すぐに、参ります。旦那様」

一礼をしてすれ違おうとするリフウに、またもレミエルは口を開く。

「メロディアスにも僕たちの儀式に来てくれるよう招待状をおくったよ」
「!」
「君のお姉さまがいる家だ。無視はできないと思ってね……」
「そうですか……。姉さまもきっと、私の結婚を喜んで下さるでしょう」
「そうかな?」
「……」
「本当は、姉様じゃなく、メロディアスを待っているんじゃないのかい?」
「メロディアスは、姉様が嫁いだ家です。彼らはもう私の家族にも等しい、待つのは当然の事かと」
「……そうだったね。でも僕は、君がただの家族としてメロディアスを見ているとは思えない。それがとても寂しいんだけどね」
「彼らは、名誉も地位も権力も、何も望んでいませんから……」
「……本当に、貴族らしくない。それなら僕は、彼らがルシフェルになる必要などなかったとおもうよ」
「そうですね……。堕天・ルシフェルは8人目の熾天使。その存在もまた本来なら必要なかったものでしょう。あり続けることにあまり意味は無いのかもしれません」
「なら君は何故、堕天・ルシフェルが生まれたんだと思う? 神から授かった使命を棄て、裏切った彼らこそ、我々の本来の敵ではないのか」
「同じ種族で争う事ほど、醜い争いはありません。タイタニアは長命である分、人口の増加が他の種族より遅い。争えば最も早く滅びてしまうでしょう……」
「そのために、エミル族やドミニオン族と共和か……、なるほど、たがそんな争いなどもう過去の話だ。関わらなければいいだけの話ではないのかい?」
「……そうかもしれませんね。……私は、明日の準備をして参ります」

セレナーデの居室を出て行くリフウを、ギルバートは見送る事はなかった。
右のポケットに入れた小さなケースを握りしめ、湧き上がる憎しみと嫉妬を押さえる。

異族は嫌いだ。
妹を汚し、穢れを持ち込んだ異族は、ジェラシアにとって最大の敵だと思う。
ナタリヤを最後として、ジェラシアが異族へ関わることなどもうないと思っていたのに、
自身が恋したラファエルの彼女は、異族と関わるメロディアスへ心を奪われていた。
本当に何から何まで奪われていく。役職も、名声も、心も、なにもかも。

ギルバートも幼い頃はあこがれたものだ。
本が好きで、ファンタジー小説の主人公の自由に生きる人間性に憧れた。
義務にも使命にも縛られず、自分の意思で生き様をきめるその様は、使命と義務にいきていたギルバートにとっての新しい世界だったのだ。
しかし、自身がレミエルを継ぐ前、両親が妹に子供ができたと知り、幽閉した。
だからギルバートは、異族が嫌いになった。
本の世界に憧れたなら、ただでさえ自由でない今より、もっと自由でいられなくなると思ったから……。

たった一人になって孤独となり、塞ぎ込んでいた時に、使用人が彼女、リフウと合わせてくれたのだ。
彼女は、ギルバートよりもっと重いものを背負っていた。
短命と言われる彼女の笑顔に、幼いながらも助けられて、共に生き、救いたいと願った。
それなのに、何故こんなにも空回りしているのだろう。
あのエミルなら何か知っているのだろうか……。





ベッドに横になったまま、ジンは目を覚ましていた。
沢山眠って頭がぼーっとするが、昨日のようなひどい倦怠感ももうない。
よく寝たと思った。
だからこそ、起き上がるのが面倒だった。

さすがに何か食べないといけないとおもって、エドワーズが用意してくれたおにぎりだけを食べる。
リフウもいないし、どうせここ出られないのだ。
治ったばかりで運動もできない。
これを食べた後どうしようと思いながら、
ジンはおにぎりの中身が梅干しであったことにショックを受けた。
すっぱい……。
水を飲みながら梅干しの酸っぱさに耐えていると、チェストに置かれていた”ナビゲーションデバイス”に気づく、
初日でもうバッテリーが半分以下になっていた筈なのに、満タンになっている。
最後に見たときは警告文もあったような気がしたが気のせいだろうか……。
しかし、満タンなら周辺スキャンも出来るし位置情報も電波が届く範囲で発信できる。
カナトがくるなら、今からでも出しておくべきだろうか。

二個目のおにぎりを頬張りながら、デバイスを操作していると、唐突に居室の扉が破るように開かれて驚いた。
タイタニアは浮いているため、足音がない。

「ジン様、よかった起きておられた」
「へ?」

飛び込んできたエドワーズは、本当に急いでいるようだった。
またおにぎりを持っているジンをみてほっとしたようにも見える。

「レミエル陛下がお呼びです。今すぐに準備されてください」
「えっ……? え?」

何を言っているんだろう。
ジンはついさっき起きたばかりだ。
レミエルが呼んでいる? 昨日会ったのではなかったのか?

有無を言わないうちにジンは、エドワーズに準備をさせられることとなり、
シャワーを浴びた後、数十分で、昨日と同じ礼装に着替えさせられた。

「何が起こってんの……?」
「存じません。しかし、どうか油断されず毅然とされてください」

昨日と言っていることが違わないか……?
こちらから言いたいことは昨日言ったし、話すこともない。
毅然としろといわれても、何一つそんな態度をとった覚えなどない。
そんなことを想いながら、ジンはエドワーズに大広間へ案内された。
扉が開けられると、広間のレミエルがいて、使用人たちが数十名レミエル・ギルバートを中心に固まっている。
まるで、処刑台に立たされた気分だ。

「やぁ、熱を出していたそうじゃないか。大丈夫かい?」

気持ちが悪い。
その笑顔に何を持っているのだろう。
昨日の体に走った痛みが思い出され、ジンは思わずネクタイの結び目を触った。

「昨日はすまないね。……痛かった?」
「……何の用っすか?」

理由だけ聞けばいいと思う、会いたいと言われて向こうから会いに来たのだ。
こちらから話すことはないのだから、要件だけきけばいい。

「つれないね……。せっかく心配しているのに世間話すらしてくれないか」
「……俺、用事ないし」

毅然としろと言う言葉が頭に浮かぶ。
また同時に言いたい事が思いついた。

「リフウちゃんが、ここから出たって?」
「あぁ、彼女なら本城にいるよ」
「俺……もう、会えないんすか?」
「? 彼女に何か用かい?」

聞かれるのか。
理由を言うのは少し恥ずかしい。

「別に、大したことじゃないすけど、アンタには知られたくない」
「……素直じゃないね」

どう素直になれというのか。
こちらはレミエルに会うことすら嫌だと言うのに、

「僕と彼女の儀式が終われば、また会うことはできるさ。君は彼女とずっと一緒にいてくれるんだろう?」
「当たり前だろ! 俺はリフウちゃんと一緒に帰る! それまでは帰らない!」
「帰るね……。彼女の生まれはここなのに?」
「そうだけど、リフウちゃんは帰りたくないって言ったんだよ!」

