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(C) BROCCOLI/ GungHo Online Entertainment,Inc./ HEADLOCK Inc.

マリオネットを取りに行ったら捕まった話
出演:リーヴィンツェンツさん、リラさん、チャドウィッグさん

あらすじ
マリオネット・インスマウスを入手しようと大陸の洞窟へ訪れた二人。
部屋の清掃用に作ったゴーレム・タイニーは不器用であったために、
新しいゴーレムを手に入れようとしたカナトだったが、
突然水の中に引き込まれ、インスマウス達にさらわれてしまう。


 「まじでいくの?」
「行く」

複雑な表情を浮かべたエミル・ガンナーのジンは、相方の即答に複雑な表情を浮かべる。
横にいる黒羽のアークタイタニア・ジョーカーのカナトは、膨らんだディバックを腰に下げて真っ直ぐな瞳でこちらをみた。

「”不思議な干し魚”が沢山手に入ったんだ。ゴーレムにしたい」
「ゴーレムって、それインスマウスじゃねーか! 部屋掃除させる気だろ!? 絶対生臭ぇ!」

マリオネットとは、アクロニア大陸に住む先住民族達をモチーフに作られた人形のことだ。
本来なら人が憑依することで使うものだが、ゴーレム化する事で自立して動くようになる。

「しかし、今は変えがない。我慢しろ」
「お前は我慢できても、俺はたえられねぇんだよ!」

カナトの自宅には、掃除用タイニーと庭の芝生を整えてくれるマンドラゴラが居るが、ゴーレムの寿命は短く半年程で消滅してしまう。
そのため、時々新しいゴーレムを入手する必要があるのだが、
今日持ってきた”不思議な干し魚”は、水中生物のインスマウスであるためか酷く生臭い。

「タイニーと一緒に掃除してもらえば、きっと捗る」
「そりゃ捗るだろうけど……」

今のタイニーは、どうやら掃除に苦手意識があるらしく、床の水拭きをしようとして絨毯に水をぶちまけたり、食器を整理しようとして皿が割れていたり、風呂掃除をしようとして湯船に沈んで死にかけていたりと危なっかしい。
ルナが来てくれたおかげで、毎度、帰宅時における大惨事は回避されているが、カナトがルナを連れ出せず不満が溜まっているらしい。

「もうさ、ルナに家任せばいいじゃん?」
「散歩にいけないだろう?」
「俺が行ってるし、お前が寝てる間に」

カナトがしねと言う目で睨んでくる。
愛犬がそんなにも大事か。

「ルナも戦力になるんだ。討伐に参加させれば、きっと役に立つ」
「射程にウロチョロされたら邪魔なんだよなぁ……」

カナトだけでも気を使うのに、ルナまで増えたらやりづらい。
そう正論で返したはいいが、カナトは不機嫌そうな表情でむくれ、踵返してしまった。
少し大人げなかったか。

「で、でもまぁ、支援ぐらいなら役に立つんじゃね?」
「しらん! もういい!」

怒ってしまった。
正論を言っただけなのに、訳がわからない。
ずんずんと大陸の洞窟へ入っていくカナトを追うと、突然後ろから肩を掴まれた。
驚いて距離をとって身構えたが、見覚えのある三人にほっとする。

「や、ジン君」
「リラさん!?」

後ろに居たのは、ドミニオンの男性。
優しい面持ちをもつ彼は、肩を下ろしたジンに微笑んだ。
彼は、イクスドミニオン・アストラリストのリラ。
後ろには、彼のチームリーダーであり、ギルドランク8th、エミル・グラディエイターのリーヴィンツェンツと、アークタイタニア・カーディナルのチャドウィッグもいる。

「ここで会うとはね、驚いた」
「俺もっす。どうしたんすか?」
「本部の討伐任務。ジン君は?」
「えっ、その……」

「ジン! 急がないと潮が満ちてくるぞ!」
「あぁもう! うるせぇよ!!」

先に進もうとしていたカナトが戻ってくる。
すると彼は、ジンの後ろにいる三人をみて一礼した。

「ご機嫌よう。ご無沙汰しております」
「カナト君もこんにちは。でも、このダンジョンは立ち話には向かないし、先に進もうか」

「一緒にいくんですか? なんの意味があるんです?」
「方向が同じだから、嫌でも一緒になっちゃうよね?」
「……確かにそうですか」

仮面の彼、リーヴィンツェンツも頷き、五人は大陸の洞窟の深部へと歩を進めた。

ランカーの第二選抜がおわり、カナトが初めて新規の彼らと顔を合わせたのは、以前の立てこもり事件の時だ。
あの時は、夕食の買い出しに行っている最中に連絡がはいり、ジンのみが行って断るつもりだったのだが、
ラウンジにて一人で待っていたカナトを偶然セオが見つけた。
そこで一緒にいたリュスィオールが、セオと親しいカナトを部隊員だと勘違いし、作戦に協力してくれないかと提案してしまったらしい。
最も、作戦内容を話してから一般人と気づいて、参加に後戻りが出来なくなったのもある。

そこで意外だったのが、治安維持部隊のリーヴィンツェンツ班がカナトと知り合いであったことで、ジンはまさかの繋がりにしばらく事実が飲み込めなかった。

それも、普通の知り合いとしてではなく敬意を示すような態度をとるので、ただの友人と言うわけでもないことは分かる。
ジン自身も、カナトにどういう関係なのか問いただしたが、”雪山に遭難した時に助けてもらった”としか話してもらえず、詳しいことは殆ど聞かされなかった。
口止めをされていそうな気配もあり、ストレスを感じずにはいられない。

「ジン、どうした?」
「なんかお前、リラさん達だけには妙にかしこまってんなって……」
「……嫉妬か?」
「だからなんでお前に嫉妬すんだよ! なんか隠してんだろ?」
「何を隠す必要があるんだ……?」
「しんねーよ。じゃあなんでそんな態度違うんだ?」
「命の恩人だからだが……?」

うまく説明できずイライラする。
そもそもノーザンなんて定期便もあれば、ホカホカ石に現地で販売している。
道に迷ってもナビゲーションデバイスあれば助けを得られるし、遭難する要素がない。
その上、元々寒いのが苦手なカナトが、わざわざ一人で行くとは思えない。

そこで誰かがいたかと思えばリーヴィンツェンツ班だ。
つまり、一人で遭難したと言うことになるが、考えれば考えるほど矛盾する。
カナトはそんなジンの矛盾を理解できないようで、首を傾げるばかりだ。

