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Royal*Familiar:第八話
RF01_kana.jpg
Royal*Familiar

第八話:無謀な勇気

前回
第一話:決意の序章
第二話:別離の序章
第三話:再開の対価
第四話:策略の輪廻
第五話:望みの代償
第六話:無力な再会
第七話:穢れた使命


 



ジンは早起きしていた。
昨晩は退屈で、早く眠ってしまい。
いつもより数時間早く起きてしまったのだ。
まだ夜が明けていない。
こんな時間にエドワーズを呼んでも、きっと眠っていて起こしてしまうので、ジンは1人壁に向かって逆立ちをした。
逆立ちは腕に負担がかかる為、普段あまりやらないが、今は武器が無いし、当分使えそうにないので、多少痛めても大丈夫だと思ったからだ。
久しぶりにやるとやっぱり辛い。
頭に血が上って、1分も逆立ちして居られず、疲労感だけが身体に残る。
鈍っているからか、普段やらないからかは分からないが、続けるモチベーションがなくなり、素直にストレッチに切り替えた。

体を動かしているうちに少しずつ夜も明けてきて、朝日の光が部屋に装飾の影を映し始める。

朝からへとへとになって、ベッドにダウンしていると、呼んでもいないのにエドワーズが部屋に入ってきた。

「おや、起きておられましたか」
「疲れた……帰りたい」
「そう申されずに、本日はレミエル陛下が来られますので、お早目に準備してください」
「レミエル!? くんの?」
「えぇ……ジン様にお会いしたいと言っておられました」

会いたいとは、どういう意味だろうか。
しかし、この首輪をつけた本人に会えるなら、外してもらうよう直接文句をいうこともできる。
そんな簡単に話が運ぶとも思えないが、

「言いたいことがあるのでしたら、直接申し上げてはいかがかと、意思表示もできるでしょう」
「止めないのか?」
「ジン様が、お会いしたいというならば、また話は別になってまいりますが、今日はレミエル陛下がジン様とリフウお嬢様にお会いしたいといっているのです。身分の上の者が下の者へ会いに来るということは、意見を聞きたいということの表れでもある。……光栄に思い、失礼のない態度をお願いいたします。」
「やだよ。そいつが勝手に会いに来るんだろ? なんで気を使わないといけないんだよ」
「ジン様がいる限り、お嬢様は自由に動けないことをご理解ください」

むっとした。
結局人質は人質で、それ以上それ以下でもないのか。

「そういえば、メロディアスから返信がきましたよ」
「へ?」
「今朝の3時に届いておりましたので、おそらくエミル界の夜9時に送信されたのでしょう。しかも、ウォーレスハイム様ではなく、ご本人のカナト様から……」

カナトが、あの間抜け面を見たのか。
連絡が取れていることを喜ぶ以前に、帰った時に何て言われるだろう。
絶対にいじられる……。

エドワーズはベッドでうな垂れたジンをみて思った。
今日は少し元気だと、今朝早くから物置が聞こえて、運動をしていたのは知っている。
環境に適応してきたのか、前向きになれたのかは分からないが、調子がいいに越したことはない。

「カナト様のメールには、画像が添付されていました。元気になるので見せてやってくれと」
「なんだよそれ……」

エドワーズが画像ファイルを参照した瞬間、ジンの目が輝き、エドワーズは少し驚いた。

「サラマンドラじゃん! よかった。回収されてたのか!」
「宝物と伺っております」
「宝物ってほどじゃねえけど、ランカーの武器なんだよ。気がついたら持ってなくて心配だったんだよなぁ!」

びっくりする程、元気になった。
流石よくわかっていると、エドワーズは素直に感心する。

「こいつこの石でちょっと魔力つかうだけで、対物ライフル並み威力でるんだぜ! 反動も置いといて次に撃つ時に使えんの!」
「それはそれは」
「カナト持ってきてくれねぇかなぁ……、こいつが無いと身体スカスカで落ち着かねぇ……」

ただの写真一枚でこんなにも生き生きしている。
写真そのものにも意味はあるだろうが、元気になると書かれていたことに嘘はなかったようだ。

「銃のお写真も構いませんが、本文の方もご覧になられますか?」
「みていいの?」
「カナト様からの返信です。私ではなくジン様にも当てられたものでしょう」

エドワーズは、写真に続き本文も拡大表示してジンに見せてくれた。


”拝啓、フィランソロの執事。エドワーズ殿

 はじめまして、私はカナト。堕天ルシフェルを父にもつ者ですこの度は、私の友人相方であるジンへつ
かえて頂いていることに感謝します。写真を拝見しましたが、少し調子を崩している様で少しでも元気に
なればと、彼の宝物の写真を添付させて頂きました。よろしければ、彼にみせて頂けるときっと気持ちが
らくになるのがわかるでしょう。それがわかり理解できるのも、彼、ジンと私は出会ってから、少なから
ず、五年と言う期間を過ごしたきたからにあり、今この離れた場合においても何か力になれるとおもって
いるからにあります。エドワーズ殿のお写真を拝見し、彼と離れた私は、彼と5年間暮らした分のかんか
くでしか判断はできませんが、仕えてるエドワーズ殿の負担が、少しでも軽くなればと思っています。い
までこそジンは、私の相方と名乗り、私もジンを認め、持ちつ持たれず過ごしてきました。これからもき
っとその関係は続くことを私は心から願います。その上で私はエドワーズ殿に彼を任せることにしました
てまのかかる、いい加減で乱暴なエミル族の相方であり、とてもご迷惑をかけてしまうことは承知してい
いますが、今現在の立場や実家に戻っている環境から会うことができない身の上であるがためにどうぞよ
ろしくお願いいたします。それでは長文となりましたが、ご連絡を有難うございました。