明らかに苛ついているジンを見て、ギルバートは笑った。

「じゃあ、彼女の気が変わって、ここに住む事になったら、君もここに居てくれるのかい?」

どうだろうと思った。
リフウはギルバートとの結婚をもう了承したに等しい。
その中でこのエミルは、まだ連れ帰ると喚く。
もう全てが終わっているのに……。

「そんな訳ないだろ!!」
「!?」
「リフウちゃんがお前なんかを好きになるわけない! お前が無理矢理そうさせてるだけじゃねーか!」
「だとしたら、君はどうするんだ? 短命な彼女をエミル界へつれ帰った所で何ができる? 技術もなく発展の遅い劣等種族の世界で、満足に生きることも出来ないまま見殺しにするのか!?」
「そんなんしるか!!」
「なんだと……!」
「わかんねーのかよ! リフウちゃんはここにきてから、ずっと泣いて悲しんで、悩んでんだ。あんなリフウちゃん、俺はもうみたくない!」
「……!」
「だから、俺はリフウちゃんと一緒に帰る!」

言ってやった。
熱くなってすごく恥ずかしい事を言ったきがするが、気にしたら負けだと言い聞かせる。
リフウがいなくて良かった……。

「君に何が分かるんだ?」

嫌な予感がした直後。
首筋に再び閃光が走った。神経が逆流したような痛みが全身の筋肉を萎縮させ、ジンはまた床へ倒れる。

「お前に、リフウ姫の何がわかる! 短命であることが知らないだと!! 彼女は、誰よりも自分の運命に絶望して後悔しているんだ! 生まれを呪い、すがるものもないなかで……僕は!!」

痛みで動けない。
腹に一撃がくると、だからジンは腹筋に力を入れて身構える。

しかし、何も起こらなかった。
キリキリと痛む身体で恐る恐る目を開けると、目の前に、キラリと光る細いものが見える。
なんだろうと思い、目線で辿ると、エドワーズは腰の剣を抜き、ジンの前に立ち塞がっていた。

「陛下、それ以上の粛清は暴力となります。ここはお許し下さい」
「エドワーズ。貴様、僕に武器を抜いたな……」

これを聞いたエドワーズは、慣れた手つきで武器を戻し、ギルバートを前に跪いた。

「エミル族の世話は、他の使用人達が疎むものであると判断しています。その上で私がこのエミルの面倒をみると言うことで、どうか……」
「ほぅ……、死ぬまでか?」
「はい」
「いいだろう。この世界の事を全て教えておけ」

立ち去る彼らは一瞥もくれず大広間をでていく。
エドワーズの後ろのいるジンは、まだ痛むのか身体を小さくして震えていた。

「大丈夫ですか? ジン様……」
「痛い……」

まだ痛みがあって動けない。
エドワーズは近くのソファからクッションを持って来て、ジンの枕にしてくれた。

「……エドワーズ」
「はい」
「俺、なんか間違った事言った?」

小さく述べたジンの言葉に、エドワーズは危うさを感じた。
理不尽な粛清によって、信念を失いかけているのだ。
反抗すれば痛みがくる。
そう身体が学習しまえば、ジンはギルバートに逆らえなくなってしまう。
だから今は堂々と言った。

「いいえ、ありがとうございます。恥ずかしながら私も、少し気が楽になりました」
「……そっか。じゃあいいや」

ジンは無表情だった。
レミエルと顔を合わせネクタイに触った時から、恐らく恐怖があったのだろう。
なんども食らうとまずい。

痛みが引いてきたのか、上体を起こしたジンに肩を貸し、エドワーズはゆっくりと部屋に戻る。

「なんで庇ってくれたんだ?」
「レミエル陛下もジン様も、悪いことは仰られてはおりません。どちらもお嬢様を思うが故の平行線でもある。だからこそ、理不尽な粛清をされている事に納得ができませんでした」
「あんなんでよかったの?」
「言葉は汚かれど、意味は同じです」
「ふーん……」

まだ少し痛みがある。
酷く痛たくて喚きそうになり、堪えたら更に痛くなった。
出来ればもう食らいたくない。

そう考えていると、ジンの”ナビゲーションデバイス”がアラームを鳴らした。
丁度15時。カナトが着く時間だと思いセットしたのものだ。

「もう少しの辛抱ですね」

少しとはいつだろうか。
メールには来るとあったが、日付もなかったし、待たせてもあと1日にしてほしい。
いや、明日がいいと切に思った。


***


天界の空はエミル界よりも更に青く、心が洗われる気分にもなった。
ゆっくりと高度を上げて天空ターミナルに上昇するメロディアスの城は、次元航行を終えて、天界へと浮上した。
下の世界から上の世界へ来るとは、正にこの事だろう。
本来なら、上から下のターミナルに着艦する筈なのに、天界では下から上のターミナルへ着艦する。
不思議な構造だと素直に驚いた。

到着が近づいたと知り、リクライニングルームから甲板へ出てきた父は、ターミナルにひらひらと靡く一枚の旗を凝視する。
カナトも双眼鏡でそれを眺めていると、天界の移動手段か、自動車に建てられた旗だと分かった。
エミル界では、燃料費が高い事や未だ吊り橋の場所が多いことから、全く普及していないが、天界では一般的なのだろうか。
そんな事を考えていると、横に来ていたウォーレスハイムが、カナトの双眼鏡を奪い、それを凝視する。

「げぇ!」

酷い反応だと思った。
何を見たのだろう。

「カナト、いいか。お前が降りるのは最後だ」
「しかし、レミエルの旗は見当たりませんが……」
「レミエルより面倒なのがいるんだよ! いいな!」

ミカエルか……。
しかし、ここまで運んでくれた父に逆らうのも野暮ではあるし、カナトは素直に城の客室へ引っ込んだ。
着艦した飛空城は、まず初めにウォーレスハイムの護衛を下ろしてから、自身を降ろす。
カナトは、最後だと言われたため、広い客室で騎士隊とお茶を飲みながら、傍観していた。

「やぁ、ウォーレスハイム」

ウォーレスハイムが降りてきたのを見計らい、自動車から一人の白羽のアークタイタニアが降りてきた。前髪長い金髪の彼は、まるで当たり前のように、歩み寄る。

「よ、ミカエル。来たぜ! わざわざお迎えサンキューな」
「貴様、また面白そうな事をしているじゃないか……私も混ぜろ!」
「は?」

いきなりウォーレスハイムの胸倉を掴み、不敵に笑うミカエルの顔を、カナトは小さくて視認できなかった。
出会い頭に胸倉を掴むとは随分と仲がいい。

「なんの話だよ?」
「惚けるな。エミル界とのメールのやり取りを見たぞ? 縦読み暗号とは、お前の息子、なかなか面白い事を考えるな」
「お、俺はしらねぇよ!? 丸投げしたし!」
「ふん、まぁいい。来い、モノはある」