「命の恩人は、少し大袈裟じゃないかな? カナト君」
「いえ、貴方方がいなければ今の私はおりません。生かされた生命として最大限の感謝を示したく思っています」

ジンは納得がいかない。
一番先頭を歩くのも、カナトの言う敬意からか。

「カナト君は俺たちと出会う前、セオ君達と行動していたみたいだね」
「あれ、そうなんすか? じゃあ、何処であいつと?」
「ノーザンダンジョンかなぁ、ぐったりしていて、結構危なかった」

ジンからすれば、カナト程の火力のある冒険者が、ノーザンダンジョンでへばるとは思えない。
ボスのアルカナキングもそんなに強い敵ではないからだ。
昔、バイトで生計を立てていたカナトが、アルカナキングを倒せないとも思えないし、ノーザンディメンションダンジョンに入った時は、ジンよりも殲滅して仕事がなかった。
そんな存在感が危ぶまれる嫌な思い出まで蘇り、ジンが一人悶える。

カナトとこの三人について考えるといつもこうなるので、ジンは考えるのをやめていたのだ。

「……別にやましい事はないぞ?」
「ちげぇよ!! 変に誤解すんな!!」

訳がわからず喚いて、ジンは大きくため息をついた。
知り合いなら知り合いでいい、仲が悪いよりも、はたまた人見知りで関わりたくないと言われるよりも断然いいと思う。
だが、近くにいる分、手が届いて居ないのには違和感を覚えた

大陸の洞窟は、海岸沿いにある丘の上から地下へ広がっていて、降りれば降りる程海面に近づき、最下層は完全に海水に浸かってしまっている。
その為、冒険者達は潮の満ち引きに合わせて探索するか、ソーサラーの魔法”アクアラング”を使って潜るしか方法はない。
今日の目的は、カナトが持ってきた”不思議な干し魚”を、ここの地下にある特殊な海水に付けてマリオネット・インスマウスに戻す為だが、その海水があるのは、地下5階の際奥。
地下5階は、夕方には潮が満ちて完全に海水に浸かってしまう為、出来るだけ急いで動かなければいけない

「ゴーレム・インスマウスか、確かにマリオネットの中では、一番知能が高くて力もあるから、家事には向いているかもしれないね」
「はい、自宅には既にゴーレム・タイニーがいるのですが、あまり得意ではないらしく……」
「ははは、たまに居るね。タイニーの場合は大体の事を魔法でやろうとして大雑把になることがあるから――」

「無駄話に花を咲かせて、えらく楽しそうですね。リラ」

チャドウィッグの言葉に、一瞬その場が冷め、カナトも言葉を止めた。
ジンも少し眉間にしわを寄せたが、リラの「ははは」と言う笑いに少し驚く。

「無駄もたまには大切だよ。でも少なくとも、カナト君はゴーレムについて困っていたから無駄じゃないよ」
「……まぁ、そうですね」

ジンは何も言わない。
しかし、明らかに気に入らない表情をみせ、踵返した。
カナトの事も少し心配はしたが、気にした様子もなく、ふわふわと通路を進んでいる。
言われて当然と思っているなら、正したい。
尊敬するのはいいが、だからと言って何を言われてもいいわけではないからだ。
でもそれに口を出すのは、今現在誰も望まない。

そう思い、ジンが肩に下げる光砲・エンジェルハイロゥを背負い直した時、カナトが何かに反応した。

後ろにいるリーヴィンツェンツも、気を尖らせ警戒しているように見える。
ここは大陸の洞窟の地下四階。
潮の満ち引きで、本来なら沈んでいる階層だ。
深い部分には水が残り、天井からは海水が滴っている。

何処にいるのだろう。
ここの敵は、脱出を出来ず溺れた冒険者の亡霊、アンデッドモンスターが大半だ。
つまり何処から現れるかわからない。
下手にマミーに捕まり、潮がみちるまで囚われれば、自分たちまでアンデッドになってしまう。
それだけはごめんだ。

ジンは中距離に備えて、脇の烈神銃・サラマンドラを抜くと筒に銀弾を装填。
戦闘に備えた。
カナトもまた、赤い太刀を抜き空間に向けて構える。
何処から来るだろうと、一番警戒を強めた時。
足元の水溜りが揺れた。

直後。両脇の水溜りからインスマウスがとびだし、カナトへと飛びかかって抱きつく。
一瞬で起こった事象にカナトは反応できず、インスマウスに水中へ引きずりこまれた。

「カナト!!」

ジンが飛び込もうとしたが、リラが服をつかんで止める。
また途端に、後ろから更にインスマウスが飛び出し、今度は一番後ろにいたチャドウィッグを水中へ引きずり混んだ。

「チャド!!」

派手な水音が、無残にも響く。
ジンはどうすればいいか、わからなくなった。

目の前は水だ。
カナトはタイタニアだ。
羽が濡れると飛べない。
浮き輪がなければ浮くこともできない。
溺れてしまう。

「だめだ……!」
「落ち着け!」
「放せよ!! あいつはカナヅチで――」
「救助する側が動揺したらいけない!」

また、何もできない。



冷たい水中だった。
たくましい腕に抱かれ、感じる水流は心地よくも感じる。
泳ぐのはかなり早い、流石インスマウスだとおもった。

カナトは、水の中が苦手だ。
入るのに抵抗はないが、泳げず息もそんなに長く止められない。
酷く苦しい。
いっぱいいっぱいだ。
でも、死にたくないと思った。

ジンと約束したからだ。
生きたいと、最後まで生きると約束した。
だから、死にたくない。

息がしたい。
そう思いカナトは、少し口を開けた。
すると、水ではなく空気が入ってきた。
息ができる。
できないと思ったのは水流を感じたからだ。
水中で息ができるのは、魔法”アクアラング”。

カナトは一気に、我慢していた呼吸をした。
生きている。
生きていけると思った。

だが、息ができたと分かっても徐々に世界が暗転していく。
頭痛とめまいは、酸欠だろうか。
同時に押し寄せるひどい眠気に抵抗ができない。
眠りたくないと堪えるも、引きずりこまれるように、カナトは眠りに落ちた。





ジンは放心状態だった。
光砲・エンジェルハイロゥを抱き抱え、焚き木前で膝を抱える。
地下四階より下は、まだ水は引かず奥には進めない。
潮の満ち引きをみて進むつもりであった為に、水中へ潜る準備は全くして居なかった。
それはまた、目の前のリーヴィンツェンツ班も同じらしく、地下四階の脇で潮が引くまで待つことにしたのだ。