カナト・F・フォン・メロディアス”



定型文のようなメールだ。
読みにくいし、ジンを心配していると言うのがよくわかる。
馴れ初めなど何故書く必要があったのかと思ったが、その上で所々の文字が変換されていない気がして、違和感を覚えた。

何かがおかしい。
この違和感を、どこかで感じたことがある。
もう一度黙読して、再び全体をみるとジンは何かに気づいた。

横書き、横読みのメールの文面に、未変換の文字が縦に並んでいる。
ネットスラングでよく使われる縦読みだ。
掲示板で炎上したときに、横読みでは擁護されているのに、縦読みでは煽られていて泥沼になる。
そんな苦い経験もあり、気づいた。

「……」

ジンはそのメールの文面を縦になぞりながら、ゆっくりと文字を拾って読んでいく。

”かならずいく まっていろ”

意味を理解した直後、ジンは抑えこんだ何かが込み上げてくるものを感じた。
添付された写真は、おそらく持っていくと言っているのだろう。

言葉がでない。

「ジン様?」

何もできなくて、何かしようとしても無理で、このまま意味もなく死んでしまうのかと思った。

ルシフェルとかラファエルとか、ジンはよく分からない。
今でこそ、やっとわかって来たばかりなのに、カナトは来ると言う。

立場の話はせず、ただ”必ず行く”とメールで言っている。
馬鹿だ。
あんなに悩んでいた癖に、ずっとベランダで迷っていた癖に、来てくれるのか。待っていて構わないのか。

「どうかされましたか?」
「なんでもない。顔洗う!」

逃げるようにパーテーションの中にかくれて、ジンは顔を抑えた。
本当に馬鹿だ。
来るなんてわかりきっていたじゃないか、なんでこんなにも不安だったのだろう。
ずっと疑っていた自分が恥ずかしくなる。

「お着替えを用意しておりますので、シャワーでも浴びて下さい」

エドワーズの声が後ろから聞こえる。
彼は文面に気づいたのだろうか。だからこそ見せてくれたのだろうか。
どちらでもいい。
むしろ、こんな些細なことを堪え切れないのが恥ずかしかった。
何も言わず、シャワー室に入ってジンは溢れそうな水滴を洗う。



エドワーズは、安心していた。
レミエルにジンの現状をメロディアスに知らせろと命ぜられ、彼は言う通りメロディアスへジンの写真を撮って送ったのだ。
文面そのものに指定はなかった為に、エドワーズは、昨日1日のジンが普通かどうかをメロディアスに聞く事にした。
普通ではないなら対処すればいいと思っていたのに、メロディアスはたった写真一枚でジンの調子の悪さを見抜き、元気にしてしまった。

流石だと思う。
メールの文面にも何かがあるようだが、エドワーズには分からず、思わずもう一度読み直した。
しかし、何処にもそんな驚く程の内容はない。

レミエルも、おそらく気づいていないだろう。
これは、この天界においてジンだけに分かる何かを記したメールなのだ。

今更ではあるが、ウォーレスハイムがこのカナトに、ルシフェルを継がせたい理由が理解できてくる。
必要な相手に必要な情報を渡すため、相手の理解を予測した上で仕込み、出し抜く。
ジンの反応が無ければ、エドワーズも気づかなかっただろう。
メロディアスの第一後継者は、確かに堕天・ルシフェルの名に相応しい。

シャワー室から出てきたジンは、バスローブをきて髪をタオルで拭いている。
気持ちは落ち着いたらしく、エドワーズがタオルを取り上げようとすると、すり抜けるように逃げてしまった。

「ジン様、髪が痛んでしまわれますので、ドライヤーをさせて下さい」
「ドライヤーうるせぇし、そのうち乾くだろ?」
「ジン様はちゃんとすれば、リフウお嬢様にも相応しい殿方になれます。……今私がいるこの機会にセットさせて頂けませんか?」

含みのある言い方で戸惑うが、リフウと並んだ時にカッコ悪いのは確かに嫌だった。
仕方なく、ドレッサーに座って昨日と同じく乾かしてもらう。
少しずつではあるが、エドワーズに扱い方を理解されてきているようにも感じた。

「今日も堅苦しいやつきるの?」
「えぇ、新しいものをお持ちしました」
「げぇ……、俺の服縫い直しとか無理?」
「流石にあの服を修復するのは天界の技術を持っても難しいと思われます。シミの方も乾燥しておりますので、洗浄しても残るかと……」

確かに血は面倒だ。
洗浄したとしても成分が残るために、特殊なクリーニングが必要になる。
また、クリーニングしたとしても落ちきることはないので、買い換えた方が早いか……。

嫌がりながらも再びブラウスを羽織って、ジンは今日も礼装に着替えた。
昨日とは色違いで、薔薇の刺繍が入っている。

「レミエル陛下に遭われたとき、口調や態度は不問とはなるでしょう。しかし、どうか暴力はおやめください」
「俺は基本やられない限りやらねぇ」
「それを含めてのお話をしています」
「は? なんで?」
「……忠告は致しました。これ以上は何も申し上げません」
「エドワーズ……?」