やっと放して貰った。
ミカエルとウォーレスハイムが車に向かった所で、バトラーが呼びに来る。
荷物まで待っていては日が暮れるため、ミカエルとウォーレスハイムが引っ込んでいるうちに降りろと言うことか。
カナトはキリヤナギ、グランジ、セオの後に続き、後ろにリアス、スィー、コウガの順番で降りる。
初めて踏んだ天界の大地はエミル界との差を殆ど感じない。
分かるのは空気が澄んでいる事ぐらいだろうか。
立ち止まっていると、バトラーが急いでカナトを促す。

カナトからすれば、レミエルではなく、ミカエルがいる事に驚いた。

「ミカエルは、かなりの重鎮かい?」
「重鎮……と言えば重鎮かもしれないな」

キリヤナギの問いにカナトは迷う。
ミカエルは七大天使の軍師だ。確かに重鎮で間違いない。
裏では全てを掌握しているというが……、

「ミカエルが来たせいで、レミエルが来れなくなったんだと思うよ。厄介払いしてくれたんじゃないかなぁ」
「なるほど……」

ミカエルの発言権が強いなら、確かに逆らう事は出来ない。
ウォーレスハイムは驚いてはいたが、本人がくるとは思わなかっただけだろうか。

移動用の庭に乗り込んだカナトは、天界にあるメロディアスの居城へと向かう。
空は恐ろしいほど青く、雲一つない。
地上に広がる都市は、白く美しい建物が真っ直ぐに整列しており、各街には、庭から見るだけでも巨大な城が三つ見えた。
それぞれの都市を治める七大天使達の居城。
屋根の色は、その象徴する翼の色と同じだ。
カナトの知る限りでは、堕天・ルシフェルを黒とし、ラファエルは金、レミエルは紫、ミカエルは白だ。
広大な天界の大地と鮮やかな緑に、リアスとスィーは、ナビゲーションデバイスの写真撮影機能で写真をとる。

カナトは甲板へセッティングされていたパラソル付きのテーブルセットに、キリヤナギと2人で座っていた。
足元には狼のルナが大人しく伏せている。

「カナトさん、もう天界のデバイス登録はしましたか?」
「登録?」
「なんか画面にでて、それを認証したら繋がるみたいです!」

スィーに言われて、カナトがデバイスを確認すると”Welcome to Ark”と言う文字と共に、デバイスの登録のシーケンスに移行した。

「メールに招待状が届いていました! 多分ミカエルさんでしょう!」

サーバー側からの招待状か。
ウォーレスハイムが自前に頼んでおいてくれたのだろう。
識別番号の登録と本人認証を終えると、デバイスの圏外表示が解除された。
ウェブを開くと、観光客用のウェブサイトが表示され、様々な観光地や飲食店の一覧が表示される。
何処の管理会社かと思えば、レミエル・ジェラシアとの表記があり、一応観光大使としての仕事はしていて感心した。

「セオさんセオさん! 面白そうなものいっぱいありますよ!」
「旅行に来た訳ではないのですから……」

「いいじゃねーか。どうせ明日までは時間あるだろ?」

リアスは犬カフェが気になるのか。
関連サイトを上から順に全部みている。

「楽しそうだね」
「そうか?」

おもむろなキリヤナギの発言に、カナトは思わず聞き返した。

「みんなは楽しそうだけど、グランジも楽しそうなのは珍しいな」

独り言のように述べられて、カナトは甲板のグランジを探した。
彼は少し離れた場所で、手すりに寄りかかりながらずっと広大なその景色を眺めている。

「ジンが眠った時ぐらいから、元気なかったんだよね。僕は何があったのかしらないけど……」
「……大切にしているんだな」
「僕は彼らの王だからね。彼らの全ては僕の物だから」

言い切ったキリヤナギの言葉に、カナトは少し驚いた。
心も感情も身体も全てを支配する。
キリヤナギの率いる彼らは、みなキリヤナギを驚くほど信頼していて、その感情に隙が全くみえない。
キリヤナギは支配、所有していると話すが、それは本人たちにとっての無意識にもかんじた。

「あ! あれですか!黒い屋根のお城!」
「はー! でっけぇー!」

コウガとスィーの叫びに、皆が視線を持っていかれた、広大な草原の奥に存在する巨大な城は、アクロポリスにあるカナトの実家とほぼ同じ様式をしており、庭園は倍以上の広さがあった。
飛空庭をつけるターミナルへ、庭はゆっくりと着艦していく。

天界のメロディアスの居城。
述べ50人以上の使用人達が駆け回り、カナトを含めた皆を迎えてくれた。
カナトの荷物はもう居室へ運びこまれていて、騎士隊達とカナトも使用人に部屋へ案内される。
リアスもスィーもコウガも居城の空気に慣れないのか、ベランダから見える巨大な庭園を見下ろしていた。

「長旅、ご苦労だった。ここまで来てくれてありがとう」
「当然です。私達は少なくとも、カナトさんを守るためにきたのですから」

カナトは1人掛けのソファに座り、ルナを足元へ伏せさせると、他の騎士達も座らせる。
グランジのみは、キリヤナギの後ろに立っていた。

「早速だが――」
「お待ちを」

カナトの言葉を遮るように、キリヤナギが口を開く。
動かないキリヤナギの代わりに動いたのはグランジだった。
彼は何も言わず右腰の銀の銃。ハンドガンライフルを手に取り、唱える。

「ヒット・コミュニオン」

青い光が、その場の全員に加護としと付与された。
グランジはそのまま、開け放たれたベランダの窓の外へ発砲。
射出された弾丸は、100m以上離れた樹の上にある電子機器を正確に射抜いた。
基盤が破壊され、行き場を失った電気が帯電し、破裂する。
離れた場所から上がった僅かな煙に、カナトは呆然とそれを見据えた。

「リアス、他は?」
「この部屋の盗聴器を15個程回収しました。無力化も終えてます」
「そっか、もう少し探して」
「はい」

キリヤナギは、座っているだけだった。
何も言えず呆然とするカナトに、キリヤナギは微笑で返す。

「何個あるかわからないから、部屋を移動した方が早いかもしれない。この部屋は城の正面似合って危険だ」
「いつから気づいていた?」
「案内された時から、部屋の位置が明らかにおかしかったからね。使用人の中に紛れ込んでるんだろう」