不安が一周って冷静になると、何故こんな場所に来てしまったのだろうとか、何故水があるのに対策をしなかったのだろうとまで考える。
弱い人間にありがちな、不安が後悔に変わる思考回路。

考えることで絶望するなら、考える事をやめればいい。
だからジンは、無心でハイロゥを抱えていた。

「今日は潮の引きが偉く遅いな……」

リラの言葉に、ジンが顔を上げる。
考えることをやめていたので、理解に時間が掛かった。

「……遅い?」
「あぁ、一応本部からここの水面の高さのデータを持って来たんだ。いつもなら、そろそろ満潮で降りられるはずなんだけど」

そうリラがあえて話題にするのには、何かしらの理由があるのだろう。
満潮の時間は、自然に関しているため、当然人間のつけた時間に沿わない。
あくまで平均をとり、今日はこの辺りの時間だと予想を立てる程度だ。
よって平均とズレていても、今日は遅めなのだろう。と感じるもの、しかしリラは、それにあえて触れた。

「……何かいるんだろう」

ずっと黙っていたリーヴィンツェンツが口を開いた。
どういうことだろうと考えたが、もう一度二人をみてようやく察する。
二人がここにいる理由だ。

「……討伐?」
「ん? あぁ、討伐だよ。ふんどしマン! のね。冒険者から先に進めないと連絡が来て、暴れてるんだろと思ってきたけど、どうやら理由は別にありそうだ」

潮の満ち引きが遅いことと、討伐の仕事。
関連性がよく見えないのは、自分がまだ動揺しているからだろう。
うーん。と息が詰まるような気分になり、情けないと思った。
再び何も考えぬよう、うつむいてハイロゥを握り直していると、突然頭に手を置かれた。

「大丈夫。二人ともそう簡単には溺れない」
「タイタさんはしらないすけど、カナトはあいつ、カナヅチで……」

「インスマウスが現れたとき、動きに無駄がなかった」
「!?」
「恐らく始めから、水が苦手だと思われる人間を狙ったんだろう」
「それなら尚更……」
「殺す気なら、俺たちも襲われている」

ようやくジンは、リーヴィンツェンツの言葉の意味を理解した。
水が苦手な人間を狙うのは、抵抗されないためだろう。
殺す気で溺れさせるなら、沈ませたあと放置すればいい。
しかし、インスマウス達は二人をそのまま連れて行った上、リーヴィンツェンツやジンになに一つ危害を加えなかった。
これはつまり、”殺害するつもりはない”と言う事になる。
しかも、ジンやリーヴィンツェンツに危害を加えなかった。
攫ってなにかしたいなら、追われては困るので足止めが来るはずで、体力も消耗させられるだろう。
しかし、インスマウスは襲いにこなかった。
仲間が攫われれば、助けにいくのは当たり前だ。
一度戻っても、援軍をつれて救出にいくのが普通だろう。
つまり、無傷で返せば相手は不利になる、そのはずなのにインスマウス達はそれをした。

「俺たちは、彼らに呼ばれて居るんだと思う。恐らくインスマウス達の中じゃ、解決できない問題があって、チャドとカナト君は、それを解決させるための人質だよ」
「でもそんなん、口で言えば済むことじゃ……」
「多分、それを解決することでこちらになにか不利があるんだろう。人質を取らなければいけないほどのデメリットが……」

息を飲んだ。
インスマウス達の要求がなんなのかは分からない、しかしジンは、ある意味安心してしまった。
動揺していて気づかなかった自分が、さらに情けなく思う。

「リラさんもリヴ少尉も、最初から気付いてたんすか?」
「いや、ずっと違和感があって、考え直してみただけだ。それに憶測だから安心はできない。インスマウス達は勢い主義な種族だから、あんまり深い事を考えてない可能性があるし……」

リラの発言に納得してしまう。
海岸の黒電話で電話すれば、神輿を担いで歌いながら対岸に運んでくれ彼らだ。
その場のノリと勢いなら右に出る種族はいないだろう。

もし、リラの憶測が正しければ自分達は必要な存在と言う事になる。
危害を加えられる可能性は極めて低い。

「落ち着いた?」

解けた緊張の糸に、ジンは再び項垂れた。
情けない。
しかしそれでも、彼らは手を差し伸べてくれた。動揺する自分を気遣って分かるように話してくれた。
返す言葉が見当たらない。
しかし、今はこう返すべきだろう。

「なんとか、ありがとうございます。すんません」
「……足手まといになられたら困る」

つまり、普段は使えると判断されているのか。
回りくどいフォローだとは思うが、自信にしたいとも思った。
今一つカナトを信頼しきれていないのかもしれない。

そう思ったとき、ジンのナビゲーションデバイスが振動する。
メールがきていて、件名はなかった。

”水没して無線が使えない。早く来い”

送信元は、カナトだ。
今まで何をしていたのか、返信ぐらいすぐによこせと思う。

「とりあえず、無事を確認できたし、進もう。多分水はこれ以上引かないだろうし、水中にはいる覚悟はきめてね」
「へい!」

ジンは立ち上がり、三人で地下を目指す。




まるで圧縮されたような意識が、じわりと戻ってくるのをカナトは感じていた。
暖かい。
ゆらゆらと目の前で揺れる光は、焚き木の炎で、ずぶ濡れになった服を乾かしてくれている。
しばらくは横になり、ぼーっと炎を見つめていた。

「やっと気がつきましたか?」

響いた声に、カナトの眠気が吹き飛んだ。
体をおこしてみると、小さな翼をもつタイタニアが、床へ座り込んでいる。
金髪の彼は、先程一緒にいたアークタイタニア・カーディナルのチャドウィッグだ。

「また貴方の面倒をみることになるとは……これは何の縁でしょうね」
「かたじけない……。しかし、ここは一体」
「貴方が目指していた場所ですよ」
「私が、目指していた?」

チャドウィッグがふと、脇を指差した。
するとその先に、こちらをじっと見つめる赤いインスマウスがいて、カナトは改めて周りの空間を見直した。

「大陸の洞窟の最下層?」
「えぇ、」
「しかし、これは……?」

直径5mほどだろうか。
焚き木を中心とし、ドーム状の結界が貼られている。
外の景色には、ケイブフィッシュの幼生や、小さな魚が泳いでいて、まるで小さな水族館だ。

「”ミスティックシャイン”……?」
「ジョーカーなのに良くご存知で」

カーディナルが持つ、光属性の結界を作成する魔法だ。
術者次第で、ありとあらゆるものから身を守ることが出来る。

「私のこの結界に、インスマウス達が”アクアラング”をかけてくれています。彼らが魔法を継続している限り、溺れることはないでしょう」

”アクアラング”の効果は、水中で呼吸ができるようになる魔法だが、理屈としてみると”人が呼吸できる環境をつくる”魔法だ。

周りを水に囲まれた場所で、無理やり結界を貼れば、当然そこに空気はない。
しかし、魔法”アクアラング”を結界へかぶせることで、結界そのものに”アクアラング”の効果がやどったのか。