聞いても、答えてくれなかった。
やられてもやり返すな。
つまり理不尽な暴力に耐えろと言っているのか?
しかし、レミエルがこの城で一番えらいなら、確か釘を刺したくなる気持ちもわかるかもしれない。
ジンだって、リフウにそんな所みられたくないから、

「本日は大広間ではなく、庭園に向かって下さい」
「庭園?」
「廊下にでると、突き当たり扉が開いております」

そう言って、ジンはまたエドワーズに送り出された。
部屋をでると、確かにエントランスとは反対側の扉が開いていて、見える景色の視点が高い。

外にでられるのかと思い、足早に扉をくぐると
二階から階段が降りていて、鳥籠の中のような空間が広がっていた。
蛇の目傘のような鉄の檻だ。
やっぱり、そう簡単には出してくれないらしい。

階段上から庭園を見下ろすと、赤いドレスのリフウがいた。
相変わらず憂鬱な難しい表情をしていて、声をかけるべきか戸惑う。

レミエルが来ると言うし、その事で悩んでいるのだろうか。
それともまた、自分の所為で元気が無いのだろうか。

「ジンさん」

考えているうちに見つかってしまった。
愚図ついてしまって恥ずかしい。

「お、おはよ。リフウちゃん」
「おはようございます。昨晩は眠れましたか?」
「なんとか、リフウちゃんは?」
「私も……」
「よ、良かった」

普通の会話だ。
何か話さないと……。

「……ちょっと気になる事があるんだけど、聞いてもいい?」
「なんでしょうか?」
「エドワーズって、リフウちゃんの執事だろ? 俺の所にしょっちゅうくるけど、いいの?」
「えっと、私には女性のメイドさんについてくれています……。その、着替えとか、男の人に見られるのは……流石にエドワーズでも恥ずかしいので……」
「へ? あ、そ、そうだよな。ごめん、当たり前だった」

朝から何を聞いているのだと、口に出してから思う。
女性のリフウの付き人が女性だなんて、当たり前だ。
ジンも男性だし、女性が部屋に入られるなんて考えられない。むしろ入られても色んな意味で心臓に悪い。
確かに何から何までやってくれるエドワーズを考えると、ジンは自分の発言が恥ずかしくなった。
しかしそれでも、彼が居なければこの服すらまともに着られない。

「あの、ありがとうございます。ちょっと……落ち着きました」

あれ?
かなり変な事を聞いたのに、落ち着いたとはどういうことだろう。
確かに、さっきまで固かった表情が緩んでいるのが分かる。

「今日は、レミエル陛下がここへ来られます」
「そうそう、エドワーズも言ってた」
「……多分、ジンさんがここから出るか出られないかも、今日決まります。だから……」
「リフウちゃん?」
「絶対、助けます。だから、ジンさんもレミエル陛下にお願いしてください……」

決意するように訴えてくるリフウに、ジンはまた気圧されてしまう。
昨日は驚いてどう反応すればいいか分からなかったが、今は少し冷静になれた。

ずっと、守られてばかりじゃないか。
何もかもが突然すぎて、訳がわからないが、自分は何の為に天界に来たいと思った?

カナトに言ったじゃないか。
帰りたくないと言ったリフウを、エミル界に連れ戻すと、その為に天界に来たいと喚いて駄々をこねた。
それなのに、助けにきた自分が守られてどうする。

「俺、ここに来る前カナトに言ったんだ。リフウちゃん連れ戻すって」
「え……」
「あいつも悩んでたみたいでさ、突然実家に行くとか言い出すから、流石にびっくりしたけど……、でもあいつも、リフウちゃんを連れ戻したいっていうのは一緒だった」
「カナトさんも……」
「だから俺、一人じゃ帰らないぜ? リフウちゃんと一緒に帰る!」

言い出しっぺの自分が、真面目に向き合わなくてどうする。
貴族とか使命とかプライドとか、そんな事どうでもいい。
カナトは自信満々だったのだから、なんとかしてくれるはずだ。

「ジンさん、ありがとうございます。だけど私は……」
「何でもかんでも天界でしなくていいじゃん! カナトの親父だってエミル界にいるんだろ?」
「それはそうですが……」

リフウがいい渋ったとき、彼女は突然顔を上げた。
ジンの後ろに視線がいき、一歩下がって礼をする。
驚いて振り返ると、白いスーツに紫色の翼を持つ天使が、メイドに日傘をさされてふわりと庭園降り立った。

「体調が悪いと聞いていたけど、大分元気になったみたいだね……。こんにちは」

金髪に赤い瞳を持つ彼は、ジンににっこりと笑う。
周りの使用人達が一斉に頭を下げ、続々と庭園から退散していった。

「ご機嫌麗しゅう……レミエル・ギルバード陛下」
「!」

こいつがレミエルか。
ずっと右手をポケットに入れているのは、何かを隠しているようにも見える。

「リフウ姫殿下、頭を上げて構わないよ。僕は気にしないから」

リフウはゆっくりと顔を上げる。
凛とした硬い表情となったリフウは、まるで別人のようにも思えた。

「僕は、ギルバート。ギルバート・フォン・ジェラシア。七大天使レミエルの名を持つ熾天使だ。君は?」
「ジン。エミル・ガンナーのジン」
「ジンか。エミル族らしい、いい名前だね。リフウ姫殿下から体調を崩していると聞いていたけど、大丈夫かい?」
「おかげさまで、気分は最低だよ! こっからだせ! この首のやつも」
「ははは、威勢がいいね。出してあげる分には構わないけど、君は一人で帰るのかい?」
「そんな訳――」