貴族慣れしていないカナトだからこそ使える手だとキリヤナギは冷静に分析した。
おそらく、エミル界の実家にも内通者がいて、実家でのカナトの生活を見ていたのだろう。
計算され尽くされた罠だ。
気を引き締めなければ行けない。

「どうする? 移動するかい?」
「すまない……。少し判断に迷っている」

ウォーレスハイムの居城だと思い油断していた。
実家ではない事を思い知らされ、一気に不安が湧き上がる。
判断がつかない。
生汗がでてきて、思考が混乱する、
時間がないと言うのに……。

黙ってしまったカナトに、キリヤナギは席を立つと、カナトが座る1人掛けのソファーの前に跪いた。
当然の動きに、カナトもまた言葉を失う。

「我が君よ。僕は貴方の話を聞くために、その環境を整えているにすぎません」
「……!」
「盾であり、武器である私の行動に、貴方自身が束縛を受けるなら、私は何も出来なくなってしまう……」

そうか。
キリヤナギは、この部屋で話そうとしたカナトに、不利益が生じないよう動いただけだ。
始めから注意して動くつもりなら、部屋に入る時点で止めればいい。
あえてそれをしなかったのは、レミエル側へ騎士がいることを知らせる為か。

「……この部屋に他にも盗聴器が仕掛けられ、監視されていると言う可能性はあるか?」
「カメラに至っては、暗視用の赤外線センサーにより気づきましたが、盗聴器が15個とかなりの数があります。カメラも一台とは限らないかと……」

リアスもよく見つけてくれた物だ。
しかし、ここが監視用に用意された部屋なら危険すぎる。
素直に移動した方がいいだろう。
そんなことを考え、口に出そうとすると、居室の外から篭った声が響いてきた。
聞き覚えのあるハスキーな声はカナトを呼び、ノックなしで入ってくる。

「カナトー! いるかー!」
「父上……」
「よしいたな。つーかなんでこんな部屋に集まってんだよ。お前らはこっちこっち!」

現れたウォーレスハイムに手招きされて、カナトを含めた全員は、屋敷の奥の内側面した部屋へ連れていかれた。
先ほどの部屋とは打って変わり、豪華で全ての家具が揃って居るにも関わらず、シンプルでスッキリしている

「カナトの部屋はここ、騎士隊のてめーらは向かいの3部屋な。ベッドは各部屋に3つずつあるし、好きに使え」
「父上、何故……?」
「何故ってお前、こっちくんの初めてだろうが、慣れてないだろ?」
「はい……」
「あんま深く考えんなって、俺の言う通りにしてりゃあいいさ」

不安そうな表情を見せるカナトに、ウォーレスハイムはポケットを探ると、黒のシルクで出来た巾着袋を差し出した。
カナトが両手でそれを受け取ると、少し重さのある何かが包まれている。

「これは?」
「例のモノだよ。そいじゃキリヤナギ、カナトを頼んだぜ〜、あとこの部屋には、バトラー意外はいれんなよ」

ひらひらと手を振って、ウォーレスハイムは戻ってしまった。
カナトの部屋に足を踏み入れたキリヤナギは、警戒した様子もなく、部屋を見回すと、大きく伸びをする。

「すごいね。この部屋、大分落ち着くよ」
「綺麗ですが、ずっと使われていなかった感じがします。おそらく最近掃除されたのでしょう」

「キリヤナギ……大丈夫なのか?」
「ずっと使われていなかったなら、誰も入っないし、平気じゃないかな? ……疲れたし、甘いもの食べたいよ」

そんな軽くていいのだろうか、
部屋の応接セットには、ティーセットとお菓子がすでに完備されている。
キリヤナギはお湯を入れて自分で用意を始めた。
グランジはすでにソファーへ座っている。

皆、先ほどの部屋は警戒していたのか。
気づかなかった自分が、恥ずかしくすらなってくる。
グランジが洋菓子に手を付けだした時点で、カナトもどこかほっとした。
思えば警戒しているとき、彼はずっと立っている。
キリヤナギの近くで、何かを待つように立ち、必要ないと分かると座る。
食べているときは、グランジが一番警戒を解いている時か。

「グランジ、全部たべちゃだめだよ?」
「問題ない」
「カナトとみんなの分残してね……?」

キリヤナギが釘を刺しているのに、何故か刺さっている気がしない。
グランジの食べっぷりを見ていると、晩御飯が食べられるのか心配になってしまう。

「それでカナトさん。話は?」

仕切り直しだ。
しかし驚いた所為で、考えたことが吹っ飛んでしまった。
落ち着くためカナトはソファへ座り、狼のルナを膝に乗せると、”ナビゲーションデバイス”からとある画像を参照する。

「それは?」
「レミエルの居城の見取り図だ」
「!?」
「ミカエルが、過去のアーカイブから建築時の見取り図を見つけたらしい……。父上からメールで添付されてきていた」

セオを含めた皆が、何も言えず呆然とそれを凝視する。
カナトも、こんなものが手元にあるとは信じられない。

「この見取り図は居城のものだが、こっちにもう一枚見取り図がある」

カナトが参照したのは、居城の見取り図よりもひと回りふた回りは小さい屋敷の図だった。
また同じく外観の写真を開いていく。

「これは、150年ほど前に建てられた敷地内にある分館らしい。用途は分からないが、ミカエルと父の予想では、おそらく牢獄だろうと言われている」
「牢獄?」

「へー」
「出口が一つしかなく、全ての窓には鉄の装飾があり、出入りができない。極め付けは、この屋敷内で生活の全てが自己完結できてしまうことだ」
「幽閉用の城だね。ジンもそこにいるんじゃないかな?」
「おそらくは……、しかし明日、どのタイミングで救出に行くべきか、分館は居城の裏にあるようで、回り込むにしても距離がある」

「外から入れたりしないんですか?」
「ここは天界、空を飛べるタイタニアからの進入を防ぐために、全ての塀の上には進入防止用の魔法結界が貼られているとある、触れれば警告が鳴り気づかれるそうだ」

「正面からしか無理そうですね……。私とリアスとグランジとキリヤナギ隊長はエミル族だけど、そもそもそこに入れるの?」
「他は皆タイタニアではあるが、堕天・ルシフェルはエミル界に住んでいることもあり、エミル族と交友している事は有名だ。それが故に疎まれてもいることもあるが、今回は騎士として、私が連れてきた。驚かれはするだろうが、そうはさせん……」