「”アクアラング”は、人間に必要な空気を、水や空間から取り出し、それを地上と同じ比率にして生産します。その為、この空間の酸素の濃度は、アクアラングの根本の効果により、減っても精製され続けます」

地上と同じ比率になると言うシステムから、極度に減らしても自動でその比率を保ち続けるのか。
納得して上を見ると、不要になった二酸化炭素が、結界の真上から泡として逃げている。

「しかし、水中の酸素を全て使い果たしたら……」
「普通の人はそう思いがちですが、貴方は水の構成物質を知っていますか?」

あ、とカナトは納得した。
同時にこの魔法が”アクアラング”と呼ばれる意味を理解する。

「水素と酸素です。余った水素は、水中の酸素と結合させ、再び水になる。もちろん。水中の酸素からでも可能ですが、それでは持ちませんからね。比率の問題になり、永久とまでは行きませんが、焚き木程度では窒息しませんよ」

ここの場合、潮の満ち引きで海水が入れ替わる為、酸素が枯渇することもない。
新生魔法の科学技術に、カナトはとても感心した。

「あの〜、そろそろいいだべか?」

こちらをみていたインスマウスが、結界の外から話しかけてきた。
赤い体表をもつ彼らは、このアクロニア大陸の先住民族であり、本来なら人間が水中へ入ることを嫌うはずだ。

「ここぁ海水だけど、海じゃねぇからな。まぁ細けえことばきにしなさんな」

そういうことらしい。
よく見ると、このインスマウスだけではなく、周りに数匹のインスマウスが集まってきていた。

「とりあえず、黒羽の人はすまんな。あんさん連れてきたやつぁ、最近”アクアラング”を覚えたばっかで、中途半端だってば、苦しかったど?」
「は、はい……?」

「”アクアラング”の効力が薄く、低酸素状態になったんですよ。だから気を失っていた」

息ができたのに苦しかったのはその為か。
片言に近い言葉ではあるが、チャドウィッグのおかげで理解できる。

「あんさんらに来てもらったんは、ここ最近、ふんどしのやつぁ、おれらの大事な通用口を封鎖しちまったんよ。海に通じる道なんだけどやぁ、でかい岩とかじゃまでとおれんのじゃけえ、でもどかそうとしたら、ふんどしが邪魔してさぁ」
「……」
「わしら、水の魔法は得意だけどよぉ、岩とかぶっ壊す魔法は苦手なんな。そんであんさんらになんとかしてほして、ふんどしも」
「ふんどしマンも……ですか?」
「ふんどし倒さんな、岩ぶっ壊せねぇだろ?」

納得はしたが、難しいと思う。
インスマウスの要求は、大陸の洞窟と海の通用口の開通とふんどしマンの討伐だ。
言葉だけならなんとかなりそうではある。
しかし、場所は水中だ。
インスマウス達の”アクアラング”があっても、重力を使った動きができない。
それに、開通させるにしても水中で岩などどかせるのだろうか。

「何を真面目に考えているんですか……。彼らが聞いているのは、できるかどうかではありませんよ」
「チャドウィッグ殿?」
「インスマウス達は私達に、やるか、やらないか。を聞いているんです。やらないと答えれば、私達は人質ですね。拒否権はない」

ぞっとした。
表情を変えないインスマウスをみると、事実なんだろう。
そもそも頼みに来ただけなら、攫ってこんな場所に隔離する必要がない。
必ず働かせる為に連れて行き閉じ込め、解放する条件をだす。
条件を飲み、達成できれば解放するが、失敗、または拒否ならば、救出にくる仲間にそれを強要する。

確かに、述べられた問題はインスマウス達とっては死活問題だ。
海に出入りできないなら、ここは隔離された小島にも近い。

「どおすん、やるべか?」
「結論から言いますが、不可能です。岩を破壊する魔法は確かにもってはいますが、その場にいく術はあっても、水中で戦う技術はありません」
「そっちの黒い人は?」

「私も、申し訳なくありますが、泳ぐことが不得手です。呼吸ができたとしても、重力がなければスキルの威力を発揮できません」
「はぁ〜、そうがぁ。でも確かに、あんさんら海にはいらねぇでくれてるもんなぁ……泳げねぇのもしかだねぇが」

「治安維持部隊の隊員なら、水中を考慮した訓練も多少はありますね。しかしそれも、あくまで民間のプールなどが基準ですし、アテにはならないでしょう」
「タイタニア族にも訓練があるのですか?」
「当然です。しかしタイタニアは、翼を負傷すると命に関わりますので、重要視はされていません」

翼が濡れることを極端に嫌うタイタニアが、洗浄と言う目的意外で水に入る事など考えられない。
翼はある程度の水なら弾けはするが、付け根の羽毛から水に浸れば、さすがに重くて飛べなくなるからだ。

「しかしあくまで任意なのは、タイタニアが空中を自由に行き来できるからですね。普段起こり得ない水中戦よりも、空中戦の方が長けていますから」

しかしそれでも、訓練を行っていると言う治安維持部隊に、カナトは感心した。
言われれば、カルネオルと一緒にプールに入った時に、綺麗に泳いでいておどろいた気がする。

「はぁ〜、しゃあねぇべ。それじゃぁ、しばらくはここにおってな」
「もし、後からくる彼らが目的を達成できなかったら……どうされるのですか?」
「”アクアラング”ありゃ、溺れはせんだろ? できるまでやってもらうしかないべ」

そもそも帰す気はないのか。
呆気なく攫われた自分が悔しくなる。

「僕は泳ぐのは苦手ですが、後の二人は訓練も真面目に受けていましたので、心配はしていませんね。貴方のお連れさんは知りませんが」

カナトが少し驚く。
チャドウィッグの言葉は、自分は無理だが、仲間なら出来ると言う信頼の言葉だ。
その中に、カナトの連れであるジンが含まれて居るのは、足手まといになるかどうかをカナトに聞いているとも取れる。
相手が信頼を示すなら、こちらも返すべきだろう。