「いいえ!」

リフウの高い声が響いて、ジンの声が掻き消えた。
思わず振り返ると、後ろにいた彼女がゆっくりと前に出る。

「ジンさんは一人で帰ります……!」
「は? 何言って――」
「帰るんです! 帰ってください……ジンさん」

唖然として空気が凍った。
その中で、まるであざ笑うようにレミエル・ギルバートは笑う。

「意見が割れているね。僕はどっちの意見も飲みたいとは思っているよ?」
「私は、リフウ・フォン・フィランソロは、ラファエルを継ぎます。そして、ジェラシアへ嫁ぎ、リフウ・ジェラシア・フォン・フィランソロとして、生きる」

「え――」
「その代わり、ジンさんをエミル界へ帰して下さい」

絶句した。
掛け合っていると言う意味がようやく理解できて、叫ぶ言葉が見当たらない。

「君はどうする? ジン。彼女は自身の立場を賭けて君を解放したがっているみたいだけど……?」
「どうもこうもあるかよ! 一人で帰るなんてまっぴらだ。 俺はリフウちゃんと帰る!」

「やめて、ジンさん……!」
「!?」

「お可哀想に、リフウ姫殿下。彼は貴女の気持ちを何一つ理解していない。……全く無様で無礼なエミル族だよ」

途端、ジンの首に閃光が走った。
強烈な痛みが首から肩にかけて弾け飛ぶ。
肩から腕、胸にかけて引き裂けるような痛みを感じ、ジンは庭園の地面に倒れた。

「ジンさん!! 陛下、やめて!!」
「僕は、君を悲しませる彼が許せない……。貴女はこんなにも純粋に彼の幸せを願っているのに……」

リフウがギルバートに飛びかかるものの、彼は微動だにせず、地面に倒れたジンを見下ろしている。

痛い。
全身の筋肉に麻酔を打たれたみたいだ。
意識があるのは、まだ手加減されているからだろう。

「身の程を知らず、自身の立場を理解していない。本当に愚かで憐れだよ。君は……」
「うるせぇ……、自分一人だけ助かって……誰が幸せになれるってんだ……」

ゆっくりと身体を起こす。
足はまだ動かない。だが、座ることは出来た。

「リフウちゃんが泣いてるのも、悲しんでるのも、悩んでんのも、全部お前のせいなんだよ! その元凶が、軽々しく人の幸せ語ってんじゃねぇ!!」
「それは君も同じだよ。……全く、無知とは愚かなものだ……」

リフウは、ギルバートの右手が再び動くのに気づいたか。
いけない。やめて……!

「エミル界の話を聞けると思っていたのに、残念だ」
「やめて――!」

リフウの悲鳴が、ジンの耳に焼き付いていく。
首元に焼けるような痛みがきて、ジンはそのまま意識を手放した。





「カナトさんの実家って賑やかですね」
「……そうか? しかし、父があれだからな……使用人の皆は苦労しているとおもう」

家族の事を聞いたのだが、家事のできるカナトからすれば、やっぱり使用人に目が行くらしい。
お昼になり、アクロポリスは今日も春の日差しが暖かく心地よい。
賑やかな街並みを歩く、カナトとリアスは獣型のルナと一緒に、キリヤナギの屋敷へと向かっていた。

「ルナさん、今日は狼なんですね」
「散歩は大切だからな。運動の為に1日2回は必要らしい」

どこのペット雑誌を読んでいるのだろう。
しかし、撫でてみるとふさふさして触り心地がいい。
今日は、昨日キリヤナギと話した親衛隊達との顔合わせだ。
渡された名簿は、殆どが顔見知りではあるが、天界で共に行動する上で打ち合わせは必要だとは思う。

屋敷につくと、執事ディセンバルは快くむかえてくれて、カナトとリアスはすんなりとエントランスへ通された。

「あ、カナトさんー! お久しぶりです」

屋敷に入ると、両手いっぱいに本と資料を抱えたタイタニアが奥の廊下から出てくる。
牛耳をつけ、ブレザーを着込むのは、アークタイタニア・フォースマスターのスィー。
彼もまた、キリヤナギの親衛隊の一人だ。

「スィーさん、ご機嫌よう」
「こんにちは! 待っていました。カナトさんに、リアスさん! おうさ……キリヤナギ隊長は本部です! 今日は天界行きのスケジュール調整に向かっただけなので、多分すぐもどると思うんですが……」
「そうですか、分かりました。この度はよろしくお願いします」
「久しぶりに天界に行けるときいて嬉しいです。他の人も応接室にいるかな……今戻る所だったので、一緒に行きましょう」

スィーと共に、カナトとリアスは応接室へ向かった。
ディセンバルは、お茶を用意してくると言って離れ、スィーが代わりに扉を開けてくれる。
扉の向かいに立っていたのは、赤髪の右腰に脇差を携えたタイタニア。