「根拠は?」
「堕天・ルシフェルの第一後継者に護衛騎士が居ないなどあり得ない。先ほどの部屋もそうじゃないか?」
「そうだね」

キリヤナギが嬉しそうに笑う。
カナトといる限り、入場は断られる事は無い。
しかし、正面から入ったあとどうするか。

「憑依抜けはむりなんですか?」
「憑依の技術は、天界からエミル界に伝わったものだと聞く、全ての入り口にセンサーがあるだろう」

どう動くべきか。
居城の敷地を見る限りでも、恐ろしく広い。
移動するだけでも大分時間がかかりそうだ。

見取り図をみているとウォーレスハイムに渡された黒いシルクの袋に目がいく。
おもむろに中身を開けてみると、グレーのリモコンのようなものが出てきた。

「それ、なんですか?」

スィーに問われても、カナトも良く分からなかった。
しかし袋から、一枚の紙がでてきて察する。
輪のようなものの絵に、リモコンを近ずけ、長押し5秒。
最後の絵は、輪が二分された絵でかかれており、カナトは頭痛がした。
エミル界のテレビで、最新の飛空庭が盗難される時に、キーの持ち主情報を書き換える機器に似ている。
自分が使うなんて思いもしなかった。

「カナトさん?」
「いや、気にしないでくれ。ミカエルに頼んでいたものだ……」

「えらく物騒なものを渡されていますね」

セオは察したらしい。
使ったらすぐ壊さなければ、いろいろと面倒がおこりそうだ。
キリヤナギは気づかないふりをしているのか、グランジの横で優雅に紅茶を啜っている。
コウガは話に参加せず、上を向いて寝ていた。
安心してくれているならそれでいいが、意図を理解してくれているだろうか。
すると、スィーと一緒に城の見取り図を見るリアスが口を開く。

「気になったのですが、タイタニアさんの家って、なんでこんなに広いんですか?」
「もともと浮遊能力がある分、移動がエミルやドミニオンより速いのもあるだろう。広ければ広いほど、その権力や力を誇示できるのもある」
「なるほど……」
「なにか気づいたか?」
「いえ、こんなに広かったら、隅から隅まで見えないなって思っただけです」

確かに広すぎて、向かいの壁が見えない。
それどころか中央からも、歩くとそれなりに時間がかかりそうだ。
レミエルの入り口から居城までに広がる庭園は、まるで絵画に書いたような線対称の美しい情景がうかがえる。
間には、草木で作られた迷路や、オベリスクなどもあり、まさに豪邸というのが正しいだろう。
その構造をみて、カナトは少し考えた。

「入った後に動けるか……?」
「何か思いついた?」
「実行可能かはわからない。ただ、もし入り口のセンサーが憑依抜け防止専用のものだとしたら……」

専用という言葉に、セオがピンときた。
向かいに座るリアスへ全員が視線をよせて、本人が顔を真っ赤にする。

「な、なんですか?」
「よかったね。連れてきて」

「あぁ、来てくれてありがとう。リアス」
「わかんないのに言われてもわかんないですよ!!」

恥ずかしさのあまり、リアスは”ハイディング”で隠れてしまった。

そんなやり取りをした後、カナトは気分転換の為に、自身の居室のベランダから、城の内庭を見下ろした。
木々が植えられ緑にあふれる庭園は、エミル界とは違った色をしており、新鮮でもある。
ふと、下から聞き覚えのある音色が聞こえて、カナトは居室の上から、その音源をさがした。
庭園の石畳が敷き詰められ場所で、カナサとシャロンが二人でティータイムを楽しんでいる。

「カナサ!」
「あ、兄上ー! セッションしませんかー!」

ひらひらと手を振るシャロンも、楽しそうだ。
しかし、さっきと今で騎士達の元を離れるのも気が引ける。

「参りましょうか。我が君」

後ろから聞こえたキリヤナギの言葉に、カナトは少し驚いた。
気にするだけ野暮か。

庭園へと降りると、シャロンやカナサとバトラーがいる。
使用人もおらず人気がない中で、カナサは一人、バイオリンを演奏していた。
キリヤナギはシャロンとカナサを前にすると、再び跪いて名を名乗る。

「ご機嫌よう。お久しぶりです。カナサ殿下。シャロン妃殿下」
「まぁ、お顔をお上げになってください。騎士・キリヤナギ。ずいぶんと頼もしくなられましたね……」
「恐縮にございます」
「どうか楽になさってください。フィランソロもメロディアスも、あなた方を歓迎します」

優雅に礼をしたキリヤナギに、シャロンは笑顔で返した。
キリヤナギが定期的にウォーレスハイムへ会いに行っていることは知っていたが、身を寄せていたと言うのはどういうことだろう。

「母上、キリヤナギを御存知なのですか?」
「えぇ、もう20年近く前になりますが……」
「冒険者になったばかりの時に、身を寄せさせて頂いておりました。当時は、身の程を知らず失礼をお詫び致します」
「気になさらないで、立派になられて嬉しい限りですわ」

朗らかな母の笑みに、カナトは思わずため息がおちる。
カナトの貴族としての振る舞いは大方、彼女、シャロンから教わったものだ。
しかし騎士を持ち、こうして挨拶を見るのは初めてで、思わず見入ってしまう。

「カナト。早く座りなさい。貴方が先に座らなければ、キリヤナギも座れません……」
「……母上」

「私はここで清聴しております。どうか気を使われずお過ごしください」
「騎士・キリヤナギ。貴方はカナトの友人でもあるのでしょう? カナトより、貴方のほうがこの社会に詳しく思えます。とても勉強なさったのですね」

敵わないとおもった。
広いテーブルの上には、カナトのバイオリンがすでに用意されている。
持ち込んだつもりはなかったのに、バトラーが運び出したのだろうか。

「騎士・キリヤナギ。カナトは、貴族としての自覚はなく戸惑われているのではないですか?」

カナトの背中になにか痛いものが刺さった。

「お可哀そうに……ごめんなさい。庶民暮らしが長く、大変だとおもわれますが……」
「は、母上それ以上は……」

「いえ、それは私も同じです。私も冒険者であった頃は、エミル界で一般庶民としておりました。その為、騎士になったばかりのころは、大変苦労を弔いましたが……」
「まぁ……」
「カナト殿下を見ていると、その時期の自分と重ね、懐かしく思えます。何一つ苦とは感じておりません。むしろここへ同行させて頂けたことを、とてもうれしく思っております」
「フフ、そうでしたか。カナトはとてもいい友人を持ちましたね。息子を宜しくお願い致します」

ひどく恥ずかしい。
弟の前で言われたことが倍増しで、カナトは数秒間動けなかった。
しかし、優秀な騎士だと、カナトは改めてキリヤナギを見直す。
闇雲に主人を立てるわけではなく、自身の考えを述べたうえで、自分の意志でここへ来たといった。
強制されたわけではなく、望んでここへきたのだと、