「奴も一応、泳げはするようです。一緒に泳ぎに行きましたが、……茶化されて溺れかけ……」
「最低ですね」

確かに最低だ。
泳ぎは練習すべきなのだろうか。
しかし翼が濡れると、3時間は乾かないし、飛べないのは不便すぎる。
そもそも歩くのも苦手なのに……。

「何を考えているか知りませんが、足手まといにならない事を祈ってますよ」

真面目な現場でふざけることはないとは思う。
それでもECOタウンの時は、体のありとあらゆる場所に水が入ってきて、鼻は痛いし、耳の水は抜けないし、足はつるしで散々だった。
あまりに顕著な溺れ方をしたので、流石謝られたが、軽いトラウマになっている。

「た、多分大丈夫です」
「なぜそんなに自信がないんですか……?」

泳ぎはできる筈なのだ。
大丈夫だと思うが、問いただされると困ってしまう。

カナトは、濡れていたマントを焚き木の横に広げると、ナビゲーションデバイスから、ジンに通信を飛ばそうとした。
しかし、水没してしまった為か、画面がうまく映らず、無線通信も入らない。
仕方なくカナトは、サイバーインターフェイスから、ジンに短文のメールを打ち込んだ。
電波が弱く、送信に何度も失敗したが、5回目の送信でようやく完了し、ほっとする。
メールは何時もの短文だ。

さっさと来い。

@

探していた影が、そこに居た。
大陸の洞窟の地下四階。
場所は、地下5回目へおりる階段上だ。
しかし、階段の先は未だ海水に浸かっていて、進むことができない。
まるで湖のように広がる空間の中に、3人は数匹の異種族と対面していた。
赤いインスマウス。
普段、姿を表さずひっそりとくらす彼らが、わざわざ出向いてきたのは当然理由がある。

その姿をみた直後、一番前にいたジンを、リラが下がらせた。
本人は無意識だが、仲間が攫われ殺気立っている。
前に置いては敵を刺激しかねないと判断したのだ。

「要求は?」

リーヴィンツェンツの第一声に、インスマウスは反応する。
話は早いと言いたげだ。

そこから、大陸の洞窟と海の通用口がせき止められて居ることと、邪魔をするふんどしマンの話を聞く。

「水が引かないのはそのせいか……」
「んだんだ。別に水は引かなくてええんだが、海にでれないんじゃけぇ。”アクアラング”はやるさかいに、たのむわ」

「それが二人を帰す条件か?」
「だなぁ、帰ってもええが、あの二人にやってもらうしがなくなる」

「ふざけ――!!」
「ジン君!」

リラに静止されて、ジンが黙る。

「2人は無事か?」
「あぁ、元気だべ。寝てた方もおきたみたいだしの」
「んだんだ」

寝ていた?
問い詰めたいが、聞ける立場ではない。

「古の民よ。要求は受けよう。だが、お前達が攫った二人の内一人は、水に抵抗する術がない。
”アクアラング”があっても、水中に慣れなければ呼吸は困難だ。下手をすれば窒息しかねない」
「”アクアラング”があれば、しなねぇんじゃねぇの?」
「”アクアラング”は空気を作る魔法。作られた空気を肺に取り込まなければ、人間は息が出来ない。しかし、水中へもぐれば潜るほど人間の体は圧迫され、肺が縮み、吸い込める空気を数量が減っていく。この状態が長く続くと例え”アクアラング”があろうとも人間は低酸素状態に陥る」

「俺たちが水中に要られる時間は、長くても20分前後。それ以上は魔法があろうとも危険だ」

治安維持部隊の水中訓練で叩き込まれた事だ。
”アクアラング”は便利な魔法だが、水圧も防げなければ、呼吸の補助もない。水圧により圧迫された肺を膨らませる、肺活量が必要になる。

「それを踏まえて此方が言うのは、お前達が攫った二人を、水に触れさせないと約束しろ」
「今は水の中におるけど、ちゃんと水がないとこにおるし、安心せぇ。死なれたら困るし、そういうならそうしちゃる」
「水の中? 連れ出せるのか?」
「せき止められてるとこなんとかしてくれたら、水は引くべ」

つまり潮が満ちる時間が時間切れか。
出来れば今日のうちに完遂したい。

「じゃあ準備してくれや、薄着の方がええで」

そう言われ、3人は着ていた上着を脱ぎ出来るだけ軽装になった。
ジンはTシャツにスキニーパンツ。ホルスターのみをシャツに付け替える。

「ジン君。サラマンドラは平気かい?」
「一応防水すけど、そんな飛距離はでないと思います」

水中にて銃は問題なく稼働する。
しかし、水の抵抗は大きいため、威力は期待しない方がいいだろう。
どこまで役に立てるかはわからないが、引くと言う選択肢はなかった。

簡単に準備運動を済ませた三人は、インスマウスに”アクアラング”を付与され、水中へ潜る。

冷たい。
ひんやりとした海水が体を包み込み、ジンは数秒水に体を任せた。
ゆっくりと目を開けると、まるで鏡のように輝く水面が揺れている。
視界は、”アクアラング”の追加効果で驚くほどクリアに映り、ジンは正面を凝視した。

息をしなければいけない。
感じる水圧に抵抗し、ジンは空気を吸い込んで肺を膨らませた。
そして再び息を止め、ジンは手招きをするリラとリーヴィンツェンツへついていく。

大陸の洞窟の地下5階は、ジンも数回来た事があるが、思うより天井が高く、いつもの足場がとても深い位置にある。
潜り過ぎると水圧で苦しく、呼吸が困難になるため、三人は出来るだけ天井付近を泳いで進んだ。
時々空気を吐き出し、時々吸い込み、三人は5階の十字路へと連れてこられる。
そこから北の通過に、ジンは丸いドーム状のものを発見した。
淡い色で覆われ、よくは見えないものの、黒いゆらゆらと動く何かが見える。

「あこにおるし、安心せい」

インスマウスは、話せるらしい。
ジンは声をだそうとして、肺の空気失い、死ぬかと思った。
水中で声をだそうとしては危険だ。
カナトが心配ではあるが、しばらくは会えないだろう。
さっさと終わらせると決め、ジンは先に進むリーヴィンツェンツとリラの後に続いた。


@


カナトは焚き木の前で、膝を抱えていた。
目の前には防水仕様のナビゲーションデバイスを確認する、チャドウィッグがいる。
カナトがじっと彼を見つめていたところ、視線に気づいたのか、メガネを上げなおしてこちらを見た。