「お、大将がきたな」
「コウガ、口調に気をつけなさい。ご機嫌よう、カナトさん」

コウガと呼ばれた彼を制したのは、ソファから立ち上がり礼をしたエミル・アストラリストのセオ。
片眼にガーゼを貼っており、怪我をしているようにも見える。

「セオ殿もお久しぶりです。コウガ殿は……」
「おう! 始めましてだな、タイタニア・グラディエーターのコウガだ。話は聴いてるぜ大将」
「私は、堕天・ルシフェルを父にもつ、アークタイタニア・カナト。名を、カナト・F・フォン・メロディアスです。お見知りおきを」
「まじの貴族さんかよぉ、スゲぇ……」

「コウガ、失礼のないようにしなさい」
「セオ殿お気になさらず――」
「いえ、キリヤナギ総隊長が仕えると決めた以上、私達は騎士・キリヤナギを隊長としたカナトさんの近衛騎士となる。いくら仲がいいと言っても天界で私語が溢れれば、カナトさんの立場が疑われる要因になりかねない」

「あ”? なんだよ面倒クセェなぁ……そんで、そっちのメガネは?」
「エミル・イレイザーのリアスです」
「お前も大将の騎士?」
「はい」

コウガはしばらくリアスを見つめ、顔をしかめる。

「なんか頼りねぇなぁ……」
「カナトさん、おれこの人嫌いです」

「お前は正直だな、リアス」
「いいのかよ! そこは止めろ!」

賑やかな面子だ。
しかし、先程セオの言ったことは本当で、どう対応すべきか悩んでしまう。
メロディアスと名乗る以上、必ず同等の天使と会う事になるのだから、

「じゃあ、僕、カナトさんの事なんて呼べばいいですか?」
「私にはまだ、天界の政治的な権限はありません。変わらずとも同じでしょう」

「なら、カナトさん。差を付けるためにも皆を呼び捨てにして下さい。そうすれば疑われることも少なくなる」
「……構いませんか?」

「呼び捨てぐらいきにしねぇよ!」
「僕もー!」

コウガとスィーの組み合わせは、何故だろう、とても和む。

「……グランジは、キリヤナギと?」
「えぇ、誰か付いてないと迷子になるし、グランジなら目があるから、敵がきてもすぐ察知できるからね」

目とは、何の事だろうか。
それより、キリヤナギの方向音痴は相変わらずで感心する。
セオに、向かいのソファへ座るよう促され、カナトはルナを伏せさせて、自分も座った。

「それで、ジンは無事かい?」
「どこまで聞いてますか?」
「敬語禁止」
「……どこまで聞いている? セオ」

シュッとしたカナトの態度にセオは笑う。
それでいい。

「攫われて、隊長が夜通しで探していたまでは聞いています。部隊では天界が絡んでることもあって、騎士隊の我々しか知らされていません」
「そうか……」
「リアスさんの証言から居場所はもう分かったも同然ですから」

天界。
確かに、治安維持部隊では対応はできない問題だ。
世界が違う時点で、それはエミル界と天界の外交になってしまう。
正規の手順を踏むのなら、ウォーレスハイムにレミエルと話をしてもらう必要があるが、今それをするのは様々な意味で危険だ。
レミエルにこちらの動きを悟られない為にも、ここは内密にした方がいい。

「ただいまぁ……」

セオの後ろの扉から、力のない声と共にグランジ、キリヤナギの順で入ってきた。
キリヤナギはカナトを見つけると、外出用のマントの留め具を外し、グランジにそれをコート掛けに吊るしてもらう。

「ご機嫌よう……我が君」
「えらく元気がないな、キリヤナギ」
「もう怒るかテンション下げるかと考えたら、下げた方が穏便にすむかと思って……」

どんな思考回路だ。
セオとコウガが座っていた席に座り、カナトと向き合ったキリヤナギは、脇の横長のソファに親衛隊の彼らを座らせた。
グランジのみは背後の壁にもたれ、周辺を警戒する。
カナトの横に座るリアスは、これで何かに気づいたのか、騎士隊の隣に座りなおした。

「とりあえず、彼らが僕の親衛隊。騎士隊のみんなだよ。あと一人、メリエがいるんだけど……」
「昨日会っている。天界には行かないと言う話も」
「そっか、彼女は忙しくてさ……悪いね」
「構わない。これだけの戦力を得られたのは心強い限りだ」
「みんな行きたがってるから、気にしなくて構わないよ。僕も光栄ではあるからね。……とりあえずコウガは自己紹介した?」

「おう、ばっちりだぜ! そこの眼鏡以外は平気だよ!」

リアスがコウガを睨む。
そんな様をきにせず、スィーはふわりとリアスの横に舞い降りた。

「僕、アークタイタニア・フォースマスターのスィーです。よろしくお願いします!」
「スィーさん、よろしくお願いします……」

「……しかし、キリヤナギ。貴様大分疲れているようにも見えるが?」
「平気平気、ルシフェル・メロディアス家に天界での護衛任務頼まれたって騎士団に報告したら、連中が代わりに行くって言い出して、ウォレスさんに問い合わせてたんだよ」
「そんな事が?」
「天界と確かな外交関係を結びたいのは、どこの国も同じだからね。ウォレスさんがなんとかしてくれたさ……散々嫌味言われたけど」

キリヤナギが、怒りたいと言った理由も何と無く理解できた。

「最終的には、好きにしろってとまとまったよ。彼らは、僕がこのまま天界の騎士になれば、宙に浮いた部隊員を吸収できると踏んだみたいだね。僕が天界で死んだらそうしてくれと、取引にしたよ」