「母上……」
「あら、カナト。母は心配だったのです。こんなにも立派になられた騎士様が、戻ったばかりの貴方に仕えるなんて……考えられません」

あんまりだとおもった。
しかし、騎士を連れて行く話もしていなかったのはそうだし、ある日突然騎士を雇ったとも言われれば、気になるのも分かる。
そのあたりもちゃんと彼女に話しておくべきだっただろうか。

「騎士・キリヤナギ。貴方はこれからもずっとカナトに仕えてくれるのですか?」
「え”……」

キリヤナギの笑顔が一気に凍り付いた。
確かに返答に迷うだろう。キリヤナギがここへ来たのは、カナトが堕天・ルシフェルを継ぐという見込みがあり、その恩恵を受けられると踏んだからだ。
しかし、そんなことシャロンに言えるわけがない。

カナト自身はさっきさんざん言われたし、フォローを入れる必要もないと思い、チューニングを始めた。

「カナト殿下に仕えるということは、定かではありませんが……、これを機会に貢献できればと考えております」

交わし方だけはうまい。
いっそその化けの皮の全部をはがしてやりたいとすら思った。

「まぁ、それは嬉しいですわ! リフウがもどったらぜひ、アクロポリスの城へきてください。歓迎しましょう」

リフウはキリヤナギの部下だったことを、シャロンは知らない。
いろいろと泥沼になりそうではあるが、自分の知ったことではないと、カナトはそっぽをむいた。
庶民で何が悪いと思う。

チューニングをしていたカナトだったが、ふとカナサがバイオリンを持ったまま、キリヤナギを見つめている事に気づく、
目が合ったキリヤナギは、カナサに笑って返して、今度はカナサが目を逸らしてしまった。

「どうした? カナサ」
「い、いえ、兄上。その……キリヤナギさんは、前に冒険者だったのが、気になって、……あの、何故騎士になられたんですか?」

カナサに言われて、カナトも少し興味が湧いた。
確かに治安維持部隊は、元は冒険者の集まったリングだったと言う。
リングだった頃から、現在までの経緯はしってはいるものの、キリヤナギが何故そんなリングを作ろうと思ったのかは知らない。

カナサの質問に、キリヤナギは微笑をこぼすと、彼の元へ跪き答える。

「私はエミル界において、たった一人で生きる事は出来ませんでした」
「え……」
「ウォーレスハイム様を含めた、沢山のタイタニアやエミル族、ドミニオン族に、私は助けられ守られて生きてきたのです」
「騎士さんなのに?」
「はい。どんな時も、私の周りには誰かがおりました、彼らは時に私を慰め、叱咤し、励ましてくれた。その中で私は同じくして、彼らを守り、かつ彼らの生きる世界を、守りたいと願った」
「……」
「騎士となり、エミル界を愛する人々の盾、武器となる事は、私の望んだものでもある。貴方が、わが故郷を愛して下さるならば、存分にお使いください。それも私が望んだ志しとなるでしょう」

発された言葉にカナサが呆然としている。
当然だろう。
兄に仕える騎士が、世界を守りたいと言い出したのだ。反応に困ってしまう。

「貴方は、本当に心からエミル界を愛しているのですね……」
「はい。……私を育て、生かしたあの世界を、私は必ず守って見せましょう」
「ウォレス様が、貴方を気にかける意味が理解できた気がします。あの方もエミル界を心から愛しておられますから、カナサも、カナトも、私も……」

シャロンの言葉にカナトは、カナサが少し憂鬱にしているのを見ていた。
キリヤナギもそれに気づき、声を掛けようとしたが、カナトが止める。
キリヤナギは聞かれた事を答えただけだ。それを咎めるいわれもない。

カナトとカナサがセッションしている様を、スィーとコウガが見居室から見ていた。
優雅な貴族の昼下がりだと思う。
しかし、代わり義務を背負う彼らは、幸せをどのように感じているのだろうか。

「スィーさんにコウガ、早くきなさい。隊長に夜の見張りの順を決めるよう指示されています」
「しゃあねえなぁ」
「隊長と合わせて7名で分担ですね」
「七人?」

セオが口にした人数に違和感を覚え、コウガは指折りで人数を数える。
キリヤナギ、グランジ、セオ、リアス、スィー、コウガ……。騎士隊は6名の筈だ。

「俺もか?」

セオの発言に答えるように、傍にいた狼が突然人の形となった。
人型となったワーウルフ、ルナは、自身の衣服をデフォルト設定に戻し、本来の姿にもどる。
身長180cmはあるだろうか。
たくましい筋肉のついた大男に、コウガやその場の全員が眉をひそめる。

「ルナ・ワーウルフ・ロアだ」
「お、お前かよ! 話は聞いてたけど……」

「手が多い事に越した事はありません。ルナさん、貴方も協力してもらえますか?」
「構わない。そもそも俺一人でも協力するつもりでいた」
「助かります。ロアならば、心へ住み着いている分、カナトさん以上にカナトさんを理解できる筈です。私達が見張りをする上で何か気をつけるべき事などはありますか?」
「……よく分からないな。一度眠ると起きるのが苦手ぐらいか……?」
「低血圧ですか?」
「ジンによく運動をしろと言われている。歩くのは苦手みたいだかな」

聞いて正解だったと思う。
何かが起こるならば夜だ。
寝込みに来られた場合どう対処するか考える事が出来る。

「ルナさんが部屋に居てくれるのなら、我々も安心です。普段はどうされて?」
「狼の姿で、同室で寝ている。ワーウルフではあるが、聴覚と嗅覚は狼と同じだ。何か役に立てるだろう」
「ありがとうございます。少しでも不審な物音を感じたら、吠えるか呼ぶか、我々に教えて下さい」

「本当に来るのかよ……」
「来ます。招待状は来たと言っていましたが、カナトさんが会場に来る事は、レミエルにとっての不都合でもある、殺さずとも欠席させる程度の怪我をさせにくるでしょう」

「……程度ですむのか?」

ルナの言葉にセオが眉を潜める、何か言いたげだ。

「俺の本体システムの一部が、ジンに移っている話はきいたか?」
「聞いています。貴方自身が、ロアのプロトタイプであることも」
「僅かではあるが、ジンの心情も感じている。酷く追い詰められているようだ……連中は容赦がないと伺える。ジンでその状態なら、おそらくカナトもそのぐらいの攻撃をうけそうにも思えるが……」
「……そうですか。今夜も心配ではありますが、ジンさんもできるだけ早く解放したほうがよさそうですね。ありがとうございます」

彼はあえて黙っていたのだろう。
カナトに知らせても心配させるだけで、不安を煽るだけだからだ。

「カナトは、ここに来てから落ち着いていない。ずっと何かを考えている。お前達やジン、そしてリフウ、ウォーレスハイム、シャロン、カナサ、レミエル、何もかもを背負っているようだ」
「でしょうね。ここまできて、もう後戻りは出来ません。緊張するのも仕方ないでしょう。ジンを助ける為にも、私達はカナトさんを守らなければ行けない。ローテーションを組みましょう」