「何か?」
「何故、私だけが……」

カナトは訳が分からなかった。
先程、突然インスマウスが結界の中へ入ってきたかと思うと、コンテナに大量の金属を入れたものに、カナトだけを足枷を繋いで出て行ったのだ。
長さは1m程しかなく、重くて殆ど動けない。

「心配されているんですよ。良かったですね」
「理不尽です」

インスマウス達は、「水に弱いので絶対に水に触らせるな」と言われたらしく、カナトかチャドウィッグを選びカナトにしたのだ。
いやむしろ、あの態度はチャドウィッグの眼光を恐れた様にも見えた。

「この結界は、術師の許可次第で出入りをコントロールできますが、貴方の場合は危険でしょう?」
「どういう意味でしょうか……。私も子供ではありません」
「貴方の意思など知りませんよ。インスマウス達が勝手にやったんですから」

やはり納得がいかない。
確かにここから出る為、”不思議な干し魚”が使えるか試そうとしたが、ここに連れて来られる際、水流でディバックの中身が流されてしまったらしく、固定していなかった回復剤やロウなどのアイテムの大半がなくなっていた。
荷物の半分をしめていた”不思議な干し魚”が根こそぎなくなっており、カナトはショックで数秒動けず、泣きっ面に鉢だ。
固定している財布や許可証、自宅の鍵などの貴重品は無事だったが……。

「良かったですね」

よくはない。
目的の物がなくなり、わざわざ来た意味がない。
あぁ、ルナはちゃんと留守番をしているだろうか。
無事帰れたら、おやつのカエルの干物を買って帰ろう。

水浸しになったナビゲーションデバイスは、ジンにメールを送信してから完全に応答しなくなり、ただの箱になってしまった。
暇つぶしのゲームも出来ず、座って待つしかない。
えらく退屈な時間だ。
しかしカナトは、コンテナから半径1mしか動けない。
やはり理不尽だ。

再び膝を抱え直しチャドウィッグをみると、あまり顔色が良くなく見える。
先程はそんなに気にはならなかったが、疲れた表情にも見えて、濃縮マジスタポーションを少しずつ口に含んでいた。
即効性の精力剤だ。
回復は早くなるが、飲みすぎると体によくない。

「チャドウィッグ殿、顔色が悪くみえますが……」
「貴方に心配されるのは気に障りますね。少し疲れただけです。結界の維持も楽ではないので」

そう言えば”ミスティックシャイン”の効果も永続ではなかった。
本来なら10分程で消滅するもので、維持にも体力がいるのだろう。
カナト自身もこの結界がなければ恐らく溺れてしまう。

そんな事を思い、チャドウィッグに申し訳なさを感じていると、ふと彼の背中に目が行った。
チャドウィッグはアークタイタニアだ。
始めは「そうなのか」と流しており、金髪で疑いもしなかったが、翼の形状がえらく小さい。
小さいのは、エミル界でタイタニア用に作られた翼の見え方を変えるアクセサリーを付けているからだ。
タイタニアは、大天使階級から翼の枚数や形状が変化する為、アークタイタニアではないタイタニア族の翼は、全て同じ形状をしている。
その為、アクセサリーは同じ翼に、個性を持たせたいとされた所謂ファッションアイテムだ。
よって装着しているのは、天使階級のタイタニアである筈なのに、チャドウィッグはアークタイタニアだと言う。
アークタイタニアは、自らの翼に誇りと強固なプライドを持つことが多く、翼を擬態させるなど考えられない。

「……まだ何かあるんですか?」

チャドウィッグも暇なのか。
サイバーインターフェイスで事務作業を始めていた彼は、再びカナトの視線に反応した。
カナトは何も出来ず退屈なのだ。
以前は本があったが、今回は何もないので許して欲しい。

「チャドウィッグ殿は、アークタイタニアだと、お伺いしたのですが……」
「そうですが、何か?」
「何故、翼を隠されているのですか?」

小さな羽。
本来なら、自らをタイタニアだと証明し、立場を誇示する翼だ。
アークタイタニアなら尚の事、それを誇るはずである。

「答える義務はありませんね。ただ言えるのは、アークタイタニアの下らない価値観には心底呆れるものがありますよ」

カナト自身の疑問も貴族の下らない考え方だと言いたいのか。
確かに、階級とか立場とか、天界においてのみ有効なもので、エミル界では関係がない。
タイタニア族ならまだしも、エミル族に「自分の羽はすごい」と訴えても通じるわけがないからだ。
綺麗だとは、お世辞でも言われそうだが……。
それでも、自分の羽をどう見せようと人の勝手だ。
暇を持て余して、下らない質問をしたと思う。

少し反省して、謝るべきか考えていると、チャドウィッグの顔色がさらに悪くなっている。
事務作業をして気を紛らしていたようだが、集中力が続かないらしく、サイバーインターフェイスを閉じてしまった。

「大丈夫ですか……?」
「大したことはないと、言いたいですが。環境維持の力が弱い体質でして、この環境は少し辛いですね」

環境維持が弱いという言葉に、カナトはピンときた。
環境維持能力は、翼に備わっているものだ。
その翼を擬態しているということは、チャドウィッグは何かしらの障害を翼に持っているのだろう。
それを聞いたカナトは、自分とコンテナを繋ぐ鎖を握り、ずるずると引きずってチャドウィッグの隣に座った。
そして、チャドウィッグの隣で小さく翼を広げる。

「いろいろと失礼を申し上げました。私が居ることで、症状が軽くなれば幸いです……」
「全く、余計なお世話です。しかし、今回ばかりは私も生命に関わるので、感謝しておきましょう……」

環境維持能力は、翼に備わっているものだ。
故に、翼を持つものの付近に居れば、その力を共有することが出来る。
つまり肩を並べれば、チャドウィッグに本来の環境を提供できると考えた。

「……ありがとうございます」

カナトは、彼より優しいアークタイタニアを知らない。


@


ひんやりとした水の中で、ジンは息をすることに必死だった。
息はできても、長時間水中に居るとかなりの体力を消耗するため、当然体が必要とする酸素もふえる。

上がりたい。
たが、完全に水に沈んだ地下5階に空気はない。
なんとか力ずく水を抜くしかないだろう。

インスマウスに連れられて、三人は突き当たりの小部屋へとたどり着いた。
この部屋には何もない。
しかし、北側の通路の奥にそれがいた。
黒い巨大なインスマウス。
ふんどしマンだ。