安い取引だ。
しかし混成騎士団からしてみれば、現在も団員を募集しており人手不足が伺える。
治安維持部隊と言う冒険者を取り込んでいる組織の人材は、対人慣れもしており有益なのだろう。

「眠い……、ごめん。ちょっと休んでくる」
「ここ数日、調子の悪い貴様しかみていないが、本当に大丈夫か?」
「ウォレスさんに”抜いて”貰って数日は、いつもこうなるんだ。昨日徹夜した所為で、ちょっと長引いてるだけさ……」
「そうか、なら休んでくれ。また連絡を入れる」
「仰せのままに、我が君……」

応接室の外に消えていくキリヤナギとグランジを見送り、入れ違いで入ってきたディセンバルが食器を片付けてくれる。

「キリヤナギは、本当にいつもあの状態に?」
「本当だよ。魔力抜かれて数日は、中にいるモノが休眠にはいるから、魔力も人並みで無茶できなくなる。心の半分が眠っているに近いから、無気力で元気がでないだけだよ」
「……苦労しているんだな」
「飼ってるモノがモノだからね」

セオの言葉をカナトは頭に焼き付けた。
キリヤナギとは、これから切っても切れない仲になるだろう。
この一つのきっかけは、おそらく今まで感じた中で一番大きい。

ディセンバルが用意してくれた替えのクッキーに、リアスとスィーが手をつけ出すと、唐突にカナトの”ナビゲーションデバイス”が音を立てた。
ウォーレスハイムからの、ウィスパー通信だ。
すぐに出るべきか迷ったが、セオが出ても構わないと促し、カナトは拡張音声にして通信に出る。

「ごきげんよう、父上」
「”お、でたな! ついにレミエルが動いたぜ。カナト”」
「!?」

その瞬間。カナトは全身の体が固くなるのが分かった。
レミエルが動いた。キリヤナギの予想が当たったか。

「”ついさっき、レミエルが七大天使全員に次期ラファエルとの結婚式の招待状を送った。明後日には上げるみたいだぜ?”」
「次期ラファエルはリフウ嬢という認識で間違いないですか?」
「”あぁ、セレナーデも本人の意思として認めたって招待状にかいてあったとさ”」
「……父上」
「”何だ?”」
「……その情報は一体どこから?」

冷静なカナトの返答に、ウォーレスハイムは自身の気持ちが高ぶるのが分かった。
そこに気付くことは、息子として誇らしい。

「”家からだよ”」
「は?」
「”メロディアスに、結婚の儀式へ正式に参加するよう。招待状がとどいた”」
「!!」

やられた。
背筋が一気に冷えて、カナトは言葉がでなかった。
メロディアスに招待状が送られてきたということは、ウォーレスハイムを含む、全員に”結婚式へ正式に参加しろ”といわれたことになる。
これは、正式な参加者として行動を制限されてしまうと共に、ジンを救出するタイミングを完全に失う。

迂闊だった。
呼ばれることはないと思い、タカをくくっていたのが失敗だ。
招待状が送られてきたことで、ウォーレスハイムだけでなく、カナト、カナサ、シャロンまでも、天界へ向かわなければいけない。
シャロンがこちらに嫁いでいることで、フィランソロとは身内だ。
行かなければ、失礼になるどころか、メロディアスがフィランソロと縁を切ったと疑われてしまう。

「”とりあえず、どうする?”」

どうすべきか。
だが、今は迷っている暇はない。
束の間の休息は終わりを告げたのだ。
すぐに向かわなければ、手遅れになる。

「明日の正午に、エミル界を発ちます」
「”大丈夫かい?”」
「問題は向こうで、移動中に考えることにします。父上も準備が必要でしょう」
「”そうだな。シャロンやカナサにもつたえねぇと……”」
「ご連絡をありがとうございます」
「”おう、今、キリヤナギの家にいるんだろ? ついでに伝えて帰れよ”」

そういって、ウォーレスハイムは通信を切ってしまった。
話を聞いていた、親衛隊の彼らは、カナトの目線にこたえてくれる。

「覚悟はしてたけど、本当に突然だったね」
「うおぉ、やっと出発だぜ! あばれっぞぉぉ!」

「やっとですね」
「楽しみだなぁ~!」

セオ意外は、本当にうれしそうだった。
しかしカナトは、そんなにも喜んではいられない。
どう動くべきか考え直していると、足元で伏せていたルナが心配そうにこちらを覗きこんでくる。
心配はないとおもう。しかし、本当にどう動くべきか。

「ともかく、天界行きがきまったし、キリヤナギ隊長へ出発の時刻を伝えて戻るよ」
「すまない、セオ。皆も準備もあるだろう、もどってくれて構わない。私も実家へもどる」

「了解です! わがきみ!」
「割と腰が低くて安心したぜ、大将!」

「カナトさん、僕も一緒に帰ります」

リアスの返答に、カナトは泊まるのだと理解した。
急いで戻らなければならない。準備もそうだが、考えなければいけない事がたくさんある。
できることはあるだろう、しかし、どれが正しいか……。

「カナトさん」
「どうした?」

キリヤナギの屋敷からの帰り道で、リアスは突然カナトを呼んだ。
考え事をしていたため、何一つ会話ができず無言の帰り道だ。
それにしびれを切らしてしまったのだろうか。