二人一組でペアをつくり、騎士隊の彼らはカナトの部屋の前で見張りを行う事となった。
自室に彼らを呼びに来たカナトは、夕食へ騎士隊を招き、家族4人と、6名で夕食を終える。

そうして再び居室に戻ったカナトは、部屋の前に二人の見張りを残し、自室でルナと二人きりだ。
広い部屋だと思う。
部屋の大窓からは、綺麗な月明かりが差し込みとても明るい。
狼のルナは、部屋の時計をみてカナトを心配していた。
もうすぐ日付が変わる時間だ。
いつもなら、カナトはとっくに眠っている筈なのに、暇だからとブラッシングをしてくれる。
明日は動かなければならないのに大丈夫だろうか。

「ここまで来てくれて、ありがとう。ルナ。でもすまない。私はまだ正しいのか分からない」

不安と悲しみと寂しさが入り混じる心情を、ルナは感じていた。
言わなくても心を共有しているのだ。全てが分かる。
カナトは返事が欲しい訳じゃない。ただ、聞いて欲しいだけだ。

「私はリフウ嬢とジンを助けたいだけだ。それなのに、何故私自身が、このメロディアスの名前の意味について考えているのか分からない……。父上は、ルシフェルなど要らないと言うのに……馬鹿みたいだ」

天界について1日も立っていないのに、カナトは様々な意味で自身の立場を思い知らされた。
ミカエルとルシフェル、城、監視するための部屋、キリヤナギが騎士となった意味。何もかもに義務がつきまとう世界。
懐かしい。忘れていた重い使命が蘇り、カナトは何も言えなくなった。
しかしルナには分かる。
どんなに弱音を吐いても、愚痴を言っても、リフウとジンを助けるとカナトは決めている。
だからルナは、何も言わず狼のままカナトの首を舐めた。
支えるから、安心しろと伝えたくて、耳や首を舐める。

「ありがとう。今日はやすむ」

ブラッシングを終えたあと、カナトはベッドのレースのカーテンを閉めて布団へと潜る。
灯りを落とした事を確認し、狼はカナトの足元へ伏せた。
穏やかな夜だった。しかし警戒は怠らない。

月が沈み、暗い夜が訪れる頃には、カナトはもう深い眠りに落ちていた。
騎士隊は3時間ごとにローテーションを組み、カナトの部屋を見張っている。
今は恐らくキリヤナギとグランジの二人だ。
一番現れる可能が高い、危険な時間はハイエミルの二人が良いとなり纏まった。
何も起こらなければいい。
そう思っていると、ルナは僅かに金属が擦れる音を知覚した。
この音は何処かで聞いた事がある。何処かでもなく、頻発に聞いた音だ。
ジンが歩くときに時々聞いた。
金属音とジン、ジンの持つ金属を思い起こしたとき、ルナは気づいた。

銃だ。
ルナは即座に起き上がり、吠える。
飛び込んできたグランジは、窓の向こう、反対側の屋根にいる銃を持った敵を視認。
コミュニオンは間に合わないと判断し、撃った。
ベランダの出入り口となる大窓が、ハンドライフルによって粉砕され、眠っていたカナトが飛び起きる。
キリヤナギはカナトを下がらせるため腕を掴み引き寄せたが、割れた大窓から、3つの影が飛び込んできて、
キリヤナギはカナトを後ろへと投げやり、向かってきた敵の腕を掴んで投げ飛ばした。
その男へ、ルナが腕へ噛み付く。

キリヤナギが細剣を抜くと、目の前の長剣の男が降りかぶっており、キリヤナギは一歩前に踏み込み、刃の線から一歩ズレて回避、回り込んで敵の右肩へ食い込ませた後、奥まで突いた。
敵の喚き声が低く響き、キリヤナギが武器を抜いて蹴りを入れる。
グランジは距離が近いことから、背中のブレード付きの自動式を抜き、発砲。
しかし、相手の動きが早い。斜線からズレられ、間合いに入られたが、スイッチを押してブレードをだすと、向かってきた相手に振り抜いた。
回避の為に下がった敵へ追い討ちを掛けるよう、殴り込む。

乱闘が繰り広げられるなか、ルナは再び金属音を聞いた。構える時に出る金属の音。
ジンから時々聞こえて、ルナは一度、何の音か聞いたことがある。
ジンは得意げな表情で、それは銃の中の部品が擦れる音だと教えてくれた。
しかし、部品が擦れる音は、部品が削れ隙間があると聞こえるため、聞こえたら早めに部品を交換しなければいけないらしい。
普通なら、銃を振って耳を澄ませなければ聞こえない音を、ルナはずっと聞いていた。
だからルナは、人間に聞こえないぐらいにしか削れて居ない部品が解るのだと理解した。
新しく聞こえた音は、銃を構えた音だ。
ルナは狼のまま、部屋の壁際で耳を塞いでいるカナトの元へ走る。
カナトは気づいて顔を上げたが、その瞬間、ルナの背中から腹にかけて弾丸が突き抜けた。

「ルナ!!」
「カナトさん下がって!!」

入り口から飛び込んできたスィーが、即座に”ソリッドオーラ”を唱え、連写されてくる弾丸を弾く。

打たれたルナは狼の姿のまま、星の砂のように消滅していった。
ルナの相手にしていた短剣の男が、”ソリッドオーラ”を維持するスィーへ飛び込んでくる。
それをさらに、後ろから現れたコウガが受け止めた。

「逃げろ馬鹿!!」
「カナトさん!こっち!」

リアスとセオがカナトの手を引き、引き摺るように部屋から連れ出した。が、後ろの突き当りの窓が破られさらに2名が進入。
掲げられた武器をセオは杖で受け止めると、空気中の水分を圧縮。数多の氷柱を男へ飛ばす。
残ったリアスは、カナトの腕を引いて、廊下を数メートル走ると、カナトを奥へ突き飛ばしブレーキをかけ、追って来た男に爪で応じる。

「どうした!」

廊下の扉から現れたのは、部屋着のウォーレスハイムだ。
彼は一瞬で現状を把握すると、右手を軽く掲げ、数多の新生魔法の魔方陣が構築していく。
集結し練り込まれた魔力を全て凝縮、矢として放った。

「”失せろ”」

何千本にもなった魔力の矢が、廊下全体に剣山のように押し寄せる。
リアスとセオは巻き込みを覚悟したが、魔力の矢は、二人の体をすり抜け、敵の体へと全て突き立ち、進入した2名を壁に貼り付けにした。