話によると、ふんどしマンのいる小部屋に通用口があるらしい。
開通の為に、治安維持部隊の援軍を待つべきかとも考えたが、そもそも水中の専門家が存在しないため、どちらにせよ、現場を知る自分達が動いた方が早いと判断した。

ふんどしマンを確認し、一番始めに動いたのはリーヴィンツェンツだった。
彼は壁にしがみ付き、小部屋の入り口に足場を構えると、腰に携えていた棒を抜く。
スイッチを押し込み、生えるように出てきたのは、曲線を描いた刃の斧。
ギルドランク8thを象徴する武器の一つ、冥獄斧・デストロイヤーだ。

途端殺気を感じた敵が、リーヴィンツェンツに気づき、床を蹴って突進。

早い。
あまりの速さに驚いたが、リーヴィンツェンツは足場を蹴って、奥の壁に着地。
再び床を蹴って、別の壁へ移動した。
リラはそれをみて、顔前に二本の指を揃えると、光源を集結させて”ファイアーボールを”放つ。

ジンは一瞬、詠唱がない事に驚いたが、考えている場合ではない。
此方に気付いたふんどしマンが、突っ込んでくる。

散開してやり過ごしたが、どう倒すべきか、打ち合わせも何もしていない。
撹乱された敵へ今度は、リーヴィンツェンツが正面へ突っ込む。
両腕でガードするふんどしマンは、寄ってきたリーヴィンツェンツに、右ストレートをいれるが、リーヴィンツェンツは斧で防御。
押し込まれただけだ。
ジンはそんな様子をみていると、向かいの壁にいるリラが、自分の背中の壁を指差している。

意味はおそらく”背中をみろ”。
振り返れと言う意味だ。
ジンの後ろは壁だが、振り返ると、巨大な岩の隙間から冷たい水が流れ混んできている。

通用口だ。
リラは、ここを壊せば水が引くと言いたいのだろう。
しかし、岩はジンの身長ほどあり、流石に一人で動かせない。

厚みから、銃を使えば跳弾する可能性がある。
そうしている間に、ふんどしマンが、通用口に近いジンを見つけ、突進してきた。
慌てて移動すると、まるで守るように通用口を塞いでいる。
ふんどしマンにとって、ここは家なのだ。
水があれば有利だが、引けば不利になる為に、必ず死守するだろう。
しかし此方も、仲間の為に引けない。
必ず連れて帰る。

そう思ったとき、後ろからリラが”ファイアーボール”をふんどしマンに投げた。
敵はそれに”ウォーターアタック”で応戦。
リーヴィンツェンツが下がっている為、ジンは銃を構えた。
そして躊躇いなくそれを放つ。

テンペスト。
飛びだしたのは、気泡だった。
水中で起こった小爆発から、弾丸が発射される。
しかし、分散する筈の弾丸は、筒からの圧力を受けていない為に失速。ジンの距離からで届いたのは、筒から打ち出した一発のみだった。
しかし、その一発も、インスマウスの強靭なたくましい腕に防がれてしまう。
距離を詰めなければ無理だ。

即座に突進してきたインスマウスを、ジンが再び壁を蹴って交わす。
そのタイミングを見計らい、リラが”エレメントメモリー”を岩に向けて放った。
途端岩が音を立てて粉砕。
せき止められていた水が、吸い込まれるように抜け出した。
その途端、引き込まれるような感覚があり、リーヴィンツェンツとリラは、即座にその場から離れる。
ジンは二人とは逆の位置にいた為、手元の壁に捕まった。

しかし、岩を壊されたふんどしマンは逆上。
壁に捕まったジンを見つけ、突進してきた。
ジンはすかさず壁から離れたが、通路の壁に逃げようとして、遅かった。
追いついてきたふんどしマンの体当たりをくらい、通路を通って奥の小部屋まで一気に運ばれ壁に激突。
肺に貯めていた空気を全部吐き出し、ジンはそのまま、ゆっくりと水中へ沈む。
ぼんやりと見えるのは淡く、白く光る球体だった。
そこに見知った姿が一瞬みえて、思った。

無事でよかった。


@


カナトは、空気が変わった事に気付いていた。
止まっていた水が動きだし、周りのケイブフィッシュが、慌ただしい泳ぎで流れに逆らっている。
水が抜けてきているのだ。
なんとかなったのだろうと、ほっとして、動いている水を眺めていた。

すると直後、左の通路から黒い影が部屋へ突っ込んできて、壁に激突した。
カナトは何が起こったかわからなかった。
現れたのはふんどしマンで、何かを押して此方に来た。
奥に居る影は、口から気泡を吐き出し、ゆっくりと沈む。

まさか。
それをみたカナトは、思わず飛びたしたが、足を取られ床に転ぶ。

いやだ。
みたくなかった。
でも、見ずにはいられなかった。
飛び込んできたふんどしマンは、壁を伝って流れに逆らってきたリラに、炎属性をもったエレメントメモリーをいれられて、吹き飛ばされる。
さらに、壁を蹴り前にでたリーヴィンツェンツの神速切りで止めを刺された。

ふんどしマンが倒され、その場がひと段落したかに見えたが、気絶したジンが流されてしまう。
海まで攫われては危険だ。
リラとリーヴィンツェンツは、ジンが流されないよう腕を掴む。
しかし、急速に水が弾き始め、二人もしがみ付くのが限界だ。


「早く結界の中へきなさい!! 死にますよ!!」

チャドウィッグのさけぶような声が響く。
しかし、リラとリーヴィンツェンツも必死なのだ。
カナトはそれにコンテナを引きずって、結界の壁に張り付く。
出られない。

「ジン!!」

早く助けなければいけないのに、出られない。動けない。
何度も何度も結界を殴っても、出られない。
こんな、近くにいるのに、目の前にいるのに、
何故こんなにも壁は厚いのか。

「ジン……」

また失うのだろうか。


@


チャドウィッグは、カナトにされて居る足枷に心から感謝せずには居られなかった。
何もなければ、きっと水中に飛び込んでしまう。
そんな余裕のなさがみえて、チャドウィッグは驚いてしまった。

どちらにせよ水は引き始めて居る。流される前に退避しなければいけない。
チャドウィッグは、壁に張り付いているカナトを引き戻し、結界の強度の調整に全力を注いだ。
しかし、流れが強すぎて動くことが出来ないのだ。
なにかできる魔法はないのか。
爆発で水をとばせるか?
結界を無理やり広げられるか?