「エミル界にいるうちに、カナトさんの考えてること教えてほしいです」
「考えていること……?」
「たぶん、たくさん考えて混乱してると思うんです。だから、おれが整理するので、おしえてください」

リアスなりの気遣いだろうか。
たしかに、数日でいろんなことがありすぎて、混乱しているのかもしれない。
冷静になれば、レミエルとラファエルの婚姻は、七大天使たちにとって一大イベントだ。
そんな大規模なものに、同じ七大天使であるメロディアスを呼ばないほうが、他の天使たちから反感を買う。
当たり前のことに気付かなかっただけかもしれない。

「そうだな……。帰ったら聞いてほしい」
「はい」
「……リアス」
「なんですか?」
「私は、これでいいのだろうか?」
「これ?」
「天界にいき、ジンやリフウ嬢を連れ戻すことは、間違っていないのだろうか」

沢山のものを、いろんな人を巻き込んで、どんどん話が大きくなっていく。
三日ほど前まではジンやリフウ、月光花と一緒に、買い物にいって、テレビをみて、いつも通りの朝を迎えるつもりだった。
それなのに、一つきっかけでそれが終わって、今はもう後戻りのできないところまで来ている。
もう立ち止まっていられない、だからこそ、不安になった。

「間違っているもなにも、それができるのは、カナトさんだけですから」
「私だけか……」
「ジンさんを助けたいと思って、なおかつ助けることができるのは、カナトさんだけです。おれは助けたいとおもっても、立場上、助けることができませんから」

確かにリアス一人では助けることはできない。
天界はエミル界から遠い場所だ。
今でこそ冒険者の間での裏道がある程度で、正式に手順を踏むには手間がかかる。

「おれはジンさんとリフウさんを助けたいです。だからカナトさんを手伝います。それが間違いでも正解でも……」

間違いでも正解でも関係ない。
ジンも、カナトの事情に関係なくリフウを助けたいといった。
カナトも連れ戻したいと思った。
帰りたくないといった彼女を、短命とされるフィランソロの姫を自由な世界へ解放したい。

「ありがとう。リアス」
「ジンさんもカナトさんもいなくなるの、おれは嫌ですから」

小声でいうのは照れているのか。
弱気にはなっていられない。明日、天界へいく。






何時間たっただろうか。
豪華な天井は、夢であって欲しかったが、現実はそうもいかないらしい。
首筋がまるでやけどしたようにひりひりして、ジンは擦れる痛みに耐えられずゆっくりと上体を起こした。
自分で触れると、首輪の内側にガーゼが貼られていて手当てがされているのが伺える。

どうなったのだろう。
記憶を思い起こせば、リフウの悲鳴が頭に焼き付いている。
レミエルと言い合いになって、気絶させられたのか。
窓の外はまだ明るく、鳥たちの高い声が小さく響いていた。

”ナビゲーションデバイス”の時刻表示では午後3時。
庭園で話したのが午前中なら、だいぶ寝てしまったのだろう。
リフウはどうなったのだろうか。
また泣かせてしまったとおもうと、次にどんな顔で会えばいいのかわからなくなる。
それでも言いたいことを言ってやったし、後悔はなかった。

リフウには、謝りたいと思う。
少なくともジンを助けようとしてくれたのは確かだし、それを正面から否定したのは自分自身だ。
謝らなければいけない。
許してもらえるかはわからないが、たとえ許してもらえなくても、カナトと一緒に連れ戻したい。
そう思って、ジンはベッドから立ち上がろうとするとふぅと空間がゆがんだ。
思わずチェストに手をかけ、置いてあったベルを床に落としてしまう。

柔らかい絨毯の上に落ちたベルは、割れることはなかったものの高い音を鈍く響かせ、ジンは自分の体の異常に気づく。

頭が重くて、痛い。
それ以前に立ち上がるのが辛い。
この感覚はダメだ。倒れてなんていられないのに、正直すぎる自分の体を許したくはなかった。
本当に自分はどこまで馬鹿なのだろう。





リフウがギルバートのプロポーズを承諾し、本居城にもどってから、エドワーズはリフウの居室の整理を行っていた。
これからリフウは、ジェラシアの本居城での生活をはじめ、明後日には、婚姻の儀式を上げることとなる。
セレナーデが他界し、リフウがラファエルとなったその瞬間から、エドワーズ自身もこれからはリフウを主として仕えていくことになるだろう。
そうなれば、ジンも一緒だ。
リフウが望む限り、エドワーズはジンも支えていく義務がある。
コツさえわかれば扱いやすいエミルだ。
苦労はしない。

自分自身で、メロディアスが来ると言いながら、何を考えているのだろうとすら思う。
しかし心のどこかで、今朝ジンの言った言葉が頭に焼き付いていた。


―リフウちゃんが泣いてるのも、悲しんでるのも、悩んでんのも、全部お前の所為なんだよ!
その元凶が、軽々しく人の幸せ語ってんじゃねぇ!!