「父上! ルナが――、ルナが……」
「カナト落ちつけ! 大丈夫だ」

カナトは震えている。当たり前だ。
襲撃など生まれて初めてなのだから。
両肩を持ち暴れるのを止めると、ウォーレスハイムはカナトの心にあるシステムに、再起動をかけた。
ダメージを受けた事により、強制的なシャットダウンを食らったのだ。
プログラムをやり直して正解だったと、ウォーレスハイムは安堵する。

銀の光があふれ、集まり形作られていくシルエットにカナトは少しずつ落ち着いて行った。
ワーウルフはよくやってくれたと、心から思う。
再び現れた狼に、カナトは思わず飛びついた。

「ルナ……!よかった……」

強く抱きしめるカナトの目に、涙が滲んでいる。
しばらくは抱きしめて居るかと思ったが、カナトはそのまま気を失い、するりとルナから放れた。
人型になり、カナトを抱えようとしているルナをみていると、居室の方から血だらけの騎士隊が現れる。

「……派手にやったな」
「申し訳ございません」
「いや、謝んのはこっちだよ。よくやってくれた……カナトは無傷だろう」
「いえ、多分、心は……」
「きにすんな……とにかく、シャワー浴びてその返り血落としてこい、そしたら俺の部屋に来な」
「カナトの見張りは……」
「俺の部屋に寝かすよ。行ってこい」

こうなる事は、キリヤナギもあながち予想はついていた。
その為に、汚れてもいいようシャツとスラックスに武器を指して見張りをしていのだ。
結果いつもより身軽で、自分を含めた皆は無傷。ワーウルフを除いては……。

キリヤナギは、コウガとリアスを、ウォーレスハイムの部屋の前におき、グランジとセオとスィーには休むよう指示をだした。
明日こそが本番なのに皆の体力を削っていられない。
ウォーレスハイムの部屋に向かうと、カナトはベッドに寝かされており、意識はなくとも、体は緊張感しているのか腕が小刻みに震えている。

「来るなら俺かと思ってたんだが、悪いな、キリヤナギ。認識不足だった……」
「私は当然の働きをしたまでです。ウォレス様」
「ジンが人質である分、カナトは狙われないと思ってたんだが……甘かったな」
「儀式は今日、時間がありません。カナトに致命傷を与える事で、貴方も欠席する事を狙ったのかと……」
「それで、まだまだヒヨッコの跡継ぎ狙うとは、相変わらず回りくどい手使いやがる……」
「……ワーウルフの方は?」
「あいつは大丈夫だ。ここに来る前に、ロアのメインシステムを書き換えて独立できるようにしておいた。心配ねぇよ。ただ、強制的なシャットダウンの時にくる喪失感で、カナト自身、大分動揺したみたいだがな」

襲撃されたことにおいて、参加への恐怖感を植え付けるという意味では成功させてしまったか。
しかし、だれも失わず怪我もしなかったことを考えるのであれば、結果として十分すぎるものではある。

「今回は俺からも礼を言わせてくれ、ありがとうな」
「お役に立てたのならば、光栄です」
「もうお前も休んどけ、今ここで話してても体力が削られるだけだ」
「はい。お心遣いありがとうございます」

キリヤナギは一礼し、ウォーレスハイムの部屋を出る。
見張りをしていた二人に迎えられて、キリヤナギは笑みをこぼした。

「お疲れ様です。総隊長」
「おつかれさま、リアス。見張りは平気かい?」
「平気です。総隊長は早くお休みください。予定の2時間オーバーです。早く眠らないと明日にひびきますよ」
「リアスは心配性だね」

「そーだぜ、早く休めよ隊長」
「ありがとう。じゃあ僕は休むから、よろしくね」
「ちゃんとねろよー!」

ひらひらと後ろ手を振り、キリヤナギは一番奥の部屋へ消えていく。
先ほど乱闘した廊下は、使用人たちが簡単に片づけをしてくれていて、
カナトの部屋は空き部屋に、壁には簡単なシートがかぶせられていた。
また飛び散った血も今はシートで隠されている。
明日になれば、おそらく絨毯や壁紙もすぐ交換されるだろう。
そう思いながらキリヤナギは、セオとスィーが決めた部屋へともどる。
明かりが消され、ベッドが三つあるその部屋は、ある程度の事は部屋の中で済んでしまうほど、設備が充実している。
騎士隊は、与えられた3部屋を二人ずつ占領し、キリヤナギはグランジと同室だった。

その上で部屋に戻った瞬間。キリヤナギはあきれたため息をつく。

「寝ろっていったのに、まだ起きてたのかい? グランジ」

ベランダにでてぼんやりと外を眺める彼は、城の外に広がる庭園を無言で見下ろしている。
彼はキリヤナギの声がきこえ、肩越しに振り返ると、ゆっくりとこちらへ戻ってきた。

「全く……、君はいつになったら僕の言う事を聞いてくれるんだ?」
「聞く必要はない。……貴様もそれを、望んでいない」
「……」

グランジの言葉は間違ってはいない。
彼はわかっているのだ、必要なことと必要でないことが、
だからキリヤナギも咎めることはしない。

心のどこかで、起きていて欲しいと思っていた自分がいたから、

「……辛く、なかった?」
「辛くはない、むしろ守れたことを安堵している」
「そうか……」
「……一人撃ち損じた」
「あの屋根のかい?」
「利き腕には当てたが、掠っただけだろう……。逃げられてしまった」
「そうか……むしろコミュニオンなしでよく当ててくれたよ。助かった……」
「撃たせてしまったがな……」

初撃を撃たれていたら、きっと全ては終わっていた。
一発目の弾丸で、利き腕を掠めたまでは良かったが、敵の保険は入念で、銃が失敗したと分かると、直ぐに飛び込んできた。
しかも、部屋から出てもう2名。
初めの一撃で、全てを決めるつもりだったのだろう。

「僕達を知られていなかったのが幸いだったのかもね。ワーウルフがいなかったら危なかった、あとカナトにもカーテンぐらい閉めるよう言っておけば良かったよ」
「……不安にさせたくなかったんだろう?」
「心の何処かに、来ないだろうと奢っていた自分がいたんだ。許されないよ……」

いつに無く深刻な表情でキリヤナギは反省していた。
結果は良しとしても、防げたものであったと思えば、それも失敗なのだろう。
今回は確かにワーウルフがいなければ、取り返しのつかない事になっていた。

「……もう寝ろ。そろそろ夜が明ける」
「……そうだね。明日は午後からだっけ?」
「移動時間もある」
「分かった……、ありがとう。グランジ」

外はまだ暗い。
しかし、空の色はゆっくりと淡く輝き初めていた。





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本編 | 【2015-07-02(Thu) 12:30:30】 | Trackback(-) | Comments:(0)
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