どれもリスクが大きすぎる。
そう考え、いっそ飛び込んでやるかと考えたとき、しがみついていた2人の手が離れた。
三人は一気に通路から小部屋に流され、通用口まで吸い込まれる。
が、突然何かに体を掴まれ、動きが止まった。
流れに背を向けるように抱きかかえられた三人は、その影に驚く。
赤いインスマウスだ。

「しっかりつかまっちょれよ!」

抱きかかえられた三人は、一気にもとの小部屋まで戻り、チャドウィッグの結界まで運ばれた。
長時間水中にいた二人は、流石に息がきれ床に手を着く。
完全に気絶してしまったジンは、すぐさま”リカバリー”で治療され、チャドウィッグに心臓マッサージを施された。
肋骨を骨折し、肺が破れて居る可能性がある。

すると、突然むせ混んだように水を吐き出し、全員がほっとした。
ふんどしマンはそれほど強い敵ではないことが幸いしたか。
虚ろな目で、気を取り戻したジンは、起き上がれず息だけをしている。
ようやく、治癒魔法を唱えられていることに気付き、言葉をしぼりだした。

「すんま、せん……」

馬鹿な言葉だ。
そもそも水中で戦うこと自体が間違いだった。
相当無茶をしたと思う。

「とりあえず、よかった」

ずぶ濡れのジンは、未だに髪から水がしたたっている。
リラ、リーヴィンツェンツ、チャドウィッグに囲まれる脇、カナトは力なく座り込んでいた。

「カナ、ト……?」

惚けている。
カナトに、ジンが思わず呼びかける。
すると、目元が赤みを帯びて来て、じわりと水滴が滲んで来た。

「よかった……」
「は?……ちょ、ば、ば、泣くなよ!!」

起き上がったのは良いが、胸に激痛が走り、吐き戻しそうな感覚におそわれ、
起き上がれず、再び床に倒れた。

「肋骨を骨折しているかもしれませんね。とりあえず聖堂に行きましょう」
「あの……よかったらうちで……」
「断ります」

そんな事を話しているうちに、カナトは泣き止んで、インスマウス達も様子をみに来てくれた。
何があったのかは知らないが、足枷も外されて、五人は治安維持部隊の応援を待つことになる。

一度本部へ戻る流れになり、ジンは、タイミングを見て自宅へ帰ろうとしたが、チャドウィッグに捕まり引きずられるように聖堂へ入院させられた。

肋骨骨折。
全治二週間らしい。

「……帰りたい」

ベッドの脇でリンゴを剥いて居るカナトは、ジンの言葉を無表情で流した。
チャドウィッグによると、肋骨を3本ほどやられていて、修復治療に三日はかかるらしい。

「今すぐには無理だ。カーディナルの人材不足で順番待ちらしい、おとなしくしていろ」
「ゲッカはどうしたんだ? いるたろ?」
「それも聞いたが、彼女は研修中で今はまだ重症患者の治療は出来ないと」
「なんだよそれ……」
「骨折などの場合。折れた部分の修復にある程度の技術がいる。繋ぎ方を間違えると、一生鎮痛剤を飲むことになるが?」
「う、それは簡便……」

カナトも暇なのか。
リンゴがウサギの形にしたり、カニの形に似せたりしている。
女の子だったらどれだけ良いかと考え、ジンは剥いてくれたリンゴをつまんだ。
すると入り口から、銀髪の長身男が入ってくる。
カーテンを開けてきたのは、ワーウルフ・ロアのルナだ。
背中に掃除用のタイニーをしがみつかせている。

「ルナ来たのか」
「あぁ、見舞いにきた」

「おう、てかタイニーつれてくんなよ……」
「少し目を離すと危険なので連れてきた」
「大丈夫なのか……」
「大丈夫だ。今日はジンの部屋のクローゼットを倒すだけで済んだ」
「誰がどう聞いても大惨事じゃね……それ」

タイニーはやはり大雑把だ。
本人は掃除をしようとしただけで悪気はなく、咎めることが出来ない。
しかし、家事を任せているのにわざわざ見舞いにきてくれるとは、ルナも割と律儀だと思う。

「すまないルナ。世話をかけるな」
「家事は嫌いじゃない。きにしないでくれ」
「私がインスマウスを手に入れればよかったんだが……」
「その件なんだが、流石にゴーレムを二体おくのはどうかと思う。タイニーは確かに不器用ではあるが、努力はしているんだ。認めてやってほしい」
「それは構わないんだが……」
「家事にかんしては俺がなんとかしよう」

カナトが複雑な表情をしている。
連れ出したいのはカナトなのだ。
本人が家事をやりたいと言うなら尊重すべきだろう。

「いいんじゃね? 頼りになるじゃん?」
「任せてくれ」

うーんとカナトが返答に困っている。
すると、カーディナルの職服を纏う彼女が、突然カーテンをめくって現れた。
青髪の彼女に、ジンは思わずぎょっとする。

「あら、ご機嫌よう。ジン」
「ご、ごご、ご機嫌、よう。ゲッカさん?」

にっこりと頬を緩める彼女の目は笑って居ない。
最近は研修で忙しく、家に来ることが少なくなってはいた為、態々みにくるとは思わなかった。

「大切な幼馴染が怪我をしたんだから、お見舞いに来ないわけないでしょう?」
「お、おう、ありがとな!! 俺は大丈夫だから、早くもど――」
「実は、ヴィネーラ先輩に、骨折治療の代理を頼まれたの。初めはカンジンってことで、特別に!」
「は?」

「ゲッカさん。骨折治療は、かなり痛みが伴う治療だと聞いたのですが……」
「そりゃ、骨いじるんだから痛いよ。ちゃんと揃えないといけないしね。痛みで患者さんに負担が掛かるから、本当なら2、3日に一本のペースで直したほうがいいんだけどー」

ジンが青い顔で後ずさる。

「先ほど帰りたいと言っておりましたので、早めに直して頂ければ――」
「いやいやいや、ゆっくりで! お前も大変だろ!?」

「あーら、早く帰りたいの? 仕方ないわねぇ、あんた、痛いのにだけは強いし、特別に一本分がんばってあげる!」
「いやいやいやいや! ゲッカさん! まってまってまてよまって!」
「カナト君!ちょっとジン抑えてて」

「承知しました」

カナトが飛び立ち、ジンの上から肩を抑える。
背中に滑り込んだカナトは、ジンを完全に抑えた。

「ま、マジかんべ……」
「うふふ、はーい。力抜いてくださいねぇ〜」

月光花が胸に触れた瞬間。
ジンの悲鳴が響いた。
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本編 | 【2014-07-17(Thu) 12:30:00】 | Trackback(-) | Comments:(0)
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