あんな若いエミル族から出た言葉とは思えなかった。
何一つ不自由のない生活が幸せだと問うギルバートに対し、ジンはそんなものを押し付けるなと言い返したのだ。
悲しんで、悩んで、泣いているリフウを幸せがなんなのか、それを決めるものはリフウ自身であると言いきって見せた。

その通りだ。
短命と言われ、その生命を憐れまれて育った彼女は、確かに何一つ不自由などなかったのかもしれない。
唯生きて、その使命を背負い全うすることが幸せで、貴族としての義務を果たすことが何よりの誇りであると、誰もが信じて疑わない。
そんな世界の中で、他ならぬ彼女自身の思う幸せを一体だれが想ったのだろうか。
想えていたのだろうかと、エドワーズは何度も自問自答していた。

そんなことを考えながら作業を進めていると、呼び鈴の音がわずかに聞こえたのを察知する。
遠くまで響くように、高い音で作られたガラスのベルだ。
普通にならせば、廊下にいる使用人の誰かが気付いて知らせてくれる。
しかし、今響いたのは普通の音ではなかった、鳴ったのはわかったが響かず無理に止められたような鳴り方だ。

ジンが呼んだのだろうか?
少し嫌な予感がして、手を止めて見に行くことにする。
何から話せばいいのかわからない。
起きているなら、リフウが本居城に戻ったことを知らせなければいけないだろう。
しかし、知らせたところで彼に何かできるのだろうか。
リフウの幸せを考えるジンが、不本意な結婚を強いられている彼女に、いったい何を思うのか。
伝えることでもっと悩んでしまうなら、いっそ何も言わず口を噤んだほうが、ジンの為になるのではないだろうか。
それが本人の意思でないとしても……。

「如何されましたか?」

ノックから扉を開けて、エドワーズはジンの様子に、数秒言葉を失った。
ぐったりしている。
駆け寄ると、顔が青く、小さく震えているようだった。

「……寒い」

鳴らそうとして床に落としたのか、ベルは絨毯の上に転がりいつもの音を響かせない。
過労か、寒いというのは発熱の前からくる寒気だろう。
エドワーズはすぐにキッチンへ向かい、氷と水を用意する。
二日間ほとんど何も食べず、過剰なストレスのかかる空間に閉じ込められているのだ。
誰だって体を壊す。

「リフウちゃんは……?」
「……今はお休みください。お嬢様も、貴方が倒れられていては悲しまれる」
「……謝りたいんだけど」

驚いた。
エドワーズが知る中で、ジンには何の落ち度もない。
唯彼女の為に、信念を曲げなかっただけだ。
エドワーズはそれを評価していたのに、謝りたいとはどういう事だろう。

「何故……?」
「リフウちゃん。やめてって……泣いてたから」

泣いていた。
なんて小さな理由だろうと思う。
人の感情なんて、その気分で左右されてしまうものなのに、彼にとってはそんなにも重いのか。

「リフウお嬢様は今、本居城におられます。どちらにせよ。今のジン様はお会いできません。私がお伝えしておきましょう」

今のジンが無茶できないからこそ伝えた自分が悔しくなる。
これほどまでにリフウを想い、幸せを願った人間を、エドワーズは見たことなどなかった。
どんなに悲しくても、どんなに苦しくても、義務と使命が付きまとい、ただそれを慰め、同情することしかできない。
フィランソロという一つの家系に仕え、ずっとこの一族の幸せを願い続けたとおもったのに、
どんなに彼女が泣き、悲しみ、運命に絶望しても、同情し、義務を押し付けることしかできなかったエドワーズは、
唯彼女に自分の運命を受け入れろと言っていただけなのかもしれない。

「私は、エミル界の事はわかりません。ジン様がどのように生まれ、生きてきたかも存じませんが、……確かに貴方は、ここにいるべきではないのかもしれませんね」

メロディアスが、このエミル族に執着する理由も少しずつわかってくる。
またリフウが、自身の人生をかけてまでエミル界へ返したい理由も……、

「リフウちゃんと帰る……」

エドワーズは何も言えなくなってしまった。
ようやく目をつむったジンにほっとする。
このまま眠ればいい。
過労なら、一日眠ればよくなるだろう。

そう思って、エドワーズが毛布をもう一枚ジンへかけると、枕元にあるジンの”ナビゲーションデバイス”に気付いた。
待機画面に表示されるバッテリーはもうわずかで、画面には”充電してください”という文字が点滅表示されている。

なにかできるだろうか。
エドワーズも一日1回、デバイスの充電をしている。
コードに繋ぐだけでいいため、機械に疎くても扱いやすい親切設計だ。

もう何年も使いこんでいるエドワーズのデバイスは、バッテリーの寿命をもう数回むかえ、何度入れ替えたかはわからない。
型そのものも旧式で、だいぶ古い物だと同僚からよく言われる。
どこかで聞いたか、ウォーレスハイムに会ったとき、エミル界と同じ規格だとの覚えがあった。

エドワーズはおもむろに、自身のデバイスからバッテリーを抜き取る。
合うかはわからない。しかし、何ができるだろうと思ったとき、これぐらいしか思いつかなった。
ジンの”ナビゲーションデバイス”の裏を外し、エドワーズは自身のデバイスのバッテリーをはめ込む。
一度電源が落ちたジンのデバイスだが、再び起動すると”Welcome to JING”と表示され、バッテリーの警告文が消えた。
メロディアスが来たときに、連絡がとれるといい。
圏外表記は相変わらずだが、無線通信ならネットを経由しないためできるはずだ。

エドワーズは、眠ったジンに冷却ジェルシートを貼り、軽食だけを置いて部屋を出る。


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本編 | 【2015-06-25(Thu) 12:30:00】 | Trackback(-) | Comments:(0)
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